吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,480KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月12日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月12日の「できごと」 
                              August 12 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
      1「クレオパトラ7世」の画像検索結果 「クレオパトラ7世」の画像検索結果「クレオパトラ7世」の画像検索結果関連画像「クレオパトラ7世」の画像検索結果「クレオパトラ7世」の画像検索結果
   「クレオパトラ7世」の画像検索結果 「クレオパトラ7世」の画像検索結果 「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果 「クレオパトラ7世」の画像検索結果    関連画像関連画像「クレオパトラ7世」の画像検索結果
        「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果「クレオパトラ7世」の画像検索結果「クレオパトラ7世」の画像検索結果「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果「クレオパトラ7世」の画像検索結果
      「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果 「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果   「クレオパトラ7世墓」の画像検索結果「プトレマイオス朝」の画像検索結果
 8「1799年- 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。」の画像検索結果「1799年- 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。」の画像検索結果「1799年- 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。」の画像検索結果「1799年- 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。」の画像検索結果「1799年- 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。」の画像検索結果
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 16「1898, republic hawaii emerged to usa, hawaii」の画像検索結果「1898, republic hawaii emerged to usa, hawaii」の画像検索結果「1898, republic hawaii emerged to usa, hawaii」の画像検索結果  「1898, republic hawaii emerged to usa, hawaii」の画像検索結果    「1898, republic hawaii emerged to usa, hawaii」の画像検索結果    
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 20「falaise pocket 」の画像検索結果「falaise pocket monument」の画像検索結果「Falaise pocket」の画像検索結果  「falaise pocket」の画像検索結果
           「falaise pocket」の画像検索結果    「falaise pocket」の画像検索結果 関連画像「falaise pocket monument」の画像検索結果「falaise pocket」の画像検索結果
  24「1953, soviet first hydrogen bomb test」の画像検索結果「1953, soviet first hydrogen bomb test」の画像検索結果「1953, soviet first hydrogen bomb test」の画像検索結果40「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果
   「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果「日本航空123便墜落事故碑」の画像検索結果「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果「日本航空123便墜落事故」の画像検索結果
  48「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果  「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果  「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果  「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果    「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果
     「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果      「2015年天津浜海新区倉庫爆発事故」の画像検索結果   関連画像    関連画像
 (1)紀元前30年 - 古代エジプトプトレマイオス朝の実質的な最後のファラオクレオパトラが自殺。
(2)1099年 - 第1回十字軍: アスカロンの戦い
(3)1202年建仁2年7月23日) - 源頼家征夷大将軍に任ぜられる。
(4)1335年建武2年7月23日) - 中先代の乱: 鎌倉に幽閉中の護良親王足利直義の命により暗殺される。
(5)1590年天正18年7月13日) - 豊臣秀吉の命により徳川家康が関八州に国替えとなる。
(6)1676年 - インディアン戦争: ワンパノアグ族の酋長メタコメットが戦死し、フィリップ王戦争が白人側の勝利で終結。
(7)1759年 - 七年戦争: クネルスドルフの戦いが行なわれる。
(8)1799年寛政11年7月12日) - 人形浄瑠璃『絵本太功記』が大坂豊竹座で初演。
(9)1823年文政6年7月7日) - シーボルトがオランダ商館の医師として長崎・出島に着任。
(10)1837年天保8年7月12日) - モリソン号事件: 鹿児島湾で砲撃を受けたモリソン号が退去。
(11)1851年 - アイザック・シンガーミシンの特許を取得。
(12)1877年 - アサフ・ホール火星の衛星ダイモスを発見。
(13)1883年 - アムステルダムの動物園で飼育されていたクアッガの最後の1頭が死亡し絶滅
(14)1893年 - 文部省が訓令「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」を布告。「君が代」など8曲を祝日・大祭日の唱歌と定める。
(15)1898年 - 米西戦争: アメリカスペイン両軍の戦闘が完全に終結。
(16)1898年 - 共和制ハワイ国アメリカに吸収合併され、アメリカ領ハワイとなる。
(17)1914年 - 第一次世界大戦: イギリスオーストリア・ハンガリー帝国宣戦布告
(18)1918年 - シベリア出兵: 日本軍がロシア・ウラジオストクに上陸。
(19)1935年 - 相沢事件統制派陸軍省軍務局長永田鉄山少将皇道派相沢三郎中佐に斬殺される。
(20)1944年 - 第二次世界大戦ノルマンディー上陸作戦: ファレーズ・ポケットがはじまる。
(21)1945年 - 第二次世界大戦: 日本政府の国体護持を条件とするポツダム宣言を受諾。
(22)1945年 - 第二次世界大戦・ソ連対日参戦: 麻山事件満州国鶏寧県麻生区で避難中の日本人開拓団がソ連軍に襲撃され、421名自決。
(23)1946年 - 経済安定本部物価庁を設置。
(24)1953年 - ソビエト連邦が、初の水爆実験RDS-6)を実施。
(25)1957年 - 朝日訴訟国立岡山療養所に入所していた朝日茂が、月600円の生活保護では憲法第25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」は営めないとして、国を相手どって提訴。
(26)1957年 - 大阪テレビ放送が民間放送初の全国高等学校野球選手権大会テレビ実況放送を開始。
(27)1958年 - 全日空下田沖墜落事故全日空羽田名古屋行きのダグラスDC-3型機が、静岡県伊豆半島下田市沖に墜落、乗員乗客33名全員死亡。
(28)1960年 - 世界初の通信衛星エコー1A号」が打ち上げ。
(29)1962年 - ソ連で有人宇宙船「ボストーク4号」打上げ。前日に打上げられた「ボストーク3号」とのランデブーを試み、数kmの距離まで接近。
(30)1962年 - 堀江謙一が小型ヨット「マーメイド号」で日本人初の太平洋単独横断に成功し、サンフランシスコに到着。
(31)1964年 - IOCが同国の人種隔離政策のため南アフリカ共和国をオリンピックから追放。
(32)1968年 - 全国初の独立UHF局、または民放初のUHF帯の電波を用いたテレビ局としてGBS岐阜放送テレビが開局。
(33)1970年 - モスクワソビエト・西ドイツ武力不行使条約締結。
(34)1977年 - 中国共産党第11回全国代表者大会が開幕。文化大革命の終結宣言と、四つの近代化の新党規約を発表。
(35)1977年 - アメリカでスペースシャトルの実験機「エンタープライズ」の単独飛行に成功。
(36)1978年 - 日中平和友好条約が締結される。
(37)1980年 - ラテンアメリカ統合連合 (ALADI) を設置するためのモンテビデオ条約に調印。
(38)1981年 - IBMが最初のパーソナルコンピュータIBM Personal Computer 5150を発売。現在のPC/AT互換機の元祖。
(39)1985年 - グリコ・森永事件で犯行グループから「終息宣言」が送付され、以降動きが途絶える。
(40)1985年 - 日本航空123便墜落事故日本航空の羽田発伊丹行きのボーイング747型機が、群馬県高天原山の山腹「御巣鷹の尾根」に墜落。乗客乗員520名が死亡。4人が生存(発見は翌13日早朝)。
(41)1994年 - メジャーリーグベースボール選手会サラリーキャップの導入に反発し、以後232日間に及ぶプロスポーツ史上最大のストライキに突入(→1994年から1995年のMLBストライキ)。
(42)1999年 - 通信傍受法が成立。
(43)2000年 - バレンツ海で演習中のロシア原子力潜水艦クルスク」の魚雷発射管室で爆発がおき同艦が沈没、乗員118名全員が死亡。
(44)2004年 - リー・シェンロンシンガポールの首相に就任。
(45)2004年 - ニュージャージー州知事ジム・マクグリーヴィー英語版同性愛を告白、元補佐官ゴラン・シペル英語版へのセクハラ訴訟の責任を取って辞意を表明し、波紋を呼ぶ。
(46)2011年 - Jリーグ横浜F・マリノスが前年まで同クラブに所属し、同年8月4日に急逝した松田直樹が着けていた背番号3番を永久欠番にすると発表。J1クラブが選手個人の背番号を永久欠番としたのはこれが初。
(47)2013年 - 高知県四万十市西土佐で、日本国内観測史上最高の41.0度を記録した。
(48)2015年 - 中国天津市にて二度にわたって危険物倉庫爆発する事故が発生し、死傷者数700人超(2015年天津浜海新区倉庫爆発事故)。

               アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表
                         (1日遅れの時差あり)
             アメリカ版「1995年8月12日(日本時間)のできごと」    
      today@VOA

                                                           August 11, 2016

On This Day in American History
On Aug. 11, 1934, the first civilian inmates arrive at Alcatraz, a foreboding, high-security prison on a rocky island just off the coast of San Francisco, California. Previously a U.S. military prison, it holds some of the country’s most dangerous offenders – including mobsters Al Capone and George “Machine Gun” Kelly and murderer Richard Stroud, “The Birdman of Alcatraz.”

1934年8月11日、カリフォルニア州サンフランシスコ市の少し沖にある岩の島にある厳重な警護に固められて後年予期せぬ悪いできごとが起こる刑務所・アルカトラズに初めての民間受刑者が到達しました。その以前は合衆国軍事刑務所で、この国の最も危険な犯罪者の一部が収容されていました。かの暴力団のアルカポネや、機関銃魔ジョージ、それに殺人鬼リチャード・ストラウドや通称鳥類愛好者・アルカトゥラズらがいました。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごとの情報源は"1934 Federal prisoners land on Alcatraz"(HISTORY)です。下記に全文をコピー添付していますが、その文章を追いながら画像を選択しました。
 この島は1993年の一ヶ月間米国取材旅行の折に、ロサンゼルス在住の従姉妹夫婦のクルマで南のサンティアゴからサンフランシスコまでをドライブ旅行した時に遊覧船で周囲を眺めたのを想起します。
 当該写真を選択する中でヒットしたのがこの島を最初に発見して開発したスペイン人の存在。当時は何も無い岩の島。その白黒写真は始めて目にする貴重な副産物です。(189.08KB)(写真43枚添付ファイル
 
        「Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala」の画像検索結果「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果「Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala」の画像検索結果  「Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala, 1775」の画像検索結果   「san francisco bay  1775」の画像検索結果「san francisco bay  1775」の画像検索結果
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       「Isla de los Alcatraces,」の画像検索結果 「Isla de los Alcatraces,」の画像検索結果  「Isla de los Alcatraces,」の画像検索結果 「Isla de los Alcatraces,」の画像検索結果 「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果
               関連画像   「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果   「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果  「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果
       関連画像  関連画像 「Alcatraz was an uninhabited seabird haven when it was explored by Spanish Lieutenant Juan Manuel de Ayala in 1775.」の画像検索結果     関連画像「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果
      「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果関連画像「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果   「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果    「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果 「1868 Alcatraz was used to house military criminals」の画像検索結果
           「John and Clarence Anglin, inspired the 1979 film Escape from Alcatraz.」の画像検索結果「The story of the 1962 escape of three of these men, Frank Morris and brothers John and Clarence Anglin, inspired the 1979 film Escape from Alcatraz.」の画像検索結果「John and Clarence Anglin, inspired the 1979 film Escape from Alcatraz.」の画像検索結果 「John and Clarence Anglin, inspired the 1979 film Escape from Alcatraz.」の画像検索結果
    「In 1963, U.S. Attorney General Robert F. Kennedy ordered Alcatraz closed,」の画像検索結果「In 1963, U.S. Attorney General Robert F. Kennedy ordered Alcatraz closed,」の画像検索結果「In 1963, U.S. Attorney General Robert F. Kennedy ordered Alcatraz closed,」の画像検索結果       「John and Clarence Anglin, inspired the 1979 film Escape from Alcatraz.」の画像検索結果「alcatraz escape」の画像検索結果
     「national park service logo」の画像検索結果「national park service logo」の画像検索結果

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6480編目です! 
2016年8月12日(金)掲載分
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編集者のダイアリー・コナー 

 No.6480:「若者のパソコン離れ」が示唆する恐ろしい未来DIAMOND Online2016.8.12. 鈴木貴博 [百年コンサルティング代表])」を編集しながら苦笑い。ヨシダブログのなんと長~いこと!でも、充分に自負し得るパソコンを巡るヨシダの若かりし頃から熟年期に至る体験ブログです。若いモンには負けんぞ~って気分です★ちょっと興味あることをブログします。くだんのtoday@VOAのこと。Outlook Express で申し込んで実践していたのですが、編集は新しいほうのパソコンであることから、そちらの方はヤフーが主。そこで、XPのほうでヤフーのアドレスをインプットして申し込んだところ、Outlook Ezpressの受信が途絶え、???って気分。ちなみに、XP受信は早朝だったものが、ヤフーのほうでは夕刻受信。???の連続でした。今にして気付くことに、XPでヤフーアドレスをインプットしたことから、XPのOutlook Express は自動的に登録解除でシフト・・・ってところ。再度ヤフーから申し込み、2つのパソコンで受信することにします。それにしても、両者の受信時刻の差が大きいので??ではありますが・・・。週休二日制が乱れていたのも、そのせいかな?と首を傾げます。(10:40)
 本日の取材はこの1編で満足!って気分。today@VOA」の11日付英語版(日本時間12日扱い)の編集に一本化します。(11:00)
 ふと、傍らのXPが受信したニューヨーク・タイムズ紙メルマガ。曰く、"2 Polio Paralysis Cases in Nigeria Set Back Eradication Effort"(ナイジェリアで2件のポリオ麻痺ケース発生で根絶努力逆戻り)が目に付きました。ヨシダ自身が生後10ヶ月でポリオに罹って両足不自由の身だけに気になります★先ほど来、「8月13日のできごと」編集でヒットしたのは、「 (2)1521年 - アステカ文明の湖上の都テノチティトランエルナン・コルテスによって陥落」。スペイン人のアメリカ本土はメキシコの「アステカ文明」の征服史実。思わずのめり込んで23枚もの写真を添付しました。現代はその遺跡発掘の模様も興味津々です。ハイ、歴史の勉強で満足しています。(18:10)
 
 

No.6480
「若者のパソコン離れ」が示唆する恐ろしい未来
DIAMOND Online2016.8.12. 鈴木貴博 [百年コンサルティング代表]
ヨシダブログ:本記事に関するヨシダブログをする前に、自慢話になって恐縮ですがお許しを。終戦間もなくのこと、家庭の都合(父の早世)で長男としての自意識で一家の支柱になるべく、大学進学を断念して義兄の助言を素直に受けて転じたのが職人人生。後年、それが物凄い効果を発揮するのですが飛ばします▼大学には行けないけど、英語だけは学卒者に負けんぞ~って根性。その延長線上に浮上したのが英文タイプライターの通信教育でした▼むろん、タイプライターなんて高根の花。手にしたのはダンボール紙で組み立てるキーボード!ハイ、そのことが後述するワープロ導入からパソコン時代への対応を容易にしてくれたのです。大事なことは、そのダンボール製のキーボードはフラットでなく、相当の角度で斜めになったもの。手間のキーボードからその反対(向こう側)のキーボードに移るときに斜めにしていたほうが「前後の腕の動き」がその分少なくて済み、早くかつ楽になる、というのがポインです。現代のパソコンにはその精神が僅かに残っているって感じの「僅かのティルト」です。このことに気付く現代人はいませんね。かくいうヨシダは既製のキーボードに小細工して「ティルト充分」を保っています▼そのお陰で、10本の指は全部手際よくこなします。例えば、現在ヨシダが編集作業の主流の一つとする「today@VOA」(日英語版)編集がありますが、単語登録(tudei)もあって、「瞬時」デス!▼時代が変わり、ヨシダが人生第二毛作はトラック事業経営者時代のこと。他社に先んじて実行したのがワープロから始まり、パソコン導入でした。でも、その操作は女性職員。キーボードを叩いて勇ましく活動する彼女たちの姿を神々しく!?(大袈裟な!)感じたものでした▼労組との文書交換(回答書)は最初は社長自らの手書き文書。女性職員によるワープロ化は末期のことでした。「社長手書きの心のこもった回答書」って自負もありました(笑)▼人生第三毛作の経営コンサルタントに転じて主要業務として発生したのが執筆活動(業界紙誌寄稿)。61歳の時のこと。早くにしてワープロに転じました。ワープロ販売員の女性が後年告白したことは、「社長さん、あのお歳で使いこなせるのかしら?・・」だったとか。ちなみに、寄稿先の新聞社や雑誌社の編集員が言いました。数ある寄稿者の中でヨシダ社長さんが唯一人!と。原稿締め切りも他の寄稿者たちと2週間余もの差を甘受したものです▼さて、使い慣れたワープロを横目に、今度は早めにパソコンを購入。文書作成が主だったことから、手持ちのワープロと同じソフトを早々とインプット。暫くの間、ホコリを被らせましたが、パソコン故障を機に、一気にパソコンにシフトしたものです。エッヘン!▼パソコン導入の最初のチャレンジはホームページの立ち上げ(2001年3月10日)。それも、自作自編集でのチャレンジで現在に至ります▼15年間余で蓄積してきたその現在のボリューム(データーサイズ<編集容量>)は「2,480KB<2.48GB>」は実に、最大の楽天さんをも凌いでいます!エッヘン!ウソだと思ったらクリックしてご覧ください。▼単行本に換算したらン拾冊相当だぞ~!と他愛も無いことに自我自賛しています。ヨシダの道楽気分はその記録をジャンジャン伸ばして、楽天さんとの差を広げる・・・という晩年人生の道楽気分!ってヤツです(笑)▼話(ブログ)を本記事に戻してのこと。「未来予測やイノベーション分野が得意領域」の本記事筆者。最近の新入社員の中に、パソコンを使えない社員が混じっている」とあることから、パソコンしか使えない(使わない)85歳前のヨシダにとって、なにやらホッとする感じです(笑)。かくいうヨシダがそれであるからです(笑)・・・と、次々に台頭するブログ・ネタですが、本題に戻ります▼「中見出し」は、■スマホ世代ばかりの新興国でキーボード入力は時代遅れに、■デスク上のパソコンは邪魔物に すべての業務がスマホになる日・・・と続きます▼「質問:あなたが得意なのは?」に対する回答は、「キーボード入力81.05%、どれも苦手7.68%、どれも得意7.27%、ガラケー一式入力1.96%、ブリック入力1.06%、その他0.98%」です。さて、あなたは?・・・▼(注:添付資料は編集者の立場で記事内容を理解するべく当該画面を検索して添付したもので、記事内容と直接の関連性が ある とは限りません。) 写真10枚添付ファイル      
       「昔の英文タイプライターキーボードの傾斜」の画像検索結果「昔の英文タイプライター」の画像検索結果「昔の英文タイプライター」の画像検索結果    「昔の英文タイプライターキーボードの傾斜」の画像検索結果 
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 昨11日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日12日の第一記事掲載(10:20)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を  抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
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 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                                                  2016年8月12日(金)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                           
吉田祐起
                       
(満84歳9ヶ月)
               (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
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