吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳9か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。
★ところで、ヒバクシャが念願していた米 大統領の被爆市訪問が去る5月27日にオバマ大統領によって実現しました。ヨシダの解釈は「オバマ大統領閣下、良かったですね~!『男の約束』が果たせ て!」のひと言です。これを機に、ヨシダのヒバクシャ証言は「被爆者最後の生き残り」を演じることにします。

              Since 10th March, 2001
 ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!本日現在の「データーサイズ(編集容量)」 は実に2,440KBという異例とも自 負する規模です。殆どのインタネット関連企業ですら500KBというなかで、楽天さんのそれはずば抜けて2200KB。ヨシダのそれをオーバーしているヨ シダのデーターサイズです。 単行本に換算したら、ン拾冊相当分だぞ~!ってところです。大量のヨシダ自分史足り得ると自負するウェブサイトです。

                            English               
              2016年8月1日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー

  注: お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★&▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。    

            ウィキペディアから拾った8月1日の「できごと」 
                                August 1 Event(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
  このコラムは2014年4月21日開設のものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています。その写真資料も可能な限りの大きさを保ち、かつ、1ページの許容編集容量である 1000KB(1MG)を横目に調整しつつの編集です★なお、編集者の立場で痛感することは、そうしたプロセスで当該できごとを通して世界歴史の一端を学 ぶことの魅力を編集者側のメリットと受けとめて精出しています。おって、本コラムの次に控えるのが「today@VOA」でして、「アメリカ版きょうので きごと」といったところ。一層の励みを体感しています。
  2「推古天皇」の画像検索結果「小野妹子」の画像検索結果「小野妹子 第2回遣隋使」の画像検索結果「第2回遣隋使」の画像検索結果        「第2回遣隋使」の画像検索結果          関連画像 
     「小野妹子」の画像検索結果 「小野妹子」の画像検索結果   関連画像「小野妹子」の画像検索結果  7「Ranavalona I」の画像検索結果「Ranavalona I killerd all relatives」の画像検索結果「Ranavalona I killerd all relatives」の画像検索結果
   「Ranavalona I killed all relatives」の画像検索結果「マダガスカル島のメリナ王国」の画像検索結果「マダガスカル島のメリナ王国国旗」の画像検索結果「マダガスカル島のメリナ王国国旗」の画像検索結果 「マダガスカル島のメリナ王国」の画像検索結果  「マダガスカル島のメリナ王国」の画像検索結果
       8「William Wilberforce」の画像検索結果 「William Wilberforce, slave abolishment law」の画像検索結果 「1848 slaves all freed in england」の画像検索結果 「William Wilberforce, slave abolishment law」の画像検索結果「freed slaves rejoicing」の画像検索結果「freed slaves rejoicing」の画像検索結果
        9  「first mountain conquered Monte Rosa」の画像検索結果 「first mountain conquered Monte Rosa」の画像検索結果 「first mountain conquered Monte Rosa」の画像検索結果  「first mountain conquered Monte Rosa」の画像検索結果 「first mountain conquered Monte Rosa」の画像検索結果
  16「鈴木文治」の画像検索結果「労働団体「友愛会」」の画像検索結果「鈴木文治」の画像検索結果「鈴木文治」の画像検索結果 「鈴木文治」の画像検索結果  「鈴木文治「友愛会」」の画像検索結果
    20  「1924年 - 阪神甲子園球場が竣工。」の画像検索結果   「1924年 - 阪神甲子園球場が竣工。」の画像検索結果          関連画像「1924年 - 阪神甲子園球場が竣工。」の画像検索結果
   「1924年 - 阪神甲子園球場が竣工。」の画像検索結果  関連画像   関連画像「2016 - 阪神甲子園球場」の画像検索結果 23「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果  「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果
            「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果  「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果 「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果 「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果  「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果  
       「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果  関連画像    関連画像関連画像関連画像「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果「1936年 - 第11回夏季オリンピック、ベルリンオリンピック大会」の画像検索結果
 24「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果  「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果  「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果
  43「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果  関連画像         関連画像
     関連画像「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果関連画像「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果「Charles Joseph Whitman」の画像検索結果

  58「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果「ミネアポリス高速道路崩落事故」の画像検索結果  「ミネアポリス高速道路崩落事故」の画像検索結果     「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果
     「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果  「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果    「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果      「minneapolis bridge collapse」の画像検索結果       関連画像
(1)
527年 - ユスティニアヌス1世東ローマ皇帝に即位。
(2)607年推古天皇15年7月3日)- 小野妹子を使者として第2回遣隋使が派遣される。
(3)1291年 - ウーリシュヴィーツウンターヴァルデンの3盟約者同盟英語版結成を宣言 。スイス建国の日とされる。
(4)1610年慶長15年6月13日) - 徳川家康の命で京都の商人・田中勝介らが鉱山技師を招くためにメキシコへ向けて出航。翌年帰国。
(5)1774年 - イギリスの化学者ジョゼフ・プリーストリー酸素発見
(6)1798年 - エジプト・シリア戦役: ナイルの海戦が行われイギリスが勝利、地中海の制海権を掌握。
(7)1828年 - マダガスカル島メリナ王国で、前王ラダマ1世の第一夫人ラナヴァルナ英語版が、自分より王位継承順位が上の夫の親族を皆殺しにした上で国王に即位。
(8)1834年 - 植民地を含むイギリスの全領土において奴隷制を廃止する奴隷廃止法が発効。1840年の同日に奴隷が解放される。
(9)1855年 - アルプス山脈2番目の高峰モンテ・ローザ・デュフール峰が初登頂。
(10)1876年 - コロラド準州が州に昇格し、アメリカ合衆国38番目の州・コロラド州となる。
(11)1879年 - 日本初の海上保険会社・東京海上保険会社(現在の東京海上日動火災保険)が営業開始。
(12)1881年 - 華族などが参加して日本初の私立鉄道会社日本鉄道の創立が決定。
(13)1894年 - 日清戦争: 日本が相互に宣戦布告
(14)1898年 - 豊田佐吉動力織機特許を取得。
(15)1911年 - 東京市が東京鉄道会社を買収して電気局を設置。東京市電(現在の都電)となる。
(16)1912年 - 鈴木文治らが労働者の相互扶助を目的として友愛会を結成。
(17)1913年 - 東海道本線の全線複線化が完成。
(18)1914年 - 第一次世界大戦: ドイツ帝国ロシア帝国に宣戦布告。
(19)1921年 - 東海道本線の大津 - 京都間が現在の新逢坂山トンネル経由のルートに変更。
(20)1924年 - 全国中等学校優勝野球大会の開催を主目的として建設された、日本初の大規模多目的野球場・阪神甲子園球場(当時の球場名は阪神電車甲子園大運動場)が竣工。
(21)1927年 - 中国共産党江西省南昌で武装蜂起、3日まで占拠し続ける(南昌起義)。
(22)1935年 - 中国共産党が、内戦を停止し中華ソビエト共和国と共同で抗日民族統一戦線を結成するという内容の「八・一宣言(抗日救国のために全国同胞に告ぐる書)」を発表。
(23)1936年 - 第11回夏季オリンピックベルリンオリンピック大会開催。8月16日まで。聖火リレーはこの大会で初めて行われた。
(24)1941年 - 第二次世界大戦: フランクリン・ルーズベルト米大統領が、日本の仏印進駐への制裁として対日石油輸出を全面禁止。
(25)1943年 - 日本統治下にあった朝鮮徴兵制がしかれる。
(26)1943年 - 第二次世界大戦: 日本占領下のビルマバー・モウビルマ国の独立を宣言。「日本ビルマ同盟条約」に調印し、連合国に宣戦布告。
(27)1944年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: ワルシャワ蜂起勃発。
(28)1944年 - アンネ・フランクが最後の日記を書く。
(29)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 長岡空襲
(30)1946年 - 日本労働組合総同盟結成。
(31)1946年 - ハイパーインフレ中のハンガリーで新通貨フォリントを導入。1フォリント=40(4×1029)ペンゲーとする。
(32)1951年 - 日本で第二次大戦後初の国内民間航空会社・日本航空設立。
(33)1951年 - 日本放送協会(NHK)の支援を受けるようになった日本交響楽団が名称をNHK交響楽団に改称。
(34)1952年 - 電気通信省を廃止して日本電信電話公社が発足。
(35)1952年 - 保安庁防衛省の前身)および警備隊海上自衛隊の前身)が発足。
(36)1953年 - 衆議院の予算審議で右派社会党堤ツルヨ議員が「断末魔の自由党」と野次ったのに対し、自由党の有田二郎議員が「だまれパン助」と応酬。女性蔑視として問題化。
(37)1955年 - 墨田区厩橋近辺の花火問屋で爆発事故。住民18人が犠牲となり、83人が負傷。
(38)1956年 - 道路交通法改正により、第二種運転免許導入。
(39)1959年 - 日産自動車よりダットサンブルーバードが発売。
(40)1960年 - ダホメ(後にベナンに改称)がフランスから独立。
(41)1961年 - 第1次西成暴動勃発。
(42)1966年 - プリンス自動車工業日産自動車に吸収合併。
(43)1966年 - テキサスタワー乱射事件
(44)1967年 - 西穂高岳落雷遭難事故発生。登山中の高校生11人が落雷を受け死亡。
(45)1968年 - ブルネイ国王ハサナル・ボルキアが戴冠。
(46)1972年 - 郷ひろみ男の子女の子で歌手デビュー。
(47)1976年 - 英女王エリザベス2世を国家元首としていたトリニダード・トバゴ共和制に移行、エリス・クラークが初代大統領に就任。
(48)1978年 - 営団地下鉄半蔵門線(現 東京メトロ半蔵門線)・渋谷 - 青山一丁目が開業。東急新玉川線・田園都市線と相互直通運転を開始。
(49)1979年 - 国鉄山口線で、国鉄初のSL動態保存運転となるやまぐち号の運行を開始。
(50)1980年 - 野村克也西武ライオンズ)が前人未到の3000試合出場達成。
(51)1993年 - 鹿児島県霧島市姶良郡で記録的豪雨(8.1豪雨)。死者23人。
(52)1993年 - エフエム・ノースウェーブ(NORTH WAVE)開局。
(53)2000年 - 新五百円硬貨発行。
(54)2003年 - 広島平和記念公園折り鶴放火事件が起こる。
(55)2004年 - 阪神タイガース金本知憲が701試合連続フルイニング出場の日本新記録を達成。
(56)2004年 - パラグアイの大型スーパー「イクア・ボラーニョス」で大火災が発生。400人以上が死亡。
(57)2005年 - サウジアラビアアブドゥッラー国王が即位。
(58)2007年 - アメリカミネソタ州ミネアポリスミシシッピ川に架かる高速道路の橋が崩落、多数の死傷者が出る。(ミネアポリス高速道路崩落事故
(59)2009年 - そごうが親会社のミレニアムリテイリング及び同社子会社の西武百貨店を吸収合併、商号をそごう・西武と改める。
(60)2010年 - クラスター爆弾禁止条約が発効。
(61)2012年 - ロンドンオリンピック体操競技、男子個人総合で内村航平が日本選手として28年振りの金メダルを獲得。

             アメリカ版「きょうのできごと」(日本語版)日別一覧表   
            アメリカ版「1995年7月30日(日本時間)のできごと」
                                      (日本時間で一日遅れ)    
  

      today@VOA
                                                               July 29, 2016

On This Day in American History
On July 29, 1958, President Dwight D. Eisenhower authorizes the creation of the National Aeronautics and Space Administration (NASA), the civilian agency that would be responsible for coordinating America’s activities in space and, as the president said, further equip the United States for leadership in the space age.

1958 年7月29日、ドワイト・D・アイゼンハワ大統領は、国家宇宙局(NASA)の創設を正式に認可しました。それは民間組織で米国の宇宙関連活動を実行する 責任を負うもので、大統領が発言するように、宇宙時代における主導権を米国がとることへの備えでした。(ヨシダ訳)
ヨシダブログ:このできごとの情報源を"
1958 NASA established"(HISTORY)"に求めて、一節ごとにその背景を画像で追いました。その結果がご覧のような32枚の写真セットになりました。ハイ、編集者自身にとってもイイ勉強になりました。
 おぼろげですが、認識していた米国のロケット技術の原点はドイツ・ナチスの幹部だった人物ですが、その実像をあらためて垣間見る機会になりました。
(197.3KB)(写真32枚添付ファイル
          「n October 1957, the Soviet Union shocked the world, and particularly the American public, by launching the first satellite into orbit around the earth. Called Sputnik,」の画像検索結果「n October 1957, the Soviet Union shocked the world, and particularly the American public, by launching the first satellite into orbit around the earth. Called Sputnik,」の画像検索結果「n October 1957, the Soviet Union shocked the world, and particularly the American public, by launching the first satellite into orbit around the earth. Called Sputnik,」の画像検索結果「n October 1957, the Soviet Union shocked the world, and particularly the American public, by launching the first satellite into orbit around the earth. Called Sputnik,」の画像検索結果
          関連画像「The Eisenhower administration passed the National Defense Education Act that provided federal funds for improving the teaching of science and mathematics in America’s public schools」の画像検索結果関連画像「Eisenhower administration passed the National Defense Education Act」の画像検索結果 「Eisenhower administration passed the National Defense Education Act」の画像検索結果 「Eisenhower administration passed the National Defense Education Act」の画像検索結果
   「Eisenhower administration passed the National Defense Education Act」の画像検索結果「merica had better luck with Explorer I a month later–the satellite completed its orbit of the earth.」の画像検索結果「e United States was committed to winning the “space race” against the Soviets.」の画像検索結果「Wernher von Braun」の画像検索結果 関連画像
            「Wernher von Braun」の画像検索結果「wernher von braun nazi」の画像検索結果「In December 1957, the United States attempted to launch its own satellite. Named Vanguard, the “spaceship”」の画像検索結果「Explorer I」の画像検索結果「In December 1957, the United States attempted to launch its own satellite. Named Vanguard, the “spaceship”」の画像検索結果
    「Vanguard, the “spaceship” launched」の画像検索結果「In December 1957, the United States attempted to launch its own satellite. Named Vanguard, the “spaceship”」の画像検索結果「The United States Congress 1959」の画像検索結果「The United States Congress 1959 for NASA」の画像検索結果   
         「The United States Congress 1959 for NASA」の画像検索結果    「1959 NASA plan]」の画像検索結果関連画像「NASA became synonymous with the space race」の画像検索結果
   「first step on earth by armstrong」の画像検索結果「Neil Armstrong stepped out of the lunar module Eagle and onto the moon’s surface on July 20, 1969.」の画像検索結果           「first step on earth by armstrong」の画像検索結果「Neil Armstrong stepped out of the lunar module Eagle and onto the moon’s surface on July 20, 1969.」の画像検索結果

                                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。

ただ今、6461編目です! 
2016年8月1日(月)掲載分
昨日7月31日最終のトップページ

日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー 

 「No.6460:英フィナンシャル・タイムズが「日本撤退」を投資家に勧める理由日本経済新聞2016.8.1.(7.28付))」、 「No.6461:東京都知事に小池百合子氏、女性初 国政への影響は軽微DIAMOND Online2016.8.1.宮崎亜巳、編集:田巻一彦)」と、一気に編集しました。フェミニストを自負(?)するヨシダ。小池さんが母国ニッポンの最初の女性首相になる可能性に関する限り、「至近距離&最協力候補」足り得る!と断言して憚りません。たまには当たるヨシダの予言(?)です(笑)。(11:15)
 第二次大戦のそもそもの原因を日本側はアメリカが日本への石油輸出をストップしたからだ、といったニュアンスで、悪いのはアメリカだ。日本は生きていくために已む無く開戦した・・・といった感じの論法に接します★けど、「8月1日のできごと」を編集していて、日米開戦に至る関連するできごとにヒットしたことから、その事実を裏づけするに足りる画像を些か時間をかけてあれこれ検索しました。「(24)1941年 - 第二次世界大戦: フランクリン・ルーズベルト米大統領が、日本の仏印進駐へ の制裁として対日石油輸出を全面禁止」がそれです★添付したルーズベルト大統領の写真ととも細かい文字で記されている文章を虫眼鏡で(実際は画像拡大) 追ってみますに、どう やら前述の理由は疑わしいと思わずにはおれません★この際、歴史勉強のために、以下にその訳文を添えてみます。「1941年:ルーズベルト大統領は日本に 対する原油やスクラップ鉄等の輸出拒否をするに至った。これは当時の日本は中国と戦争中であり、それら鉄スクラップや石油を禁輸すればその戦争を継続でき なくなるとしたからだ。日本はこれらの物資を全面的にアメリカに頼っていたからだ。ルーズベルトはこうした行動(対日鉄スクラップ&石油輸出)が日本を戦 争に駆り立てることを知ってい た。じじつは、かれらは真珠湾でそれを実施したものだ★赤茶けた新聞のタイトルは、「日本の取引はルーズベルトに鼻であしらわれた」とでも訳せるタイトル です。もうひとつの新聞記事タイトル曰く、「日本は週末にでも戦争を仕掛けるだろう」と。つまり、「真珠湾奇襲攻撃と称しながら、アメリカにとっては全て お見通しだった」という歴史的事実の一ページを窺わせる貴重な画像です★悪いのは石油や鉄スクラップの対日輸出をストップしたアメリカだ、という日本側の 論理はどうやら、日本側の都合の良い、虫のイイ言い分、と断定するのがヨシダです。なにせ、平和でも戦争でも、それは仕掛け人の勝負どころ。騙されるか、 その隙を与えてのことかは、別問題と解すべきですね。なにせ、日本人は外交下手は古今を問いません。その一つの理由は、日本人は英語下手・・・で古今を問 いませんから・・・。(16:50)
   「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果 「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果  「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果「1941, roosevelt no oil to japan」の画像検索結果




No.6461
東京都知事に小池百合子氏、女性初 国政への影響は軽微
DIAMOND Online2016.8.1.宮崎亜巳、編集:田巻一彦
ヨシダブログ:諸外国では女性党首が少なくない現状に鑑み、母国ニッポンでも、というのが海外居住者ニッポン人が抱く想像です。東 京都史上初の女性都知事の誕生で想起することは日本の女性首相の誕生。小池さんをオーバーラップするのは大人気ないかもしれませんが、「至近距離」にある ことだけはカクジツです(笑)▼ヨシダが関心を強める、というよりも、是認せざるを得ないのではないかとブログすることの多いことに、母国ニッポンの「移 民受け入れ政策への転換」があります。海外生活する立場にあって、一層にその想いを強くします。グローバルな視野のお陰です(笑)。▼ふと、みるに、小池百合子新都知事は「<移民推進>自民党国際人材議員連盟」の会長!首相になる資格充分なり!!!と、エールを送ります(笑)。(写真13枚添付ファイル
    「小池百合子「東京大改革宣言」」の画像検索結果「小池百合子「東京大改革宣言」」の画像検索結果「小池百合子「東京大改革宣言」」の画像検索結果      「小池百合子「東京大改革宣言」」の画像検索結果
     「小池氏は「都民の生活がよりよくなるよう、みんなが輝ける東京にしたい」の画像検索結果     「小池百合子「東京大改革宣言」」の画像検索結果  「小池百合子氏当選会見、」の画像検索結果
      「ブラジルのリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの閉会式」の画像検索結果 「ブラジルのリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの閉会式」の画像検索結果   「小池百合子」の画像検索結果「オリンピック旗 引き継ぎ」の画像検索結果
 「小池氏は「都民の生活がよりよくなるよう、みんなが輝ける東京にしたい」の画像検索結果  「日本の移民政策」の画像検索結果
No.6460
英フィナンシャル・タイムズが「日本撤退」を投資家に勧める理由
日本経済新聞2016.8.1.(7.28付)
ヨシダブログ:海 外移住の日本人にとって、母国の経済財政状況は他人事ではありません。年 金だけが頼りの海外生活の場合がその最大の被害者足り得ます。万が一にでもそれが母国の財政状況悪化で途絶えるってことにでもなればジ・エンド。▼さて、 最近マスメディアにみられることに、アベノミクスに対するネギャティヴな記事なかんずく、前代未聞の日銀マイナス金利政策等々に対する批判等々を横目にし ながらも、そのことに言及することを躊躇ってきているヨシダですが、唯一の関心事(というより願望)は、「円安にだけはなってほしくない!」が切なる想い です。もっとも、ヨシダの場合は同居するフィリピン人家族の内部留保があることから、何とか生きていくことだけはできる、という安心感はありますが・・・▼ その円高願望は裏返せば「母国ニッポンの国際信用が高くなる」ことに他ならない、というのが国際通貨認識ではど素人のヨシダが思っています。「通貨評価は 当 該国の国力信頼を裏付けるものだ」という至極シンプルな考えゆえと自負します▼さて、日本の現状や実態を証言する国内のマスメディアは公平性や真実 性に幾分欠けた面は否定できません。立場上の配慮があるからです▼ところが、海外マスメディアはその点、客観的かつ、クールかつ、公平な見方をすることは 想像に難くありません。本記事はそれをいみじくも指摘しているのではないか、というのが、国際金融知識ではド素人のヨシダの存念です▼・・・と、偉そうな 宣託は横に置いといて、長文の記事ですが、「中見出し等」は、■英FT「投資家はもはや日本に投資すべきではない」は正しいのか?、■ 「アベノミクスの失敗を認めるときが来た」、■「もはや日本に投資すべきではない」、■マイナス金利幅の拡大でゆうちょ銀の「貯金」が崩壊する?、■全世 界のマイナス金利付き国債の3分の2が日本国債、■「国債バブル破裂」の明確な前兆、■メガバンクの「国債離れ」、■近づく「宴の終わり」・・・と続きま す▼添付写真は本記事と直接の関連はありません。「中見出し」をグーグルにインプットして「画像」からゲットしたものに過ぎませんのでお含みおきのほど。写真12枚添付ファイル
     GongTo / Shutterstock.com 「■英FT「投資家はもはや日本に投資すべきではない」は正しいのか?」の画像検索結果  「■全世界のマイナス金利付国債の3分の2が日本国債」の画像検索結果「頭を抱える黒田総裁」の画像検索結果
       「■「国債バブル破裂」の明確な前兆」の画像検索結果 「financial times writes about withdrawing from japan」の画像検索結果「頭を抱える黒田総裁」の画像検索結果
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                                 「■全世界のマイナス金利付国債の3分の2が日本国債」の画像検索結果
 昨31日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日1日の第一記事掲載(9:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言ったらどう思うかい?)★これって奇しくも、ヨシダが早くにして到達したホンネそのものって感じです!!!(笑)
  「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が大きくて多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムでは その容量大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真が白黒コミックで編集容量が極めて低く (14.84KB)、ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、通算60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 超縦長のウェ ブサイトをご訪問くださってありがとうございました。「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」がヨシダのブログ用語です。またのご訪問をよろしくお願い します。ご機嫌よろしゅう!
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                        2016年8月1日(月)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
     

                             吉田祐起                                                           (
満84歳9ヶ月)                                               (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                       URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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