吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月9日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月9日の「できごと」 
                               April 9 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  4     「1333年 - 後醍醐天皇が、島を脱出し京に向かう」の画像検索結果 「1333年 - 後醍醐天皇が、島を脱出し京に向かう」の画像検索結果 「1333年 - 後醍醐天皇隠岐島地図」の画像検索結果   「1333年 - 後醍醐天皇隠岐島」の画像検索結果    「1333年 - 後醍醐天皇隠岐島脱出」の画像検索結果    「1333年 - 後醍醐天皇隠岐島脱出」の画像検索結果     「1333年 - 後醍醐天皇隠岐島」の画像検索結果
      8「1609, morisco」の画像検索結果「1609, expulsion」の画像検索結果「1609, morisco signed the expulsion document」の画像検索結果「1609, morisco」の画像検索結果「1609, morisco」の画像検索結果「1609, morisco」の画像検索結果「1609, morisco」の画像検索結果
         9「battle of the saintes 1782」の画像検索結果「battle of the saintes 1782」の画像検索結果「battle of the saintes 1782」の画像検索結果   「battle of the saintes 1782」の画像検索結果   「battle of the saintes 1782」の画像検索結果関連画像「battle of the saintes 1782」の画像検索結果
   10「寛政の改革」の画像検索結果「寛政の改革」の画像検索結果       「寛政の改革」の画像検索結果  「寛政の改革」の画像検索結果「松平定信銅像」の画像検索結果11        「天保の改革: 水野忠邦」の画像検索結果        「天保の改革」の画像検索結果「天保の改革」の画像検索結果「水野忠邦像」の画像検索結果
    13「phonautograph developed by  Édouard-Léon Scott de Martinville,」の画像検索結果「phonautograph developed by  Édouard-Léon Scott de Martinville,」の画像検索結果「phonautograph developed by  Édouard-Léon Scott de Martinville,」の画像検索結果15「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果関連画像 「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果
       「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果   「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果  「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果「1865, civil war; general lee surrendered ending the war, document signed」の画像検索結果「1865, civil war; general lee surrendered ending the war」の画像検索結果「1865, civil war; general lee surrendered ending the war, document signed」の画像検索結果「1865, civil war; general lee surrendered ending the war, document signed」の画像検索結果
  20         「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果  「1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、」の画像検索結果
  23  「1942年 -バターン死の行進」の画像検索結果 「1942, Martsa ng Kamatayan sa Bataan」の画像検索結果 「1942, Martsa ng Kamatayan sa Bataan」の画像検索結果 「1942, Martsa ng Kamatayan sa Bataan」の画像検索結果「1942, Martsa ng Kamatayan sa Bataan」の画像検索結果  「1942, Martsa ng Kamatayan sa Bataan」の画像検索結果  28
「1952年 - もく星号墜落事故」の画像検索結果   「1952年 - もく星号墜落事故」の画像検索結果
       「1952年 - もく星号墜落事故」の画像検索結果 「1952年 - もく星号墜落事故」の画像検索結果「1952年 - もく星号墜落事故」の画像検索結果31  「Astrodome, 1965」の画像検索結果  「Astrodome, 1965」の画像検索結果                   「Astrodome, 1965」の画像検索結果  「Astrodome, 1965」の画像検索結果    関連画像
                   36「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果   「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果    「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果  「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果 「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果 「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果     「1988年 - 瀬戸大橋の開通、宇野 - 高松の宇高連絡船が廃止。」の画像検索結果
                 (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)193年 - セプティミウス・セウェルスが軍団の支持を得てローマ皇帝に即位。
475Byzantine Emperor Basiliscus issues a circular letter (Enkyklikon) to the bishops of his empire, supporting the Monophysite christological position.
537Siege of Rome: The Byzantine general Belisarius receives his promised reinforcements, 1,600 cavalry, mostly of Hunnic or Slavic origin and expert bowmen. He starts, despite shortages, raids against the Gothic camps and Vitiges is forced into a stalemate.
(2)702年大宝2年3月8日) - 文武天皇が、日本で初めて全国的に統一された計量単位(度量衡)を定める。
(3)1241年 - ワールシュタットの戦いモンゴル帝国軍がポーランド・ドイツ軍を敗る。
1288Mongol invasions of Vietnam: Yuan forces are defeated by Trần forces in the Battle of Bach Dang in present-day northern Vietnam.
(4)1333年元弘3年/正慶2年閏2月24日) - 鎌倉幕府により隠岐島に流されていた後醍醐天皇が、島を脱出し京に向かう。
1388 – Despite being outnumbered 16 to 1, forces of the Old Swiss Confederacy are victorious over the Archduchy of Austria in the Battle of Näfels.
(5)1413年 - イングランドヘンリー5世が戴冠。
(6)1440年 - クリストファ3世デンマーク王に即位。
1454 – The Treaty of Lodi is signed, establishing a balance of power among northern Italian city-states for almost 50 years.
(7)1483年 - イングランド国王エドワード4世が死去。エドワード5世が即位。
1511St John's College, Cambridge, England, founded by Lady Margaret Beaufort, receives its charter.
1585 – The expedition organised by Sir Walter Raleigh departs England for Roanoke Island (now in North Carolina) to establish the Roanoke Colony.
1609Eighty Years' War: Spain and the Dutch Republic sign the Treaty of Antwerp to initiate twelve years of truce.
(8)1609年 - スペイン王フェリペ3世モリスコ追放の勅令に署名する。
1682Robert Cavelier de La Salle discovers the mouth of the Mississippi River, claims it for France and names it Louisiana.
(9)1782年 - アメリカ独立戦争: セインツの海戦が始まる。
(10)1788年天明8年3月4日) - 寛政の改革: 江戸幕府第11代将軍・徳川家斉老中松平定信を将軍輔佐とする。
(11)1834年天保5年3月1日) - 天保の改革: 水野忠邦が江戸幕府老中に就任。

(12)1858年安政5年2月26日) - 飛越地震が発生する。
(13)1860年 - フォノトグラフにより世界で初めて音声が記録される。
(14)1863年文久3年2月22日) - 京都で足利三代木像梟首事件が発生。
(15)1865年 - アメリカの南北戦争で、南軍のリー将軍が降伏宣言し、戦争が終結。
1867Alaska Purchase: Passing by a single vote, the United States Senate ratifies a treaty with Russia for the purchase of Alaska.
(16)1890年 - 琵琶湖疏水の開通式を挙行。
1909 – The U.S. Congress passes the Payne–Aldrich Tariff Act.
1914Mexican Revolution: One of the world's first naval/air skirmishes takes place off the coast of western Mexico.
1916World War I: The Battle of Verdun: German forces launch their third offensive of the battle.
1917 – World War I: The Battle of Arras: The battle begins with Canadian Corps executing a massive assault on Vimy Ridge.
1918 – World War I: The Battle of the Lys: The Portuguese Expeditionary Corps is crushed by the German forces during what is called the Spring Offensive on the Belgian region of Flanders.
・1918 – The National Council of
Bessarabia proclaims union with the Kingdom of Romania.
(17)1922年 - 神戸日本農民組合結成。
(18)1928年 - トルコが憲法からイスラム教を国教とする条項を廃止。
(19)1935年 - 天皇機関説事件美濃部達吉の著書『憲法概要』など5点が出版法違反で発禁処分に。
(20)1937年 - 朝日新聞社の「神風号」がロンドンに到着、亜欧連絡飛行を成功させる(現地時間)。
1937 – The Kamikaze arrives at Croydon Airport in London. It is the first Japanese-built aircraft to fly to Europe.
1939Marian Anderson sings at the Lincoln Memorial, after being denied the right to sing at the Daughters of the American Revolution's Constitution Hall.
(21)1939年 - 天津イギリス租界事件。天津のイギリス租界で親日派の海関監督・程錫庚が抗日ゲリラにより暗殺される。
(22)1940年 - 第二次世界大戦: ヴェーザー演習作戦ナチス・ドイツノルウェーデンマークへ侵攻。ノルウェー国王ホーコン7世がイギリスに亡命。
・1940 – Vidkun Quisling seizes power in Norway.
(23)1942年 - 第二次世界大戦: 日本軍フィリピンバターン半島を占領。(バターン死の行進
(24)1945年 - 第二次世界大戦: キールに停泊中のドイツの重巡洋艦アドミラル・シェーアがイギリス空軍機の爆撃を受け沈没。

(25)1948年 - エルサレム西部のデイル・ヤシーン村を、ユダヤ人特攻隊が攻撃、多数の住民が犠牲になる。(デイル・ヤシーン事件
(27)1948年 - コロンビアボゴタ自由党党首ホルヘ・エリエセル・ガイタン暗殺される。ボゴタ暴動の発端に。
1945 – World War II: The German pocket battleship Admiral Scheer is sunk by the Royal Air Force.
1945 – World War II: The Battle of Königsberg, in East Prussia, ends.
・1945 – The
United States Atomic Energy Commission is formed.
1947 – The Glazier–Higgins–Woodward tornadoes kill 181 and injure 970 in Texas, Oklahoma, and Kansas.
・1947 – The
Journey of Reconciliation, the first interracial Freedom Ride begins through the upper South in violation of Jim Crow laws. The riders wanted enforcement of the United States Supreme Court's 1946 Irene Morgan decision that banned racial segregation in interstate travel.
1948Jorge Eliécer Gaitán's assassination provokes a violent riot in Bogotá (the Bogotazo), and a further ten years of violence in Colombia known as La violencia.
・1948 – Fighters from the
Irgun and Lehi Zionist paramilitary groups attacked Deir Yassin near Jerusalem, killing over 100.
(28)1952年 - もく星号墜落事故。搭乗員37人全員死亡。
1952Hugo Ballivián's government is overthrown by the Bolivian National Revolution, starting a period of agrarian reform, universal suffrage and the nationalization of tin mines
(29)1957年 - 第二次中東戦争以降閉鎖されていたスエズ運河の通行が再開。
(30)1959年 - 国民年金法成立。
1959Project Mercury: NASA announces the selection of the United States' first seven astronauts, whom the news media quickly dub the "Mercury Seven".
1960 – Dr. Hendrik Verwoerd, Prime Minister of South Africa and architect of apartheid, narrowly survives an assassination attempt by a white farmer called David Pratt in Johannesburg.
1961 – The Pacific Electric Railway in Los Angeles, once the largest electric railway in the world, ends operations.
(31)1965年 - 世界初のドーム球場アストロドームが開場。
1967 – The first Boeing 737 (a 100 series) makes its maiden flight.
1969 – The "Chicago Eight" plead not guilty to federal charges of conspiracy to incite a riot at the 1968 Democratic National Convention in Chicago.
・1969 – The first British-built
Concorde 002 makes its maiden flight from Filton to RAF Fairford.
(32)1972年 - 埼玉県上福岡市が市制施行。
(33)1974年 - 富士山頂所有権訴訟で最高裁が国の上告を棄却。富士山八合目以上が富士山本宮浅間神社境内地であることを確認。
1975 – The first game of the Philippine Basketball Association, the second oldest professional basketball league in the world.
・1975 – Eight people in
South Korea, who are involved in People's Revolutionary Party Incident, are hanged.
1980 – The Iraqi regime of Saddam Hussein kills philosopher Muhammad Baqir al-Sadr and his sister Bint al-Huda after three days of torture.
(34)1981年 - 米原潜当て逃げ事件
(35)1984年 - 東急田園都市線が全通。
(36)1988年 - 翌日の瀬戸大橋の開通に伴い、宇野 - 高松の宇高連絡船が高速艇を除きこの日限りで廃止。
1989 – The April 9 tragedy in Tbilisi, Georgian Soviet Socialist Republic, an anti-Soviet peaceful demonstration and hunger strikes, demanding restoration of Georgian independence is dispersed by the Soviet army, resulting in 20 deaths and hundreds of injuries.
(37)1991年 - グルジアソビエト連邦から独立。
(38)1992年 - 1992年イギリス総選挙
1992 – A U.S. Federal Court finds former Panamanian dictator Manuel Noriega guilty of drug and racketeering charges. He is sentenced to 30 years in prison.
(39)1995年 - 東京都知事選で青島幸男が、大阪府知事選で横山ノックが当選。
1999Kosovo War: The Battle of Košare begins.
(40)2003年 - イラク戦争: イラクの首都バグダードが事実上陥落。
(41)2005年 - 中華人民共和国各地で大規模な反日デモが発生。
(42)2005年 - イギリス王太子チャールズカミラ・パーカー・ボウルズと結婚。
(43)2006年 - 阪神金本知憲が904試合連続イニング出場でカル・リプケンを抜き、世界新記録を達成。
(44)2008年 - オアシス香港航空が運行を停止。
2009 – In Tbilisi, Georgia, up to 60,000 people protest against the government of Mikheil Saakashvili.
2013 – A 6.1–magnitude earthquake strikes Iran killing 32 people and injuring over 850 people.
・2013 – At least 13 people are killed and another three injured after a man goes on a
spree shooting in the Serbian village of Velika Ivanča.
2014 – A student stabs 20 people at Franklin Regional High School in Murrysville, Pennsylvania.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6232編目です。 
2016年4月9日(土)掲載分
昨日4月8日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月9日のできごと」 でヨシダが特記したいものは・・・は抜きでのこと。今朝一番の取材記事は今回のセブン&アイHDの内紛劇の締めくくりとして興味ある記事です。「No.6231:「コンビニの生みの親」が退場、セブン&アイHDの内紛劇~鈴木会長が晩節を汚した世襲とガバナンス(企業統治)の問題Net IB News2016.4.9.(8日付))」がそれです。本日の取材はこれだけでご満悦ってのが編集者・ヨシダの弁です(笑)。(9:40)
 ・・・と、ヒットした記事にとりつかれました。チョッとばかりユニークなブログをしたツモリです。「No.6232:史上初の世論調査は、一八二四年に米国のデラウェア州で実施されたものだと…東京新聞「筆洗」2016.4.9.)」がそれです★先ほど母国の友人がメールを寄越して曰く、「ヨシダさん、個性豊かな人生体験をしていますね~!」と。「私には到底真似のできることではありません!」とも(笑)。(11:50)
 お昼前から今まで(18:40)の間、編集長がおとなしく、黙々と精出していたのは「4月11日のできごと」編集です。XPパソコンが受信するメルマガに目を転じるのが、生き抜き(?)って感じです(笑)。どうやらこの辺で明日への準備に入ります★
先 ほどアーネルの姉さんでヨシダの身の回り世話役・セニーが熱いミルクコーヒーを差し入れてくれました。美味い!とホントに感謝の心でお召し上がりのヨシダ は幸せ者だと痛感します★明日の日曜日ディナーは何時ものように、近所に住む日本人女性の差し入れの日本食が楽しみです。アーネルの手配。と言っても、そ れがなければもてないといった日本食への郷愁でもなんでもありません。ホントに都合よくできたヨシダの食生活ニーズです。(18:50)


No.6232

史上初の世論調査は、一八二四年に米国のデラウェア州で実施されたものだと…
東京新聞「筆洗」2016.4.9.
ヨシダブログ:「政治家の世襲」と言えば、古今洋の東西を問わずの人類歴史。経営者の場合は「経営潜在能力DNA」に通じ、政治家の場合は「統治能力DNA+既得票田」が強みでして、これらはゼッタイに否定できない事実です▼その点、経営者には既得権はなく、かつトップ権力を背景にした強引な人事が招来するのがかの「セブン&アイ紛争劇」との違いと言えそうです▼経 営者にとっての「最大かつ決定的な戦術」は「支配株主権(会社株式の過半数保持)」ですが、それは「同族会社」であって、株式公開(上場企業)の場合は通 用しません。創業者権力を行使するには当事者の人間力とでも言えるでしょう。なにせ、上場企業は大衆の資金調達が可能ゆえに期待される企業発展。大きな上 場益が期待できるものの、いったん、上場したらプラス人間力といったところ。▼同族の場合は資金調達は経営者個人保証責任。それだけに、オーナー経営者の 胸下三寸の手法が許され、同時に個人責任がすべての差異です ね▼ヨシダがグループ7社体制を敷いた時代のこと、他人を社長に据えましたが、銀行借り入れの個人補償をしない以上、所詮は「サラリーマン社長」。期待す べきトッ プ人事ではゼッタイにあり得ません。(写真12枚添付ファイル
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No.6231
「コンビニの生みの親」が退場、セブン&アイHDの内紛劇~鈴木会長が晩節を汚した世襲とガバナンス(企業統治)の問題
Net IB News2016.4.9.(8日付)
ヨシダブログ:長文の複雑な人間関係の内容であるに鑑み、本コラム編集者自覚をもって、当該関係者の写真を各項目ごとに挿入してみました。記事記述内容を自他ともにヴィジュアルに理解するためにです▼「中見出し」は、■ 世襲問題で創業家と対立、■鈴木会長が次男を取締役に大抜擢、■次男はオムニチャネル戦略の総司令官、■社外取締役が異議申し立て・・・と続きます ▼・・・ふと思うことに、長文で複雑な内容の場合は、当該写真資料等を当該箇所に添付するという編集手法の自他とも効用です。著作権云々ではないと思いな がらのアイ ディアです。編集者自身が記事の流れを理解し易いようにするために自然に到達した手法ですが、読まれる側にも理解し易い編集手法と自負しますがどうでしょ う?▼それにしてもオモシロイのは企業の同族・上場企業大小を問わずの「生臭い世代交代劇」。その体験者のヨシダがニヤニヤしながら編集しました(笑)。写真14枚添付ファイル
    「井阪隆一vs古屋一樹」の画像検索結果「鈴木敏文会長=鈴木康弘取締役」の画像検索結果「鈴木敏文会長=鈴木康弘取締役」の画像検索結果
      「伊藤雅俊・名誉会長」の画像検索結果「伊藤雅俊・名誉会長」の画像検索結果「伊藤雅俊・名誉会長」の画像検索結果  「鈴木敏文会長=鈴木康弘取締役」の画像検索結果「鈴木敏文会長=鈴木康弘取締役」の画像検索結果  「井阪隆一」の画像検索結果  「古屋一樹」の画像検索結果  
                 「米投資ファンドのサード・ポイントのダニエル・ローブ氏」の画像検索結果「月尾嘉男(73) 元・東京大学大学院教授」の画像検索結果「伊藤邦雄(64) 一橋大学大学院特任教授」の画像検索結果「 米村敏朗(64) 元・警視総監」の画像検索結果 
  昨 日8の記事2編を下記に掲載していましたが、本日9日の第一記事掲載(9:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(778KB)
                        2016年4月9日(土)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                            吉田祐起
                  
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
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