吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月7日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月7日の「できごと」 
                               April 7 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
 6 「1649年 - 慶安御触書」の画像検索結果「1649年 - 慶安御触書」の画像検索結果「1649年 - 慶安御触書」の画像検索結果10「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果 「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果「1805, first concert beethoven's symphony no.3」の画像検索結果
 11「1827, john walker put on sales with his developed match」の画像検索結果「1827, john walker put on sales with his developed match」の画像検索結果「1827, john walker put on sales with his developed match」の画像検索結果 「1827, john walker put on sales with his developed match」の画像検索結果 関連画像「1827, john walker put on sales with his developed match」の画像検索結果14「mt vesuvius eruption 1906, location」の画像検索結果「1906年 - ヴェスヴィオ火山が噴火」の画像検索結果「mt vesuvius eruption 1906」の画像検索結果「mt vesuvius eruption 1906」の画像検索結果
  「mt vesuvius eruption 1906」の画像検索結果    関連画像「mt vesuvius eruption 1906」の画像検索結果19「1945年 -  戦艦大和撃沈される。」の画像検索結果「1945年 -  戦艦大和撃沈される。」の画像検索結果「1945年 -  戦艦大和撃沈される。」の画像検索結果「1945年 -  戦艦大和撃沈される。」の画像検索結果「1945年 -  戦艦大和撃沈される。」の画像検索結果
23「1952年 - 手塚治虫の漫画作品『鉄腕アトム』が、月刊誌『少年』で連載開始」の画像検索結果「1952年 - 月刊誌『少年』」の画像検索結果 「手塚治虫」の画像検索結果  27  「1963年 - NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』」の画像検索結果  「1963年 - NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』」の画像検索結果「1963年 - NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』」の画像検索結果        関連画像「花の生涯」の画像検索結果
39
  「sts-6 1983」の画像検索結果 「sts-6 1983」の画像検索結果   関連画像    関連画像 「sts-6 1983」の画像検索結果  41「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果関連画像「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果
       「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果  「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果  「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果  「1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺」の画像検索結果 
             (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
397 – The wearing of barbarian clothing in the City of Rome is banned by the Emperor Honorius.
451Attila the Hun sacks the town of Metz and attacks other cities in Gaul.
(1)527年 - 「ローマ法大全」の「旧勅法彙纂」が公布。
529 – First draft of the Corpus Juris Civilis (a fundamental work in jurisprudence) is issued by Eastern Roman Emperor Justinian I.
611 – Maya king Uneh Chan of Calakmul sacks rival city-state Palenque in southern Mexico.(2)1132年天承2年3月13日) - 平忠盛が平氏の武士では初めて内昇殿を許される。
1141Empress Matilda became the first female ruler of England, adopting the title 'Lady of the English'.
(3)1348年 - プラハ・カレル大学創立。
(4)1378年天授4年/永和4年3月10日) - 足利義満が、京都室町に造営した室町殿(花の御所)に幕府を移転。
1521Ferdinand Magellan arrives at Cebu.
(5)1541年 - フランシスコ・ザビエルが東アジア布教のため、リスボンを出発。
(6)1649年慶安2年2月26日) - 江戸幕府が慶安御触書を発布。
(7)1724年 - バッハの『ヨハネ受難曲』が初演。
1767 – End of Burmese–Siamese War (1765–67).
1776Captain John Barry and the USS Lexington captures the Edward.
1788American pioneers to the Northwest Territory arrive at the confluence of the Ohio and Muskingum rivers, establishing Marietta, Ohio, as the first permanent American settlement of the new United States in the Northwest Territory, and opening the westward expansion of the new country.
1789Selim III became Sultan of the Ottoman Empire and Caliph of Islam.
(8)1795年 - フランスが長さの単位としてメートルを導入。
(9)1798年 - アメリカ合衆国ミシシッピ準州を創設。
1805Lewis and Clark Expedition: The Corps of Discovery breaks camp among the Mandan tribe and resumes its journey West along the Missouri River.
(10)1805年 - ベートーヴェン交響曲第3番『英雄』が初演。
(11)1827年 - 薬剤師ジョン・ウォーカーが、前年に発明したマッチの販売を開始。
1829Joseph Smith, founder of the Latter Day Saint movement, commences translation of the Book of Mormon, with Oliver Cowdery as his scribe.
1831 – Emperor Pedro I of Brazil resigns. He goes to his native Portugal to become King Pedro IV.
(12)1840年天保11年3月5日) - 江戸・河原崎座で現在の型の歌舞伎『勧進帳』を初演。
1862American Civil War: Battle of Shiloh ends: The Union Army under General Ulysses S. Grant defeats the Confederates near Shiloh, Tennessee.
1868Thomas D'Arcy McGee, one of the Canadian Fathers of Confederation is assassinated by Irish Republicans, in one of the few Canadian political assassinations, and the only one of a federal politician.
(13)1868年慶応4年3月15日) - 明治政府が五榜の掲示の高札を設置。
1890 – Completion of the first Lake Biwa Canal.
・1906 – The
Algeciras Conference gives France and Spain control over Morocco.
(14)1906年 - ヴェスヴィオ火山が噴火し、ナポリに大損害を与える。
(15)1906年 - 第一次モロッコ事件の終結のためのアルヘシラス会議が終了。
(16)1908年 - ハーバート・ヘンリー・アスキスがイギリスの第52代首相に就任。
1922Teapot Dome scandal: United States Secretary of the Interior leases Teapot Dome petroleum reserves in Wyoming.
1927 – First long-distance public television broadcast (from Washington, D.C., to New York City, displaying the image of Commerce Secretary Herbert Hoover).
1933Prohibition in the United States is repealed for beer of no more than 3.2% alcohol by weight, eight months before the ratification of the XXI amendment.
(17)1939年 - 第二次世界大戦: イタリアがアルバニアに侵攻
1940Booker T. Washington becomes the first African American to be depicted on a United States postage stamp.
1943The Holocaust: In Terebovlia, Ukraine, Germans order 1,100 Jews to undress to their underwear and march through the city of Terebovlia to the nearby village of Plebanivka where they are shot dead and buried in ditches.
・1943 –
Ioannis Rallis becomes collaborationist Prime Minister of Greece during the Axis Occupation.
(18)1945年 - 第二次世界大戦: アメリカ陸軍第30歩兵師団英語版第117歩兵連隊英語版ハーメルンを占領する。
(19)1945年 - 第二次世界大戦: 戦艦大和沖縄への特攻作戦の途上、撃沈される。
(20)1945年 - 鈴木貫太郎内閣が発足。
1946Syria's independence from France is officially recognised.
(21)1947年 - 労働基準法公布。
(22)1948年 - 国連により世界保健機関 (WHO) が設立される。
1948 – A Buddhist monastery burns in Shanghai, China, leaving twenty monks dead.
(23)1952年 - 手塚治虫の漫画作品『鉄腕アトム』が、月刊誌『少年』で連載開始。
1954 – United States President Dwight D. Eisenhower gives his "domino theory" speech during a news conference.
(24)1955年 - イギリスのウィンストン・チャーチル首相が辞任。アンソニー・イーデンが第64代首相に就任。
(25)1956年 - スペインが、セウタメリリャイフニタルファヤを除くモロッコにある保護領を放棄。
(26)1963年 - ユーゴスラビアが国名を「ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国」に改称し、チトーが終身大統領に就任。
(27)1963年 - NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』が放送開始。
(28)1964年 - IBMSystem/360を発表。
(29)1966年 - 千葉大学医学部附属病院の医局員を、チフス菌の人体実験をした容疑で逮捕。(千葉大学腸チフス事件
1967 – Film critic Roger Ebert published his very first film review in the Chicago Sun-Times.
1968 – Motor racing world champion Jim Clark was killed in an accident during a Formula Two race at Hockenheim.
(30)1968年 - 神戸高速鉄道東西線、南北線が開業。阪急電鉄阪神電気鉄道山陽電気鉄道が東西線への乗り入れを通じて相互直通運転開始。神戸電鉄が南北線に乗り入れ開始。
(31)1969年 - 1968年10月11日より発生した連続ピストル射殺事件警察庁広域重要指定108号事件)の犯人・永山則夫逮捕される。
(32)1969年 - スティーブ・クロッカーRFC 1を発表。
1969 – The Internet's symbolic birth date: Publication of RFC 1.
1971 – President Richard Nixon announces his decision to increase the rate of American troop withdrawals from Vietnam.
(33)1971年 - 名古屋で開かれた世界卓球選手権中華人民共和国チームが初参加。これをきっかけに、中国がアメリカチームを中国に正式招待し、ピンポン外交の始まりとなる。
(34)1976年 - 華国鋒が中華人民共和国国務院総理(首相)に就任。鄧小平副首相が全ての職務を剥奪される。
1976 – Former British Cabinet Minister John Stonehouse resigns from the Labour Party.
1977 – German Federal prosecutor Siegfried Buback and his driver are shot by two Red Army Faction members while waiting at a red light.
(35)1977年 - 東急新玉川線(現在は田園都市線の一部)・渋谷 - 二子玉川が開業。
1978 – Development of the neutron bomb is canceled by President Jimmy Carter.
(36)1979年 - 江川事件: セントラル・リーグ開幕戦当日、一旦阪神に入団した江川卓の巨人への移籍が発表。
(37)1979年 - テレビアニメ『機動戦士ガンダム』放送開始。1980年1月まで。
(38)1980年 - 1979年11月のイランアメリカ大使館人質事件により、アメリカイランと国交を断絶、経済制裁を発動。
(39)1983年 - STS-6にて、ストーリー・マスグレーブ英語版ドナルド・H・ピーターソン英語版が史上初めてスペースシャトルからの宇宙遊泳を行う。

1985Soviet leader Mikhail Gorbachev declares a moratorium on the deployment of middle-range missiles in Europe.
(40)1989年 - ソ連の原子力潜水艦コムソモレツが、ノルウェー沿岸のバレンツ海で火災を起こし、沈没。乗員42名が死亡。
1990Iran–Contra affair: John Poindexter is found guilty of five charges for his part in the scandal (the conviction is later reversed on appeal).
・1990 – A fire breaks out on the
passenger ferry Scandinavian Star, killing 159 people.
1992Republika Srpska announces its independence.
(41)1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: フォチャの虐殺がはじまる。
(42)1994年 - フェデックス705便ハイジャック未遂事件

1994Rwandan Genocide: Massacres of Tutsis begin in Kigali, Rwanda.
1995First Chechen War: Russian paramilitary troops begin a massacre of civilians in Samashki, Chechnya.
(43)1995年 - ワルシャワ地下鉄開業。
(44)1997年 - 京急本線京急田浦 - 安針塚間で土砂崩れによる脱線事故が発生。
1999 – The World Trade Organization rules in favor of the United States in its long-running trade dispute with the European Union over bananas.
(45)2001年 - 火星探査機「マーズ・オデッセイ」が打ち上げ。
(46)2003年 - 宝塚ファミリーランド閉園。
2003 – U.S. troops capture Baghdad; Saddam Hussein's regime falls two days later.
(47)2004年 - イラクで日本人3人が身柄を拘束される。4月15日に3名とも無事に解放。(イラク日本人人質事件
(48)2006年 - 民主党代表小沢一郎が就任。
2009 – Former Peruvian President Alberto Fujimori is sentenced to 25 years in prison for ordering killings and kidnappings by security forces.
・2009 –
Mass protests begin across Moldova under the belief that results from the parliamentary election are fraudulent.
(49)2011年 - 午後11時32分、東北地方太平洋沖地震の余震とされるマグニチュード7.1の地震が発生。宮城県内で震度6強を記録。


                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6228編目です。 
2016年4月7日(木)掲載分
昨日4月6日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月7日のできごと」 でヨシダが特記したいものは、「(27)1963年 - NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』 が放送開始」といったところです。強烈な印象を今にして想起します★ほかでもありません、当時のヨシダは32歳。妻(当時)の養父母死去にともない、後継 者がいないことから、お鉢が回ってきて、人生第二毛作のトラック運送事業経営者に転じて間もない頃のこと。ちなみに、その寸前まで自営業の仕事は弟子に任 せっきりで、大阪の商社マンを伴って全国を講演行脚していた時代。身売り寸前で「仕方がない、俺が引き受ける・・・」といった人生の宿命に「遭遇」したも のです(笑)。後年、自称「7社グループによる総合物流商社体制」を構築して、公職は全部でたしか、1ダース以上。ちょっと勇ましい32年間の経営者人生 でした。その末期(?)では同族経営家族にありがちの「私物化姿勢」に愛想を尽かして「家出」したヨシダでした(笑)・・・と、こんな私的なことを躊躇な くブログできるのはこのサイトのお陰。おかげでストレス皆無です。大胆な描写も厭わずのブログですが、「表現」できるものがある、場所があるってイイこと です(笑)。(9:40)
 ところで、上掲の「日別最終トップページ一覧表」の新設はヨカッタというのが編集者の弁です。「編集者のダイアリー・コナー」 と並んでヨシダ人生の足跡たり得るからです。文章作りでも人生の歩みそのものもですが、「いったん退いて次に進む」って行動。つまり、「退いて戻る勢いを かりて前に進む」というヨシダ流の処し方です。ま、この齢になれば、考えたりブログすることの多い所以です。・・・さて、本日の取材状況の進展は?・・・ (9:50)
 「No.6225:セブン社長交代案を否決 セブン&アイ取締役会日本経済新聞2016.4.7.)」 を編集しながらニヤニヤ、ニンマリ、へへへ・・・って気分の編集者・ヨシダです。??それってどういう意味!? って声すら意識します(笑)。そのヨシダ継続ブログは後回しにして前に進みます。ヒマを見つけてブログ継続を考えています。秘話をブログすることに全く、 全然、チットも躊躇いを感じません。楽しみにすらするブログ内容と考えています。「ヒマをみてこの続編を・・・」ですが、そのヒマが訪れるのは何時とも言 えません。ひょっとしてヒョッとして、「墓場まで?」って声を意識しますが、そうはしません。ヨシダ人生に大きな転機を招来し、かつ現在から墓場に至るヨ シダの幸せ感の「源泉」こそがそのデキゴトが招来しただけに、です。お楽しみに・・・・。(12:15)★オモロイ思いつきをヒットしました!「No.6225-2」として編集することです。ニヤニヤ気分でヒマをみては継続します。(13:15)

 ・・・ 先ほど此処にブログ中、突然異変(?)みたいに「きょうのできごと」半ばから下が全部消滅!ガックリって気分を振り払って「修復作業」に入りました。でも でも、あっという間(1時間未満)で修復しました。★消滅直前に此処にインプットしかけていたことを思い出しながら再現します。傍らのXPが受信した日経 メルマガ「セブン&アイ、鈴木会長が退任へ」があります。直前記事「No.6225:セブン社長交代案を否決 セブン&アイ取締役会 日本経済新聞2016.4.7.)」を受けてのものとみます。社長交代案を退けて、というより、それを回避する(さす)ために、会長がご自身の身を切られたものと想像しますが果たして真実は?・・・。(15:55)
  なんともドラマッチックな編集作業であり、そのネタ記事であることよ!が編集者ヨシダのホンネ。まるで天がバカ正直なほどの人生を貫いてきているヨシダに 対して与え給うた「はなむけ機会」であることよ!と痛感します。その記事は先刻キャッチした記事の本欄掲載。なんとも痛快この上もありません!その記事 は、「No.6227:セブン&アイ、鈴木会長が退任へ日本経済新聞2016.4.7.)」です。(17:05)


No.6228
セブン&アイの王様、引き際を決めさせた「8票」
日本経済新聞2016.4.7.17:45 武類雅典
ヨシダブログ:今朝一番に日経ニュースメールで目に付いた7日17:45付の本記事。同日付に入れて掲載します▼「中見出し」は、■「これを家族に食べさせるつもりなのか」、■会社案は過半数の8票に届かず・・・と続きます▼経営者なかんずく、創業経営者の「引け際」の在り方を巡る出来事ではあります▼ヨシダの自叙伝的(?)ブログ「No.6255-2」は引き続いて続けます。なにせ、ヨシダ経営者人生ではエポック・メイキングな出来事の最たるものだかに、ある種の拘りを抱くからです。自身の人生の名誉のために、です。写真13枚添付ファイル
     「記者会見するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長」の画像検索結果  「記者会見するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長」の画像検索結果  「記者会見するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長」の画像検索結果
         関連画像「記者会見するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長」の画像検索結果  「記者会見するセブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長」の画像検索結果 関連画像   関連画像
          「1973年代の鈴木敏文社長」の画像検索結果  「1973年代のセブンイレブンと創業者・鈴木敏文社長」の画像検索結果「初期のセブンイレブンと創業者・鈴木敏文社長」の画像検索結果「初期のセブンイレブン」の画像検索結果「武類雅典」の画像検索結果
No.6227
セブン&アイ、鈴木会長が退任へ
日本経済新聞2016.4.7.
ヨシダブログ:
な~ んだ、ヨシダの思い過ごし。社長退任を狙って動議を起こしたのは他ならぬ創業経営 者会長の鈴木敏文御大!何処やらから声が聞こえてきそうです。「ヨシダさ ん、知らぬはヨシダさんばかりでっせ。創業者がわが意のままにならぬ現社長を切るために仕組んだトップ人事案ですよ」と。正直、ヨシダの思い過ごし想像は 創業者が社長を守ったのでは・・・と。お粗末千万のヨシダ想像でした。無理もありません、日本を離れて7年余・・・と、言いかけてハンセイすることは、人 一倍の時間をかけてインタネット情報を手繰っているくせに・・・と▼ま、それにしても思うことは、折角の「社長」を擁しながら、会長の目から見たらわが意 のままにならぬ現社長が目障り・・・といった図式。創業者マインドの典型。達観した気分になれないものか・・とは、全てを潔く処してきたヨシダのひとり言 ▼おっと、本記事が招来した「ヨシダの秘話物語」(No.6255-2)は続けますので悪しからず。と、こんな笑い話があったからこそ、「ヨシダ秘話」のひとつでも書く気になったものと前向き解釈するヨシダです。井 阪隆一社長兼最高執行責任者のご成功を祈念してやみません▼ 末尾に追加の皮肉屋ヨシダブログをひとつお許しを!ヨシダの場合は二代目経営者で企業を曲がりなりにも「7社クループによる総合物流商社体制」を確立した 二代目貢献者。そのヨシダを同族支配が出来ないから邪魔とみたのがこともあろうにヨシダの前妻とその実弟。このドキュメントは「No.6255-2.」に収録中。痛感することは、ヨシダ人生の格好のドキュメントづくりにも貢献しているのが本コラム編集・・・といったところです(大笑)。(写真9枚添付ファイル
     「鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長」の画像検索結果  関連画像  関連画像 「鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長」の画像検索結果 
                「鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長」の画像検索結果 「鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長」の画像検索結果 「鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長退任」の画像検索結果
             「井阪隆一」の画像検索結果      「井阪隆一」の画像検索結果
No.6226
「試練を経た人」
紀伊民報「水鉄砲」2016.4.7.倫
ヨシダブログ:「ボクのポリオ障害なんて、ものの数じゃあない!福島先生のことを考えたら・・・!」と、涙もろく、感動的な性格のヨシダは嗚咽すらしながら読み、グーグルで主人公・福島智東大教授の関連写真を追いつつ感動の涙の中で編 集しています。「神さま、この記事にヒットさせていただいてありがとうございます!」という想いを抱きながら、です▼「光と音の無い世界」といえば、三重 苦のヘレンケラー女史。ヨシダが定時制高校生時代に広島県高校英語弁論大会」で優勝した時の論旨に登場した人物でした。演題は「This is how I've fought my way out(僕はかくして逆境を克服してきました)」でした。英語教育の本山みたいなミッション・スクールの女学生さんでお父さんが牧師さんという人物との一 騎打ちでした。ほかでもありません、審査員(広島大学・飯野教授&マクシェリー・キリスト教会牧師)の間での大激論(4,50分間)の末にヨシダがチャン ピオンになりました▼論旨の中に引用したのがヘレンケラー女史の言葉でした。"Effort makes the impossible possible."&"The physical adversity is the greatest opportunity for which we should be thankful to God."を鮮明に覚えています。そんなことから、多くある同女史の語録(英語)からこの大きさでもかろうじて読めるものに限って選んで添付しました。本 記事主人公の福島智教授のご多幸を祈念しつつ・・・。写真18枚添付ファイル
      「福島智」の画像検索結果 「福島智」の画像検索結果「福島智」の画像検索結果   「福島智語録」の画像検索結果
    「福島智」の画像検索結果「福島智」の画像検索結果生きるって人とつながることだ!盲ろう者とノーマライゼーション (明石ライブラリー)盲ろう者として生きて―指点字によるコミュニケーションの復活と再生―渡辺荘の宇宙人―指点字で交信する日々
            「福島智」の画像検索結果   「福島智」の画像検索結果「福島智」の画像検索結果
    「福島智」の画像検索結果「helen keller words」の画像検索結果「helen keller words」の画像検索結果「helen keller words」の画像検索結果「helen keller words」の画像検索結果
No.6225
セブン社長交代案を否決 セブン&アイ取締役会
日本経済新聞2016.4.7.
ヨシダブロ(編集中)この種の記事(取締役会議案)に関してヨシダは苦々しい体験者。後述しますが、それだけに何々!?って野次馬根性で編集することを即決(?)しました▼その前にヨシダが好奇心を抱いたのがセブン&アイ社の取締役諸氏の顔ぶれです。「セブン&アイ役員一覧」 に目を転じて、意地悪く(?)想像を逞しくしています。写真を検索して・・・とまで意地悪く思いながら、ブログをすすめます▼・・・とこんなブログをした ら、「????  なぜヨシダさんはそんなことに関心を抱くの!?」といった声を意識します。実はそのヨシダドキュメンタリーのほうが際どくドラマチック(?)なのですが、 そのドキュメンタリー・ストーリをブログする前にひと言▼正直な直感的なヨシダの本記事の印象をひとつ!「社長交代案否決」の意味することをズバリ!現社 長の経営者実像(経営者能力有無等)を背景にした取締役の「謀反」みたいなもの。かの誰やらさんではありませんが、取締役で社長解任を決議した時の当事者 社長の絶句「何故だ!?」の例がありますよね▼・・・ ニヤニヤ・・・この後からのヨシダブログがドキュメンタリー・ストーリー足り得るのですが後のお楽しみに・・・(笑)。滅多とブログしないヨシダ人生の秘 話に通じる出来事。それゆえにこそ与えられているヨシダの現在の幸せ!!!ですが、後刻のお楽しみに・・・・(大笑)。To be continued.....▼(追伸)なになに??と好奇心を抱かれる方への「追記」は「No.6225-2」で編集中です。編集者ヨシダの手の込んだ編集技術を駆使して・・・です(大笑)写真2α枚添付ファイル)
    「セブン&アイ取締役会」の画像検索結果「井阪隆一社長兼最高執行責任者」の画像検索結果
No.6224
「世界一貧しい」前大統領 「富に縛られず、幸せの道を」 ホセ・ムヒカ氏が初来日
毎日新聞2016.4.7.山本太一
ヨシダブロ本 記事を編集する立場にあって大事な点は「記事筆者の人物観」。肩書き抜きの「山本太一」さんであることから、かの「政治家・山本太一」先生ではないか?と 思いながら躊躇します。色々グーグル検索するも同姓同名の「当該者」と思われる人物にヒットしません。同姓同名の人物も出てきません。・・・とすれば、か の「日本の政治家。参議院議員(4期)、自由民主党総裁ネット戦略アドバイザー・政調担当、中央大学大学院客員教授」(ウィキペディア)にしか通じません。おそるおそるの掲載です▼何時でしたが本欄でホセ・ムヒカ氏関連の記事を沢山の当該写真添付で掲載したことがあり、その時の写真を本欄でも添付したいものと願いつつも、余りにも多くの数だけに、当面、探すを断念して前にすすみます▼ふと、本記事主人公のホセ・ムヒカさんを前に余計なこと想像します。話題の大金持ちのトランプさんがもし米大統領に選ばれたら、ひょっとして大統領報酬はゼロ!を宣言されるかも・・・。としたら・・・厄介なことになることが想像されのですが、余計なことを考えるな!?(笑)。(写真8枚添付ファイル
   「都内で講演するウルグアイ前大統領のホセ・ムヒカ氏」の画像検索結果「南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏都内で講演」の画像検索結果 「南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏都内で講演」の画像検索結果   
      「南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏都内で講演」の画像検索結果        「南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏都内で講演」の画像検索結果            関連画像
                    「南米ウルグアイの前大統領、ホセ・ムヒカ氏都内で講演」の画像検索結果「山本太一」の画像検索結果  
  昨 日6の記事3編を下記に掲載していましたが、本日7日の第一記事掲載(9:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(723KB)
                        2016年4月7日(木)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                            吉田祐起
                  
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html