吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月6日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月6日の「できごと」 
                               April 6 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   3「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果 「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果 「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果     「declaration of arbroath 1320」の画像検索結果             「map of scotland and england」の画像検索結果
  7「ラーマ1世」の画像検索結果「ラーマ1世」の画像検索結果「ラーマ1世」の画像検索結果「1782, Taksin」の画像検索結果 「1782, Taksin」の画像検索結果10  関連画像「異国船打払令(無二念打払令」の画像検索結果   「異国船打払令(無二念打払令」の画像検索結果「異国船打払令(無二念打払令」の画像検索結果
  12  「Battle of Shiloh」の画像検索結果  「Battle of Shiloh」の画像検索結果「Battle of Shiloh」の画像検索結果「Battle of Shiloh」の画像検索結果  「Battle of Shiloh」の画像検索結果     「Battle of Shiloh」の画像検索結果「Battle of Shiloh」の画像検索結果   「Battle of Shiloh」の画像検索結果
      13「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果  関連画像「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果 「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果           関連画像「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果  「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果 「1865, Battle of Sayler's Creek」の画像検索結果
  14「幟仁親王」の画像検索結果         関連画像「明治天皇 五箇条の御誓文」の画像検索結果「明治天皇 五箇条の御誓文」の画像検索結果「五箇条の御誓文」の画像検索結果「明治天皇 五箇条の御誓文」の画像検索結果「明治神宮」の画像検索結果
  15「西郷隆盛と勝海舟の会談」の画像検索結果 「西郷隆盛と勝海舟の会談」の画像検索結果   「西郷隆盛と勝海舟の会談」の画像検索結果   「西郷隆盛と勝海舟の会談」の画像検索結果「西郷隆盛と勝海舟の会談」の画像検索結果17「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果
    「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果    関連画像   関連画像「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果 「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果 「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果 「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果 「1896, the first olympic game in athene」の画像検索結果
        25「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果    関連画像「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果        「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果       「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果「琵琶湖遭難事故」の画像検索結果
  32「a space odyssey 2001」の画像検索結果 「a space odyssey 2001」の画像検索結果「a space odyssey 2001」の画像検索結果「a space odyssey 2001」の画像検索結果       「a space odyssey 2001」の画像検索結果   「a space odyssey 2001」の画像検索結果     「a space odyssey 2001」の画像検索結果
  36「1978年「サンシャイン60」が開館」の画像検索結果         「1978年「サンシャイン60」が開館」の画像検索結果 「1978年「サンシャイン60」が開館」の画像検索結果45    関連画像「2009, terremoto dell'Aquila」の画像検索結果  「2009, terremoto dell'Aquila」の画像検索結果    「2009, terremoto dell'Aquila」の画像検索結果
                   (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)紀元前46年 - ローマ内戦: タプススの戦いユリウス・カエサル元老院派の軍を破る。
402Stilicho stymies the Visigoths under Alaric in the Battle of Pollentia.
(2)1199年 - イングランドリチャード1世(獅子心王)が死去。後継に指名された弟のジョンが即位。
1250Seventh Crusade: Ayyubids of Egypt capture King Louis IX of France in the Battle of Fariskur.
(3)1320年 - スコットランドアーブロース宣言を採択。イングランドからの独立がほぼ成る。
1327 – The poet Petrarch first sees his idealized love, Laura, in the church of Saint Clare in Avignon.
(4)1385年 - ジョアン1世ポルトガル王に選出され即位。
1453Mehmed II begins his siege of Constantinople (Istanbul), which falls on May 29.
1580 – One of the largest earthquakes recorded in the history of England, Flanders, or Northern France, takes place.
(5)1591年天正19年2月13日) - 豊臣秀吉千利休を京都から堺へ追放。
(6)1633年寛永10年2月28日) - 第一次鎖国令。江戸幕府が、奉書船以外で海外渡航・海外に長期在住した日本人の帰国を禁止。
1652 – At the Cape of Good Hope, Dutch sailor Jan van Riebeeck establishes a resupply camp that eventually becomes Cape Town.
1667 – An earthquake devastates Dubrovnik, then an independent city-state.
1712 – The New York Slave Revolt of 1712 begins near Broadway.
1776American Revolutionary War: Ships of the Continental Navy fail in their attempt to capture a Royal Navy dispatch boat.
(7)1782年 - ラーマ1世が、乱心をきたしたシャム国王タークシンを処刑し、自ら王位に就く。チャクリー王朝の始まり。
1793 – During the French Revolution, the Committee of Public Safety becomes the executive organ of the republic.
(8)1805年文化2年3月7日) - 長崎に来航中のロシア使節ニコライ・レザノフに通商拒絶を通告。
1808John Jacob Astor incorporates the American Fur Company, that would eventually make him America's first millionaire.
1812 – British forces under the command of the Duke of Wellington assault the fortress of Badajoz. This would be the turning point in the Peninsular War against Napoleon-led France.
(9)1814年 - ルイ18世がフランス王に即位。フランス復古王政が始まる。
(10)1825年文政8年2月18日) - 江戸幕府が異国船打払令(無二念打払令)を発布。
(11)1830年 - 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)が創設される。
1830Church of Christ, the original church of the Latter Day Saint movement, is organized by Joseph Smith and others at Fayette or Manchester, New York.
1841 – U.S. President John Tyler is sworn in, two days after having become President upon William Henry Harrison's death.
1860 – The Reorganized Church of Jesus Christ of Latter Day Saints, later renamed Community of Christ, is organized by Joseph Smith III and others at Amboy, Illinois.
1861 – First performance of Arthur Sullivan's debut success, his suite of incidental music for The Tempest, leading to a career that included the famous Gilbert and Sullivan operas.
(12)1862年 - 南北戦争: シャイローの戦いが始まる。
(13)1865年 - 南北戦争: セイラーズクリークの戦い
1866 – The Grand Army of the Republic, an American patriotic organization composed of Union veterans of the American Civil War, is founded. It lasts until 1956.
(14)1868年慶応4年3月14日) - 五箇条の御誓文発布。
(15)1868年(慶応4年3月14日) - 前日からの西郷隆盛勝海舟の会談により、官軍による江戸総攻撃の中止と江戸城の無血開城が決定。
1869Celluloid is patented.
(16)1882年 - 自由党党首の板垣退助が遊説中に暴漢に襲われる。(岐阜事件
1888Thomas Green Clemson dies, bequeathing his estate to the State of South Carolina to establish Clemson Agricultural College.
1893Salt Lake Temple of The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints is dedicated by Wilford Woodruff.
1895Oscar Wilde is arrested in the Cadogan Hotel, London, after losing a libel case against the Marquess of Queensberry.
(17)1896年 - 第1回近代オリンピックアテネオリンピック)開催。4月15日まで。
(18)1909年 - アメリカ人探検家ロバート・ピアリー北極点に到達する。
1911 – During the Battle of Deçiq, Dedë Gjon Luli Dedvukaj, leader of the Malësori Albanians, raises the Albanian flag in the town of Tuzi, Montenegro, for the first time after George Kastrioti (Skanderbeg).
(19)1917年 - 第一次世界大戦: アメリカ合衆国がドイツに対して宣戦布告。
(20)1919年 - インドマハトマ・ガンディーにより第1次サティヤーグラハ(非暴力・不服従)運動が開始される。
1923 – The first Prefects Board in Southeast Asia is formed in Victoria Institution, Malaysia.
1924First round-the-world flight commences.
1926Varney Airlines makes its first commercial flight (Varney is the root company of United Airlines).
1929Huey P. Long, Governor of Louisiana, is impeached by the Louisiana House of Representatives.
1930 – Gandhi raises a lump of mud and salt and declares, "With this, I am shaking the foundations of the British Empire," beginning the Salt Satyagraha.
(21)1931年 - 東京放送局(現在のNHK放送センター)がラジオ第2放送を開始。
(22)1933年 - 中国国民政府廃両改元を行い、銀錠による銀両制度を廃して銀元を導入する。
1936Tupelo–Gainesville tornado outbreak: Another tornado from the same storm system as the Tupelo tornado hits Gainesville, Georgia, killing 203.
(23)1941年 - 第二次世界大戦バルカン半島の戦い: ナチス・ドイツユーゴスラビアおよびギリシャに侵攻。(ユーゴスラビア侵攻ギリシャの戦い
(24)1941年 - 第二次世界大戦: イギリス軍がエチオピアの首都・アジスアベバを陥落し、イタリアの占領から解放。
(25)1941年 - 旧制四高漕艇部員11名が琵琶湖で練習中に突風で遭難(琵琶湖遭難事故)。流行歌「琵琶湖哀歌」の題材となる。
(26)1943年 - サン=テグジュペリ作『星の王子さま』の初版がニューヨークで刊行される。
(27)1944年 - 愛知県大府飛行場が竣工する。
1945 – World War II: Sarajevo is liberated from German and Croatian forces by the Yugoslav Partisans.
・1945 – World War II: The
Battle of Slater's Knoll on Bougainville comes to an end.
(28)1947年 - 初のトニー賞授賞式が行われる。
(29)1952年 - 大村競艇場にて競艇が初開催される。
(30)1955年 - 最高裁が、帝銀事件平沢貞通被告の上告を棄却する判決。
1957 – Greek shipping tycoon Aristotle Onassis buys the Hellenic National Airlines (TAE) and founds Olympic Airlines.
1962Leonard Bernstein causes controversy with his remarks from the podium during a New York Philharmonic concert featuring Glenn Gould performing Brahms' First Piano Concerto.
・1965 – The British Government announces the cancellation of the
TSR-2 aircraft project.
(31)1965年 - インテルサットの最初の衛星「インテルサットI英語版アーリバード」が打ち上げられる。
(32)1968年 - スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』がアメリカで公開。
1968 – In Richmond, Indiana's downtown district, a double explosion kills 41 and injures 150.
・1968 –
Pierre Elliott Trudeau wins the Liberal Leadership Election, and becomes Prime Minister of Canada soon after.
1970Newhall massacre: Four California Highway Patrol officers are killed in a shootout.
1972Vietnam War: Easter Offensive: American forces begin sustained air strikes and naval bombardments.
・1973 – The
American League of Major League Baseball begins using the designated hitter.
(33)1973年 - パイオニア計画: 「パイオニア11号」が打ち上げられる。
(34)1974年 - ABBAユーロビジョン・ソング・コンテスト1974で優勝。
(35)1975年 - 朝日放送制作(NET→テレビ朝日系列)で現在も放送中の『パネルクイズ アタック25』が放送開始。
(36)1978年 - 東京都豊島区東池袋に60階建の超高層ビルサンシャイン60」が開館。当時は東洋一の高さを誇った。
(37)1978年 - 第1回日本アカデミー賞授賞式が行われる。
1979Student protests break out in Nepal.
1982Estonian Communist Party bureau declares "fight against bourgeois TV"—meaning Finnish TV—a top priority of the propagandists of Estonian SSR
1984 – Members of Cameroon's Republican Guard unsuccessfully attempt to overthrow the government headed by Paul Biya.
(38)1987年 - MLBロサンゼルス・ドジャースゼネラルマネージャーであるアル・キャンパニスが黒人差別と疑われる発言を行い、2日後に辞任。
(39)1994年 - 死刑廃止を推進する議員連盟が発足。
(40)1994年 - ルワンダ大統領とブルンジ大統領が、搭乗していた飛行機を何者かに撃墜され死亡。(ハビャリマナとンタリャミラ両大統領暗殺事件
1998Pakistan tests medium-range missiles capable of reaching India.
・1998 –
Travelers Group announces an agreement to undertake the $76 billion merger between Travelers and Citicorp, and the merger is completed on October 8, of that year, forming Citibank.
(41)1999年 - ロンドンミュージカルマンマ・ミーア!』が初演。
(42)2002年 - 多くの公立小・中学校、高等学校にて学校週5日制を適用。
(43)2004年 - リトアニアロランダス・パクサス大統領の弾劾が成立し、辞任。
(44)2004年 - この年メジャー移籍した松井稼頭央(当時ニューヨーク・メッツ)がアトランタ・ブレーブス戦で、メジャー史上初の開幕戦・新人・初打席・初球本塁打を記録。
2005 – Kurdish leader Jalal Talabani becomes Iraqi president; Shiite Arab Ibrahim al-Jaafari is named premier the next day.
2008 – The 2008 Egyptian general strike starts led by Egyptian workers later to be adopted by April 6 Youth Movement and Egyptian activists.
(45)2009年 - ラクイラ地震
2010Maoist rebels kill 76 CRPF officers in Dantewada district, India.
2011 – In San Fernando, Tamaulipas, Mexico, over 193 bodies were exhumed from several mass graves made by Los Zetas.
2012Azawad declares itself independent from the Republic of Mali.
   
                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6223編目です。 
2016年4月6日(水)掲載分
昨日4月5日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

  今朝3時頃のこと、頭の回転がぐるぐる。あることを思い付いたのです!折角設けている「昨日の最終トップページ」コラムがありながら、それを新設した当時 からの「記録一覧表」の作成です。ガバッと起きてパソコンに向かいました!午前7時過ぎまで相当量編集して横になり、食事に向かいました。食事も大急ぎで デスクにバックして続けました。午前8:45時点「編集中」として掲載しました。ぜひともクリックしてヨシダのやる気を評価してください!(笑)★想う に、折角に新規アイディアの実践でありながら、その記録サイトを設けないなんて、勿体ない!って気分になって当たり前。そう言えば、「○月○日のトップ ページ」を観たいなと思うことがあると、「編集ソフト」に戻らなくてはならず、ウェブサイトから直接にゲットすることができれば他ならぬ編集者の都合がバ ツグンだ、と気付いた次第の新コラム設置です★「仕事に追われる」でなく、「新しい仕事を追う」って姿勢。流石はヨシダ流だと自我自賛です(笑)★「仕事に追われる」でなく、「新しい仕事を追う」って姿勢。流石はヨシダ流だと自我自賛です(笑)★・・・といったできごとの発想を得て即実践したことから、本日「4月6日のできごと」 でヨシダが特記したいものは、おやすみとします。正直、ここで特記したいできごとはないって感じです。(9:00)
 ただ今、9:45。「日別最終トップページ一覧表」の新設作成を完了しました!今朝3時過ぎに思い立っての快挙(?)、と自身の頭を撫でたい心境です。正味所要時間は約3,4時間。84歳超の爺ちゃんの出来る作業ではあり得ないぞ~!と自己満足の瞬間デス(笑)。(9:50)
 ・・・さあ~、と、本格的な本日の作業に戻ります。ふと、沢山のメルマガに混じってヨシダの目をヒットしたもの。「川内原発1・2号機の運転差し止め認めず 福岡高裁支部(日本経済新聞)がそれです。敷かれたレールがある以上、原発列車は走り続けます・・・、危険を認めず、国と電力会社の利益追求で・・・。(10:00)
 ニッポン人独特の「ぎこちない英語サウンド」が海外に居ると際立って気になります!握手する時の頭ペコペコがその違和感を増幅します。同じ東洋人でも中国人や朝鮮人の英語には日本人のそれほど違和感を感じません。何故、なぜ、ナゼ?「No.6222:「不良になるのがオチ」。その高校生は留学したいと願うが、英語教師が猛反対…日本経済新聞「春秋」2016.4.6.)」を編集しながら歯に衣着せぬブログをしました。(12:50)
 オバマ大統領の被爆市訪問可能性関連記事が多くあるなかで、毎日新聞のワシントン駐在記者・西田進一郎さんのものが一番、心がこもっていると痛感するヨシダです。今回の同氏記事は、「No.6223:ケリー氏広島訪問 米副報道官が意義説明毎日新聞2016.4.6.西田進一郎(ワシントン)」です皮肉なことに同関連記事を中国新聞に探しますが今のところありません。???と感じたら皮肉に過ぎるでしょうか・・・?(14:30)


No.6223
ケリー氏広島訪問 米副報道官が意義説明

毎日新聞2016.4.6.西田進一郎(ワシントン)
ヨシダブロ先月23日以来に各紙が報道するケリー米国務長官の広島市訪問関連記事で一番中身の濃い記事は No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員で した。同じ毎日新聞が他紙に先駆けた内容で、もう一歩踏み込んだ感じの記事を報道しています▼ちなみに、意地悪く広島市地元紙・中国新聞のサイトをみるに 現時点では皆無です。新聞社の編集思想の一端を垣間見る心境です▼と、オバマ大統領の被爆市訪問に関してのヨシダの存念は実に深いためのこの種の記事への 反応です。添付写真の選択も従って事態を忠実に示す内容のものを吟味したものです▼ふと、今気付くに、本記事の筆者は前回の記事と同じ西田進一郎氏。筆者 個人の情熱と誠意を痛感します。(写真7枚添付ファイル
  「オバマ広島訪問」の画像検索結果「オバマ広島訪問」の画像検索結果
    「ケリー氏広島訪問」の画像検索結果 「ケリー氏広島訪問」の画像検索結果  「ケリー氏広島訪問」の画像検索結果 「主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)」の画像検索結果  「Department of State, tonner」の画像検索結果
No.6222

「不良になるのがオチ」。その高校生は留学したいと願うが、英語教師が猛反対…
日本経済新聞「春秋」2016.4.6.
ヨシダブロ日 本人が如何に自己弁護しても変わらないことは、「(概して)ニッポン人は英語下手」が定着していることが否定できないこと。ヨシダ自身が多少ネイティヴ並 み の英語が出来るからといってのこんなブログでは決してありませんが、不思議でならなにことは、識者の多く(少なくない)の方々が、殊更に日本人の英語下手 に対する見え透いた「自己弁護」をしていることです▼その最たるケースは、「ネイティヴ並みの英語を話す必要はない」、「英語社内公用語化はナンセン ス!」といった類の弁。出来るに越したことはない筈の正しい英語発音を頭から否定してかかるニッポン人の「醜い一面」と、こき下すことを躊躇いません▼ま ず は異質の英語(?)といった印象を与えない程度の英語が出来るに越したことは無いのに、強がりの弁として虚しく聴こえてなりません▼小 学生時代から英語を学ぶ必要はない、その分、日本語をもっと学ぶべきだ・・・といった類の論。まるで日本語教育に対する完ぺき主義者的発言です。出来ない 者の強がり、やっかみとしか言いようがありませんがどうでしょうか?▼CNNテレビで時たま耳に入るニッポン人の英語は画面を観なくても直ぐに区別がつく ほど「ニッポ ン人独特(?)の異様なサウンド(発音&抑揚)」です。ニッポン人を除く外国人の英語発音には違和感を抱きません。抑揚そのものが英語的なのですね▼ヨシ ダの娘が中学生時代のこと。パパ仕込みのホンモノ英語発音抑揚をクラス教室で口にしたところ、全生徒とこともあろうに!教師までが声を上げて笑い出したの で す。爾来、娘は殊更に「日本人流儀のぎこちない英語発音」を無理してまで口にするようになりました▼母国を捨てた(物騒な!?!)彼女の親父が現在に至っ て胸の片隅に抱いている母国(人)への愛想つかし要因のひとつです。トホホです(笑)▼本記事主人公の鳥飼玖美子さんの著書は大量多彩デス!よって「鳥飼玖美子氏著書リスト」でその表示に換えます。(写真5枚添付ファイル
    「鳥飼玖美子自伝」の画像検索結果 「鳥飼玖美子」の画像検索結果   「鳥飼玖美子語る」の画像検索結果  「鳥飼玖美子」の画像検索結果「鳥飼玖美子自伝」の画像検索結果
                      (鳥飼玖美子氏著書リスト  
  昨 日5日の記事5編を下記に掲載していましたが、本日6日の第一記事掲載(12:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(681KB)

                        2016年4月6日(水)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                                  吉田祐起
                  
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
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