吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月5日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月5日の「できごと」 
                               April 5 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
2「1654, Treaty of Westminster」の画像検索結果       関連画像「Beerstraaten, Battle of Scheveningen」の画像検索結果    「1654, Treaty of Westminster」の画像検索結果  「1654, Treaty of Westminster」の画像検索結果「1654, Treaty of Westminster」の画像検索結果
3「1722, Jacob Roggeveen」の画像検索結果「1722年 - オランダ海軍提督、ヤコブ・ロッゲフェーンがイースター島を発見」の画像検索結果「1722年 - オランダ海軍提督、ヤコブ・ロッゲフェーンがイースター島を発見」の画像検索結果「1722, Jacob Roggeveen」の画像検索結果「1722, Jacob Roggeveen」の画像検索結果   「1722, Jacob Roggeveen」の画像検索結果「1722, Jacob Roggeveen」の画像検索結果
4「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果        「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果    「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果    関連画像「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果「Siege of Yorktown (1862)」の画像検索結果
8「1915年 - 広島県産業奨励館竣工。」の画像検索結果「1915年 - 広島県産業奨励館竣工。」の画像検索結果「1915年 - 広島県産業奨励館竣工。」の画像検索結果  「1915年 - 広島県産業奨励館竣工。」の画像検索結果  「1915年 - 広島県産業奨励館竣工。」の画像検索結果      「世界遺産原爆ドーム」の画像検索結果
 19「1946年 - GHQの諮問機関・対日理事会」の画像検索結果「1946年 - GHQマッカーサー」の画像検索結果 「GHQマッカーサー」の画像検索結果  「1946年 - GHQの諮問機関・対日理事会」の画像検索結果「document of ghq on policy of japan」の画像検索結果「1946年 - GHQの諮問機関・対日理事会」の画像検索結果33「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果    関連画像
 「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果  関連画像「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果「1976年 - 北京で四五天安門事件」の画像検索結果
39「1998年 - 明石海峡大橋開通。」の画像検索結果「1998年 - 明石海峡大橋開通。」の画像検索結果     関連画像「1998年 - 明石海峡大橋開通。」の画像検索結果「1998年 - 明石海峡大橋開通。」の画像検索結果41「2002年 - テレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』が「同一司会者により最も多く放送された生バラエティ番組」としてギネスブックに認定され」の画像検索結果     「2002年 - テレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』」の画像検索結果          「2002年 - テレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』」の画像検索結果
                  (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)585年敏達天皇14年3月1日) - 仏教排斥を唱える物部守屋が、疫病の流行が原因が仏教崇拝にあると奏上。
823Lothair I is crowned King of Italy by Pope Paschal I.
1081Alexios I Komnenos is crowned Byzantine emperor at Constantinople, bringing the Komnenian dynasty to full power.
1242 – During the Battle on the Ice of Lake Peipus, Russian forces, led by Alexander Nevsky, rebuff an invasion attempt by the Teutonic Knights.
1536Royal Entry of Charles V into Rome: The last Roman triumph.
1566 – Two-hundred Dutch noblemen, led by Hendrick van Brederode, force themselves into the presence of Margaret of Parma and present the Petition of Compromise, denouncing the Spanish Inquisition in the Netherlands. The Inquisition is suspended and a delegation is sent to Spain to petition Philip II.
1609Daimyo (Lord) Shimazu Tadatsune of the Satsuma Domain in southern Kyūshū, Japan, completes his successful invasion of the Ryūkyū Kingdom in Okinawa.
1614 – In Virginia, Native American Pocahontas marries English colonist John Rolfe.
1621 – The Mayflower sets sail from Plymouth, Massachusetts on a return trip to England.
(2)1654年 - ウェストミンスター条約締結により第1次英蘭戦争が終結。
1710 – The Statute of Anne receives the Royal Assent establishing the Copyright law of the United Kingdom.
(3)1722年 - オランダ海軍提督、ヤコブ・ロッゲフェーンイースター島を発見。発見日がイースターであったことにちなみ名づけられる。
1792 – United States President George Washington exercises his authority to veto a bill, the first time this power is used in the United States.
1804High Possil meteorite: The first recorded meteorite in Scotland falls in Possil.
1818 – In the Battle of Maipú, Chile's independence movement, led by Bernardo O'Higgins and José de San Martín, win a decisive victory over Spain, leaving 2,000 Spaniards and 1,000 Chilean patriots dead.
1847Birkenhead Park, the first civic public park in Britain, is opened in Birkenhead.
(4)1862年 - 南北戦争: ヨークタウンの包囲戦が始まる
(5)1869年明治2年2月24日) - 東京奠都: 天皇の東京滞在中は太政官を東京に置くことを決定。
(6)1872年(明治5年2月28日) - 兵部省を廃止し陸軍省海軍省を設置。
(7)1879年 - チリペルーボリビア宣戦布告太平洋戦争が勃発する。
1900Archaeologists in Knossos, Crete, discover a large cache of clay tablets with hieroglyphic writing in a script they call Linear B.
1904 – The first international rugby league match is played between England and an Other Nationalities team (Welsh & Scottish players) in Central Park, Wigan, England.
1915 – Boxing challenger Jess Willard knocks out Jack Johnson in Havana, Cuba to become the Heavyweight Champion of the World.
(8)1915年 - 広島県産業奨励館(のちの原爆ドーム)竣工。
(9)1918年 - 日本・イギリスがロシア革命への干渉のため陸戦隊ウラジオストクに上陸させる。
1922 – The American Birth Control League, forerunner of Planned Parenthood, is incorporated.
1923Firestone Tire and Rubber Company begins production of balloon-tires.
(10)1923年 - 日本民主青年同盟の前身の日本共産青年同盟が設立。
(11)1924年 - イタリア総選挙でファシスト党が勝利する。
(12)1927年 - 神戸の総合商社「鈴木商店」が倒産。
(13)1927年 - 花柳病予防法公布。
1932 – Alcohol prohibition in Finland ends. Alcohol sales begin in Alko liquor stores.
・1932 –
Dominion of Newfoundland: Ten thousand rioters seize the Colonial Building leading to the end of self-government.
1933 – U.S. President Franklin D. Roosevelt signs two executive orders: 6101 to establish the Civilian Conservation Corps, and 6102 "forbidding the Hoarding of Gold Coin, Gold Bullion, and Gold Certificates" by U.S. citizens.
1936Tupelo–Gainesville tornado outbreak: An F5 tornado kills 233 in Tupelo, Mississippi.
(14)1938年 - 有限会社法公布。
(15)1939年 - 映画法公布。
(16)1942年 - 第二次世界大戦: セイロン沖海戦が始まる。日本海軍急降下爆撃により英国東洋艦隊の重巡洋艦コーンウォールドーセットシャーが沈没。
1943 – World War II: American bomber aircraft accidentally cause more than 900 civilian deaths, including 209 children, and 1,300 wounded among the civilian population of the Belgian town of Mortsel. Their target was the Erla factory one kilometer from the residential area hit.
1944 – World War II: Two hundred seventy inhabitants of the Greek town of Kleisoura are executed by the Germans.
1945Cold War: Yugoslav leader Josip Broz Tito signs an agreement with the Soviet Union to allow "temporary entry of Soviet troops into Yugoslav territory".
(17)1945年 - 第二次世界大戦:ソ連日ソ中立条約の不延長を日本に通告。8月に宣戦布告。
(18)1945年 - 小磯國昭内閣が総辞職。
(19)1946年 - GHQの諮問機関・対日理事会が初会合。
1946 – Soviet troops leave the island of Bornholm, Denmark after an 11-month occupation.
(20)1947年 - 第1回統一地方選挙
(21)1948年 - 愛知県碧南市が市制施行。
1949Fireside Theater debuts on television.
・1949 – A fire in a hospital in
Effingham, Illinois, kills 77 people and leads to nationwide fire code improvements in the United States.
(22)1951年 - ローゼンバーグ事件でスパイ容疑によりローゼンバーグ夫妻に死刑判決。
(23)1954年 - 初の集団就職列車(青森 - 上野間)が運行される。
(24)1954年 - 山梨県塩山市が市制施行。
(25)1955年 - イギリス首相ウィンストン・チャーチルが健康状態を理由に辞任を表明。
(26)1956年 - 自由民主党党大会で初代総裁に鳩山一郎を選出。
1956Fidel Castro declares himself at war with Cuban President Fulgencio Batista.
・1956 – In
Sri Lanka, the Mahajana Eksath Peramuna win the general elections in a landslide and S. W. R. D. Bandaranaike is sworn in as the Prime Minister of Ceylon.
1957 – In India, Communists win the first elections in united Kerala and E. M. S. Namboodiripad is sworn in as the first Chief Minister.
1958Ripple Rock, an underwater threat to navigation in the Seymour Narrows in Canada is destroyed in one of the largest non-nuclear controlled explosions of the time.
(27)1958年 - 巨人長嶋茂雄がデビュー。国鉄金田正一投手を相手に4打席連続空振三振。
(28)1964年 - 町田米軍機墜落事

1969Vietnam War: Massive antiwar demonstrations occur in many U.S. cities.
(29)1970年 - よど号ハイジャック事件の人質が帰還。
1971 – In Sri Lanka, Janatha Vimukthi Peramuna launches a revolt against the United Front government of Sirimavo Bandaranaike.
(30)1975年 - 中華民国で、蒋介石総統が死去。厳家淦が総統代行に就任。
(31)1975年 - 特撮テレビ番組「スーパー戦隊シリーズ」最初の作品『秘密戦隊ゴレンジャー』が放送開始。
(32)1975年 - 人気双子デュオ歌手「ザ・ピーナッツ」がこの日に引退。この日最後のコンサート「ザ・ピーナッツ さよなら公演」をNHKホールで開催する。
(33)1976年 - 北京四五天安門事件が起こる
(34)1976年 - ジェームズ・キャラハンがイギリスの第70代首相に就任。
(35)1985年 - 大阪市営地下鉄中央線深江橋駅 - 長田駅間が開業し全通。
1986 – Three people are killed in the bombing of the La Belle discotheque in West Berlin, Germany.
1991 – An ASA EMB 120 crashes in Brunswick, Georgia, killing all 23 aboard including Sen. John Tower and Astronaut Sonny Carter.
(36)1992年 - ペルー大統領アルベルト・フジモリが非常事態を宣言し、議会を解散、憲法を停止。(アウトゴルペ
(37)1992年 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: サラエヴォ包囲が始まる。
(38)1994年 - 福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」が初めて臨界を達成。
1994 – American musician Kurt Cobain commits suicide.
(39)1998年 - 明石海峡大橋開通。
1999 – Two Libyans suspected of bringing down Pan Am Flight 103 in 1988 are handed over for eventual trial in the Netherlands.
(40)2000年 - 森喜朗が第85代内閣総理大臣に就任し、第1次森喜朗内閣が発足。
(41)2002年 - テレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』が「同一司会者により最も多く放送された生バラエティ番組」としてギネスブックに認定される。
(42)2009年 - 北朝鮮によるミサイル発射実験
2010 – Twenty-nine coal miners are killed in an explosion at the Upper Big Branch Mine in West Virginia.
(43)2015年 - 徳島県徳島空港で滑走路内に車両が進入しているのに、当滑走路への着陸機に着陸許可を出し、着陸機が着陸をやり直すトラブルが発生した[1]
   
                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6220編目です。 
2016年4月5日(火)掲載分
昨日4月4日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月5日のできごと」 でヨシダが特記したいものは、「(8)1915年 - 広島県産業奨励館(のちの原爆ドーム)竣工」 です。少年時代は原爆前のこと。足の不自由なボクはあまり出歩くことをしませんでした。できませんでした、この産業奨励館には一度だけ訪れてことを記憶し ます。たった一つの印象は、螺旋型の階段くらいです。住む世界が狭かったことを今更ながら感じます★そう言えば、歩く時の僕の視線は一直線、前を見て転ば ないことに必死。周囲を見回しながら・・・といった歩き姿は無縁だったし、できませんでした。そう言えば、最初のハワイ行きは両足に補そう具なし。二度目 はそれを着けてのことだったので、周囲を見回す余裕を感じたものでした。・・・とブログが飛びましたが、広島産業奨励館訪問で想起する次第です。
 昭和は遠くなりにけり・・・って言葉を体感する記事にヒットしました。「No.6217:一九二七(昭和二)年、三高(京大)山岳部のメンバーは群馬県の鹿沢で猛吹雪に…」(東京新聞「筆洗」2016.4.5.) です。満84歳5ヶ月のヨシダにとっては、「・・・あ、あの方が・・・」という感傷を抱くのは同年輩前後の方々の他界です★このコラム編集の取材源のひと つは「おくやみ欄」。当該ご人物の生き様を学ばせていただく所以です。ちなみに、毎日、数回のニューヨーク・タイムズ紙メルマガを受信するなかでヨシダが 必ずスクロールするのは「Obituary」(おくやみ欄)です。早世される著名人物記事に対してヨシダが 思わず口にすることは、"WHY!?"です。著名人になればなったで、心身共のストレスを想像するのが常のヨシダであり、反面教師とするのがヨシダの受けとめ姿勢です。(11:40)
 「No.6218「孫さんは…」柳井氏の考える本物のリーダー 日本経済新聞2016.4.5.ファーストリテイリング柳井正会長兼社長に聞く(上)(聴き手:岩戸寿 代慶達也))」をブログ編集しながら、スケールの全く異なるひと昔前のヨシダ経営者人生を想起します。「粒は小さくとも、光輝く粒になろう!」を合言葉にしたものです。(13:35)
 「No.6219:「2018年1月1日から世界金融危機が本格化する」 著名コラムニスト予測の根拠 MONEY VOIVE2016.4.5.The Next Perfect Banking Storm)から)」と題する長文の記事を編集しながら末尾の不気味な言葉でヨシダが想起すること。それは「歴史は繰り返す」に尽きるものを感じます★ふと「歴史は繰り返す(History repeats itself)」という言葉の所以を辿るに、「最 初に言ったのはヘロドトスと言われています。ただ、あまりにも普遍的な言葉なので後世の人物が使い、初出があいまいになっています。「歴史は繰り返す。そ れゆえに過去の記録はまた将来の予言となる」(寺田虎彦)、「歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返す」 (エドマンド・バーク)、「歴史は二度繰り返す。最初は悲劇として、二度目は喜劇として」(カール・マルクス) etc. etc.」とあります。と、こんなことも本コラム編集機会が招来するヨシダの学びの機会です。(15:25) 
 「No.6220英国離脱が引き金を引くEU崩壊と世界経済混乱DIAMOND Online2016.4.5.真壁昭夫 [信州大学教授] )」を編集しながらのヨシダの気分はネギャティヴでしかありません。長生きすればするほどにその想いは積もるでしょうが、発展途上国フィリピンと成熟高齢化国母国とのギャップを垣間見ることになるでしょう・・・。(16:45)
 欲張ってもう一編の記事を編集しました。「No.6221:アメリカ人の老後資金、3人に1人が「まったくない」の衝撃データMAG2 NEWS2016.4.5.(3.23付)長塚香織)」がそれですが、ひるがえって、ヨシダ自身の老後生活の有り様は極めてユニークかつ、ヨシダならでは出来得ないものと密かに自負しています★本日最終段階の本トップ面編集容量は「863MB」でイイところ。明日への備えに入ります(18:20)

No.6221
アメリカ人の老後資金、3人に1人が「まったくない」の衝撃データ
MAG2 NEWS2016.4.5.(3.23付)長塚香織
ヨシダブロ世の中は正直に生きる者に見方してくれることを身を持って体験しているヨシダ。それを裏付けるのは「自利から他利」 の生き方にあると体感しているのがその背景。フィリピンに渡ったときのヨシダは年金だけが頼りでしたが、3,4年来の「自称:相互扶助精神に基づく運命共 同体生活」をもとにしたフィリピン人家族との共同生活で老後の心配は皆無と自覚し、感謝の日々を送っているわが身。それだけに、この記事は些かショックめ いたものを感じさせます▼「中見出し」は、■老後資金の理想と現実、■老後に破産しないためには?・・・と続きます▼蛇足のブログをひとつ。ヨシダの経営者人生を通した人生哲学のひとつは、「得るは捨つるにあり」です。「天は二物を与えず」を体感する近年のヨシダです。写真5枚添付ファイル
      「長塚香織」の画像検索結果 「長塚香織著書」の画像検索結果「CNBC」の画像検索結果「CNBC reports life after retirement」の画像検索結果shutterstock_256155637 copy
No.6220
英国離脱が引き金を引くEU崩壊と世界経済混乱
DIAMOND Online2016.4.5.真壁昭夫 [信州大学教授]
ヨシダブロ「中見出し」は、■ ロンドン在住アナリストが危惧している欧州の情勢、■6月23日、EUの将来に重大な懸念発生の可能性、■英国の離脱とEU崩壊で始まる大混乱 利害調整 が困難な“多極型”世界構造、■必要不可欠な協調体制の構築 政治の内向き志向で不安を拭えず・・・と続きます▼「質問:英国の国民投票は、EU離脱派と EU残留派のどちらが勝つと思う?」に対する回答は、「EU離脱派50.0%、EU残留派29.79%、どちらとお言えない14.79%、その他、分から ない5.43%」です▼長文の記事ですが、諸般の実情に鑑み言えることは、「世界経済の先行きにあまり楽 観的になれない」とあります。ヨシダ流に解釈すれば、「世界人口は暴発中。かたや人力削減・無用を招来する産業ロボット化Etc.」を考えると良い予想は 立てられそうにありません。貧富の格差は拡大こそすれ、縮小は期待できないでしょう。・・・とすれば、紛争の絶え間のない世界・・・?と、穏やかでない予 想をするのは不謹慎でしょうか?▼それにしてもヨシダがEU&ユーロ誕生当初から公言して憚らなかったのが、「同制度の暗い将来性予想」、「・・・いずれ 崩壊 する・・・」があって恥をかいて現在に至る身。だからと言ってこの種の記事に喜ぶ者ではありませんが、無理して構築した世界的規模のシステムには限界があ ることだけは現実と言えるでしょう・・・。写真9枚添付ファイル 
          今週のキーワード 真壁昭夫     
              「真壁昭夫」の画像検索結果
        関連画像 関連画像 「真壁昭夫」の画像検索結果 
                著書は大量のために、「真壁昭夫著書」で換えます。               
       「真壁昭夫」の画像検索結果    関連画像「真壁昭夫」の画像検索結果
        質問:英国の国民投票は、EU離脱派とEU残留派のどちらが勝つと思う?                                   
No.6219
「2018年1月1日から世界金融危機が本格化する」 著名コラムニスト予測の根拠
MONEY VOIVE2016.4.5.The Next Perfect Banking Storm)から                  
ヨシダブロ本記事は「クリストファー・ラングナー(Christopher Langner)というブルームバーグの市場コラムニストが書いた「銀行業界に吹き荒れる次の大嵐」(The Next Perfect Banking Storm)という記事」を中心にした記事です。クリックすると英文記事がそのままで出ます。英語通の本記事筆者ならではの稀有な分析とみます。なお、肝心の本記事(日本語)の筆者の名前が見当たらないのが残念です▼「中見出し&太文字表示タイトル等」は、「バー ゼル3発効に先駆けて、2018年1月1日から金融激変が起こる」、世界中の金融機関を委縮させる「バーゼル3」爆弾とは?、これは世界危機の“レシ ピ”~多くの企業が破産、労働者はレイオフに、いま日本で起こっていること~報道されないスティグリッツ来日の真相、麻生大臣の不気味な発言「米国は 1930年代の不況を戦争によって克服した」、「大本営発表」を取り戻すNHKの破れかぶれの洗脳番組・・・と続きます▼末尾の弁は不気味です。曰く、 「・・・「緊急事態条項」とは、一朝有事の際には内閣総理大臣にすべての権限を集中させ、場合によっては戒厳令を発動してすべての法律を停止する権限を持 たせるという法律です。こうした政府の不穏な動きの数々から、戦前の治安維持法の暗黒時代から第二次世界大戦に突き進んでいったことを想起した人は少なく ないはずです・・・」がそれ▼此処でもヨシダの口癖「歴史は繰り返す」を痛感します・・・。写真4枚添付ファイル 
      「Christopher Langner」の画像検索結果「Christopher Langner」の画像検索結果       「Christopher Langner」の画像検索結果   「Christopher Langner books」の画像検索結果
No.6218
「孫さんは…」柳井氏の考える本物のリーダー 
日本経済新聞2016.4.5.ファーストリテイリング柳井正会長兼社長に聞く(上)(聴き手:岩戸寿 代慶達也)
ヨシダブロど だい、スケールの全く異なる、次元の異なるご人物・柳井 正社長が語られるこれまた次元の異なる人物・孫正義社長を指してのご意見にヨシダが惹かれるには それなりの理由を自負します。エッヘン、かくいうヨシダは次元やスケールこそ全く異質のものですが、「経営者の端くれ」人生を成人前から80歳前までの 60余年間の自称:経営者人生を全うして現在に至る身であることからのご両者に対する強い関心にほかありません▼ヨシダの経営者体験スケールは自称「7社 グループによる総合物流商社体制」を構築した程度。規模こそ100人体制・総合年商10億円の小さなもので したが、それなりの経営者自負はありました▼グループ数人の社長はヨシダがスカウトした元・サラリーマン。体験上の結論は「銀行借り入れ保証人」にならぬ 以上、所詮はサラリーマン社長の域は超えないということでした▼そんな経営者体験者のヨシダの目線で観る孫社長の姿は想像すらできない経営者世界に生きる ご人物。その同社長を評しての柳井社長ご意見だけに、何なに!? と好奇心を旺盛にするのがヨシダです▼お2人の「聴き手」を前にしての柳井大御大のご意見だけに、先ずはその「聴き手の質問」を列記して中身をご想像して いただいたほうが賢明と心得ます。ヨシダ意見なんてとんでもない!と自重してのブログです▼質問者2人の質問は、■真のトップとはどんな人でしょうか?、■孫社長と近い関係にありますが・・・、■物事を考えるとき、どうプロセスを組み立てていきますか?、■経営者としての最終目標は?■大切にしている習慣はありますか。・・・と続きます▼追伸:当時の経営者ヨシダの自負は「粒は小さくとも、光輝く粒になろう!」でした写真3枚添付ファイル 
            
No.6217
一九二七(昭和二)年、三高(京大)山岳部のメンバーは群馬県の鹿沢で猛吹雪に…
東京新聞「筆洗」2016.4.5.
ヨシダブロ多くの著名な歌手のなかで、ヨシダと同年輩格の「ゲタさん」こと・喜早哲さんには格別の親しみを感じたヨシダ。去る3月26日、急性肺炎で死去されました。生年月日にヒットしないのですが、享年85歳と知ります。ヨシダとは半年ほどの兄貴分▼ダークダックスと言えば、グーグル検索中で知ったことは同グループテナーの高見沢宏さん(享年・77歳)が他界されていることを知りました。編 集過程で知り得た情報ですが、同氏の写真も添付しました▼7年余の離日生活をしていると、流石に母国の出来事に疎遠になる感じです。ふと、想像すること は、ヨシダのこのウェブサイトを偶然に眼にされる御仁があるとすれば、「オッ!? あのヨシダさん、まだ生きているんだ!」と。ハイ、まだまだ生き抜いて、意地悪く(?)このブログを書き続けていきま~す!(笑)▼おっと、饒舌ならぬ「饒ブロ」を横に置いといて、同世代を生きた同輩諸氏の霊に合掌▼追伸:本記事の末尾の言葉はヨシダの胸に染みかつ、われかくありたし!と念願するものです。曰く、「折り目正しく、前向きなゲタさんの・・・」を、です。写真23枚添付ファイル 
       関連画像「雪山讃歌 ダーク・ダックス喜早哲」の画像検索結果 「喜早哲著書」の画像検索結果「喜早哲著書」の画像検索結果「喜早哲著書」の画像検索結果「喜早哲著書」の画像検索結果「喜早哲著書」の画像検索結果       「紫綬褒章」の画像検索結果    「高見沢宏 葬儀」の画像検索結果
        「ダークダックス紫綬褒章」の画像検索結果「『愛唱歌ものが たり』(岩波書店)」の画像検索結果 「<雪よ岩よわれらが宿り>。「雪山讃歌」」の画像検索結果    「<雪よ岩よわれらが宿り>。「雪山讃歌」」の画像検索結果「<雪よ岩よわれらが宿り>。「雪山讃歌」」の画像検索結果「雪山賛歌 楽譜」の画像検索結果「高見沢宏死去」の画像検索結果
          関連画像「<雪よ岩よわれらが宿り>。「雪山讃歌」」の画像検索結果「Oh, My Darling Clementine」の画像検索結果「Oh, My Darling Clementine」の画像検索結果「Oh, My Darling Clementine」の画像検索結果 「Oh, My Darling Clementine」の画像検索結果「Oh, My Darling Clementine」の画像検索結果
  昨日4日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日5日の第一記事掲載(11:20)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。 

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(839KB)

                        2016年4月5日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                                  吉田祐起
                  
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                                 yoshida@a-bombsurvivor.com
                           URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com

           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html