吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月25日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った4月25日の「できごと」 
                               April 25 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  3   「壇ノ浦 地図」の画像検索結果  「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果 「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果 「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果「1185年安徳天皇」の画像検索結果 「1185年安徳天皇阿弥陀寺陵」の画像検索結果  「1185年安徳天皇阿弥陀寺陵」の画像検索結果「壇ノ浦 地図」の画像検索結果  関連画像
    「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果  「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果    関連画像「1185年- 壇ノ浦の戦い。平氏一門が滅亡。」の画像検索結果「平氏 家紋」の画像検索結果「壇ノ浦 地図」の画像検索結果 「李自成」の画像検索結果 「李自成」の画像検索結果
    「崇禎帝」の画像検索結果 「崇禎帝」の画像検索結果  6「the life and strange surprising adventures of robinson crusoe」の画像検索結果「Daniel Defoe,」の画像検索結果「Daniel Defoe,」の画像検索結果「Daniel Defoe,」の画像検索結果「Daniel Defoe,」の画像検索結果9  「Claude Joseph Rouget de Lisle」の画像検索結果    「Claude Joseph Rouget de Lisle」の画像検索結果 
   「Claude Joseph Rouget de Lisle」の画像検索結果関連画像「Claude Joseph Rouget de Lisle」の画像検索結果10「Mexican-American War」の画像検索結果      「Mexican-American War」の画像検索結果「Mexican-American War」の画像検索結果「Mexican-American War」の画像検索結果         関連画像「Mexican-American War」の画像検索結果
 11Hotta.jpg「廷臣八十八卿列参事件。」の画像検索結果16「Bauhaus established in 1919」の画像検索結果「Bauhaus established in 1919」の画像検索結果 「Bauhaus established in 1919」の画像検索結果     「Bauhaus established in 1919」の画像検索結果    20「『Detective Comics』no.27 batman」の画像検索結果    「『Detective Comics』no.27 batman」の画像検索結果「『Detective Comics』no.27 batman」の画像検索結果
  21「エルベの誓い場所」の画像検索結果   「エルベの誓い」の画像検索結果   「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い」の画像検索結果「エルベの誓い場所」の画像検索結果
   22「1945 allies、united nations 50 nations opened the san francisco assembly」の画像検索結果       「1945 allies、united nations 50 nations opened the san francisco」の画像検索結果  「1945 allies、united nations 50 nations opened the san francisco」の画像検索結果 「1945 allies、united nations 50 nations opened the san francisco」の画像検索結果 「1945 allies、united nations 50 nations opened the san francisco」の画像検索結果     関連画像25「1953, Nature, francis crick and james watson wrote on DNA」の画像検索結果「1953, Nature, francis crick and james watson wrote on DNA」の画像検索結果「1953, Nature, francis crick and james watson wrote on DNA」の画像検索結果
  「1953, Nature, francis crick and james watson wrote on DNA」の画像検索結果「The Nature, 1953, april 26 edition」の画像検索結果「The Nature, 1953, april 26 edition」の画像検索結果関連画像29「1959, saint lawrence cannels」の画像検索結果「1959, saint lawrence cannels」の画像検索結果 「1959, saint lawrence cannels」の画像検索結果 「1959, saint lawrence cannels」の画像検索結果31関連画像「1963年 - 大阪駅前に鋼鉄製横断歩道橋」の画像検索結果
  
34「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果  「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果 「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果   「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果「1974年 - カーネーション革命」の画像検索結果
           (最下段2列は編集許容量オーバーのため削除しています。)
               (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。) 
(1)紀元前404年 - アテネスパルタに降伏し、ペロポネソス戦争が終結。
775 – The Battle of Bagrevand puts an end to an Armenian rebellion against the Abbasid Caliphate. Muslim control over Transcaucasia is solidified and its Islamization begins, while several major Armenian nakharar families lose power and their remnants flee to the Byzantine Empire.
(2)799年 - 暗殺されそうになった所を脱出したローマ教皇レオ3世が、フランク王カール1世(カール大帝)に保護を求める。
1134 – The name Zagreb was mentioned for the first time in the Felician Charter relating to the establishment of the Zagreb Bishopric around 1094.
(3)1185年元暦2年3月24日) - 壇ノ浦の戦い平氏一門が滅亡。
1607Eighty Years' War: The Dutch fleet destroys the anchored Spanish fleet at Gibraltar.
(4)1608年慶長13年3月11日) - 征夷大将軍を辞した徳川家康駿府城に移り住む。
(5)1644年崇禎17年/永昌元年3月19日) - 李自成が率いる叛乱軍が北京を占領。崇禎帝が自害してが滅亡。
1707 – A coalition of England, the Netherlands and Portugal is defeated by a Franco-Spanish army at Almansa (Spain) in the War of the Spanish Succession.
(6)1719年 - ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソーの生涯と奇しくも驚くべき冒険』が刊行。
(7)1783年 - フランスモンゴルフィエ兄弟熱気球の実験に成功。
(8)1792年 - ジョゼフ・ギヨタンの提案により「単なる機械装置の作用(ギロチン)」による死刑の執行がフランス国民議会で採択。
(9)1792年 - フランス軍の工兵部隊大尉ルージェ・ド・リールがライン方面軍のための行進曲「ラ・マルセイエーズ」(後のフランス国歌)を完成。
1804 – The western Georgian kingdom of Imereti accepts the suzerainty of the Russian Empire.
1829Charles Fremantle arrives in HMS Challenger off the coast of modern-day Western Australia prior to declaring the Swan River Colony for the United Kingdom.
(10)1846年 - 米墨戦争勃発。
1847 – The last survivors of the Donner Party are out of the wilderness.
1849 – The Governor General of Canada, Lord Elgin, signs the Rebellion Losses Bill, outraging Montreal's English population and triggering the Montreal Riots.
(11)1858年安政5年3月12日) - 廷臣八十八卿列参事件
(12)1859年 - スエズ運河が起工。
1862American Civil War: Forces under Union Admiral David Farragut demand the surrender of the Confederate city of New Orleans, Louisiana.
1864 – American Civil War: The Battle of Marks' Mills.
(13)1868年慶応4年/明治元年4月25日) - 福澤諭吉が江戸鉄砲洲の英学塾を芝新銭座に移し慶應義塾に改称。
1882Tonkin Campaign: French and Vietnamese troops clashed in Tonkin, when Commandant Henri Rivière seized the citadel of Hanoi with a small force of marine infantry.
(14)1898年 - スペインキューバの独立を機に、アメリカがスペインに宣戦布告。米西戦争が勃発。
1901 – New York becomes the first U.S. state to require automobile license plates.
(15)1915年 - 第一次世界大戦ガリポリの戦い: 連合軍がガリポリ半島に上陸。
1916Easter Rising: The United Kingdom declares martial law in Ireland.
・1916 –
Anzac Day is commemorated for the first time on the first anniversary of the landing at Anzac Cove.
(16)1919年 - ドイツヴァイマルに美術工藝学校「バウハウス」が開校。
(17)1920年 - ポーランド軍がウクライナに侵入し、ポーランド・ソビエト戦争が勃発。
1920 – At the San Remo conference, the principal Allied Powers of World War I adopt a resolution to determine the allocation of Class "A" League of Nations mandates for administration of the former Ottoman-ruled lands of the Middle East.
(18)1932年 - 朝鮮人民軍が創設される。
(19)1934年 - 新橋演舞場吉本興業が特選漫才大会を開催。上方漫才が東京に初進出。
1938U.S. Supreme Court delivers its opinion in Erie Railroad Co. v. Tompkins and overturns a century of federal common law.
(20)1939年 - この日発売の雑誌『Detective Comics』27号でバットマンが初登場。
1940Merkið, the flag of the Faroe Islands is approved by the British occupation government.
1943 – The Demyansk Shield for German troops in commemoration of Demyansk Pocket is instituted.
1944 – The United Negro College Fund is incorporated.
・1945 – The last German troops retreat from Finland's soil in Lapland, ending the
Lapland War. Military acts of Second World War end in Finland.
(21)1945年 - 第二次世界大戦: ドイツに進撃した米両軍がエルベ川で遭遇。(エルベの誓い
(22)1945年 - 連合国50か国代表が参加するサンフランシスコ会議が始まる。6月26日まで。

(23)1945年 - イタリア社会共和国が崩壊。
1946Naperville train disaster kills 47 in Naperville, Illinois.
(24)1947年 - 第23回衆議院議員総選挙社会党が143議席で第一党。
1951Korean War: Assaulting Chinese forces are forced to withdraw after heavy fighting with UN forces, primarily made up of Australian and Canadian troops, at the Battle of Kapyong.
(25)1953年 - この日発行の『ネイチャー』誌にフランシス・クリックジェームズ・ワトソンDNAの二重らせん構造を発表する論文が掲載。
1954 – The first practical solar cell is publicly demonstrated by Bell Telephone Laboratories.
(26)1956年 - この日、台風3号大隅半島に上陸した。これは、1951年の統計開始以降、台風の史上最も早い上陸である。
(27)1957年 - 日本で「高速自動車国道法」公布。
(28)1958年 - 衆議院解散話し合い解散
(29)1959年 - 五大湖大西洋を結ぶセント・ローレンス運河が開通。
1960 – The United States Navy submarine USS Triton completes the first submerged circumnavigation of the globe.
1961Robert Noyce is granted a patent for an integrated circuit.
(30)1962年 - 皇學館大学開学式が挙行される(神宮皇學館大學の再興、初代大学総長は吉田茂)。
(31)1963年 - 大阪駅前に日本初の鋼鉄横断歩道橋が完成。
1965 – Teenage sniper Michael Andrew Clark kills three and wounds six others shooting from a hilltop along Highway 101 just south of Santa Maria, California.
1966 – The city of Tashkent is destroyed by a huge earthquake.
(32)1968年 - 東名高速道路の最初の開業区間・東京 - 厚木富士 - 静岡岡崎 - 小牧が開通。
1972Vietnam War: Nguyen Hue Offensive: The North Vietnamese 320th Division forces 5,000 South Vietnamese troops to retreat and traps about 2,500 others northwest of Kontum.
(33)1973年 - 全農林警職法事件最高裁判所大法廷判決。全逓東京中郵事件判例を変更。
(34)1974年 - カーネーション革命: ポルトガル国軍運動(MFA)が軍事クーデターを起こし、市内の要所を占拠。マルセロ・カエターノ首相が国軍運動に政権を移譲しエスタド・ノヴォが終焉。
1975 – As North Vietnamese forces close in on the South Vietnamese capital Saigon, the Australian Embassy is closed and evacuated, almost ten years to the day since the first Australian troop commitment to South Vietnam.
(35)1980年 - 一億円拾得事件11月9日に拾い主の物となる)。
(36)1980年 - 日本政府が日本オリンピック委員会 (JOC) に、モスクワオリンピックに参加しないよう通告。
1981 – More than 100 workers are exposed to radiation during repairs of a nuclear power plant in Tsuruga, Japan.
(37)1982年 - イスラエルが、15年間占領していたシナイ半島エジプトに全面返還。
1983 – American schoolgirl Samantha Smith is invited to visit the Soviet Union by its leader Yuri Andropov after he read her letter in which she expressed fears about nuclear war.
・1983 –
Pioneer 10 travels beyond Pluto's orbit.
(38)1986年 - ムスワティ3世スワジランド国王に
即位。
(39)1987年 - テレビ朝日討論番組朝まで生テレビ!』が放送開始。
(40)1988年 - イスラエル下級裁が、元ナチス・ドイツ強制収容所の看守ジョン・デミャニュクが収容所で残虐行為をしていたとして死刑判決。
(41)1989年 - 竹下登内閣総理大臣リクルート事件よる政治不信の責任を取って予算成立後の辞任を表明。
1990Violeta Chamorro takes office as the President of Nicaragua, the first woman to hold the position.
(42)1994年 - 細川護煕内閣が在任260日で総辞職
2001Michele Alboreto is killed while testing an Audi R8 at the Lausitzring in Germany.
(43)2002年 - 最高裁判所で「ゲームソフトは著作権法上の映画の著作物に該当するが、その頒布権は消滅するので中古品売買は自由に行うことが出来る」とする判決が下される。
(44)2003年 - 六本木ヒルズが開業。
(45)2005年 - 兵庫県尼崎市福知山線(JR宝塚線)で脱線事故が発生(JR福知山線脱線事故)。死者107名(運転士1名含む)、負傷者562名の大惨事に。
(46)2005年 - 千葉県市原市ファミリーレストランの店内で暴力団員が拳銃を発砲し、2名が死亡。(ファミレス2人射殺事件
2005 – The final piece of the Obelisk of Axum is returned to Ethiopia after being stolen by the invading Italian army in 1937.
・2005 –
Bulgaria and Romania sign accession treaties to join the European Union.
・2005 – One hundred seven people die in
Amagasaki rail crash in Japan.
2007Boris Yeltsin's funeral: The first to be sanctioned by the Russian Orthodox Church for a head of state since the funeral of Emperor Alexander III in 1894.
(47)2007年 - 日本の小惑星探査機「はやぶさ」が、小惑星「イトカワ」から地球への帰還のための本格巡航運転を開始。
(48)2009年 - 松井一郎ら府議6名が自民党会派を離脱し、新会派「自由民主党・維新の会」を設立。
(49)2013年 - 兵庫県山の原ゴルフクラブで行われたつるやオープンゴルフトーナメントで、尾崎将司が男子レギュラーツアーで史上初のエージシュートを達成する。
(50)2015年 - ネパール地震 (2015年)。現地時間11時56分(日本時間午後3時11分)頃、ネパールの首都カトマンズの北西約80kmを震源地に、マグニチュード7.8を記録する大地震があり、カトマンズでは地割れが発生するなどして多くの建物が倒壊して甚大な被害をもたらし、ネパールを中心に隣国のインド中国でも大きな被害と多数の死傷者が出ている。
2015 – Nearly 9,100 are killed after a massive 7.8 magnitude earthquake strikes Nepal.
・2015 –
Riots break out in Baltimore, Maryland following the death of Freddie Gray in police custody.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6270編目です。 
2016年4月25日(月)掲載分
昨日4月24日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月25日のできごと」でヨシダが特記したいことをブログする前に掲載する記事は「No.6269避難所に咲く言葉朝日新聞「天声人語」2016.4.25.)」 です。本記事のメッセージに関連するヨシダブログは後回しにしてのこと。編集中に突然、件の主・漫画家の尾田栄一郎さん関連のサイトの全てが「コピー不 能」になりました。同氏の稼ぎが想像以上のものからか、グーグルに手を回して「一切、コピー不能」にされているのだろうな、と諦めかけてのこと。気分転換 でパソコンを一旦シャットダウンしたところ、どうでしょう!すべてがOK!となりました。本記事からヨシダが学んだこと以上に学んだことは、パソコンさん も過密使用で音を上げたら、一旦、チャットダウンしてひと息入れさすこと、という学び体験でした★くだんの「きょうのできごと」ですが、昨日は多忙を極め たことから、同コラムは「添付写真編集」が完成していません。「ヨシダ特記」は後刻に回します。(11:20)
 4月25日のできごと」 で予定していた添付写真は100%掲載しました。恐らく、このトップ面の編集許容量1000KB=1MBをオーバーするために、再編集で開けなくなると予 想します。もし、そうなったらと思ってコピーはとっておきますが、サイトの通常開示自体は可能なことから、本日の編集作業の全てを終了として、明日に備え ます。冒険心(?)のまだある84歳半のヨシダのお遊び気分です。(14:20) 
 ・・・ 直前のダイアリーブログで「トップサイトの編集許容量」に言及しましたが、運よく「980.61KB」に留まり、編集開示が可能です!どうやら、添付写真 一列の編集容量は「40KB前後」と確認します。今後の編集目安に有効な数字として頭に入れて処します。お陰でボケ防止効果はバツグン!自我自賛していま す★それにしても想うのですが、人間って、想うことがあっても、それを表現する場がない、相手が居ない・・・と自問自答的に処していくとストレスや欲求不 満になるもの。その点、ヨシダさんは幸せだと、心底、しみじみ想います。トイレにいっていても、心ウキウキって気分なのです。その都度想うことは、「実に イイことを趣味として採り入れて、ストレス・ボケ防止につなげているもの・・・」とご満悦このうえもないことを喜んでいます★どうやら、日暮れまでの時間 は、ゆとり気分満々でまだ見ていない予定コラム記事に眼を通すかな・・・と。おっと、そうだ、母国のクライアント社の安全会議用「ヨシダのメッセージ」の 再チェックをするかな・・・とも。仕事に追われるのでなく、追う立場、すべきことを創出する立場であることは喜ばしいことだと思います。(14:45)
 ・・・不思議なものです。漫画で被災者の皆さんを励ます記事2編目にヒットして大急ぎで弾む心を抱きながら編集掲載しました。「No.6270≪みんなそばにおるたーい≫。漫画家のちばてつやさん(77)が、熊本県の…千葉日報「忙人寸語」2016.4.25.)」がそれです。編集許容量オーバーにより、「きょうのできごと」の写真の下3列を削除します。いや~!今日も有意義な一日を過ごせて感謝です。熊本の被災者さんのご苦労に比べたら、モノの数ではないヨシダのすることです。(16:40)


No.6270
≪みんなそばにおるたーい≫。漫画家のちばてつやさん(77)が、熊本県の…

千葉日報「忙人寸語」2016.4.25.

ヨシダブログ:奇しくも直前編集掲載記事「No.6269:避難所に咲く言葉朝日新聞「天声人語」2016.4.25.」 に続くような記事です。漫画が及ぼすエピソード。いや~!この際、真摯な心で漫画の魅力&役割を再認識するヨシダです▼不思議なものでして、少々頑張りし 過ぎて幾分疲労感が否定できないヨシダ。ところが、本記事に接して編集を進めるなかで、心の中で祈りました。「神さま、熊本の被災者の皆さんの元気付けに なる価値あるこの記事です!どうかヨシダ編集に力を貸してください!」と祈りつつ編集しました。熊本の被災者のみなさんのご苦労に比べると・・・という想 いを抱きつつです。(写真11枚添付ファイル) 
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No.6269
避難所に咲く言葉
朝日新聞「天声人語」2016.4.25.
ヨシダブログ:本 記事のブログをする前に、お笑いものの出来事をひとつ。漫画大ファンの麻生太郎先生を横目に、どうしたことか、漫画にはほとん興味を抱いてこなかったクソ 真面目(?)ニンゲンのヨシダですが、本記事で眼が覚めた、覚めさせられたって感じです。トホホ・・・とはこのことだ、とハンセイこの上もありません▼早 速に本記事が示す「避難所の掲示板に掲げたくだんの漫画」を検索したら直ぐに飛び出しました。出るわでるわ!無数の関連画面サイト!小躍りして「コピー取 り」に掛かりました。ところがどうでしょう!・・・、尾田栄一郎さん関連の画面は「コピー不能!!!」なのです▼実に、はじめての体験!同氏のことを知れ ば 知るほど、な~るほど・・・と絶句します。同氏の稼ぎは想像を絶するものとか。「著作権」が絡んだ「グーグル当該画面コピー不能・不可・ご法度」とみたの が当初のこと▼相当の時間をかけてトライするもダメ!▼随分と時間を掛けて不毛の努力の果てに、「気分転換」でパソコンを一 旦、シャットダウン。とどうでしょう!!! 尾田さん関連のサイトは通常通りにコピーOK!!!! パソコンさんが過密状態で音をあげていた、ということ。いやはや、イヤハヤ・・・。でもイイ勉強になりました。「熊本出身「ワンピース」の尾田栄一郎が被災地に直筆メッセージ「どうかフンバッて!」」 をクリックしてご覧ください▼ヨシダのハンセイすること。漫画は人の心に響くことをあらためて認識し、させられます。下手な講釈よりも人の心に響くものな んだな・・・が本記事い接し、ブログ編集したヨシダの正直な感想であり反省です。話題の主・尾田栄一郎さんの一層のご活躍を祈念してやみません。写真10枚添付ファイル 
      「尾田栄一郎」の画像検索結果「尾田栄一郎「熊本の皆さんに激励文」」の画像検索結果「熊さんの絵「余震が続 いています。不安な中での生活、みんなで頑張りましょう」」の画像検索結果「尾田栄一郎「熊本の皆さんに激励文」」の画像検索結果「尾田栄一郎「熊本の皆さんに激励文」」の画像検索結果
    「尾田栄一郎の漫画を観る熊本被災者たち」の画像検索結果「頑張れ!熊本被災者の皆さん!」の画像検索結果関連画像「看板に見入る熊本被災者たち」の画像検索結果 「頑張れ!熊本被災者の皆さん!」の画像検索結果
  昨日24日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日25日の第一記事掲載(11:20)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(971.96KB)

                      2016年4月25日(月)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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