吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月23日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

              オバマ米大統領の被爆市訪問がどうやら実現しそうです!
★「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです!2009年11月からこのことを強調してきたヨシダですが、どうやらヨシダが予言した通りになりそうです。拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)に遡る事実がその裏づけです!
★オバマ大統領広島訪問関連情報第2弾!「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」(編集中)です。地元広島市の中国新聞さんよりはるかに先を往っていま~す!(4月23日10:00)
★ハイ!編集し終えました。「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」がそれです。とくとご覧あそばせ、です。(12:45)
     
             ウィキペディアから拾った4月23日の「できごと」 
                               April 23 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
      1「Edward III」の画像検索結果「order of garter」の画像検索結果 「order of garter」の画像検索結果 「order of garter」の画像検索結果    「order of garter」の画像検索結果   「order of garter」の画像検索結果「order of garter」の画像検索結果「order of garter」の画像検索結果「order of garter」の画像検索結果  3 「1597, elizabeth 3」の画像検索結果 「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果
      「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果  「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果 「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果「1597, The Merry Wives of Windsor,」の画像検索結果4「1847年 - 京都御所建春門前」の画像検索結果「1847年 - 京都御所建春門前・学習院が開設」の画像検索結果「1847年 - 京都御所建春門前・学習院が開設」の画像検索結果「1847年 - 京都御所建春門前・学習院が開設」の画像検索結果 「学習院」の画像検索結果
     5「明治天皇伊勢神宮」の画像検索結果「明治時代の伊勢神宮」の画像検索結果「明治時代の伊勢神宮」の画像検索結果「明治時代の伊勢神宮」の画像検索結果   関連画像    関連画像9 「1904, us paid 40 million dollars to buy the panama canal」の画像検索結果「1904, us paid 40 million dollars to buy the panama canal」の画像検索結果
        関連画像「1904, us paid 40 million dollars to buy the panama canal」の画像検索結果14 「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果 関連画像「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果
      関連画像「1945年円レート360円」の画像検索結果  「1945年円レート360円」の画像検索結果17      
  「1967 союз-1 / союз 1」の画像検索結果「1967 союз-1 / союз 1」の画像検索結果 「1967 союз-1 / союз 1」の画像検索結果「1967 союз-1 / союз 1」の画像検索結果19Fotothek df roe-neg 0002793 004 Portrait Wilhelm Piecks im Publikum der Bachfeier.jpg
  「1976年 - 東ベルリンの共和国宮殿」の画像検索結果
「東ドイツ 国旗」の画像検索結果   21 「1993年 - 今上天皇が歴代天皇で初めて沖縄を訪問。」の画像検索結果  「1993年 - 今上天皇が歴代天皇で初めて沖縄を訪問。」の画像検索結果「1993年 - 今上天皇が歴代天皇で初めて沖縄を訪問。」の画像検索結果   関連画像24「2006年 - 終戦後もウクライナで生活していた元日本軍兵士上野石之助が63年ぶりに一時帰国。」の画像検索結果関連画像「2006年 - ウクライナで生活していた元日本軍兵士上野石之助が帰国。」の画像検索結果
 27      「(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件)」の画像検索結果    
関連画像「(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件)」の画像検索結果       関連画像「(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件)」の画像検索結果         「(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件)」の画像検索結果      「(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件)」の画像検索結果                      (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)

215 BCA temple is built on the Capitoline Hill dedicated to Venus Erycina to commemorate the Roman defeat at Lake Trasimene.
599 – Maya king Uneh Chan of Calakmul attacks rival city-state Palenque in southern Mexico, defeating queen Yohl Ik'nal and sacking the city.
711Dagobert III is crowned King of the Franks.
1014Battle of Clontarf: Brian Boru defeats Viking invaders, but is killed in battle.
1016Edmund Ironside succeeds his father Æthelred the Unready as king of England.
1343St. George's Night Uprising commences in the Duchy of Estonia.
(1)1348年 - イングランドエドワード3世ガーター騎士団を創設。
(2)1516年 - バイエルン公ヴィルヘルム4世ビール純粋令を制定。
1521Battle of Villalar: King Charles I of Spain defeats the Comuneros.
(3)1597年 - ウィリアム・シェイクスピアウィンザーの陽気な女房たち』初演。エリザベス1世が観劇した。
1635 – The first public school in the United States, Boston Latin School, is founded in Boston.
1655 – The Siege of Santo Domingo begins during the Anglo-Spanish War, and fails seven days later.
1660Treaty of Oliva is established between Sweden and Poland.
1661 – King Charles II of England, Scotland and Ireland is crowned in Westminster Abbey.
1815The Second Serbian Uprising: A second phase of the national revolution of the Serbs against the Ottoman Empire, erupts shortly after the annexation of the country to the Ottoman Empire.
(4)1847年弘化4年3月9日) - 京都御所建春門前に公家の学問所・学習院が開設され、講義を開始。
(5)1869年明治2年3月12日) - 明治天皇が歴代天皇で初めて伊勢神宮に参拝。

(6)1889年 - ウィリアム・グラッドストンがイギリスの第43代首相に就任。
(7)1889年 - スウェーデン社会民主労働党発足。
(8)1895年 - 三国干渉ロシアドイツフランス下関条約日本領有となった遼東半島への返還を勧告。
(9)1904年 - パナマ運河建設中に破産したパナマ運河会社をアメリカ合衆国が4,000万ドルで買収。
(10)1905年 - フランス社会党が結成される。
1910American President Theodore Roosevelt makes his "The Man in the Arena" speech.
1914 – First baseball game at Wrigley Field, then known as Weeghman Park in Chicago.
1918World War I: The British Royal Navy makes a raid in an attempt to neutralise the Belgian port of Bruges-Zeebrugge.
(11)1920年 - オスマン帝国トルコ)のアンカラムスタファ・ケマルを議長とする大国民議会が開催。
1927Cardiff City defeat Arsenal in the FA Cup Final, the only time it has been won by a team not based in England.
1932 – The 153-year-old De Adriaan Windmill in Haarlem, Netherlands burns down. It is rebuilt and reopens exactly 70 years later.
1935 – The Polish Constitution of 1935 is adopted.
1940 – The Rhythm Club fire at a dance hall in Natchez, Mississippi, kills 198 people.
(12)1941年 - 第二次世界大戦: ドイツ国防軍アテネ侵攻に伴い、ギリシャ政府と国王ゲオルギオス2世が亡命。
1942 – World War II: Baedeker BlitzGerman bombers hit Exeter, Bath and York in retaliation for the British raid on Lübeck.
1945 – World War II: Adolf Hitler's designated successor Hermann Göring sends him a telegram asking permission to take leadership of the Third Reich, which causes Hitler to replace him with Joseph Goebbels and Karl Dönitz.
(13)1945年 - 玉栄丸爆発事故が発生。
1946Manuel Roxas is elected the last President of the Commonwealth of the Philippines.
(14)1949年 - GHQ日本円アメリカドルとの交換レートを1ドル=360円に決定。
(15)1949年 - 中国人民解放軍海軍発足。
(16)1951年 - 第2回統一地方選挙実施。
1951 – American journalist William N. Oatis is arrested for espionage by the Communist government of Czechoslovakia.
1955 – The Canadian Labour Congress is formed by the merger of the Trades and Labour Congress of Canada and the Canadian Congress of Labour.
1961Algiers putsch by French generals.
(17)1967年 - ウラジーミル・コマロフが搭乗するソビエト連邦の有人宇宙船「ソユーズ1号」が打ち上げ。打上げ直後に機体に異常が発生し、翌日大気圏再突入が行われるが、パラシュートが開かず地面に激突。
1968Vietnam War: Student protesters at Columbia University in New York City take over administration buildings and shut down the university.
(18)1969年 - 高校生首切り殺人事件
1971Bangladesh Liberation War: The Pakistan Army and Razakars massacre approximately 3,000 Hindu emigrants in the Jathibhanga area of East Pakistan (now Bangladesh).
(19)1976年 - 東ベルリン共和国宮殿が竣工。
1985Coca-Cola changes its formula and releases New Coke. The response is overwhelmingly negative, and the original formula is back on the market in less than three months.
(20)1990年 - ナミビア国際連合に加盟。
(21)1993年 - 今上天皇が歴代天皇で初めて沖縄を訪問。
1993Eritreans vote overwhelmingly for independence from Ethiopia in a United Nations-monitored referendum.
・1993 –
Sri Lankan politician Lalith Athulathmudali is assassinated while addressing a gathering, approximately four weeks ahead of the Provincial Council elections for the Western Province.
(22)1994年 - 井の頭公園バラバラ殺人事件
(23)1995年 - 村井秀夫刺殺事件。翌24日未明に死亡。
1997Omaria massacre in Algeria: Forty-two villagers are killed.
2005 – First YouTube video uploaded, titled "Me at the zoo".
(24)2006年 - 終戦後もウクライナで生活していた元日本軍兵士上野石之助が63年ぶりに一時帰国。
(25)2007年 - 航空自衛隊の練習機T-3がこの日をもって全機退役。
(26)2009年 - 地球で10秒間のガンマ線バーストを観測。
(27)2012年 - 京都府道402号王子並河線にて、無免許運転の18歳の少年が通学途中の小学生と保護者を死傷させる事故が発生。(亀岡市登校中児童ら交通事故死事件
2013 – At least 28 are dead and more than 70 are injured as violence breaks out in Hawija, Iraq.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6264編目です。 
2016年4月23日(土)掲載分
昨日4月22日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月23日のできごと」でヨシダが特記したいことは、当該写真を添付していない「(14)1949年 - GHQ日本円アメリカドルとの交換レートを1ドル=360円に決定。」です。適当な写真資料が入手できないことから見送ったものですが、今朝になって、無性に関心を強めてグーグル検索するに、「円高レートの謎 浅井良夫」 にヒットしました。全44ページに及ぶ貴重な関係資料です。同資料を契機として痛感したことは、詳細を勉強するのは後回しにして、遅ればせながら編集者の 立場で、この戦後の歴史的な出来事(GHQが360円に決定)に関心を強くし、あらためて此処で関係資料写真を探して掲載努力します・・・。 (8:45)★どうやら、折角の下記資料を活かすべく、「4月23日のできごと」に挿入します。編集容量オーバー分は写真群の下段から必要に応じて削除します。(9:15)
      「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果 関連画像
     「1945年円レート360円」の画像検索結果「1945年円レート360円」の画像検索結果関連画像「1945年円レート360円」の画像検索結果  「1945年円レート360円」の画像検索結果
 傍らのXPが受信した日経ニュースメール「オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰」が次に取材源。日経さんは昨日のNo.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」もあったりで、流石にトップを往く情報源です。地元中国新聞は・・・?(9:50)
 ハイ、約2時間かけて上掲記事を編集し終えました。・・・といっても現時点では「編集中」ではありますが、当該写真添付がほぼ完成したことから、掲載しました。ヨシダの「逸る心」がその背景です。くだんの記事は「No.6262オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】)」です。・・・まだなにかブログしたい心境です。よほどかヨシダが嬉しい証拠です。(11:55)
  サービス精神旺盛な(と自負する)ヨシダ。折角苦労して(と言っても勉強しながら)選んで添付した多くの写真群の「きょうのできごと」。さりとて、トップ サイトの編集許容量を越えてはならず、掲載する新しい記事に合わせて当該枚数の写真を削除したり戻したり・・・。絶えずマクシマムを狙うことで余分の多忙 感。でも現在は当該写真全てを掲載しても制限容量にゆとりを得てホッとしています。何ごともベストを尽くした後は爽快ですよね。だから止められない、止ま らない欲張り編集作業・・・ってところです。(12:30)


 本日は1編編集でジ・エンドと思っていたら、飛び込んできたのメルマガ情報。「No.6263行き着く先は日銀破綻?マイナス金利政策のコスト負担という大問題=斎藤満MONEY VOICE2016.4.23.斉藤満:グローバル・エコノミスト)」がそれです。なんだか、きな臭い感じのする時代ですね・・・。(18:50)
 駆け込みで、もう1編記事を編集しました。「No.6264:日銀はもはや、円高に対して無力に等しい 為替を楽観している製造業を株安が襲う東洋経済ONLINE2016.4.23.リチャード・カッツ :本誌特約記者(在ニューヨーク))」がそれです。ヒーロー的なスタートを切った黒田日銀なかんずく、アベノミクスですが、絵に描いたモチになる気配が濃厚です。困ったことです。でも、これが真実であり、実力ってところかも知れませんね・・・。(21:20)

No.6264
日銀はもはや、円高に対して無力に等しい 為替を楽観している製造業を株安が襲う
東洋経済ONLINE2016.4.23.リチャード・カッツ :本誌特約記者(在ニューヨーク)

ヨシダブログ:「中見出し」は、■ 焼け石に水、■「バラ色のシナリオ」の罰・・・と厳しい内容です・・・と続きますが、ヨシダが感じる点は、「・・・興味深いことに、円相場に関する「バラ 色のシナリオ」を描こうとした企業は、株式市場からしっぺ返しを受けた・・・」です。日銀などによる「為替操作」努力には限界があるということです。為替 は当該国の経済実力の反映。それを金融手法で人工的に操作しようとするところに無理があるのではないだろうか・・・と、幼稚過ぎるかもしれませんがヨシダ は当初から日銀なかんずく、アベノミクスに疑問を抱いてきた一人です。ま、これ以上はボロが出るので止しときます(笑)▼なお、本記事筆者・リチャード・カッツさん本記事原文を後回しにして探した英文プロフィールをみるに、著書で「The Rise and Fall of the Japanese Economic Miracle (M.E. Sharpe 1998)」(奇跡の日本経済の浮き沈み)」があります。1999年出版の同著日本語版は「腐りゆく日本というシステム」と題しています。かなり、手厳しい日本評です。写真8枚添付ファイル
    「円高にはもやは打つ手なしか日銀総裁」の画像検索結果     「円高にはもやは打つ手なしか日銀総裁」の画像検索結果 「円高にはもやは打つ手なしか日銀総裁」の画像検索結果「黒田日銀総裁」の画像検索結果
                    リチャード・カッツ「Japan: The System That Soured--The Rise and Fall of the Japanese Economic Miracle (M.E. Sharpe 1998)」の画像検索結果「リチャード・カッツ著「腐りゆく日本というシステム」」の画像検索結果「books written by Richard Katz」の画像検索結果

No.6263
行き着く先は日銀破綻?マイナス金利政策のコスト負担という大問題=斎藤満
MONEY VOICE2016.4.23.斉藤満:グローバル・エコノミスト

ヨシダブログ:日銀政策を云々する資格も実力も全く無いヨシダが危惧することを代弁するのが「日銀が市場に出す巨額の万円札はブラックホールへ!?」といった内容の記事を本欄で編集したことがあります。探す時間がないので、代わってグーグルで検索してヒットしたのは「世界が冷笑  ロイター発「ブラックホール化する日銀」の衝撃」がありますのでリンクします▼つ まり、輪転機をジャンジャン回して万円札を「製造」して市場にばら撒く風情を称して、その巨額のお金は「ブラックホールへ!?」という不気味な内容です。つまり、ウヤムヤ・・・?誰も手がつけられないし、つけようもない・・・前代未聞の出来事予想ってもの▼本記事曰く、「日銀の株価は2007年には17万円台をつけ、黒田日銀総裁就任に期待して10万円近くに反発しましたが、現在は3万7千円台です」。ホントに大丈夫なんでしょうか、日銀さん、アベノミクスさん・・・?▼「中見出し等」は、日 銀4月追加緩和なら、貯蓄・資産運用を行う側に大きな打撃、■マイナス金利のコストを誰が負担するか?、■三菱UFJ平野社長、マイナス金利を公然と批 判、■利ザヤ縮小に喘ぐ民間金融機関、■TLTRO採用なら日銀の財務問題に、■ロンドンFT紙、マイナス金利による日銀の資産劣化を危惧・・・と続きま す。写真10枚添付ファイル
             「黒田日銀」の画像検索結果 「三菱UFJ平野社長」の画像検索結果   「三菱UFJ平野社長、マイナス金利を公然と批判」の画像検索結果  「三菱UFJ平野社長」の画像検索結果
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No.6262
オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰

日本経済新聞2016.4.23.【ワシントン=吉野直也】
ヨシダブログ:2009年11月10日にヨシダが書いたオバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 だけに、オバマ大統領の被爆市訪問はヨシダとって、明白な確定した事実として現在に至ります。マスメディアがその可能性に及び腰で論じてきた中で、日本広 しといえども、フィリピンのヨシダのみが固く信じて現在に至ってきたことを誇りに感じます!▼本記事に関連す情報写真を心をこめて選択しました。「編集 中」として 掲載するには、それなりのヨシダの深い想いれがあります▼ヨシダが秘話(と言っても、このウェブサイトではジャンジャン言及したことですが)をブログしま す。当事者が手にされたかどうかは無関係ですが、ホワイトハウス宛て、大統領宛て、前&現米駐日大使のお二人にもメールでアピールしたヨシダです。生半可 なヒバクシャ証言ではありません▼ヨシダが現在にして声を大にして言いたいこと。それは「オバマさん!ヨカッタですね~!<男の約束が果たせ て!>」です。写真21枚添付ファイル
        「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果  「オバマ大統領「チェコの首都プラハでの演説で「核兵器なき世界」」の画像検索結果
       「オバマ大統領ノーベル平和賞」の画像検索結果「オバマ大統領ノーベル平和賞」の画像検索結果「オバマ大統領ノーベル平和賞」の画像検索結果「オバマ大統領ノーベル平和賞」の画像検索結果
           「2010年メドベージェフ大統領と戦略核弾頭の配備上限を柱とした新戦略兵器削減条約(新START)に調印」の画像検索結果 「2010年メドベージェフ大統領と戦略核弾頭の配備上限を柱とした新戦略兵器削減条約(新START)に調印」の画像検索結果 「2010 new strategic arms reduction treaty」の画像検索結果 「2010 new strategic arms reduction treaty」の画像検索結果  「2010 new strategic arms reduction treaty and Putin」の画像検索結果No!! 
            「John Victor Roos and hiroshima 」の画像検索結果  「ambassador kennedy in hiroshima」の画像検索結果「John Victor Roos in hiroshima 」の画像検索結果「ambassador kennedy in hiroshima」の画像検索結果「ambassador kennedy in hiroshima」の画像検索結果   「ambassador kennedy in hiroshima」の画像検索結果
  昨日22日の記事4編を下記に掲載していますが、本日23日の第一記事掲載(11:45)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(820.2KB)

                      2016年4月23日(土)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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