吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月22日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。
米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、
オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、
毎日新聞別件記事「
核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
 ★英語版記事でもオバマ大統領の被爆市訪問是認論が窺えます。
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)」、「Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima」(ワシントン・ポスト誌)がそれです!(2016.4.16.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月22日の「できごと」 
                               April 22 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   2関連画像「王羲之「蘭亭序」」の画像検索結果「王羲之「蘭亭序」」の画像検索結果「王羲之別荘」の画像検索結果      「王羲之別荘」の画像検索結果3 関連画像  「鴨長明が『方丈記』」の画像検索結果
      「鴨長明が『方丈記』」の画像検索結果 「鴨長明が『方丈記』」の画像検索結果6 「1891年 - 大槻文彦著の国語辞典『言海』全4巻が完結。」の画像検索結果 「1891年 - 大槻文彦著の国語辞典『言海』全4巻が完結。」の画像検索結果「1891年 - 大槻文彦著の国語辞典『言海』全4巻が完結。」の画像検索結果     「1891年 国語辞典『言海』」の画像検索結果     7「西太后」の画像検索結果「1900年 - 義和団の乱」の画像検索結果 「西太后」の画像検索結果 「西太后」の画像検索結果「西太后」の画像検索結果
 10「1915年 イーペルの戦い」の画像検索結果     「1915年 イーペルの戦い」の画像検索結果    関連画像      関連画像「1915, Battle of Passchendaele」の画像検索結果「1915, Battle of Passchendaele」の画像検索結果「1915年 イーペルの戦い」の画像検索結果「1915年 イーペルの戦い」の画像検索結果
    13「1927年 - 昭和金融恐慌対策モラトリアム」の画像検索結果     関連画像「1927年 金融恐慌」の画像検索結果「1927年 金融恐慌」の画像検索結果「1927年 金融恐慌」の画像検索結果「1927年 金融恐慌」の画像検索結果「1927年 金融恐慌」の画像検索結果「1927年 金融恐慌」の画像検索結果14「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果
   「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果           関連画像   「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果      「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果  「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果  「「ロンドン海軍軍縮条約」の画像検索結果

      16「夕刊フクニチ」の画像検索結果「夕刊フクニチ」の画像検索結果 「夕刊フクニチ」の画像検索結果 「1946年 - 夕刊フクニチ」の画像検索結果 「夕刊フクニチ「サザエさん」」の画像検索結果19「1950年 - 第1回ミス日本コンテスト」の画像検索結果「1950年 - 第1回ミス日本コンテスト」の画像検索結果  「ミス日本栄冠」の画像検索結果 「1950年 - 第1回ミス日本コンテスト」の画像検索結果 
 20「1951年北朝鮮」の画像検索結果「1951年北朝鮮金日成」の画像検索結果「1951年北朝鮮国旗」の画像検索結果「1951年 - 開城」の画像検索結果「開城」の画像検索結果「開城」の画像検索結果「開城」の画像検索結果22「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果
  「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果  「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果    「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果     「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果関連画像     「Robin Knox-Johnston」の画像検索結果24関連画像「1981, mother teresa to japan」の画像検索結果 「1981, mother teresa to japan」の画像検索結果
 27「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果  「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果   「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果   「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果  「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果           「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果  「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果     「1992, Guadalajara explosions location」の画像検索結果
                (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)238年 - 六皇帝の年: 元老院マルクス・クロディウス・プピエヌス・マクシムスデキムス・カエリウス・カルウィヌス・バルビヌスを共同皇帝として擁立。
(2)353年永和9年3月3日) - 王羲之が名士41名を別荘に招いて宴を開き、詩集の序文として『蘭亭序』を書く。
(3)1212年建暦2年3月30日) - 鴨長明が『方丈記』を書き上げる。

(4)1500年 - ポルトガルによるアメリカ大陸の植民地化: ポルトガルペドロ・アルヴァレス・カブラルの船団が、ヨーロッパ人では初めてブラジルに到達。
1519 – Spanish conquistador Hernán Cortés establishes a settlement at Veracruz, Mexico.
1529Treaty of Zaragoza divides the eastern hemisphere between Spain and Portugal along a line 297.5 leagues or 17° east of the Moluccas.
1622 – The Capture of Ormuz by the East India Company ends Portuguese control of Hormuz Island.
(5)1806年文化3年3月4日) - 江戸で文化の大火
(6)1891年 - 大槻文彦著の国語辞典『言海』全4巻が完結。
1809 – The second day of the Battle of Eckmühl: The Austrian army is defeated by the First French Empire army led by Napoleon and driven over the Danube in Regensburg.
1836Texas Revolution: A day after the Battle of San Jacinto, forces under Texas General Sam Houston identify Mexican General Antonio López de Santa Anna among the captives of the battle when one of his fellow captives mistakenly gives away his identity.
1864 – The U.S. Congress passes the Coinage Act of 1864 that mandates that the inscription In God We Trust be placed on all coins minted as United States currency.
1876 – The first game in the history of the National League was played at the Jefferson Street Grounds in Philadelphia. This game is often pointed to as the beginning of the MLB.
1889 – At noon, thousands rush to claim land in the Land Rush of 1889. Within hours the cities of Oklahoma City and Guthrie are formed with populations of at least 10,000.

1898Spanish–American War: The USS Nashville captures a Spanish merchant ship.
(7)1900年 - 義和団の乱西太后の支援により義和団が北京に入城し列国の公使館などを焼き打ち。
(8)
1906年 - アテネオリンピック(中間大会)が開幕。
(9)1911年 - 清華学堂(現在の清華大学)設立。
(10)1915年 - 第一次世界大戦: イーペルの戦いドイツ軍がフランス軍に対し史上初の大規模毒ガス攻撃を行う。
(11)1922年 - 日本健康保険法公布。
(12)1925年 - 日本で治安維持法公布。
(13)1927年 - 昭和金融恐慌対策として金銭債務の3週間の支払い猶予(モラトリアム)を緊急実施。「(昭和金融恐慌で高橋是清が危機を処理した44日間(1927年)」(2012年1月27日付ダイアモンド誌:編集者特別挿入関連記事)
(14)1930年 - 「ロンドン海軍軍縮条約」に調印。補助艦の保有比を10:日本7に制限。
1944 – The 1st Air Commando Group using Sikorsky R-4 helicopters stage the first use of helicopters in combat with combat search and rescue operations in the China Burma India Theater.
・1944 –
World War II: Operation Persecution is initiated: Allied forces land in the Hollandia (currently known as Jayapura) area of New Guinea.
1945 – World War II: Prisoners at the Jasenovac concentration camp revolt. Five hundred twenty are killed and 80 escape.
・1945 – World War II:
Führerbunker: After learning that Soviet forces have taken Eberswalde without a fight, Adolf Hitler admits defeat in his underground bunker and states that suicide is his only recourse.
(15)1946年 - 4月10日総選挙の結果を受け幣原喜重郎内閣が総辞職。首相となる予定だった鳩山一郎公職追放となり、1か月間首相不在となる。
(16)1946年 - 漫画『サザエさん』が夕刊フクニチ紙上で連載開始。
(17)1947年 - 日本の警視庁がアメリカ製のポリグラフ(嘘発見器)を初試験。
1948Arab–Israeli War: Haifa, a major port of Israel, is captured from Arab forces.
(18)1950年 - 日本戦没学生記念会(わだつみ会)が結成大会。
(19)1950年 - 第1回ミス日本コンテスト開催。
(20)1951年 - 朝鮮戦争: 中朝連合軍が第五次戦役を始める。朝鮮人民軍1軍団が開城を占領する。以後開城が北朝鮮領となる。
1954Red Scare: Witnesses begin testifying and live television coverage of the Army–McCarthy hearings begins.
1964 – The 1964-1965 New York World's Fair opens for its first season.
(21)1968年 - 横浜市の人口が名古屋市を抜いて日本第2位となる。
(22)1969年 - ロビン・ノックス=ジョンストン英語版が史上初のヨットによる単独無寄港世界一周を達成。
(23)1970年 - 日本航空ボーイング747型を初受領。
1970 – The first Earth Day is celebrated.
1972Vietnam War: Increased American bombing in Vietnam prompts anti-war protests in Los Angeles, New York City, and San Francisco.
1977Optical fiber is first used to carry live telephone traffic.
(24)1981年 - マザー・テレサ世界宗教者平和会議に出席するために初来日。
1983 – The German magazine Stern claims that the "Hitler Diaries" had been found in wreckage in East Germany; the diaries are subsequently revealed to be forgeries.
(25)1984年 - イギリスがリビアと国交を断絶。
(26)1985年 - パンナムが太平洋路線と機材・従業員・各種の権利をユナイテッド航空に売却。
(27)1992年 - グアダラハラ爆発事故が発生。
(28)1993年 - ウェブブラウザNCSA Mosaicのヴァージョン1.0がリリースされる。
(29)1995年 - 日本全国の公立学校でこれまでの毎月第2土曜日に加え第4土曜日も休業日となる。(学校週5日制
(30)1996年 - アドバンストフォトシステム (APS) が世界同時に発売開始。
(31)1997年 - ペルー日本大使公邸占拠事件: 大使公邸に軍・警察が突入。立て籠っていたゲリラは全員射殺。軍人2人とペルーの政府高官1人が死亡。
1997Haouch Khemisti massacre in Algeria where 93 villagers are killed.
・1997 – The
Japanese embassy hostage crisis ends in Lima, Peru.
1998Disney's Animal Kingdom opens at Walt Disney World near Orlando, Florida, United States.
2000 – In a pre-dawn raid, federal agents seize six-year-old Elián González from his relatives' home in Miami.
・2000 – The
Big Number Change takes place in the United Kingdom.
(32)2002年 - 新首相官邸が開館。
(33)2004年 - 北朝鮮龍川駅にて貨物列車が爆発。(龍川駅列車爆発事故
2005 – Japan's Prime Minister Junichiro Koizumi apologizes for Japan's war record.
2008 – The United States Air Force retires the remaining F-117 Nighthawk aircraft in service.
(34)2008年 - 超党派野党、参議院に選択的夫婦別姓制度を盛り込んだ民法改正案を提出
(35)2010年 - 自由民主党議員の舛添要一が離党、翌日に改革クラブへ入党し「新党改革」に名称を変更、代表に就任する。
2013 – Six people die in a shooting in Belgorod, Russia.
・2013 – The
Royal Canadian Mounted Police arrest and charge two men with plotting to disrupt a Toronto area train service in a plot claimed to be backed by Al-Qaeda elements.
2014 – More than 60 people are killed and 80 are seriously injured in a train crash in the Democratic Republic of the Congo's Katanga Province.
(36)2015年 - 首相官邸無人機落下事件が発生。


                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6261編目です。 
2016年4月22(金)掲載分
昨日4月21日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月22日のできごと」でヨシダが特記したいことは、「(13)1927年 - 昭和金融恐慌対策として金銭債務の3週間の支払い猶予(モラトリアム)を緊急実施。「(昭和金融恐慌で高橋是清が危機を処理した44日間(1927年)」 (2012年1月27日付ダイアモンド誌:編集者特別挿入関連記事)」です★手前ミソですが、カッコ内はヨシダが挿入したもの。当該写真を検索中にヒット した4年以上前のDIAMOND Online記事です。当時の金融大恐慌を近代のセンスで開設したものとして参考に供します。こんなことって、「きょうのできごと編集」の副産物です。止 められないワケです(笑)★そうだ!明日のトップ掲載記事として編集して備えましょう!編集者の特権を行使して!(笑)。(21日22:00)
 「No.6258:(昭和金融恐慌で高橋是清が危機を処理した44日間(1927年)DIAMOND Online2012.1.27.(特別掲載)坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員] )」は4年前の記事。古くて新しいものを感じます。あれだけの偉業を成し遂げた高橋是清さんが後年、「二・二・六・事件」で暗殺されるのですから人物評価って時代とともに変わるのが世の常ですね・・・。(10:10)
 「No.6259:筆を持つ手が重い。筆が進まないというより、重いのである。14日夜の前震、…熊本日日新聞「新生面」2016.4.22.)」、「No.6260:「1ドル65円になる」伝説のディーラーが断言 若林栄四氏が為替相場の行方を大予測東洋経済ONLINE2016.4.22.(3.8付)鈴木 雅光 :JOYnt代表)」と一気に編集しました。ハイ、ボケ防止のためですので、あしからず・・・。(14:15)
 や~!6年半ぶりにオバマ大統領が東京でNHK World記者の質問に答えられた「任期中の被爆市訪問」が実現決定しました!「No.6261オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整日本経済新聞2016.4.22.)」がそれです。日本広しと言えども、ヨシダが唯一の同大統領の被爆市訪問を「予言」し、かつ、そのことを大きく書きまくってきた人物になります。エッヘン!(16:00)

No.6261
オバマ氏 広島訪問へ 現職米大統領で初、5月27日で調整
日本経済新聞2016.4.22.

ヨシダブログ:や~!ようやくヨシダが「予言していたように、オバマ米大統領が広島市を訪問します!!!。本記事内にある記述「09年に初めて訪日した際、広島など被爆地の訪問について在任中に訪れることができれば光栄だ」と語り・・・はあの時点(09年)でヨシダが声を大にしてこのウェブサイトで書きまくったものです。その最たるものが、オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。NHK  World記者の質問に対して大統領が明言されたことをヨシダは「目撃」したのです!曰 く、「This time, the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting someday during my Presidency...」がそれでした。ヨシダ流に言えば、これでオバマ大統領は「男が廃る」の汚名から逃れられるでしょう(笑)。大きなレガシーづ くりにもつながります▼ヨシダのウェブサイトはトップ面で現在に至り数年間掲載し続けてきている「オバマ大統領被爆市訪問問題」も間もなくジ・エンドを迎 えます。メデタシです。(写真5枚添付ファイル
     「オバマ大統領広島市訪問決定」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問決定」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問決定」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問決定」の画像検索結果「オバマ大統領広島市訪問決定」の画像検索結果
No.6260
「1ドル65円になる」伝説のディーラーが断言 若林栄四氏が為替相場の行方を大予測
東洋経済ONLINE2016.4.22.(3.8付)鈴木 雅光 :JOYnt代表
ヨシダブログ:今後の円の動きを予想する相反する2つのご意見で本記事は「高くなる」のご意見です。海外居住者の立場という狭隘な動機ゆえに抱く関心に過ぎません▼「中見出し」は、■ 歴史的に見てドル安の流れは止まらない、■日本株が2017年初から上昇に転じるワケ・・・と「円高論」。さてさて、現実はどうなるでしょう・・・・?▼ ふと、同じ東洋経済ONLINEが「円高は米中密約で日本が犠牲になった結果だ」(2016.4.22.武者陵司・武者リサーチ代表)が目に付きます。一 喜一憂?ま、別世界のできごとくらいに思っておきます(笑)。写真6枚添付ファイル
    「若林栄四」の画像検索結果「若林栄四」の画像検索結果「若林栄四」の画像検索結果  「若林栄四」の画像検索結果    「若林栄四」の画像検索結果
No.6259
筆を持つ手が重い。筆が進まないというより、重いのである。14日夜の前震、…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.22.

ヨシダブログ:熊 本大地震以来、4日連続で「新生面」を編集してきました。ブロガーの立場で感じてきたことは、大震災にも関わらず、本コラム筆者の方の立場上の気丈で動じ ないお人柄とお見受けしながら編集させていただきました。お立場上のクールなタッチの文面と感じてきました▼でも、本日の記事で、なんだかホンネの弁を垣 間見る想いです。想 像を絶する苦悩だけに、さもありなむ・・・と感じると同時に、弱音は臆せず書いてください、と激励したい心境です▼悲しい時には大いに涙しましょう!その 分、嬉しいときには人一倍喜びを感じるものです。かくいうヨシダはこのような記事にヒットすると正直、他人事でなく、特に身体の不自由な身だけに、わが事 に置き換えてボクだったら・・・と絶句して涙を覚えます。「・・・いっぱい泣いていい。そして前を向こう」という筆者の言葉に涙しながら、真心込めてお見 舞い申し上げます。下記は同紙サイトから拾ったサイトです。ご参考に供します。
1面   http://kumanichi.com/pdf/20160422_001.pdf
社会面 http://kumanichi.com/pdf/20160422_002.pdf
社会面 http://kumanichi.com/pdf/20160422_003.pdf
特集面 http://kumanichi.com/pdf/20160422_004.pdf (写真7枚添付ファイル
        「4月22日現在の熊本地震現場写真」の画像検索結果 「4月22日現在の熊本地震現場写真」の画像検索結果  関連画像関連画像    関連画像「4月22日現在の熊本地震現場写真」の画像検索結果  「4月22日現在の熊本地震現場写真」の画像検索結果
No.6258
「(昭和金融恐慌で高橋是清が危機を処理した44日間(1927年)」
DIAMOND Online2012.1.27.(特別掲載)坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
ヨシダブログ:本記事は本日「4月22日のできごと」でヨシダが特記したいものとしてあげた、「(13)1927年 - 昭和金融恐慌対策として金銭債務の3週間の支払い猶予(モラトリアム)を緊急実施する」で、偶然にヒットした4年余前の記事です。当時(昭和)の金融恐慌の実態を知る上で極めて貴重な記事として特別編集しました▼「中見出し等」は、■ 蔵相就任わずか44日間で金融恐慌を沈静化させた高橋是清の手腕、■今も昔もこれからも変わらない「金融危機発生の構図」とは(①~⑨)、■大戦バブル崩 壊の渦中に関東大震災が発生 震災手形の不良債権化から恐慌へ・・・と続きます▼大偉業を成し遂げた高橋是清当時蔵相ですが、後年「二・二・六事件」で暗 殺されました。「歴史は繰り返す」を感じます。末尾に創刊100年のダイアモンド誌さんに最高の敬意を表します。写真27枚添付ファイル
   週刊ダイヤモンドで読む 逆引き日本経済史「『週 刊ダイヤモンド』創刊号」の画像検索結果「『週 刊ダイヤモンド』創刊号」の画像検索結果
       「山一証券」の画像検索結果 「1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻」の画像検索結果「1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻」の画像検索結果 「三洋証券倒産新聞」の画像検索結果「三洋証券 倒産」の画像検索結果「1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻」の画像検索結果       「1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻」の画像検索結果        「1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻」の画像検索結果
    「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果「高橋是清自伝」の画像検索結果「高橋是清自伝」の画像検索結果     関連画像「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果     関連画像
          「 高橋是清名言」の画像検索結果「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果「 高橋是清1927年の金融恐慌」の画像検索結果「ダイアモンド1927年5月1日号」の画像検索結果「坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]」の画像検索結果「坪井賢一著書」の画像検索結果「坪井賢一著書」の画像検索結果Etc.
  昨日21日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日22日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(951.28KB)

                      2016年4月22日(金)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)