吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月20日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。
米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、
オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、
毎日新聞別件記事「
核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
 ★英語版記事でもオバマ大統領の被爆市訪問是認論が窺えます。
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)」、「Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima」(ワシントン・ポスト誌)がそれです!(2016.4.16.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月20日の「できごと」 
                               April 20 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  1    関連画像「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果 「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果「730年- 薬師寺東塔(三重塔)が建立」の画像検索結果    関連画像「薬師寺東塔(三重塔)」の画像検索結果「薬師寺東塔(三重塔)」の画像検索結果
 4「1598年秀吉」の画像検索結果「1598年 秀吉醍醐の花見」の画像検索結果関連画像 「1598年 秀吉醍醐の花見」の画像検索結果 関連画像  関連画像「京都の醍醐寺三宝院」の画像検索結果    関連画像「1598年 醍醐の花見」の画像検索結果    関連画像
   6「Siege of Boston」の画像検索結果 「Siege of Boston」の画像検索結果 「Siege of Boston」の画像検索結果  「Siege of Boston」の画像検索結果  「Siege of Boston」の画像検索結果   「Siege of Boston」の画像検索結果    7「gunpowder incident 1775」の画像検索結果「John Murray, 4th Earl of Dunmore」の画像検索結果    
   「Patrick Henry」の画像検索結果   「Patrick Henry」の画像検索結果  「Patrick Henry」の画像検索結果   「Patrick Henry」の画像検索結果   「Patrick Henry」の画像検索結果「Patrick Henry」の画像検索結果「Patrick Henry」の画像検索結果「Patrick Henry grave」の画像検索結果「Patrick Henry grave」の画像検索結果
 10「1854年ロシア使節プチャーチンが再び長崎に来航。」の画像検索結果「1854年ロシア使節プチャーチンが再び長崎に来航。」の画像検索結果「1854年ロシア使節プチャーチンが再び長崎に来航。」の画像検索結果     関連画像「1854年ロシア使節プチャーチンが再び長崎に来航。」の画像検索結果11 「1871年- 東京・京都・大阪に郵便役所」の画像検索結果    関連画像関連画像 「1871年- 東京・京都・大阪に郵便役所」の画像検索結果「1871年- 東京・京都・大阪に郵便役所」の画像検索結果
  関連画像「郵政記念日」の画像検索結果12「1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校」の画像検索結果「1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校」の画像検索結果「1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校」の画像検索結果「1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校」の画像検索結果「1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校」の画像検索結果「日本女子大学」の画像検索結果
 14「1914年 - 朝日新聞で、夏目漱石の小説『心 先生の遺書』(後に『こゝろ』に改題)が連載開始」の画像検索結果「1914年 - 朝日新聞で、夏目漱石の小説『心 先生の遺書』(後に『こゝろ』に改題)が連載開始」の画像検索結果       関連画像関連画像 「1914年 - 朝日新聞で、夏目漱石の小説『心 先生の遺書』(後に『こゝろ』に改題)が連載開始」の画像検索結果  16「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果  「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果    「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果
    「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果  「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果       関連画像          「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果        「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果    「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果 「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果
         「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果「1920 Summer Olympic Games」の画像検索結果  関連画像20「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果  「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果 「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果
    「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果   「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果   「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果  「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果  「1939, hitler's 50th birthday parade」の画像検索結果 31「1967, surveyor 3 landed on earth」の画像検索結果「1967, surveyor 3 landed on earth」の画像検索結果「1967, surveyor 3 landed on earth」の画像検索結果
 33「1972, apollo 16 landed on earth」の画像検索結果「1972, apollo 16 landed on earth」の画像検索結果「1972, apollo 16 landed on earth」の画像検索結果「1972, apollo 16 landed on earth」の画像検索結果「1972, apollo 16 landed on earth」の画像検索結果36「1978年 - 大韓航空機銃撃事件。」の画像検索結果      関連画像「1978年 - 大韓航空機銃撃事件。」の画像検索結果「1978年 - 大韓航空機銃撃事件。」の画像検索結果 「1978年 - 大韓航空機銃撃事件。」の画像検索結果「1978年 - 大韓航空機銃撃事件。」の画像検索結果
 42  「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果       「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果   「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果       「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果   「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果  「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果  「2010年 - メキシコ湾原油流出事故」の画像検索結果
               (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)730年天平2年3月29日) - 薬師寺東塔(三重塔)が建立。
(2)1303年 - ローマ・ラ・サピエンツァ大学設立。
1453 – Three Genoese galleys and a Byzantine blockade runner fight their way through an Ottoman blockading fleet a few weeks before the fall of Constantinople.
1534Jacques Cartier begins his first voyage to what is today the east coast of Canada, the island of Newfoundland and Labrador.
1535 – The sun dog phenomenon observed over Stockholm and depicted in the famous painting Vädersolstavlan.
(3)1580年天正8年閏3月7日) - 石山合戦: 織田信長石山本願寺が和議。顕如が石山を退去し、戦闘行為を停止。
(4)1598年慶長3年3月15日) - 豊臣秀吉が京都・醍醐寺で最後の花見を行う。(醍醐の花見
(5)1653年 - オリバー・クロムウェルがクーデターを起こしランプ議会を解散させる。
1657 – Admiral Robert Blake destroys a Spanish silver fleet under heavy fire at the Battle of Santa Cruz de Tenerife.
・1657 –
Freedom of religion is granted to the Jews of New Amsterdam (later New York City).
1689 – The former king, James II of England, now deposed, lays siege to Derry.
1752 – Start of Konbaung–Hanthawaddy War, a new phase in the Burmese Civil War (1740–57).
1770 – The Georgian king, Erekle II, abandoned by his Russian ally Count Totleben, wins a victory over Ottoman forces at Aspindza.
(6)1775年 - アメリカ独立戦争: ボストン包囲戦が始まる。
(7)1775年 - アメリカ独立戦争: 火薬事件発生。
1789George Washington arrives at Grays Ferry, Philadelphia while en route to Manhattan for his inauguration
(8)1792年 - フランスオーストリアに宣戦し、フランス革命戦争が始まる。
1800 – The Septinsular Republic is established.
1809 – Two Austrian army corps in Bavaria are defeated by a First French Empire army led by Napoleon at the Battle of Abensberg on the second day of a four-day campaign that ended in a French victory.
(9)1810年 - カラカス市参事会がスペインからの独立を宣言。
1818 – The case of Ashford v Thornton ends, with Abraham Thornton allowed to go free rather than face a retrial for murder, after his demand for trial by battle is upheld.
1828René Caillié becomes the first non-Muslim to enter Timbuktu.
1836U.S. Congress passes an act creating the Wisconsin Territory.
(10)1854年嘉永7年3月23日) - ロシア使節プチャーチンが前年に続いて再び長崎に来航。
1861American Civil War: Robert E. Lee resigns his commission in the United States Army in order to command the forces of the state of Virginia.
1862Louis Pasteur and Claude Bernard complete the experiment falsifying the theory of spontaneous generation.
1865 – Astronomer Angelo Secchi demonstrates the Secchi disk, which measures water clarity, aboard Pope Pius IX's yacht, the L'Immaculata Concezion.
1871 – The Civil Rights Act of 1871 becomes law.
(11)1871年明治4年3月1日) - 東京・京都・大阪に郵便役所を設置し業務を開始。(郵政記念日
1876 – The April Uprising begins. Its suppression shocks European opinion, and Bulgarian independence becomes a condition for ending the Russo-Turkish War.
1884Pope Leo XIII publishes the encyclical Humanum genus.
(12)1901年 - 日本初の女子大学・日本女子大学校が開学。
1902Pierre and Marie Curie refine radium chloride.
(13)1906年 - 鉄道国有法施行。
1908 – Opening day of competition in the New South Wales Rugby League.
1912 – Opening day for baseball's Tiger Stadium in Detroit, and Fenway Park in Boston.
1914 – Nineteen men, women, and children die in the Ludlow Massacre during a Colorado coal-miner's strike.
(14)1914年 - 朝日新聞で、夏目漱石の小説『心 先生の遺書』(後に『こゝろ』に改題)が連載開始。8月11日まで。
1916 – The Chicago Cubs play their first game at Weeghman Park (currently Wrigley Field), defeating the Cincinnati Reds 7–6 in 11 innings.
(15)1917年 - 第13回衆議院議員総選挙
1918Manfred von Richthofen, a.k.a. The Red Baron, shoots down his 79th and 80th victims, his final victories before his death the following day.
(16)1920年 - 第7回夏季オリンピックアントワープ大会が開幕。9月12日まで。
1922 – The Soviet government creates South Ossetian Autonomous Oblast within Georgian SSR.
1926Western Electric and Warner Bros. announce Vitaphone, a process to add sound to film.
(17)1927年 - 日本で田中義一が第26代内閣総理大臣に就任し、田中義一内閣が発足。
(18)1928年 - 朱徳率いる国民革命軍の蜂起部隊(鉄軍)と毛沢東の農民武装部隊とが井崗山で合流し、中国工農革命軍第四軍(紅軍)を結成。
(19)1929年 - 大分県中津市が市制施行。
(20)1939年 - アドルフ・ヒトラーの50歳の誕生日英語版ナチス・ドイツがこの日を休日とし、ベルリンで大規模な軍事パレードを行う。
1939Adolf Hitler's 50th birthday is celebrated as a national holiday in Nazi Germany.
・1939 –
Billie Holiday records the first civil rights song "Strange Fruit".
1945World War II: US troops capture Leipzig, Germany, only to later cede the city to the Soviet Union.
・1945 – World War II:
Führerbunker: Adolf Hitler makes his last trip to the surface to award Iron Crosses to boy soldiers of the Hitler Youth.
・1945 – Twenty Jewish children used in medical experiments at
Neuengamme are killed in the basement of the Bullenhuser Damm school.
(21)1946年 - 国際連盟が解散。
(22)1947年 - 第1回参議院議員通常選挙日本社会党が47議席で第一党となる。
(23)1947年 - 長野県飯田市で大規模な火災が発生。(飯田大火
(24)1948年 - 第1回中華民国総統選挙。最初で最後の中国全域での中華民国総統選挙。
1951Dan Gavriliu performs the first surgical replacement of a human organ.
(25)1953年 - ボストンマラソンで、日本の山田敬蔵が2時間18分51秒のタイム(当時の世界最高記録とされたが、後に距離不足が判明)で優勝。
(26)1954年 - 第1回全日本自動車ショウが開催される。
(27)1959年 - 東海道新幹線起工式。
(28)1959年 - 日本初の修学旅行専用電車「ひので」「きぼう」が運行開始。
1961 – Failure of the Bay of Pigs Invasion of US-backed Cuban exiles against Cuba.
1964BBC Two launches with a power cut because of the fire at Battersea Power Station.
(29)1965年 - 青年海外協力隊の事務局が創設される(青年海外協力隊の日)
(30)1966年 - 国鉄の在来線全線に自動列車停止装置 (ATS) の設置を完了。
(31)1967年 - アメリカの無人探査機「サーベイヤー3号」が月面に着陸。
1968 – English politician Enoch Powell makes his controversial Rivers of Blood speech.
(32)1971年 - 国鉄常磐線綾瀬駅 - 我孫子駅間で複々線化が完成。同時に帝都高速度交通営団千代田線相互直通運転を開始。
(33)1972年 - 「アポロ16号」が月面に着陸。
(34)1974年 - 日本と中華人民共和国が北京で日中航空協定に調印。同日、中華民国が日本への航空路線就航の即日停止を声明。
(35)1974年 - 広島県賀茂郡西条町志和町高屋町八本松町が合併し、東広島市制施行。
(36)1978年 - 大韓航空機銃撃事件
1980 – Climax of Berber Spring in Algeria as hundreds of Berber political activists are arrested.
1984 – The Good Friday Massacre, an extremely violent ice hockey playoff game, is played in Montreal, Canada.
1985 – The ATF raids The Covenant, The Sword, and the Arm of the Lord compound in northern Arkansas.
1986 – Pianist Vladimir Horowitz performs in his native Russia for the first time in 61 years.
(37)1989年 - 朝日新聞で沖縄の珊瑚への落書きが報道される。のち、報道した記者自身が傷付けたと分かり大きな不祥事に発展。(朝日新聞珊瑚記事捏造事件
(38)1992年 - セビリア万博が開幕。10月12日まで。
1998 – German terrorist group the Red Army Faction announces their dissolution after 28 years.
(39)1999年 - アメリカコロラド州ジェファーソン郡のコロンバイン高校で銃乱射事件が起きる。(コロンバイン高校銃乱射事件
(40)2000年 - 都営地下鉄12号線・新宿駅 - 国立競技場駅間が延伸開業。同時に路線名を大江戸線に改称する。
(41)2006年 - 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線がこの日の運転を最後に全線廃止。
2007Johnson Space Center shooting: William Phillips with a handgun barricades himself in NASA's Johnson Space Center in Houston, Texas before killing a male hostage and himself.
2008Danica Patrick wins the Indy Japan 300 becoming the first female driver in history to win an Indy car race.
(42)2010年 - メキシコ湾原油流出事故が発生。
(43)2012年 - 秋田県鹿角市のクマ牧場より脱走したヒグマ2頭に飼育員2人が襲われ死亡。
2012 – One hundred twenty-seven people are killed when a plane crashes in a residential area near the Benazir Bhutto International Airport near Islamabad, Pakistan.
2013 – A 6.6-magnitude earthquake strikes Lushan County, Ya'an, in China's Sichuan province, killing more than 150 people and injuring thousands.
2015 – 10 people are killed in a bomb attack on a convoy carrying food supplies to a United Nations compound in Garowe in the Somali region of Puntland.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6255編目です。 
2016年4月20日(水)掲載分
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編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月20日のできごと」でヨシダが特記したいことは、「(42)2010年 - メキシコ湾原油流出事故が 発生」です。ちょっと、長くなるブログですが、編集者自身の人生の1ページを飾るに相応しい出来事に通じることからご寛容ください★話はヨシダの人生第二 毛作時代はトラック運送事業経営者時代のこと。セメントメーカー荷主から極めて特異な商談が入ったのです。広島三菱造船所に停泊する世界最大級の石油採掘 船(リッグ)・オーシャン・レインジャー号にバラセメント4百トンを搬入するという前例のない作業。宇部からタンクローリーでバラセメントを運び、同リッ グのセメントサイロに搬入するという作業。条件はそのリッグを同造船所岸壁に横付けする、ということでした★そこに至るまでの商談はメーカーの営業マンが 同リグ船長相手ですることで、当方としては同営業マンの指示にしたがって、ということだったのですが、当日になって大変化が生じたのです。「岸壁に横付け して可能な限り沈めて落差を少なくする」という条件。ならば問題なし、とばかりに10数台のタンクローリ車をあてがって宇部から運搬開始。ところが、約束 の同リッグの受け入れ条件が遥か沖に、しかも、深く沈めるどころか、飛び上がった状態で、という条件に大変化。約束が違う!とばかりに、その交渉相手は メーカー商社マンでなく、同リッグの船長(アメリカ人)を相手にヨシダ社長!と相成ったのです!電話の交渉でしたが、大声で怒鳴りながらの交渉。無論、英 語でした。後のことです が、同商社マンが告白しました。「あんな物凄い交渉を英語でする光景を観たことない・・・」と★同船長曰く、「このことに関しては私の権限外ですの で・・・」でチョン!日本人だったら交渉相手をした者の責任において処理する、が米人の場合は「I have no authority....」(私には権限がありませんので)でチョンってことを見せ付けられました★大規模作業になりました。艀でタンクローリーを沖に 運び、「数十メートルの落差でエア圧 送」ですから、想像以上の時間を要しました。でも、当時のわが社は日本一の台数のバラセメントタンクトラックを保有していたことから、無事に完了したので す。親しくなった船長とは搬入完了したら、一杯飲もう、と約束したものの、土壇場で彼が遠慮して実現しませんでした。「お志を有難く頂戴します・・・」と 丁重な言葉が印象的でした★かのメーカーの営業マンがしみじみ言いました。「永年、外人と商売してきたけど、社長みたいなケースは後にも先にもないでしょ う。英語で交渉する様はドラマチックでさえありました!」と★ふと、本日の「メキシコ湾原油流出事故」 で想い出したように、かのオーシャン・レインジャー号をグーグルしてみました。出た!あった!デス!下記の勇姿をご覧ください!ヨシダはそのオーシャン・ レインジャー号に乗船し階段を登って下見したのです!★と、ウィキペディアで目に付いたのが同船を巡る記述。曰く、「・・・、1982年には半潜水式石油掘削装置オーシャンレンジャー」の沈没事故が起こり84人全員が行方不明になった。」がそれです。何とも言えない心境です。(19日22:00)
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 今朝一番に目にとまった日経メルマガ15年度の貿易収支、1兆792億円の赤字 3月は7550億円の黒字」・・・。ン?とは、貿易収支云々という大きな経済問題に別段格別の知識を持ってのことではないヨシダですが、そもそも「円安政策」を日銀と一緒で俄然とすすめたのがアベノミクス(だったハズ)。それがなんと、この有様とは!?・・・と首を傾げます★そうこうしたら、一方では、「日本の改革遅れ、いらだつ米(真相深層) G20で円売り介入にクギ」 (日本経済新聞)・・・と。 どうやら、後者の取材をしたほうがイイ感じです★それにしても、日本政府の極端な円高政策を横目にして何時もヨシダが思ってきたことは、他国なかんずく、 アメリカがよくもまあ、黙認(?)してきたものと思ってきたものですが、満更、ヨシダの無知ぶりではなかったと感じます。(8:30)
 「No.6255日本の改革遅れ、いらだつ米(真相深層)  G20で円売り介入にクギ 日本経済新聞2016.4.20.ワシントン=河浪武史)」 を編集しながら痛切に感じたこと。それはヨシダのシロウト的考えであった「日銀・アベノミクス政策」で「絵に描いたモチ」的な国際通貨調整効果には限界が あるということの正しさです。経済は生きもの。自然の摂理に従うのが生たるモノのメカニズム。それを強引に政策・・・には限界があるとしか言いようのない 虚しさを感じる、とブログしたら笑われるでしょうか(9:35)
 熊本日日新聞から拾った地震最新情報は、「<地震関連>熊本市電が全線で運行再開」、「<地震関連>九州新幹線が運行再開 」です。せめても・・・とはヨシダの率直な感想です。(9:50)
  今朝の記事1編を編集して以来、別に本コラムに紹介したい記事にヒットしないことから、いままで、「きょうのできごと」編集に専念していました。嬉しい ことは離日寸前までご愛顧をいただいたクライアントさんで、現在に至り毎月、ドライバー社員さん向けの安全運転関連メッセージを送付して同社の月例安全会 議に役立たせていただいているのですが、来月の同メッセージに言及したトラックのボディーに貼るステッカー例にことのほかお気に入り。どうやら、導入され る感じで喜んでいます★1993年の一ヶ月間米国取材旅行で仕入れたネタです。アメリカトラック協会が推進していたもので、"Without Trucks America Stops"(トラックが無ければアメリカが止まる)というもの。同社のトラックに活用する由。むろん、アメリカをジャパンにチェンジして、「Without Trucks Japan Stops!」です ★ちなみに、母国のトラック協会の標語は「トラックは日本の血液です」だとか。みなさん、どちらに軍パイをあげますか?血液といえば、怪我して出るのがそ れ。トラック事故で人身傷害を連想するのが血液。となれば、血液より「国(の動き)が止まる」のほうが余程かイイですよね!国の物流から始まって経済から 国民生活全てが止まる!のほうが余程かイイですよね★ちなみに、肝心の全日本トラック協会会長でヨシダが活躍中にヨシダが母国へ「輸入」して紹介したのが くだんのもの。それを一時期、会長として口にして居られたのですが、早世されて、それっきり。リーダーが亡くなるとその理念も廃るといった図式。あの次点 で制度化されていたらヨカッタものを・・・と惜しまれます。でも、ヒョットしたら、前述クライアントさんの実践が導火線になって全国に広がるかも?・・・ がナイショのドリームです(笑)★ボツボツ、早めの日付変更に入ります。(17:25)
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No.6255
日本の改革遅れ、いらだつ米(真相深層)  G20で円売り介入にクギ
日本経済新聞2016.4.20.
ワシントン=河浪武史
ヨシダブログ:現地ワシントン駐在の記者に相応しい突っ込んだ意見記事とみます。それにしてもヨシダが思うことは、表面切った通貨調整政策を打ち出すのは他国なかんずく、貿易関係にある当事国同士間ではタブー的ではなかったのかというシロウト考えを抱くヨシダ。 それを最大の米国が黙認してきたには応分の計算があったと想像します。でも、アメリカ自体の経済状態は親分気分で同盟国との強調政策を長続きできるハズは ないと思考します。所詮は自助努力こそが決めてではないのかな・・・と、生意気なブログを惜しみません▼それにしても、本記事にヒットする直前にヒットし た記事「15年度の貿易収支、1兆792億円の赤字 3月は7550億円の黒字」(日経メルマガ)」をみるにつけ、絶句あるのみです。写真10枚添付ファイル
    「20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議」の画像検索結果 「20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議」の画像検索結果     「20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議」の画像検索結果   「20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議」の画像検索結果
    「ルー米財務長官」の画像検索結果    「ルー米財務長官対麻生財務相」の画像検索結果   「ルー米財務長官対麻生財務相」の画像検索結果  「sam stovall, s&P capital IQ」の画像検索結果 「sam stovall, s&P capital IQ」の画像検索結果「5月に日本で開く主要7カ国(G7)会議」の画像検索結果
  昨日19日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日20日の第一記事掲載(9:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(867.59KB)

                      2016年4月20日(水)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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