吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月19日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。
米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、
オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、
毎日新聞別件記事「
核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
 ★英語版記事でもオバマ大統領の被爆市訪問是認論が窺えます。
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)」、「Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima」(ワシントン・ポスト誌)がそれです!(2016.4.16.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月19日の「できごと」 
                               April 19 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
     3      「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果         「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果   「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果  「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果    「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果 「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果  「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果   関連画像
                 関連画像    「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果 「1775, Battles of Lexington and Concord」の画像検索結果4「1880年 - 新約聖書の日本語訳」の画像検索結果5「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果 「1897, first boston marathon」の画像検索結果     「1897, first boston marathon」の画像検索結果「1897, first boston marathon」の画像検索結果
       6「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果「1903年 「ポグロム」」の画像検索結果  関連画像「1903ロシア・キシニョフ」の画像検索結果 「1903ロシア・キシニョフ」の画像検索結果  7「1904, toronto great fire location」の画像検索結果
          「1904, toronto great fire」の画像検索結果 「1904, toronto great fire」の画像検索結果    「1904, toronto great fire」の画像検索結果   「1904, toronto great fire location」の画像検索結果「1904, toronto great fire」の画像検索結果「1904, toronto great fire」の画像検索結果「1904, toronto great fire location」の画像検索結果「1904, toronto great fire location」の画像検索結果 

  12    「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果   「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果     「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果「1928, oxford dictionary first edition published」の画像検索結果13  「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果      「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果  「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果  「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果「1943, Warsaw Ghetto Uprising」の画像検索結果
 17「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果         「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果       「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果「1951, douglas macarthur retires with an old soldiers just fade out」の画像検索結果18   「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果      関連画像 「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果  「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果  「1951年 - 第55回ボストンマラソン、田中茂樹が優勝」の画像検索結果
  21「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果  「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果「1954年 - 『ローマの休日』が日本で封切り。」の画像検索結果
  26「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果「1971、Salyut 1 launched 」の画像検索結果30「長谷川一夫国民栄誉賞」の画像検索結果 「長谷川一夫国民栄誉賞」の画像検索結果    「植村直己」の画像検索結果 「植村直己に国民栄誉賞」の画像検索結果 34  「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果
              「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果          関連画像 「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果 「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果「uss iowa bb-61 explosion」の画像検索結果
44「三重県総合博物館」の画像検索結果      「三重県総合博物館」の画像検索結果  「三重県総合博物館」の画像検索結果  「三重県総合博物館」の画像検索結果   「三重県総合博物館」の画像検索結果  「三重県総合博物館」の画像検索結果 「三重県総合博物館」の画像検索結果 「三重県総合博物館」の画像検索結果 「三重県総合博物館」の画像検索結果
              (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
65 – The freedman Milichus betrayed Piso's plot to kill the Emperor Nero and all the conspirators are arrested.
531Battle of Callinicum: A Byzantine army under Belisarius is defeated by the Persians at Ar-Raqqah (northern Syria).
797 – Empress Irene organizes a conspiracy against her son, the Byzantine emperor Constantine VI. He is deposed and blinded. Shortly after Constantine dies of his wounds, and Irene proclaims herself basileus.
1012Martyrdom of Ælfheah in Greenwich, England.
(1)1174年承安4年3月11日) - 平治の乱に敗れた源頼朝伊豆に流される。
(2)1326年嘉暦元年3月16日) - 北条高時の出家に伴い、北条貞顕鎌倉幕府第15代執権に就任。10日後に退任。
1529 – Beginning of the Protestant Reformation: After the Second Diet of Speyer bans Lutheranism, a group of rulers (German: Fürst) and independent cities protests the reinstatement of the Edict of Worms.
1539 – Charles V and Protestants signs Treaty of Frankfurt.
1608 – In Ireland O'Doherty's Rebellion is launched by the Burning of Derry.
1677 – The French army captures the town of Cambrai held by Spanish troops.
1713 – With no living male heirs, Charles VI, Holy Roman Emperor, issues the Pragmatic Sanction of 1713 to ensure that Habsburg lands and the Austrian throne would be inherited by his daughter, Maria Theresa (not actually born until 1717).
1770 – Captain James Cook, still holding the rank of lieutenant, sights the eastern coast of what is now Australia.
・1770 –
Marie Antoinette marries Louis XVI of France in a proxy wedding.
(3)1775年 - ボストン市北西のコンコードで軍と植民地兵が武力衝突(レキシントン・コンコードの戦い)。アメリカ独立戦争開戦の契機となる。
1782John Adams secures the Dutch Republic's recognition of the United States as an independent government. The house which he had purchased in The Hague, Netherlands becomes the first American embassy.
1809 – An Austrian corps is defeated by the forces of the Duchy of Warsaw in the Battle of Raszyn, part of the struggles of the Fifth Coalition. On the same day the Austrian main army is defeated by a First French Empire Corps led by Louis-Nicolas Davout at the Battle of Teugen-Hausen in Bavaria, part of a four-day campaign that ended in a French victory.
1810Venezuela achieves home rule: Vicente Emparán, Governor of the Captaincy General is removed by the people of Caracas and a junta is installed.
1839 – The Treaty of London establishes Belgium as a kingdom and guaranteeing its neutrality.
1855 – Visit of Napoleon III to Guildhall, London.
1861American Civil War: Baltimore riot of 1861: A pro-Secession mob in Baltimore, attacks United States Army troops marching through the city.
1865Funeral service for Abraham Lincoln is held in the East Room of the White House.
(4)1880年 - 新約聖書の日本語訳が完成。
1892Charles Duryea claims to have driven the first automobile in the United States, in Springfield, Massachusetts.
1897Léo Taxil exposes his own fabrications concerning Freemasonry
(5)1897年 - 第1回ボストンマラソン開催。
(6)1903年 - ロシア・キシニョフで大規模なユダヤ人迫害(ポグロム)が発生。
(7)1904年 - トロント大火

(8)1910年 - パウル・エールリヒ秦佐八郎梅毒の治療薬サルバルサン(606号)を発見。
(9)1915年 - 日本海軍巡洋戦艦榛名」・「霧島」が竣工する。
1919Leslie Irvin of the United States makes the first successful voluntary free-fall parachute jump using a new kind of self-contained parachute.
(10)1926年 - 堤康次郎により国立学園小学校が設立される。
1927Mae West is sentenced to ten days in jail for obscenity for her play Sex.
(11)1928年 - 田中義一内閣が中国・国民革命軍の北伐再開に対応して第二次山東出兵を決定。
(12)1928年 - 『オックスフォード英語辞典』の初版が刊行される。
1943 – Swiss chemist Dr. Albert Hofmann deliberately takes LSD for the first time.
(13)1943年 - 第二次世界大戦: ワルシャワ・ゲットー蜂起が勃発。
(14)1943年 - アルバート・ホフマンLSD幻覚作用を発見。
(15)1945年 - ビルマが国際連合に加盟。
1948Burma joins the United Nations.
1950Argentina becomes a signatory to the Buenos Aires copyright treaty.
(16)1950年 - 公金1億円を横領して逃亡していた鉱工品貿易公団職員とその妻が出頭。会見で同公団総裁が「あれくらいは女中のつまみ食い程度」と発言したことから「つまみ食い」が流行語に。
(17)1951年 - ダグラス・マッカーサーが軍を退役、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の一節で知られる記念演説を行う。
(18)
1951年 - 第55回ボストンマラソンで、日本人で初参加の田中茂樹が優勝。
(19)1953年 - 第26回衆議院議員総選挙。第1回総選挙以来63年間議席を守ってきた尾崎行雄が落選。
(20)1954年 - 文京区立元町小学校に侵入した覚醒剤中毒者が、トイレで小学2年の女児を暴行・殺害。(文京区小2女児殺害事件
(21)1954年 - 映画『ローマの休日』が日本で封切り。
1954 – The Constituent Assembly of Pakistan recognises Urdu and Bengali as the national languages of Pakistan.
1956 – Actress Grace Kelly marries Prince Rainier of Monaco.
(22)1960年 - 韓国ソウルで学生数千人が大統領選挙の無効と李承晩独裁政権打倒を叫び行進。(四月革命
(23)1961年 - ハーバード大学教授で知日派のエドウィン・ライシャワーが駐日大使に着任。
(24)1961年 - ピッグス湾への侵攻が失敗に終わる。
(25)1970年 - コロンビアで大統領選挙。保守党ミサエル・パストラーナ・ボレロ軍事政権時代の指導者グスタボ・ロハス・ピニージャ将軍に僅差で勝利。野党勢力は不正選挙として大規模な抗議行動。後の左翼ゲリラ組織4月19日運動(M-19)結成の契機となる。
(26)1971年 - ソビエト連邦が世界初の宇宙ステーションサリュート1号」を打ち上げる。
(27)1971年 - シエラレオネ英連邦王国から共和制に移行する。
・1971 – Vietnam War: Vietnam Veterans Against the War begin "Operation Dewey Canyon III", a five-day demonstration in Washington, D.C.
・1971 – Launch of
Salyut 1, the first space station.
・1971 –
Charles Manson is sentenced to death (later commuted life imprisonment) for conspiracy to commit the Tate–LaBianca murders.
1973 – The Portuguese Socialist Party is founded in the German town of Bad Münstereifel.
(28)1975年 - インド初の人工衛星アリヤバータ」をソ連で打ち上げ。
(29)1983年 - 航空自衛隊小牧基地所属のC-1輸送機2機が三重県鳥羽市沖の菅島に相次ぎ墜落、搭乗していた自衛官計14名が死亡(菅島事故)。
(30)1984年 - 俳優の長谷川一夫と冒険家の植村直己国民栄誉賞が贈られる
(31)1984年 - 「アドヴァンス・オーストラリア・フェア」がオーストラリア国歌と定められる。Advance Australia Fair instrumental.ogg 『アドヴァンス・オーストラリア・フェア』を聴く[ヘルプ/ファイル]
1985U.S.S.R performs nuclear tests at Eastern Kazakhstan/Semipalatinsk.
・1985 – Two hundred
ATF and FBI agents lay siege to the compound of the neo-Nazi survivalist group The Covenant, The Sword, and the Arm of the Lord in Arkansas. The CSA surrenders two days later.
1987The Simpsons premieres as a short cartoon on The Tracey Ullman Show.
(32)1988年 - NTTが東京・大阪・名古屋でISDNのサービスを開始。
(33)1989年 - 京都国連軍縮会議開幕、31か国が参加。
(34)1989年 - アメリカ海軍戦艦アイオワ」の2番砲塔内で爆発事故が起こり47名の死者を出す。(戦艦アイオワ砲塔爆発事故英語版
(35)1990年 - 世にも奇妙な物語が放送を開始。
(36)
1993年- 米テキサス州ウェーコブランチ・ダビディアン本部にFBIの特殊部隊が突入、本部が炎上し児童25名を含む81名が死亡した。
・1993 – South Dakota governor George Mickelson and seven others are killed when a state-owned aircraft crashes in Iowa.
(37)1995年 - 米オクラホマシティのアルフレッド・ミューラービルで爆弾テロが発生、168人が死亡。(オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件
(38)1995年 - 東京外国為替市場で1ドル=79.75円の当時としては史上最高値に達する。
(39)1995年 - 横浜駅異臭事件が発生。犯人は同年の7月6日に逮捕。
1997 – The 1997 Red River Flood overwhelms the city of Grand Forks, North Dakota. Fire breaks out and spreads in downtown Grand Forks, but high water levels hamper efforts to reach the fire, leading to the destruction of 11 buildings.
(40)1999年 - ドイツ連邦議会ボンからベルリンに移転する。
2000 – Security guard David Sanes killed in accidental bombing in Vieques, Puerto Rico that resulted in U.S. Navy closing down its bombing range there.
2011Fidel Castro resigns from the Central Committee of the Communist Party of Cuba after 45 years of holding the title.
(41)2012年 - 東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機が、電気事業法に基づき廃止。日本の原子力発電所が54基から50基に減少。
(42)2012年 - ダイバーシティ東京プラザが開業。
(43)2013年 - 酒々井プレミアム・アウトレットが開業。
2013Boston Marathon bombings suspect Tamerlan Tsarnaev is killed in a shootout with police. His brother Dzhokhar Tsarnaev is captured while hiding in a boat inside a backyard in Watertown, Massachusetts.
(44)2014年 - 三重県総合博物館が開館。

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6254編目です。 
2016年4月19日(火)掲載分
昨日4月18日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月19日のできごと」でヨシダが特記したいことは、「(21)1954年 - 映画『ローマの休日』 が日本で封切り」です。当時のヨシダは23歳。限定された英語力を駆使して米国の同業者や関係機械メーカの経営者と文通を激しく行い、新技術の習得に懸命 な時代。そのささやかな英語力の勉強の意味でも鑑賞した「ローマの休日」でした。字幕は極力追わずに、耳からの英語に集中したことから、見落とし聴き落と しがあったと反省します。それにしてもオードリー・ヘップバーンのあの美しさ!別世界の女神と映ったものでした。(8・50)
 「No.6254熊本地震の被災者が見た恐怖と避難のリアル 震災への備えが不十分な地域でそれは起きた東洋経済ONLINE2016.4.19.山下 弘幸 :農業参入コンサルタント/農テラス代表取締役)」 を編集しながら痛切に共感したことはほかでもありません!本記事筆者の弁です!曰く、「重い屋根瓦の家は大地震でダメージを受けやすい」がそれです!偶然 にもですが、ヨシダ自身がフィリピンに住んで家屋構造を見て痛切に感じてきていることのひとつが「屋根構造の軽量構造」です!母国のあの重たい瓦に比べて どれほど地震に有利か、という実感でした。ヨシダが知る限り、母国でこの事実(屋根瓦の重さ)を地震対策の一環に据える発言をした例は皆無と認識しますが どうでしょう?この際、ホンキで検討する価値がある!と痛感します。(10:40)


No.6254
熊本地震の被災者が見た恐怖と避難のリアル 震災への備えが不十分な地域でそれは起きた
東洋経済ONLINE2016.4.19.山下 弘幸 :農業参入コンサルタント/農テラス代表取締役
ヨシダブログ:本記事と災害模様の添付写真は全て筆者の山 下弘幸氏によるものです。ご自身が体験された今回の大地震災害の模様と、そこから出てきている同氏の助言だけに貴重です。末尾の言葉は赤裸々な地震国日本 人に 求められる対応であり、心掛けと受けとめます。曰く、「・・・娘は「家に帰りたくない」と言っています。よほど怖かったのでしょう。無理もありません。私 でさえこんな恐怖を味わったことはないと思うくらいですから。震災を受けて、「これまでの人生」と「これからの人生」を半ば強引に考えさせられています。 ただし、これは地震大国に住む日本人なら、いつ誰に起きてもおかしくない話です。」▼なお、「中見出し」は、■16 日未明の地震も震度7に匹敵した?、■重い屋根瓦の家は大地震でダメージを受けやすい、■根拠不明のデマが飛び交った、■先を考えると途方に暮れる・・・ と続きます▼ふと、ヨシダが気付くことに、筆者・山下さんが指摘される「重い屋根瓦」の家は大地震でダメージを受けやすい・・・」に関心を強めます。ほか でもありません、此処フィリピンの住宅の屋根が日本のそれと比べて実に薄くかつ、過重負担の全く無いほどの構造であることです。プラスチック製かなにか で、何時でも簡単に取り替えられる感じの構造です。グーグルでそれを検索した写真を追加添付します。ヨシダが日頃から思っていたことにマッチすることか ら、この際、母国の住宅様式への改革を促したい心境です。瓦メーカーの反発はあるでしょうが・・・・。写真10枚添付ファイル
         「山下 弘幸:農業参入コンサルタント/農テラス代表取締役」の画像検索結果「山下 弘幸:農業参入コンサルタント/農テラス代表取締役」の画像検索結果「山下 弘幸:農業参入コンサルタント/農テラス代表取締役」の画像検索結果
   
          「Philippines house roof materials」の画像検索結果 「Philippines house roof materials」の画像検索結果「Philippines house roof materials」の画像検索結果「Philippines house roof materials」の画像検索結果「Philippines house roof materials」の画像検索結果
  昨日18日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日19日の第一記事掲載(10:35)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」

  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(747.86KB)

                      2016年4月19日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
           URL(jpn): http://www.a-bombsurvivor.com/index_japanese.html