吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月18日(月)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。
米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、
オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、
米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、
毎日新聞別件記事「
核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
 ★英語版記事でもオバマ大統領の被爆市訪問是認論が窺えます。
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)」、「Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima」(ワシントン・ポスト誌)がそれです!(2016.4.16.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月18日の「できごと」 
                               April 18 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  5「1506, construction of San Pietro in Vaticano started」の画像検索結果「1506, construction of San Pietro in Vaticano started」の画像検索結果「1506, construction of San Pietro in Vaticano started」の画像検索結果「1506, construction of San Pietro in Vaticano started」の画像検索結果「San Pietro in Vaticano」の画像検索結果「San Pietro in Vaticano」の画像検索結果 「San Pietro in Vaticano」の画像検索結果「San Pietro in Vaticano」の画像検索結果   「San Pietro in Vaticano」の画像検索結果
    6「江島生島事件」の画像検索結果「江島生島事件」の画像検索結果 「江島生島事件」の画像検索結果  「江島生島事件」の画像検索結果  「江島生島事件」の画像検索結果「江島生島事件」の画像検索結果 7「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果  「1771年 - 杉田玄白・前野良沢らが医学書『ターヘル・アナトミア』の翻訳」の画像検索結果
      「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果   「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果     「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果「杉田玄白・前野良沢」の画像検索結果10「壬生浪士組」の画像検索結果「壬生浪士組」の画像検索結果          「壬生浪士組」の画像検索結果      「壬生浪士組」の画像検索結果
      「壬生浪士組」の画像検索結果   「壬生浪士組」の画像検索結果   「壬生浪士組」の画像検索結果13   「1881年 - 西部開拓時代: ビリー・ザ・キッドがリンカーン郡刑務所を脱走」の画像検索結果       「1881年 - 西部開拓時代: ビリー・ザ・キッドがリンカーン郡刑務所を脱走」の画像検索結果「1881年 - 西部開拓時代: ビリー・ザ・キッドがリンカーン郡刑務所を脱走」の画像検索結果      関連画像「1881, Lincoln jail」の画像検索結果「1881, Lincoln jail」の画像検索結果
     17「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果
  
「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果  「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果  「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果  「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果 「1906, san francisco great earthquake」の画像検索結果
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    18「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果 「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果 「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果「1923, yankee stadium opened」の画像検索結果21「1931年 - 直良信夫が明石原人発見」の画像検索結果「1931年 - 直良信夫が明石原人発見」の画像検索結果「1931年 - 直良信夫が明石原人発見」の画像検索結果
  22「Doolittle Raid」の画像検索結果「Doolittle Raid」の画像検索結果「Doolittle Raid」の画像検索結果「Doolittle Raid」の画像検索結果 「Doolittle Raid」の画像検索結果「Doolittle Raid」の画像検索結果「Doolittle Raid」の画像検索結果24「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death」の画像検索結果「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death」の画像検索結果「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death」の画像検索結果
    「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death newspaper」の画像検索結果 「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death」の画像検索結果 「1943, general isoroku yamamoto plane shot down to death」の画像検索結果32「1956年 - モナコ大公レーニエ3世がアメリカの映画俳優グレース・ケリーと結婚。」の画像検索結果関連画像「1956年 - モナコ大公レーニエ3世がアメリカの映画俳優グレース・ケリーと結婚。」の画像検索結果「1956年 - モナコ大公レーニエ3世がアメリカの映画俳優グレース・ケリーと結婚。」の画像検索結果 「1956年 - モナコ大公レーニエ3世がアメリカの映画俳優グレース・ケリーと結婚。」の画像検索結果35「1983, american embassy blast incident」の画像検索結果「1983, american embassy blast incident」の画像検索結果
       「1983, american embassy blast incident」の画像検索結果        「1983, american embassy blast incident」の画像検索結果「1983, american embassy blast incident」の画像検索結果 
37
「1991年 - 日本の海部俊樹首相とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が日ソ共同声明に署名」の画像検索結果「1991年 - 日本の海部俊樹首相とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が日ソ共同声明に署名」の画像検索結果      「1991年 - 日本の海部俊樹首相とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が日ソ共同声明に署名」の画像検索結果       38関連画像「1993年 - 日本エアシステム451便着陸失敗事故」の画像検索結果   「1993年 - 日本エアシステム451便着陸失敗事故」の画像検索結果
                (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
796 – King Æthelred I of Northumbria is murdered in Corbridge by a group led by his ealdormen, Ealdred and Wada. The patrician Osbald is placed on the throne, but is within 27 days abdicated.
(1)1025年 - ポーランド公ボレスワフ1世が国王として即位し、ポーランド王国初代国王となる。(2)1126年大治元年3月24日) - 藤原清衡中尊寺の金堂・三重塔の落慶法会を行う。
(3)1268年文永5年3月5日) - 北条時宗鎌倉幕府執権に就任。
(4)1429年正長2年3月15日)- 足利義教将軍宣下が行われる。
(5)1506年 - 現在のサン・ピエトロ大聖堂の基礎石の設置式典が行われる。
1518Bona Sforza is crowned as queen consort of Poland.
1521 – Trial of Martin Luther begins its second day during the assembly of the Diet of Worms. He refuses to recant his teachings despite the risk of excommunication.
1689Bostonians rise up in rebellion against Sir Edmund Andros.
(6)1714年正徳4年3月5日) - 江島生島事件: 大奥御年寄絵島信濃国高遠への配流が決定。
1738Real Academia de la Historia ("Royal Academy of History") is founded in Madrid.
(7)1771年明和8年3月4日) - 杉田玄白前野良沢らが、処刑された死刑囚の解剖を見学。翌日から医学書『ターヘル・アナトミア』の翻訳にとりかかる。
1775American Revolution: The British advancement by sea begins; Paul Revere and other riders warn the countryside of the troop movements.
1797 – The Battle of Neuwied: French victory against the Austrians.
1807 – The Harwich ferry disaster occurred near the North Sea port of Harwich on the Essex coast (England) in which 60-90 people drowned during the capsizing of a small ferry boat.
1831 – The University of Alabama is founded.
(8)1835年 - メルバーン子爵ウィリアム・ラムがイギリスの第30代首相に就任。
(9)1847年 - 米墨戦争: セルロ・ゴードの戦い
1848 – American victory at the battle of Cerro Gordo opens the way for invasion of Mexico.
1857 – "The Spirits Book" by Allan Kardec is published, marking the birth of Spiritualism in France.
(10)1863年文久3年3月13日) - 壬生浪士組のうち京都に残留した芹沢鴨ら24名が京都守護職・会津藩主の松平容保の配下に取立てられる(後の新選組)。
1864Battle of Dybbøl: A Prussian-Austrian army defeats Denmark and gains control of Schleswig. Denmark surrenders the province in the following peace settlement.
(11)1868年慶応4年3月26日) - 大坂天保山沖で日本初の観艦式が行われる。
(12)1864年 - 第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争: ドゥッブル堡塁の戦い
1880 – An F4 tornado strikes Marshfield, Missouri, killing 99 people and injuring 100.
(13)1881年 - 西部開拓時代: ビリー・ザ・キッドリンカーン郡刑務所を脱走。
(14)1885年 - 日本と清国が朝鮮出兵に関する天津条約を締結。
(15)1887年 - 仙台に第二高等中学校(旧制第二高等学校)および金沢に第四高等中学校(旧制第四高等学校)が設置。
(16)1897年 - ギリシャ王国オスマン帝国の間でクレタ島領有をめぐる希土戦争が開戦。
1899 – The St. Andrew's Ambulance Association is granted a Royal Charter by Queen Victoria.
1902 – The 7.5 Mw Guatemala earthquake shakes Guatemala with a maximum Mercalli intensity of VIII (Severe), killing between 800–2,000.
(17)1906年 - アメリカ西海岸地区を中心とした大規模なサンフランシスコ地震が発生。
1909Joan of Arc is beatified in Rome.
1912 – The Cunard liner RMS Carpathia brings 705 survivors from the RMS Titanic to New York City.
1915 – French pilot Roland Garros is shot down and glides to a landing on the German side of the lines during World War I.
(18)1923年 - ヤンキー・スタジアム開場。
1924Simon & Schuster publishes the first crossword puzzle book.
(19)1925年 - 国際アマチュア無線連合がパリで結成。
(20)1927年 - 蒋介石を中心として南京国民政府(蒋介石政権)が樹立され、中国共産党が排除される。(国共分裂)
1930BBC reported there was no news, then played out with piano music.
(21)1931年 - 直良信夫明石市化石人骨(明石原人)を発見。
1936 – The first Champions Day is celebrated in Detroit, Michigan.
(22)1942年 - 第二次世界大戦日本本土空襲: 東京名古屋四日市神戸B-25爆撃機16機が初来襲。(ドーリットル空襲

(23)1942年 - ピエール・ラヴァルヴィシー政権の首相に就任。
(24)1943年 - 第二次世界大戦: 山本五十六海軍大将がアメリカ軍機により撃墜され戦死(海軍甲事件)。
1945 – Over 1,000 bombers attack the small island of Heligoland, Germany.
(25)1946年 - 国際司法裁判所が開所。
(26)1947年 - イギリス軍の爆撃訓練場となっていたドイツヘルゴラント島で、6800トンの爆弾を使用して旧ドイツ軍の防御設備を爆破。
(27)1949年 - アイルランドイギリス連邦を離脱。
(28)1949年 - アメリカ海軍が空母「ユナイテッド・ステーツ」を起工。「提督たちの反乱」事件により5日後の4月23日に建造中止。
(29)1951年 - 西欧6か国が欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC) を設立するパリ条約に調印。
(30)1954年 - ガマール・アブドゥン=ナーセルエジプトの実権を掌握。
(31)1955年 - 第1回アジア・アフリカ会議(バンドン会議)開催。
(32)1956年 - モナコ大公レーニエ3世がアメリカの映画俳優グレース・ケリーと結婚。
1958 – A United States federal court rules that poet Ezra Pound be released from an insane asylum.
1961 – The Vienna Convention on Diplomatic Relations, a cornerstone of modern international relations, is adopted.
・1961 –
CONCP is founded in Casablanca as a united front of African movements opposing Portuguese colonial rule.
(33)1972年 - 電子楽器メーカーローランド設立。
1974 – The Prime Minister of Pakistan Zulfikar Ali Bhutto inaugurates Lahore's dry port.
(34)1980年 - ジンバブエがイギリスより独立。
1981 – The longest professional baseball game is begun in Pawtucket, Rhode Island. The game is suspended at 4:00 the next morning and finally completed on June 23.
(35)1983年 - アメリカ大使館爆破事件
(36)1987年 - 大阪市営地下鉄御堂筋線我孫子駅 - 中百舌鳥駅間が開業し、全通。
1988 – The United States launches Operation Praying Mantis against Iranian naval forces in the largest naval battle since World War II.
(37)1991年 - 日本の海部俊樹首相とソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領が日ソ共同声明に署名。北方領土四島を領土画定協議の対象とすることで合意。
1992 – General Abdul Rashid Dostum revolts against President Mohammad Najibullah of the Democratic Republic of Afghanistan and allies with Ahmad Shah Massoud to capture Kabul.
(38)1993年 - 岩手県花巻空港において日本エアシステム451便着陸失敗事故発生。機体は大破炎上。重軽傷者58名。
1996 – In Lebanon, at least 106 civilians are killed when the Israel Defense Forces shell the United Nations compound at Quana where more than 800 civilians had taken refuge.
(39)2002年 - 新東京国際空港(現成田国際空港)において暫定平行滑走路の供用開始。
2007 – The Supreme Court of the United States upholds the Partial-Birth Abortion Ban Act in a 5–4 decision.
・2007 – A
series of bombings, two of them being suicides, occur in Baghdad, killing 198 and injuring 251.
(40)2010年 - 阪神タイガースの金本知憲が更新していた連続試合全イニング出場が、1,492試合で止まる。
(41)2010年 - 山形新幹線で1992年の開業から使用されていた新幹線400系電車が運用から外れる。
2013 – A suicide bombing in a Baghdad cafe kills 27 people and injures another 65.
2014 – Sixteen people are killed in an avalanche on Mount Everest.
518KB)

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6253編目です。 
2016年4月18日(月)掲載分
昨日4月17日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月18日のできごと」でヨシダが特記したいことは、「(17)1906年 - アメリカ西海岸地区を中心とした大規模なサンフランシスコ地震が 発生」です。熊本大地震直後であることもですが、なによりも強く想起することがあります。1993年の「米国取材一ヶ月間旅行」の最終過程で行った当時ロ スに住んでいた従妹夫婦の案内で、南はサンティアゴから北はサンフランシスコの南北をドライブ旅行した時の体験です★「きょうのできごと」の当該写真 (25枚)を選択する中で、かのケーブルカーの通る大通りに人たちが出て、下方の災害模様を観ている光景が極めて当時の印象を想起さすのです★ち なみに、当時案内してくれた従姉妹の旦那・ヘンリーは当時のNASA勤務。彼にヨシダが問いました。「この坂道のケーブルカーの地下ワイヤーかそのグリッ プ装置に異常が生じたらどうなるんだろう?・・・」と。彼の弁は「過去においてその事故があって暴走したんだ・・・」と★好奇心旺盛のヨシダがグーグルし てみるに、ワイヤーのグリップ装置が故障すると動かなくなり、その場合は運賃の払い戻し云々とか。映画では下り坂を暴走するシーンがあったとか・・・です ★それにしてもユーモアある姿は、ドライバーが停車する時に長いレバーをヨイショ!といった風情で引く姿★・・・あの美しいサンフランシスコが一世紀以上 も前の目をおうような大地震災害・・・。おりしも、パングラディッシュで7.8Mの大地震。ホントに地球は生きものです。(8:20)
  熊本大地震で大混乱の折にこんなことをブログするのは不見識とは心得ますが、ヨシダにとってのたった一度の熊本体験の一端をブロに留めます。ちょっと長い ブログですが、自身の記録と想い出エピソードとしてブログします★わが人生第二毛作時代のこと。当時の主力貨物はセメント(袋入り・バラセメント)の輸送 で、麻生セメントはその一社。バラセメント輸送専用の新型トラック導入を巡って実行したのが、当時のトラック・ディーラー会社専務(後年の社長)を伴っ て、その新型タンク車(通称:ジェットパック)が稼動している唯一の企業(麻生セメント九州工場)に一緒にドライブした時の話▼当時のヨシダの愛車は三菱 デボネアでした。同専務が運転しましょうか、というのを横目にヨシダがハンドルを握っての長距離ドライブ★九州工場のその新型タンク車に一目ぼれしたヨシ ダは九州長距離ドライブに転じました。当時の「やまなみハイウエー」を絶景かなゼッケイかなって雰囲気でドライブ。なんとその往く先は予定外の「熊本観 光!」になったのです!★そこからの話が本ブログの中心。熊本城への道筋を通り掛けの2人の娘さんに車窓から声をかけました。同じ方向だから、ご一緒して イイですよ・・・に2人のスケッベ根性の男性は待ってましたとばかり★それからの話がケッサク。記憶は定かでありませんが、城内の屋敷みたいな雰囲気の場 所での食事中の会話。ヨシダが彼女たちに与えて印象がケッサクでした。「・・・学校の校長先生?・・・」と。嬉しいようなガッカリしたような複雑な心境の 若きヨシダを想起します★当時のヨシダの観光姿勢はイイ加減なもの。でも、流石に熊本城の威厳は印象的でした。その熊本城も今回の災害による回復作業は 10年に及ぶとか・・・。(8:55)
 熊本日日新聞「18日の朝刊紙面を公開」を下記に添付します:
1.
(一面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_001.pdf
2.(第3社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_021.pdf
3.(第2社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_022.pdf
4.(第1社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_023.pdf
 以上の紙面はそれぞれドキッとする感じです。ことほど左様に凄まじい災害実態です。心底、お見舞い申し上げます・・・。(9:25)
 幸か不幸か、熊本大震災以降の各紙記事で本欄に掲載したいと願望するものに今までヒットせず、地元・熊本日日新聞さん関連の記事やリンクの紹介で現在に至ります。本日掲載記事は三回連続の熊本日日新聞「新生面」さんです。「No.6250:本紙朝刊「読者ひろば」面には連日、全国から被災者に寄せた応援メッセージが…熊本日日新聞「新生面」2016.4.18.)」がそれですが、添付した同紙記事はことのほか生々しさを体感します。ぜひとも、クリックして現地の様子を肌で感じてください。(10:15)
  ヨシダのモノを観る眼は満 更でもないぞ~と、ニンマリする記事です。エッ?なんのこと!? という声がありそうです。ハイ、米共和党の大統領選を巡る動きです。案外とヨシダの直感は当たるもの!? ですが、無責任な放言(ブログ)を充分承知の上のヨシダの本コラムを通しての自己満足(?)に過ぎませんのであしからず・・・。その記事は、「No.6251:窮地の米共和党、忍び寄る分裂の危機 日本経済新聞2016.4.18.ワシントン支局長 小竹洋之)」です。(11:30)
 「No.6252:「体力も気力も限界」 避難者あふれ廊下まで日本経済新聞2016.4.18.)」を編集しながら障害者の苦痛をわが身に置き換えて想像しつつお見舞いします。(13:15)

 「No.6253:格安フィリピン留学、3つの「不都合な真実」 安いのにはそれなりの理由がある東洋経済2016.4.18.藤岡 頼光 :QQイングリッシュ代表取締役)」を編集した後で気付くことに、本記事筆者のプロフィール写真等の本文への掲載を失念していました。後刻に挿入します。(15:55)

No.6253
格安フィリピン留学、3つの「不都合な真実」 安いのにはそれなりの理由がある
東洋経済2016.4.18.藤岡 頼光 :QQイングリッシュ代表取締役
ヨシダブログ:フィ リピンに英語留学を希望される方々への格好の記事です。ヨシダが抱くフィリピン人の英語力とその歴史を同胞の皆さんにお伝えすることになんらかのご参考に なれば幸いです。ヨシダの口癖は「4百年近いスペイン植民地被支配下にあって、フィリピン人たちの多くがチャッカリとカトリック教を取り入れてきたこと。 80パー セントは熱心な同信者、というより、その伝統を重んじて現在に至ること。第二次大戦のアメリカ植民地のもとでは、これまたチャッカリと英語を第二国語に育 て上 げた、という2点です▼皮肉なブログで恐縮ですが、対する母国ニッポン人はどうだろう・・・と想いを寄せてみましょう。仏教国の日本人はキリスト教はクリ ス マスや結婚式に利用して、宗教としての取り組みは熱心ではありません。肝心の英語ですが、第二次大戦敗戦で米占領軍を迎え、英会話への関心は全盛期を一時 期 迎えました。ところが、その情熱は何処かへ。現在は「ニッポン人は英語下手」が通用しています▼ま、その分、日本人固有の大和魂のおかげがどうか、「異質 の日本人」といった変な評価すら見受けられることが否定できません。島国根性が垣間見られます。同じ島国でもフィリピンのほうが余程か明るく、西欧的国民 性といったところです▼「世界観」に関する限り、ニッポン人はフィリッピン人に劣ることはあっても秀でる面は見当たりません。と、これは来比7年余のヨシ ダのクールな分析でして、あまり的は外れていないと自負します▼「中見出し等」は、■留学してみたら韓国人だらけだった(1.世界第三位の英語公用語国→英語のネイティブではない、2.優秀なフィリピン人講師→実は外国人に英語を教えた経験がない)、■ マンツーマン用の教材がなかった(3.マンツーマンで学べる→勉強とは言えない単なる話相手、1.英語のネイティブではない→初心者に英語を教えるのがう まい)、■日本の中学生がみたフィリピン講師の強み(2.外国人に英語   を教えた経験がない→正社員で雇って外国人向けの講師を育てる)・・・と続きます▼長文の記事デスが、末尾の言葉が全てを物語ります。曰く、「11年前には、日本人に見向きもされなかったフィリピン留学がここまで根付いてきた背景には、地道な教科書開発や教師の指導がありますが、それ以上にフィリピン人がもともと持ち合わせていた英語の学習能力の高さや勤勉さがあったことは間違いありません」がそれです。 写真10枚添付ファイル
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     「日本人のフィリピン英語留学」の画像検索結果   「日本人のフィリピン英語留学」の画像検索結果       「日本人のフィリピン英語留学」の画像検索結果
No.6252
「体力も気力も限界」 避難者あふれ廊下まで
日本経済新聞2016.4.18.

ヨシダブログ:障 害者のヨシダにとって、本記事にある、お年寄りや障害者の被災者の皆さんにはことのほかわが身と置き換えてご心痛を理解します。日々刻々を神さまへの感謝 の心を自覚しつつ過ごすヨシダにとって、こんな災害を前にての覚悟は正直言って、全てを神さまのご意志に委ねる、のひと言に尽きるというのが心境です。そ のためにも、「自利から他利」の心と生き方を強くするヨシダです。写真8枚添付ファイル
     「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果 「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果   「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果  「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果
        「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果     「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果        「熊本県益城町の避難所」の画像検索結果         関連画像
No.6251
窮地の米共和党、忍び寄る分裂の危機  
日本経済新聞2016.4.18.ワシントン支局長 小竹洋之

ヨシダブログ:ヨ シダの柄にもない直感として本コラムでストレートなブログをしたことに、「万一にでもトランプ大統領になったら、アメリカもジ・エンドだ!」でした。アメ リカン・デモクラシーもジ・エンドだ、とも。その時にブログはしなかったものの、心の片隅に否定できなかったことは、「大統領弾劾の動きor共和党再編 成・・・」といった物騒なヨシダの胸の内でした。・・・と、これらはCNNテレビでトランプ候補の実像を観ての単純かつ、無責任な「ヨシダ感想」に過ぎま せんが、正直、日々、その想いを強くしています▼共和党内部からの批判姿勢台頭は当然の結果とみます。添付した共和党ロゴマークを逆さまにしたものを引用 しましたが、そのことを象徴する格好のものとして利用しました(笑)。もうひとつの漫画は「GOP DE・EVOLUTION(共和党の権限委譲それとも進化」と題するもの。逆さまロゴマークと合わせてヨシダのセンスで共和党の現状を風刺したものとして 選択しました(笑)▼「中見出し」は、■不動産王が揺らす「リンカーンの党」、■「政界再編のはじまりか」・・・と続きます。写真14枚添付ファイル
         「Hodgenville」の画像検索結果「Hodgenville」の画像検索結果「Hodgenville」の画像検索結果 「Hodgenville, abraham lincoln」の画像検索結果      「abraham lincoln」の画像検索結果「Hodgenville, abraham lincoln」の画像検索結果   
     「abraham lincoln party, republicant」の画像検索結果「abraham lincoln party, republicant」の画像検索結果「abraham lincoln party」の画像検索結果「columbia university assistant professor, justin phillips」の画像検索結果関連画像「first republican logo」の画像検索結果「us republican party reorganization?」の画像検索結果「abraham lincoln party」の画像検索結果
      「共和党分裂!?」の画像検索結果  「競り合う共和党のトランプ氏とクルーズ氏」の画像検索結果「共和党分裂!?」の画像検索結果「小竹洋之著書」の画像検索結果
No.6250

本紙朝刊「読者ひろば」面には連日、全国から被災者に寄せた応援メッセージが…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.18.

ヨシダブログ:熊本大震災を受けて本コラムで取り上げた「熊本日日新聞「新生面」さん」の記事は本日で4回目トップサイトの「編集者ひとりごとブログ」でも掲載していますが、本欄下記に再現してその実情をお伝えします:
1.(一面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_001.pdf
2.(第3社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_021.pdf
3.(第2社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_022.pdf
4.(第1社会面)http://kumanichi.com/pdf/20160418_023.pdf
▼本記事末尾の言葉に胸が詰まります。曰く、「
・・・つらい時は、つらいと声に出して」「慌てんちゃよか。ぼちぼち歩んでいこい!」。私たちは一人じゃない。」に被災者当事者みなさんの心情を体感します▼ふと、ヨシダの胸を横切ること。それは現在のヨシダが身を置く生活環境。同居するフィリピン人たちをすでに完全に貧困から脱却せしめ、ヨシダが天国に召される頃には彼ら自身の土地建物取得を実現さすことです。「自利から他利」の生き方選択肢を自負するそれは、神さまがヨシダに与え給う人生総仕上げの図式と心得え、日々刻々を感謝、かんしゃ、カンシャ!の心で過ごしています。フィリピンの地から、被災者の皆様へ神のご加護をひたすら祈ります。写真5枚添付ファイル
            関連画像「避難所の熊本被災者」の画像検索結果  「避難所の熊本被災者」の画像検索結果   「避難所の熊本被災者」の画像検索結果「避難所の熊本被災者」の画像検索結果

  昨日17日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日18日の第一記事掲載(10:05)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」

  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(961.7KB)

                      2016年4月18日(月)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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