吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月17日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
 ★英語版記事でもオバマ大統領の被爆市訪問是認論が窺えます。「
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)」、「Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima」(ワシントン・ポスト誌)がそれです!(2016.4.16.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月17日の「できごと」 
                               April 17 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
     3  「1594年- 豊臣秀吉が吉野の花見を開催。」の画像検索結果    関連画像   「1594年- 豊臣秀吉が吉野の花見を開催。」の画像検索結果   「1594年- 豊臣秀吉が吉野の花見を開催。」の画像検索結果 「1594年- 豊臣秀吉が吉野の花見を開催。」の画像検索結果 4「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果 「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果
    「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果「1780, Battle of Martinique」の画像検索結果8「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印」の画像検索結果「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約協定書」の画像検索結果   「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印」の画像検索結果  「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印」の画像検索結果「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印」の画像検索結果       「1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印」の画像検索結果
  11「1924, three companies emerged forming MGM」の画像検索結果 「1924, three companies emerged forming MGM」の画像検索結果     「1924, three companies emerged forming MGM」の画像検索結果           「1924, three companies emerged forming MGM」の画像検索結果       19  「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果 「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果 
       関連画像   関連画像  「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果  「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果21「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果
 「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果         関連画像「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果「1952年 - 鳥取大火」の画像検索結果「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果         「1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件」の画像検索結果26「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果
  「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果   「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果 「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果関連画像    関連画像  関連画像「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果 「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果  「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果「1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。」の画像検索結果
     35「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果   関連画像 「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果 「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果  関連画像 「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果      「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果     「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果     「2007年 - 長崎市長射殺事件」の画像検索結果 
            (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)
667年天智天皇6年3月19日) - 天智天皇が近江宮遷都
(2)674年天武天皇3年/白鳳2年3月7日) - 対馬の国司が、日本で初めて産出されたを朝廷に献上。
1080 – The King of Denmark, Harald III dies and is succeeded by Canute IV, who would later be the first Dane to be canonized.
1349 – Fall of the Bavand dynasty, and rise of the Afrasiyab dynasty.
1397Geoffrey Chaucer tells The Canterbury Tales for the first time at the court of Richard II. Chaucer scholars have also identified this date (in 1387) as the start of the book's pilgrimage to Canterbury.
1492 – Spain and Christopher Columbus sign the Capitulations of Santa Fe for his voyage to Asia to acquire spices.
1521 – Trial of Martin Luther over his teachings begins during the assembly of the Diet of Worms. Initially intimidated, he asks for time to reflect before answering and is given a stay of one day.
1524Giovanni da Verrazzano reaches New York harbor.
1555 – After 18 months of siege, Siena surrenders to the Florentine-Imperial army. The Republic of Siena is incorporated into the Grand Duchy of Tuscany.
(3)1594年文禄3年2月27日) - 豊臣秀吉吉野花見を開催。
(4)1780年 - アメリカ独立戦争: マルティニーク島の海戦

・largest invasions of the Spanish territories in America.
・1797 – Citizens of
Verona, Italy, begin an eight-day rebellion against the French occupying forces, which will end unsuccessfully.
1797 – Sir Ralph Abercromby attacks San Juan, Puerto Rico, in what would be one of the
(5)1861年 - 南北戦争: バージニア州アメリカ合衆国を離脱。
1863American Civil War: Grierson's Raid begins – troops under Union Army Colonel Benjamin Grierson attack central Mississippi.
1864 – American Civil War: The Battle of Plymouth begins – Confederate forces attack Plymouth, North Carolina.
(6)1872年明治5年3月10日) - 文部省博物局(現在の東京国立博物館)が湯島聖堂の大成殿を「文部省博物館」として日本初の博覧会を開催。
(7)1888年 - 日本市制町村制公布。翌年4月1日に施行。
(8)1895年 - 日清戦争の講和条約である下関条約に調印。
1897 – The Aurora, Texas, UFO incident.
1905 – The Supreme Court of the United States decides Lochner v. New York, which holds that the "right to free contract" is implicit in the due process clause of the Fourteenth Amendment to the United States Constitution.
1907 – The Ellis Island immigration center processes 11,747 people, more than on any other day.
(9)1912年(ユリウス暦4月4日) - レナ虐殺事件シベリアレナ川付近でストライキを行っていた金鉱労働者をロシア帝国軍が射殺。
(10)1917年(ユリウス暦4月4日) - ロシア革命: 前日にロシアに帰国したばかりのウラジーミル・レーニンが「四月テーゼ」を発表。戦争を続ける臨時政府の全権をソビエトが握るべきと主張。
(11)1924年 - アメリカで3社の映画スタジオが合併してメトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM) を設立。
(12)1927年 - 枢密院金融恐慌対策の台湾銀行救済案を否決したことにより、若槻礼次郎内閣が総辞職。
1937Daffy Duck's first appearance, in Porky's Duck Hunt.
(13)1941年 - 第二次世界大戦ユーゴスラビア侵攻: ユーゴスラビアナチス・ドイツに降伏。
(14)1942年 - 第二次世界大戦: フランスアンリ・ジロー将軍がドレスデン郊外の捕虜収容所から脱走。
1944 – Forces of the Communist-controlled Greek People's Liberation Army attack the smaller National and Social Liberation resistance group, which surrenders. Its leader Dimitrios Psarros is murdered.
1945World War II: Brazilian forces liberate the town of Montese, Italy, from Nazi forces.
(15)1946年 - シリアフランスから独立。
(16)1946年 - 日本政府が憲法改正草案を公表。
(17)1947年 - 地方自治法公布。
(18)1947年 - 日本公共職業安定所発足。
1949 – At midnight 26 Irish counties officially leave the British Commonwealth. A 21-gun salute on O'Connell Bridge, Dublin, ushers in the Republic of Ireland.
1951 – The Peak District becomes the United Kingdom's first National Park.
(19)1952年 - 鳥取市にて大火(鳥取大火)。5,228戸が焼失、中心街が全滅。
(20)1956年 - コミンフォルムが解散。
(21)1961年 - キューバ革命: ピッグス湾事件キューバのコチーノス湾に亡命キューバ人部隊が上陸。
(22)1964年 - ニューヨーク万国博覧会フォード・モーターのブースで新車種フォード・マスタングが初公開。
(23)1964年 - シェイ・スタジアムが開場。
1964Jerrie Mock becomes the first woman to circumnavigate the world by air.
(24)1968年 - 美濃部亮吉東京都知事朝鮮大学校各種学校として認可。
(25)1969年 - プラハの春: アレクサンデル・ドゥプチェクチェコスロバキア共産党第一書記を辞任。
1969Sirhan Sirhan is convicted of assassinating Robert F. Kennedy.
(26)1970年 - 「アポロ13号」が地球に帰還。
(27)1971年 - シエラレオネが共和制に移行。
(28)1975年 - カンボジア内戦: カンプチア民族統一戦線がプノンペンを制圧。ロン・ノル率いるクメール共和国が崩壊し、ポル・ポト率いるクメール・ルージュが実権を掌握。
1978Mir Akbar Khyber is assassinated, provoking a communist coup d'état in Afghanistan.
(29)1980年 - 中華人民共和国国際通貨基金 (IMF) に加盟。
(30)1982年 - カナダ1982年憲法が公布。建国115年目で初めて自主憲法を制定。
1984 – Police Constable Yvonne Fletcher is killed by gunfire from the Libyan People's Bureau (Embassy) in London during a small demonstration outside the embassy. Ten others are wounded. The events lead to an 11-day siege of the building.
(31)1985年 - 阪神甲子園球場で行われたプロ野球阪神タイガース - 読売ジャイアンツ戦において、ランディ・バース掛布雅之岡田彰布バックスクリーン3連発を放つ。
(32)1986年 - オランダシリー諸島の間の三百三十五年戦争の終結が宣言。
・1986 – Nezar Hindawi's attempt to detonate a bomb aboard an El Al flight from London to Tel Aviv is thwarted.
(33)1987年 - アメリカが日米半導体協定違反の理由で日本に対するパソコンなど3品目の100%関税実施を発表。
(34)1990年 - 永山則夫連続射殺事件最高裁判所永山則夫の上告を棄却し、死刑が確定。
2006 – A Palestinian suicide bomber detonates an explosive device in Tel Aviv, killing 11 people and injuring 70.
(35)2007年 - 長崎市長射殺事件長崎駅前で、長崎市市長伊藤一長山口組系暴力団員に銃撃される。翌18日未明に胸部大動脈損傷等による大量出血により死亡。
(36)2009年 - シアトルマリナーズイチローアナハイムエンゼルス戦において、日米通算3,086安打を達成。張本勲の持つ日本プロ野球最多記録を更新。
2013An explosion at a fertilizer plant in the city of West, Texas, kills 15 people and injures 160 others.
2014NASA's Kepler confirms the discovery of the first Earth-size planet in the habitable zone of another star.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6249編目です。 
2016年4月17日(日)掲載分
昨日4月16日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月17日のできごと」でヨシダが特記したいことは、「(19)1952年 - 鳥取市にて大火(鳥取大火)。 5,228戸が焼失、中心街が全滅」です。ヒバクシャの眼でみる光景ですが、広島市の原爆投下で焼け野が原になった様子を連想すると同時に、戦時中に各都 市がB29による「焼夷弾空爆」で焼け野が原になった様を「きょうのできごと」で知りつつ編集してきているからです。日本の都市住宅は木造づくり。焼夷弾 でも失火でも、この有様だとつくづく感じます。
★ 昨日に引き続いて、本欄を熊本大地震関連情報を下記に列記します:
1.「M7.3 熊本地震「本震」」(熊本日日新聞16日夕刊)
2.「熊本地震 防災拠点、耐震遅れ 役所や病院使えず」(毎日新聞17日)
3.「熊本地震 緊急地震速報、データ処理で誤り」(毎日新聞16日夕)
4.「【号外】佐賀県南部で震度5強」(佐賀新聞16日夕刊)


No.6249
1923(大正12)年9月1日は風の強い日だったようだ。空が急に曇り、細かい雨も…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.17.
ヨシダブログ:今回の熊本地震以来、本コラム欄では一般的な話題の記事にはまったく手付かずの状態。本紙「」新生面」のみが三度目の登場です。その分、編集者の熊本への想いが強いことにほかありません。「今回の熊本地震以来、本コラム欄では一般的な話題の記事にはまったく手付かずの状態。本紙「」新生面」のみが三度目の登場です。その分、編集者の熊本への想いが強いことにほかありません。「No.6247:自宅にいるのが怖かったのだろう。急きょ、会社に向かう道端で、家族ら多くの人が…熊本日日新聞「新生面」2016.4.15.)」、「No.6248:無残に倒壊した家屋、避難所となった役場の駐車場で毛布にくるまる住民…熊本日日新聞「新生面」2016.4.16.)」に本記事が続きます▼ 先ほどディナーを摂りながら食しながらCNNを観るに、エクアドルで7.3Mの地震があったと。毎日毎刻地球の何処かで地震・・・というのが生きもの地球 の営みって感じです▼安倍首相の被災地・熊本入りは中止になったとか。已む無き措置と受けとめざるを得ないと感じます。さきほど、目にしたドローンで南阿蘇村の土砂崩れ撮影 国土地理院」を観て感ずるに、安倍総理が熊本入りしても、このドローンカメラほどの現状視察は無理でしょう。被災者への見舞いといった演出は無用と心得て、他の重要諸問題への取り組みこそが首相の役割と受け止めざるを得ないとみます▼写真12枚添付ファイル
     「永井荷風と「関東大震災」」の画像検索結果「永井荷風と「関東大震災」」の画像検索結果 「「関東大震災」」の画像検索結果  「「関東大震災」」の画像検索結果「「関東大震災」」の画像検索結果
      「安倍総理と熊本大地震」の画像検索結果         「安倍総理と熊本大地震」の画像検索結果  「安倍総理と熊本大地震」の画像検索結果
    「エクアドル 地震」の画像検索結果「エクアドル 地震」の画像検索結果「エクアドル 地震」の画像検索結果 「エクアドル 地震」の画像検索結果 
  昨日16日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日17日の第一記事掲載(15:55)をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(825KB)

                      2016年4月17日(日)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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