吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月16日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  
           

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
                
     
             ウィキペディアから拾った4月16日の「できごと」 
                               April 16 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
       (お詫び:編集許容容量をオーバーすることから、上段2列の写真は削除しています。)
      4「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「1521年 - ローマ・カトリック教会の贖宥状」の画像検索結果「カール5世臨席の帝国会議」の画像検索結果  「1521, roman catholic emperor diet」の画像検索結果    「1521, roman catholic emperor diet」の画像検索結果  
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  「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果 「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果「1780, Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果関連画像      「2015 Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果   「2015 Westfälische Wilhelms-Universität」の画像検索結果    8「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果「richard parker sailor」の画像検索結果「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果「Spithead and Nore mutinies」の画像検索結果
 「richard parker sailor」の画像検索結果10  「1853, the first railway between mumbai and thane in india」の画像検索結果  「1853, the first railway between mumbai and thane in india」の画像検索結果                 「1853, the first railway between mumbai and thane in india」の画像検索結果        関連画像「1853, the first railway between munbai and tanei in indea」の画像検索結果        「1853, map of railway in india」の画像検索結果「1853, the first railway between munbai and tanei in indea」の画像検索結果
14関連画像「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果関連画像「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果   関連画像「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果「sappolo farm college, 1877」の画像検索結果「clarks "Boys be ambitious", 1877」の画像検索結果  「Boys be ambitious」の画像検索結果  「Boys be ambitious」の画像検索結果
17「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果「1912, Harriet Quimby crossed the dovoure」の画像検索結果 「1912 ドーバー海峡」の画像検索結果 「1912 ドーバー海峡」の画像検索結果21   「1925, st. nedelya church attacked」の画像検索結果     「1925, st. nedelya church attacked」の画像検索結果    「1925, st. nedelia church attacked」の画像検索結果    「1925, st. nedelia church attacked」の画像検索結果
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「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果   「ビルケナウ強制収容所」の画像検索結果     「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果    「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果     「1947, Rudolf Franz Ferdinand Höß persecuted」の画像検索結果   関連画像29「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果
     「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果「1947, Texas City Disaster」の画像検索結果30「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果「1947, bernard baruch used the word "cold war"」の画像検索結果 「1947, "cold war"」の画像検索結果
38「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果「1971年 - 昭和天皇・皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。」の画像検索結果49    「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果   「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果      「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果    「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果    
                                      「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果     「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果「2007、Virginia Tech massacre」の画像検索結果
              (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
1457 BC – Likely date of the Battle of Megiddo between Thutmose III and a large Canaanite coalition under the King of Kadesh, the first battle to have been recorded in what is accepted as relatively reliable detail.
(1)紀元前1178年 - オデュッセウストロイア戦争を終えて自国に帰還。
(2)73年 - マサダ要塞に籠城したユダヤ人が集団自決し、ユダヤ戦争が終結。
1346Dušan the Mighty is proclaimed Emperor, with the Serbian Empire occupying much of the Balkans.
(3)1346年 - セルビア王国国王ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンが皇帝に即位し、セルビア帝国が成立。
1520 – The Revolt of the Comuneros begins in Spain against the rule of Charles V.
(4)1521年 - マルティン・ルターカール5世臨席の帝国会議に出席。ローマ・カトリック教会贖宥状を批判。
1582 – Spanish conquistador Hernando de Lerma founds the settlement of Salta, Argentina.
(5)1746年 - ジャコバイト蜂起: カロデンの戦いスコットランドでジャコバイトが最後の組織的抵抗をするが、ブリテン軍に完敗。カンバーランド公が多数のジャコバイトを虐殺。
(6)1763年 - ジョージ・グレンヴィルがイギリスの第8代首相に就任。
(7)1780年 - ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学設立。
(8)1797年 - スピットヘッドの反乱起こる。
(9)1799年 - フランス革命戦争エジプト・シリア戦役: タボル山の戦い
1780 – The University of Münster in Münster, North Rhine-Westphalia, Germany is founded.
1799Napoleonic Wars: The Battle of Mount Tabor: Napoleon drives Ottoman Turks across the River Jordan near Acre.
1818 – The United States Senate ratifies the Rush–Bagot Treaty, establishing the border with Canada.
1847 – The accidental shooting of a Māori by an English sailor results in the opening of the Wanganui Campaign of the New Zealand land wars.
(10)1853年 - インドムンバイと郊外のターネーの間の33.6kmを結ぶ、アジア初の鉄道が開業。
(11)1856年安政3年3月12日) - 江戸幕府が江戸駒場で初めて洋式の兵士訓練を行う。
1858 – The Wernerian Natural History Society, a former Scottish learned society, is wound up.
1862American Civil War: Battle at Lee's Mills in Virginia.
・1862 – American Civil War: The
District of Columbia Compensated Emancipation Act, a bill ending slavery in the District of Columbia, becomes law.
1863 – American Civil War: Siege of Vicksburg: Ships led by Union Admiral David Dixon Porter move through heavy Confederate artillery fire on approach to Vicksburg, Mississippi.
(12)1871年 - ドイツ帝国憲法(ビスマルク憲法)公布。
(13)1872年明治5年3月9日) - 薩摩・長州・土佐の兵1万人による天皇護衛の御親兵を近衛兵と改称。
(14)1877年 - 札幌農学校教頭のウィリアム・スミス・クラークが、「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」の言葉を残して帰国の途につく。
1881 – In Dodge City, Kansas, Bat Masterson fights his last gun battle.
(15)1882年 - 大隈重信らが立憲改進党を結成。
(16)1889年 - 官設鉄道・静岡 - 浜松(現在の東海道本線)が開業。新橋から長浜までが鉄道で結ばれる。
1894Manchester City F.C. was formed from Ardwick A.F.C..
1908Natural Bridges National Monument is established in Utah.
1910 – The oldest existing indoor ice hockey arena still used for the sport in the 21st century, Boston Arena, opens for the first time.
(17)1912年 - ハリエット・キンビー英語版が女性で初めてドーバー海峡を飛行機で横断。
(18)1914年 - 日本で大隈重信が第17代内閣総理大臣に就任し、第2次大隈内閣が発足。
(19)1917年 - レーニンが亡命先のスイスからペトログラードに帰還。
1919Mohandas Gandhi organizes a day of "prayer and fasting" in response to the killing of Indian protesters in the Jallianwala Bagh massacre by the British colonial troops three days earlier.
・1919 –
Polish–Soviet War: The Polish army launches the Vilna offensive to capture Vilnius in modern Lithuania.
(20)1922年 - ドイツソビエト政府間にラパッロ条約が結ばれ、両国が修交する。
(21)1925年 - 聖ネデリャ教会襲撃事件
(22)1927年 - (旧)西武鉄道・東村山 - 高田馬場(現在の西武新宿線)が営業開始。
(23)1929年 - 四・一六事件日本共産党が大弾圧により事実上壊滅。
(24)1934年 - ソ連邦英雄称号が制定。
1940Bob Feller of the Cleveland Indians throws the only Opening Day no-hitter in the history of Major League Baseball, beating the Chicago White Sox 1–0.
1941World War II: The Italian convoy Duisburg, directed to Tunisia, is attacked and destroyed by British ships.
・1941 – World War II: The
Ustaše, a Croatian ultranationalist organization is put in charge of the Independent State of Croatia by the Axis powers after Operation 25 is effected.
1943Albert Hofmann accidentally discovers the hallucinogenic effects of the research drug LSD. He intentionally takes the drug three days later on April 19.
1944 – World War II: Allied forces start bombing Belgrade, killing about 1,100 people. This bombing fell on the Orthodox Christian Easter.
・1945 – The
United States Army liberates Nazi Sonderlager (high security) prisoner-of-war camp Oflag IV-C (better known as Colditz).
・1945 – More than 7,000 die when the German refugee ship
Goya is sunk by a Soviet submarine.
(25)1945年 - 第二次世界大戦ベルリンの戦い: ソ連軍がベルリンの総攻撃を開始。
(26)1946年 - フランスシリアの独立を承認。
(27)1947年 - アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所初代所長ルドルフ・ヘスがアウシュビッツにて絞首刑。
(28)1947年 - 日本で裁判所法検察庁法公布。
(29)1947年 - テキサスシティ大災害
(30)1947年 - バーナード・バルークが初めて「冷戦 (Cold War)」という言葉を使う。
(31)1948年 - 西ヨーロッパ16か国が欧州経済協力条約に調印し、欧州経済協力機構(OEEC)を結成(OECDの前身)。
(32)1951年 - GHQ総司令官などを解任されたダグラス・マッカーサーが離日。
1953 – Queen Elizabeth II launches the Royal Yacht HMY Britannia.
(33)1955年 - 佐世保市の佐世保炭鉱で大規模なボタ山崩落事故、68人が犠牲に。
(34)1956年 - 日本道路公団設立。
1961 – In a nationally broadcast speech, Cuban leader Fidel Castro declares that he is a Marxist–Leninist and that Cuba is going to adopt Communism.
1962Walter Cronkite takes over as the lead news anchor of the CBS Evening News, during which time he would become "the most trusted man in America".
1963 – Dr. Martin Luther King Jr. pens his Letter from Birmingham Jail while incarcerated in Birmingham, Alabama for protesting against segregation.
(35)1967年 - 東京都知事に、日本社会党日本共産党推薦の新人の美濃部亮吉が初当選。
(36)1969年 - 大阪市営地下鉄5号線(千日前線)野田阪神駅 - 桜川駅間が開業。
(37)1970年 - ウィーンで米ソによる第一次戦略兵器制限交渉(SALT I)の本会議が開始。
(38)1971年 - 昭和天皇皇后が広島の原爆死没者慰霊碑に初めて参拝。
(39)1971年 - 群馬テレビ(GTV)開局。
(40)1972年 - アメリカで5機目の有人月宇宙船「アポロ16号」が打上げ。
(41)1972年 - ノーベル賞作家の川端康成が逗子でガス中毒で死去。
(42)1978年 - 多摩湖畔で第1回女子タートルマラソン全国大会開催。日本初の女子フルマラソン大会。
(43)1988年 - 映画『となりのトトロ』(宮崎駿監督)が劇場公開。
(44)1990年 - ジャック・ケヴォーキアンが自身が開発した自殺装置によって初めて自殺幇助を行う。
(45)1991年 - ソ連ゴルバチョフ大統領が初来日。
(46)1991年 - ポーランド株式市場が再開。「ワルシャワの赤いサスペンダーの日」とCNNが報道する。
1992 – The Katina P runs aground off of Maputo, Mozambique and 60,000 tons of crude oil spill into the ocean.
1995George W. Bush names April 16 as Selena Day in Texas, after she was killed two weeks earlier.
2001 – India and Bangladesh begin a five-day border conflict, but are unable to resolve the disputes about their border.
2003 – The Treaty of Accession is signed in Athens admitting ten new member states to the European Union.
(47)2003年 - 産業再生機構設立。
(48)2006年 - モナコの大公アルベール2世がイギリス人やロシア人ら7名とともに国家元首初の北極点到達を果たす。
(49)2007年 - バージニア工科大学銃乱射事件
2012 – The trial for Anders Behring Breivik, the perpetrator of the 2011 Norway attacks, begins in Oslo, Norway.
・2012 – The
Pulitzer Prize winners were announced, it was the first time since 1977 that no book won the Fiction Prize.
2013 – A 7.8-magnitude earthquake strikes Sistan and Baluchestan Province, Iran, killing at least 35 people and injuring 117 others.
(50)2013年 - 最高裁判所水俣病患者認定緩和判決で遺族側が勝訴。
(51)2014年 - 韓国珍島付近でセウォル号沈没事故が発生。

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6248編目です。 
2016年4月16日(土)掲載分
昨日4月15日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月16日のできごと」でヨシダが特記したいものは少なくない中ですが、「(30)1947年 - バーナード・バルークが初めて「冷戦 (Cold War)」という言葉を使う」に興味を抱きます。ほかでもありません、同コラムを編集過程でその部分を見落としていたことに今朝ほど気付き、大急ぎで修正 加筆したからです。現時点では運よく同写真連で編集容量不足のために一部削除を余儀なくしている最終部位に位置することから、今朝一番の表示には間に合い ました★「Cold War」(冷たい戦争)に対する「Iron Curtain(鉄のカーテン)」という世界語がありますが、ご存知のように英国当時首相・チャーチルがその語源元祖です。前者の発案者の人物は知りませ んでした。ハイ、学びの機会を得た喜びです。(10:10)
 平和でのどかな此処 フィリピンの、このヨシダの部屋ですが、ヨシダの深い想いは熊本の皆さんのご苦難のことで一杯です。奇跡的に救出された、生まれて間もない赤ちゃんの記事 写真は感動的でした!思わずヨシダは口にしました!「・・・ああ~!よかった、ヨカッタ!!!」でした。涙の感動を覚えました!この(あの)児の人生に祝 福あれ!と祈ります。熊本の被災者の皆さんにお見舞いの祈りを捧げます。(10:20)

 ・・・と、傍らのXPに受信気配。逐一、以下に列記します:
M7.3被害深刻 生き埋め多数、阿蘇大橋崩落」(熊本日日新聞)、
熊本地震で文化財も大きな被害 阿蘇神社「楼門」倒壊」(熊本日日新聞)、

熊本地震、震度6強相次ぐ 死者計28人、9百人重軽傷」(熊本日日新聞)
M7.3 熊本地震「本震」 新たに死者10人」(熊本日日新聞)
熊本日日新聞記事公開:「http://kumanichi.com/pdf/20160416_1.pdf」、
                 「
http://kumanichi.com/pdf/20160416_2.pdf」、
                 「
http://kumanichi.com/pdf/20160416_3.pdf」、
熊本で震度6強、M7.3の「本震」 死者計16人に」(日本経済新聞)、

熊本地震、死者計25人に」(日本経済新聞)
熊本で再び大地震M7.3(4月16日)」(朝日新聞)、
熊本地震、死者計20人に 未明にM7.3の本震」(日本経済新聞)、
熊本、阿蘇、大分・・・3つの別々の地震が同時発生」(毎日新聞)、

阿蘇神社の楼門全壊」(毎日新聞)
・・・と続く悲報の数々・・・。絶句です・・・。(本欄は引き続き取材編集を継続します<ヨシダ>)
(11:20)

 本日の本欄掲載記事「No.6248:無残に倒壊した家屋、避難所となった役場の駐車場で毛布にくるまる住民…熊本日日新聞「新生面」2016.4.16.)」は、昨日の「No.6247:自宅にいるのが怖かったのだろう。急きょ、会社に向かう道端で、家族ら多くの人が…熊本日日新聞「新生面」2016.4.15.)」に続いて、限定とします。(12:45)
・・・ふと、ある縁で知り得た英文記事。題して、
"Hiroshima survivors look to Obama visit disarmament, not apology" (Reuters)というのにヒットしました。「広島の被爆生存者はオバマ大統領の訪問を陳謝でなく、(核)非武装への道として期待」としていることか ら、どうやら、本家アメリカのマスメディアを含めた米大統領の被爆市訪問への道が開かれつつある感じで結構なことです。左翼系の当該団体の無用な抵抗は禁 物と心得ます。(15:10)
 欲張って、今度はワシントン・ポスト紙を検索してヒットした記事”Non-proliferation crusader Obama ponders a visit to nuclear ground zero: Hiroshima” があります。 大歓迎の米マスメディアの姿勢転換と受けとめます!(15:30) 




No.6248
無残に倒壊した家屋、避難所となった役場の駐車場で毛布にくるまる住民…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.16.

ヨシダブログ:昨日に続いて本欄取材記事は今回の大災害地元紙「熊本日日新聞「新生面」」さんに敬意と弔意を表して同紙に限定します。本 欄記事筆者さんはお名前は存じ上げませんが、極めてクールなご人物と観ます。マスメディ アの筆者はそうでなっくては務まらないとつくづく感じます。そ の点、ヨシダは一面、感情的な反応を示すことを自覚しています。気持ちや気分を直ぐにそのまま文字表現することを反省の念を込めて告白します。でも、そう は言っても、これはヨシダの吉田たる所以であって、ま、これでヨシ!とばかりに割り切ります▼他人の痛みをわが身の痛みとばかりに感じる性格は一見、損な 感じではあると思いますが、その分、他人の幸せは(も)当方のものとして嬉しく感じ取ることができるのが幸いです。「自利から他利」の生き方を貫ける人間性と自負します▼と、なんだか、説教めいたブログになりましたが、他人の不幸をわが身に置き換えることのできる性格をヨシとする所以です。写真10枚添付ファイル
    「平成28年熊本地震」の画像検索結果      関連画像「天災は忘れたころにやってくる:寺田寅彦」の画像検索結果「寺田寅彦記念館」の画像検索結果 「天災は忘れたころにやってくる:寺田寅彦」の画像検索結果
         関連画像「阿蘇大橋 崩落」の画像検索結果「九州幹線脱線」の画像検索結果「九州幹線脱線」の画像検索結果     「九州幹線脱線」の画像検索結果
昨 日15日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日16日の第一記事掲載(12:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。


                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(877KB)

                      2016年4月16日(土)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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