吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月15日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
                
     
             ウィキペディアから拾った4月15日の「できごと」 
                               April 15 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   1「藤原道長と長男・頼通」の画像検索結果「藤原道長と長男・頼通」の画像検索結果「藤原頼通」の画像検索結果「藤原頼通」の画像検索結果「摂政」の画像検索結果4「battle of formigny 1450」の画像検索結果「battle of formigny 1450」の画像検索結果 「battle of formigny 1450」の画像検索結果      関連画像「battle of formigny 1450, location」の画像検索結果
  7 「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果 「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果    関連画像   関連画像   関連画像   「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果   「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果「1870年 西村勝三が伊勢勝造靴場を設立」の画像検索結果
   9「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established」の画像検索結果「1892, general electric established logo」の画像検索結果「1892, general electric established logo」の画像検索結果
  11「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果  「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果  「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果 「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果 「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果「Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900」の画像検索結果   関連画像
     12「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果
     「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果  「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果    関連画像 「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果  「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果 「1910年 - 日本海軍の第六潜水艇」の画像検索結果14「1912, titanic sunk」の画像検索結果   「1912, titanic sunk」の画像検索結果
    「1912, titanic sunk」の画像検索結果  「1912, titanic sunk」の画像検索結果「1912, titanic sunk」の画像検索結果関連画像関連画像関連画像「1912, titanic sunk」の画像検索結果 「1912, titanic sunk」の画像検索結果 「1912, titanic sunk」の画像検索結果    関連画像 関連画像
  18「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果 「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果     「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果         「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果           関連画像    「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果「1921年 - 羽仁もと子が自由学園を創立」の画像検索結果
 22「1945, the gate of Gedenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果「1945, Gedenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果 「1945, Gedenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果  「1945, british soldiers restored Gedenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果      「1945年 -  ベルゲン・ベルゼン強制収容所がイギリス軍により解放」の画像検索結果      「1945, Gegenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果  「1945, Gegenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果  「1945, Gegenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果「1945, Gegenkstätte Bergen-Belsen」の画像検索結果
   28「ray kroc opened his first mcdonald's」の画像検索結果「ray kroc opened his first mcdonald's」の画像検索結果「ray kroc opened his first mcdonald's」の画像検索結果「ray kroc opened his first mcdonald's」の画像検索結果「ray kroc opened his first mcdonald's」の画像検索結果
32「1983年 - 東京ディズニーランド開園」の画像検索結果「1983年 - 東京ディズニーランド開園」の画像検索結果    関連画像「1983年 - 東京ディズニーランド開園」の画像検索結果 「1983年 - 東京ディズニーランド開園」の画像検索結果 「1983年 - 東京ディズニーランド開園」の画像検索結果35「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果        「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果
     「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果     関連画像「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果「1989年 - ヒルズボロの悲劇」の画像検索結果
44 「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果  「2013, boston marathon blast」の画像検索結果   「2013, boston marathon blast」の画像検索結果
 「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果「2013, boston marathon blast」の画像検索結果  「2013, boston marathon blast newspapers」の画像検索結果 「2013, boston marathon blast newspapers」の画像検索結果    「2013, boston marathon blast newspapers」の画像検索結果「2013, boston marathon blast newspapers」の画像検索結果「2013, boston marathon blast newspapers」の画像検索結果
              (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
769 – The Lateran Council condemned the Council of Hieria and anathematized its iconoclastic rulings.
(1)1017年寛仁元年3月16日) - 藤原道長の長男・頼通摂政に就任。
(2)1071年 - 東ローマ帝国の南イタリア最後の領地であるバーリノルマン人傭兵ロベルト・イル・グイスカルドにより占領される。
(3)1245年 - モンゴル帝国に対するローマ教皇の使者として、修道士プラノ・カルピニがモンゴルへ出発。
1395Tokhtamysh–Timur war: Battle of the Terek River: Timur defeats Tokhtamysh of the Golden Horde at the Volga. The Golden Horde capital city, Sarai, is razed to the ground and Timur installs a puppet ruler on the Golden Horde throne. Tokhtamysh escapes to Lithuania.
(4)1450年 - 百年戦争: フォルミニーの戦いフランスが勝利し、イングランドノルマンディーから撤退。
(5)1632年ユリウス暦4月5日) - 三十年戦争: レヒ川の戦い
1642Irish Confederate Wars: A Confederate Irish militia is routed in the Battle of Kilrush when it attempts to halt the progress of a Parliamentarian army.
1715 – The Pocotaligo Massacre triggers the start of the Yamasee War in colonial South Carolina.
1738Serse, an Italian opera by George Frideric Handel receives its premiere performance in London, England.
1755Samuel Johnson's A Dictionary of the English Language is published in London.
1783 – Preliminary articles of peace ending the American Revolutionary War (or American War of Independence) are ratified.
1802William Wordsworth and his sister, Dorothy see a "long belt" of daffodils, inspiring the former to pen I Wandered Lonely as a Cloud.
1817Thomas Hopkins Gallaudet and Laurent Clerc founded the American School for the Deaf, the first American school for deaf students, in Hartford, Connecticut.
1861 – President Abraham Lincoln calls for 75,000 Volunteers to quell the insurrection that soon became the American Civil War.
1865 – President Abraham Lincoln dies after being shot the previous evening by actor John Wilkes Booth. Vice President Andrew Johnson, becomes President upon Lincoln's death.
(6)1869年明治2年3月4日) - 明治政府が円貨の制度を定める。
(7)1870年(明治3年3月15日) - 西村勝三が築地に伊勢勝造靴場を設立。日本初の西洋工場。
(8)1885年 - 巨文島事件イギリス海軍が朝鮮の巨文島を占領。1887年3月に撤退。
(9)1892年 - ゼネラル・エレクトリック創業。
1896 – Closing ceremony of the Games of the I Olympiad in Athens, Greece.
(10)1897年 - オーストリア=ハンガリー帝国ボヘミア地方においてドイツ語と並んでチェコ語公用語と定めた政令が発布。(バデーニ言語令
(11)1900年 - パリ万国博覧会が開幕。11月5日まで。
1900Philippine–American War: Filipino guerrillas launch a surprise attack on U.S. infantry and begin a four-day siege of Catubig, Philippines.
1907Triangle Fraternity is founded at the University of Illinois at Urbana–Champaign.
(12)1910年 - 日本海軍第六潜水艇広島湾でガソリン潜航の訓練中に遭難。乗組員14名全員が死亡。破損の修理をしていた2人を除く全員が配置についたまま殉職したことが世界に感銘を与える。
(13)1910年 - 京阪電気鉄道本線天満橋駅 - 五条駅(現:清水五条駅)間が開業。
(14)1912年 - タイタニック号沈没。(The British passenger liner RMS Titanic sinks in the North Atlantic at 2:20 a.m., two hours and forty minutes after hitting an iceberg. Only 710 of 2,227 passengers and crew on board survive.)
(15)1913年 - 京王電気軌道が笹塚駅 - 調布駅間(現在の京王電鉄京王線)及び同線に接続する新宿駅 - 笹塚駅調布駅 - 府中町 - 国分寺駅間のバス路線(現在の東京都内初のバス路線)の運行を開始。
(16)1915年 - ハイデラバード・ハイ・コート起工。
(17)1915年 - 武蔵野鉄道池袋駅 - 飯能駅間(現在の西武池袋線)が開業。
1920 – Two security guards are murdered during a robbery in South Braintree, Massachusetts. Anarchists Sacco and Vanzetti would be convicted of and executed for the crime, amid much controversy.
1921Black Friday: Mine owners announce more wage and price cuts, leading to the threat of a strike all across England.
(18)1921年 - 羽仁もと子自由学園を創立。
1922 – U.S. Senator John B. Kendrick of Wyoming introduces a resolution calling for an investigation of a secret land deal, which leads to the discovery of the Teapot Dome scandal.
1923Insulin becomes generally available for use by people with diabetes.
1924Rand McNally publishes its first road atlas.
1927 – The Great Mississippi Flood of 1927, the most destructive river flood in U.S. history, begins.
(19)1929年 - 阪急百貨店開店。日本初のターミナルデパート。
(20)1929年 - 房総線(現在の外房線内房線)が全通。房総半島一周の列車が運行開始。
1935Roerich Pact signed in Washington, D.C.
1936 – First day of the Arab revolt in Mandatory Palestine.
・1936 –
Aer Lingus (Aer Loingeas) is founded by the Irish government as the national airline of the Republic of Ireland.
1940 – The Allies begin their attack on the Norwegian town of Narvik which is occupied by Nazi Germany.
1941 – In the Belfast Blitz, two-hundred bombers of the German Luftwaffe attack Belfast, Northern Ireland, United Kingdom killing one thousand people.
1942 – The George Cross is awarded "to the island fortress of Malta: Its people and defenders" by King George VI.
(21)1943年 - ロスアラモス国立研究所設立。
(22)1945年 - 第二次世界大戦: ベルゲン・ベルゼン強制収容所がイギリス軍により解放される。
(23)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 米軍機が東京南部・川崎を無差別爆撃。死者841名。
(24)1947年 - ジャッキー・ロビンソン黒人初のメジャーリーガーとしてデビュー。
(25)1950年 - 公職選挙法公布。
(26)1950年 - 旧皇族・元首相の東久邇稔彦が「ひがしくに教」を開教。
1952 – The maiden flight of the B-52 Stratofortress
(27)1954年 - 神奈川県逗子市が市制施行。
(28)1955年 - レイ・クロックイリノイ州デスプレーンズ英語版マクドナルドの最初のフランチャイズ店を出店。
(29)1958年 - ガーナで第1回アフリカ独立諸国会議開催。
1960 – At Shaw University in Raleigh, North Carolina, Ella Baker leads a conference that results in the creation of the Student Nonviolent Coordinating Committee, one of the principal organizations of the African-American Civil Rights Movement in the 1960s.
1964 – The first Ford Mustang rolls off the show room floor, two days before it is set to go on sale nationwide.
(30)1969年 - アメリカ海軍EC-121機撃墜事件が起こる。
1970 – During the Cambodian Civil War, massacres of the Vietnamese minority results in 800 bodies flowing down the Mekong river into South Vietnam.
(31)1971年 - 朝鮮中央放送開城テレビジョン放送が放送開始。
(32)1983年 - 東京ディズニーランド開園。
1984 – The inaugural World Youth Day is held in St. Peter's Square, Vatican City.
(33)1985年 - 主人を守ろうとして自動車に轢かれた盲導犬サーブに「盲導犬視覚障害者の身体の一部」として対人保険金の支払いが認められる。
(34)1986年 - アメリカ軍がムアンマル・アル=カッザーフィー暗殺のためリビアを爆撃
・1989 – Upon Hu Yaobang's death, the Tiananmen Square protests of 1989 begin in China.
(35)1989年 - ヒルズボロの悲劇。イングランドサッカー史上最悪の事故。
(36)1994年 - 世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(WTO設立協定)調印。
(37)1995年 - オウム真理教によって新宿に異変と予言されていた日(4月15日予言)だったため、新宿全域で厳戒態勢が敷かれる。
(38)2002年 - 中国国際航空129便墜落事故北京釜山行きの中国国際航空129便ボーイング767型機が金海国際空港への着陸進入中に墜落、乗員乗客128名が死亡。
(39)2004年 - イラク日本人人質事件で拘束されていた3人が8日ぶりに解放され、全員の無事が確認される。
(40)2005年 - テレビアニメ『ドラえもん』で、声優陣の一新など大幅にリニューアルした新シリーズが放送開始。
(42)2007年 - 三重県中部でマグニチュード5.4の三重県中部地震が発生。
(43)2008年 - そごう主要店舗に設置されていた「世界の人形時計」が同日閉店時刻を最後にからくり機能の使用を中止。
(44)2013年 - ボストンマラソン爆弾テロ事件
2014 – More than 200 female students are declared missing after a mass kidnapping in Borno State, Nigeria. (本体ファイル=608KB)

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6247編目です。 
2016年4月15日(金)掲載分
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編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月15日のできごと」 でヨシダが関心を強くするものは、「(14)1912年 - タイタニック号沈没。(The British passenger liner RMS Titanic sinks in the North Atlantic at 2:20 a.m., two hours and forty minutes after hitting an iceberg. Only 710 of 2,227 passengers and crew on board survive.)」です。カッコ内で本家英語版の文言を挿入していますが、それには意味があります。グーグルの「きょうのできごと」はなんと言っても英 語版が「本家」。それだけに詳細な説明があります。替わって日本語版が気になるケースです★日本語にはしばしば「主語抜き」がありますが、本家英語版は正 確な文言です。ちなみに、本件の英語版では、「・・・午後2時20分、氷山に衝突して2時間40分後に沈没、と具体的です。さらに曰く、2227人の乗客 や乗組員のなかで、わずか710名が生存した・・・」と具体的かつ、読む側の理解が得られます。対する日本語版は「タイタニック沈没」と不親切極まりない 感じです。この辺りのことは、日英語版編集部の親切の度合いの格差とも皮肉れるでしょう★本日の「できごと」関連写真は全部でなんと!118枚!欲張りま した!容量制約で半分相当をトップサイトでは削除しています★なお、本欄で特記したい「できごと」がまだありますが、キリがないので止しときます。(14 日20:10)
  昨夜日付変更等を終え てのこと、ふと、傍らのXPが受信したメール・ニュースに「熊本地震マグニチュード7」が目に飛び込んできました。思わず、エッ!?と口に出ました。こ りゃ、ただ事ではない!・・・と。「きょうのできごと」編集で毎日のように世界で起きている地震状況を取材掲載していることから、震度7の恐ろしさを自覚 しているからです。でも、そのまま休みました★今朝一番にグーグル画面でその悲惨さを目の当たりにして愕然としています・・・。犠牲者に哀悼のまことを捧 げながら、ふと、わが身をかえりみます。脚の不自由なヨシダは地震の時の心構えを常に胸に入れています。クルマ椅子がなければ一歩も移動できない身。その 場で祈るしかないと自覚しています。全ては神さまのご意志に従って・・・という心境を常日頃から自覚して生活しています★来比7年の身ですが、その間、一 度もグラッとした地震に遭遇していません。それだけに、被災者の方々の心情に殊の外、深い想いを寄せるのです・・・★そんなことから、本日の記事取材は地 震関連に心情をよせながら、多くのブログをすることを躊躇います・・・。犠牲者の皆さんへ哀悼の意を捧げながら、多くの被災者の方々への深い想いを抱きな がら・・・。(8:30)
 熊本地震関連のひとつに、「熊本で震度7 死者9人、2万3000人が避難」(日経ニュース)があります。曰く、「・・・国内で震度7を観測したのは2011年の東日本大震災以来で、九州では初めてとなった」と。この種の報道では犠牲者の数は少数で始まり、あっという間に拡大するのが常の災害報道。深い哀悼の念を抱きながら・・・。(8:50)
 熊本地震情報2.「九州新幹線、全車両の全車輪が脱線 全車輪の脱線は新幹線で初」(産経ニュース)、3.
熊本地震の余震活発、100回以上 今後も続く恐れ、気象庁」(東京新聞)、4.「余振で崩れる住宅・・・「もうだめ、撤収だ」叫ぶ住民 熊本」(朝日新聞)、4.「熊本深度7 「経験したことない揺れ」 倒壊、火災も発生」(毎日新聞)、5.<地震速報>首相、熊本地震であす被災地入り(熊本日日新聞)、6.熊本地震、9人死亡860人負傷 避難4万人超(熊本日日新聞)、7.交通欠航、運休相次ぐ 電気、ガス、水道も被害(熊本日日新聞)、8.「奇跡の救出8ヶ月の命 益城・倒壊家屋のすき間」(毎日新聞)、
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   以下は熊本日日新聞記事「平成28年 熊本地震(写真特集)」より
 
                       「奇跡の救出8ヶ月の命 益城・倒壊家屋の隙間」の画像検索結果 
 ぼつぼつ日暮れを迎える時間。被災地熊本の皆さんへの深い想い入れを抱きなかがら、ふと、思い出すように、日頃の取材源の一紙は熊本日日新聞「新生面」さんの記事を編集しました。本日最初で最後の取材記事とします。「No.6247:自宅にいるのが怖かったのだろう。急きょ、会社に向かう道端で、家族ら多くの人が…熊本日日新聞「新生面」2016.4.15.)」がそれです。(17:10)
 受信したメルマガニュース「奇跡の救出8ヶ月の命 益城・倒壊家屋のすき間」(毎日新聞)の写真!倒壊家屋のすき間から救出された赤ちゃんの写真!思わず声を上げてヨカッタ!!!! と口にしました。涙もろいヨシダの嬉涙って感じです!この赤ちゃんの人生に祝福あれ!!!!(18:15)


No.6247
自宅にいるのが怖かったのだろう。急きょ、会社に向かう道端で、家族ら多くの人が…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.15.
ヨシダブログ:熊 本地方の大地震で、今朝からは何時もの記事取材をする気になれず、ひたすらに被災地熊本地方の情報収集に向けています。替わって、トップページの「編集者 のダイアリー・コーナー」に各紙の「熊本地震情報」を4編を掲載して、暫くの間はそちらへの追記に留めるつもりのなか、想い出したようにヨシダの何時もの 取材源の一紙である「熊本日日新聞「新生面」」さんをクリックしました▼本記事筆者さんの冒頭の弁、「自宅にいるのが怖かったのだろう。きゅうきょ、会社 に向かう道端で・・・」と。不安な時に誰もが体験する心理状態です。「パソコンを打ちながら指先が震えた」で記者さんの気持ちが伝わります。「川内原発に 異常はないというが・・・」に、ふと読むほうの心配がつのります。「熊本地方は地震の巣といわれている」にあらためて認識の念を強くします。「情報を共有 したい・・・」に記者魂を感じます。くれぐれも御身ご大切に!と念じつつ、本記事をもって、本日の最初で最後の取材記事とします。死亡された方々のご冥福を祈り、被災者の皆さんへのお見舞いの心を本コラムに託しつつ・・・。合掌。(写真7枚添付ファイル
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  昨 日14日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日15日の第一記事掲載(17:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(975KB)

                      2016年4月15日(金)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

                       yoshida@a-bombsurvivor.com                                                     URL(eng): http://www.a-bombsurvivor.com
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