吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月14日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
 ★オバマ大統領の被爆市広島市訪問情報がどんどん入りつつあります!直近の記事は、「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」です。ヨシダの7年越しの主張が実現されそうです。(2016.4.13.記) 
                
     
             ウィキペディアから拾った4月14日の「できごと」 
                               April 14 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   5「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果「battle of adrianople 1205」の画像検索結果    「battle of adrianople 1205」の画像検索結果      「battle of adrianople 1205, the battle place」の画像検索結果
       6「1603年 徳川家康」の画像検索結果「1603年 日本橋が開通」の画像検索結果「1603年 日本橋が開通徳川慶喜」の画像検索結果「1603年 日本橋が開通」の画像検索結果  「京都江戸東京博物館」の画像検索結果 「京都江戸東京博物館展示「初期の日本橋」」の画像検索結果    「1603年 日本橋が開通」の画像検索結果 「徳川慶喜「日本橋」」の画像検索結果「徳川慶喜」の画像検索結果
           7 「1670年 箱根用水」の画像検索結果  「1670年 箱根用水」の画像検索結果「1670年 箱根用水」の画像検索結果  「1670年 箱根用水」の画像検索結果        関連画像「1670年 箱根用水」の画像検索結果「1670年 箱根用水」の画像検索結果 「1670年 箱根用水」の画像検索結果
  8    「1828年 - ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典』初版を出版」の画像検索結果     「1828年 - ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典』初版を出版」の画像検索結果 「1828年 - ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典』初版を出版」の画像検索結果「noah webster dictionary 1828」の画像検索結果「noah webster dictionary 1828」の画像検索結果「noah webster dictionary 1828」の画像検索結果  「noah webster dictionary 2015」の画像検索結果    「noah webster dictionary 2015」の画像検索結果
  10「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果 「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果 「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果  「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果 「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果 「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果
       「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果 「1865, lincoln funeral」の画像検索結果「1865, lincoln funeral」の画像検索結果「1865, lincoln funeral」の画像検索結果 「1865, lincoln funeral」の画像検索結果  「1865, lincolhn assassinated」の画像検索結果  「1865, lincolhn assassinated」の画像検索結果「1865, lincolhn assassinated」の画像検索結果「1865, lincoln assassinated」の画像検索結果
(お詫び:トップサイトの編集許容量をオーバーするため写真42枚を削除しています。上掲リンクをクリックすれば全体画面がご覧いただけます。)
                   (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)

・(1)69年 - 四皇帝の年: 第1次ベドリアクムの戦いウィテッリウスオトを破り帝位に就く。
70Siege of Jerusalem: Titus, son of emperor Vespasian, surrounds the Jewish capital with four Roman legions.
193Septimius Severus is proclaimed Roman emperor by the army in Illyricum (in the Balkans).
966 – After his marriage to the Christian Doubravka of Bohemia, the pagan ruler of the Polans, Mieszko I, converts to Christianity, an event considered to be the founding of the Polish state.
(2)969年安和2年3月25日) - 安和の変源満仲の密告により源高明が皇太子・守平親王(後の円融天皇)廃立陰謀のかどで大宰権帥に左遷される。これにより藤原氏政権が確立する。
1028Henry III, son of Conrad, is elected King of Germany.
(3)1205年 - 第4回十字軍: ハドリアノポリスの戦い英語版ラテン帝国軍がブルガリア帝国軍に大敗し、皇帝ボードゥアン1世が捕虜となる。
(4)1293年永仁元年3月7日) - 鎌倉幕府が、蒙古再来に備え九州の裁判と軍事指揮を行う鎮西探題を博多に設置。
1294Temür, grandson of Kublai, is elected Khagan of the Mongols and Emperor of the Yuan dynasty with the reigning titles Oljeitu and Chengzong.
1341 – Sack of Saluzzo (Italy) by Italian-Angevine troops under Manfred V, Marquess of Saluzzo.
1434 – The foundation stone of Nantes Cathedral, France is laid. 
(5)1471年 - 薔薇戦争: バーネットの戦い

(6)1603年慶長8年3月3日) - 日本橋が開通。

1639 – Imperial forces are defeated by the Swedes at the Battle of Chemnitz. The Swedish victory prolongs the Thirty Years' War and allows them to advance into Bohemia.
1699Khalsa: The Sikh religion was formalised as the Khalsa - the brotherhood of Warrior-Saints - by Guru Gobind Singh in northern India, in accordance with the Nanakshahi calendar.
(7)1670年寛文10年2月25日) - 箱根用水の全長1,200メートルの隧道が貫通。
1715 – The Yamasee War begins in South Carolina.
1775 – The first abolition society in North America is established. The Society for the Relief of Free Negroes Unlawfully Held in Bondage is organized in Philadelphia by Benjamin Franklin and Benjamin Rush.
1816Bussa, a slave in British-ruled Barbados, leads a slave rebellion and is killed. For this, he is remembered as the first national hero of Barbados.
(8)1828年 - ノア・ウェブスターが『アメリカ英語辞典英語版』初版を出版。
1846 – The Donner Party of pioneers departs Springfield, Illinois, for California, on what will become a year-long journey of hardship, cannibalism, and survival.
(9)1849年 - コシュート・ラヨシュハンガリーオーストリアからの独立を宣言し、執政官に就任。
1860 – The first Pony Express rider reaches San Francisco.
・1865 –
U.S. Secretary of State William H. Seward and his family are attacked in his home by Lewis Powell.
(10)1865年 - アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンがワシントンのフォード劇場で狙撃される。翌日死亡。(リンカーン大統領暗殺事件
(11)1879年 - 横浜 - 新橋の鉄道に日本人運転士が初めて乗務。翌年11月から全列車に乗務。

1881 – The Four Dead in Five Seconds Gunfight is fought in El Paso, Texas.
(12)1890年 - 汎米連合(米州機構の前身の一つ)が発足。
1894 – The first ever commercial motion picture house opened in New York City using ten Kinetoscopes, a device for peep-show viewing of films.
1906 – The Azusa Street Revival opens and will launch Pentecostalism as a worldwide movement.
1909A massacre is organized by Ottoman Empire against Armenian population of Cilicia.
(13)1912年 - 豪華客船タイタニック号がニューファントランド島沖で氷山に衝突。翌日未明に沈没。死者1,513人。
(14)1922年 - アイルランド共和軍が、フォー・コーツ(アイルランド最高法廷)を襲撃。アイルランド内戦のきっかけに。
1927 – The first Volvo car premieres in Gothenburg, Sweden.
1928 – The Bremen, a German Junkers W33 type aircraft, reaches Greenly Island, Canada - the first successful transatlantic aeroplane flight from east to west.
(15)1929年 - 第1回モナコグランプリ開催。
(16)1929年 - 大阪鉄道(現・近鉄南大阪線上ノ太子駅大鉄電車三重衝突事故発生。
(17)1931年 - スペイン国王アルフォンソ13世が退位、王政が廃止され、スペイン第二共和政が成立。
(18)1931年 - 日本で濱口雄幸首相が前年11月に狙撃されたことが元で病状が悪化し、濱口内閣が総辞職。若槻禮次郎が第28代内閣総理大臣に就任し、第2次若槻内閣が発足。
・1931 – First edition of The Highway Code published in Great Britain.
1935 – "Black Sunday Storm", the worst dust storm of the U.S. Dust Bowl.
(19)1939年 - ジョン・スタインベックの小説『怒りの葡萄』が発刊。
1940World War II: Royal Marines land in Namsos, Norway in preparation for a larger force to arrive two days later.
1941 – World War II: German general Erwin Rommel attacks Tobruk.
1942Malta receives the George Cross for its gallantry. The George Cross was given by King George VI himself and is now an emblem on the Maltese national flag.
1944Bombay Explosion: A massive explosion in Bombay harbor kills 300 and causes economic damage valued then at 20 million pounds.
(20)1947年 - 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)公布。
(21)1949年 - プロ野球の試合中に監督が相手選手を殴打。(三原ポカリ事件
(22)1950年 - 横須賀市で京急バストレーラーバスが走行中に炎上。車両の構造から運転手が火災に気付くのが遅れ、17人焼死。
(23)1955年 - 日本初のテレビクイズ番組とされる『私の秘密』がNHKで放送開始
1956 – In Chicago, videotape is first demonstrated.
1958 – The Soviet satellite Sputnik 2 falls from orbit after a mission duration of 162 days. This was the first spacecraft to carry a living animal, a dog named Laika. The female dog likely lived only a few hours.
1967Gnassingbé Eyadéma overthrows President of Togo Nicolas Grunitzky and installs himself as the new president, a title he would hold for the next 38 years.
1968 – At the U.S. Academy Awards there is a tie for the Academy Award for Best Actress between Katharine Hepburn and Barbra Streisand.
(24)1969年 - 本郷兄弟決闘殺人事件
1978Tbilisi Demonstrations: Thousands of Georgians demonstrate against Soviet attempts to change the constitutional status of the Georgian language.
(25)1979年 - 埼玉県所沢市西武球場が開場。
(26)1981年 - 東京大学宇宙研究所を文部省宇宙科学研究所に改組。
1981STS-1: The first operational Space Shuttle, Columbia completes its first test flight.
1986 – In retaliation for the April 5 bombing in West Berlin that killed two U.S. servicemen, U.S. president Ronald Reagan orders major bombing raids against Libya, killing 60 people.
(27)1986年 - バングラデシュゴパルゴンジ英語版で史上最大の1キログラムのが落下。92人が死亡。
(28)1988年 - ナポリ事件。ナポリの米軍クラブで車爆弾が爆発、22人死亡。
1988 – The USS Samuel B. Roberts strikes a mine in the Persian Gulf during Operation Earnest Will.
・1988 – In a
United Nations ceremony in Geneva, Switzerland, the Soviet Union signs an agreement pledging to withdraw its troops from Afghanistan.
1991 – The Republic of Georgia introduces the post of President after its declaration of independence from the Soviet Union.
1994 – In a U.S. friendly fire incident during Operation Provide Comfort in northern Iraq, two United States Air Force aircraft mistakenly shoot-down two United States Army helicopters, killing 26 people.
1999NATO mistakenly bombs a convoy of ethnic Albanian refugees. Yugoslav officials say 75 people were killed.
・1999 – A
severe hailstorm strikes Sydney, Australia causing A$2.3 billion in insured damages, the most costly natural disaster in Australian history.
(29)1999年 - 光市母子殺害事件
2002Venezuelan President Hugo Chávez returns to office two days after being ousted and arrested by the country's military.
・2003 – U.S. troops in
Baghdad capture Abu Abbas, leader of the Palestinian group that killed an American on the hijacked cruise liner the MS Achille Lauro in 1985.
(30)2003年 - 国際ヒトゲノム計画によってヒトゲノム解読の全作業を完了。
(31)2005年 - オレゴン州の最高裁判所が、マルトノマ郡が発行した男性同士の結婚許可証を無効と決定。
(32)2006年 - ライブドア事件: 東京証券取引所ライブドア上場廃止
2007At least 200,000 demonstrators in Ankara, Turkey, protest against the possible candidacy of incumbent Prime Minister Recep Tayyip Erdoğan.
(33)2008年 - アメリカ合衆国大手航空会社デルタ航空が、ノースウェスト航空の買収による合併合意を発表。
(34)2009年 - 平戸市舘浦漁協所属の巻き網漁船第11大栄丸が転覆沈没。行方不明者12名。
(35)2009年 - ジョージ・ハリスンハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名を刻まれる。
(36)2010年 - アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火
(37)2010年 - 中国のチベット州自治区でMw6.9の青海地震が発生。少なくとも2,698名が死亡し、10万名以上が家屋を失った。
(38)2012年 - 新東名高速道路御殿場JCT - 浜松いなさJCT間(約162km)が開通。日本の高速道路の新規開通距離としては過去最長。
2014Twin bomb blasts in Abuja, Nigeria, kill at least 75 people and injures 141 others.
・2014 – Two hundred seventy-six schoolgirls are
abducted by Boko Haram in Chibok, Northeastern Nigeria.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6246編目です。 
2016年4月14日(木)掲載分
昨日4月13日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月14日のできごと」 でヨシダが関心を強くするものは、「(10)1865年 - アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンがワシントンのフォード劇場で狙撃される。翌日死亡。(リンカーン大統領暗殺事件)」です。暗殺者グループが全員絞首刑に処せられた生々しい写真は初めてみます★リンカーンと言えば、ヨシダが毎日の両膝屈伸運動をする際に朗誦する「5編の英文」のひとつ「ゲティスバーグ演説」があります。
   ただ今のトップサイト編集使用量は「986KB」で制限量1000KB(1MB)に一歩前。危険水域(?)って感じ。コピーはとっているので、何時でも差 し替えが出来る体制。生活の知恵を働かせてご満悦です。ふと、多くの受信メルマガに混じっての「日経ニュースメール<米大統領の広島訪問は?サミット、最後の機会に>」 が目に付き一応、開いてみました。気になる記述は「・・・オ バマ氏は、トランプ氏が広島訪問を巡る退役軍人の不満を集票につなげる展開を警戒している・・・」といったところ。くだんの共和党トランプ候補はなりふり 構わぬ選挙戦術をとっているだけに、民主党のオバマ大統領にとって無視できません★ふと、米退役軍人の証言をCNNで観た時のことを想い出します。「日本 の首相が真珠湾表敬すれば、われわれは原爆投下を謝る用意がある・・・」がそれです。一退役軍人の証言ですが真実の感情が読み取れます。ヨシダが証言して やまない「和解への道」が実現して欲しいものです。(6:20)
 ふと、受信メルマガの気配。ひとつは「米大統領の広島訪問は?サミット、最後の機会に」(日本経済新聞)。もうひとつは、「オバマ氏動かす女性2人 広島訪問のカギ(真相深層)」(日経メール)です。今日も編集多忙になる気配です。(6:50)
 「No.6245:秋山ちえ子さん死去朝日新聞「天声人語」2016.4.14.)」を編集しながら、ものすごいパワーを頂戴しました!本コラム編集の醍醐味のひとつです。大先輩の秋山さんのご冥福を祈りつつ、パワーを頂戴しました。合掌(9:00)
 ふと、今朝一番の記事を掲載して昨日分記事を削除した後のトップページ編集容量をみるに「908KB」と極めて過密状態。???と確認するに、本日「4月14日のできごと」 がなんと608KB!今までにない過密ファイルであることに気付きました。どうやら、「できごと写真」の一部削除を余儀なくします。なにせ、ヨシダはサー ビス精神が旺盛。できごと当該写真も可能な限り大きくと欲張ります。でもまあ、削除しても、当該リンクをクリックすれば全体写真が観れることから、なん たってないな・・・とは思いつつ、それでも・・・と思案投げ首です。(9:25)
 「No.6246本格的な円高再来の予兆、日本企業は備えを怠るなDIAMOND Online2016.4.14.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] )」 を編集しながら想い出してブログしたことに在日時代のこと。日産のゴーン社長がテレビのインタビューで吐き捨てるように言いました。「この円高ではどう しょうもない!100円が相場だ!」と。今にして思うに、ゴーンさんの世界観は流石だ!です★ところで、トップサイトの編集容量オーバーのために、「きょ うのできごと写真」を42枚ほど削除しました。現在の編集容量は「842KB」程度で安心です。失敗を重ねて到達する「苦肉の策」です。(10:55)
 このところ、編集コンテンツを欲張りすぎて制限オーバー気味です。一心不乱に編集していた明日「4月15日のできごと」 はその結果。なんと、このファイルだけで640KB超。トップページへの掲載には半分の写真を削除せねばなりません。でも、リンクをクリックすれば全体画 面が観れるからなんたってないのですが、ま、その分、編集側は気が抜けません。ボツボツ日付変更作業に入るかな・・・と思っていますが、果たして?・・・ (17:10)
 


No.6246
本格的な円高再来の予兆、日本企業は備えを怠るな
DIAMOND Online2016.4.14.野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
ヨシダブログ:毎 度のことながら、海外居住者の立場ゆえに狭隘であることは自覚しながらのこと。「円高歓迎!」です。そもそも、自国の通貨が高くなることは、自国の経済力 が評価されること。悪いことではありませんが、輸出で潤う企業にはその分、売る上げが上がることで有利。輸入企業は逆にデメリット。海外旅行するニッポン 人には大歓迎・・・と、立場が変われば「諸刃の剣」です▼「中見出し」は、■ 実際のデータで確認できる 様変わりした投機資金の流れ(◆図表1:日米2年国債利回りと円ドル相場、◆図表2:CMEにおける日本円のロングとショー ト、◆図表3:CMEにおける日本円のロングとショートの差)、■16年からロングとショートの差がプラスに いま起こりつつあるポジション転換の重要な 変化、■投機の影響が大きい為替レート 介入しても円安にならない、■利回りマイナスの日本国債が買われる異常 日銀の高値購入が資金流入を支える、■過 去数年間の円安は異常だった 均衡に回帰し円高の可能性、■円高になれば外国人旅行者は減少 企業の17年3月期は減益決算の可能性大・・・と続きます▼ 「質問:今秋までに1ドル70円台になる日が来ると思う?」に対する回答は、「そうは思わない69.15%、そう思う16.45%、とどちらともいえない 10.28%、わからない4.11%」です▼ところで、ヨシダが在日中は10年くらい前のことでしたが、テレビで観た日産社長のゴーンさんが吐き捨てるよ うに言いました。「この円高じゃあどうしょうもない・・・100円が相場だ!」と。当時、そのような発言をする輸出企業経営者はいませんでしたが、今にし て想うに、ゴーンさんは日本人輸出企業経営者に先んじた経営思想の持ち主で稀有な世界観を持っている人物だな、と今になって強く思います。写真19枚添付ファイル
         野口悠紀雄 新しい経済秩序を求めて
      「情報の経済理論』」の画像検索結果 「財政危機の構造」の画像検索結果「バブ ルの経済学」の画像検索結果「「超」整理法」の画像検索結果「金融緩和で日本は破綻する」の画像検索結果「虚構のアベノミクス」の画像検索結果
    「期待バブル崩壊」の画像検索結果「『仮想通貨革命」の画像検索結果「超」文章法 (中公新書)金融政策の死 ―金利で見る世界と日本の経済商品の詳細金融工学、こんなに面白い (文春新書)
       
                    
No.6245
秋山ちえ子さん死去
朝日新聞「天声人語」2016.4.14.
ヨシダブログ:ラ ジオと言えば、ヨシダのそれの殆どはクルマを運転中のAFRS(Armed Forces Radio services)だったこともあって、秋山ちえ子さんの談話室の記憶がないのが残念です。ブログ編集しながら、当該写真を選択しながら秋山さんの業績を 知り、強い尊敬の念を抱きます。「毎朝7紙を読ん。常にペンを携えて」でヨシダが想起するのは、人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代。労組を抱えた 経営者として「団体交渉の場での理論武装」は欠かせぬもので、その情報源に秋山さん以上の新聞を購読したものです。デスクに背筋をピ~ん伸ばして片手に赤 鉛筆。重要な箇所にサイドラインを引くため。「社長はのんびりと新聞を読んでいる」って印象のま反対の、「社長は勉強している・・・」という演出でもあり ました(笑)▼脱線しますが、その習慣の中で体験したことに、ジャパン・タイムズ紙がありました。鮮明に記憶しているのは同紙社説で「Japanese enigmatic smile」(日本人の不可解な笑み)が現在にして鮮明です。ニッポン人の英語下手の背後に観られるそれはニッポン人固有の「お愛想 笑い」であって、国際的にはとんでもない誤解を招くもの。この辺りからの自覚と改善がニッポン人の英語下手解消の手法だ、がヨシダ論です(笑)▼脱線しま したが、記事に戻ってのこと。本記事を編集しながらものすごいパワーを与えられる気持ちです!主人公・秋山さんを大先輩として同氏以上に生き抜いていこ う!という心境です。同氏が遺された著作は膨大!ヨシダのそれは・・・ですが、でもでも、ウェブサイトに収録している「ヨシダ著」は単行本に換算したら数 10冊になるんだぞ~!と強がっています。他愛もない自負心(?)。でも、ないよりマシだと自身に言い聞かせて、ご本人はご満悦です。合掌写真20枚添付ファイル
    「秋山ちえ子」の画像検索結果「秋山ちえ子」の画像検索結果「秋山ちえ子」の画像検索結果「秋山ちえ子」の画像検索結果「秋山ちえ子」の画像検索結果
        「秋山ちえ子著書」の画像検索結果 「秋山ちえ子」の画像検索結果 「秋山ちえ子」の画像検索結果 「秋山ちえ子」の画像検索結果
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  昨 日13日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日14日の第一記事掲載(8:55)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(842KB)

                      2016年4月14日(木)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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