吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
 「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル」の画像検索結果「広島電鉄本社ビル別館」の画像検索結果
  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月13日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月13日の「できごと」 
                               April 13 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   5「光明天皇」の画像検索結果Ashikaga Takauji Jōdo-ji.jpg「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果「1336年 多々良浜の戦い」の画像検索結果   「1336 菊池武敏」の画像検索結果 「1336 菊池武敏」の画像検索結果
        9  「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果  「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果            関連画像「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果関連画像「1742, Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg first played」の画像検索結果
11「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果  「1829, Document of Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果  「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果   「1829, Catholic emancipation, Catholic relief proclaimed」の画像検索結果 「1829, Catholic pope」の画像検索結果「1829, Catholic pope」の画像検索結果13日本最初の喫茶店「可否茶館」跡地
    「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果     関連画像関連画像「1888年 - 「可否茶館」」の画像検索結果 「1888年 - 「可否茶館」」の画像検索結果  焙煎工場小樽ファクトリー及び可否茶館小樽店開設   関連画像「株式会社ユニマットプレシャス代表取締役 髙橋 洋二」の画像検索結果 「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果 「1888年 - 「可否茶館」創業者」の画像検索結果
16「Amritsar Massacre」の画像検索結果    「Amritsar Massacre」の画像検索結果 関連画像「Amritsar Massacre」の画像検索結果「Amritsar Massacre」の画像検索結果    「Amritsar Massacre」の画像検索結果     「Amritsar Massacre」の画像検索結果     関連画像
21関連画像「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果       「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件」の画像検索結果「1943年 - カティンの森事件地図」の画像検索結果
 24「1960, transit 1B launched」の画像検索結果関連画像「1960, transit 1B launched」の画像検索結果「1960, transit 1B on orbit」の画像検索結果「1960, transit 1B on orbit」の画像検索結果26「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果「1975年 - ロックバンド、キャロルが解散」の画像検索結果
35     「1994年 - 刑事ドラマ『古畑任三郎』」の画像検索結果       「1994年 - 刑事ドラマ『古畑任三郎』」の画像検索結果「1994年 - 刑事ドラマ『古畑任三郎』」の画像検索結果「1994年 - 刑事ドラマ『古畑任三郎』」の画像検索結果36「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果  「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果
     「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果    「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果  「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果 「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果 「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果「1997, tiger woods champion in masters tournament」の画像検索結果
                (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
(1)710年和銅3年3月10日) - 元明天皇藤原京から平城京遷都
(2)744年天平16年2月26日) - 聖武天皇恭仁京から難波京に遷都。翌年平城京に戻す。
(3)1111年 - ハインリヒ5世神聖ローマ皇帝に即位。
(4)1179年治承2年3月24日) - 平安京内で治承の大火(次郎焼亡)。三十数町が全焼。
1204Constantinople falls to the Crusaders of the Fourth Crusade, temporarily ending the Byzantine Empire.
(5)1336年延元元年/建武3年3月2日 南北朝時代: 九州に落ち延びていた足利尊氏が再び挙兵、多々良浜の戦いで南朝方の菊池武敏を破る。
(7)1598年 - フランス国王アンリ4世が「ナントの勅令」を発布。プロテスタントにカトリックと同等の信教の自由を認める。
1612Miyamoto Musashi defeats Sasaki Kojirō at Funajima island.
1613Samuel Argall captures Native American princess Pocahontas in Passapatanzy, Virginia to ransom her for some English prisoners held by her father. She is brought to Henricus as hostage.
(8)1668年寛文8年3月2日 宇都宮興禅寺刃傷事件が起こる。
1699Guru Gobind Singh, the Tenth Sikh Guru, Created Khalsa on this day at Anandpur Sahib, Punjab.
(9)1742年 - ヘンデルオラトリオメサイア」がダブリンで初演。Handel - messiah - 44 hallelujah.ogg 「ハレルヤ」を聴く[ヘルプ/ファイル]
(10)1777年 - アメリカ独立戦争: バウンドブルックの戦い行われる。

(11)
1829年 - イギリスカトリック解放令が制定、これによりカトリック教徒信教の自由が公的に保障される。
1849Hungary becomes a republic.
(12)1856年安政3年3月9日) - 長崎・下田などの開港地での踏み絵を廃止。
1861American Civil War: Fort Sumter surrenders to Confederate forces.
1865American Civil War: Raleigh, North Carolina is occupied by Union Forces.
1870 – The New York City Metropolitan Museum of Art is founded.
1873 – The Colfax massacre, in which more than 60 African Americans are murdered, takes place.
(13)1888年 - 東京・下谷黒門町に日本初のコーヒー専門店「可否茶館」が開店。
1902James C. Penney opens his first store in Kemmerer, Wyoming.
(14)1903年 - 日本小学校令が改正され国定教科書制度が取り入れられる。
1909 – The Turkish military reverses the Ottoman countercoup of 1909 to force the overthrow of Sultan Abdul Hamid II.
(15)1917年 - アメリカ海軍の戦艦「ニューメキシコ」が進水。
(16)1919年 - インドでイギリス軍が発砲しインド民衆に数百人の死傷者が出る。(アムリットサル事件、アムリットサルの虐殺、アムリッツァル虐殺事件)
1919 – The establishment of the Provisional Government of the Republic of Korea.
・1919 –
Eugene V. Debs is imprisoned at the Atlanta Federal Penitentiary in Atlanta, Georgia, for speaking out against the draft during World War I.
(17)1922年 - 少年団日本連盟(現在の財団法人ボーイスカウト日本連盟)結成。
(18)1940年 - NHKが日本初のテレビドラマ『夕餉前』の実験放送。
(19)1940年 - 第二次世界大戦: 第2次ナルヴィク海戦がおこなわれる。
(20)1941年 - モスクワ日ソ中立条約が締結。
(21)1943年 - 第二次世界大戦: ドイツのラジオ放送が、ソ連領内カティンの森でポーランド将校4,000人の遺体を発見と報じる。(カティンの森事件
・1943 – The Jefferson Memorial is dedicated in Washington, D.C., on the 200th anniversary of President Thomas Jefferson's birth.
1944Diplomatic relations between New Zealand and the Soviet Union are established.
1945 – World War II: German troops kill more than 1,000 political and military prisoners in Gardelegen, Germany.
(22)1945年 - 第二次世界大戦・ウィーン攻勢: 赤軍ウィーンを占領。
(23)1948年 - アミーン・フサイニー指揮下のアラブ人ゲリラがヘブライ大学の医療スタッフを虐殺。(ハダサー医療従事者虐殺事件
1953CIA director Allen Dulles launches the mind-control program Project MKUltra.
1958Cold War: American Van Cliburn wins the inaugural International Tchaikovsky Competition in Moscow.
(24)1960年 - アメリカで世界初の衛星測位システムトランシット1B」を打ち上げ。
1964 – At the Academy Awards, Sidney Poitier becomes the first African-American male to win the Best Actor award for the 1963 film Lilies of the Field.
(25)1970年 - 発射されてから2日後のアポロ13号で機械船の酸素タンクが爆発し、月面着陸を断念、帰還の途につく。
1972 – The Universal Postal Union decides to recognize the People's Republic of China as the only legitimate Chinese representative, effectively expelling the Republic of China administering Taiwan.
・1972 –
Vietnam War: The Battle of An Lộc begins.
1974Western Union (in cooperation with NASA and Hughes Aircraft) launches the United States' first commercial geosynchronous communications satellite, Westar 1.
1975Bus massacre in Lebanon: An attack by the Phalangist resistance kills 26 militia members of the Popular Front for the Liberation of Palestine, marking the start of the 15-year Lebanese Civil War.
(26)1975年 - ロックバンドキャロルが解散。
1976 – The United States Treasury Department reintroduces the two-dollar bill as a Federal Reserve Note on Thomas Jefferson's 233rd birthday as part of the United States Bicentennial celebration.
(27)1982年 - 毎年8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」とすることが日本の閣議で決定。
1984 – India moves into Siachen Glacier thus annexing more territory from the Line of Control.
(28)1986年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がローマ教皇として史上初めてシナゴーグを訪問。
(29)1986年 - 長江裕明一家3人がヨットでの4年9か月の世界一周を経て蒲郡港に帰港。
(30)1987年 - 1999年12月20日ポルトガルマカオ中華人民共和国に返還する共同声明に両国が調印。
(31)1990年 - ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領が、カティンの森事件がソ連秘密警察の犯行であったことを認め陳謝。
(32)1991年 - 東海大学安楽死事件がおこる。
(33)1992年 - ポルトガル中華人民共和国1999年マカオを返還する旨の共同声明に調印。
(34)1992年 - テレビ朝日系テレビアニメ『クレヨンしんちゃん』放送開始。現在も放送中。
1992 – The Great Chicago flood devastates much of central Chicago.
(35)1994年 - フジテレビ刑事ドラマ古畑任三郎』放送開始。同シリーズは2006年の正月の特番で終了するまで約11年続いた。
(36)1997年 - ゴルフタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3か月でマスターズ・トーナメントに初優勝。

(37)2001年 - 日本でDV防止法が公布される。
(38)2011年 - 東日本大震災に伴う津波の被害により閉鎖されていた仙台空港が、一部の国内線において運行を再開。
(39)2011年 - 大阪大学医学部附属病院で日本初の15歳未満がドナーの心臓移植が行われる。
(40)2012年 - 北朝鮮が人工衛星と称した弾道ミサイルを打ち上げるが、失敗に終わる。
(41)2013年 - 午前5時33分ごろ、淡路島付近を震源とするマグニチュード6.0の地震が発生。淡路市で震度6弱を観測する。(淡路島地震
2014 – A bus traveling from Villahermosa to Mexico City crashes into a tractor-trailer and catches fire, killing at least 36 people.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6244編目です。 
2016年4月13日(水)掲載分
昨日4月12日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 ひゃ~!とんでもなく、長~いブログになりました!思いつくままのブログでお見苦しい面は重々覚悟してのことですが、ヨシダの道楽としてご寛容の程。その記事は「No.6242:孫正義は「中学英語」で世界トップと交渉する 元社長室長が間近で見た「伝わる英語」DIAMOND Online2016.4.13.三木 雄信 :ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト代表)」です。ヨシダが心底から想うに、このお陰で心は青年の如くって感じです。年寄はブツブツひとり言を口にするのがオチ(?)。その点、ヨシダのブツブツはこのコラムのブログ。ま、ボケ防止バツグンをエンジョイさせてください。(10:55)
 遅ればせながら、本日「4月13日のできごと」 でヨシダが関心を強くするものは、「(36)1997年 - ゴルフタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3か月でマスターズ・トーナメントに 初優勝」といきましょう。エッ?ゴルフのできない身のヨシダが!? といった声を意識します★ほかでもありません、近年になってテレビでゴルフを観る魅力を感じているのです。脚が不自由なことからゴルフはまったく無縁かつ 興味を抱いたことのないヨシダ。と、どうでしょう、近年になってチョッピリ好奇心を抱くのです。ヨシダが感じる妙味とは、遠くから力一杯クラブを振った ボールが「ホール・イン・ワン」もしくは、一歩手前って奇跡的なプレイを目の当たりにしてのことです。「ホール・イン・ワンなんて、まぐれ当たり さ・・・」と軽口を心に抱いていたのがヨシダ。どうしどうして、「狙い撃ち」が実像と体感する昨今のヨシダです★近年のテレビ鑑賞でひと言のブログ。速い 動きのスポーツを眼で追うのにシンドイものより、ゆとりを持ちながら鑑賞できるものを選ぶようになりました。ボクシングは(も)そのひとつ。「殴り合いな んて野蛮なスポーツ」くらいに抱いていたヨシダのボクシング観が様変わりです。クイックな動きのなかにも、余裕を感じるからです。ゴルフも然り。対してバ スケット・ボールは選手とボールの動きについていくのがシンドイのです(笑)。・・・とまあ、他愛も無いブログで失礼しました。ブログって、こんなことが できるのが魅力ですよね。(11:10)
 ・・・ああ、少々、疲れました!・・・ほかでもありません、「No.6243一昨日は、松山英樹選手の優勝を期待して早起きし、ゴルフの中継に見入った…熊本日日新聞「新生面」2016.4.13.)」 を編集するなかで、文中にあるボビー・ジョーンズの名言の末尾の言葉「・・・人生のライなのである」の「ライ」の意味確認で時間を要しました。ライは lie で「ウソ&横たわる」の意味がありますが、ゴルフの場合のライはボールが横たわる(止まる)を意味することを知るまでに苦労しました(苦笑い)。ま、これ も勉強機会です。(13:15)

 「No.6244オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之)」を編集しながら心地よい気分に浸りました。「ヨシダの眼に狂いはなかった・・・」が密かな心情です。(15:40)

No.6244
オバマ氏の広島訪問、前向きに検討 米大統領報道官
日本経済新聞2016.4.13.ワシントン・川合智之
ヨシダブログ:オ バマ大統領の被爆市訪問の可能性百パーセントを確信してきたヨシダは、その決め手を2009年10月の次点に遡ります。各界各層の人たちがその可能性に大 き な不安を抱くなかで、ヨシダは頑なにそれを「予言」した唯一のニッポン人なかんずく、ヒロシマヒバクシャであると自負します。その根源は「オバマ大統領が任期中に被爆市訪問ご発言!ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 に詳細に記述しています▼万一、大統領がそのご自身の言葉を実現されなかったら、日本人流で言えば「男が廃る」ことを意味するとまで極言して現在に至りま す▼そのベストな被爆市訪問は昨年の8月6日、すなわち、「70周年ー2015年」という西洋流に言えば、極めて「区切りよい年次」をベストとして提言し たものでしたが、それは叶いませんでした。「・・・大統領任期中に被爆市訪問の栄に浴したい・・・」は大統領ご自身の言葉でありますが、そのことが「レガ シーづくりにも寄与する」ともヨシダは当初から提言したものです▼ともあれ、ここまできたら、もはや、疑う余地は皆無と心得ます。余談ですが、7年前の大 統領の記者会見時における言葉「...This time the schedules are too tight. However, I would like to have an honor of visiting the cities someday in my Presidency...」とインタビュー記者(NHK World)」に答えられた「貴重な情報」が直後において、米政府関係筋から「報道規制」が敷かれて現在に至る・・・というのがヨシダ推理です。旧GHQ 指令(?)みたいなものだった、とはヨシダの爆弾皮肉発言です▼秘話的ですが、米日本大使館やホワイトハウス宛の当該メールを発信したものです。届いたか どうかは関係なく、ヨシダ自身の「レガシー」真似事足り得る努力であったと現在にして自負するエピソードです。写真5枚添付ファイル
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No.6243
一昨日は、松山英樹選手の優勝を期待して早起きし、ゴルフの中継に見入った…
熊本日日新聞「新生面」2016.4.13.

ヨシダブログ:不思議なものを感じます。今朝一番にブログした「編集者のダイアリーコーナー」でヨシダが興味を示した「きょうのできごと」に「(36)1997年 - ゴルフタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3か月でマスターズ・トーナメントに初優勝」を選んだ理由をブログしています。身体的にはゴルフオンチのヨシダがゴルフ関連の記事にヒットしたことにある種の何かを感じます▼本記事に登場する「マスターズ・トーナメントの創設者で“球聖”と言われたボビー・ジョーンズ」をグーグルで知りました。「・・・ ボビー・ジョーンズ(1902~71年)米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きであり、5歳で自然にクラブを握 る。14歳で全米アマに出場。その後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドス ラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトラン タに戻り弁護士活動の傍ら、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズトーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。不世出の球聖として歴史に その名を刻む(ウィキペディア)▼本記事でヨシダが最も共感することは、ボビー・ジョーンさんの名言です。曰く、「人間は与えられた条件のなかでどう生きるか が大事。これが今、私が置かれている人生のライなのだ」 です。ヨカッタ!勉強機会を得て!です▼(後記)ゴルフの用語「ライ(lie)」はボールが横たわる(止まる)を意味することをゴルフオンチのヨシダは時 間をかけて初めて知りました。「人生のライ」とは、「置かれた現在のわが人生そのもの」を意味するのであって、その中からベストを尽くす・・・といった深 い意味を持つ言葉と解釈します。写真14枚添付ファイル
     「松山英樹選手」の画像検索結果「ボビー・ジョーンズ」の画像検索結果「ボビー・ジョーンズ」の画像検索結果「山口香『残念なメダリスト』」の画像検索結果「山口香『残念なメダリスト』」の画像検索結果
    「ボビー・ジョーンズ」の画像検索結果   「人間は与えられた条件のなかでどう生きるか が大事。これが今、私が置かれている人生のライなのだ>(ジョーンズ)。」の画像検索結果  「Bobby Jones words 」の画像検索結果
 (お詫び:上掲のボビー・ジョーンズ名言は日英語同じものではありません。時間をかけて探したのですがヒットしませんので、類似のものを選択して掲載しました。左は本記事文中に筆者が引用されたものです。)
           「桃田賢斗選バドミントン」の画像検索結果「桃田賢斗選スキャンダル」の画像検索結果関連画像  「桃田賢斗選バドミントン」の画像検索結果  「桃田賢斗選バドミントン」の画像検索結果
No.6242
孫正義は「中学英語」で世界トップと交渉する 元社長室長が間近で見た「伝わる英語」
DIAMOND Online2016.4.13.三木 雄信 :ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト代表
ヨシダブログ:ヨ シダの英語力はほどほどの自覚を持ちながらですが、極めて強い関心をもって本記事で学びます。世界で君臨する孫正義大経営者の生の英語を耳にしたことがな いだけに、です。お恥ずかしいながら、パソコンは2台ともサウンドレス。??と思われるでしょうが、どうも、耳から入る情報は苦手の年配者です(笑)▼ と、そんなことからですが、この際、孫正義御大の英語力に関係する情報をグーグルで手繰ってみました。「・・・司馬遼太郎の小説馬がゆく』を愛読し、脱藩に憧れて渡米を決意し、夏休みを利用して米国カリフォルニア州にて語学研修のため4週間の短期留学。1974年に久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校(ESL)に入学。米国サンフランシスコセラモンテ高等学校の2年生に編入。3年生、4年生へと飛び級高校卒業検定試験に合格したため、高等学校を3週間で退学(10月)。翌1975年に米国ホーリー・ネームズ・カレッジに入学。1977年カリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年生に編入。さらに1979年シャープに自動翻訳機を売り込んで得た資金1億円を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。インベーダーゲーム機を日本から輸入。結婚。1980年カリフォルニア大学バークレー校を卒業。学位は、経済学士。日本へ帰国後、会社を設立するために福岡市南区に 事務所を構えた・・・(ウィキペディア)」▼若い時に英語力を駆使された同氏の人生体験の一ページを拝見しただけで容易に想像できるのが同氏の英語力の実 像 と心得ます。本記事にみる、「初歩的な英語会話力助言」とはいささか距離を置くような孫氏の英語力の実像です▼ヨシダがグーグルから拾ったもうひとつ の貴重な記述をこの際、添付します。「・・・孫の名前にこだわった理由はもう一つあり、それは渡米する際に心に決めた志と通名による起業が矛盾するという ことであった。孫は佐野眞一に対して「何十万 人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能 力がある。それを自分が事業で成功して、 証明しなきゃならないと思ったんです。これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が 本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。 あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……」と述べている(ウィキペディア)」▼「中見出し」は、■初めの挨拶はできるだけ簡単な言 葉で、■プレゼンでの話題転換の際には「Let’s」を使う、■重宝する英単語「wise」「key」「with」、■孫正義がよく使うセンテンス・・・ と続きます▼ふと、ヨシダが想うことに、「ニッポン人の英語学習の手法」そのものがあります。「This is a book」で始まる典型的な日本人の英語学習手法。それがニッポン人の英語学習のスタートであるだけに、日常会話には適していないワケと言えるでしょう▼ ヨシダの日常英語会話は家長・アーネルが相手。ちなみに、フィリピン人は英語を第二国語として、小学生時代から学んではいますが、それは近代のこと。年配 の人たちはほんの片言程度▼そんな環境の中でヨシダが自然に会得したと自負できる英会話のコツがあります。それを長々とブログする気は毛頭ありませんが、 ヨシダ流英会話手法は独特と自負し、かつ本記事筆者の助言に通じると自負します▼例えば、"You know, Arnel, I'm just thinking something...."と切り出して、次の言葉を頭に浮かべるのです。英会話レッスンでないので、その程度で後はご想像に任せますが、いきなりズバ リのことを「ジス・イズ・ア・ペン式」で口にすることを考えて戸惑うのでなく、会話を交わす者同士の「雰囲気づくり」が大事です・・・。と、本記事を読ん でヨシダが感じて共感した「参考にすべき英会話のコツ」といったところです。失礼しました、余計なヨシダ流英語会話のコツ(?)に関するブログになっ て・・・▼もうひとつの英語会話力に関する余計なヨシダのサービス情報を提供します。詳細は「日本人はなぜ英語ができないのか?・・・」(グローバル企業を支える異文化ビジネスコンサルタント 川久瀬洋二)をクリックしてご覧ください。ヨシダが尊敬してやまないご人物です。写真8枚添付ファイル
          「孫正義語録」の画像検索結果「孫正義語録」の画像検索結果「孫正義語録」の画像検索結果「孫正義」の画像検索結果
           「三木雄信」の画像検索結果「『海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は 1年」でマスターできる」の画像検索結果「世界のトップを10秒で納得させる資料の法則』」の画像検索結果Etc.
  昨 日12日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日13日の第一記事掲載(9:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(745KB)

                      2016年4月13日(水)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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