吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳5か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

  原爆証言者・吉田祐起の被爆現場証拠写真です。
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  2016年2月14日(日)午前3時頃のこと。ふと目覚めて色んなことに想いを巡らすなかで思いついたこと。それは被爆で九死に一生を得たという表現を 辞さない私の生々しい体験の場をこのサイトに再現することでした。ガバッと起きてデスクに向かいグーグルで関連写真を検索しました!ゲットしたのが上掲の 写真です。
 当時の私は学徒動員で広島電鉄本社電気課勤務でした。足が不自由なことからの事務所勤務。他の級友たちは電車・バスの修理工場配属 で した。左端の写真看板は現在の本社別館(右2枚の3階ビル)の前に設置されている半倒壊したビル画面と日英語説明文看板。2番目の白黒写真はその生々しい 倒壊した建物コーナーの写真です!
 朝礼を終えてビッコを引きながら薄暗い廊下伝いに電気課事務所に向かっていた瞬間の「ヒカ!ドン!」でし た。 あっという間に下敷きになりました。数秒の差で倒壊を免れた同課オフィスに辿り着いていたと、今更の如く想起し、感無量です。真っ暗なビルの下敷きで手を 合わせて死を覚悟しました。ふと、頭上にほのかな明かりが眼に入り、無我夢中で瓦礫をよじ登りました。子供心に想起することに倒壊した建物のてっ辺に這い 出た時の印象は「下界を見下ろす」って位置。顔面に吹き出る血をみて、「母ちゃ~ん!血が出ているよう~!」と泣きました。倒壊したあの建物の下敷きのわ が姿を生々しく再現再確認する次第です。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                           English               
            2016年4月12日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
  

)  ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

              オバマ米大統領の被爆市訪問が現実味を帯びています!
  上掲のヨシダブログ(オバマ大統領の任期中に被爆市訪問発言)がホンモノになる気配が濃厚です。多くの各紙が報道している内容とはひと味もふた味も異なる記事は、「
No.6185オバマ米大統領 広島訪問を検討 5月、サミット来日時毎日新聞2016.3.23.(夕刊)西田進一郎・北米総局特派員(本紙記事サイトは有料のため開けません)」 です。筆者の西田進一郎氏は北米総局特派員だけに他紙の同類記事とは異なります。 キューバ訪問という名のオバマ大統領の「レガシー」に「米大統領初の被爆市訪問という名のレガシー」が加わる気配は濃厚になりつつあります★ちなみに、他 紙の同類記事を参考のために列記します。米大統領の広島訪問「検討」 サミットで来日時」(日本経済新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 サミット来日時、政権に慎重論も」(中日新聞)、「オバマ米大統領、広島訪問を「検討」(中国新聞)、「米大統領の広島訪問「検討」 (共同通信)、毎日新聞別件記事「核なき世界へ・・・きたいかん米大統領が広島訪問検討」・・・等々です。(2016.3.23.18:30記)
 新しい当該記事「No.6211米大統領の広島入り焦点 5月サミットに向け政府調整  G7外相が原爆資料館訪問日本経済新聞2016.4.3.ワシントン:吉野直也)」です。(2016.4.3.記)
                
     
             ウィキペディアから拾った4月12日の「できごと」 
                               April 12 Events(英語版) 
                                   「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「ウィキペディアのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・★なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
   3関連画像「薄葬令」の画像検索結果「薄葬令」の画像検索結果   関連画像          関連画像「薄葬令」の画像検索結果 5「1606, england and scotland kings」の画像検索結果
   ユニオン・フラッグの変遷関連画像「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果イギリスの国旗「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果「イングランド・スコットランド同君連合」の画像検索結果7関連画像「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果
         「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果  「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果   関連画像  「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果  「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果「1638年 - 島原の乱」の画像検索結果「島原の乱遺跡発掘」の画像検索結果
           「島原の乱遺跡発掘」の画像検索結果  「島原の乱遺跡発掘」の画像検索結果8「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果関連画像「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果          「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果
  「本所牛島新田に回向院を建立」の画像検索結果10「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果      「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果「fort sumter battle, 1861」の画像検索結果
      「fort sumter battle」の画像検索結果  19        関連画像「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果  「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果  「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果 「1945, franklin roosevelt died, truman succeeded」の画像検索結果「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果「1945, roosevelt died, bvice president truman succeeded」の画像検索結果
  25  「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果 「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果 「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果 「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成」の画像検索結果「2016, 東京都千代田区に霞が関ビル」の画像検索結果
           29「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果   「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果   「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果   「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果「1981, first space shattle mission STS-1 launhed」の画像検索結果
                31「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果  「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果  「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果         「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果  「1992, Euro Disneyland」の画像検索結果
                (以下、太文字表示は当該写真資料等を上掲しているものです。)
238Gordian II loses the Battle of Carthage against the Numidian forces loyal to Maximinus Thrax and is killed. Gordian I, his father, commits suicide.
240Shapur I is crowned as king of the Sasanian Empire.
(1)467年 - アンテミウス西ローマ帝国皇帝に即位。
(2)601年推古天皇9年3月5日) - 推古天皇が高句麗百済に使いを送り任那の復興を要請。
627 – King Edwin of Northumbria is converted to Christianity by Paulinus, bishop of York.
(3)646年大化2年3月22日) - 薄葬令発布。
(4)1204年 - 第4回十字軍によりコンスタンティノープルが陥落
(5)1606年 - イングランドスコットランド同君連合の旗としてユニオン・フラッグが定められる。
(6)1633年 - ガリレオ・ガリレイ異端審問の正式な尋問が始まる。
(7)1638年寛永15年2月28日) - 島原・原城が落城し島原の乱が終結。
(8)1657年明暦3年2月29日) - 江戸幕府が、明暦の大火で亡くなった10万余人の霊を供養するため、本所牛島新田に回向院を建立。
1776American Revolution: With the Halifax Resolves, the North Carolina Provincial Congress authorizes its Congressional delegation to vote for independence from Britain.
(9)1784年天明4年2月23日) - 筑前国志賀島にて「漢委奴国王印」が出土。
1807 – The Froberg mutiny ends when the remaining mutineers blow up the magazine of Fort Ricasoli.
1820Alexander Ypsilantis is declared leader of Filiki Eteria, a secret organization to overthrow Ottoman rule over Greece.
1831 – Soldiers marching on the Broughton Suspension Bridge in Manchester, England cause it to collapse.
(10)1861年 - 南軍が北軍のサムター要塞サムター要塞の戦い)を攻撃し、アメリカ南北戦争が開戦。
1862 – American Civil War: The Andrews Raid (the Great Locomotive Chase) occurs, starting from Big Shanty, Georgia (now Kennesaw).
(11)1864年 - 南北戦争: ピロー砦の戦い
1865 – American Civil War: Mobile, Alabama, falls to the Union Army.
(12)1877年 - 東京大学(後の帝国大学、東京帝国大学。現在の東京大学)が設立される。
(13)1877年 - イギリスがトランスヴァール共和国を併合。
(14)1883年 - 陸軍大学校開校。
(15)1905年 - 阪神電気鉄道が大阪(出入橋駅) - 神戸(三宮駅)間で開業。日本初の都市間電気鉄道
1910SMS Zrínyi, one of the last pre-dreadnought battleships built by the Austro-Hungarian Navy, is launched.
1917World War I: Canadian forces successfully complete the taking of Vimy Ridge from the Germans.
(16)1919年 - 関東軍司令部条例が公布され、関東軍が設置される。
(17)1927年 - 上海蒋介石上海クーデター(四・一二クーデター)を起こす。
・1927 – Rocksprings, Texas was hit by an F5 tornado that destroyed 235 of the 247 buildings in the town and killed 72 townspeople and injured 205; third deadliest tornado in Texas history.
1928 – The Bremen, a German Junkers W 33 type aircraft, takes off for the first successful transatlantic aeroplane flight from east to west.
1934 – The strongest surface wind gust in the world at the time of 231 mph, is measured on the summit of Mount Washington, New Hampshire. It has since been surpassed.
・1934 – The U.S.
Auto-Lite strike begins, culminating in a five-day melee between Ohio National Guard troops and 6,000 strikers and picketers.
1935 – First flight of the Bristol Blenheim.
1937 – Sir Frank Whittle ground-tests the first jet engine designed to power an aircraft, at Rugby, England.
1945 – U.S. President Franklin D. Roosevelt dies while in office; Vice President Harry Truman, becomes President upon Roosevelt's death.
・1945 – The
U.S. Ninth Army under General William H. Simpson crosses the Elbe River astride Magdeburg, and reached Tangermünde—only 50 miles from Berlin.
(18)1948年- 日本経営者団体連盟(日経連)結成。
(19)1945年 - フランクリン・ルーズベルト米大統領が在任中に死去。副大統領ハリー・S・トルーマンが大統領に昇格。
(20)1955年 - 東京大学生産技術研究所が、国分寺にてペンシルロケットの公開試射実験を行う[1]
1955 – The polio vaccine, developed by Dr. Jonas Salk, is declared safe and effective.
(21)1957年 - 西ドイツの18人の物理学者が原子兵器の生産・実験・使用に協力しないことを宣言したゲッティンゲン宣言を発表。
(22)1957年 - 耕三寺参拝の連絡船が沈没事故、死者・行方不明113人。(第五北川丸沈没事故
(23)1961年 - ソ連が、ユーリイ・ガガーリンが乗った人類初の有人宇宙船「ボストーク1号」を打ち上げ。
1963 – The Soviet nuclear-powered submarine K-33 collides with the Finnish merchant vessel M/S Finnclipper in the Danish straits.
(24)1964年 - 財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部東京12チャンネル(現在のテレビ東京)が開局。
(25)1968年 - 東京都千代田区に霞が関ビル完成。高さ147メートルで当時日本一。
1970Soviet submarine K-8, carrying four nuclear torpedoes, sinks in the Bay of Biscay four days after a fire on board.
(26)1973年 - 祝日法改正。振替休日が誕生。
(27)1980年 - リベリアサミュエル・ドウらが軍事クーデターを起こし、ウィリアム・R・トルバート大統領を暗殺、政権を掌握する。
(28)1980年 - テリー・フォックス希望のマラソン英語版を開始。
(29)1981年 - 初のスペースシャトルミッションSTS-1でスペースシャトル「コロンビア」を打ち上げ。
(30)1990年 - 韓国政府が大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫特赦を決定。
1990Jim Gary's "Twentieth Century Dinosaurs" exhibition opens at the Smithsonian Institution National Museum of Natural History in Washington, D.C. He is the only sculptor ever invited to present a solo exhibition there.
(31)1992年 - フランス マルヌ・ラ・ヴァレにヨーロッパ初のディズニーテーマパークユーロディズニーランド(現名称:ディズニーランド)が開園。
1994Canter & Siegel post the first commercial mass Usenet spam.
1998 – An earthquake in Slovenia, measuring 5.6 on the Richter scale occurs near the town of Bovec.
1999 – US President Bill Clinton is cited for contempt of court for giving "intentionally false statements" in a sexual harassment civil lawsuit.
2002 – A suicide bomber blows herself up at the entrance to Jerusalem's Mahane Yehuda Market, killing 7 and wounding 104.
(32)2006年 - ビジュアル系ロックバンド、PIERROTが解散を発表。
2007 – A suicide bomber penetrates the Green Zone and detonates in a cafeteria within a parliament building, killing Iraqi MP Mohammed Awad and wounding more than twenty other people.
(33)2009年 - ジンバブエ政府が、ハイパーインフレの続くジンバブエ・ドルの無期限発行停止を発表。
2010 – A train derails near Merano, Italy, after running into a landslide, causing nine deaths and injuring 28 people.
(34)2011年 - 15歳未満の男性に対し、臓器移植法に基づく脳死判定(家族同意による)。日本国内における15歳未満への脳死判定は、同法改正後初。
(35)2012年 - 京都祇園軽ワゴン車暴走事故京都市祇園で運転手のてんかん発作により観光客らが次々と自動車にはねられる事件が発生。運転手を含む8人が死亡。
2013 – Two suicide bombers kill three Chadian soldiers and injure dozens of civilians at a market in Kidal, Mali.
2014 – The Great Fire of Valparaíso ravages the Chilean city of Valparaíso, killing 16, displacing nearly 10,000, and destroying over 2,000 homes.

                            インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 6241編目です。 
2016年4月12日(火)掲載分
昨日4月11日最終のトップページ
日別最終トップページ一覧表(4月5日新設)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「4月12日のできごと」 でヨシダが関心を強くするものは少なくないのですが、「(19)1945年 - フランクリン・ルーズベルト米大統領が在任中に死去。副大統領ハリー・S・トルーマンが 大統領に昇格」で少年時代の想い出があります。原爆投下される半年前のこと。当時、わが家はお袋がクラシック音楽喫茶を経営していました。カウンター越し に居た長男ユウキにお袋が言いました。「・・・アメリカの大統領が死んだ・・・」と。多くを口にしませんでしたが、彼女がそ~とボクの耳に吹き込んでいた こ とに、「ルーズベルトは小児麻痺(infantile paralysis・当時は「polio(poliomyelitis)」の英語医学語は日本には入っていませんでした)。この病気に罹る人は賢いん じゃ・・・」でした。ふ~ん・・・と、それ以上のことを口にしなかった長男のユウキでした。でも、内心は敵国の大統領であることから、死んだという情報に は別段、哀悼の念なんて抱きませんでした★大統領に就任した後継大統領のトルーマンが原爆投下を命令したもの。ルーズベルトが生きていても同じことでは あった でしょう。そもそも、原爆製造支持はルーズベルト時代のことであったからですね★ふと、この「小児麻痺」をグーグルするに、「小児期に起こり、あとに四肢などの運動障害を残す病気。急性灰白髄炎ポリオ)と脳性麻痺脳性小児麻痺)とがあり、特に前者を単に小児麻痺ということも多い。この両者はまったく別の病気である)」と。ヨシダの場合は「脊髄性」という幼年期から知らされていました。ルーズベルトが罹病したのは後者だったのでしょう★ポリオ罹病者の中には何十年も経ってある種の「後遺症」(ポ ストポリオ症候群・PPS)に罹病するケースがあるとか。新潟の友人にその患者が居られます。その人たちのための協会もあるとかです★この「できごと」に 接してヨシダの胸に去来すること。申すまでもなく、現在にしてこの心身ともの健康状態。感謝の極みです。「自利から他利」 の生き方選択肢の原点でもありま す★ところで、トップ面の「現在の編集容量は限度の1000KB直前」。「できごと写真群」の削除で調整していますが、その分、ヨシダは欲張り症候群 (?)。と、こんなことをブログできるのは幸せの証拠っと、自覚しています。(8:40)
 「No.6240:「謝罪なし」でオバマの広島訪問実現の公算頂門の一針第39865号2016.4.12.政治評論家:杉浦正章)」は編集中のままですが、はやる編集者・ヨシダの気持ちゆえに、とり急ぎ掲載します。おりしもXPが受信した毎日新聞「論点:米国務長官、広島訪問」で、「悲劇知る、歴史的なこと 明石康・元国連事務次長」の言葉が目にとまります。長文記事ですので、後刻に編集して此処に掲載します。「No.6241:論点:米国務長官、広島訪問 毎日新聞2016.4.12.)」(編集中)(16:30)
  イイ歳して苛々するな、と自身に言い聞かせる始末。ほかでもありません、ちょっと中断してすることがあるので、しばらくの間、デスクから離れます。直近の 記事の主人公は元国連事務次長。1931年生まれのヨシダと同年配!お元気そうなお顔写真をみて嬉しい限りです・・・。(17:20)
 デスクに戻って早速に仕上げたのが、「No.6241:論点:米国務長官、広島訪問 毎日新聞2016.4.12.)」です。本日はこれにて終了として、明日への日付変更作業に入ります。と言っても、傍らのXPが受信している10数通のメルマガ情報・・・。素通り已む無しでいきましょう。(20:20)



No.6241
論点:米国務長官、広島訪問
 
毎日新聞2016.4.12.

ヨシダブログ:国 際感覚抜群の明石康元・国連事務次長と笹川平和財団USA安全保障・外交プログラムフェローのお2人を相手に質問した毎日新聞ワシントン支局の及川正也氏 のシャープな質問等々で、読み応え充分かつ、説得力ある取材記事です▼ヨシダが特記したいことを明石さんは指摘しています。かの原爆死没者慰霊碑に刻み込まれたことば「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬ から」に対する注釈です。拙著「65年間の沈黙を破って語る原爆生存者証言~3つの視点~」 (2009.)」のP.13~14にわたって披瀝していますが、主語抜きの日本語「・・・過ちは繰り返しませぬから・・・」に対する異議論を受けての発言 で主語は「We(われわれ人類)」とされた経緯を証言しています。「原爆投下国・被爆国の別なく、人類として・・・」の意義が現在にして活きることを強く 自覚します。写真12添付ファイル 
「5月の主要7カ国首脳会議(伊勢志摩サミッ ト)」の画像検索結果
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No.6240
「謝罪なし」でオバマの広島訪問実現の公算
頂門の一針第39865号2016.4.12.政治評論家:杉浦正章
ヨシダブログ:広 島市で開催された「G7外相会議」で俄かにオバマ大統領の被爆市訪問の可能性が話題です。ヨシダは去る2009年来、オバマ大統領が被爆市訪問をするのは 他ならぬ大統領自身の「男の約束」として声を大にしてブログして現在に至ります▼その背景は本コラムでもヨシダのウェブサイトはトップサイトで大きくブロ グしています。「オバマ大統領が任期中に被爆市訪問ご発言!ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年10月10日)がそれですが、肝心の点はその時の大統領の言葉です。NHKワールドの英語版番組で偶然目にした光景は現在にして鮮明です。 NHK記者の質問(英語)に対する同大統領の明確な言葉(英語)はヨシダの目と耳に鮮明であり続けて現在に至ります。再現しますとこうです・・・。 「...This time the schedules are too tight. However It would be a great honor for me if I could visit someday during my Presidency....(今回はスケジュールが一杯でできないが、何時か大統領任期中に訪問の栄に浴したい・・・)」でした。なんとも、謙虚な大統 領の言葉であり、姿勢だと感じ入ったものでした▼と、現在に至ってのことですが、7年前のこの出来事が、どうしたことか、その直後から現在に至って、封印 された感じです。その大統領の言葉が母国ニッポンのマスメディアでは現在に至るも一切、報道されたことがありません。ヨシダの現在に至る「解釈」は、こう です・・・。歴代の大統領にとって被爆市訪問は立場上、したくてもできないというのが背景。「陳謝」の被爆市訪問と受けとめられることへの米側の危惧で す。そこで起きたのが終戦後のGHQならぬ、日米当該要人筋の約束ごと。すなわち、大統領のあの言葉の「一斉報道規制」が背後にあるとみます▼前段が長く なりましたが、本記事にみる次の言葉をもってその背景と事実を証明するに足りるものと して本コラムに掲載することにした次第です。曰く、本記事中ほどにある「・・・加えてオバマ自身の広島、長崎への「思い」がある。2009年の首相・鳩山 由紀夫との会談後の記者会見でも、「将来、(広島、長崎)両市を訪問することは当然光栄なことであり、非常に意義深いことだ」と語っていた・・・」がそれ です!▼ヨシダの知る限り、この証言の一文はマスメディアに登場した唯一かつ、最初で最後の当該言葉であり、ヨシダが強調してやまない当該出来事報道の実 とみなします。ヨシダの知りたいことは、本記事筆者の杉浦正章氏が何処でそれを「入手」されたか、 であるにほかありません。本記事の当該箇所を「太文字表示(ヨシダ引用)」としているのは、こうした背景があるからです▼色々と紆余曲折で現在に至る米大 統領の被爆市訪問関連報道。ここは一番、「核兵器なき世界」発言でノーベル平和賞を受賞されたオバマ大統領。その集大成(男の約束レガシーの実現)という 名において実現して欲しいものです▼末尾に追記の追記をひとつお許しを!!!!▼原爆投下が終戦を早めた(決定づけた)ことは紛れもない<物理的結果>であって、これを疑うことは知的でありえません!それを感情的に受けとめようとするところに、ドダイ無理があることを認識すべきです。「物理的結果」とするヨシダの主張の対面にあるのがヨシダが主張してやまない「和解への心」です。その詳細は「核兵器絶滅実現へのヒバクシャ使命 人類史上初の原爆投下国とヒバクシャの和解へのコンセンサスづくり」でブログしています。写真4枚添付ファイル
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  昨 日11日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日12日の第一記事掲載(16:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブロ グ」 に本編を 含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                         「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  以下のコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するもので して、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。なお、上掲のリンクをクリックすると、そ の下書き的なテーマや内容の一端が垣間見られます。


               「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
★84歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
★ 人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
★ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
★手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
★そ こで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
★ コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクトの人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
★そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
★ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
★若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
★ その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
★すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、「世のため、人のために役立つ生涯を」・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジ ナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
★アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
★ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
★なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。  
★もうひとつの「蛇足の弁」ならぬ、「蛇足・でも価値ある漫画言葉」の漫画。曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにつるためだと言ったらどう思うかい?)★これってヨシダのホンネそのものって感じです!!!(笑)
                  「余生」の画像検索結果「余生」の画像検索結果 
 (注)最 近の本トップサイトは添付写真が多いことから、「編集ソフト許容量=1000KB=1MB」の限界線をウロウロしています。従って、本コラムではその容量 大なものは掲載しにくいことを残念に思ってます。その点、このブログ(余生から与生・世生へ)は写真がないために、編集容量が極めて低く (11.14KB)。ために、「常設」してもシンパイないということです。ヨシダって、ソロバン勘定旺盛(?)でしょう!いやいや、「効率的志向性大の爺 ちゃん」です。なにせ、60余年もの経営者人生を送って現在に至るヨシダですので・・・。 

 ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。(793KB)

                      2016年4月12日(火)
                          ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                          吉田祐起
                
          (満84歳5ヶ月)  
                  (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)   

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