吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月8日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月8日の「できごと」 
                          December 8, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
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関連画像     「Infamy Speech」の画像検索結果      「Infamy Speech」の画像検索結果「Infamy Speech」の画像検索結果    「Infamy Speech」の画像検索結果
9「1945年ghq」の画像検索結果関連画像「1945年新聞各紙「太平洋戰爭史」掲載」の画像検索結果「1945年「太平洋戰爭史」」の画像検索結果「1945年「太平洋戰爭史」」の画像検索結果「1945年「太平洋戰爭史」」の画像検索結果関連画像「1945年「太平洋戰爭史」」の画像検索結果 
     14 「Pan Am Flight 214」の画像検索結果 「Pan Am Flight 214」の画像検索結果 「Pan Am Flight 214」の画像検索結果    「Pan Am Flight 214」の画像検索結果
25「Joanne Rowling」の画像検索結果  「Harry Potter and the Philosopher's Stone」の画像検索結果「Harry Potter and the Philosopher's Stone」の画像検索結果「Harry Potter and the Philosopher's Stone」の画像検索結果   「Harry Potter and the Philosopher's Stone」の画像検索結果「Harry Potter and the Philosopher's Stone」の画像検索結果
                  32 「William Crapo "Billy" Durant」の画像検索結果「Jean Sibelius」の画像検索結果「嵐寛寿郎」の画像検索結果
395Later Yan is defeated by its former vassal Northern Wei at the Battle of Canhe Slope.
757Du Fu returns to Chang'an as a member of Emperor Xuanzong's court, after having escaped the city during the An Lushan Rebellion.
1432 – The first battle between the forces of Švitrigaila and Sigismund Kęstutaitis is fought near the town of Oszmiana (Ashmyany), launching the most active phase of the Lithuanian Civil War.
1596Luis de Carabajal the younger, one of the first Jewish authors in the Americas, died in an auto-da-fé during the Spanish Inquisition in Mexico City.
1660 – A woman (either Margaret Hughes or Anne Marshall) appears on an English public stage for the first time, in the role of Desdemona in a production of Shakespeare's play Othello.
1813 – Premiere of Beethoven's Seventh Symphony.
(1)1854年 - ローマ教皇ピウス9世の回勅Ineffabilis Deus英語版によって「無原罪の御宿り」がカトリックの教義として公認。
(2)1869年 - 第1バチカン公会議開幕。
(3)1886年 - サミュエル・ゴンパーズを会長としてアメリカ労働総同盟結成。
(4)1907年 - スウェーデングスタフ5世が即位。
1912 – Leaders of the German Empire hold an Imperial War Council to discuss the possibility that war might break out.
(5)1914年 - 第一次世界大戦: フォークランド沖海戦
(6)1922年 - 新婦人協会解散。
1922Northern Ireland ceases to be part of the Irish Free State.
1927 – The Brookings Institution, one of the United States' oldest think tanks, is founded through the merger of three organizations that had been created by philanthropist Robert S. Brookings.
1941World War II: U.S. President Franklin D. Roosevelt declares December 7 to be "a date which will live in infamy", after which the U.S. declares war on Japan.
(7)1941年 - 第二次世界大戦: マレー作戦真珠湾攻撃(日本時間)。日本がに宣戦布告。(時差により、昨日7日付で当該写真37枚添付で掲載済み)
(8)1941年 - 第二次世界大戦: 前日の真珠湾攻撃を受け、フランクリン・ルーズベルト米大統領が屈辱の日英語版の演説。
(9)1945年 - GHQ、全国の新聞へ太平洋戰爭史を掲載させる。
(10)1946年 - シベリア抑留: シベリアからの引揚げ船第1号が舞鶴港に入港。約5千人が帰還。
1949 – The United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East is established to provide aid to Palestinian refugees who left their homes during the 1948 Palestinian exodus.
(11)1953年 - 米大統領アイゼンハワーが国連総会で原子力の平和利用英語版を提言。
(12)1956年 - 新宿歌舞伎町新宿コマスタジアム(コマ劇場)が開場。
(13)1958年 - 第1回アフリカ人民会議開催。
1962 – Workers at four New York City newspapers (this later increases to nine) go on strike for 114 days.
(14)1963年 - パンアメリカン航空214便墜落事故
(15)1963年 - プロレスラー力道山赤坂ナイトクラブで暴力団員に刺される。12月15日に死去。
1966 – The Greek ship SS Heraklion sinks in a storm in the Aegean Sea, killing over 200.
1969 – An Olympic Airways Douglas DC-6 strikes a mountain outside of Keratea, Greece, killing 90—the worst crash of a DC-6.
1971Indo-Pakistani War: The Indian Navy launches an attack on West Pakistan's port city of Karachi.
1972United Airlines Flight 553, a Boeing 737, crashes after aborting its landing attempt at Chicago Midway International Airport, killing 45. The crash is the first-ever loss of a Boeing 737.
(16)1973年 - 女子高校生の流言がきっかけで豊川信用金庫事件が発生する。
1974 – A plebiscite results in the abolition of monarchy in Greece.
(17)1980年 - 元・ビートルズジョン・レノンが、ニューヨークの自宅(ダコタ・ハウス)前でファンに射殺される。
(18)1981年 - 芸大事件: 東京地検が東京芸大の海野義雄教授を収賄容疑で逮捕
1982 – In Suriname, several opponents of the military government are killed.
1987 – The Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty is signed.
・1987 –
Frank Vitkovic shoots and kills eight people at the Australia Post building in Melbourne, before jumping to his death.
・1987 – The
Alianza Lima air disaster occurs.
・1987 – An Israeli army tank transporter kills four
Palestinian refugees and injures seven others during a traffic accident at the Erez Crossingon the Israel–Gaza Strip border, sparking the First Intifada.
(19)1987年 - ロナルド・レーガン米国大統領ミハイル・ゴルバチョフソ連共産党書記長、中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)に調印。
1988 – A United States Air Force A-10 Thunderbolt II crashes into an apartment complex in Remscheid, Germany, killing 5 people and injuring 50 others.
・1991 – The
Romanian Constitution is adopted in a referendum.
(20)1991年 - ロシアベラルーシウクライナの代表がソビエト連邦の消滅と独立国家共同体の創立を宣言。
(21)1992年 - アメリカ・カナダメキシコ北米自由貿易協定に署名。
(22)1994年 - ドイツでウンウンウニウム(レントゲニウム)発見。
(23)1994年 - 原爆切手発行問題: アメリカ合衆国郵便公社が原爆切手発行の中止を決定。
(24)1995年 - 福井県の高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏洩事故発生。事故隠しが問題に。
1998Eighty-one people are killed by armed groups in Algeria.
(25)1999年 - J・K・ローリングの小説『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で刊行。
(26)2004年 - ダイムバッグ・ダレルパンテラダメージプラン)がライブ中にファンに射殺される。
2004 – The Cusco Declaration is signed in Cusco, Peru, establishing the South American Community of Nations.
(27)2005年 - ジェイコム株大量誤発注事件
(28)2005年 - 東京秋葉原に「秋葉原48劇場」(現:AKB48劇場)がオープン。AKB48の第1回公演が行われる。
(29)2006年 - 任天堂の据え置き型ゲーム機、Wiiが欧州で発売開始。
2007 – Three unidentified gunmen storm an office of Benazir Bhutto's Pakistan Peoples Party in Balochistan. Three PPP supporters are killed.
2009Bombings in Baghdad, Iraq, kill 127 and injure 448.
(30)2009年 - 森繁久彌国民栄誉賞授与が決定する。
2010 – With the second launch of the SpaceX Falcon 9 and the first launch of the SpaceX Dragon, SpaceX becomes the first private company to successfully launch, orbit and recover a spacecraft.
・2010 – The Japanese
solar-sail spacecraft IKAROS passes the planet Venus at a distance of about 80,800 km.
(31)2012年 - 任天堂の据え置き型ゲーム機、Wii Uが日本国内で発売。
2013Riots break out in Singapore after a fatal accident in Little India.
(32)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;ウィリアム・C・デュラント(1861)、ジャン・シベリウス(1865)、
  嵐寛寿郎(1903)、

                    インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5916編です。 

2015年12月8日(火)掲載分
昨日12月7日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月8日のできごと」のなかで、ヨシダが特記してみたいことは、「(8)1941年 - 第二次世界大戦: 前日の真珠湾攻撃を受け、フランクリン・ルーズベルト米大統領が屈辱の日英語版の 演説。」です。同演説の全文は「屈辱の日の演説」 をクリックすると英文全文がご覧頂けます。お見事!と一語に尽きるものを感じるヨシダです★昨日7日の「できごと」では真珠湾攻撃を米国時間で掲載しまし た。本日の「ルーズベルト大統領の屈辱の日演説」は日本時間で、事実上の1日遅 れの同演説で、日本の宣戦布告を受けての対日宣戦布告ということになります。戦争を仕掛けたのは日本側、という歴史上の事実を垣間見ます★「(25)1999年 - J・K・ローリングの小説『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で刊行。」に関しては、本も映画にも接していない無骨者のヨシダですので、写真を選びながら観た気分になりました。トホホです。
 今日は大東亜戦争(と、当時は呼びました)勃発の日。子供心に覚えているラジオ放送アナウンサーの言葉「・・・本日未明、帝国艦隊は真珠湾にて、戦闘状態に入れり・・・」でした。正確には、「臨 時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は今八日未明 西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」です。文字通り、真珠湾だけでなく、東南アジア侵攻同時作戦開始でした★本トップサイト末尾に 長文の関連ブログをしています。スクロールダウンしてご覧ください。同胞諸氏でヨシダブログ反対論者の方々の反論をお待ちします。このサイトで議論しませ んか!?★ 「No.5914世の中の「不安」を食べて成長するものなーんだ? こんなナゾナゾを出されたら…日本経済新聞「春秋」2015.12.8.)」を編集しながらつくづく想うことは、「振り子の法則(原理)」であり、「歴史は繰り返す」でもあります・・・。(9:35)
 傍らのXPパソコンがメール受信の気配。ヨシダが尊敬してやまない川久瀬先生からのメルマガ。直ぐにそちらにスイッチして編集しました。「No.5915フランスの国民戦線の台頭が撃ち鳴らすEUへの警鐘心をつなぐ英会話メルマガ2015.12.8.山久瀬洋二)」がそれです。(10:40)
 「No.5916米英との開戦にあたり政府・大本営連絡会議で決定した「対米英蘭…毎日新聞「余禄」2015.12.8.)」を編集しながら断腸の想いを禁じ得ません。これがわが祖国ニッポンの政治家・軍人だったのか・・・と。(11:50)
 思わず、う~んと考え込みながら、時間をかけてブログ編集しました。「No.5917:交通死は現代社会の人柱か 年間5000人を「日常」と思えなくなる瞬間産経ニュース2015.12.8.論説委員・長辻象平)」 にみる死亡事故の原因を云々するには微妙なものが否定できません。現在にも至る東広島市のクライアントの社員ドライバー教育関連資料の題材足り得る記事で もあると考え込みます★アーネルを頼って時おり立ち寄るヨシダより少し若いフィリピン人女性が居ます。米国出稼ぎ滞在の長い人物で老後を祖国でというこ と。杖を片手に足取りは極めて覚束ない感じ。不安を感じないでもありません。人の振りみてわが身を・・・と自覚します。高齢化が招来する社会的彼我の不安 のひとつではあります。(14:10)


No.5917
交通死は現代社会の人柱か 年間5000人を「日常」と思えなくなる瞬間 
産経ニュース2015.12.8.論説委員・長辻象平

ヨシダブログ:ド ライバー教育はヨシダが造詣深くした分野のひとつ。地元警察所管の交通安全協会副会長を長年務め、署長表彰なども多く体験しました。それだけに、本記事に みる警察当局の姿勢に疑問を抱きます。ちょっと信じられないといった感じの交通行政側の姿勢のような気がしてなりません▼犠牲者の方が高齢ゆえに想像でき る「不測の行動」が見え隠れしないでもありませんが、それにしても、その辺りのことへの言及などが皆無であることに違和感が否定できません。被害者の尊厳 に関わることと善意の解釈もあり得るかも▼現在のヨシダは16年間の顧問契約による乗務員教育を終えて日本を離れたものの、現在にして今なお、文書メッ セージの送付による同社社員ドライバー諸君への助言を継続していることから、何らかの形で教科書にしたい出来事記事と心得ます▼翻ってのこと。84歳にし て現在の境遇のヨシダ。クルマ運転は何年も前に「卒業」し、補そう具まで外して部屋に閉じ篭りの生活。することを沢山持つ身ゆえに、最善の生活環境であ り、生活選択肢であると心得ますが、これは例外中の例外であって、ほとんどのお年寄りはすることが無いことなどもあって、「出歩く」ことが少なくないと思 考します。その延長線上に危惧されるのが、そういった方々の「不測の行為」ではないかとも想像します▼と、すればのこと。「お年寄りを見たら危険人物と心 得よ!」ってなキーワードの教育も避けられない感じがしてなりません。お年寄りの人格を云々でなく、です▼かくいうヨシダの日々は、「安全行動」に徹して います。車いすから離れてトイレ用足しはその一番の注意点。壁面の手摺りには確実に手を添えて、一歩一歩の歩みならぬ「移動」を心掛けると共に、心の中で は祈りつつ・・・といった按配で最善の注意を払って行動しています。先日はにも関わらず、フロアに足をとられて尻餅つきました。瞬間にとった態度は「神さ ま!ありがとうございました!この程度で・・・。次回はもっと気をつけま~す!」と▼なお、本記事で疑問を禁じ得ない点があります。被害者側に対する当局 がとったこと。すなわち、「酒に酔って歩いていなかったかを確認するために父の血液を採取したという。しかし、加害者の血液検査は侵襲的に なるのでしていないと知らされた」と。ちなみに、「侵襲」とは、「病気」「怪我」だけでなく「手術」「医療処置」のような、「生体を傷つけること」すべて を指す。なぜなら、病態であれその治療であれ、侵襲に対する生体の反応は同じであり、それを知らずして(侵襲を以て)人を治療することはできないからであ る・・・」と。なにやら、???と感じます。想像し得る光景は、高齢ゆえにあり得る「予期せぬ突然の異行動」といったことでもあり得るのですが、それを強 く主張するには死者の尊厳にも関わるからかな?と▼それにしても高齢者の立場でヨシダが思うことは、たとえ本人や家族の自信があれども、被害者が加害者に もなり得るのが現代社会。互いに認識して処すことが大事と心得ます▼「中見出し」は、◆100歳までの余命が、◆見通しのよい直線道路、◆犬も父の死を悲 しんだ・・・と続きます。読者はこの記事事件をどう受けとめられるだろうか?・・・が編集者ヨシダの知りたいところでもありますが・・・。合掌(写真4枚添付ファイル        
        「産経新聞の論説委員・長辻象平」の画像検索結果「産経ニュース」の画像検索結果「産経新聞の論説委員・長辻象平」の画像検索結果「夜間の年寄り歩行」の画像検索結果                                                  (右端の写真は記事に関係ありません)
No.5916

米英との開戦にあたり政府・大本営連絡会議で決定した「対米英蘭…
毎日新聞「余禄」2015.12.8.

ヨシダブログ:意地悪いヨシダは文中にある「対米英蘭(らん)戦争終末促進ニ関スル腹案」 をグーグルで検索して中身をざっと見ました。「模範的作文!」って感じで、なんとも言う術を知りません。こんな調子で仕掛けた戦争。ヨシダの皮肉は、軍国 主義最盛期の母国の軍人エリートたちが、自分たちの存在価値を高める感じで独走したようなもの。本土大空襲の悲惨さを前に、「本土決戦!」と息巻いたので すから絶句あるのみです。不思議なことは、未だに真珠湾攻撃は奇襲攻撃ではない、と主張するセクトの多いこと。あの手この手で日本を美化したり、正当化す る傾向が否定できないのが悲しいです▼かの東条英機の弁「日本には三千年来の国体がある。米国には国の芯(しん)がない。この違いがきっとでてくる」だっ たとは!トホホ・・・と、絶句です。蛇足の弁。「きっとでてくる」と「必ず出てくる」の差。前者は「希望的観測」に過ぎません。そんな指導を許したのは (も)国民でした。その雛形は当時の首相・近衛文麿。陸軍を説得できず政権を放り出して曰く、「僕は悲惨な敗北を予感する」と。ご自身は自殺してさっさと オサラバ・・・が日本政治家の実態でした。肝心の東条英機は自殺未遂の果てで絞首刑・・・。潔さでは軍人より政治家のほうが上(?)でした。84歳のヨシ ダが異国の地で迎える70年前の母国日本の悲劇。その母国にオサラバしたことを微塵も悔いていません。合掌(写真10枚添付ファイル
 「大本営発表」の画像検索結果「大本営発表」の画像検索結果 「大本営発表」の画像検索結果  「大本営発表」の画像検索結果
      「東条英機」の画像検索結果「東条英機」の画像検索結果  関連画像「東条英機絞首刑」の画像検索結果「近衛文麿」の画像検索結果「近衛文麿自殺」の画像検索結果
No.5915
フランスの国民戦線の台頭が撃ち鳴らすEUへの警鐘
心をつなぐ英会話メルマガ2015.12.8.山久瀬洋二

ヨシダブログ:フランスは比例代表制と一般投票とを組み合わせる形で、多くの選挙に2度の投票が あり、今回はその第一回目となります。次回は13日。あと一週間以内で、現在のフランスの世論 がどのように傾いているかが見えてくるのです。」とあることから、直前掲載の記事のヨシダブログは認識不足の反省・・・ってところです▼筆者の山久瀬先生 はヨシダが個人的にも接点を頂戴しているご人物で、英語を通した世界観を学びます。多くの著書の一方で、絵画創作へのご造詣の深いご人物です。ヨシダとは 桁外れのご人物です。メルマガ配信を申し込まれることをお勧めします。(写真15枚添付ファイル
  「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
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No.5914
世の中の「不安」を食べて成長するものなーんだ? こんなナゾナゾを出されたら…
日本経済新聞「春秋」2015.12.8.
ヨシダブログ:EU なかんずく、統一通貨ユーロの台頭時にヨシダはネギャティヴな発言を公の場でして、現在に至り恥をかいてきています。フランスの美人女性党首がリードする 極右政党の躍進で「ユーロからの離脱」が現実味を帯びてきました。ヨシダの前述「EU・ユーロネギャティヴ論」がなやら現実味(?)が生じてくるって感じ がしないでもありません。でも、そこまでの見通しの上のヨシダ論では毛頭ありませんでした▼それにしても洋の東西を問わず、女性パワーのなんと巨大なこと よ!デス▼かたや、民主主義本山の米国ではドナルド・トランプ共和党候補の台頭で異様な光景です。ちなみに、同候補の言動をテレビで初めて観た時のヨシダ の呟きは「何だ!? これは!?・・・」で絶句したものです。良識の民主主義本山アメリカ(人)に垣間見たある種の革命(?)と映りました。移民大国が抱く諸問題の裏返しって 感じです。此処でも「振り子の法則」が垣間見られます。「振り子の原則(法則)」は何時の世でも何処でも、どんな組織でも厳然と存在するものだな~あ、と はヨシダの本記事にヒットしての呟きブログです。写真10枚添付ファイル
  「フランス極右政党の国民戦線(FN)が躍進」の画像検索結果 「フランス極右政党の国民戦線(FN」の画像検索結果   「フランス極右政党の国民戦線(FN)が躍進」の画像検索結果   「フランス極右政党の国民戦線(FN」の画像検索結果「フランス極右政党の国民戦線(FN)章」の画像検索結果 「フランス極右政党の国民戦線(FN)章」の画像検索結果
 「フランス極右政党の国民戦線(FN)が躍進」の画像検索結果 「ドナルド・トランプ過激発言」の画像検索結果 「ドナルド・トランプ過激発言」の画像検索結果「ドナルド・トランプ過激発言」の画像検索結果
 昨日7日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日8日の第一記事掲載(9:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

        本日12月8日(日本時間)は「1941年・真珠湾攻撃の日」 
                 関連記事に接して想うこと 

 2014年12月14日付けのMSN産経ニュース記事「
真珠湾攻撃から73年「極限の戦いだった」 誇りと心の傷を残した「零戦」元搭乗員 「命がけで守ったこの国の行く末が心配」を読んで本文以上の字数のヨシダコメントを写真付で書きました。先ずは、それをご一見の上で次(以下)にお進みくださいませんか?
 本日12月8日は日本時間による真珠湾攻撃の日。この日に先立つ真珠湾奇襲攻撃の米国時間は7日。「12月7日のできごと」 に多くの生々しい写真や当時新聞記事を添付しました。重苦しい気持ちを抱いて迎えるこの日です。ご関心のある方は前出のヨシダコメント付き新聞記事リンク をクリックしてお読みくだされば本望ですが、同記事ブログにあまり多く言及していない点について思いの一端を以下に追記します。
 真珠湾攻撃を「奇襲攻撃」とみなすか、事前通知の宣戦布告行動かの云々は複雑多岐かつ、怪奇ですらある感じがしてなりません。彼我の別なく、関連情報が曖昧かつ不明瞭であるとみます。
 関連歴史を多く学ばずしての浅知恵ですが、例えば、よく引き合いに出される「ハルノート」についてのグーグル表示には、次の言葉が気になります。曰く、「ハルノートは
ア メリカ側から日本側に提示された交渉文書。正式にはアメリカ合衆国と日本国の間の協定で提案された基礎の概要(Outline of Proposed Basis for Agreement Between the United States and Japan)と称する。交渉のアメリカ側の当事者であったコーデル・ハル国務長官の名前からこのように呼ばれている・・・
 ハル・ノートは、日米 交渉におけるアメリカ側の最後通牒(最後通告)であると言及されることがあるが、文書の上では最後通牒として必要な交渉期限の記述は存在せず、平和的交渉 の打ち切りを予告する記述も存在していない。冒頭部には極秘、暫定かつ拘束力が無い旨の注釈がつけられており、アメリカ政府としての公式提案ではない。ま た、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は、ハル・ノート提示後にも昭和天皇に宛てて、事態の平和的解決を呼びかける親電を発しており、アメリカ 側から交渉を打ち切る意図があったことも確認されていない(親電については#ルーズベルト大統領の昭和天皇宛親電について)。
 ・・・と、此処までが1年前に本欄を書き終えた時点のもの。以下、追記中です・・・・・。

(追記) なお、グーグルで「ハルノート」を検索すると、異様なほどの長文です。事ほど左様にこの問題は彼我共に複雑だということにほかありません。その中でヨシダの目に留まったものを下記に追記します:
  「・・・親電は中央電信局で10時間以上留め置かれ、最終的に昭和天皇のもとに届いたのは12月8日の午前3時(ハワイ時間では午前7時半で真珠湾攻撃予 定 時刻の30分前)であった。昭和天皇は戦後、「この親電は非常に事務的なもので、首相か外相に宛てた様な内容であつ[た]から、黙殺出来たのは、不幸中の 幸であつたと思ふ」と回想している。親電について東郷は「此危局を救い得るものとは認め難い」とし、東条も「そういうものは何にも役立たぬではないか」と 言ったとされる。なお、2013年3月に公開された外交文書によれば、連合国軍総司令部(GHQ)は戦後、外務省に対して、伝達が遅れずに「電報が天皇陛 下に渡されたならば戦争は避けることができたに違いない」との見解を示していたことが明らかになっている。しかし、この文書が日米交渉の最終局面で手交さ れたもので、日本側の案(乙案)の拒否と同時に提示されたこと、かつ内容が日本側にとって受け入れがたいものであったため、その点をもって「“事実上の” 最後通牒であった」とする解釈がある。なお、日米開戦の第一撃である真珠湾攻撃艦隊は、ハルノート提示の1日前に単冠湾を出発している・・・。(ウィキペ ディア)」がそれです。

  考えてみるに、国際間の取引は経済問題であれ、政治問題であれ、「駆け引き」はつき物です。「地政学」がその背景です。こと、戦争ともあれば、後年の国際 評価を考えてか、正攻法評価を自他共にしつつ、相手を「悪者」に仕立てて、自分のほうは「正義」であるといった手法を取るのが常で、それが「外交」という ものです。
 つまり、外交手法そのものが、国際的にも慣用的にも公然と認められた「国際交渉力」であるに過ぎません。日本(人)は明治維新まで鎖国状態だっただけに、こうした常識に疎かったことは否定できないでしょう。

  ヨシダの皮肉の論を「植民地政策」にオーバーラップさすなららば、こんな皮肉な観方もあるでしょう。「・・・西欧諸国が植民地政策を長年やってきている。 日本がそれを真似て何が悪い・・・」といった論理です。西欧諸国が「ボツボツ、植民政策には終わりの時代・・・」と考えていた中でことだったという「ヨシ ダ推理」です。

 もう一歩踏み込んだヨシダ論!「八紘一宇」という戦時中の標語を現代の国会で持ち出して物議を醸しました。時代錯誤の酷評するヨシダです。
  真珠湾攻撃と同時進行で日本軍は東南アジアに派兵しました。大義名分は「東南アジア諸国を欧米植民地から開放する!」ってモノ。ヨシダに言わせば、「ジョ ウダンじゃあない。という名目(大義名分)で狙ったのが石油資源!それを米国から絶たれたからの真珠湾攻撃だったじゃないか!日本人将兵の生命を犠牲にし て東南アジア諸国を植民地から開放(!?)だなんて、滑稽だ!・・・」です。
 政治問題なかんずく、自国の安全や経済等々の全ての問題の根源は 「地政学」にあります。それが経済戦争を誘発してきたのが近代人間歴史です。ちなみに、日本の侵略姿勢を警戒してマッカーサーGHQ総司令官が発したのは 「日本人に対する『地政学』学習禁止令」だったのです。時効になったのは、現代では、その「地政学」(注:「地政学(Geopolitics: ジオポリティクス)は、地理的な位置関係が政治、国際関係に与える影響を研究する学問)という名の化け物が堂々と世界を駆け巡っています。日本のマスメ ディアも政治家も、堂々と口にし始めていますよね。ご用心、ご用心です。でも、その学問は人類不可欠のものだけに、厄介ですよね・・・。
 ちなみに、本日8日に行われたルーズベルト大統領の「屈辱の日の演説」(英文)を読むと、受けて立つ、という姿勢が鮮明です。日本側の戦争を仕掛けたのはアメリカだ、という言葉が空ろに聞こえます。日本正義論者には大きなパンチ足り得ます。(大急ぎの執筆で ミスプリはご容赦のほど)

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月8日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co