吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月6日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月6日の「できごと」 
                          December 6, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

2「first editor of Encyclopædia Britannica」の画像検索結果 「first editor of Encyclopædia Britannica」の画像検索結果   「Encyclopædia Britannica FIRST EDITION」の画像検索結果  「Encyclopædia Britannica FIRST EDITION」の画像検索結果    「Encyclopædia Britannica FIRST EDITION」の画像検索結果   「Encyclopædia Britannica FIRST EDITION」の画像検索結果「Encyclopædia Britannica FIRST EDITION」の画像検索結果
 5「first edition, The Washington Post 1877」の画像検索結果「first edition, The Washington Post 1877」の画像検索結果「first edition, ffirst office; The Washington Post 1877」の画像検索結果「first edition, ffirst office; The Washington Post 1877」の画像検索結果「The Washington Post 1910 edition]」の画像検索結果関連画像
7「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果 「Halifax Explosion」の画像検索結果 
      「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果「Halifax Explosion」の画像検索結果
18 「Vanguard TV3,」の画像検索結果   「Vanguard TV3,」の画像検索結果  「Vanguard TV3,」の画像検索結果「Vanguard TV3,」の画像検索結果 「Vanguard TV3,」の画像検索結果
                  32「The First Part of King Henry the Sixth」の画像検索結果「鶴田浩二」の画像検索結果「宍戸錠」の画像検索結果「星由里子」の画像検索結果「市川海老蔵11世」の画像検索結果「ステファニー・スコット」の画像検索結果
1060Béla I is crowned king of Hungary.
(1)1240年 - モンゴルのルーシ侵攻: バトゥ率いるモンゴル軍によりキエフが陥落し、キエフ大公国が滅亡。
1534 – The city of Quito in Ecuador is founded by Spanish settlers led by Sebastián de Belalcázar.
1648 – Colonel Thomas Pride of the New Model Army purges the Long Parliament of MPs sympathetic to King Charles I of England, in order for the King's trial to go ahead; came to be known as "Pride's Purge".
1704Battle of Chamkaur: During the Mughal-Sikh Wars, an outnumbered Sikh Khalsa defeats a Mughal army.
1745Charles Edward Stuart's army begins retreat during the second Jacobite Rising.
(2)1768年 - 『ブリタニカ百科事典』第1版が発行。
1790 – The U.S. Congress moves from New York City to Philadelphia.
(3)1865年 - 公式に奴隷制を廃止するアメリカ合衆国憲法修正第13条が27州の批准により成立。
(4)1877年 - トーマス・エジソンが、自身が発明した蓄音機で初めて人の声を録音する。
(5)1877年 - 『ワシントン・ポスト』が創刊。
1884 – The Washington Monument in Washington, D.C., is completed.
1897 – London becomes the world's first city to host licensed taxicabs.
1904Theodore Roosevelt articulated his "Corollary" to the Monroe Doctrine, stating that the U.S. would intervene in the Western Hemisphere should Latin American governments prove incapable or unstable.
1907 – A coal mine explosion at Monongah, West Virginia, kills 362 workers.
1916World War I: The Central Powers capture Bucharest.
・1917 –
Halifax Explosion: A munitions explosion near Halifax, Nova Scotia kills more than 1,900 people in the largest artificial explosion up to that time.
・1917 –
World War I: USS Jacob Jones is the first American destroyer to be sunk by enemy action when it is torpedoed by German submarine SM U-53.
(6)1917年 - フィンランドロシアからの独立を宣言。
(7)1917年 - ハリファックス大爆発
(8)1921年 - 英愛条約締結。大英帝国内の自治国としてアイルランド自由国の建国が決定。
(9)1922年 - 英愛条約に基づきアイルランド自由国が建国。
(10)1918年 - 大学令高等学校令公布。単科大学・私立公立の大学・高校を認可。
(11)1927年 - 『労農』が創刊、労農派が誕生。
1928 – The government of Colombia sends military forces to suppress a month-long strike by United Fruit Company workers, resulting in an unknown number of deaths.
(12)1932年 - 日豊本線が全通。
1933 – U.S. federal judge John M. Woolsey rules that James Joyce's novel Ulysses is not obscene.
(13)1940年 - 各省・軍の情報部門を統合して内閣情報局を設置。
(14)1941年 - 第二次世界大戦冬戦争: イギリスがフィンランドに宣戦布告。
1947 – The Everglades National Park in Florida is dedicated.
(15)1950年 - 朝鮮戦争: 中国人民志願軍39軍116師(師長:汪洋中国語版)と朝鮮人民軍1軍団(軍団長:李権武)が平壌を占領する。
(16)1951年 - 国際柔道連盟結成。
1953Vladimir Nabokov completes his controversial novel Lolita.
(17)1956年 - メルボルンオリンピック: メルボルンの流血戦
(18)1957年 - アメリカ初の人工衛星「ヴァンガードTV3」を打ち上げようとするが、打ち上げ直後に発射台で爆発。
1967Adrian Kantrowitz performs the first human heart transplant in the United States.
1969Meredith Hunter is killed by Hells Angels during a Rolling Stones concert at the Altamont Speedway in California.
(19)1969年 - 大阪市営地下鉄堺筋線 天神橋筋六丁目駅 - 動物園前駅間が開業。またこの時既存の大阪市営地下鉄線(1号線 - 5号線)に愛称が付けられる。
1971 – Pakistan severs diplomatic relations with India following New Delhi's recognition of Bangladesh.
1973The Twenty-fifth Amendment: The United States House of Representatives votes 387 to 35 to confirm Gerald Ford as Vice President of the United States. (On November 27, the Senate confirmed him 92 to 3.)
1975The Troubles: Fleeing from the police, a Provisional IRA unit takes a couple hostage in Balcombe Street, London, beginning a six-day siege.
1977 – South Africa grants independence to Bophuthatswana, although it is not recognized by any other country.
(20)1978年 - スペインで現行のスペイン1978年憲法が成立。(スペインの憲法記念日
(21)1979年 - 崔圭夏が第10代韓国大統領に就任。
(22)1982年 - 東京地裁が「コンピュータのプログラム著作物に該当」という初の判断。
1982 – The Troubles: The Irish National Liberation Army bombed a pub frequented by British soldiers in Ballykelly, Northern Ireland. It killed eleven soldiers and six civilians.
(23)1984年 - 三笠宮家の第三男子・憲仁親王鳥取久子結婚の儀。同日、高円宮家を創設。
(24)1988年 - リクルート事件: 参議院江副浩正リクルート前会長の証人喚問。宮澤喜一蔵相の証言との食い違いが判明し、9日に宮澤が蔵相を辞任。
1988 – The Australian Capital Territory is granted self-government.
(25)1989年 - モントリオール理工科大学虐殺事件
1991 – In Croatia, forces of the Yugoslav People's Army bombard Dubrovnik after laying siege to the city since May.
(26)1992年 - ヒンドゥー教原理主義者によりインドアヨーディヤーモスクバーブリー・マスジドが完全に破壊。
(27)1992年 - 新東京国際空港(現在の成田国際空港)第2旅客ターミナルビルの供用開始。第1旅客ターミナルビル北ウイング、第1及び第2サテライトが閉鎖。
1997 – A Russian Antonov An-124 cargo plane crashes into an apartment complex near Irkutsk, Siberia, killing 67.
(28)1998年 - ウゴ・チャベスベネズエラ大統領に選出。
(29)2005年 - 韓国海上警察が日本の海上保安庁に対し、日本領海の捜査権の譲渡を要求するが、海上保安庁は「主権侵害にあたる」としてこれを拒否。
・2005 – An Iranian Air Force C-130 military transport aircraft crashes into a ten-floor apartment building in a residential area of Tehran, killing all 84 on board and 44 more on the ground.
2006NASA reveals photographs taken by Mars Global Surveyor suggesting the presence of liquid water on Mars.
(30)2008年 - ギリシャアテネで15歳の少年が警察官に射殺される。抗議行動がギリシャ全土に広まり、一部が暴動化。(2008年ギリシャの暴動
(31)2015年 - 仙台市地下鉄東西線八木山動物公園荒井)が開業。
(32)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;ヘンリー6世(1421)、鶴田浩二(1924)、宍戸錠(1933)、星由里子(1943)、 市川海老蔵11世(1977) 、ステファニー・スコット(1996)。

                                インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5912編です。 

2015年12月6日(日)掲載分
昨日12月5日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月6日のできごと」のなかで、ヨシダが特記してみたいことは、「(2)1768年 - 『ブリタニカ百科事典』 第1版が発行」です。1768年と言えば、今から250年近くも前の日本では、「織田信長上洛の時代」。印刷技術そのものも無かった時代。文化の格差を痛 感するのみです★関連して思うに、「できごと」編集の添付資料の選択で戸惑うことに、日本と西洋の「画像の鮮度や実像」の格差があります。写真技術のない 時代のこと。洋画は見事なほどの実写的画像。対する日本のそれはなんとなく、幼稚な感じが否定できません。・・・とまあ、これはヨシダのひとり言ブログで す・・・。
 明後日「12月8日」は真珠湾攻撃で第二次世界大戦の勃発に発展した忘 れ難い日です。時差でアメリカのそれは明日の7日がその日。このシーズンになると、にわかに賑やかになるのが、真珠湾は奇襲攻撃ではなかったとか、悪いの は日本を其処まで追い込んだ米国(ルーズベル大統領)が悪いのだ・・・と様々です。置き込んだのが悪いのか、追い込まれるようなことをしたのが悪いの か?・・・の論議にはそれぞれの言い分があるでしょう。戦争は戦略。生存競争そのもだけに、勝者は勝者、敗者は敗者以外、何ものもありません。人類は所 詮、生存競争の主人公です。気になることは、何としても自己防衛的な歴史の解釈が横行することです。戦争は人類の喧嘩。仕掛けたのが悪いのか、仕掛けられ て負けたのが悲劇の主人公か?・・・と後世の評価は色々です。不毛の論議の繰り返しに過ぎませんよね・・・。経済戦争も喧嘩戦争も所詮は、人間の生存競争 であり、他よりもイイ目に肖りたい、の人間本能に尽きますよね・・・。ついでお皮肉ですが、そんな不毛の論議をして飯を食っている輩や、目立ちがり屋がな んとも多いことか・・・に尽きる感じです。(10:50)
 「No.5909世界の工場、中国に陰り 「労働コスト」日本を逆転日本経済新聞2015.12.6.)」、「No.5910広島アンデルセン、被爆建物を建て替えへ 1月営業休止朝日新聞2015.12.6.岡本玄)」と、一気に進みました。両方とも「経営者の視点」でブログしました。(12:30)
 「日曜日のひと時を、フィリピンのヨシダの部屋で、藤田画伯の作品のひとコマ、と言っても、デッカイ作品「秋田の行事」を小さな画面で鑑賞できてご満悦です。ヨシダの美術に対する姿勢(?)が変わりました。無駄には歳を重ねていないことを喜んでいます(笑)。」とは、「No.5911藤田嗣治が秋田市の米蔵で大壁画「秋田の行事」を描くことを決意した本当の…秋田魁新報「北斗星」2015.12.6.)」のヨシダブログ。10数秒のあっという間のブログでした。文章は下手でも速さは人並み以上です(笑)。ある人物の言葉を想起します。「文章は書いて書いて書きまくれ。さすれば下手は下手でも早く書けるようになる・・・」と。マッタク・・・です。(15:25)
 「No.5912:一関市地主町のジャズ喫茶ベイシーは今年、開店45周年を迎えた。今でも全国…岩手日報「風土記」2015.12.6.)」を編集しながら感じること。このコラムは実に価値ある存在だということ。居ながらにして母国の最果ての地(?)・一関市の老舗喫茶に身を置いて、しばし間の雰囲気を楽しみました。「ぶれない男・ヨシダ」の生き様のひとコマです。(16:30) 


No.5912
一関市地主町のジャズ喫茶ベイシーは今年、開店45周年を迎えた。今でも全国…
岩手日報「風土記」2015.12.6.
ヨシダブログ:じ つにイイ雰囲気のジャズ喫茶「ベイシー」をフィリピンの一室に居ながら楽しみました。喫茶と言えば、戦中にハワイ生まれのお袋が広島市随一のクラシック専 門の音楽喫茶を経営していたことから関心を強くします。一関市は訪れたことのないヨシダですが、訪れた気分なりました。日曜日のひと時に相応しい取材にな りました▼と、これだけのブログでは勿体無いのが本記事です。末尾の言葉が妙に胸に響きます。「ぶれない男は『自分の一生を全うできればいい』がそれ。紆 余曲折の人生を歩んで、人生第四毛作をフィリピンで演出中のヨシダ。「ぶれない男・ヨシダ」此処フィリピンに在り!と。 写真15枚添付ファイル
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No.5911
藤田嗣治が秋田市の米蔵で大壁画「秋田の行事」を描くことを決意した本当の…
秋田魁新報「北斗星」2015.12.6.
ヨシダブログ:日曜日のひと時を、フィリピンのヨシダの部屋で、藤田画伯の作品のひとコマ、と言っても、デッカイ作品「秋田の行事」を小さな画面で鑑賞できてご満悦です。ヨシダの美術に対する姿勢(?)が変わりました。無駄には歳を重ねていないことを喜んでいます(笑)。 写真11枚添付ファイル
 「藤田嗣治」の画像検索結果 「藤田嗣治「秋田の行事」」の画像検索結果
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    「東京芸術大学美術館」の画像検索結果 「東京芸術大学美術館藤田画伯」の画像検索結果「東京国立近代美術館「藤田嗣治 全所蔵作品展示」」の画像検索結果「東京国立近代美術館「藤田嗣治 全所蔵作品展示」」の画像検索結果 
No.5910
広島アンデルセン、被爆建物を建て替えへ 1月営業休止
朝日新聞2015.12.6.岡本玄
ヨシダブログ:広 島っ子・ヨシダにとってアンデルセンは懐かしい店。よく利用したものです。本記事を編集なかんずく、関係写真を検索していて想い出したことは、このビルは 元・三井銀行広島支店だったこと。アンデルセンがそれを買収して補修再建したビルでした。原爆遺産の価値ある建造物ですが、所有者は何時までも世間の期待 に備えて老朽化した商業用建物に拘るわけにはいきません。現状打破で投資効果を狙うのは経営者の鉄則。だれも文句は言えないもの▼ひるがえって想うに、ヒ バクシャ証言も然り・・・と。突拍子もないことに言及しますが、輪廻転生を信じるヨシダ。被爆死した人たちも現世に戻りつつあると信ずる一人。じじつ、そ れを信じれる出来事に遭遇して以来、ヨシダの死生観はガラッと変わりました。「輪廻転生のサイクルが短くなった論理」として認識することは、「世界人口が 暴発中。生まれ来る人間に『魂』を入れるためには、その転生サイクルを縮めなくてはならない・・・という論理。何時までもクヨクヨ、悲しんでは居れませ ん。ひょっとして被爆死した身内の霊の再臨が身近な人に・・・と。これって、茶化した話ではありません!写真6枚添付ファイル
  「被爆時の三井銀行」の画像検索結果「被爆時の三井銀行マーク」の画像検索結果「被爆時の三井銀行」の画像検索結果 「広島アンデルセンマーク」の画像検索結果     「被爆時の広島アンデルセン」の画像検索結果   「広島アンデルセン「マーク」」の画像検索結果
No.5909
世界の工場、中国に陰り 「労働コスト」日本を逆転
日本経済新聞2015.12.6.
ヨシダブログ:ヨ シダは経営者の端くれとして、かねてより生産拠点の日本復帰を予言していました。本記事にみる世界の生産拠点である中国の労働コストアップとは別の視点か らでした。すなわち、地球上のどの国よりも低コストの生産性である「産業ロボット」の分野では日本がリードしている、リードできる、という信念からでし た。それが実現したら海外生産拠点の母国復帰が可能になるとの論理からでした▼この問題に言及する際にヨシダがしばしば引き合いにすることがあります。日 本を離れる際してヨシダがレギュラー・ライターでもあった業界新聞の2009年新年号にトップ前面にでっかく掲載された記事の末尾にあしらった一節がそれ です▼此処に再現する価値があると自負します。曰く、「・・・末尾に、わが国トラック運送企業労使に一抹の活路を見出す言葉に接しました。米連邦準備理事 会 (FRB)元副議長のアラン・ブラインダーの弁『25年後には平均的なコンピューターと大工のどちらが稼げるか?それは恐らく大工だ』と。平凡なホワイト カラーの仕事は世界のどこかで代替えされてしまうのだ、と指摘しているのです▼大工とトラックドライバーとではエライ違いと、考えないでください。 2025年には、産業ロボットが三百五十二万人分の労働力をカバーする時代が到来すると経産省団体が示唆しています」と▼更に微妙な言葉まで書き添えてい ます。「トラックドライバーのロボット化はあり得ないと考えて良いでしょう。人間が生活し経済活動を続ける限り、物流は絶えません。まともなドライバーに とって失業は無縁です」と▼・・・と、この末尾の発言は現代においては、なにやら雲行きが変わってきています。「自動運転自動車」の開発が目覚しいからで す。すでに実験段階では、大型トラック数台編隊の自動運転トラックのテスト運行が公道上で成功裏に実現しています。でもまあ、自動運転トラックが業界を制 覇するのは先の先。限定分野と考えてもイイでしょう。でも、確実に言えることは、自動運転トラックにも負けない人間ドライバーであれば、怖いもの無し!と 考えてもイイでしょう▼ヨシダの末尾の心配事は、こういった次元を超えています。「世界人口は暴発中。産業ロボット化は軒並み進展中。人間は、人間労働力 の価値は下落の一途!?」ってところになる感じです。となると、唯一の幸せ人生を得るためには、「足るを知る・・・」ってことになるのでしょうか?本記事 のブログがとんだ方向へ向かいました・・・。写真4枚添付ファイル
   「米連邦準備理事会 (FRB)元副議長のアラン・ブラインダー」の画像検索結果
 昨日5日の記事3編を下記に掲載していますが、本日6日の第一記事掲載(11:05)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

           
  「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines, Angelia Ong さんです!
         Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony in a hotel in Pasay City.  (Photo courtesy of Ali Vicoy)(Manila Times)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                                                             

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月6日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co