吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳1か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年12月5日(土)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月5日の「できごと」 
                          December 5, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのです
が・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

21    「the 1952 london smog disaster」の画像検索結果    「the 1952 london smog disaster」の画像検索結果「the 1952 london smog disaster」の画像検索結果
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  「藤原義江」の画像検索結果 「藤原歌劇団」の画像検索結果 「木下惠介」の画像検索結果「木下惠介」の画像検索結果 「ホセ・カレーラス」の画像検索結果「ホセ・カレーラス」の画像検索結果
(1)紀元前63年 - キケロカティリナ弾劾演説の最後の演説を行う。
1082Ramon Berenguer II, Count of Barcelona is assassinated.
1408 – Emir Edigu of Golden Horde reaches Moscow.
(2)1408年 - ジョチ・ウルスの将軍エディゲモスクワに到達。
1484Pope Innocent VIII issues the Summis desiderantes affectibus, a papal bull that deputizes Heinrich Kramer and Jacob Sprenger as inquisitors to root out alleged witchcraft in Germany.
1492Christopher Columbus becomes the first European to set foot on the island of Hispaniola (now Haiti and the Dominican Republic).
1496 – King Manuel I of Portugal issues a decree of expulsion of "heretics" from the country.
(3)1590年 - ローマ教皇グレゴリウス14世が即位。
(4)1695年元禄8年10月29日) - 徳川綱吉により生類憐れみの令の一環として、中野に16万坪の犬小屋が作られ、同時に中野の住民が強制退去となる。
(5)1757年 - 七年戦争: ロイテンの戦い
1766 – In London, James Christie holds his first sale.
1775 – At Fort Ticonderoga, Henry Knox begins his historic transport of artillery to Cambridge, Massachusetts.
1815 – Foundation of Maceió, Brazil.
1831 – Former U.S. President John Quincy Adams takes his seat in the House of Representatives.
1847Jefferson Davis is elected to the U.S. senate.
1848California Gold Rush: In a message to the United States Congress, U.S. President James K. Polk confirms that large amounts of gold had been discovered in California.
1865Chincha Islands War: Peru allies with Chile against Spain.
1876 – The Brooklyn Theater Fire kills at least 278 people in Brooklyn, New York.
(6)1878年 - 大日本帝国陸軍参謀局を参謀本部に改称し、陸軍省から分離。
(7)1903年 - 長岡半太郎が原子模型の理論を発表。
(8)1904年 - 日露戦争旅順攻囲戦: 日本軍が203高地を占領。
(9)1908年 - 国鉄の運営母体が「帝国鉄道庁」から内閣直属「鉄道院」へと改組。
(10)1909年 - フランス海軍ル・プリウール中尉と相原四郎海軍大尉が共同製作したグライダーが、子供を乗せた状態で人力曳航による飛行に成功。日本初のグライダーによる飛行。
1916British premier H. H. Asquith resigns from his post.
(11)1918年 - 梨本宮方子女王と朝鮮李王世子・李垠との結婚が勅許される。
1920Dimitrios Rallis forms a government in Greece.
(12)1926年 - 社会民衆党結成。
(13)1931年 - ソ連共産党政治局の指令によりモスクワ救世主ハリストス大聖堂が爆破解体される。
1932 – German-born Swiss physicist Albert Einstein is granted an American visa.
(14)1933年 - アメリカ合衆国憲法修正第18条禁酒法)を廃止することを定めたアメリカ合衆国憲法修正第21条が施行。
1934Abyssinia Crisis: Italian troops attack Wal Wal in Abyssinia, taking four days to capture the city.
(15)1936年 - ソ連スターリン憲法制定。
(16)1936年 - キルギス・ソビエト社会主義共和国がソ連の構成共和国として発足。
(17)1941年 - 第二次世界大戦: イギリスフィンランドルーマニアに宣戦布告。
1941World War II: In the Battle of Moscow, Georgy Zhukov launches a massive Soviet counter-attack against the German army, with the biggest offensive launched against Army Group Centre.
1943 – World War II: Allied air forces begin attacking Germany's secret weapons bases in Operation Crossbow.
(18)1945年 - バミューダトライアングルで訓練飛行中のアメリカ海軍アヴェンジャー雷撃機5機が消息を絶つ。
(19)1946年 - 樺太からの引揚げ船第一号「雲仙丸」が函館港に入港。
(20)1950年 - 朝鮮戦争: 中国義勇軍・北朝鮮軍が平壌を奪回。
(21)1952年 - ロンドンスモッグ発生、12000人の死者を出す惨事となる。
(22)1955年 - アメリカ労働総同盟 (AFL) と産業別組合会議英語版 (CIO) が合同してアメリカ労働総同盟・産業別組合会議 (AFL-CIO) を結成。
・1955 – E. D. Nixon and Rosa Parks lead the Montgomery Bus Boycott.
1957Sukarno expels all Dutch people from Indonesia.
1958Subscriber Trunk Dialling (STD) is inaugurated in the United Kingdom by Queen Elizabeth II when she speaks to the Lord Provost in a call from Bristol to Edinburgh.
・1958 – The
Preston By-pass, the UK's first stretch of motorway, opens to traffic for the first time. (It is now part of the M6 and M55 motorways.)
1964Vietnam War: For his heroism in battle earlier in the year, Captain Roger Donlon is awarded the first Medal of Honor of the war.
・1964 –
Lloyd J. Old discovered the first linkage between the major histocompatibility complex (MHC) and disease—mouse leukemia—opening the way for the recognition of the importance of the MHC in the immune response.
1969 – The four node ARPANET network is established.
(23)1976年 - 第34回衆議院議員総選挙。戦後初の任期満了による総選挙。
1977Egypt breaks diplomatic relations with Syria, Libya, Algeria, Iraq and South Yemen. The move is in retaliation for the Declaration of Tripoli against Egypt.
1978 – The Soviet Union signs a "friendship treaty" with the Democratic Republic of Afghanistan.
(24)1982年 - 広島エフエム放送(HFM・広島FM)開局。
1983 – Dissolution of the Military Junta in Argentina.
(25)1988年 - 中央線東中野駅追突事故
1993 – The mayor of Vienna, Helmut Zilk, is injured by a letter bomb.
1995Sri Lankan Civil War: The Sri Lankan government announces the conquest of the Tamil stronghold of Jaffna.
(26)1996年 - 厳島神社原爆ドーム世界遺産に登録される。
(27)1999年 - タイバンコクバンコク・スカイトレインが開業。
(28)2001年 - プロ野球・阪神監督の野村克也が妻の野村沙知代の脱税事件により辞任。
(29)2004年 - 関東地方で季節外れの温帯低気圧が接近し、観測史上初の12月夏日を記録。
2004 – The Civil Partnership Act comes into effect in the United Kingdom, and the first civil partnership is registered there.
2005 – The Lake Tanganyika earthquake causes significant damage, mostly in the Democratic Republic of the Congo.
(30)2005年 - 千葉県いすみ市が市制施行。
2006 – Commodore Frank Bainimarama overthrows the government in Fiji.
(31)2007年 - ネブラスカ州オマハで銃乱射事件。自殺した犯人を含め9人が死亡。(en:Westroads Mall shooting)
(32)2008年 - 本田技研工業F1からの撤退を発表。
2012 – At least 8 people are killed and 12 others injured after a 5.6 earthquake strikes Iran's South Khorasan Province.
2013 – Militants attack a Defense Ministry compound in Sana'a, Yemen, killing at least 56 people and injuring 200 others.
2014 – The first flight test of NASA's Orion spacecraft launches successfully.
(33)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;藤原義江(1898)、木下惠介 (1912)、 ホセ・カレラス (1946)。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5908件です。 
2015年12月5日(土)掲載分

昨日12月4日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月5日のできごと」のなかで、ヨシダが特記してみたいことは、「(21)1952年 - ロンドンスモッグ発 生、12000人の死者を出す惨事となる」の1件に絞りました。1952年と言えば、日本では戦後7年のことで、復旧経済時代。当時の写真の幾つかを下記 に添付します。右端の写真にみる立て看板曰く「ただ今、光化学スモッグ注意報発令中」と。「1952年頃の東京新橋地区のスモッグ」でグーグルしてヒット した数少ない写真です。経済成長も遅れた分、こういった環境問題発生も遅れたということです。下段左の写真は日本で初めて光化学スモッグが発生した時の写 真で右は看板曰く、「ただ今、光化学スモッグ注意報発令中」とあります。                                      「1952年の日本のスモッグ状態」の画像検索結果 「1952年の新橋スモッグ」の画像検索結果
 本日(12月5日)生まれの方に「藤原義江さ ん(1898)」がありますが、写真を懐かしく拝見します。ほかでもありません、原爆前の時代のこと。ハワイ生まれのお袋が広島市随一のクラシック音楽喫 茶店を経営していた時代のこと。レコード会社営業マンが藤原さんを連れてレコードの売り込みに来ました。大きな声で音楽に合わせて歌う藤原さんの姿を不思 議そうに見上げたものでした。いま思うに、当時の藤原さんは47,8歳。話題にはなるヨシダの幼年時代の想い出足り得るでしょう。(6:00)
 今朝は、なんとも心温まる、かつ熱き感動を覚える記事にヒットしました。マニラと東京青年会議所(JC)共催で二人の野球選手OBが、この国フィリピンで行っている慈善事業の光景です。「No.5906元プロ野球選手の北別府さん、駒田さんがマニラ市の貧困地域で野球教室日刊マニラ新聞2015.12.5.立田成美)」を編集しながら熱き心を覚えました。主人公のお二人の元野球選手さんをはじめ、共催者の東京・マニラ青年会議所に、同じ国際的奉仕団体のライオンズ倶楽部元会員として、最高の敬意を表します。(10:15)
 「No.5907:OPEC減産見送り、目標棚上げ 原油の供給過剰続く日本経済新聞2015.12.5.)」 を編集しながら、ひと昔前のエピソードを想起しました。ヨシダって案外と稀な体験をしてきていることにニンマリって気分です。でも、そんな「秘話」(?) を堂々と(?)書ける(ブログできる)ことは、何よりもデッカイ醍醐味でもあります。ブログのネタには不自由無し!のヨシダを演出中って按配です。 (16:30)
 ヨシダがしばしば感じることに、外紙(誌)の原文と日本語訳の微妙 なニュアンスの差異があります。皮肉を言えばのことですが、翻訳者があたかも自分の原作であるが如き気分、もしくは翻訳者の立場を超えて主観を交えた感じ の訳文のような気がしてなりません。気取った翻訳姿勢と皮肉ります。くだんの記事は「No.5908交渉余地のない「イスラム国」は殲滅すべきだ東洋経済ONLINE2015.12.5.クリストファー・ヒル:米デンバー大学コーベル国際大学院長)」です。とまあ、これもヨシダの放言ブログとしてご寛容のほど・・・。(18:55)



No.5908
交渉余地のない「イスラム国」は殲滅すべきだ
東洋経済ONLINE2015.12.5.クリストファー・ヒル:米デンバー大学コーベル国際大学院長
ヨシダブログ:翻訳記事に接する度にヨシダが指摘することに、「原文(英語版)と翻訳文(日本語版)に微妙なニュアンスの差異を感じる」というのがあります。本記事がその最たるものとするのが、「タイトル」からして、という点です。原文のタイトルは、"How We Can End Syria's Deadly Wars"でして、忠実に訳せば「如何にしたらシリアの恐るべき戦争を止めさせることができるか」です。”交渉余地のない「イスラム国」は殲滅すべきだ”とは、どう考えても相当のニュアンスの差異が否定でき ないと思うのですが如何なものでしょうか?原文を正確に読破してのヨシダブログではありませんが、「名は体を現す」からすると、ちょっと配慮に欠けた面が 否定できません。タイトルだけでも直訳的なもののほうが適切とすら志向しますが、知識者の皆さんはどう思われるでしょうか?▼「中見出し」は、■サ ウジは「イスラム国」攻撃に転じよ、■ボスニア紛争の教訓・・・でして、それとて、原文では、「Diplomacy still needed」、「Elections should not be the only way」でして、下手なヨシダ訳文では、「外交が依然として必要だ」、「選挙が唯一の解決手段ではない」・・・となると思うのですが・・・。ヨシダにとっ て、全く別の記事といった印象を受けないでもありません▼ともあれ、この種の外紙(誌)の日本語訳に対して抱く、「原文vs翻訳文の微妙なニュアンスの差 異」は留意すべき点だと、あらためて認識します。これが本記事取材に際してのブロガーの弁です▼なお、本記事筆者のクリストファー・ヒルズ氏のリンクを張っていますので、クリックしてご覧ください。(写真5枚添付ファイル
     「Christopher R. Hill」の画像検索結果「Christopher R. Hill」の画像検索結果「Christopher R. Hill」の画像検索結果 「Christopher R. Hill」の画像検索結果
No.5907
OPEC減産見送り、目標棚上げ 原油の供給過剰続く

日本経済新聞2015.12.5.

ヨシダブログ:ひ と昔前のヨシダは運送事業経営にあったことから、原油国際価格の動向に一喜一憂した時代がありました。オイルショック(第一次=1973年、第二 次=1979年)はその最たるもの。当時のOPECは傲慢さすらありましたが、エネルギー革命(新エネルギー開発・熱効率化)時代にあっては、そうもいか ないでしょう。「お得意様あっての商売」の資本主義経済原則に直面しているのが実態と心得ます▼ヨシダの経営者哲学(?)の一つは、「金を払うほうが強 い」という哲学。労働組合が強がっても、所詮は金(給料)を払う経営者側が強い、を鉄則としたものです。「消費者は王様」ですよね・・・▼そうだ中東の石 油王国のひとつ、アブダビのエピソードをひとつ。同国にあった「アブダビ石油」に出向勤務していた弟(故人)が現地から国際電話で曰く、「兄ちゃん、アブ ダビのオタイバ石油大臣が広島入りするので、会ってやって欲しい、と。宿舎の広島グランドホテルで長時間語らい合いました。その時の彼の身なりは「金ぴか のゴールド尽くめ」でした。腕時計からネックレースやアームレースはすべてゴールド尽くめ。大きな束ねたゴールドの数珠みたいなものを弄びながらの会話。 彼がやおら言うに、「日本人はなにか大きな悩みをもっているみたいですね・・・」と。瞬間、笑わすない!と思いながら言い返してやりました。「そうですよ ね~、 貴国人みたいに地下に眠る天然資源のオイルをジャンジャンと汲み上げて売れば国が成り立つお国・・・対する日本(人)は絶えず頭を使い、資本投下しなかっ たら成り立ちませんから、アブダビの皆さんから見れば『深刻な顔つき』って感じを与えるのでしょうね・・・」と、笑顔で悠然と言い返したものでした。ハ イ、 彼は絶句していました(笑)▼オイルの国際価格が下がるのはイイとしても、黒田日銀・安倍総理の経済政策の物価上昇にはブレーキ。アベノミクスの行く末が 気になるところではありますが・・・。写真7枚添付ファイル
  「opec加盟国」の画像検索結果 「opec general assembly, dec. 4. 2015」の画像検索結果 「opec general assembly, dec. 4. 2015」の画像検索結果「石油輸出国機構総会2015年12月4日」の画像検索結果  関連画像
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No.5906

元プロ野球選手の北別府さん、駒田さんがマニラ市の貧困地域で野球教室
日刊マニラ新聞2015.12.5.立田成美
ヨシダブログ:この記事を編集しながら感動で胸に熱いものがこみ上げます。ヒロシマ出身の野球オンチのヨシダでも知る「北別府学さん」と元巨人・横浜の「満塁男・駒田徳広」のお二人がヨシダが終の棲家としてハッピーに生きているフィリピンの貧しい子達にこんな奉仕活動をしてくださっているのを知ったからです。熱いエールと感謝の心をもって本ブログを編集しました▼「野 球を通じて子どもたちに希望を与えたい」に最大最高のエールと尊敬の念を抱きます。人生の大半を過ごし、かつ、それで名を成した人物として、その本業だっ たものを通して社会奉仕活動をすることはご本人にとっても、最高最大最善の社会奉仕足り得ます。ご自身の人生成功体験に対する謙虚な姿勢のしからしめる社 会奉仕と心得ます▼本慈善事業の支援主催者であるマニラ・東京両市の青年会議所(JC)に敬意を表します。ヨシダが長年身を置いた同じ社会奉仕団体・ライ オ ンズ倶楽部の精神にも通じるものと思います▼トンド地区・スモーキンマウンテンには訪れたことのないヨシダですが、そのことはよく承知しています。ヨシダ の存念はこの場(本コラム)でその恥部とも言える悲しい光景写真よりも、そんな環境にもめげずに、明るく生きている子供たちの明るい笑顔を強調したいのが 存念です▼北別府学さんと駒田徳広さんに深甚なる感謝の意を表しつつ、かつ、フィリピンの可愛い子達に幸あれ・・・と祈りつつ、もっともっとブログしたい心を抑えて掲載します。感謝!写真14枚添付ファイル
       「北別府学」の画像検索結果 「北別府学」の画像検索結果   「駒田徳広」の画像検索結果  「駒田徳広」の画像検索結果 「貧困地域の子どもたちに野球を指導する北別府さん(右から3人目)と駒田さん」の画像検索結果
  「jci manila logo」の画像検索結果   「jci manila chairman」の画像検索結果    「jci manila chairman」の画像検索結果     「tokyo JCI logo」の画像検索結果「tokyo JCI」の画像検索結果
   「首都圏マニラ市トンド地区」の画像検索結果  「スモーキーマウンテン」の画像検索結果    「スモーキーマウンテン」の画像検索結果     「スモーキーマウンテン」の画像検索結果
 昨日4日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日5日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

           
  「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を           
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄される」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。  
 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 


                      
2015年12月5日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co