吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳2か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年12月29日(火)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

    ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月29日の「できごと」 
                          December 29, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

  1 「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果     「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果    「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果「Henry II」の画像検索結果   「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果      「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果  「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果
    「Thomas Becket assassination   」の画像検索結果     関連画像6  「1890年 - ウンデット・ニーの虐殺」の画像検索結果      関連画像関連画像「Wounded Knee Massacre」の画像検索結果
19  「1972, eastern airlines 401 crash」の画像検索結果   「1972, eastern airlines 401 crash」の画像検索結果「1972, eastern airlines 401 crash」の画像検索結果   関連画像      関連画像
21「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果
 「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果 「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果 「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果   「1984, Sylvie Guillem」の画像検索結果
            31「チャールズ・グッドイヤー」の画像検索結果「田中絹代」の画像検索結果「奥田碩」の画像検索結果「5代目三遊亭圓楽」の画像検索結果「小澤征良」の画像検索結果「荒川静香」の画像検索結果「錦織圭」の画像検索結果
875Charles the Bald King of the Franks is crowned as Holy Roman Emperor Charles II.
(1)1170年 - カンタベリー大司教トマス・ベケットイングランドヘンリー2世の部下により暗殺。
1427 – The Ming army begins its withdraw from Hanoi, ending the Chinese domination of Đại Việt.
1503 – The Battle of Garigliano (1503) was fought between a Spanish army under Gonzalo Fernández de Córdoba and a French army commanded by Ludovico II, Marquess of Saluzzo.
1508Portuguese forces under the command of Francisco de Almeida attack Khambhat at the Battle of Dabul.
1778American Revolutionary War: 3,000 British soldiers under the command of Lieutenant Colonel Archibald Campbell capture Savannah, Georgia.
(2)1786年 - フランス革命: 最後の名士会が召集される。
1812 – The USS Constitution under the command of Captain William Bainbridge, captures the HMS Java off the coast of Brazil after a three-hour battle.
1835 – The Treaty of New Echota is signed, ceding all the lands of the Cherokee east of the Mississippi River to the United States.
(3)1845年 - テキサス併合: テキサス共和国アメリカ合衆国に併合され、28番目の州・テキサス州となる。
1851 – The first American YMCA opens in Boston, Massachusetts.
(4)1860年 - イギリス海軍初の装甲艦ウォーリア」が進水。
1874 – The military coup of Gen. Martinez Campos in Sagunto ends the failed First Spanish Republic and Prince Alfonso is proclaimed King of Spain.
1876 – The Ashtabula River Railroad Disaster occurs, leaving 64 injured and 92 dead at Ashtabula, Ohio.
(5)1885年 - 阪堺鉄道・難波 - 大和川(現在の南海本線)が開業。日本で2つ目の私設鉄道。
(6)1890年 - ウンデット・ニーの虐殺

(7)1891年 - トーマス・エジソンラジオ特許を取得。
1895 – The botched Jameson Raid began in Johannesburg.
・1911 –
Sun Yat-sen becomes the provisional President of the Republic of China; he formally takes office on January 1, 1912.
(8)1911年 - モンゴルボグド・ハーン政権)がからの独立を宣言。
1916A Portrait of the Artist as a Young Man, the first novel by James Joyce, was first published as a book by an American publishing house B. W. Huebschis after it had been serialized in The Egoist (1914–15).
(9)1920年 - フランス社会党が分裂。多数派がフランス共産党を結成しコミンテルンに加盟。
(10)1928年 - 易幟奉天派を率いていた張学良が、北洋政府の五色旗を国民政府青天白日満地紅旗に替え、降伏の意を示す。蒋介石北伐が終了し、中国国民党が中国を統一。
(11)1929年 - 上越線清水トンネルが貫通。
1930 – Sir Muhammad Iqbal's presidential address in Allahabad introduces the two-nation theory and outlines a vision for the creation of Pakistan.
(12)1934年 - 日本がワシントン海軍軍縮条約の破棄を通告。
(13)1937年 - アイルランド自由国で新憲法が施行。アイルランド(エール)に改称し、英連邦王国から共和国に移行。
1939 – First flight of the Consolidated B-24 Liberator.
1940World War II: In the Second Great Fire of London, the Luftwaffe fire-bombs London, England, UK, killing almost 200 civilians.
(14)1947年 - 日本の出生届の人名当用漢字に限定。
(15)1949年 - コネチカット州ブリッジポートのテレビ中継局KC2XAK英語版で世界初のUHFによる定期のテレビ放送を開始。
(16)1959年 - リスボンメトロが開業。
1959 – Physicist Richard Feynman gives a speech entitled "There's Plenty of Room at the Bottom", which is regarded as the birth of nanotechnology.
・1959 – The
Lisbon Metro begins operation.
(17)1967年 - 韓国ヒュンダイモーターカンパニー設立。
(18)1968年 - 学生紛争により、東京大学東京教育大学が翌年の入試中止を決定。
(19)1972年 - イースタン航空401便墜落事故。史上初のワイドボディ旅客機の全損事故。
1975 – A bomb explodes at LaGuardia Airport in New York City, killing 11 people and injuring 74.
(20)1978年 - スペイン1978年憲法が発効。
(21)1984年 - シルヴィ・ギエムパリ・オペラ座のエトワールに昇進。19歳でバレエ団のトップスターとなる。
(22)1984年 - 岡山臨港鉄道がこの日限りで全線廃止。
(23)1989年 - 日経平均株価が算出開始以来の最高値を記録(ザラ場 38957.44円、終値38915.87円)。その後バブル経済崩壊へ。
1989 – Riots break-out after Hong Kong decides to forcibly repatriate Vietnamese refugees.
(24)1990年 - 東京・銀座シャンソン喫茶の老舗「銀巴里」が閉店。
(25)1992年 - ブラジル大統領フェルナンド・コロール・デ・メロが辞任。
(26)1993年 - 生物の多様性に関する条約が発効。
(27)1996年 - グアテマラ内戦: グアテマラ政府とグアテマラ国民革命連合英語版の間で和平合意が成立し、36年におよぶ内戦が終結。
1997 – Hong Kong begins to kill all the nation's 1.25 million chickens to stop the spread of a potentially deadly influenza strain.
(28)1998年 - カンボジアクメール・ルージュが1970年代の大量殺戮について謝罪。
2001 – A fire at the Mesa Redonda shopping center in Lima, Peru, kills at least 291.
(29)2003年 - サーミ語アッカラ方言の最後の話者が死亡し、死語となる。
(30)2003年 - 世界最速のリニアモーターカー上海トランスラピッド開業。
2006 – UK settles its Anglo-American loan, post-WWII loan debt.
2012 – A Tupolev Tu-204 airliner crashes in a ditch between the airport fence and the M3 highway after overshooting a runway at Vnukovo International Airport in Moscow, Russia, killing five people and leaving three others critically injured.
2013 – A suicide bomb attack at the Volgograd-1 railway station in the southern Russian city of Volgograd kills at least 18 people and wounds 40 others.
(31)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;チャールズ・グッドイヤー(1800)、田中絹代 (1909)、奥田碩 (1932)、 5代目三遊亭圓楽 (1932)、 小澤征良 (1971)。荒川静香(1981) 錦織圭 (1989)。

                 インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
5970編です。
 

2015年12月29日(火)掲載分
昨日12月28日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月29日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(21)1965年2月25日 - フランスパリ生まれのバレエダンサー」です。 100年に1人の逸材とまで称される現代バレエの女王です。来日回数は数十回に及び、日本文化に関心を寄せ、2011年東日本大震災の際には4月6日にパリのシャンゼリゼ劇場で、チャリティ公演「Hope Japan」を開催。11月には来日し、福島県いわき市いわき芸術文化交流館アリオスで震災支援特別公演をしている人物です。さすがに大物だけに、個性的な振る舞いが随所にみられるとかです★バレリーナと言えば、日本人では有名人物に吉田都さんが居ます。ヨシダと同じ誕生日は10月28日のお生まれ。本トップページの末尾の10月28日誕生の有名人はトップの徳川慶喜さんやマイクロソフトのビル・ゲイツと並んでいます。おっと、かの森下洋子バレリーナさんは終戦後の住まいのご近所でした。ご母堂経営のユニークなビフテキ・レストランの常連客でもあったヨシダです。(28日深夜)
 ・・・パソコンに向かって朝一番、真っ先に開くのは自身のサイト。昨夜の日付変更で のエラー等の確認です。ところが、インタネット接続が断絶。躊躇うことなく、Outlook Expressの文章作成にシフト!(発信はできなくても、メール文章作成は可)。ほかでもありません、2016年の年賀メールのこと。今まではBCCで 宛先非表示(Undisclosed)。イイ歳して欲張って、多くの旧友諸氏にお名前非表示で発信することのご無礼を感じる故。2016年新年からの賀状 メールは送信先は限定してお名前をチャンと付して発信することにし、その下準備にシフトしました★しばしの後、ふと、フロアのインタネット機器のライトで 接続に気付き、わがウェブサイトを真っ先に開きました。そこで真っ先に手を付けたのがこの箇所、このコラムへの書き込みって按配です。効率的でしょ う・・・この年齢のブロガーにしては・・・★くだんの「BCC(Blind carbon copy)」はご存知のように、宛先個人名は表示されずに「Undiclosed recipient」だけ。発信者側の都合。ところが、現在はちゃんと、受信者名を明記した一括発信ノウハウがあると認識しますが、年齢に相応しく、慎ま しやかに・・・と考えています★もうひとつ、蛇足のブログ。本トップサイトに末尾の「毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?」への追記。曰く、「・・・ おって、お気づきと思いますが、「きょうのできごと」コラムの最終下段に「ヨシダが選らんだその日が誕生日の著名人」の写真を列記しています。編集者の想 いは 「へ~、あの方とこの方が同じ誕生日・・・」というのもイイもんです。そんな想いで編集するのもロマンチックです。「ヨシダ流の若返り法」でもあるでしょ う(笑)。(9:30)
 今朝一番の取材記事を編集しながら熱いものを感じました。自身が障害者であるだけに、障害者に対する奉仕活動をする人たちに深い感謝と尊敬の念を抱くヨシダだからです。「No.5966田村一二さんのこと京都新聞「凡語」2015.12.29.)」がそれです。(10:40)
 「No.5967日韓関係での「人権問題」を欧米メディアはどう見るか心をつなぐ英会話メルマガ2015.12.29.山久瀬洋二mag2 0001604656)」 を編集しながら胸を横切るもの。それは、今までの論調からしては信じられないような急転直下の日本政府の変貌振り、と言った印象を受けるのはヨシダだけで しょうか?人でも国でも「メンツ」というのが邪魔することは否定できないな・・・という印象を強くする編集者のヨシダの率直な感想です。とは言っても大手 紙のなかには、「奥歯にモノが挟まった感じのコメント」もチラホラです。メンツの問題ですね・・・。(11:30)
 なんと、今から半年以上も前の記事が本日DIAMOND Onlineに掲載されました!その理由は、申すまでもなく日韓関係の急転直下の変貌ぶりゆえのことです。「No.5968韓国経済急減速の真実 「強い韓国」はどこへ行ったのか?(上)DIAMOND Online2015.12.29.(4月23日付)向山英彦・日本総合研究所上席主任研究員に聞く)」がそれですが、必読価値のある記事です。本編の「後編」である『韓国経済急減速の真実 「強い韓国」はどこへ行ったのか?(下)』の編集にも着手して後ほど本欄に掲載します。(12:30)
 大急ぎで「No.5968の後編」、「No.5969:韓国経済急減速の真実  「強い韓国」はどこへ行ったのか?(下)DIAMOND Online2015.12.29.(4月23日付)向山英彦・日本総合研究所上席主任研究員に聞く)」を編集しました。本日はこれにて、取材編集にピリオッドします。(13:15)
 「No.5970:「紅葉の嘆き」紀伊民報「水鉄砲」2015.12.29.石)」を編集しながら大いに母国ニッポンの紅葉を楽しみました。実にイイ年末ムードを味わっています。ちなみに、わが家の前の大通りには見上げるような高い樹木並木。日本の紅葉ほどではないけど、若干色あせた感じ。でも、車いすで野外に出ている時はしょっちゅう、見上げて楽しんでいます。(19:35)

No.5970
「紅葉の嘆き」
紀伊民報「水鉄砲」2015.12.29.石
ヨシダブログ:
見 事な大銀杏は田辺市。同市には想い出があります。市内のある運送会社に招かれて大勢の社員を前に長時間の講演や質疑応答に応じたことを想起します▼此処、 常夏の国フィリピンは、わが家の前の大通り沿いに茂る大きな樹。クルマで通ると樹木トンネルって感じ。名前は記憶しませんがこの年末時期になれば、若干の 色あせた葉色程度の風情。車椅子で外に出る時に必ず見上げて楽しみます▼当該写真を選びながら大いに楽しみました。年末のひと時を部屋に閉じ篭りながら、 雄大で色鮮やかな天然記念物を楽しみました▼落葉を歌った良寛の詩「裏をみせ 表をみせて 散るもみじ」は、風流の柄でもないヨシダの一つ覚えの句。わが人生四毛作演出中のわが人生とオーバーラップしながら味わいつつ、でも、まだまだ散りません!(笑)。(写真15枚添付ファイル
    「永井荷風」の画像検索結果       「落ちる葉は残らず落ちて昼の月」(荷風)」の画像検索結果 「散る葉」の画像検索結果 「ナンキンハゼの葉」の画像検索結果  「古座川町田川のイロハカエデ」の画像検索結果
     「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果  「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果 「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果 「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果
    「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果    「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果  「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果「田辺市中辺路町福定銀杏」の画像検索結果
No.5969
韓国経済急減速の真実  「強い韓国」はどこへ行ったのか?(下)
DIAMOND Online2015.12.29.(4月23日付)向山英彦・日本総合研究所上席主任研究員に聞く
ヨシダブログ:
「中見出し&質問」は、■ 「経済革新三ヵ年計画」と景気対策の行方 朴政権の経済政策はなぜ手詰まり感があるのか?――朴政権は経済政策を重視してきたイメージがありますが、短 期・長期の対策を打っ ても、なかなか成果が出ないわけですね。朴政権に対する国内や国際社会からの評価は、どうなっていますか。――こうして聞くと、韓国経済の減速には構造的 な問題が関わってお り、それを解消しないと真の意味での経済革新を図ることは難しいように思います。今後韓国は、どんな改革を進めるべきなのか。大きな問題の1つは、国の経 済が世界経済の動き、とりわけ中国の動きにあまりにも左右され過ぎるということだと思います■不満を感じる一方で憧れも 財閥に対する複雑な国民感情―― 構造問題と言えば、以前から指摘されている財閥偏重型の経済成長も挙げられます。――財閥中心の経済は、どのように是正されるべきで しょうか■モバイルから高利益の半導体へシフト 経営体制の見直しを進めるサムスン―― 一方で、新興国企業の台頭などによって、サムスングループをはじめ財閥系企業の成長力も落ち始めています。財閥自身、経営体制の見直しを迫られそうです ね。――韓国経済の現状と課題が、よくわかりました。最後に、日韓関係をどう見ていますか。日韓はお互いに、重要なビジネスパートナーの1つです。足もと で、韓国経済の減速や日韓関係の悪化が両国の経済に与えている影響は、どうなっているのでしょうか。――こうした日韓の冷え込みが解消されれば、韓国経済 にもある程度プラスになるのではないか。今後、日本と韓国が経済面で協力し、お互いに発展して行く絵図は描けないものでしょうか■まだ経済の潜在能力はあ る 「最強韓国」は蘇るのか?――「漢江の奇跡」と呼ばれる 経済成長を遂げた韓国は、1990年代 にデフォルトの危機に陥りIMFの管理下に置かれましたが、2000年代に大企業が世界市場で台頭し、一時は「最強」と呼ばれるまでになりました。韓国経 済のこうした歴史の中で、現状はどのような段階にあるのでしょうか。かつてない危機なのか、それとももう一段成長するための踊り場に過ぎないのでしょう か・・・と続きます▼「質問:韓国経済は復活すると思う?」に対する回答は、「思わない79.86%、どちらとも言えない13.98%、思う7.16%」です(下記添付グラフ図参照)。写真2枚添付ファイル
                
No.5968
韓国経済急減速の真実 「強い韓国」はどこへ行ったのか?(上)

DIAMOND Online2015.12.29.(4月23日付)向山英彦・日本総合研究所上席主任研究員に聞く

ヨシダブログ:こ の記事は去る2015年4月23日付の本日付「再掲載」です。ヨシダも当時、気付かなかったもの。半年以上も前のこの記事が何故、今になって「再掲 載」!? が興味です!申すまでもなく、「慰安婦問題に関わる日韓関係の改善」のメドがついたことによる、日韓経済関係の再認識そのもとヨシダはみます▼ちなみに、 本編の後編は『韓国経済急減速の真実 「強い韓国」はどこへ行ったのか?(下)』に続きます。この後に引き続いて同記事を本欄で編集掲載しますので、(傍線引用:吉田祐起) で先に進みます▼ちなみに、「中見出し&質問」を通しで下記に掲載します。■「強い韓国」はどこへ?韓国経済が減速した真の理由、――韓国経済の減速を指 摘する声は以前からありましたが、ここにきて減速が鮮明化していると言われます。実際のところ、韓国経済はどれくらい減速しているのですか。――現在の韓 国経済を、どのように見ていますか。――そもそも、これまでの韓国経済の強みはどこにあったのでしょうか。――では、韓国経済はなぜ減速してしまったので しょうか。■チャイナショックと円安・ウォン高が韓国経済減速の二大インパクト――チャイナショックと円安・ウォン高が韓国経済減速の原因なのですね。 まず「チャイナショック」の影響とは、具体的にどんなものですか。――では一方で、円安・ウォン高は、なぜ起きたのでしょうか。■従来の「韓国型成長モデ ル」に代わる新しい成長モデルが構築されていない――チャイナショックと円安・ウォン高の影響は、それほど大きかったということなのですね。――現在、 政府は新しい成長モデルを模索するために、どんな対策を行っているのですか。――景気対策に手詰まり感がある背景には、どんな課題があるのでしょうか。■ 年金給付に頼れない韓国人の現状 高齢者の貧困率はOECD中で最高に・・・と続きます▼日韓関係改善を前に必読の記事とみます。(写真5枚添付ファイル
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No.5967

日韓関係での「人権問題」を欧米メディアはどう見るか
心をつなぐ英会話メルマガ2015.12.29.山久瀬洋二mag2 0001604656
ヨシダブログ:慰安婦婦問題を評して、事実無根といった感じの大手新聞の論調を気にしていたヨシダですが、その当該紙の本日の弁は、なにやら未練がましい面が否定できません。ヨシダが尊敬して止まない本記事筆者・川久瀬先生の末尾の言葉に希望を抱きます。「・・・ 二つの国を合わせた GDP などの「総力」は、中国もアメリカも無視することはできない巨大なものです。インフラ、技術力、国民の教育の浸透率など、どこを取っても、日本と韓国の連 携は、中国にもアメリカにも是は昰、非は非とカードを切れる世界の新しいパワーバランスの芽を作ることになるはずです・・・EU の基礎を作った事実にも匹敵する快挙・・・」 と。新年の訪れを前に、日韓関係の新しい年の始まりになることを祈念しつつ・・・。写真19枚添付ファイル
       「日韓慰安婦問題解決」の画像検索結果 「日韓慰安婦問題解決」の画像検索結果 「日韓慰安婦問題解決」の画像検索結果 「日韓慰安婦問題解決」の画像検索結果
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No.5966
田村一二さんのこと
京都新聞「凡語」2015.12.29.
ヨシダブログ:自 身が障害者であることを意識することから、そういった人々に対する奉仕活動に従事する人たちにヨシダは感謝の念を強く抱きます。とりわけ、本記事主人公で ある「知的障害児(者)教育の先駆者・田村一二さん」を指しての本記事筆者の末尾の言葉に共感するが故に本記事を取り上げました。曰く、「・・・もっと、 光が当てられてもよい人だ」がそれです▼限られた枚数の田村さんの業績の証ですが、それらを追いながら胸が熱くなりました。ヨシダの本コラムで期待できる「光を当てる」は微小ですが、ヨシダの想いは天に通じると確信します。最大の尊敬の念を抱きつつ編集しました。合掌(写真16枚添付ファイル
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      「京都市学校歴史博物館「京都における特別支援教育のあゆみ」展」の画像検索結果「京都市学校歴史博物館「京都における特別支援教育のあゆみ」展」の画像検索結果「京都市学校歴史博物館「京都における特別支援教育のあゆみ」展」の画像検索結果
 昨28日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日29日の第一記事掲載(10:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。  

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

     毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
                注:このコラムは今月末まで掲載します。
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」とい う日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。
 おって、お気づきと思いますが、「きょうのできごと」コラムの最終下段に「ヨシダが選らんだその日が誕生日の著名人」の写真を列記してい ます。編集者の想いは「へ~、あの方とこの方が同じ誕生日・・・」というのもイイもんです。そんな想いで編集するのもロマンチックです。「ヨシダ流の若返 り法」でもあるでしょう(笑)。
 1.徳川 慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍)、2.横河民輔(1864:横河電機創業者)、3.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、4.エルザ・ランチェスター(1902:イギリスの女優)、5.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、6.浜田 晃(1941:俳優)、7.小池真理子(1952:女優)、8. ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、9.吉田都(1955:バレリーナ)、10.吉田里琴(1999年:女優)・・・と。ハイ、末尾11は吉田祐起(1931:本サイト編集長)で~す!
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。

 Cox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpgエルザ・ランチェスターElsa LanchesterAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPG  http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
      PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Universe Pia Alonzo-Wurtzbach
Miss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
  特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのは審査委員が彼女をタイトルに相応しいと審査した結果だけではないということです。彼女の経営者顔負けの「栄冠を 勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信が背後にあった」という事実です。英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「
Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream
」です。
     One more;"10 things you need to know about being a beauty queen"

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                          2015年12月29日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
               (満84歳2ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com