吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月27日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月27日の「できごと」 
                          December 27, Events(英語版) 
                          「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

 7 「1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。」の画像検索結果  「1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。」の画像検索結果      関連画像「1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。」の画像検索結果   「1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。」の画像検索結果 「1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。」の画像検索結果
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12「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果「radio city music hall construction」の画像検索結果関連画像
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21「第1回日本レコード大賞」の画像検索結果「第1回日本レコード大賞(文京公会堂)」の画像検索結果    関連画像「第1回日本レコード大賞(文京公会堂)」の画像検索結果
 「第1回日本レコード大賞」の画像検索結果 「第1回日本レコード大賞」の画像検索結果「第1回日本レコード大賞」の画像検索結果
「第1回日本レコード大賞(文京公会堂)」の画像検索結果「日本レコード大賞2015」の画像検索結果 「日本レコード大賞2015」の画像検索結果
               49「大谷光瑞」の画像検索結果「浅沼稲次郎」の画像検索結果「マレーネ・ディートリッヒ」の画像検索結果「加藤登紀子」の画像検索結果「テリー伊藤」の画像検索結果「青山祐子」の画像検索結果
537 – The Hagia Sophia is completed.
(1)694年(持統天皇8年12月6日) - 持統天皇飛鳥浄御原宮から藤原京遷都する。
(2)784年延暦3年11月11日) - 桓武天皇長岡京遷都する。
(3)1457年長禄元年12月2日)- 長禄の変起こる。
1512 – The Spanish Crown issues the Laws of Burgos, governing the conduct of settlers with regard to native Indians in the New World.
1521 – The Zwickau_prophets arrive in Wittenberg disturbing the peace and preaching the Apocalypse. Melancthon cannot silence them. Martin Luther is being held in protective custody at the Wartburg Castle at this time. He is later released and is able, by his preaching, to regain the peace.
1655Second Northern War/the Deluge: Monks at the Jasna Góra Monastery in Częstochowa are successful in fending off a month-long siege.
1657 – The Flushing Remonstrance is signed.
(4)1703年 - イングランドポルトガルメシュエン条約に調印。
1814War of 1812: The American schooner USS Carolina is destroyed. It was the last of Commodore Daniel Patterson's makeshift fleet that fought a series of delaying actions that contributed to Andrew Jackson's victory at the Battle of New Orleans.
(5)1831年 - チャールズ・ダーウィンイギリス海軍の海洋測量艦ビーグル号に乗り世界一周に出発。
1836 – The worst ever avalanche in England occurs at Lewes, Sussex, killing eight people.
1845Ether anesthetic is used for childbirth for the first time by Dr. Crawford Long in Jefferson, Georgia
・1845 – Journalist John L. O'Sullivan, writing in his newspaper the New York Morning News, argues that the United States had the right to claim the entire Oregon Country "by the right of our manifest destiny".
(6)1865年 - 上野鉄道(現上信電鉄)設立。
(7)1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)。
(8)1904年 - ジェームス・バリーの童話劇『ピーター・パン』がロンドンで初演。
1911 – "Jana Gana Mana", the national anthem of India, is first sung in the Calcutta Session of the Indian National Congress.
1918 – The Great Poland Uprising against the Germans begins.
(9)1922年 - 横須賀海軍工廠で世界初となる日本海軍航空母艦鳳翔」が竣工。
(10)1923年 - 虎ノ門事件
(11)1924年 - 北海道小樽市の国鉄手宮駅ダイナマイトが爆発。死者87人。
1927Show Boat, considered to be the first true American musical play, opens at the Ziegfeld Theatre on Broadway.
1929Soviet General Secretary Joseph Stalin orders the "liquidation of the kulaks as a class", ostensibly as an effort to spread socialism to the countryside.
(12)1932年 - ニューヨークに世界最大のホール・ラジオシティ・ミュージックホールが開場。
(13)1933年 - 神中鉄道(現相模鉄道)の横浜駅が開業。
(14)1937年 - 満州重工業設立。
1939Erzincan, Turkey, is hit by an earthquake, killing 30,000.
・1939 –
Winter War: Finland holds off a Soviet attack in the Battle of Kelja.
1942 – The Union of Pioneers of Yugoslavia is founded.
(15)1945年 - 国際通貨基金 (IMF) と国際復興開発銀行(世界銀行)を設立するためのブレトン・ウッズ協定が発効。
(16)1945年 - ベルギー国際連合に加盟。
(17)1946年 - 第1次吉田内閣が石炭・鉄鋼を中心に増産する傾斜生産方式の採用を決定。
(18)1949年 - オランダインドネシアの主権を放棄し、インドネシアの独立を承認
(19)1956年 - 日本放送協会 (NHK) と日本テレビカラーテレビの実験放送許可が下りる。
(20)1958年 - 国民健康保険法公布。
(21)1959年 - 文京公会堂で第1回日本レコード大賞開催。
(22)1960年 - 第2次池田内閣所得倍増計画を閣議決定。
(23)1966年 - 衆議院解散。(黒い霧解散
1966 – The Cave of Swallows, the largest known cave shaft in the world, is discovered in Aquismón, San Luis Potosí, Mexico.
1968Apollo program: Apollo 8 splashes down in the Pacific Ocean, ending the first orbital manned mission to the Moon.
(24)1968年 - 都営地下鉄6号線(現在の三田線巣鴨駅 - 志村駅(現在の高島平駅)が開業。
(25)1968年 - マルセル盗難事件
(26)1972年 - 朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法制定。
(27)1977年 - 阪神電気鉄道が「軌道」から「地方鉄道」へと変更。
1978 – Spain becomes a democracy after 40 years of fascist dictatorship.
(28)1979年 - アフガニスタン紛争: ソ連がアフガニスタンの大統領宮殿を襲撃し、ハフィーズッラー・アミーン大統領を殺害。
(29)1980年 - 国鉄再建法が公布・施行。
(30)1980年 - 小田急電鉄7000形電車ロマンスカー「LSE」が営業運転を開始。
(31)1980年 - レンデルシャムの森事件
(32)1982年 - 加藤保男が冬期エベレスト登頂に成功、帰途消息を絶つ。
(33)1982年 - 京浜急行電鉄2000形電車が営業運転を開始。
(34)1983年 - 新自由クラブと連立し第2次中曽根内閣発足。55年体制下初の連立内閣。
1983Pope John Paul II visits Mehmet Ali Ağca in Rebibbia's prison and personally forgives him for the 1981 attack on him in St. Peter's Square.
(35)1985年 - ローマ空港・ウィーン空港同時テロ事件
(36)1985年 - 祝日法が改正され、国民の休日が設けられる。
(37)1987年 - 横綱双羽黒光司親方から私生活の乱れを注意され激怒し失跡。12月31日、親方から提出された廃業届を相撲協会が受理。
(38)1988年 - 竹下登改造内閣が発足。
(39)1989年 - 将棋羽生善治竜王に。10代として棋界初のタイトル保持者に。
1989 – The Romanian Revolution concludes, as the last minor street confrontations and stray shootings abruptly end in the country's capital, Bucharest.
(40)1995年 - 東海旅客鉄道東海道新幹線三島駅で鉄道人身障害事故が発生し、新幹線開業以来の初の旅客死亡事故。(三島駅乗客転落事故
(41)1995年 - 名神高速道路秦荘PA滋賀県愛荘町)から東名高速道路赤塚PA愛知県豊川市)間で日本最長記録となる154kmの渋滞が発生。
1996Taliban forces retake the strategic Bagram Airfield which solidifies their buffer zone around Kabul, Afghanistan.
1997 – Protestant paramilitary leader Billy Wright is assassinated in Northern Ireland, United Kingdom.
(42)1997年 - 新進党の党両院議員総会で解散を決定。
(43)1999年 - 団体規制法施行。
(44)1999年 - マイクロソフトのベータ版オペレーティングシステムの、Windows Neptuneの最新安定版がリリース。
2001 – China is granted permanent normal trade relations with the United States.
2002Two truck bombs kill 72 and wound 200 at the pro-Moscow headquarters of the Chechen government in Grozny, Chechnya, Russia.
(45)2004年 - マグネターSGR 1806-20星震が地球で観測される。
(46)2007年 - パキスタン元首相ベーナズィール・ブットー暗殺される。
・2007 – Riots erupt in Mombasa, Kenya, after Mwai Kibaki is declared the winner of the presidential election, triggering a political, economic, and humanitarian crisis.
(47)2008年 - ガザ侵攻: イスラエルがロケット弾攻撃への報復としてガザ地区を空爆。
(48)2008年 - 愛知県犬山市を走る名鉄モンキーパークモノレール線がこの日をもって営業廃止。
2009Iranian election protests: On the Day of Ashura in Tehran, Iran, government security forces fire upon demonstrators.
(49)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;大谷光瑞(1876)、 浅沼稲次郎 (1898)、マレーネ・ディートリッヒ(1901)、 加藤登紀子(1943)、 テリー伊藤(1949)。 青山祐子(1972)。

                  インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

ただ今、 5963編です。 
2015年12月27日(日)掲載分
昨日12月26日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

  本日「12月27日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(7)1885年 - 浅草寺表参道の両側の「仲見世」を近代的な煉瓦造の建物に建て替え(現在の仲見世の発祥)」、「(12)1932年 - ニューヨークに世界最大のホール・ラジオシティ・ミュージックホールが開場」です。前者は2度ほど訪れ、一度は巨大な提灯「雷門」の下に暫し佇んで、二度目は端から端まで歩いて見物。後者のラジオシティ・ミュージックホールは同じ頃にオープンしたと思う東京の日劇へ弟と行った想い出とオーーバーラップしながらです。(26日22:00)
 今朝一番のヒット記事は全紙コラムに目を通し終えた後の本誌記事です。愕然たる想いを禁じ得ません。絶句って感じです・・・。さて、皆さんはこの記事をどう受けとめられるでしょうか・・・?「No.5961なぜ、東京で白内障、心筋梗塞が激増するのか? エッセンシャル版・緊急特別講演会DIAMOND Online2015.12.27.広瀬 隆 [ノンフィクション作家])」 がそれですが、オリンピック東京誘致プレゼンで明言した言葉が気懸りです。曰く、「(福島第一原発の汚染水の問題に関して)・・・状況はコントロールされ ている。私たちは決して東京にダメージを与えない(The situation is under control)」がそれ。単なる危惧に終わればイイですが・・・。(9:25)

 ひと通り、本日の取材源をチェッ クし終えました。どうやら、1編のみで終わりそうなので、先ほどから宿題作業に取り掛かっています。ひとつは、離日までの16年間をお世話になった地元の クライアントさんの社員ドライバーさん向けの「2016年2月度メッセージ」原稿の作成。ハイ、1月新年度はすでに送付済み。先手必勝です★もうひとつ は、東京クライアントさんの新入総合職員4名の「拙著読破感想文」に対する「著者コメント」の作成。感想文と著者コメントを含めて各10ページ程度のも の。いずれも若い同胞諸氏との接点があることを喜んでいます★ふと、思うに、本日27日は日曜日で母国は一日早い仕事納めでハイウエーは大混乱の一歩手 前。現役時代は78歳までの経営者人生を全うしてのフィリピン移住7年目に入ります。来比してからのヨシダ人生を称して「人生第四毛作」。今からが本番中 のホンバンとばかりのヤング・ヨシダ爺ちゃん。パソコンに向かってハッピー!です。(12:20)
 「No.5962日系米国人が「人間以下の扱い」を受けた時代REUTERSロイター2015.12.27.(25日付)マイク・ホンダ米下院議員)」を編集しながら溜め息と共に出てくる言葉。「歴史は繰り返す」なのでしょうか・・・▼歴史は繰り返す、最初は悲劇として、二度目は笑劇として、過去の亡霊を呼び出し、その由緒ある衣装に身を包み、借りものの言葉を演じる。カール・マルクス 」がルーツでしたっけ・・・?(14:15)
 この記事「No.5963慰安婦問題、首相「おわび」で調整 米に「決着声明」要請日本経済新聞2015.12.27.)」 で一件落着と願いたいものです。皮肉のブログは、絶対否定論者はこの記事で鳴りを潜めるでしょうか、ということ。それにしても、国のメンツって、微妙です よね~。内心では認めていても、言葉や文字で表すと厄介になるのが国際間の外交問題や歴史上の有無論議等の表現の在り方。その背景に見え隠れするのは「一 点、取られた、取った云々」のつばぜり合い。「取られたら、取り返す」のシーソ-ゲームを評して国際外交ですよね。(15:40)

No.5963
慰安婦問題、首相「おわび」で調整 米に「決着声明」要請
日本経済新聞2015.12.27.

ヨシダブログ:こ の種の国際問題の取り扱いは微妙です。双方の尊厳に関わるだけに、です。それにしても溜め息まじりのヨシダブログになりますが、ヨシダのこの問題に関する 基本的な考えは「慰安婦問題は事実である」ということ。ゆとりなる戦場現場では穏便な「募集型」があったでしょうが、生死に関わるような場所や環境では強 制もあり得たでしょう。ヨシダの姉婿で中国戦線で死地を二度も体験したヨシダの恩人でもある人物がよく言っていたことがその背景です。「日本軍は酷いこと をしたもんだ・・・。慰安婦問題 とて然り・・・」と▼事がここまでくれば、「慰安婦問題はゼッタイになかった」と主張してきた論者はどうするでしょうか?この成り行きで、一斉に口をつむ ぐのでしょうね。そういった今までの論者の顔がみたいもの。この問題に関する自他共に納得出来得る妥当な言葉とは、「その事実を全く否定はできないかも知 れないが、韓国側が張するほどの強制的なものでは断じてあり得ないと考える・・・」くらいの表現があって欲しかったというのがヨシダです。強弁論者のお顔 を見たいものと皮肉ります。「そうは言っても・・・」はナンセンスと心得るべきですよね、ここまできた以上は・・・写真5枚添付ファイル
   「従軍慰安婦問題」の画像検索結果「従軍慰安婦問題」の画像検索結果「従軍慰安婦問題」の画像検索結果「従軍慰安婦問題」の画像検索結果 「従軍慰安婦問題」の画像検索結果
No.5962

日系米国人が「人間以下の扱い」を受けた時代
REUTERSロイター2015.12.27.(25日付)マイク・ホンダ米下院議員
ヨシダブログ:戦時中の日系人強制収容に対しては、後年1988 年8月10日にロナルド・レーガン大統領(当時)が「1988年市民の自由法(通称、日系アメリカ人補償法)」に署名し、これによりアメリカ政府は公式に 日系人強制収容を謝罪して2万ドルの補償金を日系人に支払いました。しかし、そこに至るかれらの苦悩は想像を絶するものがあったと思考します▼手前ミソで すが、ヨシダの従兄でカルフォルニア大学を卒業して米国に居たのが「譲治(じょうじ⇒Jorge)」。「母が危篤」とウソついて最期の交換船で日本に帰 国。英語力をかわれて「諜報部」に所属。クエゼリン島に配属され、玉砕しました。日系日本人の人生もさまざまです▼現代は「シリア難民問題」が当時の人種 偏見の再発を暗示している感じさえします。何時の世でも「歴史は繰り返す」なのでしょうか・・・。写真29枚添付ファイル
 「マイク・ホンダ米下院議員」の画像検索結果 12月21日、パリ同時攻撃などを受けて、ムスリムおよび米国人ムスリムをめぐる危険で破壊的な言説が極限にまで達しており、今まさに歴史が繰り返すのではないかという危惧を抱かざるをえないと、マイク・ホンダ米下院議員は考えている。写真は父親の膝に乗るホンダ議員。日系人強制収容所で生活していたときに撮影された。ホンダ議員提供(2015年 ロイター)「マイク・ホンダ米下院議員」の画像検索結果 「Japanese Internment」の画像検索結果  「Japanese Internment」の画像検索結果   「Japanese Internment」の画像検索結果 「Japanese Internment」の画像検索結果
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                     「redress law, H.R. 442」の画像検索結果「redress law, H.R. 442」の画像検索結果「redress law, H.R. 442」の画像検索結果     「redress law, H.R. 442」の画像検索結果
No.5961
なぜ、東京で白内障、心筋梗塞が激増するのか? エッセンシャル版・緊急特別講演会
DIAMOND Online2015.12.27.広瀬 隆 [ノンフィクション作家]
ヨシダブログ:本 記事を読む一方で、著者・広瀬隆氏の著書は氷山の一角に接し絶句あるのみです。ヒロシマヒバクシャの立場にあって、原爆よりはるかに広範囲に及ぶと危惧さ れる原発被害像に接して恐ろしさに慄きます▼「中見出し」は、■順天堂大学の血液内科が発表した衝撃データ、■セシウムは「盛岡」より「新宿」が6倍!ヨ ウ素は「盛岡」より「新宿」が100倍!!、■東京の荻窪も “チェルノブイリ危険地帯第4区”!、■これから何が起こるのか?――知られざる「ホット パーティクル」の恐怖、■「放射能の実害」から科学的に分析、■なぜ、『東京が壊滅する日』を緊急出版したのか――広瀬隆からのメッセージ・・・と続きま す▼ここにきて危惧すること。それは安倍晋三総理がオリン ピック東京誘致プレゼンで明言した言葉が気懸りです。曰く、「(福島第一原発の汚染水の問題に関して)・・・状況はコントロールされている。私たちは決し て東京にダメージを与えない(The situation is under control)」がそれ。単なる危惧に終わればイイですが・・・。写真15枚添付ファイル
 「東京に原発を!」の画像検索結果「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」の画像検索結果「クラウゼヴィッツの暗号文」の画像検索結果「億万長者はハリウッドを殺す」の画像検索結果
   「危険な話」の画像検索結果  「赤い楯――ロスチャイルドの謎」の画像検索結果  「私物国家」の画像検索結果「アメリカの経済支配者たち」の画像検索結果「アメリカの巨大軍需産業」の画像検索結果
   「世 界石油戦争」の画像検索結果「世界金融戦争」の画像検索結果「原子炉時限爆弾」の画像検索結果「広瀬隆」の画像検索結果
 昨26日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日27日の第一記事掲載(9:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
       PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Universe Pia Alonzo-Wurtzbach
Miss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
  特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのは審査委員が彼女をタイトルに相応しいと審査した結果だけではないということです。彼女の経営者顔負けの「栄冠を 勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信が背後にあった」という事実です。英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「
Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream
」です。
     One more;"
10 things you need to know about being a beauty queen"

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                          2015年12月27日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
                (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com