吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                  English               
            2015年12月26日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月26日の「できごと」 
                          December 26 Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
    3   「鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果      「鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果   「鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果  「鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果  
     「映画:鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果        関連画像関連画像「映画:鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果「映画:鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果        「映画:鍵屋の辻の決闘」の画像検索結果
9「Galleria del Frejus」の画像検索結果  「Galleria del Frejus」の画像検索結果     「Galleria del Frejus」の画像検索結果  「Galleria del Frejus」の画像検索結果      関連画像     「Galleria del Frejus」の画像検索結果
                「Galleria del Frejus」の画像検索結果「Galleria del Frejus」の画像検索結果「Galleria del Frejus」の画像検索結果「Galleria del Frejus」の画像検索結果「Galleria del Frejus」の画像検索結果

29    「rendlesham forest incident photos」の画像検索結果            「rendlesham forest incident photos」の画像検索結果  「rendlesham forest incident photos」の画像検索結果  「rendlesham forest incident」の画像検索結果      「rendlesham forest incident photos」の画像検索結果「rendlesham forest incident」の画像検索結果「rendlesham forest incident, newspaper articles」の画像検索結果
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38 「earthquake in sumatra, 2004」の画像検索結果 「earthquake in sumatra, 2004」の画像検索結果    関連画像       関連画像 「earthquake in smatra, 2004」の画像検索結果  「earthquake in smatra, 2004」の画像検索結果        「earthquake in smatra, 2004」の画像検索結果
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1135 – Coronation of King Stephen of England.
(1)1251年 - スコットランド王アレグザンダー3世とイングランド王女マーガレットが結婚。 
1481Battle of Westbroek: Holland defeats troops of Utrecht.
1489 – The forces of the Catholic Monarchs, Fernando and Isabel, take control of Almería from the Nasrid ruler of Granada, Muhammad XIII.
1559Pope Pius IV is elected.
(2)1606年 - ウィリアム・シェイクスピアの悲劇『リア王』が初演。
(3)1634年寛永11年11月7日) - 鍵屋の辻の決闘
(4)1776年 - アメリカ独立戦争: トレントンの戦い
1790Louis XVI of France gives his public assent to Civil Constitution of the Clergy during the French Revolution.
1793Second Battle of Wissembourg: France defeat Austria.
(5)1793年 - ルートヴィヒ・フォン・プロイセンフリーデリケ・フォン・メクレンブルク=シュトレーリッツが結婚。
1799 – Four thousand people attend George Washington's funeral where Henry Lee III declares him as "first in war, first in peace and first in the hearts of his countrymen."
(6)1805年 - フランスオーストリアプレスブルクの和約に調印。
1806 – Battles of Pultusk and Golymin: Russian forces hold French forces under Napoleon.
1811 – A theater fire in Richmond, Virginia kills the Governor of Virginia George William Smith and the president of the First National Bank of Virginia Abraham B. Venable.
(7)1825年ユリウス暦12月14日) - デカブリストの乱
1846 – Trapped in snow in the Sierra Nevadas and without food, members of the Donner Party resort to cannibalism.
(8)1854年嘉永7年/安政元年11月7日)- 豊予海峡地震
1860 – The first ever inter-club association football match takes place between Hallam F.C. and Sheffield F.C. at the Sandygate Road ground in Sheffield, England, United Kingdom.
1861American Civil War: The Trent Affair: Confederate diplomatic envoys James M. Mason and John Slidell are freed by the United States government, thus heading off a possible war between the United States and United Kingdom.
1862 – American Civil War: The Battle of Chickasaw Bayou begins.
・1862 – Four nuns serving as volunteer nurses on board
USS Red Rover are the first female nurses on a U.S. Navy hospital ship.
・1862 – The
largest mass-hanging in U.S. history took place in Mankato, Minnesota, 38 Native Americans died.
1870 – The 12.8-km long Fréjus Rail Tunnel through the Alps is completed.
1871Gilbert and Sullivan collaborate for the first time, on their lost opera, Thespis. It does modestly well, but the two would not collaborate again for four years.
(9)1871年 - 初のアルプス山脈を貫くトンネルであるフレジュス鉄道トンネルが開通。
1883 – The Harbour Grace Affray between Irish Catholics and Protestant Orangemen causes five deaths in Newfoundland.
(10)1887年 - 保安条例が公布・施行。28日までに中江兆民ら570人に東京市外への退去を命令。
(11)1889年 - 両毛鉄道(現在の両毛線)が全通。
1895New Empire Theatre, in Southend-on-Sea, Essex, England was destroyed by fire
(12)1898年 - マリー・キュリーフランス科学アカデミーの研究報告でラジウムの単離に成功したと発表。
1900 – A relief crew arrives at the lighthouse on the Flannan Isles of Scotland, UK, only to find the previous crew has disappeared without a trace.
(13)1909年 - 日本初のループ線駅かつ日本唯一のループ線・スイッチバックを併せ持つ駅である大畑駅開業。
1919Babe Ruth of the Boston Red Sox is sold to the New York Yankees by owner Harry Frazee, allegedly establishing the Curse of the Bambino superstition.
(14)1925年 - トルコグレゴリオ暦を導入。
(15)1933年 - 横浜に自動車製造株式会社(現日産自動車)設立。
(16)1933年 - FMラジオの特許が取られる。
(17)1934年 - 日本初のプロ野球球団「大日本東京野球倶楽部」設立。読売ジャイアンツの前身。
1941U.S. President Franklin D. Roosevelt signs a bill establishing the fourth Thursday in November as Thanksgiving Day in the United States.
(18)1943年 - 北岬沖海戦がドイツ海軍とイギリス海軍との間で起こる、ドイツのシャルンホルスト (戦艦)が、イギリスのデューク・オブ・ヨーク (戦艦)を主力としたイギリス艦隊に捕捉撃沈される。
(19)1944年 - ミンドロ島沖海戦が大日本帝国海軍とアメリカ海軍との間で起こる。大日本帝国軍の作戦名は零号作戦
1944 – World War II: George S. Patton's Third Army breaks the encirclement of surrounded U.S. forces at Bastogne, Belgium.
(20)1945年 - フランスの海外領土で新しい通貨CFPフランCFAフランを創設。
1948 – Cardinal József Mindszenty is arrested in Hungary and accused of treason and conspiracy.
(21)1951年 - 第3次吉田茂内閣が第3次内閣改造を実施。
(22)1951年 - 練馬事件
(23)1956年 - シベリア抑留からの引揚げ船・興安丸最後の一便が舞鶴港に入港。
(24)1959年 - 砂川事件に関して、最高裁判所が検察からの跳躍上告をうけて原審(いわゆる伊達判決)を破棄差し戻しとする判決を下す。
1963The Beatles' "I Want to Hold Your Hand" and "I Saw Her Standing There" are released in the United States, marking the beginning of Beatlemania on an international level.
(25)1965年 - シンザン競馬有馬記念を制し、初の五冠馬に。
1966 – The first Kwanzaa is celebrated by Maulana Karenga, the chair of Black Studies at California State University, Long Beach.
(26)1970年 - 日本初の5ドア鉄道車両、京阪電気鉄道5000系デビュー。
1972Vietnam War: As part of Operation Linebacker II, 120 American B-52 Stratofortress bombers attacked Hanoi, including 78 launched from Andersen Air Force Base in Guam, the largest single combat launch in Strategic Air Command history.
(27)1974年 - インドネシアモロタイ島で台湾出身の中村輝夫(李光輝)元陸軍一等兵を救出。
1976 – The Communist Party of Nepal (Marxist–Leninist) is founded.
(28)1978年 - ネパール共産党マルクス・レーニン主義派設立。
(29)1980年 - イギリスサフォーク州内のアメリカ空軍基地近くの森でUFO着陸事件が発生。いわゆる「レンデルシャムの森事件」。
(30)1980年 - 「国鉄再建法が公布される。
(31)1982年 - 『タイム』のパーソン・オブ・ザ・イヤーに、初めて人間以外の物としてコンピュータが選ばれる。
(32)1986年 - プロ野球ロッテオリオンズから中日に移籍した落合博満が日本人野球選手初の1億円プレイヤーに。
(33)1989年 - ルーマニア革命: 共産党政権が崩壊し、救国戦線が政権を樹立。
(34)1991年 - ソビエト連邦最高会議ソビエト連邦の消滅を宣言。
1994 – Four Armed Islamic Group hijackers seize control of Air France Flight 8969. When the plane lands at Marseille, a French Gendarmerie assault team boards the aircraft and kills the hijackers.
・1996 – Start of the
largest strike in South Korean history.
(35)1996年 - 羽田孜らが太陽党を結成。
(36)1996年 - ジョンベネ殺害事件
1997 – The Soufrière Hills volcano on the island of Montserrat explodes, creating a small tsunami offshore.
1998Iraq announces its intention to fire upon U.S. and British warplanes that patrol the northern and southern no-fly zones.
1999 – The storm Lothar sweeps across Central Europe, killing 137 and causing US$1.3 billion in damage.
(37)2003年 - イランケルマン州バムでマグニチュード6.3の地震。約3万人が死亡。要塞都市遺跡アルゲ・バムが損傷を受ける。
(38)2004年 - マグニチュード9.1-9.3のインドネシア・スマトラ島沖地震・津波が発生。( killing over 230,000.)
・2004 – Orange Revolution: The final run-off election in Ukraine is held under heavy international scrutiny.
2006 – An oil pipeline in Lagos, Nigeria explodes, killing at least 260.
(39)2006年 - 台湾南部で恒春地震英語版発生。
2009 – China opens the world's longest high-speed rail route, which links Beijing and Guangzhou.
(40)2011年 - 靖国神社・日本大使館放火事件
(41)2012年 - 安倍晋三が第96代内閣総理大臣に選出され、第2次安倍内閣が成立。自由民主党公明党による自公連立政権となる。
(42)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;菊池寛(1880)、 ヘンリー・ミラー (1891)、毛沢東 (1893)、 藤沢周平(1927)、児玉清 (1933)。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
只今、 
5960編です。
 

2015年12月26日(土)掲載分
昨日12月25日最終のトップページ)
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月26日のできごと」でヨシダが最大関心を抱くのは「(38)2004年 - マグニチュード9.1-9.3のインドネシア・スマトラ島沖地震・津波が 発生。( killing over 230,000.)」です。日本語版には犠牲者数を表示していませんが、本家英語版では「23万人以上」と表示していることから、カッコ内で当該英語を挿 入しました。なお、同添付写真は巨大な津波に焦点をしぼって選びました。まるで合成写真ではないかという疑問を抱かしめるほどの巨大さで絶句します。 (25日23:00)
 今朝一番の取材記事に満足しています。「No.5958年の瀬の「忙と怒」朝日新聞「天声人語」2015.12.26.)」 がそれですが、重複を辞さずの弁。明後日で「満84歳2ヶ月」になる身。「光陰矢の如し」はマッタク無縁の言葉。あれもやった、これもやった、やってき た、という満足感がその裏返しです。その分、ハッピーですよね。こんな老後の生き方文化って少しは自慢できると内心ニンマリ。と言っても、そこまで言えば (ブログすれば)慎ましさに欠ける?ま、ボク防止としてご寛容のほど・・・。(8:45)
 「No.5959:「映画『海難1890』」紀伊民報「水鉄砲」2015.12.26.沖)」 を編集しながらのこと。この劇的かつ、国境を越えた心温まる人類愛の出来事の映画を観る想いで編集しました。「感動する」って、大事なことですよね。心の ワクワク感に通じます。ボケ防止にも、です。と、こんなことをブログしたら当時の多くのトルコの犠牲者の人たちの霊にご無礼ではありますが・・・。 (10:15)
 ふと、ある想いを巡らすことに、2015年の電子メール年賀状を発信するかどうかという自問自答があります。別 段、「目立ちがり屋」を演出する気は毛頭 ないのですが、高齢者のヨシダが単身でフィリピンに渡って現在に至ることから、年に一度くらいの音信に換えることに意義あると考えてのこと★ふと、今年 2015年のそれを見て冷や汗を掻く始末。かのオバマ大統領のヒバク市訪問に関する当方の勝手な考えを披瀝したまでは良いとしても、実現しなかったという 事実を前に些か突っ張り過ぎの内容だったことをハンセイする始末。それ以上にそうだった!と思うことは、2015年は「未年」でヨシダの干支の年だったこ とをすっかりど忘れしていたことです!イヤハヤです。でもまあ、年男に恥じないことをウェブサイトの「ブロギング活動」で遺憾なく発揮したと自身に言い聞 かせる始末です★さてさて、2016年賀状メールを発信するかどうか・・・ですが、悩みの一つがメールアドレス帳サイトに異変(?)が生じて、BCCによ る一括送信ができなくなっていることに気付きました。現在のヨシダの多忙状態からすると、その分類別作業に手が回りません。と、そんなことから、正直、思 案投げ首って状態です。 (11:50)
 「No.5960:ギリシャ問題、実は「宗教」に起因していた!「地政学」で経済ニュースがよくわかる東洋経済ONLINE2015.12.26.茂木 誠:駿台お茶の水校世界史科講師)」を編集しながら、ハッとする体験をしました。ヨシダが名付けて「地政学」から「地政宗学」。英語で「Georeligouspolitics:ジェオリリジャスポリティクス」とでも呼べるもの。「地理・政治・宗教」を一緒にした学問。世界は混沌・・・って印象を受けます。(17:35)

No.5960
ギリシャ問題、実は「宗教」に起因していた!「地政学」で経済ニュースがよくわかる
東洋経済ONLINE2015.12.26.茂木 誠:駿台お茶の水校世界史科講師

ヨシダブログ:いま流行の「地政学(Geopolitics:ジェオポリティクス)」は「地 理的な位置関係が政治、国際関係に与える影響を研究する学問である(ウィキペディア)」ですが、どうやら、一つ抜けていたものがあると言えそうです。ヨシ ダ流に呼べば、「地政宗学」(Georeligouspolitics:ジェオリリジャスポリティクス)とでも呼べるでしょう。じじつ、カトリック教とプ ロテスタント教との差異が招来した両者の生活態度等々から生じたと考えられる国力・国民力の差異。じつは、ヨシダにとって、ハッとするような一面を本記事 から初めて学びました▼「中見出し」は、■なぜEUはギリシャを見捨てないのか?、■なぜギリシャは財政危機に陥ったのか?、■イタリア、スペインが財政赤字で苦しむ理由は?、■なぜドイツ経済だけが好調なのか?、■ロシアが経済大国になれないのはなぜ?・・・と続きます。写真10枚添付ファイル
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No.5959

「映画『海難1890』」
紀伊民報「水鉄砲」2015.12.26.沖

ヨシダブログ:ハワイ生まれのお袋が経営していた広島市随一のクラシック音楽喫茶のお陰でヨシダが子供時代から馴染んだクラシック音楽のひとつに、「トルコ行進曲」がありました。「きょうのできごと」編集の何処やらで取り上げた記憶のある「トルコ軍艦エルトゥールル号座礁」です。感動的な映画を鑑賞する代わりに、こんな形で当時を偲ぶことができることを喜んでいます。国際紛争の多々ある現代にあって、心温まる歴史事実として楽しみながら、感動しながら編集しました。(写真19枚添付ファイル
    「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果「大島村長・沖周」の画像検索結果   「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果
  「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果        「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果        関連画像「大島村長・沖周」の画像検索結果「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果
    「1890年、串本町樫野沖でトルコ軍艦エルトゥールル号」の画像検索結果   「大島村長・沖周」の画像検索結果「イラン・イラク戦争時の1985年に日本人がイランを脱出する際、トルコが救援機を出した。」の画像検索結果          「イラン・イラク戦争時の1985年に日本人がイランを脱出する際、トルコが救援機を出した。」の画像検索結果 「イラン・イラク戦争時の1985年に日本人がイランを脱出する際、トルコが救援機を出した。」の画像検索結果
 「映画「海難1890」」の画像検索結果「映画「海難1890」」の画像検索結果    「映画「海難1890」」の画像検索結果  「映画「海難1890」」の画像検索結果    「映画「海難1890」」の画像検索結果
No.5958
年の瀬の「忙と怒」
朝日新聞「天声人語」2015.12.26.
ヨシダブログ:実 に味わい深い文章として立ちどまり、わが身に置き換えて思考します。経営者人生は第二毛作で体験したことに、年末年始ともなれば、県内に100箇所近く あったバラセメント納入先への表敬。ハンドルを握っての単身行動でした。年末年始ですから延べ200 箇所表敬訪問という丁重さ。愚直そのものでした。相手がお留守の場合はデスクに名刺を。オープンしていない処や訪問が遅くなった得意先には郵便受けに名刺 を、といった丁重さでした。ハイ、殊のほか評価されました。なにせ、足の不自由な身での単身訪問だけに、でした▼ひるがえって、現在のわが身。そんなこと から開放されてご覧のような自由奔放な(?)ブロギング活動。それだけに、何とも言えない開放感で幸せです▼「角もとれて」は高齢になれば万人に通じる し、そうあってほしい言葉。「柊(ひいらぎ)の葉の棘(角)がとれて丸くなる」を横目に、人間もかくありたし、ではありますが、そうでないお年寄りもチラ ホラが気になります。在日中にある広島の元経営者の弁「ワシは元○○の社長だった!」というご人物が居ましたが顰蹙をかったものでした▼ところで、かくい う現在のヨシダは明後日で「満84歳2ヶ月」になります。日々、月々を精一杯かつ、有意義に過ごしてきていることから、「光陰矢の如し」はマッタク無縁。 「あれもやった、これもやってきた」という充実感ゆえのことでして、その分、欲求不満的な心情は皆無です。その爺さんはご覧のようなボケ防止のための執筆 活動の日夜。退屈さなんてマッタク無縁。現役時代より密度の高い生活を送っている、できることを心底感謝しています。「研ぎ澄ましたほどの頭の回転」を意 識しますが、その半面では、「心豊かに『自利から他利』の日々を送る、送れる身の有難さ」を味わっています。写真10枚添付ファイル
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昨日25日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日26日の第一記事掲載(8:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
 
            

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
    PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Universe Pia Alonzo-Wurtzbach
Miss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
  特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのはトップ・テンの最終最重要面接審査の段階では、「知性と教養を持って勝負る」と決意していたことです。経営者顔負けの「栄冠を勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信」が背後にあったということです英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream」です。

                          2015年12月26日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                                             吉田祐起
                             (満84歳1ヶ月)  
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                 yoshida@a-bombsurvivor.com