吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳1か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年12月25日(金)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

                       「メリークリスマス」の画像検索結果  
    ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと

  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月25日の「できごと」 
                          December 25, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

7「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果      「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果 「1818, first xmas carol holy night played in austria church」の画像検索結果
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11 「)1926年 - 大正天皇が崩御。裕仁親王(昭和天皇)が即位し、元号が昭和に改元」の画像検索結果      「)1926年 - 大正天皇が崩御。裕仁親王(昭和天皇)が即位し、元号が昭和に改元」の画像検索結果   「)1926年 - 大正天皇が崩御。裕仁親王(昭和天皇)が即位し、元号が昭和に改元」の画像検索結果「1926年 - 裕昭和天皇が即位し、元号が昭和に改元」の画像検索結果「1926年 - 裕仁親王(昭和天皇)が即位し、元号が昭和に改元」の画像検索結果          「1926年 - 元号が昭和に改元」の画像検索結果
     19    関連画像「Stone of Scone」の画像検索結果「stone of scone edinburgh castle」の画像検索結果 「stone of scone edinburgh castle」の画像検索結果         「Stone of Scone」の画像検索結果    「Stone of Scone」の画像検索結果
  「Stone of Scone」の画像検索結果 「Stone of Scone」の画像検索結果        「Stone of Scone」の画像検索結果             「stone of scone edinburgh castle」の画像検索結果      「the man who stole the stone of scone」の画像検索結果
31     関連画像「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果 「1989, romanian revolution with president couple persecuted」の画像検索結果     「1989, romanian revolution with president couple persecuted」の画像検索結果
「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果 
  「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果         関連画像   「nicolae ceaușescu and wife execution」の画像検索結果
  
    31Amago Tsunehisa.JPG「アイザック・ニュートン」の画像検索結果「乃木希典」の画像検索結果「ムハンマド・アリー・ジンナー」の画像検索結果「ハンフリー・ボガート」の画像検索結果「尾崎一雄」の画像検索結果「宮田輝」の画像検索結果「江藤淳」の画像検索結果「三浦大輔」の画像検索結果
333 – Roman Emperor Constantine the Great elevates his youngest son Constans to the rank of Caesar.
336 – First documentary sign of Christmas celebration in Rome.
350Vetranio meets Constantius II at Naissus (Serbia) and is forced to abdicate his title (Caesar). Constantius allows him to live as a private citizen on a state pension.
496Clovis I, king of the Franks, is baptized into the Catholic faith at Reims, by Saint Remigius.
597Augustine of Canterbury and his fellow-labourers baptise in Kent more than 10,000 Anglo-Saxons.
(1)800年 - フランクカール西ローマ皇帝として戴冠。
(2)1000年 - イシュトヴァーン1世がローマ教皇シルウェステル2世から授かった冠(聖イシュトヴァーンの王冠)を用いて戴冠。ハンガリー王国が正式に成立。(1001年1月1日とも)
1000 – The foundation of the Kingdom of Hungary: Hungary is established as a Christian kingdom by Stephen I of Hungary.
1025 – Coronation of Mieszko II Lambert as king of Poland.
(3)1066年 - ノルマン・コンクエスト: イングランドを征服したノルマンディー公ギヨーム2世が、ウィリアム1世としてイングランド王に即位。
1076 – Coronation of Bolesław II the Generous as king of Poland.
(4)1100年 - 第1回十字軍の指導者の1人ボードゥアンが初代エルサレム王に即位。
1130 – Count Roger II of Sicily is crowned the first king of Sicily.
1261John IV Laskaris of the restored Eastern Roman Empire is deposed and blinded by orders of his co-ruler Michael VIII Palaiologos.
1492Carrack Santa María captained by Christopher Columbus runs onto reefs off Haiti due to a proper watch not being kept. Local natives help to save food, armory and ammunition but not the ship.
1553Battle of Tucapel: Mapuche rebels under Lautaro defeat the Spanish conquistadors and executes the governor of Chile, Pedro de Valdivia.
1559Pope Pius IV is elected.
(5)1643年 - イギリス東インド会社ウィリアム・マイノースが現在のクリスマス島に到達し、クリスマス島と命名。
1776George Washington and the Continental Army cross the Delaware River at night to attack Hessian forces serving Great Britain at Trenton, New Jersey, the next day.
(6)1777年 - ジェームス・クックキリスィマスィ島に到達。
1809 – Dr. Ephraim McDowell performs the first ovariotomy, removing a 22-pound tumor.
1814 – Rev. Samuel Marsden holds the first Christian service on land in New Zealand at Rangihoua Bay.
1815 – The Handel and Haydn Society, oldest continually performing arts organization in the United States, gives its first performance.
(7)1818年 - クリスマス・キャロルきよしこの夜」がオーストリア帝国オーベルンドルフの教会にて初披露。
1826 – The Eggnog Riot at the United States Military Academy concludes after beginning the previous evening.
1837Second Seminole War: American general Zachary Taylor leads 1100 troops against the Seminoles at the Battle of Lake Okeechobee.
1868 – United States President Andrew Johnson grants unconditional pardon to all Civil War Confederate soldiers.
(8)1878年 - 東京・両国の米津風月堂が日本で初めてチョコレート(貯古齢糖)を発売。
(9)1891年 - 野党主張の予算削減案が可決されたことを受け、第1次松方内閣が日本で初めて衆議院を解散
(10)1897年 - 志賀潔赤痢病原体発見の第一報を『細菌学雑誌』で発表。
1914 – A series of unofficial truces occur across the Western Front to celebrate Christmas.
(11)1926年 - 大正天皇崩御。裕仁親王(昭和天皇)が即位し、元号昭和に改元。
(12)1926年 - 浜松高等工業学校高柳健次郎が機械・電子折衷式テレビ受像機を開発。「イ」の字を表示させる。
(13)1927年 - ベトナム国民党結成。
(14)1931年 - 東京駅前に東京中央郵便局の新局舎が完成。
1932 – A magnitude 7.6 earthquake in Gansu, China kills 275 people.
1941 – Admiral Chester W. Nimitz arrives at Pearl Harbor to assume command of the U.S. Pacific Fleet
・1941 – Admiral Émile Muselier seizes the archipelago of Saint Pierre and Miquelon, which become the first part of France to be liberated by the Free French Forces.
(15)1941年 - 第二次世界大戦: 香港のイギリス軍が日本軍に降伏し、香港の戦いが終結。香港の日本統治が始まる。
(16)1946年 - 制憲国民大会で中華民国憲法が制定。
1946 – The first in Europe artificial, self-sustaining nuclear chain reaction is initiated within Soviet F-1 nuclear reactor.
(18)1949年 - ハバロフスク裁判はじまる。
(19)1950年 - スコットランド人学生によってロンドンのウェストミンスター寺院スクーンの石が持ち去られる。
(20)1951年 - 東京で初の民間放送ラジオ局ラジオ東京(JOKR、現・TBSラジオ)開局。
(21)1952年 - 神戸放送(現・ラジオ関西)が日本の放送局では初めての電話リクエスト番組をクリスマス特番として実施。
(22)1953年 - 返還済みのトカラ列島を除く奄美群島が7年10か月ぶりにアメリカから日本に返還される。
(23)1953年 - 岩手放送ラジオ(現・IBC岩手放送)開局。
(24)1958年 - 東海テレビ開局。
1962 – The Soviet Union conducts its final above-ground nuclear weapon test, in anticipation of the 1963 Partial Nuclear Test Ban Treaty.
1963 – Turkish Cypriot Bayrak Radio begins transmitting in Cyprus after Turkish Cypriots are forcibly excluded from Cyprus Broadcasting Corporation.
(25)1964年 - 日本初の交直両用特急形電車481系デビュー。またそれを使用した「雷鳥」「しらさぎ」が運行開始。
(26)1964年 - 立山黒部貫光設立。
1965 – The Yemeni Nasserist Unionist People's Organisation is founded in Ta'izz,
1968Apollo program: Apollo 8 performs the very first successful Trans-Earth injection (TEI) maneuver, sending the crew and spacecraft on a trajectory back to Earth from Lunar orbit.
・1968 –
Kilvenmani massacre, 44 Dalits (untouchables) burnt to death in Kizhavenmani village, Tamil Nadu, a retaliation for a campaign for higher wages by Dalit laborers.
(27)1971年 - 国鉄臼ノ浦線世知原線がこの日の運行限りで廃止。
1974Cyclone Tracy devastates Darwin, Northern Territory Australia.
・1974 –
Marshall Fields drives a vehicle through the gates of the White House, resulting in a four-hour standoff.
(28)1975年 - 子門真人の「およげ!たいやきくん」発売、空前のヒットに。
(29)1977年 - イスラエル首相メナヘム・ベギンエジプト大統領アンワル・アッ=サーダートが会談。
(30)
1988年 - オリエント・エクスプレス '88大阪上野行きの列車で日本国内での営業運行を終える。
(31)1989年 - ルーマニア革命: ルーマニアチャウシェスク前大統領夫妻が救国戦線による軍事裁判死刑を宣告、その場で処刑される。
(32)1990年 - 初のWorld Wide Webのシステムが稼動。
(33)1991年 - ソ連崩壊: ソ連ゴルバチョフ大統領が、ソビエト連邦の終焉と辞任を表明。
2000 – Russian President Vladimir Putin signs a bill into law that officially establishes a new National Anthem of Russia, with music adopted from the anthem of the Soviet Union that was composed by Alexander Vasilyevich Alexandrov.
(34)2003年 - 欧州宇宙機関の火星探査機「マーズ・エクスプレス」が火星の軌道に投入。同日、マーズ・エクスプレスから分離された着陸船「ビーグル2」の火星表面への着陸が行われたが、通信が途絶。
(35)2004年 - 欧州宇宙機関の土星探査機「カッシーニ」から小型探査機「ホイヘンス・プローブ」が分離され、衛星タイタンに着陸。
(36)2005年 - 山形県東田川郡庄内町JR羽越本線で脱線事故発生(JR羽越本線脱線事故)。死者5人、負傷者33人。
(37)2009年 - デルタ航空機爆破テロ未遂事件
2009Umar Farouk Abdulmutallab unsuccessfully attempts a terrorist attack against the US while on board a flight to Detroit Metro Airport Northwest Airlines Flight 253.
2012 – An Antonov An-72 plane crashes close to the city of Shymkent, killing 27 people.
(38)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; 尼子経久(1458)、アイザック・ニュートン (1642)、乃木希典 (1849)、ムハンマド・アリー・ジンナー(1876)、 ハンフリー・ボガート (1899)、尾崎一雄(1899)、宮田輝(1921)、江藤淳(1932)、三浦大輔(1973)。

                                       インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
5957編です。
 

2015年12月25日(金)掲載分
昨日12月24日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 メリー・クリスマス!本日「12月25日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(7)1818年 - クリスマス・キャロルきよしこの夜」がオーストリア帝国オーベルンドルフの 教会にて初披露」です。クリスマス・キャロルの想い出は人生第二毛作の運送事業経営者に転じて数年後のこと。新車の三菱デボネアに子供たちを詰め込んで遠 方へのキャロルのお手伝いをしたことです。母国ニッポンはホワイト・クリスマスを想像して雪だるまのMerry Christmas!!!
                        「メリークリスマス」の画像検索結果
  朝食を終えた頃に、アーネルが2ダース近い可愛い子達と母親たちを伴って帰ってきました。フィリピン流のメリークリスマスです。フィリピン伝来の美しい長 老に対する挨拶で、なんと称するのか、こちらの手のひらを押戴くようにして自分の額にあてがって敬意を表するのです。親たちは「ダディー」と声をかけて軽 くハギングって按配★くだんの当方の手の甲を自分の額にあてがう「敬意の挨拶文化」をかねてより美しいと痛感してきているヨシダ。スペイン植民地時代の名 残りかと思いきや、フィリピン伝統のものと知らされます。常日頃からフィリピンの人たちに伝えることは、「実に素晴らしい伝統的挨拶だ。大いに自負すべき だ」と★ひるがえって、母国ニッポンの実態・・・。尊属殺人が稀有な出来事でないことが指摘されます。フィリピンとて、皆無とは言えないまでも、極めてき わめて稀有な出来事だと知らされます★老若男女を問わず、手を取り合って歩く姿は美しいのひと言に尽きます。あるメール日本人友人がメールで言いました。 「ヨシダさん、それって『文化の差異』だよな」でチョン。単に「文化の差」と片付けることに違和感や疑問を呈するヨシダ。返信に意地悪く「・・・だから ニッポン人は英語下手なんですよね。誤解を招くことがあるのですよね・・・グローバリゼーション時代にあって、そういった生活習慣も大いに採り入れなかっ たら、ホンモノの国際人にはなれませんよね・・・」と書き送りました。と、絶句されたのか、それっきり、音信返信なしって状態です▼ちなみに、終戦後の英 語会話熱盛んな時代。かのNHKラジオ英語会話「カム・カム・エヴリボディー」の平川唯一先生の弁は、「ホンモノの生きた英語を話すには英米人の風習(国 民性)を真似せよ」と★ニッポン人のプレゼン下手も所詮はこの辺りにある、というのがヨシダ論です。ちなみに、関連記事を添付します。「No.5935日本人の「プレゼンの常識」は間違いだらけだ 滑舌のよさや美しい声は枝葉末節東洋経済ONLINE2015.12.15.岡本 純子 :コミュニケーションストラテジスト)」。くだんのご人物に意地悪く(?)お届けしました(笑)★・・・と、クリスマス朝にヨシダブログが長くかつ、皮肉的になって失礼しました。さあ、ボツボツ、「取材活動」に入ります。(9:35) 
                       
  ひと通り全ての情報源 を探るに、コレ!といったものにヒットしませんでした。と言ったら生意気ですが、編集者の選択肢は記事中にみる出来事に対するヨシダの感応度。日頃思って いることがあれば共感、共振するものとして取り上げる次第。添付写真の選択肢はその最たる結果。ま、ヨシダ好みって按配のものですのでご理解のほど★「12月28日のできごと」に着手しています。この日はヨシダの誕生日の28日で満84歳2ヶ月という意義深い(?)日であることを意識します。トップサイト末尾のコラムは「毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?」 にシフトします★さきほどアーネルに伝えたことに、「夕食は冷蔵庫にあるハンバーガーでOK。お茶は無用。冷蔵庫のコカでOK!セニー姉に伝えといて。旦 那のところへGo, go home!」と。彼が遠慮深そうに言いました。「ダディー、兄貴のところへ行きたいのだけど・・・」と。「Go, Go!子供たちにクリスマスプレゼントを持ってな・・・」。嬉しそうな表情で互いの掌でガッツ・ポーズ。彼の兄貴は養魚業。あまりパッとしない感じ。ヨシ ダの調髪役でもあります。かれらの幸せがヨシダの幸せ。イイもんですね。この気分!(13:10)
 本日25日の取材記事はゼロと思っていたところ、片方のパソコン(XPで、まだ生きています!)がメール受信した気配。その一つをゲットして編集しました。「No.5957:「死の交差」が示す円高日本経済新聞2015.12.25.経済部 佐伯遼)」がそれです。タイトルが「死の交差点」とは物騒ですが、「100 日移動平均線が200日移動平均線を円高方向に突き抜ける「デッドクロス」と呼ぶ交差」ということなので、ご安心を(笑)。海外生活者ヨシダの願望を込め て直近の「円ドル推移図」を探して添付しました。正夢になりますように!と。安倍総理・黒田日銀総裁さん、ご免なさい・・・。(19:20)


No.5957
「死の交差」が示す円高
日本経済新聞2015.12.25.経済部 佐伯遼

ヨシダブログ:「死の交差」とは物騒ですが、「100日移動平均線が200日移動平均線を円高方向に突き抜ける「デッドクロス」と呼ぶ交差」と学びます。と、偉そうなご宣託は柄でもないヨシダ。その関心事は海外生活者の立場だけを考えた「円高待望感」に過ぎません▼本記事末尾の言葉「来年はアベノミクス下では 初の円高・ドル安基調が訪れるかもしれない」に期待を寄せて、来年も本コラムを通してよろしくお願いしま~す!なお、記事中に出てくる「あおぞら銀行の諸我晃市場商品部部長さん」と本記事筆者・佐伯遼さんの写真にヒットしませんのであしからず。円高正夢を期待しつつ、その願望ゆえに当該グラフ「円ドル推移表」を添付しました。図表からみるヨシダの直感(?)は(も)、ボツボツ円高基調にブレーキが?・・・ってな、他愛もない新年の夢みたいなものに過ぎません。(写真4枚添付ファイル
   「外為どっとコム総合研究所の川畑琢也研究員」の画像検索結果    「日本経済新聞佐伯遼」の画像検索結果 「安部総理と黒田日銀総裁」の画像検索結果
              「2015年円ドル 推移」の画像検索結果
 昨24日の記事3編を下記に掲載していますが、本日25日の第一記事掲載(19:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
 PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
 特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのは審査委員が彼女をタイトルに相応しいと審査した結果だけではないということです。彼女の経営者顔負けの「栄冠を 勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信が背後にあった」という事実です。英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream
」です。

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

 
                          2015年12月25日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
                (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com