吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月24日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月24日の「できごと」 
                          December 24, Events(英語版) 
                            「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
1「Ayasofya, 562」の画像検索結果「Ayasofya, 562」の画像検索結果「Ayasofya, 562」の画像検索結果        「Ayasofya, 562」の画像検索結果         「ayasofya inside」の画像検索結果    「ayasofya inside」の画像検索結果
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3 「James Cook」の画像検索結果「James Cook, christmas island, 1777」の画像検索結果   「James Cook, christmas island, 1777」の画像検索結果「James Cook, christmas island, 1777」の画像検索結果「James Cook,」の画像検索結果
    6「安政南海地震」の画像検索結果「安政南海地震」の画像検索結果「安政南海地震」の画像検索結果「安政南海地震」の画像検索結果
  「安政南海地震」の画像検索結果 「安政南海地震」の画像検索結果    「安政南海地震地図」の画像検索結果12「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果  「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果
      「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果「Reginald Aubrey Fessenden」の画像検索結果
30「アポロ8号」の画像検索結果  「アポロ8号」の画像検索結果       「アポロ8号」の画像検索結果    「アポロ8号」の画像検索結果      「アポロ8号」の画像検索結果「アポロ8号」の画像検索結果
             44「Servius Sulpicius Galba」の画像検索結果「ジョン、イングランド王」の画像検索結果「イグナチオ・デ・ロヨラ、イエズス会初代総長」の画像検索結果「尾崎行雄」の画像検索結果「阿川弘之」の画像検索結果「エヴァ・ガードナー」の画像検索結果「平尾昌晃」の画像検索結果    
502 – Chinese emperor Xiao Yan names Xiao Tong his heir designate.
(1)562年 - 558年に崩壊したコンスタンティノープルの大聖堂アヤソフィアが再建される。
640Pope John IV is elected.
759Tang dynasty poet Du Fu departs for Chengdu, where he is hosted by fellow poet Pei Di.
1144 – The capital of the crusader County of Edessa falls to Imad ad-Din Zengi, the atabeg of Mosul and Aleppo.
(2)1294年 - ボニファティウス8世ローマ教皇に就任。
1500 – A joint Venetian–Spanish fleet captures the Castle of St. George on the island of Cephalonia.
(3)1777年 - ジェームズ・クックが太平洋の小島に到着し、クリスマス島(キリスィマスィ島)と命名。
(4)1798年 - 第二次対仏大同盟結成。
1800 – The Plot of the rue Saint-Nicaise fails to kill Napoleon Bonaparte.
(5)1814年 - 米英戦争の停戦条約・ガン条約に調印。
1818 – The first performance of "Silent Night" takes place in the church of St. Nikolaus in Oberndorf, Austria.
1826 – The Eggnog Riot at the United States Military Academy begins that night, wrapping up the following morning.
1851Library of Congress burns.
(6)1854年嘉永7年11月5日) - 安政南海地震
(7)1871年 - ヴェルディ作曲のオペラ『アイーダ』がカイロで初演。
(8)1865年 - 南部連合の退役軍人らがクー・クラックス・クラン (KKK) を設立。
(9)1871年(明治4年11月13日) - 宍戸・水戸・笠間・下館・下妻・松岡の各県の合併で茨城県が成立する。
(10)1889年 - 日本で山縣有朋が第3代内閣総理大臣に就任し、第1次山縣内閣が発足。
(11)1905年 - 京浜電気鉄道(現京浜急行電鉄)の品川 - 神奈川間全通。
(12)1906年 - アメリカ・マサチューセッツレジナルド・フェッセンデンが世界初のラジオ放送を実施。
1911Lackawanna Cut-Off railway line opens in New Jersey and Pennsylvania.
1913 – The Italian Hall disaster ("1913 Massacre") in Calumet, Michigan, results in the death of 73 Christmas party goers held by striking mine workers, including 59 children.
(13)1914年 - 第一次世界大戦: ドイツ軍とイギリス軍がクリスマス休戦を実施。
1924Albania becomes a republic.
(14)1928年 - 紀州鉄道設立。
1929 – Assassination attempt on Argentine President Hipólito Yrigoyen.
(15)1933年 - 東京・有楽町日本劇場が開場。
1939World War II: Pope Pius XII makes a Christmas Eve appeal for peace.
(16)1941年 - 第二次世界大戦: 日本軍がクチンを占領。
1942 – World War II: French monarchist, Fernand Bonnier de La Chapelle, assassinates Vichy French Admiral François Darlan in Algiers, Algeria.
1943 – World War II: U.S. General Dwight D. Eisenhower is named Supreme Allied Commander for the Invasion of Normandy.
1945 – Five of nine children become missing after their home in Fayetteville, West Virginia, is burned down.
(17)1945年 - GHQ東京宝塚劇場を接収し、「アニー・パイル劇場」に改称。
(18)1945年 - 生田警察署襲撃事件
(19)1946年 - 戦時中中断されていた学校給食が東京神奈川千葉で試験的に再開される。
(20)1949年 - 聞慶虐殺事件
(21)1951年 - リビアイタリアから独立してリビア連合王国となり、イドリース1世が国王に即位。
(22)1951年 - 外務大臣吉田茂ダレス米国務長官に書簡を送り、台湾国民政府中国の正統政府として選ぶことを表明(吉田書簡)。
(23)1951年 - ラジオ京都(現・KBS京都)開局。
(24)1952年 - ラジオ新潟(現・新潟放送)開局。
1953Tangiwai disaster: In New Zealand's North Island, at Tangiwai, a railway bridge is damaged by a lahar and collapses beneath a passenger train, killing 151 people.
(25)1955年 - アメリカ中央防衛航空軍基地 (CONAD) がトラックス・サンタを開始。
(26)1957年 - NHK超短波FM放送東京実験局が開局し、日本初のFM放送を開始。
(27)1958年 - ラジオ関東(現、アール・エフ・ラジオ日本)開局。
(28)1962年 - ラジオ岐阜(現・岐阜放送、ぎふチャン)開局。
1964Vietnam War: Viet Cong operatives bomb the Brinks Hotel in Saigon, South Vietnam to demonstrate they can strike an American installation in the heavily guarded capital.
(29)1965年 - 大阪府都市開発(現・泉北高速鉄道)設立。
1966 – A Canadair CL-44 chartered by the United States military crashes into a small village in South Vietnam, killing 129.
(30)1968年 - NASAの有人周回宇宙船「アポロ8号」が史上初の月周回飛行を開始。
(31)1969年 - 日本初の民放FM放送局、エフエム愛知 (当時・愛知音楽エフエム放送) が開局。
(32)1969年 - 東京タクシー近代化センター(現在の東京タクシーセンター)設立。
1969Charles Manson is allowed to defend himself at the Tate–LaBianca murder trial.
・1969 – The oil company
Phillips Petroleum made the first oil discovery in the Norwegian sector of North Sea.
・1969 – Nigerian troops capture
Umuahia, the last Biafran capital before its dissolution became Owerri.
(33)1971年 -新宿クリスマスツリー爆弾事件
1973District of Columbia Home Rule Act is passed, allowing residents of Washington, D.C. to elect their own local government.
1974Cyclone Tracy devastates Darwin, Australia.
(34)1975年 - 国鉄最後の蒸気機関車牽引による定期貨物列車が夕張線(現・石勝線)で運転(本線上での最後の定期SL牽引列車)。
(35)1976年 - 福田赳夫内閣が成立。
(36)1979年 - ソビエト連邦軍がアフガニスタンに侵攻
(37)1979年 - 欧州宇宙機関 (ESA) がアリアンシリーズの最初のロケット「アリアン1」1号機を打ち上げ。
1980 – Witnesses report the first of several sightings of unexplained lights near RAF Woodbridge, in Rendlesham Forest, Suffolk, England, United Kingdom, an incident called "Britain's Roswell".
(38)1988年 - 消費税法案成立。社会共産両党が牛歩戦術などにより抵抗。
(39)1991年 - 東名高速道路下り線(大井松田IC - 足柄SA手前)の改築工事完了。日本の高速道路で初の同一方面2ルート制での供用開始。
(40)1994年 - ノルウェーの探検家リブ・アーネセン英語版が女性として初めて単独で南極点に到達。
1994Air France Flight 8969 is hijacked on the ground at Houari Boumediene Airport, Algiers, Algeria. Over the course of three days three passengers are killed, as are all four terrorists.
1997 – The Sid El-Antri massacre (or Sidi Lamri) in Algeria kills 50–100 people.
1999Indian Airlines Flight 814 hijacked in Indian airspace between Kathmandu, Nepal, and Delhi, India; aircraft eventually landed at Kandahar, Afghanistan. Ordeal ended on December 31 with the release of 190 survivors (one passenger killed).
(41)1999年 - W3CHTML4.01を勧告。
2000 – The Texas Seven hold up a sports store in Irving, Texas. Police officer Aubrey Hawkins is murdered during the robbery.
(42)2002年 - 宇宙開発事業団が地球環境観測衛星「みどりII」を打上げ。
2003 – The Spanish police thwart an attempt by ETA to detonate 50 kg of explosives at 3:55 p.m. inside Madrid's busy Chamartín Station.
2005Chad–Sudan relations: Chad declares a state of war against Sudan following a December 18 attack on Adré, which left about 100 people dead.
(43)2006年 - 大阪市営地下鉄今里筋線 今里 - 井高野間が開業。
2008Lord's Resistance Army, a Ugandan rebel group, begins a series of attacks on Democratic Republic of the Congo, massacring more than 400.
(44)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; ガルバローマ皇帝 (BC3)、 ジョンイングランド王 (1167)、 イグナチオ・デ・ロヨライエズス会初代総長(1491)、尾崎行雄(1858)、 阿川弘之 (1920)、エヴァ・ガードナー(1922)、 平尾昌晃(1937)、(1937)、(1937)。

                     インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
5956編です。
 

2015年12月24日(水)掲載分
昨日12月23日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月24日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(30)1968年 - NASAの有人周回宇宙船「アポロ8号」が史上初の月周回飛行を開始」ですが、本日付は「月周回飛行開始」であって、月面着陸は先のこと。添付写真は月面着陸までのものを掲載しています。先取りですが、そのほうがアポロ8号の全体の活動が理解できることからのこととしてご容赦のほど。
 「No.5954…自分以上の困難を抱えた人のことを思う時間が、少しばかりあってもいい…徳島新聞「鳴潮」2015.12.24.)」 を編集しながら長々のヨシダブログに終始しました。「他人の痛みを感じる」ことのできる現在のわが身の幸せを体感します。裏返せば、同居するフィリピン人 家族らが少しでも幸せなっていることに無常の喜びを感じることができるからです。考えてみるに、ヨシダの日々、刻々は「感謝、かんしゃ、カンシャ」の連続 です。顔を洗う瞬間でも、です。回数にしたら、何百、何千回・・・と体感します。不思議な心境の自身を強く体感します・・・。(10:45)
 自称「皮肉屋ブロガー・ヨシダ」自身が当たり~!とニンマリする感じの記事です。「No.5955:飲食店で奇妙な光景に出くわした。夫婦と高校生ぐらいの娘、小学生の男の子…南日本新聞「南風録」2015.12.24.」がそれです。ヨシダ流のブログをチャッカリとしてご免なさい。(11:50)
  ニッポン人って、「1億総○○」ってキーワードが好きなんですね。なにせ、「みんなで渡れば怖くない」って群集心理が濃厚ですから。単一民族的な発想とで も言えるでしょう。と、ここまで際どい、どぎつい言葉だけに、ヨシダブログに入れるのには少々ご遠慮。本ダイアリーは文字通りのひとり言だけに、言いたい 放題、ブログし放題・・・。お陰でストレス皆無!です。(12:45)


No.5956
「第三の開国」でもやらない限り、一億総活躍社会は夢のまた夢
DIAMOND Online2015.12.24.ジャーナリスト・嶋矢志郎
ヨシダブログ:長文の本記事です。著者・ 嶋矢志郎氏の前回の本誌記事は本年1月13日付の「No.5780:欧州難民危機は対岸の火事か思考停止状態に陥る日本の難民政策でした。ブロガー・ヨシダが共感したものでした。どうやら、今回も、です▼「中見出し」は、■ 選挙目当ての大風呂敷?現実離れした3つの目標、■政策ビジョンは逆風の中の旅立ち 「中期経済予測」に見る厳しい現実、■歴史的な大改革を断行しても  GDPと出生率の目標はこれだけ厳しい、■就業者の確保には大胆な待遇改善や外国人受け入れが必要不可欠に、■一億総活躍の肝は恒久財源確保 筆者が考え る「財源の壁」突破法・・・と続きます▼「質問:「1億総活躍社会」の実現は必要だと思う?」に対する回答は、「思わない67.27%、思う 29.09%、、どたらとも言えない3.64%」です。写真5枚添付ファイル
 「嶋矢志郎著書」の画像検索結果「嶋矢志郎著書」の画像検索結果「「一億総活躍社会」」の画像検索結果「「一億総活躍社会」」の画像検索結果
                                                
No.5955
飲食店で奇妙な光景に出くわした。夫婦と高校生ぐらいの娘、小学生の男の子…
南日本新聞「南風録」2015.12.24.

ヨシダブログ:スマートフォン問題は洋の東西、老若男女の別はないですね。なにせ、新しい機器を開発する側の戦略の狙い通りって按配です。ヨシダがよく引き合いに出すのが「フェースブックやツイターは自己妄想者を生んで」ですが、同記事筆者のオクスフォード大学薬理学教授のバロネス・グリーンフィールさんは 「先見の見通し」というよりも、「先を読み過ぎた感」は否めません。でも、でもですが、それに早く気付いてシフトした者が勝者であってほしいもの。ま、気 が付いた時が当事者にとってはベスト・タイミングってのが世の常です。せいぜいお楽しみを・・・て気分でニヤニヤしながらこの種の記事をみるのが皮肉屋ブ ロガー・ヨシダです。(写真11枚添付ファイル
   「食事中のスマホ」の画像検索結果  「食事中のスマホ」の画像検索結果 「食事中のスマホ」の画像検索結果          「食事中のスマホ」の画像検索結果「食事中のスマホ」の画像検索結果
  「柳田邦男」の画像検索結果   「柳田邦男インタビュー」の画像検索結果   「柳田邦男著書「壊れる日本人」(新潮文庫)」の画像検索結果「柳田邦男著書「壊れる日本人」(新潮文庫)」の画像検索結果「柳田邦男著書「壊れる日本人」(新潮文庫)」の画像検索結果「柳田邦男著書「壊れる日本人」(新潮文庫)」の画像検索結果
No.5954
…自分以上の困難を抱えた人のことを思う時間が、少しばかりあってもいい…
徳島新聞「鳴潮」2015.12.24.
ヨシダブログ:本 日は「クリスマス・イーヴ」。本日のインタネット情報(多くがクリスマス・イーヴ関連)検索の終盤でヒットしたのが本記事です。ちなみに、この種のコラ ム、一部の社説を含めてですが、タイトルを付さないケースが主流です。冒頭の一節をタイトルに付すことが多いとみます。ために、ブロガー・ヨシダの編集で は本文の冒頭の言葉をタイトルに付すのを常とします▼そんなことを承知の上の本記事タイトルにブロガー・ヨシダが筆者に対する非礼を承知の上で、異例とし て付す言葉は逆に末尾の一節をタイトルにさせていただいたことです。「…自分以上の困難を抱えた人のことを思う時間が、少しばかりあってもいい…」 がそれ。本記事筆者には非礼のお許しを願いながらの勝手な本ブロガーの選択としてご勘弁願いつつ、です▼ちょっと脱線しますが、論文執筆や講演を頻繁に体 験した時代のこと。ある著名な作家の言葉が現在にして強烈です。曰く、「講演でも文章でもタイトルは長いほど良い・・・」がそれ。その趣旨は、読む者、聴 く者をして、内容が容易に想像できるから、というもの。タイトルだけで聴くか、読むかの選択肢が可能だから、というのです。爾来、その助言を踏襲して現在 に至るヨシダです▼関連する皮肉をひとつ。ある著名な人物の講演を聴いたことがあります。「私が日々思うこと・・・」でした。日本人なら知らない人はいな いと言える超著名人講師。そんな人物が「日々思うこと」なら、「なになに、聴いてみよう・・・」がその結果。対して無名の人物の場合は、です。同じタイト ルだったら、見向きもされないのがオチってところ。例えば、「私が人生で一番感動し、かつそのことがわが人生を大きく変えて現在の私が在る・・・」とでも したらどうでしょう。「・・・じゃあ、聴いてみるか・・・」が常道でしょう▼ヨシダの「長いタイトル」と言えば、その一つは2001年3月に発表した論文 や講演タイトルがあります。題して「21世紀型リーダーの3条件~洞察力・説明責任・動機付け~」。 小泉総理のブレーン的な人物だった竹中平蔵さんがある雑誌のコーナーで言われた言葉。チャッカリと拝借して大いに活用したものです▼ところで、この種のコ ラムに見られる傾向のひとつがあります。冒頭の言葉に著名な人物や歴史的出来事を数行あしらってのこと。ヨシダはしばしばそのこと自体に関心を強めるので すが、筆者の狙いは別のところにあって、・・・と、「たたらを踏む」場合は少なくありません。つまり、よく知られた過去の出来事と筆者が言わんとする(書 こ うとする)をオーバーラップさすと意図。正直、ヨシダはそのことを見通しつつ結果を先に見ることが少なくありません。逆にその序文の出来ごとを「主流」に して、ヨシダブログを展開することも少なくありません▼今日はクリスマス・イーヴ。ほとんどのコラムのテーマとみましたが、その中からヨシダ流に解釈して の本記事編集と相成った次第です▼蛇足の弁をもうひとつ。「・・・自分以上の困難を抱えた人のことを・・・」ですが、CNN}やBBCのテレビ聞き流しが 常の中にあって、このほか胸を痛めるのは人災天災の区別なく起きている悲惨な出来事に接する時のヨシダの心境。人生84年余にして今までほど強烈に「胸の 痛みを深く覚える」ことを知りません。わが身とオーバーラップして痛みをシェアしているとさえ言って過言でありません。そうした想いが「自利から他利」の心を招来していると自覚します▼母国の同胞の皆さん、どうか幸せな年末年始をお迎えください。84歳超のニッポン人爺ちゃんが雪のない常夏の国・フィリピンから「雪のクリスマスカード」をお届けします。
                                                     「merry xmas」の画像検索結果
 昨23日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日24日の第一記事掲載(10:35)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分程度を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
 PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
 特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのは審査委員が彼女をタイトルに相応しいと審査した結果だけではないということです。彼女の経営者顔負けの「栄冠を 勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信が背後にあった」という事実です。英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream
」です。

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

 
                          2015年12月24日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
                (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co