吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月23日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月23日の「できごと」 
                          December 23, Events(英語版) 
                          「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

1「Hartmann Schedel」の画像検索結果 「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果 「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果  「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果    「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果「Hartmann Schedel printing device 」の画像検索結果
「ニュルンベルク年代記」の画像検索結果「ニュルンベルク年代記印刷技術」の画像検索結果「Hartmann Schedel printing device 」の画像検索結果
    4Portrait of Joseph Smith, Jr.「1823, new york newspaper "sentinel" published article "here comes santa cross」の画像検索結果「1823, newspaper "centinel" in newyork」の画像検索結果「1823, newspaper "centinel" in newyork, here comes santa cluase」の画像検索結果関連画像「1823, newspaper "centinel" in newyork, here comes santa cluase」の画像検索結果
 17  「1958年 - 東京タワーの完工式。正式な営業を開始。」の画像検索結果    関連画像「1958年 - 東京タワーの完工式」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーの完工式」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーの完工式」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーの完工式」の画像検索結果
23「Rutan Voyager」の画像検索結果           「Rutan Voyager」の画像検索結果          「Rutan Voyager」の画像検索結果    「Rutan Voyager」の画像検索結果       関連画像
             「Rutan Voyager newspaper reports」の画像検索結果    「Rutan Voyager newspaper reports」の画像検索結果 「Rutan Voyager newspaper reports」の画像検索結果「Rutan Voyager newspaper reports」の画像検索結果  関連画像
            30「Richard Arkwright」の画像検索結果「ジョセフ・スミス・ジュニア」の画像検索結果「江崎利一」の画像検索結果  「森戸辰男」の画像検索結果  「ヘルムート・シュミット」の画像検索結果 「今上天皇、第125代天皇」の画像検索結果「丸山健二」の画像検索結果
484Huneric dies and is succeeded by his nephew Gunthamund, who becomes king of the Vandals. During his reign Christians are protected from persecution.
558Chlothar I is crowned King of the Franks.
562Hagia Sophia in Constantinople reopened with a rebuilt dome after a series of earthquakes caused the original to collapse.
583 – Maya queen Yohl Ik'nal is crowned ruler of Palenque.
679 – King Dagobert II is murdered while hunting.
962Arab–Byzantine wars: Under the future Emperor Nicephorus Phocas, Byzantine troops storm the city of Aleppo.
(1)1493年 - ハルトマン・シェーデル英語版ニュルンベルク年代記が発刊。
1572 – Theologian Johann Sylvan is executed in Heidelberg for his heretical Antitrinitarian beliefs.
1688 – As part of the Glorious Revolution, King James II of England flees from England to Paris, France after being deposed in favor of his nephew, William of Orange and his daughter Mary.
(2)1783年 - ジョージ・ワシントン大陸軍の最高司令官を辞任。
1793 – The Battle of Savenay: a decisive defeat of the royalist counter-revolutionaries in War in the Vendée during the French Revolution.
(3)1806年 - ウィーンベートーヴェンヴァイオリン協奏曲が初演。
(4)1823年 - ニューヨーク州の新聞『センティネル』に匿名の作者による『サンタクロースがきた』の詩が掲載される。
(5)1854年 (嘉永7年11月4日)- 安政東海地震発生。
1876 – First day of the Constantinople Conference which resulted in agreement for political reforms in the Balkans.
(6)1893年 - エンゲルベルト・フンパーディンクのオペラ『ヘンゼルとグレーテル』が初演。
(7)1913年 - 加藤高明らが立憲同志会憲政会の前身)を結党。
1913 – The Federal Reserve Act is signed into law by President Woodrow Wilson, creating the Federal Reserve System.
1914World War I: Australian and New Zealand troops arrive in Cairo, Egypt
(8)1916年 - 第一次世界大戦: マグドハバの戦い
1919Sex Disqualification (Removal) Act 1919 becomes law in the United Kingdom.
1921Visva-Bharati University is inaugurated.
(9)1933年 - 日本共産党査問リンチ事件日本共産党宮本顕治らが中央委員の小畑達夫大泉兼蔵特高警察のスパイとして査問。リンチにより数日のうちに小畑が死亡。
1936Colombia becomes a signatory to the Buenos Aires copyright treaty.
1938 – Discovery of the first modern coelacanth in South Africa.
1940World War II: Greek submarine Papanikolis (Y-2) sinks the Italian motor ship Antonietta.
(10)1941年 - 第二次世界大戦: ウェーク島の戦いが終結。日本軍ウェーク島を占領。
(11)1942年 - 大日本言論報国会設立。
(12)1947年 - ベル研究所で初めてトランジスタを公開。
(13)1948年 - 極東国際軍事裁判死刑判決を受けたA級戦犯7名の絞首刑を執行。
(14)1948年 - 衆議院解散馴れ合い解散
1954 – First successful kidney transplant is performed by J. Hartwell Harrison and Joseph Murray.
(15)1956年 - 石橋湛山内閣が発足。組閣が遅れ、首相の石橋湛山が一時全閣僚を兼任
(16)1956年 - 競馬の第1回中山グランプリ(翌年より有馬記念に改称)を中山競馬場で開催。
(17)1958年 - 東京タワーの完工式。正式な営業を開始。
(18)1964年 - 営団地下鉄東西線(現東京メトロ東西線高田馬場駅 - 九段下駅間が開業。
(19)1968年 - プエブロ号事件: 北朝鮮が11か月拘束していたプエブロ号の乗員82人を解放。
1970 – The North Tower of the World Trade Center in Manhattan, New York, New York is topped out at 1,368 feet (417 m), making it the tallest building in the world.
・1970 – The
Democratic Republic of the Congo officially becomes a single-party state.
1972 – A 6.5 magnitude earthquake strikes the Nicaraguan capital of Managua killing more than 10,000.
・1972 – The 16 survivors of the
Andes flight disaster are rescued after 73 days, having survived by cannibalism.
(20)1975年 - 日本共産党宗教決議を採択。
(21)1979年 - アフガニスタン紛争: ソ連軍がアフガニスタンの首都カーブルを占領。
(22)1982年 - 電電公社が東京の渋谷駅新宿駅・数寄屋橋公園などにカード公衆電話第1号を設置。
1982 – The United States Environmental Protection Agency announces it has identified dangerous levels of dioxin in the soil of Times Beach, Missouri.
(23)1986年 - アメリカの二人乗りプロペラ飛行機「ボイジャー」が世界初の無着陸・無給油の世界一周飛行を達成。
(24)1987年 - 小田急電鉄10000形ロマンスカーHiSEが営業運転を開始。
(25)1990年 - スロベニアユーゴスラビアからの独立を問う住民投票。88%が独立に賛成。
(26)1990年 - オグリキャップ有馬記念で優勝し引退。
2002 – An MQ-1 Predator is shot down by an Iraqi MiG-25.
2003PetroChina Chuandongbei natural gas field explosion, Guoqiao, Kai County, Chongqing, China, killing at least 234.
(27)2003年 - 名古屋ドル紙幣ばら撒き事件
2007 – An agreement is made for the Kingdom of Nepal to be abolished and the country to become a federal republic with the Prime Minister becoming head of state.
(28)2009年 - 富山地方鉄道富山市内軌道線(富山都心線)丸の内 - 西町間開業と環状運転開始。
2010 – A monsoonal trough crosses the northeastern coast of Australia from the Coral Sea, bringing mass flooding across Queensland.
(29)2011年 - 日本初の旅行会社専用列車、近畿日本鉄道15400系「かぎろひ」が運用開始。
(30)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; リチャード・アークライト;(1732)、ジョセフ・スミス・ジュニア (1805)、江崎利一 (1882)、森戸辰男(1888)、ヘルムート・シュミット (1918)、今上天皇、第125代天皇(1947)、丸山健二 (1983)。

                   インタネット情報&ヨシダブログ
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を
編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
ただ今、 
5953編です。
 

2015年12月23日(水)掲載分
昨日12月22日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月23日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(17)1958年 - 東京タワーの 完工式。正式な営業を開始」です★当時のヨシダは27歳で人生第一毛作の「独立自営業」から結婚して第二毛作に転じる前のこと。横浜YMCAで行われた社 会人英語弁論大会に参加した折りに、神戸商大学生だった弟を伴って東京見物しました。東京タワーは竣工して間もない頃のこと。鮮明な記憶は降りるときのエ レベーターが超満員だったために、タワーの外壁沿いの螺旋階段を使って降りたものです。右手に階段の手摺り、左手にステッキといったスタイル★余談です が、その弟(祐司)が言っていた言葉。「兄ちゃんには世話になったから、ボクは女房を質に入れてでも兄ちゃんの面倒を看る・・・」と。その彼は病を得て、 さっさと他界してました。人生って・・・ですよね。ちなみに、彼と横浜YMCA玄関で写った写真がジャパン・タイムズ紙にでっかく出たヨシダの記事「Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'」に出ています。被インタビュー者(ヨシダ)翻訳の日本語版は「原爆生存者が目指す ”人生四毛作”への 強い学び人生」です。
 洋の東西古代文化の代表的建造物を「古代ローマのコロッセオvs古都京都の法隆寺」で学びました。前者に関してはヨーロッパに足を踏み入れた経験のないヨシダは写真だけが頼り。かたや法隆寺は講演機会を利用して訪れ、長時間腰を据えて魅入ったことがあります。「No.59514層に5万人を収容したローマのコロッセオには火山灰を使った古代コンクリートが…毎日新聞「余禄」2015.12.23.)」がそれですが、本日の取材は本記事だけでも満足って気分です。本コラム編集の醍醐味を今更のように体感します。(10:10)
 毎度のことながら、記事本文より長~いブログが殆どのヨシダブログ。ブロガーの立場で痛感することは、クラシック音楽指揮者二人が「東西分裂ドイツの統合」に一躍になったという事実を垣間見たこと。クラシック音楽は平和に通じる、という図式です。「No.5952先日八十八歳で逝ったドイツの名指揮者クルト・マズア氏は音楽に救われた人で…中日新聞「中日春秋」2015.12.23.)」がそれですが、ヨシダブログでは、現在でもドライバー教育に造詣を深くするヨシダの胸に殊のほか強く響くものを感じる記事です。偶然ですが、もう一人の当該クラシック指揮者は昨日の記事「No.5948ベートーベンをからかった谷川俊太郎さんの詩がある。楽聖は金がない。女にふられ…日本経済新聞「春秋」2015.2.22.)」にみます。ドイツはベートーベンに代表されるようにクラシック音楽の言わば元祖的存在。その分、クラシック音楽家には「説得力」があるとは、ヨシダブロガーの想いです。(12:40)
  インタネット情報収集の終盤でヒットしたマニラ・ブレティン紙の記事(英語)があります。2015年ミス・ユニヴァースの栄冠を勝ち取ったフィリピン女性 の経営者顔負けの「根性&努力」とヨシダは評します。本トップサイトの末尾の彼女の写真に加えて、その英語版記事をそのままクリック掲載しました。ご関心 のある方は、Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream」をクリックしてお読みください。そのインタビューの最終段階の「質疑応答」における彼女の知性とl教養に満ちた対応振りが決めてと感じるのがヨシダです。大のフィリピン(人)ファンのヨシダだけに、嬉しくて堪りません。(13:20)
 いや~、なんとも懐かしい会社や経営陣の方々との接点を感じます!広島市が生んだカルビー社とその創業家3代の方々への想い出。「No.5953:カルビー会長が喝!長時間労働が日本をダメにしてきたDIAMOND Online2015.12.23.松本 晃(カルビー会長兼CEO) )」がそれです。良かった、ヨカッタです!創業者松尾家ご一同さまのご多幸を祈りつつ編集しました。(15:35)


No.5953
カルビー会長が喝!長時間労働が日本をダメにしてきた
DIAMOND Online2015.12.23.松本 晃(カルビー会長兼CEO)
ヨシダブログ:や~、 なんとも懐かしい会社(カルビー社)の記事にヒットしました!ほかでもありません、カルビー社2代目社長の松尾聡さんご夫婦はヨシダにとって浅からぬご縁 をいただいた方。その次男さんの松尾雅彦さんともでした。とりわけ、ご長男の聡さんとは当時の地元広島市南区の社団法人広島南法人会の正副会長同士の間柄 でした▼聡さんの奥様ミドリさまとは地元広島市南区の「南部教会」で共に洗礼を受けた間柄。同夫人はヨシダの義兄のそろばん塾の生徒さんでもありまし▼ と、こんな昔話をするにはそういった人間関係からのこと。聡さんご夫婦は、雅彦さんらは・・・と気になりながら全く疎遠になって現在に至るからです。グー グルで一生懸命でお二人の姿を追ってゲットしました。昔の面影を追いながら懐かしんでいます▼創業者のご父君・松尾 孝さんとの直接の接点はありませんで したが、グーグルでみるに、「松尾 孝(まつお たかし、1912年(明治45年)7月15日 - 2003年(平成15年)10月28日)は三男の松尾雅彦(の ちカルビー第3代社長)によると、1976年(昭和51年)ポテトチップスが売れ始めたころから経営のバトンタッチが始まり、孝自身は日々「バレイショ三 昧」の研究と自宅電話で現場が呆れるほどの指示をだし、息子たちが現場でそのフォローに走り回っていた。1987年(昭和62年)長男の松尾聰に 社長の座を譲り会長に就任した・・・(ウィキペディア)▼ふと気付くに、創業者の父君・孝さんの享年月日は「10月28日」!ヨシダの誕生日です!▼ふ と、創業松尾家三代のお姿を見て感ずるに、企業が大きくなるともはや同族的経営は許されないこと。そのことを意識して上場して外部から優秀な人物を求めら れたのは聡・稚彦ご兄弟の決断であり選択肢と観ます。個人事業からスタートして大きくなってからの処し方に脱帽です▼ヨシダの場合は、少しばかり規模が大 きくなっただけで「私物化ができない」という馬鹿げた考えから発した「御家騒動」。でも、その出来事があったからこその現在のヨシダのフィリピンを終の棲 家とする所以。感謝せよ、感謝デス(笑)▼松尾家ご兄弟ご夫妻に栄光あれ!▼おっと、ブログしそびれました。「長時間労働vs低生産性」に対するカル ビー現会長の渇!ホワイト・カラー族に対するものに限定すべきですネ。ヨシダが現在にして係わり合いをもつトラックドライバーの場合とは全く異なります。 「長労働時間」に耐える企業労使は事故を起こさない限り、その分、生産性を上げています。短時間労働で生産性を上げることは「不可能!」の一語に尽きるの が運送業界の宿命でして、そのことに対する「労使コンセンサス」を構築して実践する企業労使こそが生き残り組であることは否定できないのが現実です。と、 ヨシダブログが思わぬ方向に向かいました・・・(笑)。もう一度、松尾家皆様のご多幸を祈念します。(写真8枚添付ファイル
 「松本 晃(カルビー会長兼CEO)」の画像検索結果「松尾孝」の画像検索結果 関連画像 「松尾聰 カルビー」の画像検索結果   「松尾雅彦 カルビー」の画像検索結果  「カルビー創業家持株」の画像検索結果
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No.5952
先日八十八歳で逝ったドイツの名指揮者クルト・マズア氏は音楽に救われた人で…
中日新聞「中日春秋」2015.12.23.

ヨシダブログ:本記事は傍線を引きながら涙を感じました。4つの理由がその背景にあります。第1の理由は、主人公の名指揮者・ク ルト・マズアさんが交通事故を起こして、奥さんと相手のクルマに乗っていた若者二人の命を奪ったこと。ヨシダが現在に至り昔のクライアントさん二社との係 わり合いを持っているだけに、交通事故防止教育意識は不変かつ脳裏から離れないからです▼第2の理由は、「ヨシダが幼年時代からクラ シック音楽に馴染み、かつ甥の一人がカラヤンの最期の愛弟子として現在活躍している等々、といったクラシック音楽に親しんできた私的な立場を意識するから です▼第3の理由は、「東西に分かれていたドイツ時代に、東ドイツ政府が民主化を求める民衆を発砲も辞さずに弾圧する構えを見せた時に、本記事主人公のク ルト・マズア氏がとった対応すなわち、「平和な対話」を呼びかけて東西統一への力となった・・・ということです▼奇しくもですが、「第4点の理由」とし て、過日の本コラムで編集した「東西ドイツ統一関連」記事がそれです。題して、「No.5948ベートーベンをからかった谷川俊太郎さんの詩がある。楽聖は金がない。女にふられ…日本経済新聞「春秋」2015.2.22.)」 がそれです。同記事中に登場する世界的な名指揮者・クルト・マズア氏がかのドイツ東西問題が起きた時のこと。民主化デモを武力弾圧しようとした東独政府に 強く反対して自制を呼びかけ、東西統一への道が開けた・・・等々とオーバーラップします▼音楽なかんずくクラシックは人類が誇るべき気高い文化と痛感する 次第です▼当該写真の検索中にヒットしたのが冒頭のお二人の写真。なんと、「クルト・マズアの奥さんは日本人でマズア偕子(Tomoko Masur/旧姓Tomoko Sakurai/桜井偕子)である。」 と。好奇心を強めるヨシダがグーグルで知るに、「・・・私生活では3度の結婚歴がある。2番目の妻イルムガルトは1972年に交通事故で死去し、マズア自 身も重症を負った。その後、声楽家の桜井偕子と結婚し息子ケン・マズア(Ken-David Masur)をもうけた・・・2015年12月19日に死去88歳没。(ウィキペディア)」と▼ふと、余計は想像を抱くヨシダ。享年88歳。日本式に言え ば「米寿」というお目出度い年齢。44歳の時に自身の事故で奥さんを失ったものの、その残り半分の44年間を日本人女性を後妻で生きられたご本人のお気持 ちは・・と余計な想いを巡らすヨシダです。そう言えば、本記事末尾にみる同氏の「退任の辞」が同氏の気持ちを語ります。曰く、「「幸せな日々を、本当にありがとうございました。私はいま、別れを悲しむ理由はどこにもありません。ゲヴァントハウスのコンサートは、明日も続くのです」。豊かな余韻に満ちた決別の辞である」と。まったく・・・で、合掌。写真7枚添付ファイル
 「クルト・マズア」の画像検索結果  「クルト・マズア」の画像検索結果    「クルト・マズア」の画像検索結果      「クルト・マズア」の画像検索結果    「浅岡泰子」の画像検索結果  「浅岡泰子著『評伝クルト・マズーア』」の画像検索結果ライプツィヒ―あるドイツ市民都市の肖像
No.5951
4層に5万人を収容したローマのコロッセオには火山灰を使った古代コンクリートが…
毎日新聞「余禄」2015.12.23.
ヨシダブログ:暫 しの間、「石の文化と木の文化の歴史」を古代に遡って学びました。なんともロマンチックで楽しい時間を過ごしました。「4層に5万人を収容したローマのコ ロッセオには鉄骨のない火山灰を使った古代コンクリート」であることは驚異です。かたや、生き物の木を使った法隆寺は1300年もの歴史を刻んで現在に至 るという古代の石と木の文化の標本みたいな両者▼本日の取材は本記事一本だけでも大満足の編集者ヨシダの心境です。(写真31枚添付ファイル
 「建築家の隈研吾」の画像検索結果   「隈研吾設計の新国立競技場」の画像検索結果  「隈研吾設計の新国立競技場」の画像検索結果「隈研吾設計の新国立競技場」の画像検索結果
  「「家の作りようは夏を旨(むね)とすべし」(徒然草」の画像検索結果「「家の作りようは夏を旨(むね)とすべし」(徒然草」の画像検索結果「「家の作りようは夏を旨(むね)とすべし」(徒然草」の画像検索結果「「家の作りようは夏を旨(むね)とすべし」」の画像検索結果   関連画像
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 昨22日の記事3編を下記に掲載していました、本日23日の第一記事掲載(9:55)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
 PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
 特記しま~す!今回のフィリピン女性の2015 年ミス・ユニヴァース栄冠を勝ち取ったのは審査委員が彼女をタイトルに相応しいと審査した結果だけではないということです。彼女の経営者顔負けの「栄冠を 勝ち取る想像を絶する如き努力とそれが裏づけした彼女の自信が背後にあった」という事実です。英語版ですが、クリックしてご覧になりませんか?題して:
      「Miss Universe’s lesson on life: Follow the road to a dream
」です。

ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 


                       2015年12月23日(水)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co