吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                  English               
            2015年12月22日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月22日の「できごと」 
                          December 22 Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
        4   「1808, beethoven symphony no.6 first played」の画像検索結果  「1808, beethoven symphony no.6 first played」の画像検索結果「1808, beethoven symphony no.5 and no.6 first played」の画像検索結果「1808, beethoven symphony no.5 and no.6 first played」の画像検索結果「1808, beethoven symphony no.5 first played」の画像検索結果
       「1808, beethoven symphony no.5 first played」の画像検索結果「1808, beethoven symphony no.6 first played」の画像検索結果
 25「1989年 - ベルリン・ブランデンブルク門の開通式。」の画像検索結果「1989年 - ベルリン・ブランデンブルク門の開通式。」の画像検索結果「1989年 - ベルリン・ブランデンブルク門の開通式。」の画像検索結果「1989年 - ベルリン・ブランデンブルク門の開通式。」の画像検索結果「before 1989, berlin brandenburg gate closed」の画像検索結果
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               31「黒田孝高」の画像検索結果「ジャコモ・プッチーニ」の画像検索結果「快楽亭ブラック (初代)」の画像検索結果 「松野鶴平」の画像検索結果「渡辺謙太郎」の画像検索結果  「塚原光男」の画像検索結果  「上原彩子 (ゴルファー)」の画像検索結果
69 – Emperor Vitellius is captured and murdered at the Gemonian stairs in Rome.
880Luoyang, eastern capital of the Tang dynasty, is captured by rebel leader Huang Chao during the reign of Emperor Xizong.
1135Stephen of Blois becomes King of England
(1)1185年文治元年11月29日) - 鎌倉幕府による守護地頭の設置が後白河法皇によって正式に認められる。
(2)1216年 - ローマ教皇ホノリウス3世ドミニコ修道会を承認。
1622Bucaramanga, Colombia is founded.
(3)1629年寛永6年11月8日)- 紫衣事件後水尾天皇明正天皇に譲位。称徳天皇以来859年ぶりの女性天皇が誕生。
1769Sino-Burmese War: The war ends with an uneasy truce.
1788Nguyễn Huệ proclaims himself Emperor Quang Trung, in effect abolishing on his own the Lê dynasty.
1790 – The Turkish fortress of Izmail is stormed and captured by Alexander Suvorov and his Russian armies.
1807 – The Embargo Act, forbidding trade with all foreign countries, is passed by the U.S. Congress, at the urging of President Thomas Jefferson.
(4)1808年 - ベートーヴェン交響曲第5番第6番ウィーンで初演。
(5)1849年 - フョードル・ドストエフスキーが死刑執行直前に特赦が与えられ、シベリアへの流刑に減刑になる。
1851 – India's first freight train is operated in Roorkee, India.
1864Savannah, Georgia falls to General William Tecumseh Sherman, concluding his "March to the Sea".
(6)1885年 - 日本で内閣制度が発足。伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任して、第1次伊藤内閣を組閣。また、それに伴い官営鉄道の運営母体が「工部省鉄道局」から内閣所属「鉄道局」へと改組。
1890Cornwallis Valley Railway begins operation between Kentville and Kingsport, Nova Scotia.
1891 – Asteroid 323 Brucia becomes the first asteroid discovered using photography.
(7)1891年 - 日本の帝国議会樺山資紀海相がいわゆる「蛮勇演説」を行う。
(8)1894年 - ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』が初演。
1894 – The Dreyfus affair begins in France, when Alfred Dreyfus is wrongly convicted of treason.
(9)1902年 - 年齢計算ニ関スル法律施行。それまでの数え年に代えて、満年齢を使用するよう定められる。
(10)1905年 - 日本満州善後条約に調印。
1920 – The GOELRO economic development plan is adopted by the 8th Congress of Soviets of the Russian SFSR.
1937 – The Lincoln Tunnel opens to traffic in New York City.
(11)1938年 - 南アフリカカルムナ川沖で、絶滅したとされていたシーラカンスの生存を確認。
(12)1938年 - 近衛文麿首相が第三次近衛声明(近衛三原則)を発表。
1939 – Indian Muslims observe a "Day of Deliverance" to celebrate the resignations of members of the Indian National Congress over their not having been consulted over the decision to enter World War II with the United Kingdom.
1940 – World War II: Himarë is captured by the Greek army.
1942 – World War II: Adolf Hitler signs the order to develop the V-2 rocket as a weapon.
1944 – World War II: Battle of the BulgeGerman troops demand the surrender of United States troops at Bastogne, Belgium, prompting the famous one word reply by General Anthony McAuliffe: "Nuts!"
(13)1944年 - ベトナム解放軍部隊(ベトナム人民軍の前身)結成。
(14)1945年 - 労働組合法公布。
(15)1947年 - 民法第四篇と第五篇を全面改正し、封建的な家族制度を撤廃。
1947 – The Constituent Assembly of Italy approves the Constitution of Italy.
1951 – The Selangor Labour Party is founded in Selangor, Malaya.
(16)1954年 - 初のプロレス日本選手権開催。力道山木村政彦を破り優勝。
1956Colo, the first gorilla to be bred in captivity, is born at the Columbus Zoo and Aquarium in Ohio.
1963 – The cruise ship Lakonia burns 180 miles (290 km) north of Madeira, Portugal with the loss of 128 lives.
1964 – The first test flight of the SR-71 (Blackbird) took place at Air Force Plant 42 in Palmdale, California.
1965 – In the United Kingdom, a 70 mph speed limit is applied to all rural roads including motorways for the first time. Previously, there had been no speed limit.
(17)1968年 - 文化大革命: 『人民日報』が「知識青年は農民から再教育を受けなければならない」とする毛沢東の指示を報ずる。(上山下郷運動
(18)1972年 - ウルグアイ空軍機571便遭難事故でアンデス山中に墜落した乗客の生存者16人が71日ぶりに救出。
(19)1973年 - オイルショック: 石油需給適正化法国民生活安定緊急措置法のいわゆる「石油緊急2法」が公布。
(20)1974年 - フランス領コモロ諸島でフランスからの独立に関する住民投票。グランドコモロ島アンジュアン島モヘリ島コモロとして独立し、マヨットはフランス領に留まることが決定。
・1974 – The house of former British Prime Minister Edward Heath is attacked by members of the Provisional IRA.
(21)1978年 - 中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議改革開放路線を決定。
(22)1980年 - 『人民日報』が「毛主席は文化大革命で過ち」と初めて名指しで批判。
1984Bernhard Goetz shoots four would-be muggers on an express train in Manhattan section of New York, New York.
1987 – In Zimbabwe, the political parties ZANU and ZAPU reach an agreement that ends the violence in the Matabeleland region known as the Gukurahundi.
(23)1988年 - 環境保護活動家シコ・メンデスが暗殺される。
(24)1989年 - ルーマニアの首都ブカレストでデモ隊が政府機関を占拠。チャウシェスク政権が崩壊。イオン・イリエスクが大統領に就任。
(25)1989年 - ベルリンブランデンブルク門の開通式。18年ぶりに自由通行。
(26)1989年 - 福岡県のJR九州・宮田線がこの日の運転限りで廃止。
1989Communist President of Romania Nicolae Ceaușescu is overthrown by Ion Iliescu after days of bloody confrontations. The deposed dictator and his wife flee Bucharest with a helicopter as protesters erupt in cheers.
1990 – Final independence of Marshall Islands and Federated States of Micronesia after termination of trusteeship.
・1990 – The
Croatian Parliament adopts the current Constitution of Croatia.
1991 – Armed opposition groups launch a military coup against President of Georgia Zviad Gamsakhurdia.
1992 – The Archives of Terror are discovered.
1997Acteal massacre: Attendees at a prayer meeting of Roman Catholic activists for indigenous causes in the small village of Acteal in the Mexican state of Chiapas are massacred by paramilitary forces.
・1997 –
Hussein Farrah Aidid relinquishes the disputed title of President of Somalia by signing the Cairo Declaration, in Cairo, Egypt. It is the first major step towards reconciliation in Somalia since 1991.
1999Korean Air Cargo Flight 8509, a Boeing 747-200F crashes shortly after take-off from London Stansted Airport due to pilot error. All 4 crew members are killed.
2001Burhanuddin Rabbani, political leader of the Northern Alliance, hands over power in Afghanistan to the interim government headed by President Hamid Karzai.
・2001 –
Richard Reid attempts to destroy a passenger airliner by igniting explosives hidden in his shoes aboard American Airlines Flight 63.
(27)2001年 - アフガニスタンの暫定行政機構が発足。ハーミド・カルザイが暫定行政機構議長に就任。
(28)2001年 - 九州南西海域工作船事件が発生。
(29)2005年 - 記録的な寒波で日本海側を中心に豪雪・暴風雪。東海地方九州で12月の積雪記録を更新する歴史的大雪(平成18年豪雪)。新潟県では暴風雪により新潟大停電が発生。
(30)2006年 - 改正教育基本法公布。
2008 – An ash dike ruptured at a solid waste containment area in Roane County, Tennessee, releasing 1.1 billion US gallons (4,200,000 m3) of coal fly ash slurry.
2010 – The repeal of the Don't ask, don't tell policy, the 17-year-old policy banning homosexuals serving openly in the United States military, is signed into law by President Barack Obama.
(31ヨシダが選んだ著名人の誕生日; ;黒田孝高(1546)、 ジャコモ・プッチーニ(1858)、 快楽亭ブラック (初代) (1858)、松野鶴平(1883)、 渡辺謙太郎(1930)、塚原光男(1947)、上原彩子 (1983)。


                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグー グルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
只今、 
5950編です。
 

2015年12月22日(火)掲載分
昨日12月21日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月22日のできごと」でヨシダが関心を強くするのは「(4)1808年 - ベートーヴェン交響曲第5番第6番ウィーンで初演」と「(25)1989年 - ベルリンブランデンブルク門の 開通式。18年ぶりに自由通行」です。前者は5番と6番の冒頭の楽譜を添付しましたが、ヨシダはこの2曲を殆ど暗記してタクトを振ることもできました。ハ ワイ生まれのお袋が経営していた広島市随一のクラシック音楽喫茶をしていた影響です★後者は26枚もの当該写真を添付したには応分の理由付けをするヨシダ です。「ブランデンブルク門はフリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により建築家カール・ゴットハルト・ラングハンス英語版によって古代ギリシャ風で設計され、1788年から3年間の建設工事を経て1791年8月6日に竣工している・・・(ウィキペディア)」。今から227年も昔に工事着工。当時の日本は「江戸後期」で「天明大飢饉」の時代。彼我の文明格差を痛感します。
 「手前ミソ」ぶりを臆せずブログするのはヨシダのクセとしてご勘弁を!ヨシダブログをオモシロくしたい一心にほかありません。「No.5948:ベートーベンをからかった谷川俊太郎さんの詩がある。楽聖は金がない。女にふられ…日本経済新聞「春秋」2015.2.22.)」を編集しながらひと昔もふた昔も前に遡って楽しませていただきました。編集者の「役得」としてご勘弁のほど。(10:55)
  今日は「冬至」。地球の北半球で夜が最長になる日。母国ニッポンは寒さも一段と厳しく感じる日と想起します。此処フィリピンの昨晩は久方ぶりに長袖シャツ を着て寝ました。でも、今朝の野外の両膝屈伸運動運動4百回は半そで姿。子供たちはクリスマス休暇に入り嬉しそう。アーネルの養女・マローに「Happy with X-mas vacation?」と声をかければ、大きな声で「イエース!」と★インタネット各紙のコラムの多くは「冬至」がテーマ。素通りしてヒットしているのは、 「永遠の異文化摩擦「マイクロ過ぎる日本人 v.s. マクロすぎるアメリカ人」(山久瀬洋二:心をつなぐ英会話メルマガ)ですが、新聞情報から雑誌情報へシフト中です。さて、果たして?・・・(11:50)
 「昔とった杵柄」を編集中に感じた記事は「No.5949:正社員にとらわれず、新たな働き方が求められる時代HARVARD BUSINESS REVIES2015.12.22. アンドレイ・ハジウ,ロブ・ビーダーマン)」です。ブログに占めるヨシダの自慢(?)資料。本記事の趣旨に添うものとして遠慮なくブログ添付しました。(13:20)
 ヨシダの大好きな英語に関連する記事。「No.5950:第53回 リスニングで絶対に外せないピンポイント英単語(その9)ordered日経BIZアカデミー2015.12.22.湯浅 卓(ゆあさ・たかし)国際弁護士)」をホントに理解するには、英語の正しい発音が出来てこそ、と感じます。関連する別の記事もブログ内で参考に供しています。(16:40)


No.5950
第53回 リスニングで絶対に外せないピンポイント英単語(その9)ordered
日経BIZアカデミー2015.12.22.湯浅 卓(ゆあさ・たかし)国際弁護士
ヨシダブログ:本記事にみる英語「ordered」の発音が日本人にはTOEICのスコアが900点超の人でも聞き取れないということを米画「マ イ・インターン」で述べるくだり。肝心の映画をヨシダは観ていないことからの想像に過ぎませんが、「ordered」を日本式に発音したら「オーダー ド」となるでしょう。ヨシダの想像では「アドゥ」もしくは、「オドゥ」くらいに軽く発音されると想像します。インタネッ トが「イナネッ」となるみたいに軽く短く発音することから変身(音)します▼おりしも、似たようなイイ例のヨシダブログを次の記事にご覧いただけますので クリックしてみてくださいませんか?「No.5943少なくとも6年間は英語を勉強したはずなのに、実践会話ではほとんど使えないくちで…東奥新聞「天地人」2015.12.20.)」がそれです。日本人の英語学習の革命(?)あり得ますよ(笑)▼「中見出し」は、■ 外来語なのに、なぜ聞き取れないのか、■低いトーンで静かに語られると聞き取りにくい、■法的な意味も併せ持つビジネス英語に注意!、■ビジネス英語は静 かに、かつクールに語られる、■ニューヨークでもクールに語られるordered、■アンの正統派英語発音を聞き逃すな、■なぜorderedを聞き取れ なかったのか、■ジュールズのクールで超多忙な毎日、■TOEICチャレンジャーの目線に応える、■熟練の名演技、■シニア・インターンという奇想天外な 設定・・・と続きます▼ちなみに、今まで気付かなかったのですが、本記事は一連の「リスニングで絶対に外せないピンポイントの英単語」シリーズです。過去 のものも本記事にリンクが載っていますので、ご利用してください▼蛇足の追加ブログ。ヨシダがよく言われたことに、「ヨシダさんって、ロバート・デニーロ にそっくり!キャッキャ!」と。自分でもホント・・・と内心・・・(笑)。(写真9枚添付ファイル
  「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果      関連画像「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果  「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果
 「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果 「アメリカ映画「マイ・インターン」(The Intern)」の画像検索結果
No.5949
正社員にとらわれず、新たな働き方が求められる時代
HARVARD BUSINESS REVIES2015.12.22. アンドレイ・ハジウ,ロブ・ビーダーマン
ヨシダブログ:冒頭の言葉は、「フルタイム勤務に縛られず、個人事業主として複数の企業や仕事に関わる柔軟な働き方が、米国で増えている」に始まり、「フ レキシブル労働は、いまこそまさに望ましいのである。」で結ばれる本記事です▼「個人事業者」と言えばアメリカのトラック運送業界では「Owner- Operator」が主流。1993年にはその制度の実態を調査取材するために一ヶ月間取材旅行をしました。日本の運送業界へ導入する目的でしたが、日本 の官僚主義制度を前に断念しました。でも、ヨシダの執拗な論文合戦や論戦で妥協の産物で終わりました。「最低車両台数規制」ってヤツで、人口規模に応じた 台数規制。「小規模地区では=5両以上、中規模=7両以上、大規模=10両以上」という規制が、「全国一律5両以上」に改正されたのがその結果でした▼業 界紙誌に発表された関連の拙著論文は膨大です!その最たるもののリンクを下記に貼ってご参考に供します▼「個人トラックは是か非か?(連載11回)」、「個人トラック制度導入への提言」(連載8回)、「個人トラック米国取材体験記」(連載15回)、その他「専門誌・紙掲載論文集」は圧巻です!集大成とも言える拙著は「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」です▼添付した写真はアメリカ人夫婦の通称「チーム・オペレーター」です▼末尾の言葉が本記事が主張する「フルタイム勤務に縛られず、個人事業主として複数の企業や仕事に関わる柔軟な働き方が」がそれです▼「中見出し」は、●労働者のメリット、●雇用主のメリット、●社会にもたらされるメリット・・・と続きます。写真3枚添付ファイル
                             「american owner-operator」の画像検索結果
No.5948
ベートーベンをからかった谷川俊太郎さんの詩がある。楽聖は金がない。女にふられ…
日本経済新聞「春秋」2015.2.22.

ヨシダブログ:本日「12月22日のできごと」 に添付しているのがベートーベンの交響曲第5番(運命)」と「第7番(田園)」関連資料。ひと昔の自身を振り返ってのこと。両方の曲をほぼ全曲に亘って旋 律を「追う」ことができたもの。タクトを振る格好で曲を追った時代がありました。本記事に接して、先ほど眼 をつぶって両曲をかすかなタクトの手振りで追ってみましたが、曲と一緒だったら、微妙なタッチで全曲にわたって「先手」をふれるけどな・・・と思いました ▼と、こんな芸当(?)をやってのけたヨシダはハワイ生まれのお袋が経営していた広島市随一のクラシック音楽喫茶経営の名残です▼手前みそブログで恐縮で すが、フィリピンに移住した時の最初の住家は縁あって出会ったのが元・マニラ交響楽団のチェロ演奏者。かれの前で「曲に連れてのタクト振り」を見せたら絶 句したものでした。クラシックのプロ演奏者だけに、くだんの「タクト振りの微妙なタイミング」を目の当たりにして、でした▼政治でも何でも大事なのは「微 妙なタイミング」。ドイツの南北統一を前にした19日に亡くなった世界的指 揮 者クルト・マズア氏の指 示がそれだったと知りました。そのタイミングの大事さをドイツ南北統一で助言されたと知り、感無量です▼末尾にヨシダのもうひとつの自慢話ならぬブログを お許しの程。4歳上の姉で原爆症で抜け落ちた彼女「髪の毛」が広島市原爆資料館に展示されていますが、その一人子がカラヤンの最期の弟子・山下一史です。「1986年開催のニコライ・マルコ国際指揮者コンクール(デンマーク)で優勝。この年に開かれたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演で、急病のカラヤンの代役としてジーンズ姿のままベートーヴェン第九」を指揮、脚光を浴びました(ウィキペディア)」。姉夫婦(故人)はカラヤンの自宅を招かれて訪問しました。その甥坊の写真も厚かましく添付しました。これって、編集者の特権です▼本記事の末尾の言葉が印象的です。曰く、「国家の「運命」の分かれ道でも、 ちょっと先を合図した。見事な指揮は、長く記憶に残るだろう」と。タイミングは早すぎても、遅すぎてもいけないものですね・・・。エッ!?、ヨシダブログのタイミングはどうなんだ?シツレイしました。写真5枚添付ファイル
 「谷川俊太郎」の画像検索結果「谷川俊太郎とベートーベン」の画像検索結果「世界的指揮者クルト・マズア氏」の画像検索結果「岩城宏之」の画像検索結果 「山下一史」の画像検索結果
 昨日21日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日22日の第一記事掲載(10:05)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                      ミス・フィリピンが2015年ミス・ユニヴァースに!!!
   Miss Philippines crowned Miss Universe after live TV mixup  
 PhotosMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant's host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACONMiss Philippines Pia Alonzo Wurtzbach is crowned Miss Universe 2015 on stage during the 2015 MISS UNIVERSE show at Planet Hollywood Resort & Casino, in Las Vegas, California, on December 20, 2015. Miss Philippines was named Miss Universe, but in a drama-filled turn worthy of a telenovela. The pageant’s host comedian Steve Harvey, also a talk show host, misread the card which he said had Miss Colombia Ariadna Gutierrez as the winner. AFP PHOTO / VALERIE MACON
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月22日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co