吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月20日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月20日の「できごと」 
                          December 20, Events(英語版) 
                            「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  7関連画像「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果 「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果
        「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果     関連画像  「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果   「吉田松陰処刑」の画像検索結果    関連画像
「吉田松陰 辞世の句」の画像検索結果「吉田松陰 辞世の句」の画像検索結果  「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果        「1857年 - 吉田松陰が松下村塾」の画像検索結果「吉田松陰 家紋」の画像検索結果「吉田松陰処刑」の画像検索結果関連画像
33「MV Doña Paz」の画像検索結果「MV Doña Paz」の画像検索結果「MV Doña Paz」の画像検索結果  「MV Doña Paz」の画像検索結果  「MV Doña Paz」の画像検索結果関連画像
   関連画像「MV Doña Paz」の画像検索結果「MV Doña Paz」の画像検索結果「MV Doña Paz accident map」の画像検索結果 「MV Doña Paz accident map」の画像検索結果   「尾道造船建造」の画像検索結果
                   45「保利茂」の画像検索結果「五味康祐」の画像検索結果「金泳三」の画像検索結果 「野口悠紀雄」の画像検索結果「桑田茂」の画像検索結果
(1)69年 - ローマ内戦 (68年-70年): ローマ皇帝ウィテリウスが対抗皇帝ウェスパシアヌスの軍に捕えられ殺害される。
(2)217年 - ローマ教皇ゼフィリヌスが死去。カリストゥス1世が後任に選出されるが、神学者ヒッポリュトスに反対される。
1192Richard I of England is captured and imprisoned by Leopold V of Austria on his way home to England after signing a treaty with Saladin ending the Third Crusade.
1522Siege of Rhodes: Suleiman the Magnificent accepts the surrender of the surviving Knights of Rhodes, who are allowed to evacuate. They eventually settle on Malta and become known as the Knights of Malta.
(3)1582年 - フランスがグレゴリオ暦を採用する(後に中断)。
1606 – The Virginia Company loads three ships with settlers and sets sail to establish Jamestown, Virginia, the first permanent English settlement in the Americas.
(4)1722年康熙61年11月13日)- 康熙帝が没し雍正帝が即位。
1803 – The Louisiana Purchase is completed at a ceremony in New Orleans.
1808Peninsular War: The Siege of Zaragoza begins.
(5)1830年 - ベルギー独立革命: イギリス・フランスなど列国がベルギーネーデルラント連合王国からの独立を承認
1832HMS Clio under the command of Captain Onslow arrives at Port Egmont under orders to take possession of the Falkland Islands
(6)1848年 - ルイ・ナポレオンフランス第二共和政大統領に就任。
(7)1857年安政4年11月5日) - 吉田松陰松下村塾を開講する。
(8)1860年 - サウスカロライナ州アメリカ合衆国から離脱。南部諸州がこれに続き、翌年2月にアメリカ連合国を結成。
(9)1899年 - 東京郵便電信局で、初めて年賀郵便特別扱いを開始。翌年から15日受付開始となる。
(10)1904年 - 三越呉服店創立。三井との連名で「デパートメントストア」宣言を行う。
(11)1914年 - 東京駅開業。東海道本線の起点を新橋駅から東京駅に変更。横浜の高島町駅までとの間で京浜線電車の運行を開始。
1915World War I: The last Australian troops are evacuated from Gallipoli.
(12)1917年 - ソ連初の秘密警察チェーカー」設立。
(13)1924年 - ミュンヘン一揆を主導した罪でランツベルク刑務所に収監されていたアドルフ・ヒトラーが出所。
(14)1930年 - 岡崎駅 - 多治見駅瀬戸記念橋駅 - 高蔵寺駅で初の省営自動車(後の国鉄バス)である岡多線が運行開始。
(15)1939年 - 大日本音楽著作権協会(日本音楽著作権協会〈JASRAC〉の前身)設立。
(16)1940年 - 神奈川県小田原市が市制施行。
1941World War II: First battle of the American Volunteer Group, better known as the "Flying Tigers" in Kunming, China.
1942 – World War II: Japanese air forces[disambiguation needed] bomb Calcutta, India.
1946 – The popular Christmas film It's a Wonderful Life is first released in New York City.
(17)1946年 - 首相官邸デモ事件首相官邸在日朝鮮人に襲撃され、警察官に負傷者が出るとともに拳銃が奪われる。
(18)1947年 - 臨時石炭鉱業管理法公布。炭鉱が国家管理下に置かれる。
(19)1948年 - 「日本専売公社法」「日本国有鉄道法」公布。
(20)1948年 - 帝銀事件の初公判で、被告人・平沢貞通が自白を翻し容疑を全面否認。
(21)1951年 - アメリカ・アイダホ州高速増殖炉EBR-Iで世界初の原子力発電に成功。
(22)1952年 - 東京・青山に東京ボウリングセンターが開場。日本初の民間ボウリング場。
1952 – A United States Air Force C-124 crashes and burns in Moses Lake, Washington killing 87.
(23)1955年 - カーディフウェールズの首都になる。
1957 – The initial production version of the Boeing 707 makes its first flight.
1959 – Unknown attackers murder the Walker family in Osprey, Florida.
(24)1959年 - ラジオ山梨(現・山梨放送)テレビジョン放送開始。
(25)1960年 - 南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)結成。
(26)1962年 - 首都高速初の開通区間である首都高速都心環状線京橋 - 浜崎橋間と首都高速1号線・浜崎橋 - 芝浦間が開通。
1967 – A Pennsylvania Railroad Budd Metroliner exceeds 155 mph on their New York Division, also present day Amtrak's Northeast Corridor.
(27)1968年 - サンフランシスコゾディアック事件の最初の殺人事件が起こる。
(28)1969年 - 営団地下鉄千代田線開業(北千住駅大手町駅間)。
(29)1970年 - コザ暴動
1971 – The international aid organization Doctors Without Borders is founded by Bernard Kouchner and a group of journalists in Paris, France.
(30)1973年 - スペイン首相ルイス・カレーロ=ブランコETAにより暗殺。
(31)1977年 - ジブチベトナム国際連合に加盟。
1984 – The Summit Tunnel fire is the largest underground fire in history, as a freight train carrying over 1 million liters of gasoline derails near the town of Todmorden, England, in the Pennines.
1985Pope John Paul II announces the institution of World Youth Day.
(32)1985年 - 横浜エフエム放送(FM横浜)が開局。
(33)1987年 - フィリピンタブラス海峡で貨客船ドニャ・パス号が小型タンカービクトル号と接触し沈没。公称で1575人、実際には4000人以上が死亡。
(34)1988年 - 国連総会で麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(麻薬新条約)が採択。
(35)1989年 - アメリカ合衆国パナマに侵攻
(36)1990年 - 上越新幹線(線籍上は上越線支線)・越後湯沢駅 - ガーラ湯沢駅間が開業。
(37)1991年 - トイザらスの日本第1号店が茨城県稲敷郡阿見町に開店。
1991 – A Missouri court sentences the Palestinian militant Zein Isa and his wife Maria to death for the honor killing of their daughter Palestina.
(38)1994年 - 日本テレビ郵便爆弾事件
(39)1995年 - アメリカン航空965便墜落事故
1995NATO begins peacekeeping in Bosnia.
(40)1996年 - アップル社NeXT社を買収することで合意。スティーブ・ジョブズがアップルに復帰。
(41)1999年 - ポルトガルから中華人民共和国マカオが返還。
(42)2000年 - 新潟県民エフエム放送が開局。
2004 – A gang of thieves steal £26.5 million worth of currency from the Donegall Square West headquarters of Northern Bank in Belfast, Northern Ireland, United Kingdom, one of the largest bank robberies in British history.
2005Aleksandër Moisiu University was founded in Durrës, Albania.
・2007 – The
Portrait of Suzanne Bloch (1904), by the Spanish artist Pablo Picasso, and O Lavrador de Café by Brazilian modernist painter Cândido Portinari, are stolen from the São Paulo Museum of Art.
(43)2007年 - エリザベス2世ヴィクトリアの81歳7か月29日を抜いて史上最高齢のイギリス国王となる。
(44)2013年 - バニラ・エアが就航。
2013 – China successfully launches the Bolivian Túpac Katari 1 from the Xichang Satellite Launch Center.
2014 – Two police officers of the New York City Police Department are shot and killed, allegedly in retaliation against the deaths of Eric Garner and Michael Brown.
(45)ヨシダが選んだ著名人の誕生日; 保利茂 (1901)、 五味康祐(1921)、金泳三 (1927)、 野口悠紀雄(1946)、 桑田茂(1960)、(1927)。

                     インタネット情報&ヨシダブログ 
 上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   このコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダブログ書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5943編です。 
2015年12月20日(日)掲載分
昨日12月19日最終のトップページ

編集者のダイアリー・コナー
 本日「12月20日のできごと」の中でヨシダが関心を強くするのは「(7)1857年安政4年11月5日) - 吉田松陰松下村塾を開講する」と、「(33)1987年 - フィリピンタブラス海峡で貨客船ドニャ・パス号が 小型タンカービクトル号と接触し沈没。公称で1575人、実際には4000人以上が死亡」です★前者(7)は松下村塾開講ですが、添付写真は一気に松蔭先 生の生涯まで追って添付しました。松下村塾には二度ほど訪れたことがあり、当時を偲びつつでした★後者(7)はフィリピンで起きた大海難事故であることか らですが、件の船は広島県尾道市の造船所で建造されたもので、「もともとの船体は、1963年4月25日尾道造船で建造され日本琉球海運鹿児島港那覇港東京~那覇航路で活躍していたひめゆり丸(定員608人)であった。これが1975年にフィリピンの船会社に転売された後、火災に遭い廃棄処分の憂き目に遭う。しかし、フィリピン国内の船不足から、改造を施す会社が現れ、1980年代にドニャ・パス号として再起したものと推測されている。再起に当たっては、船体上部に大幅に客室が加わるなど、元の面影が全くなくなるほどの重改造(定員増は3倍以上)が加えられていたという(ウィキペディア)」とあります。
 今朝一番にヒットした記事にヨシダはニンマリします。そうでしょう、そうだとも!と共感しながら、ヨシダ流の皮肉を込めてブログしました。「No.5943少なくとも6年間は英語を勉強したはずなのに、実践会話ではほとんど使えないくちで…東奥新聞「天地人」2015.12.20.)」がそれですが、英語教師さん諸氏のご意見に接してみたいもの・・・とはヨシダ独特の皮肉のブログです。(11:40)
 ヒマさえあれば「できごと編集」。「12月23日のできごと」に手をつけています。先取り編集って調子。その分、追われるよりも気分が楽です。さあ、野外に出で「両膝屈伸運動400回」をします。(17:15)


No.5943
少なくとも6年間は英語を勉強したはずなのに、実践会話ではほとんど使えないくちで…
東奥新聞「天地人」2015.12.20.
ヨシダブログ:フィ リピンに移住し、フィリピン人と接することで痛切に感じることは、「日本人の英語下手評」です。ヨシダが口にする英語のひと言を指して「Are you sure you are Japanese? Unbelievable!!」(ホントにニッポン人!? 信じられない!!) という言葉が跳ね返ってきたことがあるくらいです。「マイ・ネーム・イズ・ヨシダ」だけで日本人を見抜けます。「マイ・ネイミズ・ヨシダ」が生きた英語デ ス▼何故、日本人は?・・・に対するヨシダの言い草はこうです・・・。最大の問題は日本人固有の国民性(ある人は<文化>と自慢げに言います が)の一つである、「話すときに相手の眼を見詰めて話さない。絶えず眼をキョロキョロさせて、意味不明の笑顔(お愛想笑い・テレ笑い)を見せます。連れが 居ればそのほうに時々眼を向けて助っ人発言や相槌を期待します。・・・等々で、プレゼンの入り口から失格です▼さて、日本人の最大の苦手は「英語発音、そ れも実用的なハツオン」です。本記事にみるその指摘はズバリ的を射ています!▼さて、本記者が指摘される「英語発音の実態」に応援助っ人助言をさせてくだ さい。「カタカナ表示による英語発音」の幾つかの例をご紹介します▼現代最先端を走る「Internet(インターネット)」はその最たるもの。本記事筆 者並みにそれをカタカナ表示すると「イナネッ」です。せめて「インタネット」と短くアクセントをイにおいてあとはサラッと早口にという発音です。そうすれ ば、自然に「イナネッ」になります。ターと間延びは禁物です。インターナショナルも「イナナショナル」って具合にです。「ウォーター(水)」もしかり、 「ワタ」って具合にですと ▼世の日本人は「カタカナ語乱用」を嘆きます。とんでもない!辞書を開くとなんと多いカタカナ語!外来語は止むを得ないとしても、日本語単語をカタカナ表 示することを非難するセクトもあります。ヨシダのカタカナ表示はその最たるモノ。その分、表現力は豊富と自負します▼英語の発音記号がありますが、英語学 習のない人にとってはアルファベットは読めても発音記号は読めないし、その読み方どころか、その発音すら皆目分かりません。とすれば、折角あるカタカナ表 示を存分に活用して、ホンモノ英語の真似をすることにしたほうが、余ほどか効率的かつ、正確です!写真10枚添付ファイル
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 昨日19日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日20日の第一記事掲載(11:30)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)
              
 Pia Wurtzbach (Instagram)  Miss World 2015
                 ザンネン!フィリピン代表でなく、スペインの女性(右)が栄冠を・・・・
Instead of dreading it, the country’s Miss Universe bet Pia Wurtzbach looks forward to the Q&A portion if and when she enters the Top 5 of the prestigious beauty pageant tomorrow (Philippine time at 9 a.m.) happening at the Planet Hollywood Resort and Casino in Las Vegas.(Manila Bulletin)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。

                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月20日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co