吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                  English               
            2015年12月19日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月19日の「できごと」 
                          December 19 Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると
日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
7 「伊勢暴動1876年」の画像検索結果 「伊勢暴動1876年」の画像検索結果「伊勢暴動1876年」の画像検索結果 「伊勢暴動1876年」の画像検索結果 「伊勢暴動1876年」の画像検索結果「伊勢暴動1876年」の画像検索結果
9「徳川好敏」の画像検索結果「徳川好敏」の画像検索結果 「徳川好敏」の画像検索結果「徳川好敏」の画像検索結果   「徳川好敏」の画像検索結果      関連画像
  「徳川好敏」の画像検索結果   「徳川好敏」の画像検索結果「徳川好敏」の画像検索結果11「bbc empire service in 1932」の画像検索結果「bbc empire service in 1932」の画像検索結果
  「bbc empire service in 1932」の画像検索結果  「bbc empire service in 2015」の画像検索結果       「bbc empire service in 1932」の画像検索結果   「bbc news logo, 2015」の画像検索結果   
 27 「R九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定」の画像検索結果 「R九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定」の画像検索結果    関連画像     関連画像関連画像
  「R九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定」の画像検索結果                  関連画像  「R九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定」の画像検索結果     「R九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定」の画像検索結果    
                                        41「吉田五十八」の画像検索結果「中村扇雀 (3代目)」の画像検索結果「藤崎奈々子」の画像検索結果
(1)211年 - ローマ皇帝ゲタが共同統治帝カラカラにより暗殺される。
(2)324年 - ローマ皇帝リキニウスが退位。
(3)1154年 - 初代イングランドヘンリー2世が戴冠。
1490Anne, Duchess of Brittany, is married to Maximilian I, Holy Roman Emperor by proxy.
1562 – The Battle of Dreux takes place during the French Wars of Religion.
1606 – The Susan Constant, the Godspeed, and the Discovery depart England carrying settlers who found, at Jamestown, Virginia, the first of the thirteen colonies that became the United States.
(4)1614年慶長19年11月19日)- 大坂冬の陣: 木津川口の戦い。豊臣方と徳川方が戦闘状態に突入。
1675 – The Great Swamp Fight, a pivotal battle in King Philip's War, gives the English settlers a bitterly won victory.
(5)
1730年享保15年11月10日) - 徳川吉宗田安家を創設する。
1776Thomas Paine publishes one of a series of pamphlets in The Pennsylvania Journal entitled "The American Crisis".
1777American Revolutionary War: George Washington's Continental Army goes into winter quarters at Valley Forge, Pennsylvania.
1796French Revolutionary Wars: Two British frigates under Commodore Horatio Nelson and two Spanish frigates under Commodore Don Jacobo Stuart engage in battle off the coast of Murcia.
1828Nullification Crisis: Vice President of the United States John C. Calhoun pens the South Carolina Exposition and Protest, protesting the Tariff of 1828.
(6)1864年元治元年11月21日) - 江戸幕府横浜居留地覚書を結ぶ。
(7)1876年 - 現在の松阪市地租減免を要求した農民を巡査が挑発したことから、集合した農民が激昂し暴動に発展(伊勢暴動の始まり)。
1900Hopetoun Blunder: The first Governor-General of Australia John Hope, 7th Earl of Hopetoun, appoints Sir William Lyne premier of the new state of New South Wales, but he is unable to persuade other colonial politicians to join his government and is forced to resign.
1907 – Two hundred thirty-nine coal miners die in the Darr Mine Disaster in Jacobs Creek, Pennsylvania.
(8)1910年 - 徳川好敏工兵大尉が代々木錬兵場アンリ・ファルマン機を操縦し、日本初の動力飛行に成功。
1912 – William Van Schaick, captain of the steamship General Slocum which caught fire and killed over one thousand people, is pardoned by U.S. President William Howard Taft after three-and-a-half-years in Sing Sing prison.
(9)1916年 - 第一次世界大戦: ヴェルダンの戦いが終結。
(10)1920年 - コンスタンティノス1世がギリシャ王に即位。
1924 – The last Rolls-Royce Silver Ghost is sold in London, England.
1927 – Three Indian revolutionaries, Ram Prasad Bismil, Roshan Singh and Ashfaqulla Khan are executed by the British Empire.
(11)1932年 - BBC国際放送「BBCエンパイアサービス」(現在のBBCワールドサービス)が放送開始。
1941World War II: Adolf Hitler becomes Supreme Commander-in-chief of the German Army.
・1941 – World War II:
Limpet mines placed by Italian divers heavily damage the HMS Valiant and HMS Queen Elizabeth in Alexandria harbour.
(12)1944年 - フランスの夕刊紙『ルモンド』が創刊。
(13)1946年 - フランス軍がトンキン・デルタ一帯のベトナム民主共和国の拠点を攻撃開始、第一次インドシナ戦争が始まる。
(14)1955年 - 原子力基本法公布。
1956 – Irish-born physician John Bodkin Adams is arrested in connection with the suspicious deaths of more than 160 patients. Eventually he is convicted only of minor charges.
(15)1961年 - インド軍がダマン・ディーウを占領。ポルトガル領インド全土がインドに併合される。
(16)1963年 - ザンジバル王国ザンジバル、現タンザニアの一部)がイギリスから独立。
1964 – The South Vietnamese military junta of Nguyễn Khánh dissolve the High National Council and arrest some of the members.
(17)1965年 - 世田谷 - 横浜第三京浜道路が全線開通。
(18)1966年 - 国連総会で宇宙条約が採択。
1967Harold Holt, the Prime Minister of Australia, is officially presumed dead.
(19)1968年 - 村山雅美隊長率いる第9次越冬隊が、日本人として初めて南極点に到達。
(20)1972年 - アメリカの最後の有人月宇宙船「アポロ17号」が地球に帰還。
(21)1974年 - 世界初の個人ユースのコンピュータAltair 8800が発売される。
1974Nelson Rockefeller is sworn in as Vice President of the United States under President Gerald Ford under the provisions of the twenty-fifth Amendment to the United States Constitution.
1975John Paul Stevens is appointed a justice of the Supreme Court of the United States.
1981 – Sixteen lives are lost when the Penlee lifeboat goes to the aid of the stricken coaster Union Star in heavy seas.
(22)1983年 - ブラジルに永久譲渡されていた初代のFIFAワールドカップトロフィー(ジュール・リメ・トロフィー)が盗難される。
(23)1984年 - イギリスと中華人民共和国1997年香港返還合意文書に調印。
(24)1984年 - 特殊浴場協会がトルコ風呂ソープランドに改称。
(25)1986年 - 「老人福祉法」改正法が成立。医療費の自己負担引き上げなどが行われた。
(26)1986年 - ソ連が反体制物理学者サハロフ博士夫妻の流刑を解除。
(27)1988年 - JR九州の門司港駅舎が国の重要文化財に指定される。
(28)1988年 - 北海道十勝岳が26年ぶりに噴火
(29)1990年 - 札幌信金OL殺人事件発生。2005年に時効が成立。
1995 – The United States Government restores federal recognition to the Nottawaseppi Huron Band of Potawatomi Native American tribe.
(30)1997年 - 都営地下鉄大江戸線練馬 - 新宿間が開通。
(31)1997年 - シルクエアー185便事故
(32)1998年 - 米下院がビル・クリントン大統領の不倫もみ消し疑惑で弾劾訴追を可決。
2000 – The Leninist Guerrilla Units wing of the Communist Labour Party of Turkey/Leninist attack a Nationalist Movement Party office in Istanbul, Turkey, killing one person and injuring three.
・2001 –
Argentine economic crisis: December riots: Riots erupt in Buenos Aires, Argentina.
(33)2001年 - モンゴルで史上最高気圧1085.6hPaを観測。
(34)2002年 - 第16代韓国大統領選挙盧武鉉が当選。
(35)2003年 - リビア大量破壊兵器の破棄を表明。
(36)2007年 - 第17代韓国大統領選挙李明博が当選。
(37)2011年 - 正午に、朝鮮中央通信北朝鮮金正日総書記の死去(同年12月17日死去)と、後継者が金正恩となったことを発表。
(38)2011年 - TBSの時代劇『水戸黄門』が最終回を迎え、42年にわたる放映に幕を下ろす。
(39)2012年 - 第18代韓国大統領選挙朴槿恵が、女性および親子として初当選。
2012Park Geun-hye is elected the first female president of South Korea.
(40)2013年 - 王将社長射殺事件
(41)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;吉田五十八 (1894)、中村扇雀 (3代目) (1960)、 藤崎奈々子 (1977)。

                       インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5942編です。 
2015年12月19日(土)掲載分
昨日12月18日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月19日のできごと」の中でヨシダが大きな関心を抱くのは「(27)1988年 - JR九州の門司港駅舎が国の重要文化財に 指定される」です。同駅が重要文化財になていること知らないまま、二度も同駅で乗り換えたのを想起します。終点ターミナルのU字型ホームで降りて向かい側 のホームに歩いて行ったくらいの想い出でして、トホホ・・・です★昨深夜まで東京クライアントの宿題(拙著を読んだ感想文に対する著者コメント)をしまし た。週末に差し掛かったことから、明日仕上げに回します★早朝だと各紙のサイトがアップされていないことから、「12月20日のできごと」編集に精出していました。ボツボツ、本作業に入ります。(10:40)
 「No.5942開戦責任者に日本が勲章長崎新聞「水と空」2015.12.19.信)」 を編集し終えて本サイトに掲載して気付くに、ふたりのアメリカ人軍人と政治家に「勲一等」授与される内容の本記事のタイトルが「開戦責任に」とあることか ら、ちょっと不自然。「東京空爆とイラク攻撃の責任者に・・・」とすればヨカッタのでは?とは編集者ヨシダの余計な気がかり。(12:45)





No.5942
開戦責任者に日本が勲章
長崎新聞「水と空」2015.12.19.信

ヨシダブログ:B29 爆撃機による日本への無差別爆撃を称して当時の指揮者・カーチス・ルメイ司令官の弁は、「都内全体が軍需工場デあったから」と平然と語っているサイトに ヒットしました。ヨシダが長崎市原爆資料館を3時間車椅子で拝観した時の女性ボランティアさんの説明もありましたが、全市の学校等施設が「軍需工場化」し ていたことを知らされて愕然としものでした▼「理由付け」は勝者側にあるのが世の常。「原爆が終戦を早めた」ということは、投下国からはれっきとした事 実。それを否定する側の被爆国の言い草は「負け犬の遠吠え」でしかないでしょう。しかも、原爆作成に日本は(も)手を染めていたのです!▼ふと、グーグル でかのカーチス司令官の叙勲の裏話に接しました。「勲一等の授与は天皇が直接手渡す“親授”が通例であるが、昭和天皇は親授しなかった」がそれ。天皇のお 立場としたら到底できないこと。代行したのが佐藤当時の総理という図式です。まさか、後年の佐藤さんのノーベル平和賞がその見返り?の米側政治工 作?・・・って図式ではなかったでしょうが・・・▼ともあれ、日米関係はよかれあしかれ、不動であらねばならないのが現実。とすれば、微妙なリップサービ スも避けられないのでは・・・とは、誰もが想像できる日米国際関係の実態かもしれません。(写真11枚添付ファイル
  「B29爆撃機による日本への無差別爆撃を指揮した カーチス・ルメイ司令官」の画像検索結果「B29爆撃機による日本への無差別爆撃を指揮した カーチス・ルメイ司令官」の画像検索結果「B29爆撃機による日本への無差別爆撃を指揮した カーチス・ルメイ司令官」の画像検索結果「B29爆撃機による日本への無差別爆撃を指揮した カーチス・ルメイ司令官」の画像検索結果   「B29爆撃機による日本への無差別爆撃を指揮した カーチス・ルメイ司令官」の画像検索結果
    「カーチス・ルメイ司令官に佐藤総理が旭日大綬章」の画像検索結果「Curtis Emerson LeMay awarded」の画像検索結果「カーチス・ルメイ司令官に旭日大綬章」の画像検索結果「カーチス・ルメイ司令官に佐藤総理が旭日大綬章」の画像検索結果「安倍総理」の画像検索結果「ドナルド・ラムズ フェルド元国防長官」の画像検索結果
 昨18日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日19日の第一記事掲載(12:35)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                  
              
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                       2015年12月19日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”                                                             吉田祐起                          
                                         (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)                                                                yoshida@a-bombsurvivor.co