吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月18日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月18日の「できごと」 
                          December 18, Events(英語版) 
                          「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

 8「Thirteenth Amendment to the United States Constitution」の画像検索結果「Thirteenth Amendment to the United States Constitution」の画像検索結果「Thirteenth Amendment to the United States Constitution」の画像検索結果「Thirteenth Amendment to the United States Constitution」の画像検索結果「Thirteenth Amendment to the United States Constitution」の画像検索結果    関連画像
15「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
      「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果   「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果
  「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果 「ヴェルダンの戦い」の画像検索結果  「ファルケンハイン」の画像検索結果 「germany surrenders ww2」の画像検索結果「germany surrenders ww1」の画像検索結果「germany surrenders ww1」の画像検索結果
26「1971年 - スミソニアン博物館」の画像検索結果       「Smithsonian Agreement, 1971」の画像検索結果         「Smithsonian Agreement, 1971」の画像検索結果    「1971 smithsonian agreement」の画像検索結果「1971 smithsonian agreement」の画像検索結果 「1971 smithsonian agreement」の画像検索結果
                「japanese yen and dollar rate by 1971 smithsonian agreement」の画像検索結果      「japanese yen and dollar rate after smithnian」の画像検索結果「japanese yen and dollar」の画像検索結果

                 49「ヨシフ・スターリン」の画像検索結果「立川談志 (6代目)」の画像検索結果「熊沢寛道」の画像検索結果「Steven Allan Spielberg,」の画像検索結果「布施明」の画像検索結果「田中大輔」の画像検索結果
(1)紀元前218年 - 第二次ポエニ戦争: トレビアの戦い

(2)876年 - 陽成天皇が即位する。
(3)1271年至元8年11月乙亥) - クビライモンゴル帝国の国号をに改める。
(4)1352年 - インノケンティウス6世ローマ教皇に選出される。
1622Portuguese forces score a military victory over the Kingdom of Kongo at the Battle of Mbumbi in present-day Angola.
1655 – The Whitehall Conference ends with the determination that there was no law preventing Jews from re-entering England after the Edict of Expulsion of 1290.
1688 – The inhabitants of Derry shut the city gates against the Irish Army of James II.
(5)1695年元禄8年11月13日) - 生類憐れみの令に伴い、徳川綱吉武蔵・中野村に16万坪の「お犬小屋」を設置する。
1777 – The United States celebrates its first Thanksgiving, marking the recent victory by the Americans over British General John Burgoyne in the Battle of Saratoga in October.
(6)1787年 - ニュージャージー州アメリカ合衆国憲法を批准し、アメリカ合衆国3番目の州となる。
1793 – Surrender of the frigate La Lutine by French Royalists to Lord Samuel Hood; renamed HMS Lutine, she later becomes a famous treasure wreck.
(7)1825年 - サーニー家サーニー・ビン・ムハンマドカタールの初代首長となる。
(8)1865年 - アメリカの奴隷制度を完全に廃止するアメリカ合衆国憲法修正第13条が成立に必要な27州で批准されたことが布告される。
1867 – The Angola Horror train wreck occurred.
(9)1874年 - 東京京橋 - 銀座 - 芝金杉橋の街路の両側に85基のガス灯が点火。
(10)1876年 - 伊勢暴動が発生。
1878 – John Kehoe, the last of the Molly Maguires is executed in Pennsylvania.
・1878 – The
Al-Thani family become the rulers of the state of Qatar.
1888Richard Wetherill and his brother in-law discover the ancient Indian ruins of Cliff Palace in Mesa Verde.
(11)1891年 - 足尾鉱毒事件: 改進党議員の田中正造が、足尾鉱毒問題に関する初の質問書を衆議院に提出。
1892 – Premiere performance of The Nutcracker by Pyotr Ilyich Tchaikovsky in Saint Petersburg, Russia.
1898Gaston de Chasseloup-Laubat sets the first officially recognized land speed record of 39.245 mph (63.159 km/h) in a Jeantaud electric car
(12)1898年 - 上野公園にある西郷隆盛像の除幕式が行われる。
1900 – The Upper Ferntree Gully to Gembrook, Victoria Narrow-gauge (2 ft 6 in or 762 mm) Railway (now the Puffing Billy Railway) in Victoria, Australia is opened for traffic.
1912 – The Piltdown Man, later discovered to be a hoax, is announced by Charles Dawson.
(13)1914年 - 第一次世界大戦開戦に伴い、エジプトオスマン帝国の名目上の宗主権から切り離され、イギリス保護国となる。
(14)1914年 - 新橋駅に代わる東海道本線の旅客ターミナル駅として東京駅が完成し、開業式を実施。20日より供用開始。
(15)1916年 - 第一次世界大戦: ヴェルダンの戦いが終結。
(16)1917年 - 相模鉄道が創立される。
1917 – The resolution containing the language of the Eighteenth Amendment to enact Prohibition is passed by the United States Congress.
(17)1925年 - ソ連の第14回共産党大会でスターリンが主張する一国社会主義を採択。
1932 – The Chicago Bears defeat the Portsmouth Spartans in the first NFL Championship Game.
1935 – The Lanka Sama Samaja Party is founded in Ceylon.
1939World War II: The Battle of the Heligoland Bight, the first major air battle of the war, takes place.
1944 – World War II: Seventy-seven B-29 Superfortress and 200 other aircraft of U.S. Fourteenth Air Force bomb Hankow, China, a Japanese supply base.
(18)1945年 - ウルグアイ国連に加盟。
(19)1948年 - GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本経済自立復興のための経済安定9原則を発表。
(20)1956年 - 日本国連に加盟。
1958Project SCORE, the world's first communications satellite, is launched.
(21)1961年 - インドネシアオランダ領ニューギニアイリアンジャヤ)に侵攻。
(22)1965年 - 日韓基本条約が発効し、両国の国交が成立。
(23)1966年 - 土星衛星エピメテウスが発見される。
(24)1969年 - イギリス上院が「死刑廃止時限法」の無期限延長を決定し、死刑廃止が確定。
(25)1970年 - 日本の新左翼である京浜安保共闘による上赤塚交番襲撃事件。襲撃犯である最高幹部柴野春彦が死亡。
(26)1971年 - スミソニアン博物館での先進十カ国の蔵相会議の結果、USドルと各国通貨との交換レートの見直しで合意(スミソニアン協定)、1USドル=308円に切り上げられる。
(27)1971年 - 土田邸ピース缶爆弾事件。警視庁警務部長の妻が死亡。
(28)1971年 - キャピトル・リーフ国立公園設立。
(29)1972年 - ベトナム戦争: アメリカ軍ラインバッカーII作戦英語版を開始。北爆が再開。
(30)1973年 - ソ連が有人宇宙船ソユーズ13号を打ち上げ。
・1973 – The Islamic Development Bank is founded.
(31)1974年 - 三菱石油水島製油所で原油流出事故発生。大規模な海洋汚染を引き起こす。
(32)1977年 - 第22回有馬記念: テンポイントトウショウボーイのマッチレースが繰り広げられる。
(33)1978年 - ドミニカ国が国連に加盟。
(34)1983年 - 第37回衆議院議員総選挙ロッキード事件田中角栄元首相の実刑判決が出た直後で、自民党の議席が大幅減。
(35)1984年 - 福井エフエム放送開局。
(36)1987年 - ラリー・ウォールプログラミング言語Perlを発表。
(37)1987年 - ゲームソフトファイナルファンタジーシリーズ第1作『ファイナルファンタジー』が発売。
(38)1989年 - 東証株価指数(通称:TOPIX)が史上最高の2884.80ポイントを記録。
1989 – The European Economic Community and the Soviet Union sign an agreement on trade and commercial and economic cooperation.
(39)1992年 - 1992年大韓民国大統領選挙金泳三が当選。
(40)1993年 - 東京都八王子市創価学会「東京牧口記念会館」でオウム真理教による池田大作サリン襲撃未遂事件発生。
(41)1997年 - 1997年大韓民国大統領選挙金大中が当選。
(42)1997年 - 大阪港トランスポートシステムテクノポート線ニュートラムテクノポート線開業。
(43)1997年 - 東京湾アクアライン開通。
1997HTML 4.0 is published by the World Wide Web Consortium.
(44)1999年 - NASA地球観測衛星テラ」を打ち上げ。
(45)2001年 - アメリカ・カリフォルニア州オーケランドの統一地区教育委員会が黒人英語英語に次ぐ第二言語とする決議を採択。
(46)2002年 - 東京地下鉄株式会社法成立。
2002California gubernatorial recall: Then Governor of California Gray Davis announces that the state would face a record budget deficit of $35 billion, roughly double the figure reported during his reelection campaign one month earlier.
2005 – The Chadian Civil War begins when rebel groups, allegedly backed by neighbouring Sudan, launch an attack in Adré.
2006 – The first of a series of floods strikes Malaysia. The death toll of all flooding is at least 118, with over 400,000 people displaced.
・2006 –
United Arab Emirates holds its first-ever elections.
(47)2006年 - 宇宙航空研究開発機構が技術試験衛星「きく8号」を打上げ。
(48)2010年 - チュニジアジャスミン革命勃発、アラブの春へと波及。
(49)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;(1630)、 (1900)、  (1921),  (1957)、 (1966)。

                   インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5941編です。 
2015年12月18日(金)掲載分
昨日12月17日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月18日のできごと」の中でヨシダが大きな関心を抱くのは「(15)1916年 - 第一次世界大戦: ヴェルダンの戦いが 終結」です。1916年2月から12月16日までにフランス軍362,000人、ドイツ軍336,000人の計698000人が死亡したもの。その30年 後には第二次世界大戦。民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉病気によるものは1300万〜2000万)。軍人の被害者数:2200万〜 2500万・・・と、桁外れの死者数を出しました。中東の情勢から第三次云々の声が聞こえますが、人類は殺し合いの繰り返しといった感じで、なんとも悲し いことです。
 「No.5940沖縄の貧困率は全国平均の2倍、その深刻な理由DIAMOND Online2015.12.18.みわよしこ [フリーランス・ライター] )」 を編集しながら愕然としました。8兆円もの巨額の振興助成金が戦後の孤児対策には全く使われなかったという事実。「道路・ダム・箱もの」オンリーだったと 知り、愕然としています。沖縄県民の選択肢だったのか、それとも政府の振興助成金の使途に限界があったのか・・・と。「沖縄の貧困率は全国平均の2倍」に 絶句しています・・・。(15:00)
 世はまさに「地政学」万能(?)時代!それに加えるのが経済学。ヨシダ流に称して「Geologipolieconomy(ジェオロジポリエコノミー)」と。「No.5941:リーダーは「地政」経済学を要チェック日経BIZアカデミー2015.12.18.BCG御立尚資・ユーラシアグループ社長イアン・ブレマー)」は一見(読)の価値ある記事です。(17:00)
 




No.5941
リーダーは「地政」経済学を要チェック
日経BIZアカデミー2015.12.18.BCG御立尚資・ユーラシアグループ社長イアン・ブレマー
ヨシダブログ:21世紀はまさに、「地政学(Geopolitics) 時代」のひと言に尽きる感じです。戦後はマッカーサーから「日本人は地政学ご法度」を申し渡されたほどですから、如何に恐ろしいパワーを包含する学問であ ることを 物語ります。中東の現代の諸問題は、同地区を地政学的に考えて侵略した「ツケ」が回ってきているもの。その混乱の中から、またまた地政学的戦略で臨むのが 当該諸国▼沖縄問題にゆれる昨今ですが、それも所詮は地政学が原点。昭和天皇が「それ(沖縄の基地化)でよい」と言われたことをヨシダはある雑誌記事のあ る著名な人物の口(言)から出た言葉を記事の片隅に小さく目にしたモノ。もっとも、この事実はマスメディアの禁句になっているのでしょう。でも、ド素人の ヨシダが世 界地図の中の日本地図をみただけで、その程度のことは分かるというものです▼ところで、スティーブ・ジョブズさんの実父もシリア出身。本記事主人公の一人・ブレマーさんの祖母も大きな問題の発信国・シリア出身。 世界人の血は混合そのもの。その中から処していく人たちの逞しさは、単一民族を誇る(?)ニッポン人には驚異と映るのかも知れません。何が何でも移民ハン タイはその結果(?)。でも、その分、世界観に乏しいことは否定できないでしょう。・・・と、これは海外から母国(人)を観るヨシダのひとり言ですので軽 く読み流してください▼本記事タイトルにある「「地政」経済学」をヨシダ流に名付ければ、「Geopliecology(ジェオポリエコロジー)」とで も・・・(笑)(写真5枚添付ファイル
 
No.5940
沖縄の貧困率は全国平均の2倍、その深刻な理由
DIAMOND Online2015.12.18.みわよしこ [フリーランス・ライター]
ヨシダブログ:ヨ シダは大の沖縄ファンです。沖縄復帰直前に業界(運送)視察取材という目的の観光で一度、沖縄の個人トラック業界(米軍の置き土産)の取材で一度、業界講 演で一度と、計3回の沖縄訪問体験者です▼基地問題で揺れる沖縄には胸を痛める一人です。「地政学的にみた沖縄基地現実」ゆえの基地問題。沖縄開発庁初代 長官・山中貞夫さんは「沖縄にはどんなことをしても良い」とまで極言された事実があります▼沖縄戦で悲惨な目に遭遇した沖縄ですが、同県の子供たちの貧困 率の実態を始めて知り、愕然としています。その原因の一つを本記事で知り、再び愕然たる心境を禁じ得ません▼本記事文中の言葉がそれです。「・・・山内氏 は最後に、1972年の本土復帰後についても述べた。戦後27年間の格差是正のための済復興計画に、実に8兆円が投入されたが、対象は 主 に「道路・ダム・箱もの」。沖縄の地元に還元されなかったため「ザル経済」と呼ばれ、その間にも子どもの貧困は深刻化し、格差は拡大していった・・・。」 がそれです▼大変に失礼を弁えずの弁ですが、8兆円もの大金助成振興金が「道路・ダム・箱もの」に投じられて、孤児たち救済に手をつけなかった、という沖 縄県人の選択肢に正直、絶句します。それとも、政府が出す振興助成金の使途にそのような社会問題対策費が認められなかったのか・・・と、慙愧にたえません ▼「中見出し」は、■ 戦後70年の節目に 全国のケースワーカーが沖縄へ、■子どもの貧困率は全国で一番 貧困が止まらない3つの背景、■子どもの貧困率は全国で一番 貧困が 止まらない3つの背景、■「大学生がまぶしかった」 貧困の連鎖から脱出しつつある女性・・・と続きます▼「質問:沖縄の深刻な貧困実態、知っていました か?」に対する回答は、「知らなかった56.61%、なんとなく知っていた28.05、知っていた13.23.%、その他2.12%」です▼ヨシダは全く この事実を知りませんでした。お恥ずかしい・・・のひと言で、正直、憤りすら感じます・・・。(写真10枚添付ファイル
 「山内優子氏(元沖縄県中央児童相談所長)」の画像検索結果     「山内優子氏(元沖縄県中央児童相談所長)」の画像検索結果   「山内優子氏(元沖縄県中央児童相談所長)」の画像検索結果 「山内優子氏(元沖縄県中央児童相談所長)」の画像検索結果
   「「戦後70年 今問われる 貧困・格差・不平等 ~沖縄で考える『命・くらし・平和』」の画像検索結果   「「戦後70年 今問われる 貧困・格差・不平等 ~沖縄で考える『命・くらし・平和』」の画像検索結果「みわよしこ フリーランス・ライター」の画像検索結果    「みわよしこ フリーランス・ライター」の画像検索結果    
                                                  
 昨17日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日18日の第一記事掲載(14:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月18日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co