吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳1か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年12月17日(木)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月17日の「できごと」 
                          December 17, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

4「1790, the map and the place where Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果「1790, the map and the place where Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果「1790, Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果「1790, Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果「1790, Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果「1790, the place where Piedra del Piedra del Sol was found in mexico」の画像検索結果
10    関連画像 関連画像 「1903, Wilbur Wright brothers first success in the flight」の画像検索結果     「1903, Wilbur Wright brothers first success in the flight」の画像検索結果  「1903, Wilbur Wright brothers first success in the flight」の画像検索結果「1903, Wilbur Wright brothers first success in the flight」の画像検索結果   「1903, Wilbur Wright brothers first success in the flight」の画像検索結果
30「1994年 - ナスカの地上絵世界遺産に登録」の画像検索結果  「1994年 - ナスカの地上絵世界遺産に登録」の画像検索結果       「1994年 - ナスカの地上絵世界遺産に登録」の画像検索結果  「1994年 - ナスカの地上絵世界遺産に登録」の画像検索結果       「1994年 - ナスカの地上絵世界遺産に登録」の画像検索結果   「1994年 - 京都の文化財世界遺産に登録」の画像検索結果 
                       38 「貝原益軒」の画像検索結果 「勅使河原蒼風」の画像検索結果    「おおば比呂司」の画像検索結果 「夏目雅子」の画像検索結果 「有森裕子」の画像検索結果
497 BC – The first Saturnalia festival was celebrated in ancient Rome.
(1)546年 - 東ゴート王トーティラローマを占領。
920Romanos I Lekapenos is crowned co-emperor of the underage Constantine VII.
942 – Assassination of William I of Normandy.
1398Sultan Nasir-u Din Mehmud's armies in Delhi are defeated by Timur.
1538Pope Paul III excommunicates Henry VIII of England.
1583Cologne War: Forces under Ernest of Bavaria defeat troops under Gebhard Truchsess von Waldburg at the Siege of Godesberg.
1586Go-Yōzei becomes Emperor of Japan.
(2)1600年 - フランス国王アンリ4世マリー・ド・メディシスと結婚。
1651 – Castle Cornet in Guernsey, the last stronghold which had supported the King in the Third English Civil War, surrenders.
1718War of the Quadruple Alliance: Great Britain declares war on Spain.
(3)1777年 - フランスアメリカ合衆国の初承認国となる。
(4)1790年 - メキシコシティ太陽の石が発掘される。
1807Napoleonic Wars: France issues the Milan Decree, which confirms the Continental System.
1812War of 1812: U.S. forces attack a Lenape village in the Battle of the Mississinewa.
(5)1819年 - シモン・ボリバル大コロンビアの初代大統領に就任。
1835Great Fire of New York: Fire levels lower Manhattan.
1837 – A fire in the Winter Palace of Saint Petersburg kills 30 guards.
(6)1843年 - チャールズ・ディケンズ作『クリスマス・キャロル』が出版。
1862American Civil War: General Ulysses S. Grant issues General Order No. 11, expelling Jews from parts of Tennessee, Mississippi, and Kentucky.
(7)1865年 - シューベルト交響曲第7番未完成交響曲)がウィーンで初演。
(8)1880年 - 東京京橋で最後の仇討ち(あだうち)事件。
1892 – First issue of Vogue is published
1896Pittsburgh, Pennsylvania's Schenley Park Casino, which was the first multi-purpose arena with the technology to create an artificial ice surface in North America, is destroyed in a fire.
(9)1902年 - 教科書疑獄事件で200名以上が摘発される。
(10)1903年 - ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功。
(11)1907年 - ウゲン・ワンチュクが初代ブータン国王に即位。
(12)1908年 - 九州電気軌道西日本鉄道の祖)が設立。
1918Darwin Rebellion: Up to 1,000 demonstrators march on Government House in Darwin, Northern Territory, Australia.
1919Uruguay becomes a signatory to the Buenos Aires copyright treaty.
(13)1920年 - 南洋諸島日本委任統治領となる。
(14)1926年 - リトアニアで元大統領アンターナス・スメトナらがクーデターを起こし、大統領カジス・グリニウスを追放。(en:1926 Lithuanian coup d'état)
1927 – Indian revolutionary Rajendra Lahiri is hanged in Gonda jail, Uttar Pradesh, India, two days before the scheduled date.
1928 – Indian revolutionaries Bhagat Singh, Sukhdev Thapar and Shivaram Rajguru assassinate British police officer James Saunders in Lahore, Punjab, to avenge the death of Lala Lajpat Rai at the hands of the police. The three were executed in 1931.
(15)1935年 - ダグラスDC-3型機が初飛行。
1938Otto Hahn discovers the nuclear fission of the heavy element uranium, the scientific and technological basis of nuclear energy.
(16)1939年 - 第二次世界大戦: ウルグアイから国外退去を通告されたドイツポケット戦艦アドミラル・グラーフ・シュペー」がモンテビデオ港外で自沈。
1941 – World War II: Japanese forces land in Northern Borneo.
1943 – All Chinese are again permitted to become citizens of the United States with the repealing of the Act of 1882 and the introduction of the Magnuson Act.
(17)1944年 - 第二次世界大戦・バルジの戦い: マルメディ虐殺事件
(18)1945年 - ホンジュラス国連に加盟。
(19)1945年 - 衆議院議員選挙法改正公布。婦人参政権大選挙区制などを規定。
1947 – First flight of the Boeing B-47 Stratojet strategic bomber.
1950 – The F-86 Sabre's first mission over Korea.
1951 – The American Civil Rights Congress delivers "We Charge Genocide" to the United Nations.
(20)1957年 - アメリカが大陸間弾道ミサイル (ICBM) 「アトラス」の発射実験に成功。
(21)1957年 - 上野動物園内に日本初のモノレール東京都交通局上野懸垂線)が開業。
1960 – Troops loyal to Emperor Haile Selassie in Ethiopia crush the coup that began December 13, returning power to their leader upon his return from Brazil. Haile Selassie absolves his son of any guilt.
・1960 –
Munich C-131 crash: Twenty passengers and crew on board as well as 32 people on the ground are killed.
1961Niterói circus fire: Fire breaks out during a performance by the Gran Circus Norte-Americano in the city of Niterói, Rio de Janeiro, Brazil, killing more than 500.
(22)1961年 - インド軍によってポルトガルゴアが占領される。
(23)1967年 - オーストラリアハロルド・ホルト首相が海で泳いでいる最中に行方不明になる。
(24)1967年 - 呉市交通局呉市電が廃止。
1969 – The SALT I talks begin.
・1969 –
Project Blue Book: The United States Air Force closes its study of UFOs.
1970Polish 1970 protests: In Gdynia, soldiers fire at workers emerging from trains, killing dozens.
1973 – Thirty passengers are killed in an attack by Palestinian terrorists on Rome's Leonardo da Vinci–Fiumicino Airport.
1981 – American Brigadier General James L. Dozier is abducted by the Red Brigades in Verona, Italy.
(25)1983年 - ロンドン百貨店ハロッズIRAによる爆弾テロ、5名が死亡。(en:Harrods bombing)
(26)1987年 - 千葉県東方沖地震、死者2名。
(27)1987年 - カプコンよりロックマンシリーズ第1作発売。
1989Romanian Revolution: Protests continue in Timișoara, Romania, with rioters breaking into the Romanian Communist Party's District Committee building and attempting to set it on fire.
・1989 –
Fernando Collor de Mello defeats Luiz Inácio Lula da Silva in the second round of the Brazilian presidential election, becoming the first democratically elected President in almost 30 years.
(28)1989年 - アメリカのテレビアニメザ・シンプソンズ』が放送開始。
(29)1992年 - 1974年の多摩川水害訴訟の差戻控訴審で原告住民側が勝訴。
(30)1994年 - ナスカの地上絵古都京都の文化財世界遺産に登録される。
(31)1996年 - ペルー日本大使公邸人質事件発生。
(32)1997年 - 日本で介護保険法公布。
1997 – The British Firearms (Amendment) (No. 2) Act 1997 comes into force, banning all handguns with the exception of antique and show weapons.
(33)1998年 - イラク武装解除問題: 米・両国共同でイラクに対し砂漠の狐作戦を開始。
(34)2000年 - 京福電気鉄道越前本線列車衝突事故松岡町)。なお同社は、翌年6月24日にも事故を引き起こす。
2002Second Congo War: The Congolese parties of the Inter Congolese Dialogue sign a peace accord which makes provision for transitional governance and legislative and presidential elections within two years.
2003 – The Soham murder trial ends at the Old Bailey in London, England, with Ian Huntley found guilty of two counts of murder. His girlfriend Maxine Carr is found guilty of perverting the course of justice.
・2003 –
SpaceShipOne, piloted by Brian Binnie, makes its first powered and first supersonic flight.
2005 – Anti-World Trade Organization protesters riot in Wan Chai, Hong Kong.
・2005 –
Jigme Singye Wangchuck abdicates the throne as King of Bhutan
2009MV Danny F II sinks off the coast of Lebanon, resulting in the deaths of 44 people and over 28,000 animals.
2010Mohamed Bouazizi sets himself on fire. This act became the catalyst for the Tunisian Revolution and the wider Arab Spring.
(35)2010年 - 取手駅通り魔事件が発生。
(36)2010年 - ジャスミン革命: モハメド・ブアジジが抗議の焼身自殺を試みる(翌年1月4日に死去)。
(37)2011年 - ソニー・コンピュータエンタテインメントよりPlayStation Vitaが発売される。
2013 – The anti-corruption operation in Turkey begins with high profile detainments.
2014 – The United States and Cuba re-establish diplomatic relations after severing them 55 years ago..
(38)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;貝原益軒 (1630)、 勅使河原蒼風(1900)、 おおば比呂司 (1921),  夏目雅子(1957)、有森裕子 (1966)。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5939編です。 
2015年12月17日(木)掲載分
昨日12月16日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

  昨日は夜半まで台風の影響か、インタネット接続状態が不安定で、ウェブ編集作業を断念余儀なくしました。その分、東京クライアントさんからの「宿題」に深 夜過ぎまで取り組みました。おかげで今朝は9時前の起床。くだんの「ブレンチ」は美味しく食して元気ハツラツ!感謝の心を強くしつつデスクに向かっていま す。20数通のメールの中にくだんの東京クライアント社長秘書さんからの礼状。真っ先にクリックして拝読し、満足感で一杯です。★さて、本日「12月17日のできごと」 の中でヨシダが関心を強くすることのブログは取りやめて先に進みます。なにせ、インタネット情報チェックにブランクが生じていることから、気がかりです。 ヨシダって、凝り性なことから、ちょっとしたことにも気にかける性質(たち)です。でもま、それがあるから進歩があるのだと自身を納得させています。 (10:05)
 今朝一番にヒットした日刊まにら新聞記事は「No.5937:1962年の両陛下初訪比を取材した比人記者、今も53年前の記事を大切に保存日刊まにら新聞2015.12.17.酒井善彦)」です。感動をもって編集しました。主人公の比人記者・バディリアさんはヨシダと同年齢の84歳!現在でも英字紙・サンスター・バギオ紙に寄稿とか。メール交換をひそかに期待しているところです。(12:15)
  昨日のインタネット接続不具合でウェブサイト編集の見過ごしを余儀なくしたことから、インタネット情報に目を通すのを止めて、宿題の「ワード文書による資 料づくり」に専念した分、本日の取材源が多くなるのでは、と思ったものの、該当記事がないことにホッとしながら本誌記事にヒットしました。「No.5938:ついに来た米国利上げ 世界経済と為替への影響は?DIAMOND Online2015.12.17.村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト)」がそれです。「通貨の変動は諸刃の剣」とは、ヨシダの下手な論理(?)。ま、愉快にかつ、勉強しながらの本コラム編集でご満悦です。(13.40)
 「No.5939:10年ぶりの米利上げ:識者はこうみるREUTERSロイター2015.12.17.)」を編集しながらのこと。アメリカの利上げは10年ぶり。想像するに、それだけにインパクトは少なくない感じです。円に対するインパクトの行方がヨシダの関心事です★さあ、本日の取材はこれをもって終了として、明日に「12月18日のできごと」に専念します。(14:40)
 ・・・ふと、気付く、4,5時間ぶっ通しのデスクワーク。元東京クライアントの新規採用総合職の方々から当方へ送られてきた拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」 を読んだ感想文レポートに対する著者コメントの編集中。数時間、ぶっ通しで一息入れします。離日までの9年間で全国各地にある営業所巡回レクチャーをした ものですが、新規採用の総合職員全員が同拙著を読んだ感想文が著者のヨシダに回ってきて、著者コメントを付して返送する仕組み。実にイイ人物のレポートに 書き込み中です。84歳の爺ちゃんが学卒ホヤホヤの総合職員相手の執筆活動!イイもんです!同社社員は500名余。全員が読んでくださっています。名誉な こと★さて、ボツボツ、早めに日付変更してひと息入れます。(22:10)


No.5939
10年ぶりの米利上げ:識者はこうみる
REUTERSロイター2015.12.17.

ヨシダブログ:「中見出し」は、●米経済の霧晴れず、ドルの上値余地限られる、●不透明感払しょく、ドル買われやすい、●年4回の利上げペース、持続可能性に懸念も、●米金融政策に対する不透明感は薄れる●来夏に日経2万1500円も 、●ドル高が利上げ継続の重しに、初回軟着陸でも、●当局者の将来金利予想は意外に高め、●米金利上昇余地は限定的、●イベント通過で日経2万円へ=いちよしAM 秋野氏、●健全な利上げ期待広がればドル高継続、●保有債券の再投資で政策緩和継続、●来年は四半期ごとに25bp利上げが基本シナリオ、●異例に緩和的な引き締め局面に突入、●FRBが米経済に自信、不透明感後退を歓迎、●声明はハト派的、利上げペース緩やかとのメッセージ、●リスクバブルの一部解消へ第1歩・・・と続きます▼外国人発言者の中で数人の方の写真が見つかりません。(写真11枚添付ファイル
「三井住友銀行 チーフストラテジスト 宇野大介氏」の画像検索結果  「外為どっとコム総合研究所 調査部長 神田卓也氏」の画像検索結果      「SMBC日興証券・金融財政アナリスト 末澤豪謙氏」の画像検索結果 「第一生命経済研究所主任エコノミスト 藤代宏一氏」の画像検索結果  「パインブリッジ・インベストメンツ 執行役員 前野達志氏」の画像検索結果
      「みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌大輔氏」の画像検索結果 「みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト 上野泰也氏」の画像検索結果「いちよしアセットマネジメント 執行役員 秋野充成氏」の画像検索結果「三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト 植野大作氏」の画像検索結果   「レイモンド・ジェームズ首席エコノミスト、スコット・ブラウン氏」の画像検索結果       「アリアンツの首席経済アドバイザー、モハメド・エラリアン氏」の画像検索結果
No.5938

ついに来た米国利上げ 世界経済と為替への影響は?
DIAMOND Online2015.12.17.村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト

ヨシダブログ:「中 見出し」は、■米金利上昇と日銀の緩和姿勢継続でドル買い優勢が続くと見るのが自然、■原油価格下落、中国景気減速──ドル高円安を阻む“リスク”の蓋然 性は?、■米国景気への影響はドル高で成長減速か?、■やはりドル高・円安の進展が基本シナリオ  ドル円は125円を抜け130円を目指す・・・と続き ま す▼「参考資料」は、◆図表1:NY原油先物価格とS&P総合500指数の推移、◆図表2:ドル実質実行レートの推移、◆図表3:米非農業部門雇用者数と 米平均時給・・・と続きます▼「質問:米国の利上げ後、ドル円相場はどの方向に動くと思う?」に対する回答は、「ドル高・円安57.015%、大きくは変 わらない23.36.%、ドル安・円高13.5%、その他、分からない3.53%、どちらともいえない2.5%」です▼フィリピンで生活するヨシダが親し む「フィリピン通貨のペソ(Peso)」。と言っても、ここ数年間はフィリピン通貨を手にしたことは皆無です。その分、気楽な生活を謳歌する身。日本円は 一旦、米ドルに換金され、ドルからペソにと換金されることから、米ドルが高くなれば受け取るペソは二段階で安くなるという通貨メカニズム▼ドル高になれば 米国経済には国際競争力の面でマイナス要因もあり得るでしょうし、そうなれば日本円は上昇機運?という逆現象(?)もあり得るのでは?と、勝手な想像をめ ぐらして傍観しています(笑)。ともあれ、通貨レートの高低は諸刃の剣だと、下手な経済学をヨシダ流に想像しています。(写真6枚添付ファイル
   「利上げ講演時のイエレンFRB議長」の画像検索結果   「利上げ講演時のイエレンFRB議長」の画像検索結果「NY原油先物価格とS&P総合500指数の推移」の画像検索結果  
             
No.5937
1962年の両陛下初訪比を取材した比人記者、今も53年前の記事を大切に保存
日刊まにら新聞2015.12.17.酒井善彦
ヨシダブログ:53年前の両陛下(当時皇太子)のフィリピンご訪問。その最初の目的地は「ベンゲット州ヴァギオ市」でした。おりしもヨシダがこの国に移住して間もない頃、本紙・日刊まにら新聞でヒットしたのが連載記事「20世紀初頭、フィリピンは日本人の出稼ぎ先だった。5千人が比に渡り、建設・農園労働者としてバギオ市やダバオ市で根を張っていった・・・」というもの。一気にまとめて編集したものです。ぜひともクリックしてご覧ください!▼当時のフィリピンは日本人の最大の海外出稼ぎ国。現代とは真反対の立場でした。その由緒ある土地を両陛下が敬意を込めてご訪問になったものとは、現在のヨシダの想いです▼翻っ て、当時のヨシダは16年間に及んだ人生第一毛作の「職人自営業」(商権・設備)を弟子に譲り、結婚相手の養父母経営の小さな運送会社経営を継承した時 代。がむしゃら時代だっただけに、両陛下のフィリピンご訪問ニュースには記憶がないことを恥じます▼本記事で知るヨシダにとって大きな関心事は、当時の取 材記者・パディリアさんは84歳とヨシダと同年輩!しかも、現在でも英 字紙サンスター・バギオに寄稿していること。なんとも頼もしく、ヨシダの見習いたい人物です▼来年1月下旬には両陛下の再度のフィリピンご訪問があると知 り、感無量です。両陛下の生のお姿を拝見したい心情ですが、テレビに依存します。日比親善に絶大の歴史的ご訪問になることを在比日本人としてこの上なく感 動 しています▼ふと、ヨシダの欲張り根性。くだんの記者・バディリアさんへのメール・アプローチをしてみようか!? デス。・・・と、無限に出てくるヨシダの想いで一杯の本記事編集でした▼取材中に本記事「日刊まにら新聞」のウェブサイトでヒットしたのは移民1世紀 第1部・1世の残像第1回 ・ 「優しい道」は祖父の道」です。終の棲家とするフィリピンに幸多かれ、と祈る心境です。写真27枚添付ファイル
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 昨日15日の記事3編を下記に掲載していますが、本日17日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

                 「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月17日(木)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co