吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                  English               
            2015年12月15日(火)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月15日の「できごと」 
                          December 15 Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

6 「1840, napoleon's body moved from saint helena to invalid」の画像検索結果  関連画像「saint helena location map」の画像検索結果「1840, saint helena」の画像検索結果「1840, napoleon in saint helena」の画像検索結果「1840, napoleon in saint helena」の画像検索結果  「1840, napoleon in saint helena」の画像検索結果
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          「1840, napoleon's body moved from saint helena to invalid」の画像検索結果   「L'hôtel des Invalides, napoleon tomb」の画像検索結果    「L'hôtel des Invalides, napoleon tomb」の画像検索結果   「L'hôtel des Invalides, napoleon tomb」の画像検索結果  「L'hôtel des Invalides, napoleon tomb」の画像検索結果   
   18 「1939, "Gone with the wind" first shown in atlanta」の画像検索結果 「1939, "Gone with the wind" first shown in atlanta」の画像検索結果   関連画像「1939, "Gone with the wind" first shown in atlanta」の画像検索結果     「1939, "Gone with he wind"  first shown in atlanta」の画像検索結果
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37            「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果   「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果   「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果 「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果
          「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果   「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果 関連画像「「古都京都の文化財」が世界遺産」の画像検索結果
                47 「ネロ」の画像検索結果「足利義昭」の画像検索結果「田中正造」の画像検索結果「伊東正義」の画像検索結果「クライン孝子」の画像検索結果
(1)208年建安13年11月20日) - 赤壁の戦い孫権劉備連合軍が曹操の船団を打ち破る。
533Vandalic War: Byzantine general Belisarius defeats the Vandals, commanded by King Gelimer, at the Battle of Tricamarum.
687Pope Sergius I is elected.
1161Jin–Song wars: Military officers conspire against Emperor Hailing of the Jin dynasty after a military defeat at the Battle of Caishi, and assassinate the emperor at his camp.
1167Sicilian Chancellor Stephen du Perche moves the royal court to Messina to prevent a rebellion.
1256Hulagu Khan captures and destroys the Hashshashin stronghold at Alamut Castle (in present-day Iran) as part of the Mongol offensive on Islamic southwest Asia.
1467Stephen III of Moldavia defeats Matthias Corvinus of Hungary, with the latter being injured thrice, at the Battle of Baia.
(2)1549年天文18年11月27日) - 竹千代(のちの徳川家康)が今川義元の人質として駿府へ出立する。
(3)1557年弘治3年11月25日) - 毛利元就が息子へ14箇条の遺訓(三子教訓状)を記す。(のちの「三矢の訓え」のモデルとされた)
1778American Revolutionary War: British and French fleets clash in the Battle of St. Lucia.
(4)1791年 - アメリカ合衆国憲法の初の修正条項である権利章典が発効。
(5)1812年 - シモン・ボリバルコロンビアカルタヘナスペインへの徹底抗戦を誓うカルタヘナ宣言を発表。
(6)1840年 - ナポレオンの遺骸がセントヘレナからフランスに返還され、アンヴァリッドに安置される。
(7)1864年 - 南北戦争: ナッシュビルの戦い
(8)1872年明治5年11月15日) - 太政官布告第342号で神武天皇即位紀元制定。
(9)1889年 - 『史学雑誌』創刊。
(10)1889年 - 愛媛県松山市が市制施行。
1890Hunkpapa Lakota leader Sitting Bull is killed on Standing Rock Indian Reservation, leading to the Wounded Knee Massacre.
(11)1893年 - アントニン・ドヴォルザークの「交響曲第9番」が出版される。
(12)1901年 - 官営鉄道(後の日本国有鉄道)が東海道本線の急行2往復に食堂車の連結を始める。
(13)1902年 - 篠ノ井線が全通。
1905 – The Pushkin House is established in Saint Petersburg, Russia, to preserve the cultural heritage of Alexander Pushkin
1906 – The London Underground's Great Northern, Piccadilly and Brompton Railway opens.
1913Nicaragua becomes a signatory to the Buenos Aires Convention.
1914World War I: The Serbian Army recaptures Belgrade from the invading Austro-Hungarian Army.
(14)1914年 - 福岡の方城炭鉱でガス爆発事故。死者687人。
1917 – World War I: An armistice is reached between the new Bolshevik government and the Central Powers.
(15)1925年 - 東京乗合自動車が「ユーランバス」の走行を開始。日本初の定期観光バス
1933 – The Twenty-first Amendment to the United States Constitution officially becomes effective, repealing the Eighteenth Amendment that prohibited the sale, manufacture, and transportation of alcohol.
(16)1937年 - 第1次人民戦線事件鈴木茂三郎向坂逸郎日本共産党と人民戦線の結成を企てた容疑で検挙される。(反戦派に対する弾圧事件)
(17)1937年 - スペイン内戦: テルエルの戦いはじまる。
(18)1939年 - アトランタで映画『風と共に去りぬ』が初公開される。
1941The Holocaust: German troops murder over 15,000 Jews at Drobytsky Yar, a ravine southeast of the city of Kharkiv, Ukraine, Soviet Union.
1942World War II: The Battle of Mount Austen, the Galloping Horse, and the Sea Horse begins during the Guadalcanal Campaign.
1943 – World War II: The Battle of Arawe begins during the New Britain Campaign.
(19)1944年 - ヨーロッパへ慰問演奏に飛び立ったミュージシャングレン・ミラーが乗った飛行機が行方不明に。12月18日に戦死と発表。
(20)1945年 - GHQ神道指令を発令、神道国家が分離され国家神道が廃止される。
1946 – U.S.-backed Iranian troops evict the leadership of the breakaway Republic of Mahabad, putting an end to the Iran crisis of 1946.
・1946 – The first
election to the Representative Assembly of French India was held.
(21)1948年 - 岳南鉄道が設立される。
(22)1949年 - プロ野球再編問題: セントラル野球連盟(セ・リーグ)結成。
(23)1950年 - 宮城県古川市が市制施行。
(24)1954年 - C62形蒸気機関車が最高速度129km/hを記録。
1954 – The Charter for the Kingdom of the Netherlands is signed.
(25)1959年 - ラジオ山陰(現・山陰放送)テレビジョン放送開局。
1960Richard Pavlick is arrested for plotting to assassinate U.S. President-Elect John F. Kennedy.
・1960 – King
Mahendra of Nepal suspends the country's constitution, dissolves parliament, dismisses the cabinet, and imposes direct rule.
(26)1961年 - イスラエル特別法廷が、ナチスのユダヤ人虐殺の責任者だったアドルフ・アイヒマンに対し死刑判決。
(27)1962年 - 札幌テレビ放送のラジオ部門(STVラジオ、後に札幌テレビ放送から分社)開局。
(28)1965年 - アメリカの宇宙船・ジェミニ6-A号7号が初のランデブー飛行に成功。
1967 – The Silver Bridge over the Ohio River collapses, killing 46 people.
1970 – Soviet spacecraft Venera 7 successfully land on Venus. It is the first successful soft landing on another planet
(29)1970年 - 南営号沈没事故起こる。
(30)1972年 - 極東放送(現・エフエム沖縄)開局。
1973John Paul Getty III, grandson of American billionaire J. Paul Getty, is found alive near Naples, Italy, after being kidnapped by an Italian gang on July 10.
・1973 – The
American Psychiatric Association votes 13–0 to remove homosexuality from its official list of psychiatric disorders, the DSM-II.
・1976 – The oil tanker
MV Argo Merchant runs aground near Nantucket, Massachusetts, causing one of the worst marine oil spills in history.
(31)1976年 - サモア国際連合に加盟。
(32)1977年 - 宇宙開発事業団が実験用通信衛星さくら」を打上げ。
(33)1978年 - 米大統領ジミー・カーターが、アメリカ合衆国中華人民共和国承認し、中華民国と断交することを表明。
(34)1980年 - 大阪高速鉄道(大阪モノレール)設立。
1981 – A suicide car bombing targeting the Iraqi embassy in Beirut, Lebanon, levels the embassy and kills 61 people, including Iraq's ambassador to Lebanon. The attack is considered the first modern suicide bombing.
(35)1989年 - 国連総会自由権規約の第2選択議定書(死刑廃止条約)が採択される。
1993The Troubles: The Downing Street Declaration is issued by British Prime Minister John Major and Irish Taoiseach Albert Reynolds.
(36)1994年 - パラオが国連に加盟。
(37)1994年 - 清水寺平等院などの「古都京都の文化財」が世界遺産に登録される。
(38)1994年 - 日本で、住民票の「嫡出子・非嫡出子」の表記を「子」に統一。
(39)1995年 - 東南アジア非核兵器地帯条約(バンコク条約)調印。
1997Tajikistan Airlines Flight 3183 crashes in the desert near Sharjah, United Arab Emirates, killing 85.
(40)1999年 - 都営地下鉄12号線の路線名称を「大江戸線」に決定。
(41)2000年 - チェルノブイリ原子力発電所で最後まで稼働していた3号炉を停止。
2001 – The Leaning Tower of Pisa reopens after 11 years and $27,000,000 spent to fortify it, without fixing its famous lean.
2005 – Introduction of the Lockheed Martin F-22 Raptor into USAF active service.
2006 – First flight of the Lockheed Martin F-35 Lightning II.
(42)2009年 - ボーイング787が初飛行。
(43)2010年 - 絶滅したとされていた魚「クニマス」が再発見される。
2010 – A boat carrying 90 asylum seekers crashes into rocks off the coast of Christmas Island, Australia, killing 48 people.
(44)2011年 - イラクに駐留していたアメリカ軍が解散し、2003年から続いていたイラク戦争が終結。
(45)2012年 - アメリカ、コネチカット州の小学校で銃が乱射され、児童20名を含む26名が射殺される。犯人は自殺。(サンディフック小学校銃乱射事件
(46)2014年 - オーストラリアシドニー中心部のカフェでイスラム教聖職者を自称する男が人質を取って立てこもり、16日午前2時15分頃に警官隊が突入。人質2人と犯人が死亡。
(47)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;ネロ (34)、足利義昭(1537)、(1901)、 田中正造 (1841)、伊東正義( 1913)、クライン孝子 (1939)。

                                    インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5936編です。 
2015年12月15日(火)掲載分
昨日12月14日最終のトップページ

編集者のダイアリー・コナー
 本日「12月15日のできごと」の中でヨシダが関心を強くするのは「(18)1939年 - アトランタで映画『風と共に去りぬ』 が初公開される」です。日本での初公開は1952年、ヨシダが21歳時代。その当時の鑑賞ではなく、後年の再上映時代だったと記憶します。後編も観たと思 いますが、おぼろげです★「Gone With The Wind」の原本を観たのは被爆後に伯母の家に疎開した時のこと。同家長男・譲治(英語名ジョージに通じる)が米国滞在でカルフォルニア大学を卒業したの ですが、対米戦争が始まって「日本の母が危篤なので」と嘘言って最後の交換船で帰国した折に持ち帰ったのがその原書。添付写真と同様に黄色の表紙で分厚い 本だったのが鮮明な記憶です。
 今朝一番の情報はメルマガからのものです。長文で英 語記事をふんだんに引用した内容だけに、広い世界観をベースにした筆者の意見とみます。英語力のある方はぜひとも日英語記事両刀でご覧になれば興味大で す。かくいうヨシダは先の仕事が控えているので、ヨシダブログはご覧の程度に抑えています。くだんの記事は、「No.5934ISISの終焉。各国の思惑が生み出した怪物は、その思惑によって滅びるMAGNEW2 2015.12.15.田中 宇(国際情勢解説者))」 ★おっと、東京の元クライアントから久々のメールが入りました!離日前までの9年間に及んだ老舗企業。創業100年を前にした現在は3代目社長。そこに至 るにはストーリーがあります。同社長が専務時代のこと。ヨシダの大量の論文が業界紙(誌)にジャンジャンと掲載されていた時代。そのご愛読者でもあった当 時の専務さんの目に留まり、顧問契約を締結したものです★数百人のドライバーや事務職員に至るまで拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊) 」 を読まされて、特に総合職の方々には読まされた上で、「感想文」の提出を求められ、それが著者の当方にメールで送られ、著者コメントを付して返送する仕組 みですが、来比7年で今なお継続されている「著者の宿題」です。大変に光栄なことと受けとめ、小躍りしつつキーを叩いているヨシダです。(10:25)
  ヨシダがよく目にすることに、日本語には敬語というものがあり、これは国際的に誇れるものだ、と。皮肉を承知でブログすることを厭わないヨシダですが、 「その裏返しにあるのが相手の地位や年齢を観て使い分ける敬語と反対の優越語や蔑視語」にほかありません。ニッポン人よ、自国の言語を過大評価するなか れ、すくなくとも「敬語を指して自慢できる言語」と言うなかれ、です。こんな際どいヨシダブログを余儀なくしたのは、「No.5935:日本人の「プレゼンの常識」は間違いだらけだ 滑舌のよさや美しい声は枝葉末節東洋経済ONLINE2015.12.15.岡本 純子 :コミュニケーションストラテジスト)」でした。さて、あなたはこの際どいヨシダブログに、どう反応されるでしょうか??(12:50)
 「No.5936:1993年、世界が融和するチャンスがそこにあった心をつなく英会話メルマガ2015.12.15.山久瀬洋二)」 を編集しながら想起したことは、この劇的な出来事があった1993年9月の直後に「米国一ヶ月間取材旅行」を実行した時のこと。当時のホテルで観た録画放 映でした。中東地域の紛争の元はと言えば、西欧先進諸国が競って同地区が有する石油資源を巡って展開した領土争い。その石油を日本が(も)当てにしている ことから門外漢では居れない立場。第三次世界大戦の勃発、という際どい言葉がチラホラの昨今。門外漢ではあり得ない母国ニッポンの立場をフィリピンから案 じています。(15:20)

No.5936
1993年、世界が融和するチャンスがそこにあった
心をつなく英会話メルマガ2015.12.15.山久瀬洋二
ヨシダブログ:1993年9月13日に、オスロ合意という取り決めがパレスチナ解放機構 (PLO) とイスラエルとの間に締結されました。その直後にヨシダは「米国一ヶ月間取材旅行」に入りました。連日のテレビの画像で見慣れた光景の写真を添付しながら当時を偲びます▼そ れから2年後、この合意を推し進めたイスラエルの元首相ラビン氏は、オスロ合意に反発するユダヤ教徒の凶弾に倒れ、命を落としました▼本記事の冒頭に掲げ れた当時のクリントン大統領のスピーチの一節が印象的です▼日本語では感じとれない微妙なニュアンスが英語で感じられると言ったら生意気でしょうか?おっ と、それは言語の差異でなく、話す側の表現力、と言えるでしょう。何せ、表現力に関する限り、日本人は上手とは言えませんから・・・▼本記事筆者の山久瀬 洋二先生はヨシダが個人的に親しくしていただくご人物。先生のご趣味の絵画の一作「人は融和できるか」という問い掛けの作品が本記事中に掲載されています ので、添付写真の末尾にも掲載しました。写真27枚添付ファイル
 「1993年9月13日、オスロ合意」の画像検索結果 「september 13,1993, clinton managed to shake hands with」の画像検索結果  「september 13,1993, clinton managed to shake hands with」の画像検索結果    「september 13,1993, clinton managed to shake hands with」の画像検索結果      「september 13,1993, clinton managed to shake hands with」の画像検索結果   
  「september 13,1993, clinton managed to shake hands with」の画像検索結果          「rabin assassinated by jews」の画像検索結果        「rabin assassinated by jews」の画像検索結果   「rabin assassinated by jews」の画像検索結果  「rabin assassinated by jews」の画像検索結果 「パレスチナ解放機構 (PLO) とイスラエルとの現在の関係」の画像検索結果
  「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
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No.5935
日本人の「プレゼンの常識」は間違いだらけだ 滑舌のよさや美しい声は枝葉末節

東洋経済ONLINE2015.12.15.岡本 純子 :コミュニケーションストラテジスト

ヨシダブログ:日 本人の「プレゼン下手」は英語の云々を通り越して、母国語ニッポン語ですら下手であることは否定できません。その理由や原因をヨシダ流に展開するとこうで す・・・。①日本人は元来、シャイ(恥かしがりや)であるために、ボディー・ラングエッジそのものがネギャティヴにはたらくこと。②シャイさゆえにか、話 し相手の目をみて話すことが苦手。③ために、目をキョロキョロと周囲に転じ、特に連れがあれば、その方に目をやって、「助っ人発言・相槌」を期待するとい うほど自信のなさ▼ある友人がこのヨシダ発言に対して言ったことがそれを裏付けます。「ヨシダさん、それって日本(人)の文化だよね・・・」。ヨシダは瞬 間に心の中で反論したものです。「だから何時までたっても日本人の自己表現力不足(下手)なんだ!」と▼「文 化の差異」で片付けて、「仕方ない」とするところに、どうしょうもない日本人のプレゼン(自己表現)にブレーキが避けられません▼日本人固有と自称する、 そういった日本人のビヘイビアを改革せずしてプレゼン下手は解決不可能と断言します。このコラムでヨシダがブログすることが避けられないことに、「日本人 の英語下手」がありますが、よ~く考えたら、英語どころか、母国語ニッポン語ですら自己表現下手(プレゼン下手)に通じるというのがヨシダブログです▼ヨ シダ論をもう一つ追記しましょう。日本語の宿命である「敬語・謙り語・蔑視語・優越語」等々を相手をみて使い分けが必要なのが日本語の宿命です。案外と気 付いていない、これは日本語の宿命的なもの▼ちなみに、此処フィリピンで観るCNNやBBCを観て痛感します。イギリス国会での「ISIS空爆関係の論 議」を観て痛感しました!日本人政治家にはゼッタ イに期待できない「議論上手同士与野党議員」。日本人政治家のそれは官僚作成の原稿の「棒読み(?)的プレゼン」・・・。ドエライ差異としか言いようがあ りません!▼今から数十年も前のこと。愛読紙のひとつのジャパン・タイムズ紙の社説に「Japanese Enigmatic Smile(日本人の不可解は笑み)」が印象的でした。筆者は日本人ではないと当時感じたもの。「お愛想笑い」と言うなかれ、相手に大きな誤解を招来する のが日本民族古来の欠点デス。お愛想笑いでお茶を濁す日本人古来の風習。欧米人と比べて太刀打ちできなハズです。それを打破することをせずして「プレゼン 下手」の解消努力は期待できないでしょう▼再度強調します。日本語そのものは文章化では優れた面があるものの、話す言葉としては必ずしも便利な言語とは言 え ないのでは、とも・・・。写真5枚添付ファイル
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No.5934
ISISの終焉。各国の思惑が生み出した怪物は、その思惑によって滅びる
MAGNEW2 2015.12.15.田中 宇(国際情勢解説者)
ヨシダブログ:タ イトルを見ただけで、なになに!?と興味を誘います。ことほど左様にISISの存在が世界中を震撼とさせ、何とかならないのだろうか・・・が世界人の牛耳 の想いであるからです▼英文各種の記事資料等々からの情報を駆使した長文の論の展開です。英語力のある方には絶好の情報源と心得ます。かくいうブロガーの ヨシダは後に控えるものが多々あるかとから、当該ブログなしの(傍線引用:吉田祐起)で掲載します。詳細は「田中宇の国際ニュース解説」をご覧ください。多くの著書からヨシダ好みの分に限って添付します。なにせ、大量の著書だけにです▼なお、本文記事中の筆者・田中宇さんの写真とプロフィーはヨシダ引用です。(写真15枚添付ファイル
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 昨日14日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日15日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。    

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を 
  「末尾の特別情報お知らせコーナー」 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイト トップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。    
               
  「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を

 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月15日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co