吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳1か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年12月13日(日)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月13日の「できごと」 
                          December 13, Events(英語版) 
                           「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

3  「national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果     「national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果    「the flag of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果「the flag of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果「the flag of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果
 「national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果
「national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果「museum of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果    「museum of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果    「museum of national guard of massachusetts, 1636」の画像検索結果
15 「兼高かおる世界の旅」の画像検索結果  「兼高かおる世界の旅」の画像検索結果「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果  関連画像「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果
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     「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果  「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果  「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果 「兼高かおる世界の旅初期」の画像検索結果
              28「ハインリヒ・ハイネ」の画像検索結果「クルト・ユルゲンス」の画像検索結果「小倉昌男」の画像検索結果「仲代達矢」の画像検索結果「浅田次郎」の画像検索結果
(1)1294年 - ローマ教皇ケレスティヌス5世が自ら教皇を退位。
1545 – The Council of Trent begins.
(2)1577年 - イギリスの軍人フランシス・ドレークが艦隊を率いてプリマスから世界周航に出発。
(3)1636年 - マサチューセッツ湾植民地がインディアンから植民地を守るため民兵を設置。州兵の起源。
1642Abel Tasman reaches New Zealand.
1643English Civil War: The Battle of Alton takes place in Hampshire.
1758 – The English transport ship Duke William sinks in the North Atlantic, killing over 360 people.
1769Dartmouth College is founded by the Reverend Eleazar Wheelock, with a royal charter from King George III, on land donated by Royal governor John Wentworth.
1862American Civil War: At the Battle of Fredericksburg, Confederate General Robert E. Lee defeats Union Major General Ambrose Burnside.
1867 – A Fenian bomb explodes in Clerkenwell, London, killing six.
(4)1874年 - 「双子の場合は、先に産まれた方を兄・姉とする」という太政官布告が出される。
(5)1902年 - 哲学館に付与されていた卒業生に対する教員免許の無試験交付特権が剥奪される。(哲学館事件
1928George Gershwin's An American in Paris is first performed.
(6)1931年 - 犬養毅内閣が発足。
(7)1931年 - 犬養内閣の初閣議で日本の金輸出再禁止を決定。金本位制から管理通貨制度に移行。
(8)1937年 - 日中戦争: 日本軍が南京を陥落させ、南京攻略戦が終結。翌12月14日より6週間、残敵掃討作戦。この一端として南京事件が発生したと言われているが、現在も論争になっている。(南京事件論争
1938The Holocaust: The Neuengamme concentration camp opens in the Bergedorf district of Hamburg, Germany.
(9)1939年 - 第二次世界大戦: ラプラタ沖海戦
(10)1941年 - 第二次世界大戦: ハンガリールーマニアアメリカ合衆国に宣戦布告。
1943 – World War II: The Massacre of Kalavryta by German occupying forces in Greece.
(11)1948年 - 泉山三六蔵相が会期中の国会食堂内で泥酔し女性議員に悪態。翌日議員辞職。(国会キス事件
1949 – The Knesset votes to move the capital of Israel to Jerusalem.
(12)1950年 - 地方公務員法公布。
(13)1955年 - 国鉄最大の機関車、EH10形電気機関車が高速試験運転で124km/hを記録。
(14)1959年 - キプロスで大統領選挙。キプロス正教会英語版首座主教マカリオス3世を選出。
(15)1959年 - 『兼高かおる世界の旅』が放送開始。1990年まで30年10か月の長寿番組に。
1960 – While Emperor Haile Selassie of Ethiopia visits Brazil, his Imperial Bodyguard seizes the capital and proclaims him deposed and his son, Crown Prince Asfa Wossen, Emperor.
(16)1962年 - アメリカが能動型通信衛星「リレー1号」を打ち上げ。
(17)1967年 - ギリシャ国王コンスタンティノス2世軍事政権に対する逆クーデターを仕掛けるが失敗し、ローマへ亡命。
1968 – Brazilian President Artur da Costa e Silva issues AI-5 (Institutional Act No. 5), enabling government by decree and suspending habeas corpus.
1972Apollo program: Eugene Cernan and Harrison Schmitt begin the third and final extra-vehicular activity (EVA) or "Moonwalk" of Apollo 17. To date they are the last humans to set foot on the Moon.
(18)1974年 - マルタ英連邦王国からイギリス連邦内の共和国となる。
(19)1977年 - 日本社会党大会で飛鳥田一雄党委員長に選出。
1977 – A DC-3 aircraft chartered from the Indianapolis-based National Jet crashes near Evansville Regional Airport, killing 29, including the University of Evansville basketball team, support staff and boosters of the team.
1979 – The Canadian Government of Prime Minister Joe Clark is defeated in the House of Commons, prompting the 1980 Canadian election.
(20)1979年 - 映画『1941』のプレミア上映。作中で伊号第十九潜水艦アメリカ合衆国本土を初砲撃。遊園地や戦車に被害を与えるさまを描いた。
(21)1981年 - ポーランド首相ヤルゼルスキが民主化運動への対抗策として戒厳令を発令。
1988PLO Chairman Yasser Arafat gives a speech at a UN General Assembly meeting in Geneva, Switzerland, after United States authorities refused to grant him a visa to visit UN headquarters in New York.
1989The Troubles: Attack on Derryard checkpoint: The Provisional Irish Republican Army launches an attack on a British Army temporary vehicle checkpoint near Rosslea, Northern Ireland. Two British soldiers are killed and one badly wounded.
(22)1991年 - 韓国北朝鮮南北基本合意書を締結。
2000 – The "Texas Seven" escape from the John B. Connally Unit near Kenedy, Texas, and go on a robbery spree, during which police officer Aubrey Hawkins is shot and killed.
2001Sansad Bhavan, the building housing the Indian Parliament, is attacked by terrorists. Twelve people are killed, including the terrorists.
2002European Union enlargement: The EU announces that Cyprus, the Czech Republic, Estonia, Hungary, Latvia, Lithuania, Malta, Poland, Slovakia, and Slovenia will become members from May 1, 2004.
(23)2003年 - イラク戦争: アメリカ軍などがイラクサッダーム・フセイン元大統領を拘束。(en:Operation Red Dawn)
(24)2004年 - 埼玉県さいたま市内の量販店ドンキホーテ2店舗が相次いで放火され従業員3人が焼死。(ドン・キホーテ放火事件
(25)2005年 - 韓国大統領盧武鉉ASEAN各国首脳とクアラルンプールの第九次首脳会談で包括的経済協力枠組み協定を締結する。
(26)2006年 - 長江流域の大規模な調査の結果、ヨウスコウカワイルカが「ほぼ絶滅」と宣言される。
(27)2006年- 国際連合総会障害者権利条約を採択。
2006Convention on the Rights of Persons with Disabilities is adopted.
2011 – A murder–suicide in Liège, Belgium, kills six and wounds 125 people at a Christmas market.
2014Landslides caused by heavy rain in Java, Indonesia, kill at least 56 people.
(28)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;ハインリヒ・ハイネ(1797)、クルト・ユルゲンス(1915)、 小倉昌男 (1924)、仲代達矢 (1932)、浅田次郎 (1951)。

                   インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)

(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。
   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編 集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 
只今、 5929編です。 

2015年12月13日(日)掲載分
昨日12月12日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月13日のできごと」のなかで、ヨシダが関心を強くするのは、「(3)1636年 - マサチューセッツ湾植民地がインディアンから植民地を守るため民兵を設置。州兵の起源」、「(15)1959年 - 『兼高かおる世界の旅』 が放送開始。1990年まで30年10か月の長寿番組に」です。(3)に関しては「州兵」の起源がインデアンから植民地を守るための「民兵」にあるという ことです。ヨシダの認識不足を恥じずに、の弁です。日本で言えば「県単位の軍隊」となることから、そういった形の軍隊の必要性に疑念を抱いたもの。植民地 政策時代はインディアンが先住民。略奪殺戮の横行したお国柄だけに・・・と、納得って感じです★(15)の「兼高かおる世界の旅」はヨシダがその主人公の 兼高さんの素晴らしさに魅入ったもの。エキゾッチックな容貌で、独特の魅力的な語り草!特に語尾をはっきりと発音されたのが印象的でした。30年間も続い た超長期番組。ヨシダが28歳の独身時代から、60歳前という超長期番組。波乱万丈のヨシダ人生だっただけに、鑑賞した想い出は僅かの回数だったことを惜 しみます★82歳になった現在でも世界各国を飛び回っているそうで、その理由は、時々刻々と変化する世界の情勢は常にじかに見なければならないということ からとか。現在でも独身で、「結婚することがわからない」とか・・・。世の男性を相手でなく、なにか、別世界の異邦人みたいなずば抜けた逸材人物ゆえのあ の言葉かな、とはヨシダの浅はかな想像です(笑)。

 「No.5928:悪い上司毎日新聞「発信箱」2015.121.13.(11日付)論説委員・福本容子)」の筆者・福本容子さんの大ファンのヨシダです!滅多にお出ましされないほど超ご多忙人間です。前回の同氏記事を添付してご参考に供します。No.5758:矢と的毎日新聞「発信箱」2015.10.2.福本容子・論説委員)」がそれです。イイもんですよね~!似た考え、共通した人生観を抱く人との出会いは・・・。(12:25)
 ふと、気付くこと。「No.5929:師走の時代劇と言えば「忠臣蔵」だ。江戸城松の廊下で刃傷事件を起こした赤穂藩主…(岩手日報「風土記」2015.12.13.)」を編集中に気付いたのですが、明日の14日は「義士の討ち入り」。すでに12月14日のできごと編 集を終了しているのですが、この義士の討ち入りが抜け落ちていることに気付きました!そう言えば、同日本語版は1542年の西欧のできごとに始まり、一気 に飛んで1891年のアメリカのできごとになっているのです。日本語版で日本人の看板みたいな「義士の討ち入り」が掲載されていないとは!デス。グーグル の日本語版編集担当者のミスとしか考えられない「出来事」です。ま、そんなことから、本編集者の責任において、明日のできごとに「追記」し、格好の「別件 できごと」として再編集します。(14:55)
 ・・・ひゃ~!とんでもない思い違いに気付きました!「義士の討ち入り」の「できごと」のこと。12月14日は元禄15年のそれでした。現代は西暦が常識のなかで、「本日は元禄時代に換算して・・・」という注釈が必要です。「(西暦)1月30日のできごと」には、「1703年元禄15年12月14日)- 大石良雄旧赤穂藩士47人が吉良義央邸に討ち入り。(赤穂事件)」と。なんとも茶番劇的でお恥ずかしい・・・のひと言に尽きます。今後は「昔の日本のできごと」掲載の折には「要注意!」とします。(15:50)
 ・・・どうやら、本日の取材はこの辺りでオワリとして、「12月15日のできごと」の編集に傾注したほうが良さそうです。・・・ああ、疲れた・・・と言っても気分的に、です。本日の予期せぬ茶番劇のオワリとします(笑)。(16:00)

No.5929
師走の時代劇と言えば「忠臣蔵」だ。江戸城松の廊下で刃傷事件を起こした赤穂藩主…
岩手日報「風土記」2015.12.13.

ヨシダブログ:経 営者の立場で読むこの記事は、主君(社長)が決断を迫られる事件に出会った時の役員ら幹部社員の態度です。就業時間が済んだからさっさと帰宅するのか、社 長からなにか相談を受けたら助言の一つでも・・・という態度とオーバーラップする内容と受けとめられるでしょう▼ふと、末尾の「・・・翌年12月14日 夜、吉良上野介邸へお討ち入りにつながる」でオヤ?っと思うこと。すでに「12月14日のできごと」編集を終えた現在で、その「討ち入りのできごと」が載っていないことに気付きました。明らかにグーグル日本語版編集担当者のミスと考えられます▼といった突発的なことが起きたことから、本ブログはこれにて打ち止めして、先に進みますのでご容赦のほど。写真17枚添付ファイル
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No.5928
悪い上司
毎日新聞「発信箱」2015.121.13.(11日付)論説委員・福本容子

ヨシダブログ:久々にヨシダが尊敬してやまない福田容子さんのお出まし~!彼女のバツグンの経営者的な洞察力や発言に深い尊敬の念を抱いている者で~す!ちなみに、前回の本コラムで取り上げたのは、「No.5758:矢と的毎日新聞「発信箱」2015.10.2.福本容子・論説委員)」 でした。滅多に本紙にお出ましにならないご人物だけに、心待ちにしているヨシダでした▼経営者人生を通算60余年を送ったヨシダだけに、この種の記事には 殊のほか興味を抱きます▼手前ミソですが、離日直前までの16年間をクライアント契約してドライバー教育に応分の成果を果たしたヨシダですが、現在に至る も、毎月ドライバー社員向けのメッセージを送ってお役に立たさせていただいています▼新年号のそれの一節に添えた文章を此処に添付してご参考に供します。 40年も前の内閣総理大臣賞受賞作品「運転が 示すあなたの お人柄」 をキーワードにしたものでして、「人柄」を強調しました。「人柄とは、その人に備わっている性質や品格です。人間の社会的評価の最大最高の判断基準である でしょう・・・ドライバーの場合は、運転マナーの良さというちょっとした仕草や心掛けや手法でそれを万人に示すことができます。経営者の場合は、能力あっ ても誰もついてついてこない人柄では大したことはありません。魅力的な経営者には有能な人材が集まって大事が成し遂げられるのです。「出戻り組」はその証 ですらあります・・・」と、クライアント労使にエールをおくる新年メッセージを送ったところです。他人の飯を食って、はじめて前の経営者魅力を自覚する、 という図式がそれです。写真5枚添付ファイル
 Photo of Brian McCormick          「northern illinois university」の画像検索結果     「毎日新聞論説委員・福本容子」の画像検索結果「福本容子著書」の画像検索結果      「毎日新聞論説委員・福本容子」の画像検索結果
 昨日12日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日13日の第一記事掲載(12:15)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。                 

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を 
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月13日(日)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co