吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳1か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 


 この国フィリピンを終の棲家と定めて住み着いたのは2009年2月1日でした。

 数年間の自立単身生活を経て、ある縁を得て、現在ではフィリピン家族と共同生活を送っています。題して「相互扶助精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見をかれらにしてもらうかわりに、皆さんには貧困から脱却してもらってお互いに幸せになりましょうという相互扶助の共同生活です。 

 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳からある動機を得て始め て現在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通 算8年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。

 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月のこと。題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧くださいませんか?「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と自我自賛しています(笑)。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年12月12日(土)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
 

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った12月12日の「できごと」 
                          December 12, Events(英語版) 
                            「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  8「グリエルモ・マルコーニ」の画像検索結果  「グリエルモ・マルコーニ」の画像検索結果     「グリエルモ・マルコーニ」の画像検索結果  「グリエルモ・マルコーニ」の画像検索結果「Guglielmo Marconi」の画像検索結果   「グリエルモ・マルコーニ」の画像検索結果
「Guglielmo Marconi radio between england and canada」の画像検索結果「Guglielmo Marconi radio between england and canada」の画像検索結果     「Guglielmo Marconi radio between england and canada」の画像検索結果 「Guglielmo Marconi radio between england and canada」の画像検索結果 「イギリス・カナダ間の大西洋横断無線通信」の画像検索結果
                            48「Edvard Munch」の画像検索結果「小津安二郎」の画像検索結果「フランク・シナトラ」の画像検索結果 「舟木一夫」の画像検索結果 「中村梅雀」の画像検索結果
(1)316年建興4年11月12日) - 西晋が滅亡する。
627Battle of Nineveh: A Byzantine army under Emperor Heraclius defeats Emperor Khosrau II's Persian forces, commanded by General Rhahzadh.
(2)1098年 - 第1回十字軍: マアッラ攻囲戦が終結。
1388Mary of Enghien sells the lordship of Argos and Nauplia to the Republic of Venice.
(3)1408年 - ハンガリー王ジギスムントドラゴン騎士団を設立。
(4)1781年 - アメリカ独立戦争: ウェサン島の海戦
(5)1787年 - ペンシルベニア州アメリカ合衆国憲法を承認し、アメリカ合衆国2番目の州となる。
(6)1847年 - ドイツの電機機器メーカーシーメンスベルリンで設立される。
1862American Civil War: USS Cairo sinks on the Yazoo River, becoming the first armored ship to be sunk by an electrically detonated mine.
1870Joseph H. Rainey of South Carolina becomes the second black U.S. congressman, the first being Hiram Revels.
(7)1870年明治3年閏10月20日) - 官設鉄道(国鉄の前身)の建設母体が「民部省鉄道掛」から「工部省鉄道掛」へと改組。
1897Belo Horizonte, the first planned city in Brazil, is founded.
(8)1901年 - マルコーニイギリスカナダ間の大西洋横断無線通信を成功させる。
(9)1908年 - 北原白秋木下杢太郎らが青年文芸・美術家の懇談会「パンの会」を結成。
(10)1911年 - イギリス支配下のインド帝国コルカタ(カルカッタ)からニューデリー遷都
・1911 – King George V of the United Kingdom and Mary of Teck are enthroned as Emperor and Empress of India.
(11)1913年 - 1911年ルーヴル美術館から盗まれて以来行方不明になっていた『モナ・リザ』がフィレンツェで発見される。
(12)1915年 - 中華民国大総統袁世凱皇帝に即位、元号洪憲とし、国号は中華帝国に改称。
(13)1916年 - 第一次世界大戦: ドイツがアメリカに連合国との和平交渉の意志を伝達。
1917 – In Nebraska, Father Edward J. Flanagan founds Boys Town as a farm village for wayward boys.
1918 – The Flag of Estonia is raised atop the Pikk Hermann for the first time.
(14)1925年 - イランの議会レザー・パフラヴィーの皇帝即位を議決。
1935Lebensborn Project, a Nazi reproduction program, is founded by Heinrich Himmler.
(15)1936年 - 張学良楊虎城配下の部隊が西安滞在中の蒋介石を拘束、国共合作抗日を要求。(西安事件
(16)1937年 - 日中戦争:南京攻略戦日本海軍機が、米太平洋艦隊「パナイ」英海軍「レディーバード」を中国側の艦船と誤認して攻撃。「パナイ」は沈没、「レディーバード」も損害を被った。(パナイ号事件
(17)1939年 - 北海道猿払村沖でソ連の貨客船「インディギルカ号」が座礁・沈没。700人以上が死亡。
1939Winter War: Battle of Tolvajärvi: Finnish forces defeat those of the Soviet Union in their first major victory of the conflict.
・1939 –
HMS Duchess sinks after a collision with HMS Barham off the coast of Scotland with the loss of 124 men.
1940World War II: Approximately 70 people are killed in the Marples Hotel, Fitzalan Square, Sheffield, as a result of a German air raid.
1941 – World War II: Fifty-four Japanese A6M Zero fighters raid Batangas Field, Philippines. Jesús Villamor and four Filipino fighter pilots fend them off; César Basa is killed.
・1941 – World War II:
USMC F4F "Wildcats" sink the first 4 major Japanese ships off Wake Island.
・1941 –
Adolf Hitler declares the imminent extermination of the Jews at a meeting in the Reich Chancellery.
(18)1941年 - 第二次世界大戦: イギリスブルガリアハンガリールーマニアに宣戦布告。インド日本に宣戦布告。
(19)1941年 - 第二次世界大戦: 支那事変(日中戦争)からの一連の戦争を総称して「大東亜戦争」と呼ぶとする閣議決定が発表。
(20)1942年 - 第二次世界大戦・独ソ戦: 冬の嵐作戦開始。
・ 1942 – A fire in a hostel in St. John's, Newfoundland, kills 100 people.
(21)1945年 - GHQが、『忠臣蔵』などの仇討ち心中物の芝居の上演禁止を指令。
1946 – A fire at a New York City ice plant spreads to a nearby tenement, killing 37 people.
(22)1947年 - 児童福祉法公布。
1948Malayan Emergency: Batang Kali massacre: Fourteen members of the Scots Guards stationed in Malaya allegedly massacre 24 unarmed civilians and set fire to the village.
1950Paula Ackerman, the first woman appointed to perform rabbinical functions in the United States, leads the congregation in her first services.
1956 – Beginning of the Irish Republican Army's "Border Campaign".
(23)1956年 - 日本国連加盟が安保理の全会一致で決定。
(24)1958年 - ギニアが国連に加盟。
(25)1961年 - 世界初のアマチュア衛星オスカー1号打ち上げ。
(26)1961年 - 旧日本軍将校らによるクーデター計画が発覚。(三無事件
(27)1963年 - ケニアイギリスから独立。
(28)1964年 - ケニア首相ジョモ・ケニヤッタが初代大統領に就任。
(29)1966年 - 中央本線初の特急列車、「あずさ」デビュー。
1969Years of Lead: Piazza Fontana bombing: The offices of Banca Nazionale dell'Agricoltura in Piazza Fontana, Milan, are bombed.
(30)1971年 - 興亜観音・殉国七士之碑爆破事件起こる。
(31)1973年 - 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決。
(32)1979年 - 韓国粛軍クーデター全斗煥少将が軍の実権を掌握。
(33)1979年 - ローデシア問題: 1965年に一方的にイギリスからの独立を宣言したジンバブエ・ローデシアがイギリス植民地に復帰。
(34)1979年 - 国鉄宮崎実験線超電導リニアが504km/hを達成。初めて500km/hを超える。
・1979 – President of Pakistan Muhammad Zia-ul-Haq confers Nishan-e-Imtiaz on Nobel laureate Dr Abdus Salam.
・1979 – The unrecognised state of
Zimbabwe-Rhodesia returns to British control and resumes using the name Southern Rhodesia.
(35)1980年 - 日本の自動車生産台数が1100万台突破。アメリカを抜き世界一となる。
1983 – The Australian Labor government led by Prime Minister Bob Hawke and Treasurer Paul Keating floats the Australian dollar.
(36)1984年 - マーウイヤ・ウルド・シディ・アハメド・タヤモーリタニアの国家元首になる。
1985Arrow Air Flight 1285, a McDonnell Douglas DC-8, crashes after takeoff in Gander, Newfoundland, killing all 256 people on board, including 236 members of the United States Army's 101st Airborne Division.
1988 – The Clapham Junction rail crash kills thirty-five and injures hundreds after two collisions of three commuter trains—one of the worst train crashes in the United Kingdom.
(37)1988年 - 岩波書店絵本ちびくろサンボ』を絶版とする。
1991 – The Russian Federation gains independence from the USSR.
(38)1994年 - オウム真理教による会社員VX殺害事件(被害者は12月22日に死亡)。
(39)1996年 - イラクフセイン大統領長男ウダイ暗殺未遂事件起こる。
(40)2000年 - 米大統領選フロリダ州での票の集計をめぐる訴訟(ブッシュ対ゴア事件)で、連邦最高裁が票の再集計を禁止する判決を出し、ジョージ・W・ブッシュの当選が確定。
(41)2000年 - 都営地下鉄大江戸線が全線開通。
2001Prime Minister of Vietnam Phan Văn Khải announces the decision on upgrading Phong Nha–Kẻ Bàng to the Phong Nha-Kẻ Bàng National Park, providing information on projects for the conservation and development of the park and revised maps.
(42)2002年 - ウィキペディアの姉妹プロジェクトウィクショナリーが活動開始。
(43)2003年 - ポール・マーティンが第21代カナダ首相に就任。
(44)2004年 - ソニー・コンピュータエンタテインメントPlayStation Portableを日本で発売。
(45)2006年 - ニコニコ動画がプレサービスを開始。
(46)2011年 - 日本の情報収集衛星「レーダー3号機」を搭載したH2Aロケットが種子島宇宙センターから打ち上げられる。
(47)2012年 - 北朝鮮が人工衛星と称した弾道ミサイルを打ち上げる。
2012North Korea successfully launches its first satellite, Kwangmyŏngsŏng-3 Unit 2, using an Unha-3 carrier rocket.
・2012 –
12-12-12: The Concert for Sandy Relief took place at Madison Square Garden and was broadcast on 20 international television networks to raise money for the victims of Hurricane Sandy.
(48)ヨシダが選んだ著名人の誕生日;エドヴァルド・ムンク(1863)、小津安二郎(1908)、フランク・シナトラ  (1915)、 舟木一夫(1944)、 中村梅雀  (1955)、
 

                    インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、 掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5927編です。 

2015年12月12日(土)掲載分
昨日12月11日最終のトップページ
編集者のダイアリー・コナー

 本日「12月12日のできごと」のなかで、ヨシダが特記してみたいことは、「(8)1901年 - マルコーニイギリスカナダ間の大西洋横断無線通信を成功させる」です。ほかでもありません、この種の出来事に接する毎に関心を抱くのは、その同時代の母国日本(人)はどの程度の文化水準だっただろうか・・・といった好奇心。当時の日本は「明治34年」で「正岡子規「墨汁一滴」、連載開始」、「福沢諭吉死去(享年68歳)」、「官営八幡製鉄所、第一高炉火入れ」、「東京の日本女子大学開校式」、「第一次桂太郎内閣成立」、「日本電報通信社、東京に創立」・・・と。最後の「日本電報通信社創立」が本件できごとのマルコーニーの無線通信に近いできごとで、日米の科学技術格差を痛感します★久々に「できごと添付写真」が少ない今日この日のできごとです。
  本日12月12日は語呂あわせで「イッチ、二、イッチ、二」の掛け声みたい。ヨシダは足が不自由だったことから、小さい時からびっこで歩く時には、その掛 け声を胸の中で自身に向けて励ましの発信をしたのを憶えます★「1212」と言えばもう一つの想い出。30歳余で自家用車を使い始めた立場にあって、トヨ ペット・セドリックと2台の中古乗用車を乗りつぶして手に入れたのが新車の三菱デボネアでした。その車番号が「1212」でした。「仏教が日本に伝来した のが西暦1212年」と当時、記憶したものでした★蛇足のブログですが、その後は左ハンドルの西独オペル新車3台、米車フォードトーラスと、一時期、2台 のガイシャを利用し、最後は当時同棲していた女性の娘が結婚したのを機に、彼女のゴルフ車を引き継いだのが日本でのヨシダのクルマ歴★おっと、左ハンドル の選択肢は労組委員長の進言もあっての安全面でのこと。左側通行で左ハンドルは「乗り降りが安全便利」ということからでした★当地フィリピンでは米車シボ レーでしたが、交通被害事故に遭遇したのを機に、運転免許を返納しました。良きタイミングであり良き決断だったとは現在のヨシダン心境です。
 「No.5925なぜ若者たちは過激思想に走るのか毎日新聞2015.12.12.(11日付))」のヨシダブログではしませんでしたが、戦時中の神風特攻隊精神にも、ある意味で(解釈の仕方で)通じ得るものがあるのではないかとすら頭をかすめるのですが・・・。(11:10)
 一気に2編を編集しました。「No.5926:「人間は死に依(よ)って完成せられる。生きているうちは、みんな未完成だ」。太宰治…東奥日報「天地人」2015.12.12.)」、「No.5927:寄付文化佐賀新聞「有明抄」2015.12.12.章)」がそれですが、編集しながら痛切に思うことは、その分、ヨシダの勉強機会になっているということです。学ぶに過ぎた老いはなし、と痛感します。(13:40)

No.5927
寄付文化
佐賀新聞「有明抄」2015.12.12.章

ヨシダブログ:いやはや、恐れ入るべきアメリカ人の社会奉仕精神!マイクロソフトのビルゲイツさんといい、ファイスブックのザッカーバーグさんといい・・・。絶句で後の言葉も出てこない感じです。「ア メリカ大陸という新天地を開拓した人々は団結し互いに助け合うことが生きるために不可欠だった・・・」に対する日本の場合は、と考え込みます。農耕民族が 先にあり。後から支配者になった殿様に「巻き上げられる」という概念は日本の伝統的思想(?)▼ふと、ヨシダが小さくなりそうなものを持っていることを開 示します。多くの執筆件数があるなかで、ひと昔は2011年8月に書いてサイトに掲載しているものがそれです。題して「ファイブックやツィターは自己妄想者を生んでいる」 がそれですが、万一、そうであるとしても、それはその機器の使い方次第であって、発明者の本意とは異質のものであり結果と解して発明者にエールをおくりま す。それにしても、アメリカ人(魂)って、ドダイ、スケールの異なる、日本人には真似のできない社会奉仕精神です。アメリカン・ヒューマニズムに脱帽ある のみです。写真10枚添付ファイル
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                 「渡辺靖」の画像検索結果「渡辺靖著『沈まぬアメリ カ』)」の画像検索結果「渡辺 靖著書」の画像検索結果「渡辺 靖著書」の画像検索結果「渡辺 靖著書」の画像検索結果
No.5926
「人間は死に依(よ)って完成せられる。生きているうちは、みんな未完成だ」。太宰治…
東奥日報「天地人」2015.12.12.

ヨシダブログ:本 記事に登場する3人の人物・太宰治(享年38歳)、寺山修司(同47歳)、澤田教一(同34歳)の3人の有名人に3者3様の生き方人生と、亡くなられた状 況を垣間見ます。自死、病死、取材中の流れ弾死と▼ふと、我に戻ってのこと。人生は三段階に分けた経営者人生を応分の成果と評価を得て過ごした過去の人 生。現在のそれは、同居するフィリピン人家族の幸せを終の目的・生きがいとした、このウェブサイト・ブロギング生活。「自利から他利」を貫く人生第四毛作。神さまの御手に全てを委ねたわが人生。そんな生活環境の中でこんな調子で他人様の生き方を学びつつ、偲びつつの人生をささやかに楽しめる身を感謝する今日この頃の心境です。(写真12枚添付ファイル
    「太宰治」の画像検索結果「太宰治の小説「パンドラの匣(はこ)」」の画像検索結果「太宰治の小説「パンドラの匣(はこ)」」の画像検索結果    「太宰治の小説「パンドラの匣(はこ)」」の画像検索結果「寺山修司」の画像検索結果 「寺山修司の言葉展」の画像検索結果 「「寺山修司「懐かしのわが家」」の画像検索結果
     「寺山修司の言葉展」の画像検索結果「「寺山修司「懐かしのわが家」」の画像検索結果  「報道カメラマン澤田教一」の画像検索結果  「報道カメラマン澤田教一」の画像検索結果 「報道カメラマン澤田教一」の画像検索結果
No.5925
なぜ若者たちは過激思想に走るのか
毎日新聞2015.12.12.(11日付)

ヨシダブログ:本記事タイトル「なぜ若者たちは過激思想に走るのか」というシンプルであって、不可思議な問い掛けに連れられて取材しました▼世界を震撼とさせている「ジハート」をあらためて学ぶに、「ジ ハード(جهاد‎ jihād)は、イスラームにおいて信徒(ムスリム)の義務とされている行為のひとつ。 本来、「努力」「奮闘」の意味であり、ムスリムの主要な義務である五行に次いで「第六番目の行」といわれることがある。 日本では一般に「聖戦」と訳されることが多いが、厳密には正しくない(ウィキペディア)」▼ムスリムの主要な5行の義務をあらためてグーグルするに、「信仰告白(シャハーダ)、「アッラーフの他に神は無い。ムハンマドは神の使徒である。」と証言すること。礼拝(サラー)一日五回、キブラに向かって神に祈ること。喜捨(ザカート)収入の一部を困窮者に施すこと。断食(サウム) ラマダーン月の日中、飲食や性行為を慎むこと。巡礼(ハッジ)経済的・肉体的に可能であれば、ヒジュラ暦第十二月であるズー=ル=ヒッジャ月(巡礼月)の8日から10日の時期を中心に、マッカカアバ神殿に巡礼すること・・・」▼「アッラーフの 他に神は無い」と断定している教義だけに他宗教に対する寛容の精神や理解とはおおよそ縁遠いとみます。キリスト教がローマカトリックとプロテスタントに分 裂紛争の歴史(例:アイルランド併合時)があるも、現代では仲良くしています。でも、ムスリムは頑なに他宗教をいっさい認めないという点がある以上、紛争 は絶え間がないでしょう。「アッラーフの他に神は無い」ですから、争いは永遠に続くと覚悟が避けられません▼ちなみに、「アッラーフの他に神は無い」と断 定するジハード。その「アッラーフ」は宇宙の神さまを称して「ヤハウェ」とか。日本の「八幡神社」の「八幡」も「ヤハウェ」に通じるとか・・・。そうです よね~、宇宙の創造主は一人の神さま。人類はそれぞれが異なる角度からの信仰からそれぞれの解釈をもってその唯一神像を構築していった、その結果が現代の 多宗教の存在と自己主張・・・となるのだろうな・・・がヨシダのブログです。更に突っ込んで言えば、宗教をベースにした人間集団が生まれれば必然的に生じ るのが勢力争い・・・という図式。人類のどうしょうもない「集合体意識とその勢力拡大本能(?)」・・・?愚かなる者、それは人類なり・・・。トホホ。
 昨日11日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日12日の第一記事掲載(11:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

                「末尾の特別情報お知らせコーナー」
 このコラムは日々の執筆生活の中で、これはと思いついたことをタイトルを付して書き留めたものです。ウェブサイトトップ面の末尾の箇所に掲載するものでして、時おり変更しています。数多いヨシダブログですが、まとまった所信の一端といった感じで位置づけています。

             「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を 
 80歳を過ぎたわが身だけに、こんな偉そうな(?)テーマの考えを披瀝するのは、それなりに、相応しい(?)かつ、資格(?)を持っていると自負してもイイでしょう(笑)。
  人生60年時代のこと。50歳そこそこで定年を迎えていた当時では、残りの10年を、永年の夢であった、「定年後は夫婦で世界一周旅行を!」を実現して、 ハイ、サヨナラ・・・ってな生き方が理想的な(?)「余生」の過ごし方であったでしょう。自分中心の残りの人生を過ごすのを「余生を過ごす、生き る・・・」です。
 ところが、人生80年時代ともなれば、そうはいきません。定年が60歳から65歳、さらに70歳になっても、人生80年では残 りの人生は10年から20年とかなりのスパンです。昔の人生60年時代における「現役人生」のなんと、三分の一にも及ぶ長さの「余生」です。20 年間も「余生を楽しむ」という雰囲気や気持ちには到底なれません。趣味や遊びもホン目の仕事を持っているからその余暇を利用して・・・というのが趣味たる 所以。それが本業みたいに、それしかすることがない・・・となると厄介です。さて次は何をしたらイイのだろうか?・・・と、自問自答するケースもあるで しょう。
 手前ミソで恐縮ですが、かくいうヨシダは満60歳を過ぎて、お家の都合(家内側から発したお家騒動)で離婚を余儀なくしました が、定年で年金生活に甘んじられる・・・といった心境には程遠いものがありました。その一方で、正直な話、見ておれ!ってな反骨精神は旺盛でした。定年年 齢だから「ヨシダさんは余生を過ごす身だ」とは見られないというのが当事者のホンネ。意地でも何かをしてみせるってな根性もありました。 
  そこで、「人生第三毛作」の始まり!とばかりに設立したマヴァリック(一匹狼)の経営コンサルタント会社(資本金1千万円也)がありました。これからがオ レ様の人生の本番だ、とばかりの勢いこみって感じでした。経営コンサルタントはクライアントの経営者のお手伝い。直接の経営コンサルでなくとも、間接的な 分野の出番はいくらでもあるって感じ。ヨシダの場合は職業運転手の教育のお手伝いを主流としたものです。その最たるものが拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の出版でした。
  コンサルタント仕事の一環に捉えたのが、厚生労働省所管の資格制度で「健康・生きがいづくりアドバイザ-」というのがありました。早くにその資格を取得し たのですが、概して感じたことは、応募者の殆どが大手企業の管理職経験者の退職者とみました。現役時代には「○○部長・課長」と呼ばれて威張れる立場 (?)にあったセクト人たちが圧倒的でした。定年後でもセンセイと呼ばれたい、といった自己顕示欲でもそれはあるでしょう。
 そのような 現役時代を卒業した方々は概して定年後でも何かリーダシップを発揮して何かをしたいという願望は大きなものがあります。そこで目につけたのがうな定年後に 何か「公的資格」を取得して何かをすれば自身の達成感に繋がるし・・・といったところ。概してそういった動機がこの資格取得に駆り立てたと分析します。 ま、イイ意味での目立ちたりが屋でもあるでしょう。
 ともあれ、ここにきて言えることは、折角の与えられた生命であり人生。とすれば、死ぬまで何かをして過ごす、過ごしたい・・・と願うのは正常人の願望です。
 若い頃からのヨシダの人生観でしたが、長い人生を「区切り意識」をしながら生きることを常としていました。もっとも、その背景には、「運命に翻弄され る」と言ったらヘンかもしれませんが、自分自身の計画や意図とは別の次元でわが身に迫る変化に対する解釈と対応です。
  その最たるものが、「人生第一、第二、第三、第四毛作」と位置づけることを意識しています。ことほど左様に、紆余曲折の多い、変動の激しい人生を歩み歩ん できている・・・というのが、ヨシダの偽らない心境です。しかし、こうした人生論はあくまで主観的なものでして、それとは別に人生のあり方に関する考え方 を自覚します。
 すなわちそれは、自分自身のための人生という狭隘な 人生観から脱皮して、ここは一番、世のため、人のために役立つ生涯を・・・という欲張り人生観、「死生観」でもあります。そうした願望がヨシダオリジナル のキーワードを構築しました。称して、「同じ人生なら、余生を卒業して、世のため人のためになる人生を」⇒「余生から与生、さらには世生を!」と、相成っ た次第です。
 アイディアマンのヨシダが自信をもって言えること。それはその最終章である「与生・世生」の生き方選択肢足り得るのが現在 の「自称:相互信頼精神に基づく運命共同体生活」がそれ。共同生活するフィリピン人2家族(1ダース)をして「貧困から脱却」さしつつ、ヨシダの終の棲家 フィリピン生活を全うすること・・・に尽きます。
 ふと、好奇心旺盛なヨシダ。グーグルで<「余生」から「与生」へ、さらに「世生」への人生を」>をクリックして検索したらビックリ仰天!トップに踊り出たのがヨシダ著「日本人は世界一長寿民族 高齢社会の「生き方文化」を世界へ発信しよう」ではありませんか!? 2009年10月5日著で英語版もクリックすると出てきます。これには当のご本人もビックリ仰天!16年も前のこと。こうしてジャンジャン(?)書くネタをもつヨシダの側面を自身が垣間見る瞬間でもありました。ニ ンマリすることは、自編集のこの素人ウェブサイト編集ではあるものの、「中身」ではゼッタイに負けんぞ~!と自負するヨシダ編集長(!?)。末尾のこの コラムのこのネタは格好の長期間(or常設)のモノにしてもオカシクないぞ~!ってな心境です(笑)。前述したように、本コラムだけで一冊の本足り得る ぞ~!といった心境にご満悦です。
 なお、蛇足の弁になるですが、この思想の延長線上に位置すると自負するのが「自利から他利」の精神です。抜け目なく、それを別項として編集して、この位置の掲載コラムの一つとしています。

                        Miss Earth Philippines 2015, Angelia Ong さんです!
     Miss Earth Philippines 2015 winner Angelia Ong poses to the photographers during the send off ceremony  in a hotel in Pasay City. Ong will be compete in the Miss Earth 2015 at Marx Halle in Vienna Austria on December 5,2015 (Photo courtesy of Ali Vicoy)「Angelia Ong」の画像検索結果「Angelia Ong」の画像検索結果
                  (Manila Times & Manila Bulletin より)

 末尾にお愛嬌の写真をお楽しみくださいませんか?題して「フィリピンの人たちは『自己防衛精神』はバツグン!」です。当初のヨシダの反応は「オー!マイ・ゴッド!」でしたが、今ではこの国の人たちの逞しさと受けとめ、ユーモラスに感じます。
                                     
                              
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年12月12日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
            
             (満84歳1ヶ月)  

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co