吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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(写真左・中は2011年3月は東日本大震災直前のもの、右はパスポート更新で2014年9月10日に撮影したものです。数年前より現在のほうが若く見える、とは周辺の人たちの弁です。直近のものは「ステテコ&半そで」姿なので遠慮します。)                                  
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳0か月 
 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
  生後10ヶ月でポリオに罹り、広島原爆で九死に一生を得るも、被爆翌年に義兄が経営する製材所の助っ人で作業中に労災事故死した父に代って一家を支えるべ く 技術屋人生を選択し、定時制高校に通いながら日夜励みました。得意の英語を駆使して米国から新技術を導入したり発明品の商品化等々で14年間の華々しい青 春時代を謳歌。公費で米国業界視察留学という話が飛び出したものの、妻(当時)の養父の急死で已むなくその小規模運送会社経営を継承。
 まがり なりにも32年間で「7社グループ総合物流商社体制」を確立。自称・人生第二毛作を演じました。運輸大臣表彰(現・国土交通省)受賞をひと区切り に、同族企業でありがちのお家騒動を体験。離婚を契機にマヴァリック(一匹狼)のコンサルタント会社を設立して16年間、離日直前まで楽しく活動しまし た。執筆活動 の原点でもありました。自称・人生第三毛作を演じました。
 期するものを得て、此処フィリピンの地を終の棲家と定めて 2009年2月に移住。これからが最終章のわが人生第四毛作と位置づけています。自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で心置きなくフィリピン人2 家族と共同生活をもって人生最終章(四毛作)を演 じつつあるところです。かれらを「貧困から脱却」させつつ、ヨシダの終生面倒見を期待するという仕組みです。でも、ちょっと真似の出来ない生き方と自負し ます。

              Since 10th March, 2001
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手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com

                                     English               
     
            2015年11月8日(日)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
                     「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果          「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果 「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月8日の「できごと」 
                          November 8, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
  3「白山の戦い」の画像検索結果「白山の戦い」の画像検索結果 「白山の戦い」の画像検索結果    「白山の戦い」の画像検索結果    「白山の戦い」の画像検索結果   「ハプスブルク家」の画像検索結果   「ハプスブルク家」の画像検索結果「カトリック対プロテスタント」の画像検索結果
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  「Yolanda」の画像検索結果    「Yolanda」の画像検索結果     「Yolanda」の画像検索結果    「Yolanda」の画像検索結果 「Yolanda」の画像検索結果    「Yolanda」の画像検索結果  「Yolanda」の画像検索結果
960Battle of Andrassos: Byzantines under Leo Phokas the Younger score a crushing victory over the Hamdanid Emir of Aleppo, Sayf al-Dawla.
1278Trần Thánh Tông, the second emperor of the Trần dynasty, decides to pass the throne to his crown prince Trần Khâm and take up the post of Retired Emperor.
(1)1519年 - スペインの探検家エルナン・コルテスアステカ帝国の首都テノチティトランに進軍。メキシコ征服を開始。
(2)1520年 - ストックホルムの血浴スウェーデンカルマル同盟からの独立運動を鎮圧した国王クリスチャン2世が、スウェーデン人の反乱指導者ら100名以上を捕え、翌日処刑。
1576Eighty Years' War: Pacification of Ghent – The States General of the Netherlands meet and unite to oppose Spanish occupation.
1602 – The Bodleian Library at the University of Oxford is opened to the public.
1605Robert Catesby, ringleader of the Gunpowder Plotters, is killed.
1614 – Japanese daimyo Dom Justo Takayama is exiled to the Philippines by shogun Tokugawa Ieyasu for being Christian.
(3)1620年 - 三十年戦争: 白山の戦い
1644 – The Shunzhi Emperor, the third emperor of the Qing dynasty, is enthroned in Beijing after the collapse of the Ming dynasty as the first Qing emperor to rule over China.
(4)1745年 - ジャコバイト蜂起: 若僭王チャールズスコットランドからイングランドに侵攻。(カロデンの戦いの前哨戦)
1837Mary Lyon founds Mount Holyoke Female Seminary, which later becomes Mount Holyoke College.
(5)1861年 - 南北戦争: トレント号事件起こる。
(6)1864年 - 北部の24州のみで1864年アメリカ合衆国大統領選挙の投票が行われ、エイブラハム・リンカーンが再選。
(7)1889年 - モンタナ準州が州に昇格し、アメリカ合衆国41番目の州・モンタナ州となる。
(8)1892年 - 1892年アメリカ合衆国大統領選挙投票が行われ、前職のグロバー・クリーブランドが現職のベンジャミン・ハリソンを破って返り咲きを果たす。
1892 – The New Orleans general strike begins, uniting black and white American trade unionists in a successful four-day general strike action for the first time.
(9)1895年 - ヴィルヘルム・レントゲンX線を発見。
(10)1895年 - 三国干渉: 日本と清との間で「遼東半島還付条約」に調印。
(11)1896年 - 神宮司庁蔵版『古事類苑』の刊行開始。
(12)1898年 - 日本で山縣有朋が第9代内閣総理大臣に就任し、第2次山縣内閣が発足。
1898 – The Wilmington Insurrection of 1898, the only instance of an attempted coup d'état in American history.
1901 – Bloody clashes take place in Athens following the translation of the Gospels into demotic Greek.
1917 – The People's Commissars give authority to Vladimir Lenin, Leon Trotsky, and Joseph Stalin.
(13)1923年 - ミュンヘンビアホール「ビュルガーブロイケラー」でアドルフ・ヒトラー率いるナチス一派がバイエルン首脳部を拘束、ミュンヘン一揆が起こる。
(14)1932年 - 1932年アメリカ合衆国大統領選挙が行われ、フランクリン・ルーズベルトが現職のハーバート・フーヴァーを破って初当選。
(15)1933年 - アフガニスタン国王ムハンマド・ナーディル・シャーが暗殺され、ザーヒル・シャーが即位。
1933Great Depression: New Deal – US President Franklin D. Roosevelt unveils the Civil Works Administration, an organization designed to create jobs for more than 4 million unemployed.
1936Spanish Civil War: Francoist troops fail in their effort to capture Madrid, but begin the 3-year Siege of Madrid afterwards.
1937 – The Nazi exhibition Der ewige Jude ("The Eternal Jew") opens in Munich.
1939Venlo Incident: Two British agents of SIS are captured by the Germans.
(16)1939年 - 大日本映画協会設立。
(17)1939年 - ゲオルク・エルザーによるヒトラー暗殺未遂事件が起こる。
1940Greco-Italian War: The Italian invasion of Greece fails as outnumbered Greek units repulse the Italians in the Battle of Elaia–Kalamas.
(18)1942年 - 第二次世界大戦: トーチ作戦開始。
(19)1942年 - 第二次世界大戦: カサブランカ沖海戦
(20)1950年 - 朝鮮戦争: 米軍のジェット戦闘機F-80が北朝鮮軍のMiG-15を撃墜。史上初のジェット機戦。
(21)1956年 - 南極観測船宗谷」により、日本初の南極観測隊(南極地域観測予備隊)が南極に向けて東京港を出航。
(22)1957年 - パンアメリカン航空007便失踪事故
(23)1957年 - イギリスによる初めて成功した多段階熱核反応兵器実験。(グラップル X
(24)1960年 - 1960年アメリカ合衆国大統領選挙の投票が行われ、史上最年少となる43歳のジョン・F・ケネディリチャード・ニクソンを破って当選。
(25)1965年 - イギリス領インド洋地域が成立。
(26)1965年 - 『11PM』(日本テレビ系列)放送開始。
・1965 – The Murder (Abolition of Death Penalty) Act 1965 is given Royal Assent, formally abolishing the death penalty in the United Kingdom.
・1965 – The
173rd Airborne is ambushed by over 1,200 Viet Cong in Operation Hump during the Vietnam War, while the 1st Battalion, Royal Australian Regiment fight one of the first set-piece engagements of the war between Australian forces and the Viet Cong at the Battle of Gang Toi.
1966 – Former Massachusetts Attorney General Edward Brooke becomes the first African American elected to the United States Senate since Reconstruction.
・1966 – U.S. President
Lyndon B. Johnson signs into law an antitrust exemption allowing the National Football League to merge with the upstart American Football League.
1968 – The Vienna Convention on Road Traffic is signed to facilitate international road traffic and to increase road safety by standardising the uniform traffic rules among the signatories.
1972HBO launches its programming, with the broadcast of the 1971 movie Sometimes a Great Notion, starring Paul Newman and Henry Fonda.
1973 – The right ear of John Paul Getty III is delivered to a newspaper together with a ransom note, convincing his father to pay US$2.9 million.
1976 – A series of earthquakes spreads panic in the city of Thessaloniki, which is evacuated.
1977Manolis Andronikos, a Greek archaeologist and professor at the Aristotle University of Thessaloniki, discovers the tomb of Philip II of Macedon at Vergina.
1985Lloyd J. Old discovery of tumor necrosis factor (TNF), a key immune signaling molecule (cytokine) that, in addition to its promise for the treatment of cancer and other diseases.
1987Remembrance Day bombing: A Provisional IRA bomb explodes in Enniskillen, Northern Ireland during a ceremony honouring those who had died in wars involving British forces. Twelve people are killed and sixty-three wounded.
(27)1987年 - 岡本綾子LPGAツアーで初のアメリカ人以外の賞金女王となる。
(28)1988年 - 1988年アメリカ合衆国大統領選挙の投票が行われ、ジョージ・H・W・ブッシュが初当選。
(29)2000年 - ハーグ事件で国際手配になっていた日本赤軍最高幹部の重信房子が逮捕。
(302002年 - イラク戦争イラク武装解除問題: 国連安保理イラクの武装解除を求める安保理決議1441が採択。
(31)2004年 - イラク戦争・ファルージャの戦闘: 米軍によるファルージャ市街掃討作戦「新たな夜明け」が始まる。
(32)2004年 - 球団合併により誕生したオリックス・バファローズと、新規参入球団の東北楽天ゴールデンイーグルスによる、選手分配ドラフトが行われる。
(33)2007年 - 佐賀県で、暴力団の抗争に巻き込まれた入院患者が誤って射殺される。(佐賀入院患者射殺事件
(34)2011年 - オリンパスが1990年代からの約20年間に亘る損失隠しを発表し、巨額不正経理問題に発展(オリンパス事件)。副社長・森久志が解任される。
(35)2011年 - 23時28分 (UTC) に、直径400メートルの308635番小惑星2005 YU55が地球から32万5000キロメートルのところを通過。観測史上初めて、直径が100メートルを超える小惑星が月の軌道の内側に入り込んだ。
(36)2013年 - フィリピン平成25年台風第30号が上陸し、甚大な被害が出る。

                  インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5835件です。 
2015年11月8日(日)掲載分
昨日11月7日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

 本日「11月8日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(3)1620年 - 三十年戦争: 白山の戦い。」、「(36)2013年 - フィリピン平成25年台風第30号が上陸し、甚大な被害が出る。」です★前者「白山の戦い」は、ボヘミア(現在のチェコ共和国)の首都プラハ近郊の山、白山(チェコ語名ビーラー・ホラ Bílá hora)でのハプスブルク軍勢力とボヘミアのプロテスタント貴族との間で勃発した戦闘。 カトリック系の苛烈な戦後処理は、他のプロテスタント諸侯・諸国の反発を招き、反乱が30年にわたる国際戦争に発展する原因となったものと学びます。乏し い知識のヨシダが想像するに、所詮は、勢力拡大でより優位に立ちたい、より良い生活を得たい・・・という人間本能によるもの・・・とはヨシダ独自の思想。 人間の性(さが)に行きつきます★ひるがえって、ヨシダはプロテスタント。ヨシダが高校生時代の英語弁論大会優勝が縁でアメリカ人女性宣教師に出会ったの が縁でプロテスタントの洗礼を受けた身。終の棲家はカトリックのフィリピンと奇しき縁。でも違和感は皆無です★後者のフィリピンを襲った「台風第30号」 は当地・ラグーナ州では全く影響がなかったものの、現地は悲惨を極めました。当時のヨシダの印象は、被災地の被災者の人たちの表情に悲壮感が見られない、 という強烈なものでした。それを裏付けるのがヨシダがフィリピンに移住して間もなく書いた記事があります。「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語:2010.6.17)がそれですが、その英語版全文がフィリピンの英字新聞に掲載されました。Calabarzon Breaking News」がそれです。定期寄稿者に任命されたものの、経営陣の意見の差異が廃刊を招来しました。でも、くだんのウェブサイトは活きています。(00:05)
 「No.5835:西郷隆盛に学んだ庄内藩士たち 国際派日本人教養講座No.925 2015.11.8.)」をほぼ半日かけて編集しました。ハイ、ヨシダにとっては日本の歴史の貴重な1ページを学ばさせていただきました。本コラムの存在価値を噛みしめるこれは編集者の正直な胸の内です。(12:00)
 本日のコラム取材源を全て当たって最後にヒットしたのがマニラ・タイムズの写真記事!ヨシダの大好きな美人写真をトップサイトの末尾に追加掲載して、得意満面のヨシダ!だから老けないないのですよ!きょうの取材はこれでピリオッドにして、「11月9日のできごと」 編集に入ります。このところ、同コラムの先取り編集ができていません。編集用インタネット接続状況が米国本部の技術的な問題で不調だったためですが、ひと まず解決したようです。何やら本部が平素使わないIPアドレスを使ったことから生じたトラブルだったとか。(14:10)
 マニラ・タイムズ紙で拾った「美人コンテスト写真」を本サイト最下段に掲載しました。「性転換した女性」のコンテストで最大規模のも。女性より魅力的な男性???。でもフィリピン人は男性も女性も西欧的でイイ感じですョ!(17:25)
 先ほどから傍らのテレビCNNがロシアから追悼式の模様を厳かに放映しています。くぎ付け になるなかで、時おり振り向きながらキーを叩きます。大きな寺院での追悼式で、犠牲者家族に限定されたような人数構成。大きな寺院の鐘を白黒画面で写しな がら、そのコーナーに犠牲者223人の白黒写真が次々の出てくるシーンです。なんとも言えない感動的というか、厳かさにロシアの人々の高い文化性を感じま す。指揮者に合わせた低いトーンの賛美歌合唱も印象的です。合掌(19:00)
 



No.5835
西郷隆盛に学んだ庄内藩士たち
国際派日本人教養講座No.925 2015.11.8.
ヨシダブログ:本 日の日曜日午前中を西郷隆盛さんを中心にした歴史の1ページを学ばせていただきました。感動この上もありません。裏返せばその分、ヨシダは歴史に疎いこ とを意味しますが、神様は人間を公平に処してくださるものと心底痛感します。この歳にして、この国で・・・と▼それにしても痛感この上もない事実!本コラ ム編集を思い立ったヨシダの「先見の明(?)」の所産と自負しています。お笑いください。でも、学ぶことに遅かりしはないと痛感します▼「中見出し」は、 ■1.庄内の人々の西郷隆盛への敬慕、■2.庄内藩の人々を感動させた明治政府軍、■3.「この世に、そんな素晴らしい武士がいるのか」、■4.西郷の 涙、■5.「日本を再生するための“義”の戦い」、■6.「西洋は野蛮じゃ!」、■7.『後世への最大遺物』・・・と続きます。文面を追いながら当該人物 や資料を添付しつつ感動をもって学びました。(写真27枚添付ファイル
 「庄内藩」の画像検索結果「庄内藩」の画像検索結果 「庄内藩」の画像検索結果 「西郷隆盛と庄内藩」の画像検索結果「庄内藩」の画像検索結果「菅実秀」の画像検索結果「西郷隆盛」の画像検索結果「西郷隆盛正三位」の画像検索結果「西郷隆盛と庄内藩」の画像検索結果「明治天皇と西郷隆盛正三位」の画像検索結果  「『南洲翁遺訓』」の画像検索結果
「『南洲翁遺訓』」の画像検索結果 「「財団法人 庄内南洲会」」の画像検索結果 「「財団法人 庄内南洲会」」の画像検索結果   「薩摩藩邸」の画像検索結果  「薩摩藩邸」の画像検索結果  「薩摩藩邸」の画像検索結果  「薩摩藩邸」の画像検索結果 「戊辰戦争」の画像検索結果
   「戊辰戦争」の画像検索結果「黒田清隆」の画像検索結果 「松浦光修・皇學館大学教授」の画像検索結果「松浦光修『[新訳]南洲翁遺訓 西郷隆盛が遺した「敬天愛人」の教え」」の画像検索結果「内村鑑三」の画像検索結果「「高尚なる生涯」」の画像検索結果「内村鑑三は、『後世への最大遺物』と題した講演」の画像検索結果「内村鑑三」の画像検索結果
 昨日7日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日8日の第一記事掲載(11:40)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。


               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


             フィリピン人の「自己防衛精神」はバツグン!             
  フィリピンに来て真っ先に目に飛び込んできたことで、日本では全く想像することさえできない光景!ご覧のような「過積載(?)バイク」デス!当初はこんな 姿を見たら「オー・マイ・ゴッド!」ってな調子でしたが、見慣れるに従って違和感は失せました。逆に微笑ましさでニンマリって按配です。
 朝夕はこの「ベルエア・ヴィレッジ」(表と裏にガードマン付きの開閉バール出入り口がある住宅団地)の玄関先に車いすで出て、前のメイン通り(4車線)で クルマや人の往き来の「ウォッチング」を楽しみます。とりわけ、ショートパンツでスラッと伸びた美脚と魅力的なデッカイおヒップで颯爽と歩くフィリピナの姿等々を鑑賞するのはヨシダの趣味。そういった野外の雰囲気の中で思わず微笑みが出るほどの光景が下部に添付したようは「バイク相乗り光景」です。
 家中の者たちに尋ねてみることに、「幼児たちが落っこちて怪我したというのを見た り聞いたりしたことがあるかい?」と。異口同音に、NO!!!!と、明快な返事しかかえってきません。ホントか?と問い質すしまつ。
 幼児たちの乗る様をみるに、かれらの自己防衛精神はあっぱれのひと言に尽きます。バイクの何処かや運転するパパの胴回りをシカと捕まえているのです。「シッカリ持ちなさいよ」などの声すら聞きません。親子ともに「自己防衛精神&自己責任責任」は確か、とみます。
 「規制」の厳しい国(民)とそうでない国の「自己防衛意識」は大きな格差が生じるのは世の常。規則の有無をせいにして自己防衛精神を疎かにするのとはドエライ差異を痛感します。もっとも、家
長のアーネルが言うには、あるにはあるけど、警官と罰金を交渉をするとか。彼はバ ランガイ事務所の行政管理官であることからそういった実態は心得ています。でもジープ二ーのステップやトラックの荷台に乗っている者までは追求しないとかです。この微笑ましい(?)光景をお楽しみくだい。
                                     
                            

                                おわりにもう一つのフィリピン情報!
                  Another big news about Philippines Beauty!!
 
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Trixie Maristela of Philippines waves after being crowned Miss international Queen 2015 beauty contest in Pattaya, Thailand on Friday. Miss international Queen is the world’s largest beauty pageant for transgender(性転換) women. AFP Photo(The Manila Times, Sunday Nov. 8, 2015)
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 
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                       2015年11月8日(日)

                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                        
吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com