吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
(写真左・中は2011年3月は東日本大震災直前のもの、右はパスポート更新で2014年9月10日に撮影したものです。数年前より現在のほうが若く見える、とは周辺の人たちの弁です。直近のものは「ステテコ&半そで」姿なので遠慮します。)                                  
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳0か月 
 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
  生後10ヶ月でポリオに罹り、広島原爆で九死に一生を得るも、被爆翌年に義兄が経営する製材所の助っ人で作業中に労災事故死した父に代って一家を支えるべ く 技術屋人生を選択し、定時制高校に通いながら日夜励みました。得意の英語を駆使して米国から新技術を導入したり発明品の商品化等々で14年間の華々しい青 春時代を謳歌。公費で米国業界視察留学という話が飛び出したものの、妻(当時)の養父の急死で已むなくその小規模運送会社経営を継承。
 まがり なりにも32年間で「7社グループ総合物流商社体制」を確立。自称・人生第二毛作を演じました。運輸大臣表彰(現・国土交通省)受賞をひと区切り に、同族企業でありがちのお家騒動を体験。離婚を契機にマヴァリック(一匹狼)のコンサルタント会社を設立して16年間、離日直前まで楽しく活動しまし た。執筆活動 の原点でもありました。自称・人生第三毛作を演じました。
 期するものを得て、此処フィリピンの地を終の棲家と定めて 2009年2月に移住。これからが最終章のわが人生第四毛作と位置づけています。自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で心置きなくフィリピン人2 家族と共同生活をもって人生最終章(四毛作)を演 じつつあるところです。かれらを「貧困から脱却」させつつ、ヨシダの終生面倒見を期待するという仕組みです。でも、ちょっと真似の出来ない生き方と自負し ます。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com

                                     English               
     
            2015年11月4日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   
お詫び:一昨日からただ今、4日16:30頃まで編集用インタネット断絶が発生しました。ただ今、修復中ですのでご勘弁ください。冷や汗の数日でした・・・・。(16:50)
  

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
                     「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果          「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果 「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月 日の「できごと」 
                          November   events(英語版) 
                              「きょうのできごと」記録集
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択や入手の仕方等々はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。つまり、写真 や画像から入って、「できごと」の中身にご関心を期待するためです。もともと「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流の英語でインプットして当該情報にヒットすることが少なくありませ ん。そういった体験から、全体像が理解しにくい場合は、英語版を横目に検索することにしたり、当該できごとが英語版に無い場合は、ヨシダ流で関係語や名称 を英語訳して英語版グーグルにインプット検索の結果、思わぬ適切な記事や画像にヒットするケースは少なくありません。そんなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの画像等の選択肢であり、その編集です。もっとも、その過程で学び機会の習得者は他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・
  本欄「きょうのできごと」はインタネット編集断絶が生じたのでしばらくの間、休止します。


                       インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5825件です。 
2015年11月4日(水)掲載分
(昨日11月3日最終のトップページ)
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  参った!デス。ウェブサイト編集用インタネットが断絶して二日が経ちました。先ほど漸く回復したのですが、時おり不安定さを伴います。一時、悲観的にな りました。ひょっとして今までのデータが消滅してしまうのではないだろうか、という不安でした。一年余前の同じような出来事を機に、コンテンツ全てのコ ピー取りをすることを考えたのですが、平常に復帰したらもう忘れてしまうというお粗末千万な体験があるだけに、今回の出来事を機に、ゼッタイにコピーを用 意することにします。なにせ、単行本にしたら、数十冊相当のボリュームだけに、慎重を期すことを痛感します。「きょうのできごと」もしばらくの間、休止や むなしとします。ちなみに、ワード文書で下書き用意をしていたのですが、編集用ファイルに貼り付けると画面が左右一杯に広がり、その修正ノウハウが分かり ません。断念して通常方式に戻って一からやり直します★XPパソコンの「Outlook Express」も新しいパスワードで回復しました。迷惑メールも含めて100数十件。ところで、EメールはそのOutlook Expressのほかにヤフーとサンダーバードの計3通を保有しているのですが、アウトルックがベストです!使い慣れているからだけなく、内容的にはナン バーワンと評価します。そのアウトルックはXPだけで、いずれは使用できなくなるシロモノです★さあ、今夜は大忙しになるでしょう。インタネット断絶と回 復・・・という出来事はヨシダにとってはドラマ・メイキングとさえ言えるほどの重要な要素を秘めています。前述したように、ワード文書で原稿を絶えず用意 するなどの積極性を自負するのですが、ふと、思うことに、定年後で高齢の人たちは時間を持て余す、という心情があることを知りますが、ヨシダの場合はまっ たく無縁。それどころか、若いもん顔負けほどの仕事量を持っていることに大きな喜びを体感します。(18:10)



 去る3日の記事1編を下記に掲載していますが、本日4日の第一記事掲載( : )をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
No.5825
日本を統一した豊臣秀吉は勢いに乗って明(=みん、中国)の征服を企て、足掛かり

秋田隗新報「北斗星」2015.11.3.
ヨシダブログ:日 本を統一した後の秀吉にとって、武将たちに「賞としての最たる土地」がなくなり、朝鮮にそれを求めたことは容易に想像できること。これは徳川時代になった ら加速したのが日本の歴史なかんずく、植民地主義のはしりと言えるでしょう。ある著名な作家の弁があります。「・・・日本は戦争をしまくってきた・・・」 がそれです▼徳川時代になって、それが「征韓論是非論」に発展し、明治の政変に繋がったことを学びます。「きょうのできごと」編集で痛感する一つは、領土 の拡大、勢力の拡大、経済力の拡大で人類は征服・侵略・殺戮の繰り返しであることを学びます。人間の性でしかないでしょう▼本記事末尾の言葉に関心を強め ます。曰く、「和解への道筋も導き出せる」がそれですが、ヨシダのそれは「ヒバクシャの立場における原爆による加害者・被害者意識への和解への道筋」に オーバーラップします▼ふと、そのことで頭をかすめること。それは原爆投下国vs被爆者間の和解が成立したら、被爆証言の必要が失せることになるか も・・・ということです。和解が成立したら、もはや、その残酷さを語り伝えることに矛盾が生じるからです。・・・と考えていくと、その延長線上に想像され ることは、所詮、真の意味の和解は原爆投下国vs被爆国の間ではあり得ないことなのかな・・・と▼添付写真を15枚も用意したのですが、インタネット断絶中にワード文書からのコピーから添付したのですが不具合が生じたので割愛します。(写真15枚添付ファイル

               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


             フィリピン人の「自己防衛精神」はバツグン!             
  フィリピンに来て真っ先に目に飛び込んできたことで、日本では全く想像することさえできない光景!ご覧のような「過積載(?)バイク」デス!当初はこんな 姿を見たら「オー・マイ・ゴッド!」ってな調子でしたが、見慣れるに従って違和感は失せました。逆に微笑ましさでニンマリって按配です。
 朝夕はこの「ベルエア・ヴィレッジ」(表と裏にガードマン付きの開閉バール出入り口がある住宅団地)の玄関先に車いすで出て、前のメイン通り(4車線)で クルマや人の往き来の「ウォッチング」を楽しみます。とりわけ、ショートパンツでスラッと伸びた美脚と魅力的なデッカイおヒップで颯爽と歩くフィリピナの姿等々を鑑賞するのはヨシダの趣味。そういった野外の雰囲気の中で思わず微笑みが出るほどの光景が下部に添付したようは「バイク相乗り光景」です。
 家中の者たちに尋ねてみることに、「幼児たちが落っこちて怪我したというのを見た り聞いたりしたことがあるかい?」と。異口同音に、NO!!!!と、明快な返事しかかえってきません。ホントか?と問い質すしまつ。
 幼児たちの乗る様をみるに、かれらの自己防衛精神はあっぱれのひと言に尽きます。バイクの何処かや運転するパパの胴回りをシカと捕まえているのです。「シッカリ持ちなさいよ」などの声すら聞きません。親子ともに「自己防衛精神&自己責任責任」は確か、とみます。
 「規制」の厳しい国(民)とそうでない国の「自己防衛意識」は大きな格差が生じるのは世の常。規則の有無をせいにして自己防衛精神を疎かにするのとはドエライ差異を痛感します。もっとも、家長のアーネルが言うには、あるにはあるけど、警官と罰金を交渉をするとか。彼はバ ランガイ事務所の行政管理官であることからそういった実態は心得ています。でもジープ二ーのステップやトラックの荷台に乗っている者までは追求しないとかです。この微笑ましい(?)光景をお楽しみくだい。

                                  
                                   
{C}{C}{C}{C}{C}{C}{C}{C}ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。)  (785.58KB)                          

                       2015年11月4日(水)

                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                            
吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com