吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 上掲の自己紹介リンクは2012年6月付のもの。爾来、3年半近くが経過しましたが、そこからが本番って感じの生活ぶりで過ごしています。
  ある縁を得て、フィリピン家族(総勢半ダース余)と共同生活を送っています。英語の契約書も交わして弁護人介在の約束事です。題して「相互信頼精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見がかれらの約束事。一方のヨシダの約束事は、かれらを貧困から脱却さすことにあります。ヨシダの年金等 をかれらに管理委託してのことですが、事実上は、そっくり任せっきりということです。相互信頼の最たるものと自負します。でも、こんな芸当はだれかれでき るシロモノではないでしょうよ(笑)。 
 僭越ですが貧困からは完全に脱却させています。自家用車も月賦完済。次は土地。その次は持ち家・・・といった意気込みで頑張っているところです。
 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳から動機を得て始めて現 在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通算7 年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。
 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月!題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧ください。「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と賞賛されると確信します。(2015.11.13.記)

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年11月25日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.
28.   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月25日の「できごと」 
                          November 25, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

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     「Alfred Bernhard Nobel,」の画像検索結果        「Alfred Bernhard Nobel,」の画像検索結果   「Alfred Bernhard Nobel,」の画像検索結果     「Alfred Bernhard Nobel,」の画像検索結果   「ノーベル賞授賞式受賞者スピーチ」の画像検索結果        
 Yukawa.jpgTomonaga.jpg「小柴昌俊」の画像検索結果 Makoto Kobayashi-press conference Dec 07th, 2008-2b.jpgToshihide Masukawa-press conference Dec 07th, 2008-4.jpg 「赤崎勇」の画像検索結果  「天野浩」の画像検索結果  「赤崎勇」の画像検索結果 「梶田隆章」の画像検索結果 「福井謙一」の画像検索結果 「白川英樹」の画像検索結果「野依良治」の画像検索結果「田中耕一」の画像検索結果
 Shimomura Osamu 1-2.jpg「根岸英一」の画像検索結果「鈴木章」の画像検索結果「利根川進」の画像検索結果「山中伸弥」の画像検索結果「大村智」の画像検索結果「川端康成」の画像検索結果Oe Kenzaburo 1-2.jpg「佐藤栄作 ノーベル賞」の画像検索結果「中村修二」の画像検索結果 「李遠哲」の画像検索結果「チャールズ・ペダーセン」の画像検索結果 
21「三島由紀夫」の画像検索結果「三島由紀夫」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果「三島由紀夫」の画像検索結果「「三島由紀夫事件」」の画像検索結果「三島由紀夫自決」の画像検索結果
   「三島由紀夫」の画像検索結果「三島由紀夫」の画像検索結果   「三島由紀夫遺書」の画像検索結果   「昭和45年11月25日 ~陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地~」の画像検索結果
「三島森田事務所」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果「三島森田事務所」の画像検索結果
571 BCServius Tullius, king of Rome, celebrates a triumph for his victory over the Etruscans.
(1)1034年 - スコットランドマルカム2世が反対派に殺害される。孫のダンカン1世が即位。
(2)1120年 - ホワイトシップの遭難イングランド王子ウィリアム・アデリンほか、多数の王族・貴族が死亡。
(3)1177年 - モンジザールの戦いボードゥアン4世率いるエルサレム王国軍がサラーフッディーン率いるアイユーブ朝軍を破った。
1343 – A tsunami, caused by an earthquake in the Tyrrhenian Sea, devastates Naples (Italy) and the Maritime Republic of Amalfi, among other places.
1487Elizabeth of York is crowned Queen of England.
1491 – The siege of Granada, the last Moorish stronghold in Spain, ends with the Treaty of Granada.
(4)1576年 - 三瀬の変織田信長信雄父子が北畠具教長野具藤など北畠一族を暗殺する。
1667 – A deadly earthquake rocks Shemakha in the Caucasus, killing 80,000 people.
1755 – King Ferdinand VI of Spain grants royal protection to the Beaterio de la Compañia de Jesus, now known as the Congregation of the Religious of the Virgin Mary.
1758French and Indian War: British forces capture Fort Duquesne from French control. Later, Fort Pitt will be built nearby and grow into modern Pittsburgh.
1759 – An earthquake hits the Mediterranean destroying Beirut and Damascus and killing 30,000-40,000.
1783American Revolutionary War: The last British troops leave New York City three months after the signing of the Treaty of Paris.
(5)1795年 - 第3次ポーランド分割: ポーランド王スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキが強制的に退位させられ、ロシアへ亡命。
1826 – The Greek frigate Hellas arrives in Nafplion to become the first flagship of the Hellenic Navy.
1833 – A massive undersea earthquake, estimated magnitude between 8.7-9.2, rocks Sumatra, producing a massive tsunami all along the Indonesian coast.
1839 – A cyclone slams India with high winds and a 40-foot storm surge, destroying the port city of Coringa (which has never been completely rebuilt). The storm wave sweeps inland, taking with it 20,000 ships and thousands of people. An estimated 300,000 deaths result from the disaster.
1863American Civil War: Battle of Missionary Ridge: At Missionary Ridge in Tennessee, Union forces led by General Ulysses S. Grant break the Siege of Chattanooga by routing Confederate troops under General Braxton Bragg.
1864 – American Civil War: A group of Confederate operatives calling themselves the Confederate Army of Manhattan starts fires in more than 20 locations in an unsuccessful attempt to burn down New York City.
(6)1867年 - アルフレッド・ノーベルダイナマイトの特許を取得。
1874 – The United States Greenback Party is established as a political party consisting primarily of farmers affected by the Panic of 1873.
1876American Indian Wars: In retaliation for the American defeat at the Battle of the Little Bighorn, United States Army troops sack Chief Dull Knife's sleeping Cheyenne village at the headwaters of the Powder River.
(7)1876年 - 福澤諭吉の『学問のすゝめ』最終刊・第17篇が刊行。
(8)1892年 - パリのソルボンヌ大学での講演で、ピエール・ド・クーベルタンオリンピックの復活を提唱。
1905 – Prince Carl of Denmark arrives in Norway to become King Haakon VII of Norway.
1915Albert Einstein presents the field equations of general relativity to the Prussian Academy of Sciences.
1917World War I: German forces defeat Portuguese army of about 1200 at Negomano on the border of modern-day Mozambique and Tanzania.
1918Vojvodina, formerly Austro-Hungarian crown land, proclaims its secession from Austria–Hungary to join the Kingdom of Serbia.
(9)1920年 - 日本海軍の戦艦「長門」が竣工。
(10)1921年 - 皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が摂政に就任。
1926 – The deadliest November tornado outbreak in U.S. history strikes on Thanksgiving Day. Twenty-seven twisters of great strength are reported in the Midwest, including the strongest November tornado, an estimated F4, that devastates Heber Springs, Arkansas. There are 51 deaths in Arkansas alone, 76 deaths and over 400 injuries in all.
(11)1931年 - 平凡社が「大百科事典」を刊行開始。
(12)1936年 - 日本ドイツ日独防共協定に調印。
(13)1940年 - ウッディー・ウッドペッカーが『キツツキと熊一家』で初登場。
1940World War II: First flight of the de Havilland Mosquito and Martin B-26 Marauder.
1941HMS Barham is sunk by a German torpedo during World War II.
1943 – World War II: Statehood of Bosnia and Herzegovina is re-established at the State Anti-fascist Council for the National Liberation of Bosnia and Herzegovina.
・1947 – New Zealand ratifies the
Statute of Westminster and thus becomes independent of legislative control by the United Kingdom.
(14)1947年 - 赤狩り: アメリカ映画協会のエリック・ジョンソン代表が、ハリウッド・ブラックリストに掲載された「ハリウッド・テン」の10人について共産主義者の嫌疑が晴れるまで雇用しないと声明。
1950 – The Great Appalachian Storm of November 1950, known at the time as the "Storm of the Century", strikes New England with hurricane force winds resulting in massive forest blow-downs and storm surge damage along the Northeast coast including New York City. This storm also brings blizzard conditions to the Appalachian Mountains and Ohio Valley, becoming one of the worst storms of all time. Three hundred fifty-three people die in the event.
・1952 –
Korean War: After 42 days of fighting, the Battle of Triangle Hill ends as American and South Korean units abandon their attempt to capture the "Iron Triangle".
(15)1952年 - アガサ・クリスティ戯曲ねずみとり』が初演。
(16)1952年 - 大阪讀賣新聞が創刊。
(17)1953年 - サッカーイングランド代表ハンガリー代表に敗れ、ヨーロッパ大陸のチームにホームで初の黒星を喫する。
(18)1958年 - フランス領スーダンが自治権を獲得。
(19)1960年 - ドミニカ共和国で反独裁政権運動家のミラバル姉妹が殺害される。(女性に対する暴力廃絶のための国際デー
(20)1965年 - コンゴ民主共和国ジョゼフ=デジレ・モブツクーデターを起こし、独立以来続いてきた混乱(コンゴ動乱)が事実上終結[1]
(21)1970年 - 三島由紀夫市ヶ谷自衛隊東部方面総監部で割腹自決。(三島事件
(22)1973年 - 五島勉著書のノストラダムスの大予言の初版が発行される。
1973George Papadopoulos, head of the military Regime of the Colonels in Greece, is ousted in a hardliners' coup led by Brigadier General Dimitrios Ioannidis.
(23)1975年 - スリナムオランダから独立。
(24)1977年 - フィリピンの軍事法廷がベニグノ・アキノ・ジュニアに対し死刑判決。
1981Pope John Paul II appoints Joseph Cardinal Ratzinger (the future Pope Benedict XVI) Prefect of the Congregation for the Doctrine of the Faith.
1984 – Thirty-six top musicians gather in a Notting Hill studio and record Band Aid's "Do They Know It's Christmas?" in order to raise money for famine relief in Ethiopia.
1986Iran–Contra affair: U.S. Attorney General Edwin Meese announces that profits from covert weapons sales to Iran were illegally diverted to the anti-communist Contra rebels in Nicaragua.
・1986 – The
King Fahd Causeway is officially opened in the Persian Gulf.
(25)1986年 - バーレーンサウジアラビアを結ぶ海上橋・キング・ファハド・コーズウェイが開通。
(26)1986年 - 有楽町三億円事件
1987Typhoon Nina pummels the Philippines with category 5 winds of 165 mph and a surge that destroys entire villages. At least 1,036 deaths are attributed to the storm.
1992 – The Federal Assembly of Czechoslovakia votes to split the country into the Czech Republic and Slovakia, with effect from January 1, 1993.
1996 – An ice storm strikes the central U.S., killing 26 people. A powerful windstorm affects Florida and winds gust over 90 mph, toppling trees and flipping trailers.
1999 – The United Nations establishes the International Day for the Elimination of Violence against Women to commemorate the murder of three Mirabal sisters for resistance against the Rafael Trujillo dictatorship in the Dominican Republic.
(27)1999年 - 数々の鮮明な宇宙の映像を我々に見せ、科学的にもたくさんの貴重なデータを生み出していたハッブル宇宙望遠鏡の6台ある姿勢制御用ジャイロスコープのうち4台目が故障し、観測不能に陥る。
2000 – The 2000 Baku earthquake, with a Richter magnitude of 7.0, leaves 26 people dead in Baku, Azerbaijan, and becomes the strongest earthquake in the region in 158 years.
(28)2001年 - アメリカ国土安全保障省が発足。
(29)2001年 - 「アメリカ人ターリバーン兵」ジョン・ウォーカー・リンド英語版が米軍に捕らえられる。
(30)2005年 - 民主党が、公共政策プラットフォーム政党シンクタンク)を設立。
2008Cyclone Nisha strikes northern Sri Lanka, killing 15 people and displacing 90,000 others while dealing the region the highest rainfall in nine decades.
2009Jeddah floods: Freak rains swamp the city of Jeddah, Saudi Arabia, during an ongoing Hajj pilgrimage. Three thousand cars are swept away and 122 people perish in the torrents, with 350 others missing.
(31)2009年 - アラブ首長国連邦の政府系持株会社ドバイ・ワールド債務返済繰り延べを要請することが発表される。これによりドバイ・ショックが起こる。
(32)2010年 - 11代目市川海老蔵暴行事件が起こる。

                      インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5884件です。 
2015年11月25日(水)掲載分

昨日11月24日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月25日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは、「(6)1867年 - アルフレッド・ノーベルダイナマイトの特許を取得」、「(21)1970年 - 三島由紀夫市ヶ谷自衛隊東部方面総監部で割腹自決。(三島事件)」 です★前者は、後年のノーベル賞のことに一気に進めて当該写真を選びました。26人の日本人受賞者は自慢するに足ります★後者の三島由紀夫さんの市ヶ谷自 決事件。じつはこの事件で相当に時間をかけて編集した記憶があり、重複する感じがしてならず、あれこれしていて、気付いたことに「No.5874:決起した元会員、貫く沈黙 肩の刀傷…今も悔いなく 取り残された会員「無念」産経ニュース2015.11.22.編集委員 宮本雅史)」がありました。チャッカリとそのコラムで編集した写真を本欄で再利用します。ヨシダ一度だけこの現場ビルを訪れたことがあり、その記事にブログしていますので、此処では省略します。
 「No.5882:風神雷神京都新聞「凡語」2015.11.25.)」 を編集しながら想いをめぐらしたこと。それはほかならぬ、在日中に吹田市にクライアントがあったことから、車窓から数えきれないほど目にしたのが「太陽の 塔」。大阪万博へ行ったことのなかったヨシダ。その跡地が様変わりしている風景をこの記事で感じます。「新陳代謝の激しい母国」といった感想を抱きつつ、 です。(10:20)
 「No.5883子どもの命名は楽しくて難しい。悩んだ末に、野球好きの親御さんなら「塁」、…新潟日報「日報抄」2015.11.25.)」を編集しながらニヤリ。記事よりはるかに長いブログ!なにせ、84歳にかつ、60余年間に亘る経営者人生を経たヨシダだけに、話題は豊富です。と、自我自賛のブログをご寛容のほど。こんな調子のブログが日常だけに、ヨシダは元気ハツラツです。(11:45)
  先ほど真昼の炎天下、と言っても、日本の炎天下とは異なり、風がさわやかです。日光浴を楽しむ感じです。くだんの「両膝屈伸運動4百回」を終えてその延長 線上に習慣付けている車いすに右膝を立てて、重心を右脚にかける仕草。それは近年習慣づけたもので、動機は右足がほぼ完全麻痺であるために、右脚に重心を かけることがないし、できないことから、坐骨部分から脳にかけての「刺激」を与えることを思い付いてのこと。何となく、頭の髄に刺激を感じます。その分、 僅かでも心身の運動になる感じ。なにせ、「研究熱心」は若い時代からのヨシダの特技(?)。素人考えであって、的を外れていようがいまいが、自身の納得さ え得られればイイさ、と★シャツを捲り上げて上半身を裸にして口ずさむのがかの、8分間の英語朗誦。ハイ、完ぺきに朗誦しこなします。ヨシダの「特技」は 墓場まで、と(笑)★最近、耳が遠くなりました。右目は緑内障で失明。離日前の眼科医からは「いずれ失明は避けられない」と引導を渡されて覚悟はしていま した。でも、日常生活ではまったく不便を感じません。すべては神様の思し召しに従って・・・と達観した生活です★今朝ほど、時たまアーネルを頼って訪れる フィリピン女性(86歳)がぶらっと立ち寄りました。米国生活が長く、英語は立派。帰国した理由は、祖国が恋しくなって・・・と。ふと、ヨシダの場合。 ホームシックは無縁で現在に至るのですが、その背景には、成すべきことは全てやってきた、という自負です。「自利より他利」人生そのものでした。どうや ら、その生き方の集大成の場が此処フィリピンとフィリピン人家族との共同生活だ、と割り切っています。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」 の心境そのものです★さて、本日の取材源はすべてチェックした結果、2編でオワリとします。後は「きょうのできごと」の先取り編集。時間の有効利用はこの年齢にしても、結構やってます。(13:55)
 「No.5884EU離脱支持が過半数に、パリ攻撃影響か=英世論調査REUTERSロイター2015.11.25.)」 を編集しながらヨシダの胸を去来すること。それはEUが誕生した当時にヨシダが公の場で発言して恥をかいて現在に至ること・・・。「そんな国際組織なん て、何時かは崩壊する・・・一党独裁の然り!」と。「トホホ・・・」が現在に至るヨシダの暴言反省(?)です。(18:50)

No.5884
EU離脱支持が過半数に、パリ攻撃影響か=英世論調査

REUTERSロイター2015.11.25.

ヨシダブログEU と言えば、それが誕生した当時に、公の場で否定論(遠からず崩壊する)をぶって恥をかいてきたヨシダ。この種の記事にヒットすると、「そうでしょう、そんな ことは初めから分かっていたこと・・・」という気になることを現在でも否定しません。ヨシダの洞察は幼稚だったことは否定しませんが、当時のヨシダが想像 だにしたことのない国際情勢の変化が背景にあるのが現状です▼「歴史は繰り返す」は禁句としたいものの、最近のヨシダは「きょうのできごと」編集が欠かせ ないこともあって、しみじみ感じるに、所詮、人類は人種・宗教・貧富の差等々の差異が招来するのがトラブルの根源。トラブルが起きないのが不思議なくらい に入り乱れているのが国際関係の実態です。それにしても、厄介なことは近年の国際テロ行為と難民問題が絡む新たな諸問題・・・。日々のテレビ報道に接して悲しくなることを禁じ得ません。 写真4枚添付ファイル   
  「EU改革について演説するキャメロン首相」の画像検索結果 「EU」の画像検索結果「EU」の画像検索結果「EU」の画像検索結果
No.5883
子どもの命名は楽しくて難しい。悩んだ末に、野球好きの親御さんなら「塁」、…
新潟日報「日報抄」2015.11.25.
ヨシダブログス ポーツとは無縁のヨシダが本記事で興味を抱くのがスポーツ選手の命名の謂れ。本記事登場人物の写真を一応、添付してからのこと。手前ミソのブログをひとつ お許しのほど▼事故で早世したヨシダの父は「祐一」でした。よく聞かされたことの一つに、その親父が大病に罹ったときのこと、一時は絶望といった病状をク リアした時のこと。その親父の友人医師が7人居たそうで、異口同音にかれらが言った言葉があったそうです。「吉田君、正に、貴君の名前(祐一)通りに、 『天が一度佑(たく)したまうたようなものだ・・・』」と。「天佑」の佑は祐に通じます。万葉集に出てくる言葉でもあるそうです▼3人の娘の後に誕生した 長男のヨシダ。大喜びの親父は片手に葉書を重ねて手にし、毛筆で友人宛に「長男誕生」の吉報を立ったままで片っ端から書いた光景を後年、姉たちから聞かさ れたものでした▼さて、「祐起」の命名について。「明治維新後に没落した吉田家を『再興』さすためにという願いを込めて『祐起』としたそうです。▼その長 男が生後10ヶ月でポリオ!3年後に生まれた次男(弟)には『祐司』と。「足の不自由な兄貴(祐起)を補佐するために」という父の願い▼その次に生まれた 弟(3男)には「祐策」 と。策は政策。つまり、足の不自由な長男・祐起を補佐する二人の弟人材(司り、知恵を出す兄弟)という願いを込めたそうです▼その結果は、祐司は病死、祐 策は原爆症死で、残ったのが吉田家6人姉妹兄弟唯一の生き残り!しかも、異国の地で・・・というのが本記事に接して取材する動機を得た次第です▼蛇足のブ ログをひ とつ。弟の祐司は一年浪人生活を経て進学した大学学費から下宿生活費の全てを兄貴のユウキが負担。「兄ちゃんは恩返しでボクが一生面倒見する・・・」が口 癖の彼でしたが兄貴を置いてさっさと他界。その彼と一緒に撮った小さな写真が横浜YMCA前でのもの。社会人英語弁論大会出席の折のもの。東京タワーが完 成して間もない頃に一緒に同タワーや都内見物した想い出▼ちなみに、その写真はジャパン・タイムズ紙に出たヨシダのでっかい写真記事に載っています。「 Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'」がそれ。日本語版(被取材者翻訳)「原爆生存者が目指す”人生四毛作”への人生」がそれです。掲載日は原爆記念日直前の2012年8月4日付でした。フィリピンに移住して体験した得がたい想い出です。 写真8枚添付ファイル   
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 No.5882
風神雷神
京都新聞「凡語」2015.11.25.
ヨシダブログ:本記事の主人公は「風 神雷神図屏風」と思いきや、「ジェットコースター風神雷神」に転じ、同遊園地のジェットコースター死亡事故で閉園になり、新たに完成開園した「エキスポシ ティー」の誕生・・・と。お陰でそれらを追いながらひと昔前の想い出にふけります▼吹田市にクライアントがあったことから、車窓から「太陽の塔」を随分と 横目にみたものでした。新陳代謝の激しい母国を想起します▼末尾の言葉に本記事のアピールを見ます。「作った時の気持ちを忘れないで」をわが身にあてがい つつ胸に秘めます。フィリピンを何故終の棲家として選んだか?がそれです。初心貫徹の人生第四毛作を演じつつあるヨシダの本記事を通したブログです。 写真10枚添付ファイル   
 「風神雷神図屏風(びょうぶ)」」の画像検索結果     「風神雷神図屏風(びょうぶ)」」の画像検索結果  「俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一」の画像検索結果
 「遊園地 事故 エキスポランド」の画像検索結果「遊園地 事故 エキスポランド」の画像検索結果「遊園地 事故 エキスポランド」の画像検索結果「遊園地 事故 エキスポランド」の画像検索結果 「エキスポランド閉園」の画像検索結果 「エキスポランド慰霊碑」の画像検索結果  「「エキスポシティ」」の画像検索結果
 昨日24日の記事2編を下記に掲載していましたが、本日25日の第一記事掲載(10:10)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
  「主の祈り」に蛇足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学 天文学教授の娘さん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいた人物。後年、出版社が募集した懸賞論文に応 募して「佳作」になった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
  
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
 「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」と付け加えて自分のモノにしています。

  「samuel ullman youth poem」の画像検索結果
  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 蛇足の弁で恐縮ですが、ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本 語 評論があります。「敬語・へりくだり語・蔑視語・優越語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。議長ポストの優越感や権威を意識した かのような「君呼ばわり」。その背後に見え隠れするのがその日本語の複雑な使い分け。「君呼ばわり」は「対等・ 若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通であるからです。この辺りへの「配慮」で 「○○さん」呼ばわりしたのは土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌って おられることと想像しています。
    
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年11月25日(水)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co