吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳0か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
 上掲の自己紹介リンクは2012年6月付のもの。爾来、3年半近くが経過しましたが、そこからが本番って感じの生活ぶりで過ごしています。
  ある縁を得て、フィリピン家族(総勢半ダース余)と共同生活を送っています。英語の契約書も交わして弁護人介在の約束事です。題して「相互信頼精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見がかれらの約束事。一方のヨシダの約束事は、かれらを貧困から脱却さすことにあります。ヨシダの年金等 をかれらに管理委託してのことですが、事実上は、そっくり任せっきりということです。相互信頼の最たるものと自負します。でも、こんな芸当はだれかれでき るシロモノではないでしょうよ(笑)。 
 僭越ですが貧困からは完全に脱却させています。自家用車も月賦完済。次は土地。その次は持ち家・・・といった意気込みで頑張っているところです。
 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳から動機を得て始めて現 在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通算7 年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。
 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月!題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧ください。「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と賞賛されると確信します。(2015.11.13.記)

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年11月24日(火)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.
28.  

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月24日の「できごと」 
                          November 24, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

 1  「charles robert darwin, On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation」の画像検索結果「charles robert darwin, On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation」の画像検索結果「charles robert darwin, On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation」の画像検索結果「charles robert darwin, On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation」の画像検索結果「It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the most responsive to changes」の画像検索結果7「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果
   「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果  関連画像「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果
  「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果    「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果     「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果  「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果「1945年B-29が東京を初爆撃」の画像検索結果 
     8「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果 「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果
 
  「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果  「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果「1945年 - GHQ」の画像検索結果「1945年 - 理化学研究所仁科研究室サイクロトロン」の画像検索結果22「2012年 - サンフレッチェ広島がJ1初優勝」の画像検索結果
 「2012年 - サンフレッチェ広島がJ1初優勝」の画像検索結果      「2012年 - サンフレッチェ広島がJ1初優勝」の画像検索結果  「2012年 - サンフレッチェ広島がJ1初優勝」の画像検索結果     「2012年 - サンフレッチェ広島がJ1初優勝」の画像検索結果
380Theodosius I makes his adventus, or formal entry, into Constantinople.
1227 – Polish Prince Leszek I the White is assassinated at an assembly of Piast dukes at Gąsawa.
1248 – In the middle of the night a mass on the north side of Mont Granier suddenly collapsed, in one of the largest historical rockslope failures known in Europe.
1429Hundred Years' War: Joan of Arc unsuccessfully besieges La Charité.
1542Battle of Solway Moss: An English army defeats a much larger Scottish force near the River Esk in Dumfries and Galloway.
1642Abel Tasman becomes the first European to discover the island Van Diemen's Land (later renamed Tasmania).
1835 – The Texas Provincial Government authorizes the creation of a horse-mounted police force called the Texas Rangers (which is now the Texas Ranger Division of the Texas Department of Public Safety).
1850 – Danish troops defeat a Schleswig-Holstein force in the town of Lottorf, Schleswig-Holstein.
(1)1859年 - チャールズ・ダーウィンがイギリスで『種の起源』を出版。
1863American Civil War: Battle of Lookout Mountain: Near Chattanooga, Tennessee, Union forces under General Ulysses S. Grant capture Lookout Mountain and begin to break the Confederate siege of the city led by General Braxton Bragg.
1877Anna Sewell's classic animal welfare novel Black Beauty is published.
(2)1894年 - 東京音楽学校で明治以降の日本で初のオペラ『ファウスト』(グノー作曲)を上演。
1906 – A 13–6 victory by the Massillon Tigers over their rivals, the Canton Bulldogs, for the "Ohio League" Championship, leads to accusations that the championship series was fixed and results in the first major scandal in professional American football.
1917 – In Milwaukee, nine members of the Milwaukee Police Department are killed by a bomb, the most deaths in a single event in U.S. police history until the September 11 attacks in 2001.
(3)1919年 - 新婦人協会の設立を発表。
(4)1921年 - 東京天文台(現在の国立天文台)設置。
1922 – Nine Irish Republican Army members are executed by an Irish Free State firing squad. Among them is author Robert Erskine Childers, who had been arrested for illegally carrying a revolver.
(5)1928年 - 山本老事件が起こる。
1932 – In Washington, D.C., the FBI Scientific Crime Detection Laboratory (better known as the FBI Crime Lab) officially opens.
1935 – The Senegalese Socialist Party holds its second congress.
(6)1940年 - 第二次世界大戦: スロバキア日独伊三国軍事同盟に加盟。
1941 – World War II: The United States grants Lend-Lease to the Free French Forces.
1943 – World War II: The USS Liscome Bay is torpedoed near Tarawa and sinks, killing 650 men.
(7)1944年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: B-29が東京を初爆撃。(1944 – World War II: Bombing of Tokyo: The first bombing raid against the Japanese capital from the east and by land is carried out by 88 American aircraft.
(8)1945年 - GHQが、原爆研究との誤解から理化学研究所仁科研究室などのサイクロトロンを破壊し東京湾に沈める。
(9)1949年 - 金融業光クラブ』の経営者・山崎晃嗣が青酸カリで服毒自殺。
(10)1950年 - 電気事業再編成令が公布。電力事業を地域ごとの9社に再編。
1950 – The "Storm of the Century", a violent snowstorm, takes shape on this date before paralyzing the northeastern United States and the Appalachians the next day, bringing winds up to 100 mph and sub-zero temperatures. Pickens, West Virginia, records 57 inches of snow. Three hundred fifty-three people would die as a result of the storm.
(11)1954年 - 鳩山一郎らが日本民主党を結成。
(12)1961年 - 国連総会で「核兵器使用禁止宣言」と「アフリカの非核武装地帯宣言」が可決。
1962 – The West Berlin branch of the Socialist Unity Party of Germany forms a separate party, the Socialist Unity Party of West Berlin.
・1962 – The influential British satirical television programme
That Was the Week That Was is first broadcast.
(13)1963年 - ジョン・F・ケネディ米大統領の暗殺容疑で逮捕されていたリー・ハーヴェイ・オズワルドが、連行中に射殺される。
(14)1964年 - ドラゴン・ルージュ作戦英語版を展開するベルギーパラシュート部隊コンゴ民主共和国スタンリーヴィルに降り立ち、シンバの反乱英語版軍勢力に捕らえられていた人質を多数救出[1]
1965Joseph-Désiré Mobutu seizes power in the Democratic Republic of the Congo and becomes President; he rules the country (which he renames Zaire in 1971) for over 30 years, until being overthrown by rebels in 1997.
1966 – Bulgarian TABSO Flight 101 crashes near Bratislava, Czechoslovakia, killing all 82 people on board.
(15)1969年 - アメリカの2番目の有人月宇宙船「アポロ12号」が地球に帰還。
(16)1971年 - アメリカでハイジャックD.B.クーパー事件」発生。犯人は身代金20万ドルを持ってパラシュートで脱出、逃亡。未解決事件となる。
1973 – A national speed limit is imposed on the Autobahn in Germany because of the 1973 oil crisis. The speed limit lasts only four months.
1974Donald Johanson and Tom Gray discover the 40% complete Australopithecus afarensis skeleton, nicknamed "Lucy" (after The Beatles song "Lucy in the Sky with Diamonds"), in the Awash Valley of Ethiopia's Afar Depression.
1976 – The Çaldıran-Muradiye earthquake in eastern Turkey kills between 4,000 and 5,000 people.
(17)1989年 - ビロード革命: グスターフ・フサーク大統領、ミロシュ・ヤケシュ第一書記らチェコスロバキア共産党幹部全員が辞任し、共産党政権が事実上崩壊。
(18)1993年 - アメリカ合衆国議会で銃法規制法案(ブレイディ法案)が可決。
(19)1997年 - 山一證券が自主廃業を決定し、経営破綻。
(20)
1999年 - 日本で外国産カブトムシクワガタムシ44種の輸入が解禁される。
(21)2000年 - ストーカー規制法施行。
(22)2012年 - サンフレッチェ広島J1初優勝を飾ると同時に、FIFAクラブワールドカップ初出場を決定する。
2012A fire at a clothing factory in Dhaka, Bangladesh, kills at least 112 people.
2013Iran signs an interim agreement with the P5+1 countries, limiting its nuclear program in exchange for reduced sanctions.

                          インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5881件です。 
2015年11月24日(火)掲載分

昨日11月23日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月24日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいの「(1)1859年 - チャールズ・ダーウィンがイギリスで『種の起源』を出版。」「(7)1944年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: B-29が東京を初爆撃。(1944 – World War II: Bombing of Tokyo: The first bombing raid against the Japanese capital from the east and by land is carried out by 88 American aircraft.)」、「(8)1945年 - GHQが、原爆研究との誤解から理化学研究所仁科研究室などのサイクロトロンを破壊し東京湾に沈める」、「(22)2012年 - サンフレッチェ広島J1初優勝を飾ると同時に、FIFAクラブワールドカップ初 出場を決定する」・・・と沢山です★(1)に関してヨシダがブログしたいことは、ダーウィンの「名言」のひとつとされる、「It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the most responsive to changes.(この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物 だ)」。トラック業界の規制緩和(個人トラック制度認可)の提言者として書いて喋ったヨシダの口癖でした★(7)の東京大空襲に対するヒバクシャとしての ヨシダ姿勢。ヒバクシャが自他ともに強く抱く被害者意識がありますが、東京大空襲はそれに順ずる残酷な戦争被害と位置づけます。生き地獄の様は一瞬の原爆 とは一線を画すほどの残酷地獄そのものであったからです。英語版を添えている理由は、英語版では「88機が」と具体的。対する日本語版は「B29が初爆 撃」と表現している差異★(8)はヨシダが強調する日本の原爆研究歴史の事実。原爆投下国を非難する一方で、日本も原爆製造に向かっていた事実をもって、 一方的な被害者意識に疑問を呈していることに対する独自の論法者たる所以です。ウランをドイツのUボートで日本に密輸中に米側に傍受されて撃沈されたこと は案外と知られて(されて)いないのも事実です★(22)はヨシダの次男が元サンフレッチェ選手であったことからのものに過ぎませんが、郷土人としての自 慢足り得る「できごと」とする所以です。
 今朝一番のヒット記事はメルマガですが、筆者の川久瀬洋二先生の凄さを一刻でもお早くにご紹介したく、下手なブログは後回しにして掲載を先行させました。「No.5880:フランス同時多発テロがグローバルコミュニティに投げかけた課題心をつなぐ英会話メルマガ2015.11.24.山久瀬洋二)」がそれです。英語をマスター、とまでは言えないでも、なんとか不自由なく使いこなせることを限りなく喜んでいるヨシダです!(10:15)
 「No.5881エレベーターで衛星打ち上げも!ここまで来た世界の宇宙ビジネスDIAMOND Online2015.11.24.齊田興哉・日本総研 総合研究部門マネジャー)」を編集しながら痛感したこと。「人知って果てしないな・・・」です。産業ロボットひとつ例にとっても、その進展ぶりは驚愕のひと言に尽きます。労働力がロボットで肩代わりされつつあるなかで・・・と、後が続きません(笑)。(13:15)


No.5881
エレベーターで衛星打ち上げも!ここまで来た世界の宇宙ビジネス 
DIAMOND Online2015.11.24.齊田興哉・日本総研 総合研究部門マネジャー
ヨシダブログ:と てつもない企画!ホントにこんなことか将来可能になるの!?と思わず声が出そうです。試験中の機が墜落した写真もあるほどですから、ホンモノって感じ▼ 「中見出し」は、■本日打ち上げの「H-IIAロケット29号機」は 日本の宇宙ビジネスの転換点を象徴、■大手IT企業創業者が次々と立ち上げ 台頭す る数多くの宇宙ベンチャー企業、■ジェット機から打ち上げ、マイクロ波で推進──斬新なアイデアで大幅にコストを削減、■ヘリコプターでロケット回収  “老舗企業”もコスト削減策で対抗、■宇宙エレベーターでロケット打上げ 完全民営のロケット射場で効率化、■数百~数千機の小型衛星群で世界にブロード バンド環境を提供、■日本の先を行く衛星の共通設計化 コスト削減と柔軟な機能の両立を狙う・・・と続きます▼「ベンチャー企業の宇宙ビジネス構想は、実 現することがができると思う?」に対する回答は、「ある程度実現すると思う75.0%、殆ど実現できないと思う23.21%、どちらとも言えない 1.79%、その他、分からない0%」▼本記事筆者の齊田興哉さんの写真・プロフィールはヨシダ引用で挿入していますが、このご人物にしてこの内容・・・と絶句する感じです。長文かつ専門技術的な内容だけに、理解するには予備知識が必要。取り急ぎ掲載します。おって、本日午後間もなくに打ち上げられる予定の「H-IIAロケット29号機」に関心を強めます。写真19枚添付ファイル   
    「「H-IIAロケット29号機」」の画像検索結果    「「H-IIAロケット29号機」」の画像検索結果  「齊田興哉」の画像検索結果「衛星打ち上げ用エレベーター」の画像検索結果 「衛星打ち上げ用エレベーター」の画像検索結果 
     「齊田興哉」の画像検索結果     「ワンウェブの小型衛星」の画像検索結果     「ミッション系を汎用化した新型通信衛星」の画像検索結果         「elevator for lunching the satalite rocket」の画像検索結果   「elevator for lunching the satalite rocket」の画像検索結果  「elevator for lunching the satalite rocket」の画像検索結果
 「ヴァージン・ギャラクティック社」の画像検索結果「ヴァージン・ギャラクティック社の「SpaceShipTwo」」の画像検索結果  「エレベーターで衛星打ち上げ」の画像検索結果 「「ランチャーワン」(ロケット)と「ホワイトナイトツー」(母機)」の画像検索結果        「「SpaceShipTwo」」の画像検索結果  「エレベーターで衛星打ち上げ」の画像検索結果   「「SpaceShipTwo」」の画像検索結果     
No.5880
フランス同時多発テロがグローバルコミュニティに投げかけた課題
心をつなぐ英会話メルマガ2015.11.24.山久瀬洋二
ヨシダブログ:本記事筆者の川久瀬洋二先生はヨシダが個人的に接点を持ち、ヨシダの大好きな「生きた英語」を駆使して世界中で活躍して居られる異色のご人物。英語を通した独特の分析力が高く評価されています▼冒頭の先生の言葉に共感します。曰く、「音 読は語学の勉強には確かに役に立ちます。大切なことをリズムとイントネーションを意識して音読してみることです。そしてそのリズムとイントネーションをそ のまま会話でも使用します。イントネーションがはっきりしていれば、例え日本人のアクセントが残っていても、充分に会話ができるはずです」がそれ。ヨシダ の日常習慣のひとつが「英語詩文・スピーチ等5編の8分間朗誦習慣」を自負します。流暢な英語の流れに自身が惚れ込むって按配を満喫する所以です▼さて、 肝心の多発テロを巡る教訓等々は後回しにして、一刻も早くにこの貴重な記事を紹介することにしました。To be continued...でブログを続ける予定でしたが、下手なブログは止めたほうが良さそうですので、これにてピリオッドにします。写真16枚添付ファイル         
                  
  「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
                「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果「山久瀬 洋二著書」の画像検索結果
 昨日23日の記事1編を下記に掲載していましたが、本日24日の第一記事掲載(10:05)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。
 
  
            「末尾の特別情報お知らせコーナー」

  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
  「主の祈り」に蛇足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学 天文学教授の娘さん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいた人物。後年、出版社が募集した懸賞論文に応 募して「佳作」になった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
  
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
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 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」と付け加えて自分のモノにしています。

  「samuel ullman youth poem」の画像検索結果
  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 蛇足の弁で恐縮ですが、ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本 語 評論があります。「敬語・へりくだり語・蔑視語・優越語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。議長ポストの優越感や権威を意識した かのような「君呼ばわり」。その背後に見え隠れするのがその日本語の複雑な使い分け。「君呼ばわり」は「対等・ 若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通であるからです。この辺りへの「配慮」で 「○○さん」呼ばわりしたのは土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌って おられることと想像しています。
    
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年11月24日(火)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co