吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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     吉田祐起(Yuuki Yoshida) (満84歳0か月) 
   "生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
 上掲の自己紹介リンクは2012年6月付のもの。爾来、3年半近くが経過しましたが、そこからが本番って感じの生活ぶりで過ごしています。
  ある縁を得て、フィリピン家族(総勢半ダース余)と共同生活を送っています。英語の契約書も交わして弁護人介在の約束事です。題して「相互信頼精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見がかれらの約束事。一方のヨシダの約束事は、かれらを貧困から脱却さすことにあります。ヨシダの年金等 をかれらに管理委託してのことですが、事実上は、そっくり任せっきりということです。相互信頼の最たるものと自負します。でも、こんな芸当はだれかれでき るシロモノではないでしょうよ(笑)。 
 僭越ですが貧困からは完全に脱却させています。自家用車も月賦完済。次は土地。その次は持ち家・・・といった意気込みで頑張っているところです。
 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳から動機を得て始めて現 在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通算7 年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。
 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月!題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧ください。「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と賞賛されると確信します。(2015.11.13.記)

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                   English               
                2015年11月21日(土)
        
   
                            コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.
28.  

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月21日の「できごと」 
                          November 21, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

5「Port Arthur Massacre, 1894」の画像検索結果「Port Arthur Massacre, 1894」の画像検索結果「Port Arthur Massacre, 1894」の画像検索結果  関連画像「Port Arthur Massacre, 1894」の画像検索結果関連画像
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「1969, nicson and sato agreed okinawa return in 1972」の画像検索結果     「1969, nicson and sato agreed okinawa return in 1972」の画像検索結果     「1969, nicson and sato agreed okinawa return in 1972」の画像検索結果   関連画像「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果    「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果
   「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果   「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果   「1969, okinawa return to japan in 1972, newpapers reports」の画像検索結果
25「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果 「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果 「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果  「1986年 - 伊豆大島・三原山の噴火、全島民が一時島を脱出。」の画像検索結果
164 BCJudas Maccabeus, son of Mattathias of the Hasmonean family, restores the Temple in Jerusalem. This event is commemorated each year by the festival of Hanukkah.
(1)235年 - ローマ教皇アンテルスが即位。
1009Lý Công Uẩn is enthroned as emperor of Đại Cồ Việt, founding the Lý dynasty.
1386Timur of Samarkand captures and sacks the Georgian capital of Tbilisi, taking King Bagrat V of Georgia captive.
1620Plymouth Colony settlers sign the Mayflower Compact (November 11, O.S.).
(2)1783年 - パリでモンゴルフィエ兄弟熱気球による初の有人飛行に成功。
(3)1789年 - ノースカロライナ州が12番目にアメリカ合衆国憲法に批准。
(4)1806年 - ナポレオン戦争: ナポレオン・ボナパルトによって大陸封鎖令が発せられる。
1861American Civil War: Confederate President Jefferson Davis appoints Judah Benjamin secretary of war.
1877Thomas Edison announces his invention of the phonograph, a machine that can record and play sound.
(5)1894年 - 日清戦争: 旅順虐殺事件
1902 – The Philadelphia Football Athletics defeated the Kanaweola Athletic Club of Elmira, New York, 39–0, in the first ever professional American football night game.
(6)1903年 - 三田綱町球場にて早稲田大学野球部慶應義塾大学野球部の対抗戦(早慶戦の起こり)。
(7)1905年 - E=mc²の式が載ったアルベルト・アインシュタイン特殊相対性理論の第2論文がドイツの学術誌『アナーレン・デア・フィジーク』に掲載される。
(8)1909年 - 人吉 - 吉松間の開業により、門司(現在の門司港)から鹿児島までが鉄道で結ばれる(現在の肥薩線経由)。
1910 – Sailors onboard Brazil's most powerful military units, including the brand-new warships Minas Geraes, São Paulo, and Bahia, violently rebel in what is now known as the Revolta da Chibata (Revolt of the Lash).
(9)1916年 - 第一次世界大戦: イギリス海軍病院船として徴用されていた客船「ブリタニック」が触雷し沈没。
1918 – The Flag of Estonia, previously used by pro-independence activists, is formally adopted as the national flag of the Republic of Estonia.
・1918 –
A pogrom takes place in Lwów (now Lviv); over three days, at least 50 Jews and 270 Ukrainian Christians are killed by Poles.
1920Irish War of Independence: In Dublin, 31 people are killed in what became known as "Bloody Sunday". This included fourteen British informants, fourteen Irish civilians and three Irish Republican Army prisoners.
1922Rebecca Latimer Felton of Georgia takes the oath of office, becoming the first female United States Senator.
1927Columbine Mine massacre: Striking coal miners are allegedly attacked with machine guns by a detachment of state police dressed in civilian clothes.
(10)1930年 - 矢口浄水場通水。
(11)1939年 - ヨーロッパ航路の貨客船「照国丸」がイギリスの機雷に触れ沈没。乗客乗員は全員救助。
1942 – The completion of the Alaska Highway (also known as the Alcan Highway) is celebrated (however, the highway is not usable by general vehicles until 1943).
(12)1943年 - 第二次世界大戦: タラワの戦いが始まる( - 11月23日)。
(13)1943年 - 阪神武庫川線が開業。
(14)1944年 - 第二次世界大戦: 戦艦金剛サマール沖海戦の帰還中にアメリカ海軍バラオ級潜水艦シーライオンの魚雷が2本命中し沈没。
(15)1945年 - 治安警察法廃止。
1945 – The United Auto Workers strike 92 General Motors plants in 50 cities to back up worker demands for a 30-percent raise.
(16)1946年 - 大阪朝日新聞現代かなづかいによる紙面作りを開始。
1950 – Two Canadian National Railway trains collide in northeastern British Columbia in the Canoe River train crash; the death toll is 21, with 17 of them Canadian troops bound for Korea.
1953 – The British Natural History Museum announces that the "Piltdown Man" skull, initially believed to be one of the most important fossilized hominid skulls ever found, is a hoax.
1959 – American disc jockey Alan Freed, who had popularized the term "rock and roll" and music of that style, is fired from WABC-AM radio for refusing to deny allegations that he had participated in the payola scandal.
(17)1960年 - 東海道本線金谷 - 藤枝間で架線試験電車クモヤ93000により175km/hの狭軌世界記録を樹立。
1962 – The Chinese People's Liberation Army declares a unilateral ceasefire in the Sino-Indian War.
(18)1963年 - 第30回衆議院議員総選挙投票。
1964 – The Verrazano–Narrows Bridge opens to traffic. (At the time it is the world's longest suspension bridge.)
・1964 –
Second Vatican Council: The third session of the Roman Catholic Church's ecumenical council closes.
1967Vietnam War: American General William Westmoreland tells news reporters: "I am absolutely certain that whereas in 1965 the enemy was winning, today he is certainly losing."
(19)1969年 - 米大統領リチャード・ニクソンと日本の佐藤栄作首相が、安保堅持・1972年沖縄返還などの日米共同声明を発表。
(20)1969年 - インターネットの元型であるARPANETの公開実験が開始。
(21)1970年 - 国連総会で、国民政府中華民国)追放・中共政府(中華人民共和国)招請議案が初めて過半数を獲得。
(22)1970年 - 名古屋市郊外に日本ケンタッキー・フライド・チキンの第1号店(名西店)がオープン。
1970 – Vietnam War: Operation Ivory Coast: A joint United States Air Force and Army team raids the Sơn Tây prisoner-of-war camp in an attempt to free American prisoners of war thought to be held there.
1971 – Indian troops, partly aided by Mukti Bahini (Bengali guerrillas), defeat the Pakistan army in the Battle of Garibpur.
1972 – Voters in South Korea overwhelmingly approve a new constitution, giving legitimacy to Park Chung-hee and the Fourth Republic.
1974 – The Birmingham pub bombings kill 21 people. The Birmingham Six are sentenced to life in prison for the crime but subsequently acquitted.
(23)1974年 - 長嶋茂雄巨人軍監督に就任。
1977Minister of Internal Affairs Allan Highet announces that the national anthems of New Zealand shall be the traditional anthem "God Save the Queen" and "God Defend New Zealand", by Thomas Bracken (lyrics) and John Joseph Woods (music), both being of equal status as appropriate to the occasion.
(24)1978年 - 江川卓が読売ジャイアンツと契約。(空白の一日事件
1979 – The United States Embassy in Islamabad, Pakistan, is attacked by a mob and set on fire, killing four.
1980 – A deadly fire breaks out at the MGM Grand Hotel in Paradise, Nevada (now Bally's Las Vegas). Eighty-seven people are killed and more than 650 are injured in the worst disaster in Nevada history.
1983 – US military campaign in Granada ends.
1985United States Navy intelligence analyst Jonathan Pollard is arrested for spying after being caught giving Israel classified information on Arab nations. He is subsequently sentenced to life in prison.
1986Iran–Contra affair: National Security Council member Oliver North and his secretary start to shred documents allegedly implicating them in the sale of weapons to Iran and channeling the proceeds to help fund the Contra rebels in Nicaragua.
(25)1986年 - 11月15日からの伊豆大島三原山の噴火に伴い、全島民が一時島を脱出。
(26)1989年 - 日本労働組合総連合会(連合)と全国労働組合総連合(全労連)が発足。
(27)1990年 - 全欧安全保障協力会議が欧州分断終結を宣言したパリ憲章英語版に調印。
(28)1990年 - 任天堂の据え置き型ゲーム機、スーパーファミコンが日本国内で発売。
1992 – A major tornado strikes the Houston, Texas area during the afternoon. Over the next two days the largest tornado outbreak ever to occur in the US during November spawns over 100 tornadoes before ending on the 23rd.
(29)1995年 - ユーゴスラヴィア紛争: ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争終結のためのデイトン合意がなされる。
(30)1996年 - 阪和銀行が経営破綻。日本の銀行としては戦後初。
(31)1996年 - 大阪外環状鉄道おおさか東線)設立。
1996Humberto Vidal explosion: Thirty-three people die when a Humberto Vidal shoe shop explodes.
(32)2002年 - ブルガリアエストニアラトビアリトアニアルーマニアスロバキアスロベニア北大西洋条約機構(NATO)に加盟。
(33)2003年 - 保守新党が解党し、自由民主党に合流。
(34)2004年 - 任天堂の携帯型ゲーム機、ニンテンドーDS北米で発売。
2004 – The second round of the Ukrainian presidential election is held, giving rise to massive protests and controversy over the election's integrity.
・2004 – The island of
Dominica is hit by the most destructive earthquake in its history. The northern half of the island sustains the most damage, especially the town of Portsmouth. It is also felt in neighboring Guadeloupe, where one person is killed.
・2004 – The
Paris Club agrees to write off 80% (up to $100 billion) of Iraq's external debt.
2006 – Anti-Syrian Lebanese Minister and MP Pierre Gemayel is assassinated in suburban Beirut.
2009 – A mine explosion in Heilongjiang province, northeastern China, kills 108.
(35)2009年 - 任天堂の携帯型ゲーム機、ニンテンドーDSi LLが日本国内で発売。
(36)2011年 - オウム真理教元幹部・遠藤誠一に最高裁判所が上告審判決(上訴棄却、死刑が確定)。オウム真理教事件の一連の刑事裁判がすべて終結。
2012 – At least 28 are wounded after a bomb is thrown onto a bus in Tel Aviv.
2013 – A supermarket roof collapse in Riga, Zolitude, Latvia killing 54 people.
(37)2014年 - 当時の内閣総理大臣・安倍晋三により衆議院が解散された(7条解散)。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5873件です。 
2015年11月21日(土)掲載分

昨日11月20日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月21日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいの「(5)1894年 - 日清戦争: 旅順虐殺事件」、「(19)1969年 - 米大統領リチャード・ニクソンと日本の佐藤栄作首相が、安保堅持・1972年沖縄返還な どの日米共同声明を発表」です。★前者は朝鮮半島の覇権をめぐって始まった日清戦争で起きた出来事。「覇権」は植民地化繋がります。ごく近代までの人類歴 史は植民地化による勢力拡大の繰り返し。日本だけが門外漢ではあり得ません。「きょうのできごと」編集で痛切に感じるのは洋の古今東西を問わず虐殺の繰り 返し。戦争で勝てば勝ったで、捕虜に食を与える余裕が無いからか、憎いからかは別として、足手まといは殺すしか道がない感じです。グーグルする中で目に余 るような残忍な光景があまりにも多いのに愕然とします。さすがにわが日本軍のその残念さの写真は死者に日本刀を突きつけて自慢げな軍人の写真1枚を選びま した★後者の沖縄返還を戦後26年にして実現した佐藤総理(当時)のことは後述のことにしての話。ヨシダは沖縄返還直前に運送業界視察の名目で一週間の旅 行をしました。右側通行・左ハンドル時代でした。フィリピンの現在と同じ★佐藤さんに話を戻してのこと。総理の時代に「非核三原則」を唱え、世界に宣言し たので、世界は感激して「平和主義の旗頭」と讃え、ノーベル賞を受賞。ところが後日、彼は非核三原則を唱えた言葉の蔭で沖縄返還の交換条件みたいな形でア メリカと「核の密約」を交わしており、世界中の人を欺いていたことが判明したものでした。でも、沖縄の人たちにとってはそんなことはどうでもイイが本音 だったでしょう。基地問題に揺れる沖縄の実情は胸の痛むことです・・・。
 「No.5873パリ多発テロ、イスラム国の「金と武器」はどこから来るのか?MAG2 NEWS2015.11.21.北野幸伯)」を編集しながらふと、頭を横切るもの。イスラム国の資金源を絶つために、かれらの最大の「財源」である「石油の不買運動」を呼びかけたら・・・と。でも、そうすると逆に標的にされるのが、提言国?それとも、既存の石油購入国?と複雑です。(12:30)




No.5873
パリ多発テロ、イスラム国の「金と武器」はどこから来るのか?
MAG2 NEWS2015.11.21.北野幸伯

ヨシダブログ:No.5869「パリ同時多発テロ」で世界の敵対関係はどう変わるのか?MAG2 NEWS2015.11.19.北野幸伯)」 の続編みたいな内容で、大事な箇所は太文字表示されて分かり易いです▼「中見出し」は、■パリ同時多発テロ~イスラム国の資金源、■「イスラム国」につい て、知っておくべき「2つの基本」、■「イスラム国」を太らせたのは誰だ!?、■「イスラム国」、現在の資金源・・・と続きます。なお、添付写真はヨシダ 選択によります。写真8枚添付ファイル 
 「イスラム国の資金源」の画像検索結果「イスラム国の資金源」の画像検索結果「イスラム国の資金源」の画像検索結果  「イスラム国の資金源」の画像検索結果
          「イスラム国の資金源」の画像検索結果  「イスラム国の資金源」の画像検索結果   「イスラム国の資金源」の画像検索結果「北野幸伯」の画像検索結果       
 昨日20日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日21日の第一記事掲載(12:20)をもって消却しました。なお、「
インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。


               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
  「主の祈り」に蛇足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学 天文学教授の娘さん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいた人物。後年、出版社が募集した懸賞論文に応 募して「佳作」になった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
  
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
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 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」と付け加えて自分のモノにしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 蛇足の弁で恐縮ですが、ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本 語 評論があります。「敬語・へりくだり語・蔑視語・優越語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。議長ポストの優越感や権威を意識した かのような「君呼ばわり」。その背後に見え隠れするのがその日本語の複雑な使い分け。「君呼ばわり」は「対等・ 若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通であるからです。この辺りへの「配慮」で 「○○さん」呼ばわりしたのは土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌って おられることと想像しています。
    
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年11月21日(土)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co