吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 上掲の自己紹介リンクは2012年6月付のもの。爾来、3年半近くが経過しましたが、そこからが本番って感じの生活ぶりで過ごしています。
  ある縁を得て、フィリピン家族(総勢半ダース余)と共同生活を送っています。英語の契約書も交わして弁護人介在の約束事です。題して「相互信頼精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見がかれらの約束事。一方のヨシダの約束事は、かれらを貧困から脱却さすことにあります。ヨシダの年金等 をかれらに管理委託してのことですが、事実上は、そっくり任せっきりということです。相互信頼の最たるものと自負します。でも、こんな芸当はだれかれでき るシロモノではないでしょうよ(笑)。 
 僭越ですが貧困からは完全に脱却させています。自家用車も月賦完済。次は土地。その次は持ち家・・・といった意気込みで頑張っているところです。
 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳から動機を得て始めて現 在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通算7 年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。
 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月!題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧ください。「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と賞賛されると確信しますよ(笑)。(2015.11.13.記)

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                  English               
            2015年11月20日(金)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.
28.   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
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   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月20日の「できごと」 
                          November 20, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

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29 「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果 「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果 「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果「2001, ichiro, shiattle, won first nvp as japanese」の画像検索結果
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284Diocletian is chosen as Roman emperor.
762 – During the An Shi Rebellion, the Tang dynasty, with the help of Huihe tribe, recaptures Luoyang from the rebels.
1194Palermo is conquered by Henry VI, Holy Roman Emperor.
1407 – A truce between John the Fearless, Duke of Burgundy and Louis of Valois, Duke of Orléans is agreed upon under the auspices of John, Duke of Berry. Orléans would be assassinated three days later by Burgundy.
(1)1620年ユリウス暦11月11日) - メイフラワー号に乗ってアメリカに渡ったピルグリム・ファーザーズメイフラワー誓約に署名。
1695Zumbi, the last of the leaders of Quilombo dos Palmares in early Brazil, is executed by the forces of Portuguese bandeirante Domingos Jorge Velho.
1739 – Start of the Battle of Porto Bello between British and Spanish forces during the War of Jenkins' Ear.
1776American Revolutionary War: British forces land at the Palisades and then attack Fort Lee. The Continental Army starts to retreat across New Jersey.
1789New Jersey becomes the first U.S. state to ratify the Bill of Rights.
(2)1805年 - ベートーヴェン唯一のオペラフィデリオ』が初演。ベートーヴェン自身が指揮をするが失敗。
1820 – An 80-ton sperm whale attacks the Essex (a whaling ship from Nantucket, Massachusetts) 2,000 miles from the western coast of South America. (Herman Melville's 1851 novel Moby-Dick is in part inspired by this story.)
1845Anglo-French blockade of the Río de la Plata: Battle of Vuelta de Obligado.
1861American Civil War: A secession ordinance is filed by Kentucky's Confederate government.
(3)1889年 - マーラー交響曲第1番が初演。
(4)1910年 - メキシコ革命: フランシスコ・マデロポルフィリオ・ディアス大統領の大統領選での不正と当選無効を訴えて一斉蜂起。メキシコ革命が始まる。
(5)1917年 - ウクライナ初の近代国家となるウクライナ人民共和国が独立を宣言。
(6)1917年 - 第一次世界大戦: カンブレーの戦いはじまる。
(7)1927年 - 御岳登山鉄道設立。
(8)1934年 - 辻政信らの働きかけで、皇道派村中孝次大尉・磯部浅一一等主計ら3人と陸軍士官学校生徒5人をクーデター謀議で逮捕。(陸軍士官学校事件
1936José Antonio Primo de Rivera, founder of the Falange, is killed by a republican execution squad.
(9)1937年 - 国民政府蒋介石政権)が南京から重慶への遷都を宣言。
(10)1938年 - 岩波書店が「岩波新書」の刊行を開始。
(11)1940年 - 第二次世界大戦: ハンガリールーマニアスロバキア日独伊三国同盟に加盟。
1943 – World War II: Battle of Tarawa (Operation Galvanic) begins: United States Marines land on Tarawa Atoll in the Gilbert Islands and suffer heavy fire from Japanese shore guns and machine guns.
(12)1945年 - ドイツニュルンベルク第二次世界大戦の戦犯を裁く国際軍事裁判(ニュルンベルク裁判)が始まる。
(13)1947年 - イギリスのエリザベス王女(後の国王エリザベス2世)とエディンバラ公フィリップが結婚。
(14)1947年 - 任天堂設立。
(15)1948年 - 日本初の競輪小倉競輪場で開始。
1952Slánský trials: A series of Stalinist and anti-Semitic show trials in Czechoslovakia.
(16)1954年 - 神奈川県相模原市が市制施行。
(17)1962年 - 京葉臨海鉄道設立。
1962Cuban Missile Crisis ends: In response to the Soviet Union agreeing to remove its missiles from Cuba, U.S. President John F. Kennedy ends the quarantine of the Caribbean nation.
(18)1963年 - 国連総会で人種差別撤廃宣言を採択。
1968 – A total of 78 miners are killed in an explosion at the Consolidated Coal Company’s No. 9 mine in Farmington, West Virginia in the Farmington Mine disaster.
1969Vietnam War: The Plain Dealer publishes explicit photographs of dead villagers from the My Lai Massacre in Vietnam.
・1969 –
Occupation of Alcatraz: Native American activists seize control of Alcatraz Island until being ousted by the U.S. Government on June 11, 1971.
(19)1971年 - 中華航空825便爆破事件
1974 – The United States Department of Justice files its final anti-trust suit against AT&T Corporation. This suit later leads to the breakup of AT&T and its Bell System.
1977Egyptian President Anwar Sadat becomes the first Arab leader to officially visit Israel, when he meets Israeli prime minister Menachem Begin and speaks before the Knesset in Jerusalem, seeking a permanent peace settlement.
(20)1979年 - アル=ハラム・モスク占拠事件
(21)1980年 - 文化大革命を指導した四人組の裁判が開始。
(22)1980年 - 川治プリンスホテル火災。死者数45名。
1980Lake Peigneur drains into an underlying salt deposit. A misplaced Texaco oil probe had been drilled into the Diamond Crystal Salt Mine, causing water to flow down into the mine, eroding the edges of the hole.
(23)1981年 - 野岩鉄道設立。
1982 – The General Union of Ecuadorian Workers (UGTE) is founded.
(24)1985年 - マイクロソフトMicrosoft Windows 1.0を発売。
1989Velvet Revolution: The number of protesters assembled in Prague, Czechoslovakia swells from 200,000 the day before to an estimated half-million.
1991 – An Azerbaijani MI-8 helicopter carrying 19 peacekeeping mission team with officials and journalists from Russia, Kazakhstan and Azerbaijan is shot down by Armenian military forces in Khojavend District of Azerbaijan.
(25)1992年 - イギリス王室の離宮・ウィンザー城で火災。(en:1992 Windsor Castle fire)
1993Savings and loan crisis: The United States Senate Ethics Committee issues a stern censure of California senator Alan Cranston for his "dealings" with savings-and-loan executive Charles Keating.
1994 – The Angolan government and UNITA rebels sign the Lusaka Protocol in Zambia, ending 19 years of civil war. (Localized fighting resumes the next year.)
1998 – A court in Taliban-controlled Afghanistan declares accused terrorist Osama bin Laden "a man without a sin" in regard to the 1998 U.S. embassy bombings in Kenya and Tanzania.
(26)1998年 - 国際宇宙ステーションの最初のモジュール「ザーリャ」がカザフスタンバイコヌール宇宙基地から打上げ。
(27)1998年 - アメリカマサチューセッツ州ボストン近郊でトランスジェンダーリタ・ヘスター英語版が惨殺された。(トランスジェンダー追悼の日の由来)
(28)2000年 - 加藤の乱衆議院内閣不信任決議案を否決。
(29)2001年 - シアトル・マリナーズイチローが、メジャーリーグベースボールで日本人初のMVPを獲得。
2001 – In Washington, D.C., U.S. President George W. Bush dedicates the United States Department of Justice headquarters building as the Robert F. Kennedy Justice Building, honoring the late Robert F. Kennedy on what would have been his 76th birthday.
2003 – After the November 15 bombings, a second day of the 2003 Istanbul bombings occurs in Istanbul, Turkey, destroying the Turkish head office of HSBC Bank AS and the British consulate.
(30)2004年 - Jリーグ浦和レッドダイヤモンズが創立初のセカンドステージ優勝。
(31)2004年 - Jリーグ・大宮アルディージャが創立初のJ1昇格決定。
(32)2004年 - JFL大塚製薬サッカー部が四国初のJFL2連覇、Jリーグ昇格内定。
(33)2005年 - 日本の小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワの岩石の採取を試みるも失敗し、イトカワの地表に不時着。
(34)2007年 - 改正出入国管理及び難民認定法施行。一部の例外を除き、外国人の指紋採取・写真撮影の義務化がスタート。
2008 – After critical failures in the US financial system began to build up after mid-September, the Dow Jones Industrial Average reaches its lowest level since 1997.
(35)2010年 - Jリーグ・名古屋グランパスが創立初のリーグ優勝。

                          インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5872件です。 
2015年11月20日(金)掲載分

昨日11月19日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月19日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(4)1910年 - メキシコ革命: フランシスコ・マデロポルフィリオ・ディアス大統領の大統領選での不正と当選無効を訴えて一斉蜂起。メキシコ革命が始まる。 」、「(29)2001年 - シアトル・マリナーズイチローが、メジャーリーグベースボールで日本人初のMVPを 獲得」★前者は革命という行為そのものに対するある種の評価をしたい気持ちが否定できないからです。ちなみに、わが人生は第一毛作で実用新案3件を取得 し、英語力を駆使して米国から新技術3件をマスタ-して日本に広めたりしました。また、人生第三毛作では、トラック運送業界の規制緩和にチャレンジしたり したものです。欧米諸国では本流とさえ言われる「個人トラック制度」ですが、日本では「最低車両台数規制」で認められないものでした。大量の提言論文を業 界紙(誌)に発表したり、講演活動を展開したものです。結果は実現しませんでしたが、「建前と本音の使い分け」をする母国に愛想を尽かしての離日であった ことも事実です★後者のイチローさんの快挙は、人生第三毛作で「ドライバー教育」を手掛けた折に、イチローさんの人柄や考え方に言及したものでした。教育 の良き手本の人物としてでした。(19日19:20)
 本日最初の取材記事はヨシダに大きな転換期を招来した感じです。単細胞的と言われるのを承知の上のヨシダ告白ですが、「憲法改正已む無し論者」への転換をします。良かれ悪しかれですが、一つの思想の区切りを感じる瞬間です。「No.5870102歳の奥野誠亮・元法相「そろそろ自前の憲法作ろう」産経ニュース2015.11.20.)」がそれです。(10:35)
 久々に経営者マインドを楽しみながら編集した記事です。「No.5872:非正規4割佐賀新聞「有明抄」2015.11.20.章)」がそれですが、本記事筆者は相当のご年配とみます。ゴメンなさい、辛口ブログで・・・。(12:40)
 このところ、「納豆」が殊のほかお気に入り献立のひとつ。冷蔵庫の在庫がなくなったことか ら、帰宅途中でマーケットに寄って買ってきて、とアーネルにメール。数時間後に「在庫切れです」と。食と言えば、二食主義が徹底して久しいなか、不思議な ほどに日本食メニューに関心が薄らぎました。梅干やラッキョ類の保存食は別にして、お刺身みとか天麩羅とかいった類のものに不思議なほど関心がなくなりま した。もっとも、毎週日曜日にはバラ寿司&味噌汁をアーネルが懇意にするフィリピン人経営の日本食レストランから出前させているのですが、それとて、何が なんでも・・・といった願望が失せています。こうした食生活への拘り変化を内心歓迎しています。その分、不満が生じないからです。郷に入れば郷に従え、です。(19:50)


No.5872
非正規4割
佐賀新聞「有明抄」2015.11.20.章
ヨシダブログ:人生第二毛作で32年間のト ラック運送事業経営を体験した者の弁です。今から40年余前のこと。当時、労働組合を擁していました。労組対策といった狭隘な根性ではなく、ある特殊な事 業上の対策からでしたが、大阪の「自運労(自動車運転手労働組合:大阪本部)」という組織を存分に使ったことがあります。荷主の物流拠点が増設されて平均 輸送片道距離が近くなるために生じ得る「ドライバー余剰対策」ゆえのことでした▼ものすごく良く働くセクトでした。横着をすると即座に首が飛ぶという立場 を意識したかれらの自己防衛本能でした。給料は3,4割高でした▼現代の雇用社会が非正社員主流になる理由もわかる気がしますが、それだけに、働く方は大 変です。でも、ヨシダ持論ですが、世界人口は暴発中。なかんずく、産業ロボットは加速中。どうみても、人手は余剰になるのみです。とりわけ、日本の場合は 移民の受け入れ問題が背後にあること等々を考えると、現状の雇用状態には一層の激しさが避けられません▼下手な人材(財)よりロボット材(財)のほうが優 秀かつ、安価であり得る時代の到来です。僭越ですが、本記事末尾の弁にはちょっと抵抗を感じます。曰く、「人はすぐには育たない。いつか気づいた時では遅 いのである」には、疑問を呈します。マネージメントはごく限られたセクト。しかも頭脳ロボットが代行する分野も目白押し。とすれば、働き蜂にあたる一般社 員の立場は弱くなる一方、と覚悟することが避けられないとみます。繰り返しの弁。それは世界人口暴発と産業ロボット化の進展です。現在の雇用形態に対する 批判や不満は無駄な抵抗とみます。とすれば、それに応じた生き方選択肢しかないと考えます。ひと昔前の郷愁に囚われず、です▼本記事筆者の末尾の弁にいさ さか首を傾げます。曰く、「人はすぐには育たない。いつか気づいた時では遅いのである」がそれ。経営側はその先の先を向かって経営の舵をとっています。臨機応変は経営者の特技。「経営は環境即応業」である所以です▼末尾に皮肉のヨシダブログの追伸。「人材は経営者が育てるもの」は時代遅れの思想ですね。経営者同士が凌ぎを削る時代。従業員も、です。つまり、自己啓発は自身の力と責任で、という点がひと昔との大きな差異です。何ごとも「需給と供給のメカニズム」への今までにない新しい発想が大事です。(写真5枚添付ファイル 
 「テレビドラマ「ハケンの品格」中園ミホ」の画像検索結果「テレビドラマ「ハケンの品格」」の画像検索結果 「テレビドラマ「ハケンの品格」」の画像検索結果「テレビドラマ「ハケンの品格」中園ミホ」の画像検索結果「テレビドラマ「ハケンの品格」中園ミホ」の画像検索結果
No.5871
福井新聞と沖縄タイムスは共同サイト「フクナワ」をネット上で公開している。…
沖縄タイムス「大弦小弦」2015.11.20.宮城栄作
ヨシダブログ:No.5862:福井と沖縄の地方紙がタッグを組んだ。「ともに安全保障とエネルギーという…神戸新聞「正平調」2015.11.18.)」)に対する当該紙(沖縄タイムス)のエール記事です。イ イもんですよね~、エールし合うてことは。正直な話、くだんの記事を編集掲載した時にふと、感じたことは、当事者たる沖縄さんの反応は何処へ?といった感 じでしたが、同業者同士のエチケットを垣間見てイイ気分です▼ふと、気になること。それは前者記事にブログした「広島・福岡」の被爆市同士の間柄に免じて の「ヒロサキ」というアイディアで同じようなことを考えたこと。・・・とまあ、余計なことは詮索しません(笑)。本記事末尾の記者の弁に共感します。「視 野を広げた模索の必要性」がそれです。狭隘な思想の中からは期待できない新しい発想でありアイディアであり、行動ですよネ。写真5枚添付ファイル 
 「沖縄タイムス」の画像検索結果 「宮城栄作」の画像検索結果    「宮城栄作」の画像検索結果     「宮城栄作」の画像検索結果  「宮城栄作」の画像検索結果
No.5870
102歳の奥野誠亮・元法相「そろそろ自前の憲法作ろう」
産経ニュース2015.11.20.
ヨシダブログ:写真付きの本記事に接して真っ先に痛感したこと!「わ~!あの奥野御大は102歳にしてご健在だ~!しかも、あの矍鑠(かくしゃく)たるお顔つきで講演までしておられる!」か驚 愕的なヨシダの受けとめ方です。102歳と言えばヨシダの母が天命を全うした年齢。ドエライ、驚異的な差異と痛感します▼日本国憲法の在り方をめぐる論議 が活発ななかで、専門知識もないヨシダが判断に窮する面と言えば、自衛権やそれに伴う自衛力とその行使のあり方を巡るのが焦点です▼現憲法は被占領国日本 が占領軍から押し付けに似た感じで与えられて現在に至るもの。皮肉なことに、都合のイイ部分は有難く受けとめて「温存」を主張し、そうでない場合は反対ハ ンタイというのが決まり相場▼考えてみるに、当時の占領軍アメリカは二度と日本をして戦争をしないようにすることを目的にした憲法であり、その中身でし た。ちなみに、「地政学」とやらまで、日本人の勉強禁止を命じたのがマッカーサー総司令官でした。戦後はごく最近まで「禁句」とされてきた学問ですが、ど うやら、現代では大手を振って国の内外で罷り通っています▼この短い記事の中に目にとまる奥野御大の言葉に今までにない、強烈な説得力を体感 しました。曰く、「・・・GHQがつくった憲法の前文には『平和を愛する諸国 民の公正と信義に信頼し』とある。今の世界情勢でこのような表現は笑いものだ。軍隊や非常事態規定、環境権は必要だ」と指摘・・・」がそれです。テロの台 頭はその最たる対象足り得るでしょう▼「経営とは環境即応業」が経営者人生60余年に亘ってヨシダが胸に抱いてきたキーワード。政治も然り、と考えざるを 得ません。ましてや、国際情勢がテロ等の台頭で混沌とする時代においてや、です▼ヨシダをして憲法改正論者に転じるきっかけを作った小さな本記事であり、 奥野御大のご高説であると考えています。ふと、ヨシダの頭を横切るも の。ひょとしたら、のこと。安倍総理が奥野御大のお出ましを要請されたのかな?・・と(笑)。(写真6枚添付ファイル 
  「奥野誠亮」の画像検索結果 「日本記者クラブで講演する、奥野誠亮・元法相」の画像検索結果「奥野誠亮・元法相」の画像検索結果「奥野誠亮・元法相」の画像検索結果「奥野誠亮・元法相」の画像検索結果「奥野誠亮・元法相」の画像検索結果
 昨日19日の記事5編を下記に掲載していましたが、本日20日の第一記事掲載(10:25)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

             「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
  「主の祈り」に蛇足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学 天文学教授の娘さん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいた人物。後年、出版社が募集した懸賞論文に応 募して「佳作」になった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
  
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
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 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」と付け加えて自分のモノにしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 蛇足の弁で恐縮ですが、ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本 語 評論があります。「敬語・へりくだり語・蔑視語・優越語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。議長ポストの優越感や権威を意識した かのような「君呼ばわり」。その背後に見え隠れするのがその日本語の複雑な使い分け。「君呼ばわり」は「対等・ 若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通であるからです。この辺りへの「配慮」で 「○○さん」呼ばわりしたのは土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌って おられることと想像しています。
    
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                      
2015年11月20日(金)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                       
 吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co