吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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      吉田祐起のプロフィール :満84歳0か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 上掲の自己紹介リンクは2012年6月付のもの。爾来、3年半近くが経過しましたが、そこからが本番って感じの生活ぶりで過ごしています。
  ある縁を得て、フィリピン家族(総勢半ダース余)と共同生活を送っています。英語の契約書も交わして弁護人介在の約束事です。題して「相互信頼精神に基づ く運命共同体生活」がそれです。ヨシダの終生面倒見がかれらの約束事。一方のヨシダの約束事は、かれらを貧困から脱却さすことにあります。ヨシダの年金等 をかれらに管理委託してのことですが、事実上は、そっくり任せっきりということです。相互信頼の最たるものと自負します。でも、こんな芸当はだれかれでき るシロモノではないでしょうよ(笑)。 
 僭越ですが貧困からは完全に脱却させています。自家用車も月賦完済。次は土地。その次は持ち家・・・といった意気込みで頑張っているところです。
 ・・・ と、こんな生活設計を描いて現在に至るヨシダですが、ヨシダの義務は長生きすることにあると自覚しています。そのためには満40歳から動機を得て始めて現 在に至る自己流のストレッチング体操に一層の磨きをかけるなど、加えて長年に及ぶステッキ使用で肩にかかった重荷による肩こり解消に集中努力をして通算7 年。お陰で99.9%の達成振りです。でも、ちょっと真似のできない自助努力と自負します。
 肝心のボケ防止のための独特の手法を編み出したのが2012年3月!題して「インタネット情報&ヨシダブログ」がそれです。詳細はクリックしてご覧ください。「こんなことをしているなんて、カッコいいボケ防止!」と賞賛されると確信します。(2015.11.13.記)

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com                                                                         English               
            2015年11月19日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.
28.   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
            「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月19日の「できごと」 
                          November 19, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

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  「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果      「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果 「Lincoln Memorial」の画像検索結果
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636 – The Rashidun Caliphate defeated the Sasanian Empire at the Battle of al-Qādisiyyah in Iraq.
(2)1095年 - ローマ教皇ウルバヌス2世が招集したクレルモン教会会議が始まる。
(3)1392年明徳3年/元中9年閏10月5日)- 明徳の和約南朝後亀山天皇北朝後小松天皇三種の神器を譲渡し、日本の南北朝時代が終結。]
(4)1493年 - クリストファー・コロンブスが現在のプエルトリコにヨーロッパ人として初めて上陸
(5)1703年 - バスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」(鉄仮面)が死亡。
(6)1794年 - アメリカ合衆国イギリスジェイ条約に調印。アメリカ独立戦争以後残された問題の解決を狙いとしたもの。
(7)1816年 - ワルシャワ大学設立。
1847 – The second Canadian railway line, the Montreal and Lachine Railway, is opened.
(8)1863年 - エイブラハム・リンカーンによるゲティスバーグ演説が行われる。
(9)1868年明治元年10月6日)- 戊辰戦争: 松山戦争
1881 – A meteorite lands near the village of Grossliebenthal, southwest of Odessa, Ukraine.
1885Serbo-Bulgarian War: Bulgarian victory in the Battle of Slivnitsa solidifies the unification between the Principality of Bulgaria and Eastern Rumelia.
(10)1894年 - 青梅鉄道(現在の青梅線)が開業。
(11)1906年 - 京阪電気鉄道設立。
1911 – The Doom Bar in Cornwall claimed two ships, Island Maid and Angele, the latter killing the entire crew except the captain.
1912First Balkan War: The Serbian Army captures Bitola, ending the five-century-long Ottoman rule of Macedonia.
1916Samuel Goldwyn and Edgar Selwyn establish Goldwyn Pictures.
1941World War II: Battle between HMAS Sydney and HSK Kormoran. The two ships sink each other off the coast of Western Australia, with the loss of 645 Australians and about 77 German seamen.
・1942 –
Mutesa II is crowned the 35th and last Kabaka (king) of Buganda, prior to the restoration of the kingdom in 1993.
(12)1942年 - 第二次世界大戦独ソ戦: ウラヌス作戦がはじまる。
1943 – Holocaust: Nazis liquidate Janowska concentration camp in Lemberg (Lviv), western Ukraine, murdering at least 6,000 Jews after a failed uprising and mass escape attempt.
1944 – World War II: U.S. President Franklin D. Roosevelt announces the 6th War Loan Drive, aimed at selling US$14 billion in war bonds to help pay for the war effort.
・1944 – World War II: Thirty members of the
Luxembourgish resistance defend the town of Vianden against a larger Waffen-SS attack in the Battle of Vianden.
(13)1945年 - GHQが超国家主義的・軍国主義的・封建的な映画236本の上映禁止・焼却を指令。
(14)1946年 - アフガニスタンアイスランドスウェーデン国際連合に加盟。
1950 – US General Dwight D. Eisenhower becomes Supreme Commander of NATO-Europe.
1952 – Greek Field Marshal Alexander Papagos becomes the 152nd Prime Minister of Greece.
1954Télé Monte Carlo, Europe's oldest private television channel, is launched by Prince Rainier III.
1955National Review publishes its first issue.
(15)1956年 - 東海道本線全線電化が完成。ダイヤ改正も同時実施。それにともない、「青大将」塗色のつばめデビュー、汐留駅 - 梅田駅間でコンテナ列車運転開始。
(16)1959年 - 東京都で学童擁護員(緑のおばさん)の制度開始。
1959 – The Ford Motor Company announces the discontinuation of the unpopular Edsel.
(17)1962年 - 全日空バイカウント機墜落事故。訓練飛行中の全日空機が愛知県猿投上空で墜落。乗員4人全員死亡。
(18)1965年 - 佐藤栄作内閣が戦後初の赤字国債発行を閣議決定。
(19)1966年 - 横綱栃ノ海が引退。
1967 – The establishment of TVB, the first wireless commercial television station in Hong Kong.
1969Apollo program: Apollo 12 astronauts Pete Conrad and Alan Bean land at Oceanus Procellarum (the "Ocean of Storms") and become the third and fourth humans to walk on the Moon.
・1969 –
Association football player Pelé scores his 1,000th goal.
(20)1969年 - アポロ計画: アポロ12号月面に着陸チャールズ・コンラッドアラン・ビーンが月に上陸した3人目および4人目の人類となる。
(21)1971年 - 沖縄返還協定の強行採決に対し全国883か所で抗議デモ。1800人が逮捕。日比谷公園でのデモで園内のレストラン松本楼が放火され全焼。
(22)1971年 - 国産初の超音速航空機であるT-2が試験飛行で国産の航空機として初めて音速を越える。
(23)1977年 - エジプト大統領アンワル・サダトイスラエルを訪問。メナヘム・ベギンと会談。アラブ世界の指導者による初めてのイスラエル公式訪問となる。
(24)1977年 - TAPポルトガル航空ボーイング727マデイラ諸島のマデイラ空港で着陸時に滑走路をオーバーランし転落、131人が死亡。(TAP ポルトガル航空425便墜落事故
1979Iran hostage crisis: Iranian leader Ayatollah Ruhollah Khomeini orders the release of 13 female and black American hostages being held at the US Embassy in Tehran.
(25)1980年 - 山口百恵三浦友和が結婚。
1984San Juanico disaster: A series of explosions at the Pemex petroleum storage facility at San Juan Ixhuatepec in Mexico City starts a major fire and kills about 500 people.
・1985 –
Pennzoil wins a US$10.53 billion judgment against Texaco, in the largest civil verdict in the history of the United States, stemming from Texaco executing a contract to buy Getty Oil after Pennzoil had entered into an unsigned, yet still binding, buyout contract with Getty.
・1985 – Police in
Baling, Malaysia, lay siege to houses occupied by an Islamic sect of about 400 people led by Ibrahim Mahmud.
(26)1985年 - 冷戦: アメリカロナルド・レーガンソ連ゴルバチョフジュネーヴで初めて会談。
1988Serbian communist representative and future Serbian and Yugoslav president Slobodan Milošević publicly declares that Serbia is under attack from Albanian separatists in Kosovo as well as internal treachery within Yugoslavia and a foreign conspiracy to destroy Serbia and Yugoslavia.
1990Pop group Milli Vanilli are stripped of their Grammy Award because the duo did not sing at all on the Girl You Know It's True album. Session musicians had provided all the vocals.
(27)1993年 - 環境基本法が公布。
1994 – In the United Kingdom, the first National Lottery draw is held. A £1 ticket gave a one-in-14-million chance of correctly guessing the winning six out of 49 numbers.
1996 – Lt. Gen. Maurice Baril of Canada arrives in Africa to lead a multi-national policing force in Zaire.
1998Lewinsky scandal: The United States House of Representatives Judiciary Committee begins impeachment hearings against U.S. President Bill Clinton.
・1998 –
Vincent van Gogh's Portrait of the Artist Without Beard sells at auction for US$71.5 million.
(28)1999年 - 中華人民共和国初の宇宙船「神舟1号」が打ち上げ。
2002 – The Greek oil tanker Prestige splits in half and sinks off the coast of Galicia, releasing over 20 million US gallons (76,000 m³) of oil in the largest environmental disaster in Spanish and Portuguese history.
(29)2003年 - PHS事業者アステルグループのアステル九州が停波。PHSの通信業者の事業停止としては日本初。
2004The Malice at the Palace: The worst brawl in NBA history, Ron Artest suspended 86 games (rest of season), Stephen Jackson suspended 30 games

(30)2006年 - 任天堂の据え置き型ゲーム機「Wii」が北米で発売開始。
(31)2006年 - 世界最大の旅客機エアバスA380が、空港適合性試験のため初めて日本(成田国際空港)に飛来。
2010 – The first of four explosions takes place at the Pike River Mine in New Zealand; 29 people are killed in the nation's worst mining disaster since 1914.
2013 – A double suicide bombing at the Iranian embassy in Beirut kills 23 people and injures 160 others.

                          インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 


只今、 5868件です。 
2015年11月19日(木)掲載分

昨日11月18日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月19日のできごと」 でヨシダが特にマークしたいのは(8)1863年 - エイブラハム・リンカーンによるゲティスバーグ演説が行われる。」、「(20)1969年 - アポロ計画: アポロ12号月面に着陸チャールズ・コンラッドアラン・ビーンが 月に上陸した3人目および4人目の人類となる。」です★前者の有名なリンカーンの「ゲティスバーグ演説」は20数年間に亘って日々朗々と口ずさむヨシダの 朗誦英語詩文集の一つです。完ぺきな発音や抑揚でネイティヴ並み以上に日本人でこれができるのはおそらくヨシダがナンバーワンと自負します。モノ好き屋の ヨシダのやることです。詳しくは本トップページをスクロールダウンするとご覧いただけます★後者の「アポロ12号の月面着陸」のシーンをテレビで観たのは 忘れもしません、お得意先の方のお抱え運転手役で県内100箇所近くあった「セメント納入先の表敬訪問」のお供をヨシダのクルマ(ドイツ・オペル車)で努 めた時のこと、昼食をとるべくレストランに立ち寄りました。お客の全員がテレビに釘付け。思わず見とれたものでした。当時のヨシダは仕事一本槍。世相等に は疎いものがありました。
 「No.5864欧州の一隅に潜んでいた過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーらの姿があぶり…日本経済新聞「春秋」2015.11.19.)」 を編集しながらのこと、この組織を称してマスメディアが呼んだのが「イスラム国」と。乏しい知識のヨシダがよく反論したものです。「なぜ、あんな組織を国 と呼ぶのか、呼べるのか!?」と。世界に認められた「国土&憲法」を有しない組織を称して「イスラム国」とは?、が単純な知識のヨシダでしたが・・・。 (10:15)
 「No.5865足不自由な姉、山に置き去り…震災で自宅全壊後読売新聞2015.11.19.)」を編集しながら何とも悲しい、いとおしい出来事、と人事でない胸の痛みを覚えます。「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」に身を置き、なんら不自由なく過ごす現在のわが身であることに感謝の念を強めます。記事の主人公「幸子」さんに合掌。(11:45)
 「No.5866パリ同時多発テロの根底にある100年の歴史DIAMOND Online2015.11.19.高橋洋一 [嘉悦大学教授])」のブログを(編集中)として続ける予定だったところ、受信したメルマガで興味ある記事にヒットしたので、そちらに移行すべくピリオッドを打って、先に進みます。くだんの記事は「スー・チー人気で過熱する『日本のミャンマー投資』が失敗する理由=真殿達」(MONEY VOICE)があるのでそちらへシフトします。ヨシダのネギャティヴなスー・チー人物評を裏付けます。ご期待ください!(14:40)
 「No.5867:スー・チー人気で過熱する「日本のミャンマー投資」が失敗する理由=真殿達MONET VOICE2015.11.19.真殿達・麗澤大学教授)」 を編集しながら思ったこと。ヨシダも満更、捨てたもんではないな、人物評のこと・・・(笑)。ところで、本記事の発信主は「MONEY VOICE」ですが、投資や投機とは全く無縁のヨシダです。受け取る年金も原爆健康管理手当ても全額、家長・アーネルの采配に託していまして、ヨシダの財 布は空っぽ!というより、財布なんて無用で持っていません。欲しいモノがあれば、「アーネル!・・・」でチョンです。身軽でイイことこの上もありませんよ (笑)。老後ともなれば、遺産相続等々で余計な心配事がつきものの老後。身軽さバツグン、屈託なく、こんな道楽をするヨシダだけに、ハッピーです。 (16:05)
 「No.5868:フランスは原発テロの悪夢にうなされている 自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい東洋経済ONLINE2015.1.19.(18日付)清谷 信一 :軍事ジャーナリスト)」・・・と、大忙しの編集室!もう一件の記事が目にとまっています。ついでに取り上げるか!って気分です。さて、どんな内容でしょうか?・・・。(17:10)
 久々に6編もの多くの記事を編集しました。「No.5869:パリ同時多発テロ」で世界の敵対関係はどう変わるのか?MAG2 NEWS2015.11.19.北野幸伯)」で、本日の取材編集を終了し、明日への備えに編集に入ります。(18:30)



No.5868
フランスは原発テロの悪夢にうなされている 自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい
東洋経済ONLINE2015.1.19.(18日付)清谷 信一 :軍事ジャーナリスト
ヨシダブログ:原 発と言えば、放射能漏れ、廃棄物処理をそれに、地震等自然災害への備えが大きな問題。ところが、今度は「テロ対策」が浮上してきていることは心配です。ト リプル災害対策が求められるとは皮肉です。原発反対セクトの格好のテーマになることも皮肉です▼「中見出し」は、■もっとも警戒するべきは原発テロ、■1 カ所の襲撃に必要な人数は少ない、■フランスの原子力政策も揺さ振られる・・・と続きます▼それにしても、テロ集団の異様さは言語に絶します。貧困も一要 因足り得るのではないかとも思いますが、世界人口は暴発の一途。火星への移住計画は極めて限られたスケール・・・と、絶句します。写真6枚添付ファイル 
  「フランス警察は原発周辺の警備も強化」の画像検索結果清谷 信一「清谷 信一 評判」の画像検索結果「清谷 信一 評判」の画像検索結果「『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備」の画像検索結果「『専守防衛-日本を支配する幻想」の画像検索結果
No.5867
スー・チー人気で過熱する「日本のミャンマー投資」が失敗する理由=真殿達
MONET VOICE2015.11.19.真殿達・麗澤大学教授
ヨシダブログ:ヨシダの「スー・チー女史ネギャティヴ・ブログ」をしたのは、「正しい目的は、それにふさわしい正しい手段を用いない限り達成できない」―。…福井新聞「越山若水」2015.11.11.)」に次いで、「No.5846:スー・チー氏頼みに危うさ 「大統領より上」発言が波紋日本経済新聞2015.11.12.ヤンゴン=松井基一)」の二編でした。今回は(も)その続編的な「スー・チー女史ネギャティヴ記事」です▼本記事にみる極めつきのスー・チー女史ネギャティヴ論は、「・・・2 歳の時にビルマ(その後ミャンマーと改称)独立の英雄だった父親のアウン・サン将軍が暗殺され、その後インドとイギリスで教育を受け、イギリス人と結婚 し、母親の病気見舞いに帰国して以降、不幸にして自宅に軟禁された時間が長い。その統治能力が確認できるような実績は皆無である。誰がどのように女史を政 治のヒロインに担ぎ上げたのか、振り付けてきたのか、財政的支援を行ってきたのか定かならぬも、今現在は、民主主義という幻想が作り上げた政治家以外の何 者でもない。すでに齢70歳、失敗は許されない。なのに、テクノクラート(編注:高度の専門的知識を持つ行政官・技術官僚)集団はいない・・・」がそれで す▼ヨシダの目に狂いはなかた・・・とヘンなところで、ニンマリするヨシダです。なお、「中見出し等」は、「今さら」のミャンマー騒ぎ~国際投資環境の視 点から、■経験皆無のスー・チー女史に何ができるか?、■遅すぎる日本の対ミャンマー投資、■周回遅れの日本。ミャンマー投資の陣取りゲームはすでに終 わっている、■ミャンマー投資は「額だけ大きい出涸らしのお茶」に・・・と続きます。写真6枚添付ファイル 
 「真殿達」の画像検索結果「真殿達」の画像検索結果「真殿達」の画像検索結果「真殿達著書」の画像検索結果「真殿達著書」の画像検索結果「真殿達著書」の画像検索結果
No.5866
パリ同時多発テロの根底にある100年の歴史
DIAMOND Online2015.11.19.高橋洋一 [嘉悦大学教授]
ヨシダブログ:中 東問題はその歴史を辿ると、現在にして起こるべくして起こりつつある問題だと痛感します。世界史の一端、それを取り巻く各国の地政学的野心等々が現在の問 題を招来していることをまざまざと見せつけられる思いを禁じ得ません。ブロガーの立場で勝手に選択して添付した多くの図面がその歴史を物語ります。でも、 撒いた種は種を撒いた諸国の責任で・・・と言えないのが現代世界情勢です▼「中見出し」は、■終わらぬ根深い憎しみの連 鎖 発端は第一次世界大戦、■中東問題の大元を作ったイギリスの「三枚舌外交」、■統治国の勝手が生み出した クルド人問題とパレスチナ問題、■テロは決 して認められない だが100年間の歴史も知っておこう・・・と続きます▼「質問1 中東問題の背景にある過去の歴史を知っていた?」に対する回答は、「」知っていた24.32%、よく知らなかった20.92%、全く知らなかった 9.31%、ある程度知っていたが正確ではなかった45.45%」です▼・・・と、続ける予定でしたが、先ほど受信したメールに関心大なる記事にヒットし ましたので、そちらに移るべくピリオッドにします。写真17枚添付ファイル 
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No.5865
足不自由な姉、山に置き去り…震災で自宅全壊後
読売新聞2015.11.19.
ヨシダブログ:読 売新聞さんには「編集室」というコラムがあるのですが、ここ数年来、「有料」になって以来のご無沙汰。別段、お金を云々でなく、煩わしさゆえの取材断念。 でも、一般記事にだけは目を通します。そんな中でヒットしたのが本記事。「足不自由な姉、山に置き去り」でヨシダ自身の身に当てはめて読みました。他人事 とは言え、思わず瞬間、おお、ノー!と呟いて涙ぐみました。ヨシダって涙もろいのです▼ふと、わが身に置き換えます。ご存知、「相互扶助精神に基づく運命 共同体生活」に身を置いていることから、ヨシダは共同生活者のフィリピン家族からすれば、「貧困からの脱却を実現した人物&今後より一層の充実した生活基 盤確立の助っ人主人公」たる所以をもって、この種の出来事は無縁ではありますが、人事とは思えない事件です▼世の中には不合理・非合理な出来事が起きるの が常。こんな記事に接する時のヨシダの想いは、「自利から他利」 の生き方の選択肢のヨシダに一層の「Es ist gut!(これでヨシ!)」の確信を抱く次第です▼末尾に胸の痛む光景を本記事にみます。「山林近くを流れる川では11年4月に溺死とみられる身元不明遺 体が発見されて・・・幸子さんと確認された」に絶句します。ひもじさ以上の喉の渇きから這いずりながら川に向かったと思われる幸子さんに何とも言えない哀 悼の念を禁じ得ません。「幸いな子」を念じて名付けられたのが幸子さんとすれば・・・絶句あるのみです。ああ、無情・・・です。合掌。写真3枚添付ファイル 
       「香取市笄島、無職黒川勝雄容疑者(63)」の画像検索結果「香取市笄島、黒川勝雄(63)」の画像検索結果「黒川勝雄(63)」の画像検索結果
No.5864
欧州の一隅に潜んでいた過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーらの姿があぶり…
日本経済新聞「春秋」2015.11.19.

ヨシダブログ:文 学なかんずく、フランスのそれに特化した場合は全くのオンチに等しいヨシダ。フランス人との接点はヨシダの二十歳代のこと。ABCC(Atomic Bomb Casualities Commission)職員でフラン系のフィンチさんという人物がありました。余談ですが彼がよく言いました。「ミスター・ヨシダは世界に出て<イ タリア人>で通るですよ・・・」と。顔つきか英語力かは現在にして?ですが、カレの言い草は日本人らしくない、というところでした(笑)▼此処フィ リピンはカトリック教。現代は新旧キリスト教同士で理解し合える関係ですが、昔の世界は生活権にも関わただけに争いが絶えなかったと想像します。なにせ、 人類は生存競争の権現ですから。ナチスのヒトラーをして、「生存権のためにユダヤ人を撲滅」というのが迫害の趣旨だったとか▼現代は「話し合い社会」であ るだけに、ひと昔ほどの宗教間トラブルは無いと感じます。おっと、未だありました!現在大問題になっているISIS(Islamic State of Iraq and Syria)はその最たるもの・・・ですが・・・▼難しい論理は横に置いといてのこと。本記事末尾の言葉に格別の共感を得ます。曰く、「・・・ありがたい 秩序なればこそ、その改善と進展を志せ・・・」がそれ。折角得た秩序ならば、それに胡坐をかくのでなく、常に、改善と進展を期すことの大事さを学びまし た。(写真6枚添付ファイル 
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 昨日18日の記事4編を下記に掲載していましたが、本日19日の第一記事掲載(10:00)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


        ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
  大人気ないことで恐縮ですが、ヨシダが密かに抱く自慢のひとつを末尾に掲載します。それはよく知られている英語の詩文などを丸暗記して朗誦できることです。"Lord's Prayer "(主の祈り), "The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領), "Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説), "Youth "(青春の詩), "My Way "(マイ・ウエイ)がそれです。もとはクルマを運転中でも気が向けば大きな声でやったもの。現在では、車いすで庭に出て呟くように、といった按配。大きく口を明けてやると、通りかかりの人に独り言をブツブツやっていると失笑されかねませんから・・・(笑)。
 そこに至るプロセスからお伝えさせてください。健 康管理の名をもっ て習慣とした自己流ストレッチング体操のあとの朝風呂のバスタブ内でのこと。汗を流すまでの時間を有効活用するために思いついたのがその動機。もっとも、 フィリピンに来てからはバスタブで熱い湯に浸かることはなくなりましたので、日課とまではいかなくなりましたが、それでも思い出したようにやりますが、見事に(?)暗誦しています。正味8分間の英語朗誦です。順を追って説明させてください。


"Lord's Prayer "(主の祈り)
  高校生時代に広島県下高校英語弁論大会で優勝したのが縁で親しくして感化を受けたのがアメリカ人女性宣教師のアンダーソンさんという人物。二十歳になって 洗礼を受けました。英語のバイブル・クラスで通訳も演じたものでしたが、当時から「主の祈り」に馴染んだお陰で暗誦英語のナンバーワンになりました。
  「主の祈り」に蛇足のエピソードを追記します。くだんのアンダーソン女史が弁論大会で紹介してくれたのが教え子の村上芳野さんという人物。当時の広島大学 天文学教授の娘さん。後年、ヨシダが結婚(残念、別の女性!しかも、離婚!)した折に仲人役になっていただいた人物。後年、出版社が募集した懸賞論文に応 募して「佳作」になった拙著が掲載された分厚い書籍「初恋、初カレ、初カノジョ」(文芸社刊・全366頁)に掲載されました。題して、
人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ」がそれです。「主の祈り」のコラムに、こんな私的なものを掲載するにはそれなりの純粋な青年時代の想い出があることをもって追記するものです。
  
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"Lincoln's Gettysburg's Address" (リンカーン大統領のゲティスバーグ演説)
 ご 存知のように、「人民の、人民による、人民のための・・・」で日本人にも馴染み深いものであることに関心を持ちました。これには、深い想い出があります。 1993年に一ヶ月間の単身米国取材旅行をした折のこと。かのリンカーン記念館でのエピソードがあります。下記にそれを想起する写真の幾つかを添付しつつ 記します。同記念館のホールはリンカーン像の前でのこと。壁面にくだんのスピーチがあるのを観て感無量。偶然にヨシダの横に立っていた背の高いアメリカ人 に語りかけ、このスピーチは暗誦しているんです、と。ぜひとも聴かせて!ということから、調子にのって始めましたが、途中で止めようとしたら、Go on, please! に促されて最後まで。彼曰く「ひと昔前は小学校生徒たちも暗誦させられたのですが、現代っ子は・・・」と、肩をすくめました。
 
ある年次の「9.11記念式典」でこの演説を朗誦するあるアメリカ人政治家の姿が目にとまりました。「オレも負けないぞ~!」と感じたものでした。アメリカではアメリカ人の前では、 ちょっと自慢できるこれは「ヨシダの特芸」(?)と自負します。 
 「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果    「1863, lincoln address at gettysburg」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果     「Lincoln Memorial」の画像検索結果「Lincoln Memorial」の画像検索結果
 ちなみに、このゲティスバーグ演説に関する書籍があります。在日中に吹田市にクライアントがありましたが、その副社長さん(社長夫人)がこのことを知られて関連著書を贈呈してくだされ、フィリピンに持ち寄った数少ない書籍のひとつです。題して「
リンカーンの3分間」(共同通信社刊・376頁」 (原本名:LINCOLN AT GETTYSBURG THE WORDS THAT REMADE AMERICA by GARRY WILLS 北沢栄訳)

"The Lion's Code of Ethics"(ライオンズクラブ道徳綱領)
  ヨシダが広島県下「336-地区」のキャビネット・情報委員長を務めた時代のこと。ライオンズクラブ国際協会会長ウルマンさんの公式訪問を前のこと。同米 人会長が殊のほかそれを愛しておられたことを知り、それを暗誦できるようにしてお目にかけよう、という単純な発想でした。後日のこと、広島市長への公式訪 問時にご一緒した折の話でそれを伝えたらビックリして言われました。「そりゃ、驚きだ。暗誦できるライオン(同士)は今までにない・・・」と。余談です が、国際会長表彰を後日受賞したのですが、その背景にはキャビネット情報委員長兼「地区誌編集長」(年4回、各40ページ)」の立場にあって、任期中の取 材を兼ねた各会合出席回数は実に任期1年間で100回を記録、後にも先にもない委員長の名を成したものです。
                
                 
"Youth "(青春の詩)
 
この詩は日 本の経営者にも愛さ れるもの。かのマッカーサー元帥がフィリピン駐在中に日本軍が入り込んだ同元帥のオフィスの壁にかかっていたとか。ヨシダ個人としての人生観に通じること から選択しました。同詩の最後の一節に「・・・80歳にして若く死す」というくだり。You may die young at eighty.に付け加えることにしているのが、In Yoshida's own words, at a hundred! と。「ヨシダ流に、百歳にして若く死す」と付け加えて自分のモノにしています。

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  本詩に関する書籍があります。「『青春』という名の詩 幻の詩人サムエル・ルマン」(宇野収・佐山宗久共著・産業能率大学出版部刊・145頁)がそれ。著 者はこの執筆のために米国に長期間滞在して取材されました。日本新聞が大きく報道した経緯もありました。ところで、この詩を愛唱したマッカーサー元帥と言 えば、フィリピンには身近な軍人人物です。マニラタイムズ紙でヒットした記事「Behind every great man  The women in  the life of General Douglas MacArthur」をリンクします

"My Way "(マイ・ウエイ)
  これは日本人にも馴染み深い歌です。8分間の朗誦を終えるに相応しい最後のもの。末尾のセリフ「...This is my way....(これが私の生き様です)に自身の生き方をオーバーラップする(できる)からです。だれがどう言おうと、批評しようとも、オレは俺の生き方 を選択して悔いは全く無い、と確信するのがフランク・シナトラの本音のホンネ。
ヨシダはそれを「わがヨシダのマイ・ウエイ」として歌い、かつ朗誦してきています。とりわけ、末尾のYes, this my wayの瞬間に想うこと。それは、「イエス!此処フィリピンに骨を埋めるのはオレの人生選択肢だ、との想いを込めて、です。
 日本で始めての女性衆議院議長を務めた社会党の故・土井たか子さんも大好きで、張りのある声で歌われたのが、この締めくくりの「マイ・ウエイ」
。 土井さんの「マイウエイ」を歌う姿を追いながら、やっと見つけた小さな同女史の歌う白黒写真。ステージに立って片手マイクの姿が最適と判断して特別に添付 しました。なお、もう一枚の同女史の写真は史上初の衆議院議長を務められた時の「胸を張って毅然としての発言姿!」。議長席から発言者を指名する時の姿。 従来の「○○君!」でなく、「○○さ~ん!」
の姿。
 蛇足の弁で恐縮ですが、ヨシダの「君呼ばわり」に対する日本語 評論があります。「敬語・へりくだり語・蔑視語・優越語Etc.」の使い分けは日本語の持つ悪癖と断じて憚りません。議長ポストの優越感や権威を意識した かのような「君呼ばわり」。その背後に見え隠れするのがその日本語の複雑な使い分け。「君呼ばわり」は「対等・ 若干の議長ポストを意識した優越語」。そう言えば、「君呼ばわり」は相手が年齢的に地位的に「目下」の場合が普通であるからです。この辺りへの「配慮」で 「○○さん」呼ばわりしたのは土井さんのお人柄・・・と強く評価するのが社会党でもないヨシダの気持ちです。今は天上で朗々とこの「マイウエイ」を歌って おられることと想像しています。
    
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 

                       2015年11月19日(木)

                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                        
吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.co