吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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(写真左・中は2011年3月は東日本大震災直前のもの、右はパスポート更新で2014年9月10日に撮影したものです。数年前より現在のほうが若く見える、とは周辺の人たちの弁です。直近のものは「ステテコ&半そで」姿なので遠慮します。)                                  
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳0か月 
 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
  生後10ヶ月でポリオに罹り、広島原爆で九死に一生を得るも、被爆翌年に義兄が経営する製材所の助っ人で作業中に労災事故死した父に代って一家を支えるべ く 技術屋人生を選択し、定時制高校に通いながら日夜励みました。得意の英語を駆使して米国から新技術を導入したり発明品の商品化等々で14年間の華々しい青 春時代を謳歌。公費で米国業界視察留学という話が飛び出したものの、妻(当時)の養父の急死で已むなくその小規模運送会社経営を継承。
 まがり なりにも32年間で「7社グループ総合物流商社体制」を確立。自称・人生第二毛作を演じました。運輸大臣表彰(現・国土交通省)受賞をひと区切り に、同族企業でありがちのお家騒動を体験。離婚を契機にマヴァリック(一匹狼)のコンサルタント会社を設立して16年間、離日直前まで楽しく活動しまし た。執筆活動 の原点でもありました。自称・人生第三毛作を演じました。
 期するものを得て、此処フィリピンの地を終の棲家と定めて 2009年2月に移住。これからが最終章のわが人生第四毛作と位置づけています。自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で心置きなくフィリピン人2 家族と共同生活をもって人生最終章(四毛作)を演 じつつあるところです。かれらを「貧困から脱却」させつつ、ヨシダの終生面倒見を期待するという仕組みです。でも、ちょっと真似の出来ない生き方と自負し ます。

              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com

                                     English               
     
            2015年11月12日(木)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
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   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月12日の「できごと」 
                          November 12, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
(To the English language visitors: Sorry, this column is for the Japanese edition. However, you could see so many English written Events in red characters among the Japanese lines, which are the ones never shown in Japanese edition. This means that Japanese edition is not as world-wide as the original English Google edition.) 
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。

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(1)1028年 - 東ローマ皇帝コンスタンティノス8世の娘ゾエ (東ローマ皇后)英語版が元老院議員ロマノスと結婚。3日後にコンスタンティノス8世が死去し、ロマノスが即位。
1330Battle of Posada, Wallachian Voievode Basarab I defeats the Hungarian army in an ambush.
1439Plymouth, England, becomes the first town incorporated by the English Parliament.
1555 – The English Parliament re-establishes Catholicism.
(2)1793年 - フランス革命: パリ・コミューン初代市長ジャン=シルヴァン・バイイが処刑。
1892William "Pudge" Heffelfinger becomes the first professional American football player on record, participating in his first paid game for the Allegheny Athletic Association.
(3)1893年 - イギリス領インド帝国アフガニスタンデュアランド・ライン条約に調印。
1905 – Norway holds a referendum in favor of monarchy over republic.
1912 – King George I of Greece makes a triumphal entry into Thessaloniki after its liberation from 482 years of Ottoman rule.
1912 – The frozen bodies of Robert Scott and his men are found on the Ross Ice Shelf in Antarctica.
(4)1918年 - オーストリア第一共和国が発足。
(5)1920年 - イタリア王国とセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(ユーゴスラビア)の間でラパッロ条約が締結。
(6)1921年 - ワシントン会議始まる。
(7)1926年 - 福岡連隊差別事件への抗議運動をしていた全国水平社幹部が一斉検挙。
1927Leon Trotsky is expelled from the Soviet Communist Party, leaving Joseph Stalin in undisputed control of the Soviet Union.
1928SS Vestris sinks approximately 200 miles (320 km) off Hampton Roads, Virginia, killing at least 110 passengers, mostly women and children who die after the vessel is abandoned.
(8)1933年 - 現中国新疆ウイグル自治区、南西部のカシュガルで(第一次)東トルキスタン・イスラーム共和国独立宣言。
(9)1933年 - ドイツで国会選挙国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)のみが出馬し、全議席を占める。
(10)1933年 - ヒュー・グレイが「ネッシー」の写真を初めて撮影。
(11)1936年 - サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジが開通。
(12)1937年 - 俳優の林長次郎(長谷川一夫)が東宝京都撮影所で顔を切りつけられる。
1940World War II: The Battle of Gabon ends as Free French Forces take Libreville, Gabon, and all of French Equatorial Africa from Vichy French forces.
・1940 – World War II: Soviet Foreign Minister
Vyacheslav Molotov arrives in Berlin to discuss the possibility of the Soviet Union joining the Axis Powers.
1941 – World War II: Temperatures around Moscow drop to -12 °C as the Soviet Union launches ski troops for the first time against the freezing German forces near the city.
・1941 – World War II: The
Soviet cruiser Chervona Ukraina is destroyed during the Battle of Sevastopol.
(13)1942年 - 第二次世界大戦: 第三次ソロモン海戦が始まる。
(14)1944年 - 新疆ウイグル自治区、北部のイリで(第二次)東トルキスタン共和国独立宣言。
(15)1944年 - 第二次世界大戦: ドイツ海軍の戦艦「ティルピッツ」がイギリス空軍の12,000ポンド爆弾「トールボーイ」を使用した爆撃を受け沈没。
(16)1945年 - 二又トンネル爆発事故アメリカ軍の杜撰な火薬処理により爆発事故が発生。死者147人、負傷者149人の大惨事。
1945Sudirman is elected the first commander-in-chief of the Indonesian Armed Forces.
(17)1948年 - 極東国際軍事裁判で、25人の戦犯に対し東條英機ら7人の絞首刑を含む有罪判決。
(18)1951年 - 京大天皇事件
(19)1955年 - ドイツ連邦軍発足により西ドイツ再軍備はじまる。
(20)1956年 - モロッコスーダンチュニジア国連に加盟。
・1956 – In the midst of the Suez Crisis, Palestinian refugees are shot dead in the village of Rafah by Israeli soldiers following the invasion of the Gaza Strip.
1958 – A team of rock climbers led by Warren Harding completes the first ascent of The Nose on El Capitan in Yosemite Valley.
(21)1964年 - アメリカ海軍の原子力潜水艦「シードラゴン」が佐世保に初寄港。
(22)1967年 - 第二次羽田事件佐藤栄作首相訪米に反対する学生デモと警官隊が羽田空港で衝突。
(23)1968年 - 赤道ギニアが国連に加盟。
(24)1969年 - ベトナム戦争: アメリカの調査報道記者シーモア・ハーシュが前年3月のソンミ村虐殺事件を暴露。
(25)1970年 - ボーラ・サイクロン東パキスタンに上陸。史上最悪となる30万から50万人が死亡。
1970 – The Oregon Highway Division attempts to destroy a rotting beached Sperm whale with explosives, leading to the now infamous "exploding whale" incident.
1971 – Vietnam War: As part of Vietnamization, US President Richard Nixon sets February 1, 1972 as the deadline for the removal of another 45,000 American troops from Vietnam.
(26)1975年 - コモロが国連に加盟。
1978Pope John Paul II takes possession of his Cathedral Church, the Basilica of St. John Lateran, as the Bishop of Rome.
1979Iran hostage crisis: In response to the hostage situation in Tehran, US President Jimmy Carter orders a halt to all petroleum imports into the United States from Iran.
(27)1980年 - アメリカの無人惑星探査機「ボイジャー1号」が土星に最接近。
(28)1981年 - STS-2スペースシャトルコロンビア」が2度目の飛行。史上初の人間を乗せて一度宇宙へ出た宇宙船の再利用。
(29)1982年 - ユーリ・アンドロポフソビエト連邦共産党書記長に就任。
(30)1986年 - 福岡市地下鉄箱崎線延長部(箱崎九大前駅 - 貝塚駅間)が開業し、全通。
(31)1990年 - 今上天皇即位の礼を挙行。
・1990 – Tim Berners-Lee publishes a formal proposal for the World Wide Web.
(32)1991年 - サンタクルス事件東ティモールディリで独立を求めるデモ行進中の市民に対しインドネシア国軍が無差別発砲。
(33)1993年 - カザフスタンで、それまでのルーブルに代えて新通貨テンゲの使用を開始。
1993 – The first Ultimate Fighting Championship event, UFC 1, is held in Denver, Colorado.
1996 – A Saudi Arabian Airlines Boeing 747 and a Kazakh Ilyushin Il-76 cargo plane collide in mid-air near New Delhi, killing 349. The deadliest mid-air collision to date.
(34)1996年 - ニューデリー空中衝突事故
1997Ramzi Yousef is found guilty of masterminding the 1993 World Trade Center bombing.
1999 – The Düzce earthquake strikes Turkey with a magnitude of 7.2 on the Richter scale.
・2001 –
War in Afghanistan: Taliban forces abandon Kabul, ahead of advancing Afghan Northern Alliance troops.
(35)2001年 - アメリカン航空587便墜落事故
(36)2001年 - 花咲風力発電所完成。
2003Iraq War: In Nasiriyah, Iraq, at least 23 people, among them the first Italian casualties of the 2003 invasion of Iraq, are killed in a suicide bomb attack on an Italian police base.
・2003 –
Shanghai Transrapid sets a new world speed record (501 kilometres per hour (311 mph)) for commercial railway systems, which remains the fastest for unmodified commercial rail vehicles.
(37)2006年 - 日本で最後の灯台守が勤務していた女島灯台がこの日から自動化される。
(38)2008年 - ガンバ大阪AFCチャンピオンズリーグ初優勝。
2011Silvio Berlusconi tenders his resignation as Prime Minister of Italy, effective November 16, due in large part to the European sovereign debt crisis.
2014 – The Philae lander, deployed from the European Space Agency's Rosetta probe, reaches the surface of Comet 67P/Churyumov–Gerasimenko.

                  インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5847件です。 
2015年11月12日(木)掲載分

昨日11月11日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月12日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(11)1936年 - サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジが開通。」、「(25)1970年 - ボーラ・サイクロン東パキスタンに 上陸。史上最悪となる30万から50万人が死亡。」です★前者(11)に関してのヨシダの関心事は出来上がりより建設過程の有様に大きな興味を抱きます。 冒頭の写真は「とび職」の離れ業。この職業は洋の東西はありません。流石はプロだ、です。サンフランシスコと言えば1993年に一ヶ月間の米国取材取材旅 行をした際に、最終日程をサンパウロからサンフランシスコのロングドライブ旅行をロス在住(当時)の従姉妹夫婦のクルマでドライブ旅行をした際にこの巨大 な橋を渡りました★後者(25)に関して思うことに、東日本大震災の死者行方不明者数が18,465人ですから、その倍にもなる大規模災害。「きょのでき ごと」編集では毎回、大なり小なりのこの種の災害にヒットし、その都度、胸の痛みを覚えます。(11日21:00)
 今朝一番の記事「No.5844:十六羅漢像福島民報「あぶくま抄」2015.11.12.)」 は離日直前まで縁を得た福島県出身の多くの友人のこと。メインバンクの三軒隣の喫茶店の女性店主は台湾出身で旦那さんは福島出身の早大卒のインテリでし た。彼は病を得て早世されましたが、息子さんも大きくなられてお店の経営も順調なんだろうな・・・と想いをめぐらすのが本記事です。(10:00)
 「No.5845最初に空を飛ぼうとした人間がだれかは知る由もないが、この国で記録に残って…中日新聞「中日春秋」2015.11.12.)」を編集品がしばしロマンに浸りました。それって、な~あに?という声を意識します。先ずはヨシダブログをご一読のうえ・・・。(11:00)
 ほら、ホンネが出た!スー・チーさんのこと!「No.5846:スー・チー氏頼みに危うさ 「大統領より上」発言が波紋日本経済新聞2015.11.12.ヤンゴン=松井基一)」 がそれです。添付写真は大きくして、彼女の言葉を此処でも確認するためです。前回の記事に批判的なブログをしたヨシダでしたが、此処にきて、どうやら的外 れのブログではなかったな・・・と密かに自負する始末です。それにしても、今後のミャンマーが気掛かりではあります・・・。(12:20)
 海外生活者のホンネは円高ですが、母国の立場を考えると円安です。板ばさみ(大袈裟な!)のブロガーの気持ちで編集しました。「No.5847:始まる「円高」のターン~経常黒字拡大&利上げ織り込み、当局意向も後押しMONEY VOICE 2015.11.12.)」がそれです。(13:50)

No.5847
始まる「円高」のターン~経常黒字拡大&利上げ織り込み、当局意向も後押し
MONEY VOICE 2015.11.12.
ヨシダブログ:本 記事を取り上げる、単純かつ明快な編集者ヨシダの意図はほかでもありません、海外生活者のホンネは円高にあるからに過ぎません。少なくとも、これ以上の円 安にだけはなってほしくない、というのがホンネでして、他意はありませんのでご容赦のほど願います(笑)▼「中見出し」は、■円高の根拠(1)経常黒字の拡大、■円高の根拠(2)日米政策当局の意向、■円高の根拠(3)米利上げは相当程度まで織り込み済み、■まとめ:ドル/円は要注意水準・・・と続きます。(傍線引用:吉田祐起)で掲載します。
No.5846
スー・チー氏頼みに危うさ 「大統領より上」発言が波紋
日本経済新聞2015.11.12.ヤンゴン=松井基一

ヨシダブログ:軍事政権が総選挙で民主政治(スー・チー氏主導のNLD)に転換することは好ましいとするなかで、昨日の記事「No.5842「正しい目的は、それにふさわしい正しい手段を用いない限り達成できない」―。…福井新聞「越山若水」2015.11.11.)」でヨシダがブログしたこととオーバーラップするある種の「不安」を垣間見ます▼「・・・< 大統領に権限はなく、 すべてを決めるのは自分>と発言」という点です。添付した当該写真曰く、「大統領でなく、勝利した党の代表である私が全てを決定」と。思わず、う~ ん・・・と絶句しました。強引さが目立つスー・チーさん。今後の動静が他所ごとながら気がかりです▼それにしてもヨシダが密かに想うことに、グーグルにみ る彼女に対する圧倒的な批判記事が共感記事を押し退けている感じであることです。「火のないところに煙は立たぬ・・・」でしょうか・・・。重ねてウー~ ん・・・の連発です。読者の皆さんはこの出来事をどう分析されるでしょうか?政権党首は大統領が当然。とすれば、大統領の有資格者でない人物が政権党首で あることをもって大統領権限を行使する・・・という論理の妥当性が論議されそうです。(写真1枚添付ファイル
             「スー・チー氏 「大統領より上」」の画像検索結果
No.5845
最初に空を飛ぼうとした人間がだれかは知る由もないが、この国で記録に残って…
中日新聞「中日春秋」2015.11.12.
ヨシダブログ:発明ごとには満更縁のないこともないヨシダだけに興味大です。二十歳になるまでに3件の実用新案特許を取得し、更に英語力を駆使して米国から2つの当時日本では不可能視されていた新技術を習得して日本に普及させたキャリアの持ち主です。エッヘン!(笑)▼「発 明」のことでハワイ生まれのお袋からよく聴かされたエピソードがありました。彼女のお父さんか祖父とかが機織機を発明して特許庁に申請したらイギリスです でに申請済みだったということから、泣きながら大ハンマーで叩き壊した光景を記憶している・・・と。発明心は遺伝性?▼ひと昔のロマンを記事の主人公・表 具師幸吉とオーバーラップするロマンを味わいつつ編集しました▼ところで、国産機と言えば半世紀前のプロペラ機「YS11」がありました。当時の日本の販 売力の弱さもあって、早くに姿を消しました。今回のNRJがそのリベンジを果たすでしょうか・・・。写真12枚添付ファイル
 「菅茶山の『筆のすさび』」の画像検索結果      「菅茶山の『筆のすさび』」の画像検索結果  「表具師・幸吉」の画像検索結果 「表具師・幸吉」の画像検索結果 関連画像「表具師・幸吉」の画像検索結果
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No.5844
十六羅漢像
福島民報「あぶくま抄」2015.11.12.
ヨシダブログ:広 島市在住の福島県人の友人を多く持ったヨシダですが、あれだけ、講演などで動き回った身でありながら、福島には入ったことがありません。一番身近に感じた のは同県人でメインバンクの三軒隣にあった喫茶店女性経営者。ヨシダの行き着けのお店。台湾生まれのママさんで、旦那は早大卒の日本人。病を得て早世され たのを想い出します▼お一人は高校の英語教師でしたが、お兄さんがフィリピン激戦地で戦死。遺骨の収集もできない状態で現地の慰霊祭に出席されました。当 時のヨシダはフィリピン移住なんてまったく眼中になかった時代でしたが、想起するに当時から何となくフィリピンに惹かれたものでした▼ヨシダにとっては福 島は行ったことはないけど、そういった意味で身近に感じる県であり同県出身の人たちとの縁でした。日本を去って間もなく7年を迎えるヨシダが福島県出身の 縁あった人たちへの想いをめぐらす機会を与えてくれる本記事であり、本コラムへの編集作業でその想いを募らせました。写真13枚添付ファイル
    「ドナルド・キーン「日本細見」」の画像検索結果「ドナルド・キーン「日本細見」」の画像検索結果  「黒岩虚空蔵尊」の画像検索結果  「満願寺」の画像検索結果 「満願寺」の画像検索結果「満願寺」の画像検索結果
   「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果    「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果  「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果 「こけむした十六羅漢の石像」の画像検索結果
 昨日11日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日12日の第一記事掲載(9:55)をもって消却します。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。


               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


             フィリピン人の「自己防衛精神」はバツグン!             
  フィリピンに来て真っ先に目に飛び込んできたことで、日本では全く想像することさえできない光景!ご覧のような「過積載(?)バイク」デス!当初はこんな 姿を見たら「オー・マイ・ゴッド!」ってな調子でしたが、見慣れるに従って違和感は失せました。逆に微笑ましさでニンマリって按配です。
 朝夕はこの「ベルエア・ヴィレッジ」(表と裏にガードマン付きの開閉バール出入り口がある住宅団地)の玄関先に車いすで出て、前のメイン通り(4車線)で クルマや人の往き来の「ウォッチング」を楽しみます。とりわけ、ショートパンツでスラッと伸びた美脚と魅力的なデッカイおヒップで颯爽と歩くフィリピナの姿等々を鑑賞するのはヨシダの趣味。そういった野外の雰囲気の中で思わず微笑みが出るほどの光景が下部に添付したようは「バイク相乗り光景」です。
 家中の者たちに尋ねてみることに、「幼児たちが落っこちて怪我したというのを見た り聞いたりしたことがあるかい?」と。異口同音に、NO!!!!と、明快な返事しかかえってきません。ホントか?と問い質すしまつ。
 幼児たちの乗る様をみるに、かれらの自己防衛精神はあっぱれのひと言に尽きます。バイクの何処かや運転するパパの胴回りをシカと捕まえているのです。「シッカリ持ちなさいよ」などの声すら聞きません。親子ともに「自己防衛精神&自己責任責任」は確か、とみます。
 「規制」の厳しい国(民)とそうでない国の「自己防衛意識」は大きな格差が生じるのは世の常。規則の有無をせいにして自己防衛精神を疎かにするのとはドエライ差異を痛感します。もっとも、家
長のアーネルが言うには、あるにはあるけど、警官と罰金を交渉をするとか。彼はバ ランガイ事務所の行政管理官であることからそういった実態は心得ています。でもジープ二ーのステップやトラックの荷台に乗っている者までは追求しないとかです。この微笑ましい(?)光景をお楽しみくだい。
                                     
                            

                                おわりにもう一つのフィリピン情報!
                  Another big news about Philippines Beauty!!
 
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Trixie Maristela of Philippines waves after being crowned Miss international Queen 2015 beauty contest in Pattaya, Thailand on Friday. Miss international Queen is the world’s largest beauty pageant for transgender(性転換) women. AFP Photo(The Manila Times, Sunday Nov. 8, 2015)
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) 


                       2015年11月12日(木)

                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                        
吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com