吉田祐起(Yuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

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(写真左・中は2011年3月は東日本大震災直前のもの、右はパスポート更新で2014年9月10日に撮影したものです。数年前より現在のほうが若く見える、とは周辺の人たちの弁です。直近のものは「ステテコ&半そで」姿なので遠慮します。)                                  
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満84歳0か月 

  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
  生後10ヶ月でポリオに罹り、広島原爆で九死に一生を得るも、被爆翌年に義兄が経営する製材所の助っ人で作業中に労災事故死した父に代って一家を支えるべ く 技術屋人生を選択し、定時制高校に通いながら日夜励みました。得意の英語を駆使して米国から新技術を導入したり発明品の商品化等々で14年間の華々しい青 春時代を謳歌。公費で米国業界視察留学という話が飛び出したものの、妻(当時)の養父の急死で已むなくその小規模運送会社経営を継承。
 まがり なりにも32年間で「7社グループ総合物流商社体制」を確立。自称・人生第二毛作を演じました。運輸大臣表彰(現・国土交通省)受賞をひと区切り に、同族企業でありがちのお家騒動を体験。離婚を契機にマヴァリック(一匹狼)のコンサルタント会社を設立して16年間、離日直前まで楽しく活動しまし た。執筆活動 の原点でもありました。自称・人生第三毛作を演じました。
 期するものを得て、此処フィリピンの地を終の棲家と定めて 2009年2月に移住。これからが最終章のわが人生第四毛作と位置づけています。自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で心置きなくフィリピン人2 家族と共同生活をもって人生最終章(四毛作)を演 じつつあるところです。かれらを「貧困から脱却」させつつ、ヨシダの終生面倒見を期待するという仕組みです。でも、ちょっと真似の出来ない生き方と自負し ます。

              Since 10th March, 2001
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手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com

                                     English               
     
            2015年11月11日(水)
        
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催の APEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?) 対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば 同大統領の任期は 2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と勝手に思ってい るところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダです。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
              「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果         「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った11月11日の「できごと」 
                          November 11, Events(英語版) 
                               「きょうのできごと」記録集
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。ところが、写真を多く添付する と「1ページ当たりの編集許容量」が「1MB=1000KB」という制約から枚数を制限せざるを得ないものがあり、編集者の立場でこれは、と思うできごと に限った当該写真の添付ということにしています。★なおまた、「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流に英語でインプットしてキャッチするケースが少なくありません。そ んなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの編集作業です。もっとも、その過程で学び体験を得るのは他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・。なお、英語版の掲載は本家 米国が主体性であるにかんがみ、世界的視野からの「できごと」を知る意味で日本語版との重複は無論、除外してそのまま掲載しております。同英語版のリンク をクリックすると日本語版には見られない内容豊かなコンテンツが目に付きます。
10 「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果 「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果
 「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果  「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果   関連画像 「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果
「Arlington National Cemetery 1920」の画像検索結果  「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果    「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果     「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果   「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果  「Arlington National Cemetery 2015」の画像検索結果
 34 「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果 「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果 「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果
        「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果   「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果            「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果        「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果 「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果 「ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデ」の画像検索結果
308 – At Carnuntum, Emperor emeritus Diocletian confers with Galerius, Augustus of the East, and Maximianus, the recently returned former Augustus of the West, in an attempt to restore order to the Roman Empire.
1100Henry I of England marries Matilda of Scotland, the daughter of Malcolm III of Scotland.
(1)1215年 - 第4ラテラン公会議が始まる。
1500Treaty of GranadaLouis XII of France and Ferdinand II of Aragon agree to divide the Kingdom of Naples between them.
(2)1572年 - ティコ・ブラーエカシオペヤ座超新星SN 1572(ティコの新星)を発見。
1620 – The Mayflower Compact is signed in what is now Provincetown Harbor near Cape Cod.
1634 – Following pressure from Anglican bishop John Atherton, the Irish House of Commons passes An Act for the Punishment for the Vice of Buggery.
1673 – Second Battle of Khotyn in Ukraine: Polish–Lithuanian Commonwealth forces under the command of Jan Sobieski defeat the Ottoman army. In this battle, rockets made by Kazimierz Siemienowicz are successfully used.
1675Gottfried Leibniz demonstrates integral calculus for the first time to find the area under the graph of y = ƒ(x).
1724Joseph Blake, alias Blueskin, a highwayman known for attacking "Thief-Taker General" (and thief) Jonathan Wild at the Old Bailey, is hanged in London.
1750Riots break out in Lhasa after the murder of the Tibetan regent.
・1750 – The F.H.C. Society, also known as the
Flat Hat Club, is formed at Raleigh Tavern, Williamsburg, Virginia. It is the first college fraternity.
1778Cherry Valley massacre: Loyalists and Seneca Indian forces attack a fort and village in eastern New York during the American Revolutionary War, killing more than forty civilians and soldiers.
1805Napoleonic Wars: Battle of Dürenstein – 8000 French troops attempt to slow the retreat of a vastly superior Russian and Austrian force.
(3)1813年 - 米英戦争: クライスラー農園の戦い
1831 – In Jerusalem, Virginia, Nat Turner is hanged after inciting a violent slave uprising.
1839 – The Virginia Military Institute is founded in Lexington, Virginia.
(4)1855年安政2年10月2日) - 安政江戸地震
1864American Civil War: Sherman's March to the SeaUnion General William Tecumseh Sherman begins burning Atlanta, Georgia to the ground in preparation for his march south.
1865Treaty of Sinchula is signed by which Bhutan cedes the areas east of the Teesta River to the British East India Company.
1869 – The Victorian Aboriginal Protection Act is enacted in Australia, giving the government control of indigenous people's wages, their terms of employment, where they could live, and of their children, effectively leading to the Stolen Generations.
1880 – Australian bushranger Ned Kelly is hanged at Melbourne Gaol.
(5)1881年 - 日本初の私鉄・日本鉄道に設立特許条約書が下付される。
1887Anarchist Haymarket Martyrs August Spies, Albert Parsons, Adolph Fischer and George Engel are executed.
・1887 – Construction of the
Manchester Ship Canal begins at Eastham.
(6)1889年 - ワシントン準州が州に昇格し、アメリカ合衆国42番目の州・ワシントン州となる。
1911 – Many cities in the Midwestern United States break their record highs and lows on the same day as a strong cold front rolls through.11:00 a.m., (the eleventh hour of the eleventh day of the eleventh month) and this is commemorated annually with a two minute silence. The war officially ends on the signing of the Treaty of Versailles on 28 June 1919.
(7)1918年 - 連合国ドイツ帝国休戦協定に調印。第一次世界大戦が終結。
(8)1918年 - オーストリア皇帝カール1世が退位。700年余りに及ぶハプスブルク家のオーストリア支配が終わる。
(9)1918年 - ユゼフ・ピウスツキワルシャワへ戻り軍の統帥権を掌握。ポーランドポーランド第二共和国)がロシア帝国から事実上独立。
・1918 – Emperor Charles I of Austria relinquishes power.
1919 – The Centralia Massacre in Centralia, Washington results the deaths of four members of the American Legion and the lynching of a local leader of the Industrial Workers of the World.
・1919 – Lāčplēša day –
Latvian forces defeat the Freikorps at Riga in the Latvian War of Independence.

(10)1920年 - アメリカ・アーリントン国立墓地無名戦士の墓が作られる。
1921 – The Tomb of the Unknowns is dedicated by US President Warren G. Harding at Arlington National Cemetery.
(11)1924年 - 寿屋(現在のサントリー)が京都・山崎に日本初のウイスキー蒸留所(山崎蒸溜所)を竣工。
(12)1926年 - アメリカ合衆国の国道66号線(ルート66)が創設。
1930Patent number US1781541 is awarded to Albert Einstein and Leó Szilárd for their invention, the Einstein refrigerator.
1934 – The Shrine of Remembrance in Melbourne, Australia is opened.
(13)1937年 - 群馬県吾妻郡嬬恋村の小串硫黄鉱業所一帯で地滑りが発生、245人が死亡。
(14)1940年 - 第二次世界大戦: タラント空襲
・1940 – The German cruiser Atlantis captures top secret British mail, and sends it to Japan.
・1940 –
Armistice Day Blizzard: An unexpected blizzard kills 144 in the U.S. Midwest.
1942 – World War II: Nazi Germany completes its occupation of France.
(15)1942年 - 第二次世界大戦: 連合国の北アフリカ上陸(トーチ作戦)に対抗して、ドイツ軍がフランスの非占領地域に進駐。
(16)1944年 - 松代大本営が着工。
(17)1951年 - 日本で3番目の民間放送ラジオ局朝日放送ABC)開局。
(18)1955年 - 下中弥三郎植村環茅誠司上代たの平塚らいてう前田多門湯川秀樹の7人によって世界平和アピール七人委員会が結成される。
(19)1960年 - 南ベトナムで軍事クーデター未遂事件起こる。
1961 – Thirteen Italian Air Force servicemen, deployed to the Congo as a part of the UN peacekeeping force are massacred by a mob in the course of the Kindu atrocity.
1962Kuwait's National Assembly ratifies the Constitution of Kuwait.
(20)1965年 - ローデシアの白人政権がイギリスから一方的に独立を宣言英語版
(21)1966年 - アメリカでジェミニ計画の最後の宇宙船「ジェミニ12号」が打ち上げ。
(22)1967年 - 日本エスペラント協会会員の由比忠之進が、ベトナム戦争に反対する佐藤栄作首相宛の抗議書を携え、首相官邸近くで焼身自殺
1967Vietnam War: In a propaganda ceremony in Phnom Penh, Cambodia, three American prisoners of war are released by the Viet Cong and turned over to "new left" antiwar activist Tom Hayden.
1968 – Vietnam War: Operation Commando Hunt initiated. The goal is to interdict men and supplies on the Ho Chi Minh trail, through Laos into South Vietnam.
(23)1968年 - モルディブが2度目の共和制に移行。イブラヒム・ナシルが初代大統領に就任。
(24)1971年 - 川崎ローム斜面崩壊実験事故国立防災科学センターなどが川崎市で行った防災実験でがけ崩れ、15人が死亡。
1972 – Vietnam War: Vietnamization – The United States Army turns over the massive Long Binh military base to South Vietnam.
(25)1975年 - アンゴラポルトガルからの独立を宣言。
(26)1975年 - オーストラリア総督ジョン・ロバート・カーゴフ・ホイットラム首相を罷免。(en:1975 Australian constitutional crisis)
(27)1977年 - 裡里駅爆発事故
(28)1981年 - アンティグア・バーブーダ国際連合に加盟。
(29)1983年 - 新宿西口のキャッツ・シアターにて劇団四季キャッツの日本公演をスタート。これが後に日本初のロングラン公演ミュージカルとなる。
(30)1984年 - シンボリルドルフ菊花賞で勝利し、2年連続、日本競馬史上4頭目の三冠馬となる。また、無敗で中央競馬クラシック三冠を制したのは史上初。
(31)1984年 - 第3回世界女子柔道選手権大会山口香が初優勝する。
(32)1985年 - ハレー艦隊: アメリカの彗星探査機「ICE」がジャコビニ・ツィナー彗星の探査を実施。世界初の彗星探査。
1992 – The General Synod of the Church of England votes to allow women to become priests.
1993 – A sculpture honoring women who served in the Vietnam War is dedicated at the Vietnam Veterans Memorial in Washington, D.C.
(33)1995年 - オウム真理教麻原彰晃が著書でハルマゲドンが勃発すると予言していた日。日本各地で厳戒態勢が敷かれる。
(34)1995年 - 岐阜県神岡町(現 飛騨市)の神岡鉱山の地下に世界最大のニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが完成。
(35)1999年 - この日は日本の暦で平成11年にあたり、平成11年11月11日として"1"が6つならぶ。(旅行貯金#平成11年11月11日飯田風越郵便局事件なども参照)
1999 – The House of Lords Act is given Royal Assent, restricting membership of the British House of Lords by virtue of a hereditary peerage.
(36)2000年 - オーストリアケーブルカー火災事故。トンネル内の火災で日本人ツアー客10人含む155人が死亡。
2001 – Journalists Pierre Billaud, Johanne Sutton and Volker Handloik are killed in Afghanistan during an attack on the convoy they are traveling in.
2004New Zealand Tomb of the Unknown Warrior is dedicated at the National War Memorial, Wellington.
・2004 – The
Palestine Liberation Organization confirms the death of Yasser Arafat from unidentified causes. Mahmoud Abbas is elected chairman of the PLO minutes later.
2006Queen Elizabeth II unveils the New Zealand War Memorial in London, United Kingdom, commemorating the loss of soldiers from the New Zealand Army and the British Army.
(37)2006年 - ソニー・コンピュータエンタテインメントからプレイステーション3が日本国内で発売開始。
2008RMS Queen Elizabeth 2 (QE2) sets sail on her final voyage to Dubai.
2011Bethesda Softworks releases The Elder Scrolls V: Skyrim to universal acclaim, becoming one of the fastest selling video games of all time.
2012 – A strong earthquake with the magnitude 6.8 hits northern Burma, killing at least 26 people.
2014 – 58 people are killed in a bus crash in the Sukkur District in southern Pakistan's Sindh province.

                         インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5843件です。 
2015年11月11日(水)掲載分

昨日11月10日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

  本日「11月11日のできごと」 でヨシダが特にマークするのは「(10)1920年 - アメリカ・アーリントン国立墓地無名戦士の墓が作られる。」、「(34)1995年 - 岐阜県神岡町(現 飛騨市)の神岡鉱山の地下に世界最大のニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが 完成。」です★前者に関しては、アメリカという国の戦没者に対する姿勢を垣間見るからです。アメリカン・ヒロイズムとオーバーラップすると言ったら戦没者 に無礼と言えるでしょうが、日本人のそれ(対戦没者姿勢)とは一線を画す感じがしないでもありません。日本の場合は靖国神社への戦没者名簿でチョンってな 感じ。戦死者対する姿勢の日米格差をみて感じることは、アメリカは勝者なかんずく、アメリカン・ヒロイズムが背景。日本のそれは戦争そのものに対するある 種のコンプレックスの裏返し、とでも言えるでしょう。政治家の靖国神社参拝是非論の一方で、天皇陛下のご参拝すらないことがその複雑な背景とみます。それ にしても戦没者に対する日米格差の実態には、う~ん・・と、考え込まざるを得ません。ちなみに、「戦後日本における戦没者の「慰霊」と追悼」 (赤澤史朗著・全16頁)にその辺りのことが鮮明に書かれています。戦死者に対する国の姿勢の日米ギャップの現実が編集者ヨシダの胸に強く響き、数ある 「できごと」の中から特選した理由です。なお、1993年の「一ヶ月間米国取材旅行」の折にヨシダはこの巨大なアーリントン・国立墓地を参観し、数時間留 まりました。ケネディー大統領の墓の前で繰り広げるガードマン儀仗兵のキリっとした仕草が見物人を惹きつけたものでした。ヨシダは羨ましさを抱きました★ 後者の「世界最大のニュートリノ観測装置スーパーカミオン」に関してはそのもの自体の価値付けが不十分な知識のヨシダですので、その巨大さをもって特選し た次第です(笑)。(00:10)
 いや~!今朝一番の取材記事を編集しながら「ニ ヤニヤ、ニコニコ、マッタクだ~!」と相槌を打ちながらご満悦のヨシダです!「昔とった杵柄」って気分で大いに楽しみかつ、主人公の由美ママ社長さんに経 営者人生60余年キャリアのヨシダが最高のエールを贈ります。在日中は離日寸前まで契約を得た新橋の老舗運送会社をクライアントとして9年間持ったヨシダ でしたが、「ご縁がなかった・・・」とはヨシダの精一杯の強がり(?)です。おっと、その記事は、「No.5841“話させ上手”は相づちの達人朝日新聞デジタル2015.11.11.文&写真 伊藤由美)」です。読んで観て大いに楽しめる主人公・由美ママ社長さんの名言集でもあります。(9:05)
 「No.5842「正しい目的は、それにふさわしい正しい手段を用いない限り達成できない」―。…福井新聞「越山若水」2015.11.11.)」を編集する中で感じること。暗殺された指導者に対するノスタルジー、その後継者に期待する待望観・・・と複雑な心境になりました。裏返せば、その分、国民が無知なのかな・・・と。なにせ、戦前戦中の日本国民もそうでしたから・・・。(11:25)
 ひゃ~!ブログするにも程があるぞ~!という声が聞こえてきそうです。・・・はい、でも、これがヒバクシャ・ヨシダの本音です。ご意見は遠慮なくお寄せください。ヒバクシャ証言のあり方を巡る際どい意見交換を期待します。おっと、くだんの記事は「No.5843:「語ると思いと聞く思い」中国新聞「天風録」2015.11.11.(広島平和メディアセンター・サイトより)」です。(14:25)
 



No.5843
「語ると思いと聞く思い」
中国新聞「天風録」2015.11.11.(広島平和メディアセンター・サイトより)

ヨシダブログ:ヨ シダは(も)ヒバクシャです。学徒動員で千田町の広島電鉄本社事務所勤務だった時でした。脚の不自由なヨシダだけが事務所付け。後は電車バスの修理工場配 属でした。担当教師の朝礼を終えてオフィスに向かう廊下でピカッ!ド~ン!その直後に崩壊した建物の下敷きになり一旦は死を覚悟して手を合わせました。爆 心地から2キロ余の距離にあったために、直後の燃焼がなかったことから脱出し得た経験者▼7歳下の弟は無傷でありなかが、2週間足らずで血反吐を吐いて死 にました。彼は死に際に、それまでママのオッパイを握っていた力が抜け、言った言葉が強烈でした。「ボク、マンマンさん(仏様)」のところへ行ったらお願 いする!アメリカに敵討ちして・・・」と▼その弟と手を取り合って市中を1週間以上彷徨った4歳上の姉(故人)の抜 け落ちた髪の毛は広島市原爆資料館に展示されていています▼その姉は弟の祐起に言いました。「姉ちゃんはアメリカを憎まないわよ。だって、ニッポンも悪い ことをしたんだもの・・・戦争だったのだから・・・」と▼かくいうヨシダは現在にして被爆者の立場で大量の執筆活動を自身のウェブサイトに掲載して現在に 至ります。とりわけ、ここ数年来、各種のインタネット情報を選択してその記事に対するヨシダブログをするなど、話すでなく、書くことに専念して現在に至り ます。本コラムがそれです▼毎日4、50件の情報から数件を選んでヨシダブログするのが近年のヨシダの日課です。ちなみに、本記事は中国新聞さんの「天風 録」。しかし、同紙のサイトは稀にみる、「全てコピーが不能」であるため、取材断念して久しかったところ、同紙所管の「広島平和メディアセンター」のサイ トの同記事が通常並みの「コピー可能」を友人から知らされ、同サイトから拝借したものです▼と、蛇足のブログはご容赦願うとしてのこと。ヨシダのヒバク シャ証言内容は一線を画すことを否定しません。そのことに言及することは避けてふと想いを巡らすものがあります。その心情を他者の弁をもって代弁してもら います。「ヨシダさん、広島・長崎だけが悲惨な戦争の犠牲者じゃあありませんよ!私の身内の多くが東京大空襲で焼け死にました。一瞬でなく、文字通りの 「焦熱地獄」の中で・・・被爆者には健康特別手当もあるけど、東京などの大空襲被害者には何もありませんよ!」とまで・・・。返す言葉を失ったものです。 原爆死だけが戦争の悲惨さ代名詞ではないと いうことを強烈に投げかけられたものでした▼原爆は恐ろしい!!!かくかくしかじか・・・的な証言の在り方が風化する気配が濃厚です。前述した例も否定で きません。私的なことで恐縮ですが、被爆死した前述の弟ですが、ある出来事を通して彼は現世に生き返った、戻ってきた!、という実感体験をしたのです!爾 来、ヨシダの「死生観」が変わりました▼「原爆投下国vs被爆国」の複雑な感情を踏まえた「和解への模索」を提唱するに至るのが数年前からのヨシダの存念 ▼「きょうのできごと」 編集で痛感することは、洋の東西、古今を問わずに発生している「殺戮の実態」。原爆だけは特別扱いで何時までも・・・式の証言活動のあり方に疑問を否定で きないのが現在のヨシダの胸中です・・・▼蛇足の補足。ご存知とは思いますが、戦時中に日本軍も湯川博士らを動員して原子爆弾の開発製造に手を染めていた のです。東京大空襲で装置がオジャンになって断念。その内に敗戦終戦となって「お蔵入りになった既成事実」に目を塞ぐわけにはいかないでしょう・・・▼関 連した情報をもうひとつ。当時同盟国だったナチスのドイツから原爆用のウランをUボートで日本に密輸中に米軍諜報に情報キャッチされ撃沈されたのです。 れっきとした戦史の1ページです。スンません、ブログしたい放題になって・・・。異論のあるかたはどうぞメールください。メール議論をしませんか?▼つい でにもう一つ!「少年の主張」全国大会で最優秀賞になったヨシダの郷土広島市 の中学2年藤井志穂さんの写真を1枚だけ、相当な時間をかけて執念強く探し出しました!ヨシダのできる精一杯の郷土有志へのエールです!重ねてブログし放 題を謝します。追伸をもうひとつ。ヨシダ証言の詳細を知りたい方への参考資料を添付して本ブログを終了します。「核兵器絶滅実現へのヒバクシャ使命 人類史上初の原爆投下国とヒバクシャの和解へのコンセンサスづくり」(写真4枚添付ファイル
          「「少年の主張」全国大会」の画像検索結果           「「少年の主張」全国大会2015」の画像検索結果      「藤井志穂「少年の主張」全国大会2015」の画像検索結果 「藤井志穂「少年の主張」全国大会2015」の画像検索結果
No.5842
「正しい目的は、それにふさわしい正しい手段を用いない限り達成できない」―。…
福井新聞「越山若水」2015.11.11.

ヨシダブログ:思わず釘付けになりました。アウン・サン・スー・チーさんのこと。今回のミャンマー総選挙で圧勝したのが彼女が主導した「国民民主連盟 (NLD:National League for Democracy)」。 ふと、目にとまったのが彼女が住む「豪邸」。妬みとかいった類のものではさらさらないものの、国民は概して貧乏なお国柄だけ に、ヨシダはある種の??を感じました。早速にグーグルでその「人物像」を探りました。概して言えることは、あまりイイ内容でないこと。「アウン・サン スー・チーの人柄」で検索するとトップ列に出てくるのはあまり芳しくない人物像ばかり▼ご存知のように、彼女は「ビ ルマの独立運動を主導し、その達成を目前にして暗殺された「ビルマ建国の父」ことアウンサン将軍の娘である(ウィキペディア)」に始まります。隣国・韓国 の現大統領の立場とオーバーラップします。暗殺された元大統領の娘という点で同じです。それだけに、国民のスー・チーさんに対する憧れがあるのでしょう▼ 前述の ごとく、グーグルに出てくる「スーチー評」は概してネギャティヴです。真っ先に目についたのは「日本人よ、これがスーチーだ」 です。・・・と、これ以上の彼女を巡るヨシダブログは誤解を招いてはいけませんので、打ち切りして、後は本コラムご訪問者のご想像に委ねたほうがイイ感じ です▼ふと、ヨシダの胸に去来すること。それは、国民が無知である状態で起こり得る個性の強い指導者の台頭あるいは、それへの国民の待望観。そう言えば、 戦前戦中のニッポン国民もそうでした・・・。ともあれ、現在のヨシダは縁遠い存在のミャンマーであり、その国の指導者の云々ですが、でも、気になる出来事 ではあります・・・。(写真12枚添付ファイル
   「アウン・サン・スー・チー の豪邸」の画像検索結果    「アウン・サン・スー・チー の豪邸」の画像検索結果「アウン・サン・スー・チー の豪邸」の画像検索結果     「アウン・サン・スー・チー の豪邸」の画像検索結果      「アウン・サン・スー・チー の豪邸」の画像検索結果
  「アウンサン将軍」の画像検索結果「アウンサン将軍」の画像検索結果「aung san assassination」の画像検索結果 「aung san assassination」の画像検索結果 「aung san assassination」の画像検索結果「aung san assassination」の画像検索結果「aung san assassination」の画像検索結果
No.5841
“話させ上手”は相づちの達人
朝日新聞デジタル2015.11.11.文&写真 伊藤由美
ヨシダブログ:「さ すが~!!」のひと言に尽きるような内容の記事(文章)に接してウレシクなりました!著書もあるご人物だけに、有言実行の最たる経営者像を本記事筆者であ り、クラブのオーナー経営者の伊藤由美社長ママさんに拝見します。「お見事デス!」のひと言に尽きます▼正直な話、編集者のヨシダな終始ニンマリ、ニコニ コ、ご同感!ごどうかん!と相槌を打ちながら当該写真を拾いつつ、ブログしています▼「ク ラブ通い」と言えばヨシダは人後に落ちません!足が不自由な身ゆえに、ゴルフのお付き合いができない分、「夜のご接待」に精進(?)したものです▼損 金計上可能な接待交際費は年間300万円(当時)。とすれば、子会社群があれば「損金参入可能額=300万円×当該企業数」とばかりに、グループ企業を7 社にしたものです(笑)。と、これは半分は真面目な動機。「7社グループによる総合物流商社体制」を構築したものでした。労働組合もあったりのことでした が、そのことが同族経営意識に凝り固まった前妻とそのファミリーの「私物化経営」が出来ないことへの不満を招来して、離婚にまで発展したのはヨシダが自ら が仕掛けた「経営者人生の落とし穴」であり、更なる広い人生への突破口足り得たのではありますが・・・(笑)▼余計なブログはさておいて、「聞き上手」と 言えばヨシダはよく評されたものでした。「ヨシダさんと話していたら、何でも話したくなる・・・」とはよく聴かされたものでした。それだけに、本記事主人 公筆者の由美ママ社長さんには最大の敬意を表する次第です▼ともあれ、久々に昔とった杵柄・・・を懐かしく想起しつつ楽しみました。由美ママ社長さんの一 層のご繁栄をフィリピンから祈念します。(写真17枚添付ファイル
   「クラブ由美」の画像検索結果   「クラブ由美」の画像検索結果  「勝新太郎「クラブ 修」」の画像検索結果  「クラブ由美」の画像検索結果  「クラブ由美」の画像検索結果 「クラブけんたうろす」の画像検索結果 
          「クラブけんたうろす」の画像検索結果  関連画像   関連画像「クラブけんたうろす」の画像検索結果     「クラブ由美」の画像検索結果
           「クラブ由美」の画像検索結果「スイスイ出世する人、デキるのに不遇な人」の画像検索結果「『粋な人、無粋な人』」の画像検索結果「公益法人動物環境・福祉協会Eva(エヴァ)」の画像検索結果  「クラブ由美」の画像検索結果
 昨日10日の記事3編を下記に掲載していましたが、本日11日の第一記事掲載(8:55)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご容赦ください。)    


             フィリピン人の「自己防衛精神」はバツグン!             
  フィリピンに来て真っ先に目に飛び込んできたことで、日本では全く想像することさえできない光景!ご覧のような「過積載(?)バイク」デス!当初はこんな 姿を見たら「オー・マイ・ゴッド!」ってな調子でしたが、見慣れるに従って違和感は失せました。逆に微笑ましさでニンマリって按配です。
 朝夕はこの「ベルエア・ヴィレッジ」(表と裏にガードマン付きの開閉バール出入り口がある住宅団地)の玄関先に車いすで出て、前のメイン通り(4車線)で クルマや人の往き来の「ウォッチング」を楽しみます。とりわけ、ショートパンツでスラッと伸びた美脚と魅力的なデッカイおヒップで颯爽と歩くフィリピナの姿等々を鑑賞するのはヨシダの趣味。そういった野外の雰囲気の中で思わず微笑みが出るほどの光景が下部に添付したようは「バイク相乗り光景」です。
 家中の者たちに尋ねてみることに、「幼児たちが落っこちて怪我したというのを見た り聞いたりしたことがあるかい?」と。異口同音に、NO!!!!と、明快な返事しかかえってきません。ホントか?と問い質すしまつ。
 幼児たちの乗る様をみるに、かれらの自己防衛精神はあっぱれのひと言に尽きます。バイクの何処かや運転するパパの胴回りをシカと捕まえているのです。「シッカリ持ちなさいよ」などの声すら聞きません。親子ともに「自己防衛精神&自己責任責任」は確か、とみます。
 「規制」の厳しい国(民)とそうでない国の「自己防衛意識」は大きな格差が生じるのは世の常。規則の有無をせいにして自己防衛精神を疎かにするのとはドエライ差異を痛感します。もっとも、家
長のアーネルが言うには、あるにはあるけど、警官と罰金を交渉をするとか。彼はバ ランガイ事務所の行政管理官であることからそういった実態は心得ています。でもジープ二ーのステップやトラックの荷台に乗っている者までは追求しないとかです。この微笑ましい(?)光景をお楽しみくだい。
                                     
                            

                                おわりにもう一つのフィリピン情報!
                  Another big news about Philippines Beauty!!
 
            関連画像「trixie Maristela of Philippines」の画像検索結果「trixie Maristela of Philippines」の画像検索結果「trixie Maristela of Philippines」の画像検索結果「trixie Maristela of Philippines」の画像検索結果

Trixie Maristela of Philippines waves after being crowned Miss international Queen 2015 beauty contest in Pattaya, Thailand on Friday. Miss international Queen is the world’s largest beauty pageant for transgender(性転換) women. AFP Photo(The Manila Times, Sunday Nov. 8, 2015)
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。) (660.12.KB)


                       2015年11月11日(水)

                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                        
吉田祐起
                  
       (満84歳0ヶ月) 
                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com