Please shift the encoding to "Unicode(UTF-8)" & "Japanese"!!
 Left click on "View(V)", and go down to "Character Encoding(C)", and go to the right column to find  "Unicode(UTF-8)" checked and you see on the same site appears atop is "Auto-Detect" with your cursor on to find a line of languages on your right side and check "Japanese". Thank you! Oh, in case you see no "Menu bar(M)" on the far top left side, click the right with your cursor at the place down your browser mark such as Mozilla Firefox or Microsoft, and give a check at "Menu bar", and you will see a line of menus coming out. (お 断り:日本語版のトッパページ最上段にこんな形の英語のメッセージを掲載しているには理由があります。時おりのことですが、日本の友人から「ヨシダさん、 日本語版に限って『文字化け』するんだけど・・・」という声があるのを気にしてのやむなき対策の英語のお願いです。文字化けする場合は、この日本語も読め ませんが、上段の英語は文字化けはゼッタイにありませんので、英語をご理解されるされないに限らず、苦肉の策として思いついた対策です。「文字化け」は至 極簡単に見る側のちょっとしたパソコンのセッティングで解消するのですが、案外とご存知ない方が少なくありません。この日本語文字が化けなければ、なん たってことはないのですが、できれば、上掲の英語説明を何とかしてご理解くだされば幸いです。CLICK⇒文字化け現象の解決法 『文字エンコーディング』のリセットの仕方」(このファイルは日本語のpdf版ですので文字化けはしません。友人から「ヨシダさんの説明はパソコン説明書より親切で分かり易い!」と評価されたシロモノです。

  吉田祐起(Yuuki Yoshida) : 原爆証言執筆者・健康生きがいづくりアドバイザー(フィリピン共和国在住)

 「yuuki yoshida」の画像検索結果   「yuuki yoshida」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
(写真左・中は2011年3月は東日本大震災直前のもの、右はパスポート更新で2014年9月10日に撮影したものです。数年前より現在のほうが若く見える、とは周辺の人たちの弁です。直近のものは「ステテコ&半そで」姿なので遠慮します。)                                  
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) :満83歳11か月 
 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 
  生後10ヶ月でポリオに罹り、広島原爆で九死に一生を得るも、被爆翌年に義兄が経営する製材所の助っ人で作業中に労災事故死した父に代って一家を支えるべ く 技術屋人生を選択し、定時制高校に通いながら日夜励みました。得意の英語を駆使して米国から新技術を導入したり発明品の商品化等々で14年間の華々しい青 春時代を謳歌。公費で米国業界視察留学という話が飛び出したものの、妻(当時)の養父の急死で已むなくその小規模運送会社経営を継承。
 まがりな りにも32年間で「7社グループ総合物流商社体制」を確立。自称・人生第二毛作を演じました。運輸大臣表彰(現・国土交通省)受賞をひと区切りに、同族企 業でありがちのお家騒動を体験。離婚を契機にマヴァリック(一匹狼)のコンサルタント会社を設立して16年間、離日直前まで楽しく活動しました。執筆活動 の原点でもありました。自称・人生第三毛作を演じました。
 期するものを得て、此処フィリピンの地を終の棲家と定めて 2009年2月に移住。これからが最終章のわが人生第四毛作と位置づけています。自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」で心置きなくフィリピン人2 家族と共同生活をもって人生最終章(四毛作)を演 じつつあるところです。かれらを「貧困から脱却」させつつ、ヨシダの終生面倒見を期待するという仕組みです。でも、ちょっと真似の出来ない生き方と自負し ます。

              Since 10th March, 2001
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手製のささやかなウェブサイトですが、ご覧ください。なお、ご意見やお気づきの点は遠慮なく下記にご一報くだされば嬉しい限りです。
yoshida@a-bombsurvivor.com

                                     English               
     
            2015年10月14日(水)
         
   
                          コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧株式会社ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ (2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」(自分史)(最終章入り)
15."A-bomb and Me"(原爆と私)(ある米友人の進言で英語版執筆中)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード 
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
  (ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」(2010.2.10.) 
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
   
   

   ヒロシマ・ヒバクシャのヨシダが発信する「オバマ米大統領の被爆市訪問」のこと
  フィリピンに来て間もない頃は2009年11月10日のこと。シンガポールで開催のAPEC会議出席の前に東京に立ち寄られたオバマ大統領がNHK  WORLDの記者の質問(今回の日本立ち寄りを機に、被爆市訪問の意図がありますか?)対して答えられた言葉が鮮明です。"The schedules are too tight this time. However, I would like to have an honor of visiting some day during my Presidency."(今回はスケジュールが一杯でできないが、任期中の何時か訪問の栄に浴したい・・・)。その出来事を踏まえて即座に書いたのが、拙著オバマ米大統領が任期中に被爆地訪問ご発言!  ガッツ感で一層の花道づくり提言をします!」 (2009年11月10日記)です。クリックしてご覧ください。ヨシダはその後、その適切な訪問時期は、区切りイイ年次の「2010年ー65周年」として 公開書簡まで発表したものでした。しかし、それが実現しなかったことは、現在にして思うに、「2015年ー70周年」こそがベストな年次と提唱するに至り ました。
 ところが、8月に入ってもその気配は皆無。「2015年-70周年」に拘っていたヨシダは絶望と思いつめていたものの、考えてみれば同 大統領の任期は2017年1月20日東部時間正午まで。とすれば、区切りは良いとは言えない「2016年ー71周年」になるのが精一杯。まいっか・・・と 勝手に思っているところです。大統領任期中の「レガシー(遺産)づくり」としても、男の約束においても実現されるのがご本人のためだとさえ思うのがヨシダ です。

 おって、ヒバクシャとして被害意識を強くする中で、オバマ米大統領が2011年の9.11の8周年記念式典(ペンタゴン)て遺族たちを前にスピーチした言葉の一節を下記に掲載します。「被害意識」が先行するヒバクシャのわれわれが共有すべき貴重な言葉と受けとめます。なお、この崇高なる大統領の言葉は"Ceremonies Mark 8th Anniversary of September 11 Terrorist Attacks"の中ほどに小さく載っていたもので、目立たないものです。中見出し付きもしくは、太文字表示されるべき価値あるものと考えます。
"Let us renew the true spirit of that day. Not the human capacity for evil but the human capacity for good - not the desire to destroy but the impulse to save and to serve and to build," あの日の真実の心を新たにしましょう。 悪に対する人類の能力としてでなく、善に対する人類の能力としてです。-破壊することへの欲望でなく、守り、奉仕し、建設するための推進力としてです。(オバマ米国大統領・翻訳;吉田祐起) 
          「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果          「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果 「obama at 9.11 anniversary in pentagon」の画像検索結果
   (注:このトップコメントは2016年8月6日まで掲載します。しぶといでしょう、ヨシダは・・・笑)

                
                グーグルから拾った10月14日の「できごと」 
                          October 14 Events(英語版) 
                              「きょうのできごと」記録集
  こ のコラム編集なかんずく、当該写真の選択や入手の仕方等々はご覧くださる方々のご関心をヴィジュアルな面で提供することを目的としています。つまり、写真 や画像から入って、「できごと」の中身にご関心を期待するためです。もともと「グーグルのできごと」は英語版が本流でして、日本語版はその翻訳的な一面が 否 定できません。日本語版から入ると「できごとの」の主人公すら掴めない場合さえあることを最近痛感することが少なくありません。「主語抜き」という日本語 特有の落とし穴です。ヨシダの手法は、その「できごと」の主人公もしくは主体をヨシダ流の英語でインプットして当該情報にヒットすることが少なくありませ ん。そういった体験から、全体像が理解しにくい場合は、英語版を横目に検索することにしたり、当該できごとが英語版に無い場合は、ヨシダ流で関係語や名称 を英語訳して英語版グーグルにインプット検索の結果、思わぬ適切な記事や画像にヒットするケースは少なくありません。そんなことから、案外と多くの時間を 費やしているのがこの画像等の選択肢であり、そpの編集です。もっとも、その過程で学び機会の習得者は他ならぬ、編集者のヨシダではあるのですが・・・
4「convention of kanagawa in 1854」の画像検索結果 「convention of kanagawa in 1854」の画像検索結果 「convention of kanagawa in 1854」の画像検索結果「convention of kanagawa in 1854」の画像検索結果5「日本の鉄道開業」の画像検索結果「日本の鉄道開業」の画像検索結果 「日本の鉄道開業」の画像検索結果
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「太政官布告・太政官達」の画像検索結果「太政官布告・太政官達」の画像検索結果7「1896年 - 陸軍中将乃木希典が台湾総督に就任。」の画像検索結果「1896年 - 陸軍中将乃木希典」の画像検索結果8 「Sigmund Freud, The Interpretation of Dream」の画像検索結果  「『夢判断』」の画像検索結果9「1905年 - 登山家・小島烏水らが日本初の山岳会を結成。」の画像検索結果「1905年 - 登山家・小島烏水らが日本初の山岳会を結成。」の画像検索結果「日本山岳会」の画像検索結果11 「1921年 - 鉄道博物館が開館」の画像検索結果
 「1921年 - 鉄道博物館が開館」の画像検索結果  「1921年 - 鉄道博物館が開館」の画像検索結果    関連画像12「監獄看板」の画像検索結果「監獄看板」の画像検索結果  「網走刑務所」の画像検索結果 関連画像13「A・A・ミルン作の童話『クマのプーさん』」の画像検索結果  「A・A・ミルン作の童話『クマのプーさん』」の画像検索結果  「A・A・ミルン作の童話『クマのプーさん』」の画像検索結果 
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「1943, philippines becomes the second republic under the japanese occupation」の画像検索結果   「1943, philippines becomes the second republic under the japanese occupation」の画像検索結果「1943, philippines becomes the second republic under the japanese occupation」の画像検索結果「1943, philippines becomes the second republic under the japanese occupation」の画像検索結果17「1943 huge escape from Sobibór extermination camp」の画像検索結果「1943 huge escape from Sobibór extermination camp」の画像検索結果 「1943 huge escape from Sobibór extermination camp」の画像検索結果18        「1945、金日成が初の公開演説」の画像検索結果    「1945、金日成が初の公開演説」の画像検索結果
20「1950, truman meets macarthur in quake island」の画像検索結果「1950, truman meets macarthur in quake island」の画像検索結果「1950, truman meets macarthur in quake island」の画像検索結果21「ルース台風鹿児島県に上陸」の画像検索結果「ルース台風鹿児島県に上陸」の画像検索結果「ルース台風鹿児島県に上陸」の画像検索結果     23「1953年 - 日本共産党書記長・徳田球一が北京で客死」の画像検索結果「1953年 - 日本共産党書記長・徳田球一が北京で客死」の画像検索結果
25 「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果    「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果  「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果  「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果「1958年 - 東京タワーが竣工。」の画像検索結果27    「1964 nikita sergeyevich khrushchev lost his position」の画像検索結果   「1964 nikita sergeyevich khrushchev lost his position」の画像検索結果「1964 nikita sergeyevich khrushchev lost his position」の画像検索結果
29  「James Ray ("Jim") Hines breaks the world record」の画像検索結果 「James Ray ("Jim") Hines breaks the world record」の画像検索結果「James Ray ("Jim") Hines breaks the world record」の画像検索結果31 「bloody sunday in thailand, 1973」の画像検索結果     関連画像「bloody sunday in thailand, 1973」の画像検索結果  「bloody sunday in thailand, 1973」の画像検索結果    「bloody sunday in thailand, 1973」の画像検索結果 「血の日曜日事件 (1973年)」の画像検索結果
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「1983年 - 東北大学附属病院で日本初の体外受精児誕生。」の画像検索結果 「1983年 - 東北大学附属病院で日本初の体外受精児誕生。」の画像検索結果「1983年 - 東北大学附属病院で日本初の体外受精児誕生。」の画像検索結果「Louise Joy Brown」の画像検索結果「Louise Joy Brown」の画像検索結果「Louise Joy Brown」の画像検索結果「Louise Joy Brown」の画像検索結果「Louise Joy Brown」の画像検索結果40「ハッピーマンデー法案」の画像検索結果    「ハッピーマンデー法案」の画像検索結果4   44「)2007年 - 東京神田の交通博物館が、大宮に移転。鉄道博物館」の画像検索結果
 「)2007年 - 鉄道博物館」の画像検索結果「)2007年 - 鉄道博物館」の画像検索結果「)2007年 - 鉄道博物館」の画像検索結果45「2008年 - 日経平均株価の終値が過去最大の+14.15%」の画像検索結果48「Red Bull Stratos」の画像検索結果「Red Bull Stratos」の画像検索結果     「Red Bull Stratos」の画像検索結果「Red Bull Stratos」の画像検索結果
「Red Bull Stratos」の画像検索結果「Red Bull Stratos」の画像検索結果     「Red Bull Stratos」の画像検索結果   関連画像「Red Bull Stratos」の画像検索結果「Red Bull Stratos」の画像検索結果 「Red Bull Stratos」の画像検索結果      「Red Bull Stratos」の画像検索結果Felix Baumgartner 2013.jpg
222Pope Callixtus I is killed by a mob in Rome's Trastevere after a 5-year reign in which he had stabilized the Saturday fast three times per year, with no food, oil, or wine to be consumed on those days. Callixtus is succeeded by cardinal Urban I.
(1)1066年 - ノルマン・コンクエスト: ヘイスティングズの戦い
1322Robert the Bruce of Scotland defeats King Edward II of England at Byland, forcing Edward to accept Scotland's independence.
1465Wallachian voivode Radu cel Frumos, younger brother of Vlad Ţepeş, issues a writ from his residence in Bucharest.
1582 – Because of the implementation of the Gregorian calendar this day does not exist in this year in Italy, Poland, Portugal and Spain.
1586Mary, Queen of Scots, goes on trial for conspiracy against Elizabeth I of England.
1656Massachusetts enacts the first punitive legislation against the Religious Society of Friends (Quakers). The marriage of church-and-state in Puritanism makes them regard the Quakers as spiritually apostate and politically subversive.
(2)1758年 - 七年戦争: ホッホキルヒの戦い
1773 – The first recorded Ministry of Education, the Commission of National Education, is formed in the Polish–Lithuanian Commonwealth.
・1773 – Just before the beginning of the
American Revolutionary War, several of the British East India Company's tea ships are set ablaze at the old seaport of Annapolis, Maryland.
1805Battle of Elchingen, France defeats Austria.
(3)1806年 - ナポレオン戦争イエナ・アウエルシュタットの戦い
1808 – The Republic of Ragusa is annexed by France.
1812 – Work on London's Regent's Canal starts.
1840 – The Maronite leader Bashir II surrenders to the British Army and then is sent into exile on the islands of Malta.
1843 – The British arrest the Irish nationalist Daniel O'Connell for conspiracy to commit crimes.
(4)1854年嘉永7年8月23日) - 日英和親条約が締結される。
1863American Civil War: Battle of Bristoe Station: Confederate troops under the command of General Robert E. Lee fail to drive the American Union Army completely out of Virginia.
(5)1872年明治5年9月12日) - 日本の鉄道開業(新橋(後の汐留) - 横浜(現桜木町)間)。
(6)1873年 - 祝祭日を定める太政官布告「年中祭日祝日ノ休暇日」を発布。
1882University of the Punjab is founded in a part of India that later became West Pakistan.
1884 – The American inventor, George Eastman, receives a U.S. Government patent on his new paper-strip photographic film.
1888Louis Le Prince films first motion picture: Roundhay Garden Scene.
(7)1896年 - 陸軍中将乃木希典台湾総督に就任。
1898 – The steamer ship SS Mohegan sinks after impacting the Manacles near Cornwall, United Kingdom, killing 106.
(8)1900年 - フロイトの『夢判断』が出版される。
(9)1905年 - 登山家・小島烏水らが日本初の山岳会を結成。現在の日本山岳会
1908 – The Chicago Cubs defeat the Detroit Tigers, 2–0, clinching the World Series. It would be their last one to date.
1910 – The English aviator Claude Grahame-White lands his Farman Aircraft biplane on Executive Avenue near the White House in Washington, D.C..
1912 – While campaigning in Milwaukee, the former President of the United States, Theodore Roosevelt, is shot and mildly wounded by John Schrank, a mentally-disturbed saloon keeper. With the fresh wound in his chest, and the bullet still within it, Mr. Roosevelt still carries out his scheduled public speech.
1913Senghenydd Colliery Disaster, the United Kingdom's worst coal mining accident, occurs, and it claims the lives of 439 miners.
(10)1914年 - 第一次世界大戦: 日本海軍がドイツ領南洋諸島の占領を完了。
1915World War I: The Kingdom of Bulgaria joins the Central Powers.
1920 – Part of Petsamo Province is ceded by the Soviet Union to Finland.
(11)1921年 - 鉄道開業50年を記念して東京駅北口に鉄道博物館が開館。
(12)1922年 - 監獄を「刑務所」に改称。
1925 – An Anti-French uprising in French-occupied Damascus, Syria. (All French inhabitants flee the city.)
(13)1926年 - A・A・ミルン作の童話クマのプーさん』が発売。
(14)1933年 - ドイツジュネーブ軍縮会議から脱退し、国際連盟からの脱退を表明。
(15)1938年 - 近衛文麿内閣国際連盟との協力関係終了を閣議決定。
1938 – The first flight of the Curtiss Aircraft Company's P-40 Warhawk fighter plane.
1939 – The German submarine U-47 sinks the British battleship HMS Royal Oak within her harbour at Scapa Flow, Scotland.
1940Balham underground station disaster in London, England, occurs during the Nazi Luftwaffe air raids on Great Britain.
1943 – Prisoners at the Nazi German Sobibór extermination camp in Poland revolt against the Germans, killing eleven SS guards, and wounding many more. About 300 of the Sobibor Camp's 600 prisoners escape, and about 50 of these survive the end of the war.
・1943 –
World War II: The American Eighth Air Force loses 60 B-17 Flying Fortress heavy bombers in aerial combat during the second mass-daylight air raid on the Schweinfurt ball bearing factories in western Nazi Germany.
(16)1943年 - 日本占領下のフィリピン英語版第二共和国が成立。
(17)1943年 - ナチス・ドイツソビボル強制収容所で大脱走事件発生。
1944World War II: Athens, Greece, is liberated by British Army troops entering the city as the Wehrmacht pulls out. This clears the way for the Greek government-in-exile to return to its historic capital city, with George Papandreou, Sr., as the head of government.
・1944 – Linked to a
plot to assassinate Adolf Hitler, Field Marshal Erwin Rommel is forced to commit suicide.
(18)1945年 - 平壌でソ連解放軍歓迎平壌市民大会が開かれ、金日成が初の公開演説。
(19)1947年 - チャック・イェーガーが操縦する実験機X-1が水平飛行で音速を突破しマッハ1.06を記録。人類史上初の有人超音速飛行。
1949 – Eleven leaders of the American Communist Party are convicted, after a nine-month trial in a Federal District Court, of conspiring to advocate the violent overthrow of the U.S. Federal Government.
・1949 –
Chinese Civil War: Chinese Communist forces occupy the city of Guangzhou (Canton), in Guangdong, China.
(20)1950年 - トルーマン・アメリカ大統領がウェーク島マッカーサー元帥と会談。
(21)1951年 - ルース台風鹿児島県に上陸。本州各地に大被害。死者行方不明943人。
(22)1952年 - 日本父母と先生全国協議会(現在の日本PTA全国協議会)が結成大会。
1952Korean War: United Nations and South Korean forces launch Operation Showdown against Chinese strongholds at the Iron Triangle. The resulting Battle of Triangle Hill is the biggest and bloodiest battle of 1952.
(23)1953年 - 日本共産党書記長・徳田球一が北京で客死。2年後に公表。
(24)1953年 - アリエル・シャロン率いるイスラエル国防軍ヨルダン川西岸のキビヤ村を襲撃。アラブ系住民67名が犠牲。
1956 – Dr. B. R. Ambedkar, the Indian Untouchable caste leader, converts to Buddhism along with 385,000 of his followers (see Neo-Buddhism).
1957 – Queen Elizabeth II becomes the first Canadian Monarch to open up an annual session of the Canadian Parliament, presenting her Speech from the throne in Ottawa, Canada.
1958 – The American Atomic Energy Commission, with supporting military units, carries out an underground nuclear weapon test at the Nevada Test Site, just north of Las Vegas.
・1958 – The
District of Columbia's Bar Association votes to accept African-Americans as member attorneys.
(25)1958年 - 東京タワーが竣工。
1962 – The Cuban Missile Crisis begins: A U.S. Air Force U-2 reconnaissance plane and its pilot fly over the island of Cuba and take photographs of Soviet missiles capable of carrying nuclear warheads being installed and erected in Cuba.
(26)1964年 - マーティン・ルーサー・キングノーベル平和賞受賞が決定。
(27)1964年 - ニキータ・フルシチョフ失脚。
(28)1966年 - 黒い霧事件に対し、社会・民社・公明・共産4党の院内共闘が成立する。
1966 – The city of Montreal begins the operation of its underground Montreal Metro rapid-transit system.
1967 – The Vietnam War: The folk singer Joan Baez is arrested concerning a physical blockade of the U.S. Army's induction center in Oakland, California.
1968Vietnam War: Twenty-seven soldiers are arrested at the Presidio of San Francisco in California for their peaceful protest of stockade conditions and the Vietnam War.
・1968 –
Vietnam War: The United States Department of Defense announces that the U.S. Army and U.S. Marine Corps will send about 24,000 soldiers and Marines back to Vietnam for involuntary second tours of duty in the combat zone there.
・1968 –
Apollo program: The first live TV broadcast, by American astronauts in orbit, was performed by the Apollo 7 crew.
・1968 – An
earthquake rated at 6.8 on the Richter scale destroys the Australian town of Meckering, Western Australia, and it also ruptures all nearby main highways and railroads.
(29)1968年 - メキシコオリンピックの陸上男子100m決勝でジム・ハインズが9.9秒を記録。人類で初めて10秒の壁を破る。
(30)1969年 - 西武秩父線吾野駅 -
西武秩父駅)が開業。池袋からの特急「ちちぶ」が運転開始。
1969 – The United Kingdom introduces the British fifty-pence coin, which replaces, over the following years, the British ten-shilling note, in anticipation of the decimalization of the British currency in 1971, and the abolition of the shilling as a unit of currency anywhere in the world.
(31)1973年 - タイクーデターが発生。(血の日曜日事件
(32)1974年 - 巨人軍長嶋茂雄の引退試合。
(33)1977年 - 奈良筆伝統工芸品に指定される。
1979 – The first Gay Rights March on Washington, D.C., the National March on Washington for Lesbian and Gay Rights, demands "an end to all social, economic, judicial, and legal oppression of lesbian and gay people", and draws 200,000 people.
1981 – Citing official misconduct in the investigation and trial, Amnesty International charges the U.S. Federal Government with holding Richard Marshall of the American Indian Movement as a political prisoner.
・1981 – Vice President
Hosni Mubarak is elected as the President of Egypt one week after the assassination of the President of Egypt, Anwar Sadat.
1982 – U.S. President Ronald Reagan proclaims a War on Drugs.
(34)1982年 - 大阪にコンサート専用のザ・シンフォニーホールが開館。
(35)1983年 - 東北大学附属病院で日本初の体外受精児(試験管ベビー)が誕生。
1983Maurice Bishop, Prime Minister of Grenada, is overthrown and later executed in a military coup d'état led by Bernard Coard.
1994 – The Palestinian leader, Yasser Arafat, The Prime Minister of Israel, Yitzhak Rabin, and the Foreign Minister of Israel, Shimon Peres, receive the Nobel Peace Prize for their role in the establishment of the Oslo Accords and the framing of the future Palestinian Self Government.
(36)1987年 - 鳥取県のJR西日本若桜線(郡家駅 - 若桜駅19.2km)が第三セクター・若桜鉄道に転換。
(37)1991年 - 橋本龍太郎蔵相が証券・金融不祥事と富士銀行不正融資事件への元秘書の関与等で辞任。
(38)1992年 - 金丸信衆議院議員が東京佐川急便からの5億円違法献金疑惑で議員を辞職、政界を引退。
(39)1994年 - 札幌市営地下鉄東豊線豊水すすきの駅 - 福住駅間が開業し全通。
(40)1998年 - 「祝日法」改正法案(ハッピーマンデー法案)が参議院で可決・成立。成人の日体育の日が1月・10月の第2月曜日に移動。
(41)1998年 - 改正議院証言法が参議院で可決・成立する(証人喚問の写真撮影やテレビ中継を条件付きで解禁)。
1998Eric Rudolph is charged with six bombings including the 1996 Centennial Olympic Park bombing in Atlanta, Georgia.
(42)2000年 - 首都圏共通ストアードフェアシステムパスネット運用開始。
2003Chicago Cubs fan Steve Bartman becomes infamously known as the scapegoat for the Cubs losing Game 6 of the 2003 National League Championship Series to the Florida Marlins.
(43)2005年 - 郵政民営化法案が参議院にて可決し、法案が成立する。
2006 – The college football brawl between University of Miami and Florida International University leads to suspensions of 31 players of both teams.
(44)2007年 - 東京神田の交通博物館が、大宮に移転。鉄道博物館がオープン。
(45)2008年 - 日経平均株価終値が前週末に比べて1171円14銭高となり、終値ベースでの上昇率が過去最大の+14.15%となる。
(46)2008年 - 札幌銀行北洋銀行が合併。旧札幌銀行の支店名等は全て北洋銀行となった。
(47)2012年 - ジェンティルドンナ秋華賞を勝ち、アパパネ以来2年ぶり、日本競馬史上4頭目の牝馬三冠を達成。
(48)2012年 - フェリックス・バウムガルトナーレッドブル・ストラトス英語版によって有人気球による最高高度到達記録、スカイダイビングの最高高度記録、自由落下による最大落下速度記録(マッハ1.24)を記録する。
2014 – A snowstorm and avalanche in the Nepalese Himalayas triggered by the remnants of Cyclone Hudhud kills 43 people.
                  
                                                    インタネット情報&ヨシダブログ
              (2015年3月20日付でコラム名称を変更しました)
(上掲リンクには直前のものを1MB以内の容量(約3日分)に限って掲載しています。なお、過去のものは「リンクリスト」をクリックするとご覧いただけます。)

   こ のコラムは去る2012年3月9日にある動機を得て開設したものです。ご覧のように多くの記事を編集しつつ、ヨシダコメントを書き添えてきています。開設 以来、その編集のあり方を巡って試行錯誤するなかで、記事に登場する人物や当該写真資料などをグーグルして添付するなどしています。編集執筆者ヨシダに とって、記事を巡る歴史や文化芸術の学びの場にもなり、嬉しく感じています。おって、新聞によっては、「当日の当該記事」こ限ってのurlリンクがあり、掲載後日にクリックすると別記事で出ますので、ご諒承ください。「青文字編集」のほうが確実ですのでご留意ください。 

只今、 5783です。    
2015年10月14日(水)掲載分
昨日10月13日最終のトップページ
編集者のひと言ダイアリー・コナー

 本日「10月14日のできごと」でヨシダが特にマークするのは、「(25)1958年 - 東京タワーが 竣工。」です。ほかでもありません、同タワーが竣工して間もない頃に、3歳下の弟(当時、神戸商大生)を従えて東京見物をした折に同タワーを訪れたからで す★ちょっとブログが長くなりますが、横浜YMCAで開催された中四国地区社会人英語弁論大会に出席した折に同館ホテルに滞在してのことでした。4位に留 まった成績でしたが、イイ体験をしたものです★3年半前ににジャパン・タイムズ紙(Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives') (AUG. 4 2012)にヨシダの大きな写真記事が出た折に添付された写真の一つが同YMCA本館前でその弟と一緒の小さな写真でして、此処に添付します★話が横道に そびれましたが、くだんの当時の東京タワーではエレベーター待ち客が長打の行列でした。最上階に行ったのはいいとして、帰りのエレベーター待ち時間に耐え られず、歩いて降りよう!と。タワーの外部にある螺旋階段をこの足で歩いて降りたのです!当時は補そう具は未だ縁のなかった時代。今から思うに、よう頑 張ったわい、です。左手にステッキ、右手で階段の手摺りとバランスがとれたせいでした★その弟・祐司は兄貴によく言っていたものです。「兄ちゃんには世話 になりっぱなし。兄ちゃんの老後は女房を質に入れてもボクが面倒を看る・・・」が口癖でした。「バカ言うな」でしたが、兄貴より早くに他界しました。吉田 家三姉妹・三兄弟で唯一の生き残り長男ユウキですが、人生って不思議なものですネ~。(00:05)
                 The young Yoshida poses with his brother Yuji (left) outside the YMCA building in Yokohama after taking part in an English speech contest.
Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives')(AUG. 4 2012)より
 「No.5782:豪放磊落な印象が強い文豪ヘミングウェーは、いくら深酒をしても、夜明けとともに… 東京新聞「筆洗」2015.10.14.)」 を編集するに、随分と時間をかけました。凝り性編集長のすることです。でも、凝っただけの成果を体感するヨシダです。下手な文章でも、これだけ大量のもの を短時間でこなすには、応分の「才能」(?笑)を要します。最大の報酬はボケ防止に繋がるという歴然とした事実であり実感です★ちょっと、ユーモラスな話 題をひとつ。小生、この最近、大きな声が出るほどの「欠伸(あくび)」がしょっちゅう出ます。不快感どころか、快適と言えるほどの規模です。でも、気にな るのでグーグルしました。曰く、「・・・息を吸い込むということはそれだけ 酸素を取り込む、酸素を必要としているからではという説が一般的で、脳の活動が低下した状態を改善しようと一時的に多く の酸素を取り入れようとする生理反応と考えられます。大きく口を開ける動作は口周りや顎の筋肉を動かすことで、脳への刺激に繋がっていると考えられま す・・・」と★そこでヨシダ流儀の解釈が出ます。ヨシダの場合は「脳の活動が低下状態を改善・・・」でなく、「吸収中の知識を消化するための脳の働きを活 発にする」がヨシダのあくび原因であり、目的だとの解釈。憶測することは、「高年齢に基づく現在の過大の仕事量消化を可能にする脳の動きメカニズムを大あ くびで補充する生理的現象」と(笑)。と、こんな解釈すると、あくびが出るのは大歓迎!この際、歓喜の大あくび!といきましょう。題して「ポジティヴなあくび」デス。(12:30)
  本日は直前の「No.5782」1編で終わりになるでしょう。残った時間は「10月17日のできごと」に一点集中します★ところで、このところ、食生活の変革を機に、「健康食」への関心を強めています。去る10日付け記事「No.5777世界最高齢の女性が毎日食べているのは......とても意外な物だった朝日新聞「国際」2015.10.10(8日付: | 執筆者: Ed Mazza)」を手始めに、「ハムからベーコンへのシフト」を行ってご満悦のヨシダ。今後はキムチへの再認識による常食度合いの強化です★多くの受信メルマガに「辛いものを食べる人ほど死亡リスクが低い」 (日経Gooday:話題の論文 拾い読み!)が目にとまり読みました。ヨシダのブレンチ用一連の食品メニューに あるのが、「キムチ」。シメシメとばかりに、今までの「ひと切れ」から「三、四切れ」にシフトしました。イイ感じです★「良い」とされるものには直ぐにで も手を出して実践。反対に、良くないとされるものは、躊躇なく、即時ストップ!これはヨシダの特技みたいなもの。意志の強さがその背景です。エッヘン! (笑)(15:35)
 「No.5783シリア難民400万人、欧米はこの難題をいかに解決するのか? オバマの無作為が、事態を最悪なものにしたと共和党、ペンタゴン宮崎正弘の国際ニュース・早読み20115.10.14.宮崎正弘)」を大急ぎで編集掲載しました。移民・難民受け入れ反対論者必読の記事ですぞ~!(18:10)


No.5783
シリア難民400万人、欧米はこの難題をいかに解決するのか? オバマの無作為が、事態を最悪なものにしたと共和党、ペンタゴン
宮崎正弘の国際ニュース・早読み20115.10.14.宮崎正弘
ヨシダブログ:移 民問題に関するヨシダ意見は「好む好まざるを問わず、やむなきこと。もしそれを拒むなら、日本は世界の孤児になるばかりか、”ワンス・アポン・ア・タイ ム、 ニッポン人という名の優秀な民族が居ったげな・・・”(今はもう居ない)と皮肉ることを躊躇いません▼おりしも、ヨシダをして、「やっぱし!」と思わす記 事にヒットしましたので、傍線引用は抜きで急いで掲載しました「中見出し」は、▲世界的難民の元祖は華僑ではないのか?、▲難民は明日の日本の問題である・・・と続きます▼移民・難民受け入れゼッタイ反対論者が本記事を読まれたらどう思われるだろうか?がヨシダの関心事です。「世界は一つ」。とすれば、其処に住む人類も、自他ともに多民族国家に耐え得るものでなければ存続しない時代かもしれませんね・・・。(写真12枚添付ファイル
  「宮崎正弘」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果「宮崎正弘著書」の画像検索結果
No.5782
豪放磊落な印象が強い文豪ヘミングウェーは、いくら深酒をしても、夜明けとともに…
東京新聞「筆洗」2015.10.14.

ヨシダブログ:ヨ シダにとってはコンプレックスでもあり得る文学や、身体的に不能なスポーツに縁遠く、恥を忍んでのヨシダの告白になりますが、天下に名を成す人物は並外れ た自助努力をしているという一点に帰着します。でも、ふと頭を横切ることがあります。並外れた成果を成すには応分の極限的努力や実践がつきものです。凝縮 されたそれは当事者の一生分の仕事を極限に縮めて努力した結果、とも受け止めら れるかもしれません▼・・・とすればの話。能力的には「通常人レベル(?)」である以上、ここは一番、時間(年数)をかけて努力するしかないぞ~という反 省。「細く長く」で一生分の仕事量はイークオルだった・・・とするかって魂胆です(笑)▼場所違いの弁ですが、人間の幸不幸の量は決まっている、というヨ シダ論理。幸を早くに消費すると、その分、その量は少なくなる。対して、不幸を早くに体験すれば、残りの不幸の量は少なくなり、代わって幸福量の消化が待 ち受ける・・・という論理。「苦労は買ってでもせよ」に通じます▼その点に関する限り、現在のヨシダは申し分ない(?)生き方選択肢足り得ると自身に言い 聞かせてご満悦ってところです▼蛇足の追伸:本記事にある「『天 才たちの日課』の著者M・カリー氏」のこと。日本語の同書はヒットしましたが、原書とその著者・M.カーリー氏の写真は随分時間をかけましたがヒットしま せんでした。代わって手にしたのは、原題名「The Daily Routines of Geniuses」(天才たちの日課)とあしらった格言めいた7点の言葉。ご関心のある方は拡大してご覧ください▼第7点目は「限定された社会活動」と。 ヨシダがこの言葉にヒットして「これでヨシ!」っと。社会活動はおろか、日常生活全てから、母国のことには無関係に、のびのびと自身の趣味だけに生きる、 生きられることの幸せ感を堪能しているのがヨシダであるからです▼しかも、長生き願望は自己のものでなく、「貧困からの脱却を約束したフィリピン人家族の ためにこそ!」という大義名分(?)で生かされ活かされているからです。感謝!かんしゃ!カンシャ!の心で生き続けられることに、宿命的な何かをj感じる昨今のヨシダです。(写真20枚添付ファイル
   「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果関連画像「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果 「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果  「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果   「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果   「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果 「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果   「文豪ヘミングウェーと執筆」の画像検索結果
                                   「作曲家のストラビンスキー」の画像検索結果 「『天才たちの日課』」の画像検索結果「the writer of "daily life of the genius」の画像検索結果
   「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果            「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果   「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果 「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果  「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果      「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果 「ラグビー日本代表・五郎丸歩選手」の画像検索結果
 昨日13日の記事2編を下記に掲載していました、本日14日の第一記事掲載(11:50)をもって消却しました。なお、「インタネット情報&ヨシダブログ」に本編を含め、直前原則3日分を収録しています。それ以前のものは「リンクリスト」 に保存しています。なお、折角の記事関連写真であることにかんがみ、当該記事末尾の「(写真○枚添付ファイル)」をクリックすると写真を含む当該記事全体 をご覧いただける仕組みにしています。編集容量を抑えつつ、折角の写真を保全する手法としています。おって、日付変更は早めにしていますので、ご諒承くだ さい。

               「末尾の特別情報お知らせコーナー」
  従来の縦長トップサイト情報を「コンテンツ・コーナー」に集約したことから、このトップ面を利用して編集者・ヨシダの「特別情報のお知らせコーナー」(仮 称)を思いつきました。数日間置いて、
新しいことを思いつくまでは本欄に掲載するとして、適当な時期をみて、このコラム専用の「コンテンツ」欄に移して次 に備える・・・という趣向です。

 「ヨシダのひとりごと」といった感じ。その分、訪問者の方々にヨシダの近況をお知らせするという発想。もっと も、本サイトの主流である「ンタネット情報&ヨシダブログ」は毎日複数規模で掲載していることから、それ自体が格好の「近況報告」足り得るのでは ありますが・・・。ホンネは、折角書いたものなら、何処かにしまっておきたいというのが狙いともかくも記録として残す価値はあるでしょう。
 「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど・・・」といった 感じで書きなぐるっている始末。思ったことをアトランダムに書き残すのも一興と思ってのことだし、ボケ防止のヨシダの道楽って感じとしてものでSすので、ご 容赦ください。)    


                           自然に到達した「自利から他利」の実践とその心
   近年のこと、ときおりヨシダが自身の人生の生き方を巡って使う言葉に「自利から他利へ」といった趣旨の考え方とその実践があります。
  この文句(思想)は別段、学んで得たものでなく、わが人生を振り返りつつ、現在のそれらとわが心境からしてヨシダの心の中に自然に発生したと言ったほうが 適切なものであることを告白します。教えられて・・・といった類の人生哲学ではないことを強調します。もっとも、それを裏返せば、由緒あるこの言葉の由来 を知らなかった、というヨシダの無学ぶりを曝け出すことになるのですが、祐起がユウキ(勇気)を出して告白の念をこめて記します。
 念のためにグーグルで当該言葉を検索してヒットした言葉を紹介します。
              「TKC全国会の基本理念 「自利トハ他利ヲイフ   

                       「飯塚毅」の画像検索結果
 
大乗仏教の教諭には「自利利他」の語が実に頻繁に登場する。解釈にも諸説がある。その中で、私は「自利とは他利をいう」と解するのが最も正しいと信ずる。

 仏教哲学の精髄は「相即の論理」である。般若心経は「色即是空」と説くが、それは「色」を滅して「空」に至るのではなく、「色そのままに空」であるという真理を表現している・・・・(飯塚毅)」と続きます。詳細は上掲のリンクからご覧ください。
  なお、TKCというのはご存知と思いますが、「株式会社TKC」という、宇都宮市に本社を置く会計事務所、税理士事務所や地方公共団体などの情報サービス を行なう企業でして、ヨシダが経営者人生を通じて世話になった税理士先生が属しておられた組織です。今回、本欄の修正作業中に出会った記事として喜んでい ます。追って、本コラム末尾に掲示している関連「色紙」の一つが奇しくも、本欄筆者・飯塚毅博士揮毫のものです。 
  さて、此処でヨシダが強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人 生体験とその実践を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。蛇足の弁を補 足します。クリスチャンのヨシダが早くから接した同じような聖書の言葉に「Give and you shall be given.(与えよ、さらば与えられむ)」がありますが、日英語の微妙なニュアンスの差異を感じないでもありません。

  再度強調したいことは、ヨシダのベンキョウ不足が招来した「言葉(教え)を踏まえた他利の生き方」ではなく、「言葉の前のヨシダ自身の人生体験とその実践 を踏まえた結果の到達点」とでも言える「自利から他利」といった生き方に、あらためて意義と価値を知ることを喜んでいます。以下に、この言葉を巡るがごと く のヨシダの生き様の一端を披瀝します。

ポリオが招来した人生観
  笑い話的になりますが、ヨシダは赤子の時にポリオに罹り、両足の自由を失いました。健常者からみれば、その時点で他利どころか、自利の自由を奪われたよう なもの。不思議なことに、物心がついてからでも、恨んだり悔やんだりの他人のせいにしなかったこと。不自由な身体で他利ではなく、自利でもなく、如何にし て歩く(目的場所まで)かといったことが課題でした。
 幼年・少年時代のヨシダがわが身の障害に対して自覚しかつ、大きな示唆を得た出来ごとが あ ります。家庭の都合(一家の柱・親父を失った後の長男としての自覚)で夜間高校に通いながら働いていた時代のこと。戦後初めてという広島県下高校弁論大会 で優勝したのが縁。タイトルは「How I've fought my way out.(如何にしてわが逆境を克服したか)と」題したもの。
   英語の殿堂・ミッション・スクールの女学生を向こうに回して優勝したのが縁で、親しくした米人女性宣教師(ミス・アンダーソン)(故人)がユウキにくれた 言葉が現在にして活きています。「ユウキ、ポリオは神さまから授かったもの。それを克服して生きることで神さま の栄光を世に現わすことになるのですよ・・・」でした。
 つまり、ポリオは神さまの贈り物。感謝して受けとめ、その価値を世に現わせ、という受けとめ方でした。その意味では「他利」どころか、両親に心配をかけた親不孝者。自身に向けては障害克服という名の「自利」ではあったでしょう。

人生第一毛作が招来した「他利」への生き方の芽生え
  父亡き後のヨシダ家長男を意識して「自立」への位置を早くにしたヨシダは、当時の義兄(長姉の婿)の進言をうけて職人自営業に入りました。得意の英語を駆 使して先進国アメリカの技術をマスターし、自身が発明開発した器具商品等の販売指導を含めて全国規模で活動しました。大阪の商社と手を組んでのことでした が、むろん、当時の青年ヨシダは大の男顔負けの稼ぎをしたものですが、それ以上に「他利」を果たしました。具体的には数えきれないほどの「弟子」を抱えて 指導したこと。
 最大の「他利」は人生第ニ毛作への転換を機に、当時雇用していた若い弟子に、工具設備一式と商権全てを無償で譲渡しま した。ここでも「他利」を実践したと自負します。もっとも、その裏では、当時の大の男が顔負けの稼ぎをしたことは(も)事実ですが、他利のほうがはるかに 大だったと自負します。

人生第二毛作の終盤で「他利人生」
  長じて結婚した相手との出来事が第二の「他利」 になったとは、半世紀以上も経った現在のヨシダの解釈。他愛もないことに、先ずは耳(目)をお貸しください。プライバシーをあえて披瀝するのは結果論に過 ぎませんが、ヨシダの「自利より他利」の心を裏付ける結果になったからです。恥を忍んでの告白めいた証言です(笑)。
 当時の家内の養父母創業の小さな運送事業を創業者死去で「身売り」寸前のところ、白羽の矢がヨシダに当たったのです。当時のヨシダは米国から導入した新技術や自身が発明開発した技術
や器具の販売指導等で、二十歳時代から全国を講演・実演旅行で飛び回っていた時代。
  特に強調したいのは当時の広島県会議員さん(議長職のご人物だったと記憶します)がそれを高く評価してヨシダの耳に入れてくださった言葉が現在にして鮮明 です。「吉田君、公費で米国実習留学しないか?」と。今から考えると「飛びつきたいほどの誘い」でしたが、平然と聞き流したのです。現在(当時)の目先の ミッションに一層の魅力と生き甲斐を感じていたからです。笑い話ですが、万一、それを受けて渡米していたら、現地のアメリカ人女性と結婚してアメリカに本 拠を持つ身になっていただろう・・・と。これって、ホントに起こり得たであろうことへのヨシダの回顧です。
 ということからの自負もあったりで、請われて家内の養父母創業の個人事業を継承したものです。その後、32年間に及んだ同事業経営でしたが、曲がりなりにも「7社グループによる総合物流商社体制」を確立したものです。
 ・・・ と、ここまではイイとして、養母の死がある事件を誘発しました。世にある「お家騒動」でして、財産相続を巡る家内側の問題。上場企業に勤めていた 彼女の弟を引き抜いて子会社の社長に据えていたまではヨカッタとして・・・と、後はご想像に任せたほうがイイでしょう。
  と、世にも不思議な要請が家内から出てきたのです。「養父母死去で家名が絶えた。草葉の陰で両親が嘆いているので旧姓に戻して(離婚して。でも今まで通り の一 緒の生活で・・・)という常識を逸した要求!ハイ、自尊心の低くないヨシダは振り切って家を飛び出しました。ちなみに、その家は税務署の進言で「社宅」に していたのです。全てをGIVEして「他利」に徹したものでした。
 お家騒動の発端は特筆に価します。会社規模を大きくなるにつれて台頭してき たのが、従業員側のある種の思想。「会社も大きくなったのだから、労働組合があってもイイだろう・・・」といった概念。2回労組つぶしを体験して3回目の 労組結成を前にしたヨシダの胸中に飛来したことは、「ヨシ、中小企業では稀にみるような『近代的労使関係』を樹立してやろう」といった意地でした。
 最初の行動は、「7社グループ企業の決算書期分(計21通)をドカ~ンと労組にさらけ出したのです。結果は労組側からの「自主的賃下げ提案」でした。
 実はこのことが旧創業者家族(家内とその弟、なかんずく後者)の陰謀を招来したのです)。その陰謀を語る前に避けて通れないある事実がありますので、以下に記します。
  第一次オイルショック直後のこと、当時、ヨシダ個人で取得した住宅地購入がありましたが、「土地ブームは去った」の考えのもと、まだ、数回の銀行借り入れ 返済金を横目に一気に売却したのです。「土地ブームは去った!」がヨシダの洞察でした。じじつ、後年、その通りになりました。
 土地ブームに陰りが出る直前だっただけに、売却益は相当ありました。具体的には、「1.会社資本金(当時5百万円)を倍額増資、2.自家用給油所建設、3.創業者墓の建設、4.余った金をある別荘地購入」の4つをやり遂げたのです。
  諸悪(?)の根源は、「倍額増資」を第三者割り当てですべきところ、「気前よく」、従来の持ち株比率で増資したのでした。相当額のお金を他の親族株主に無 償提供したのです。肝心のヨシダの持ち株比率は 「49.9%」(支配株主権未満)でした。家内(当時)のそれと合わせれば、90%以上が株主構成比率。まさか・・・がポイント。その背後に暗躍したのが 家内の実弟。かれが唆したのです。蛇足ですが、後年、その姉弟は仲たがいして放逐され、現在はヨシダの実子たちで継承されて現在に至ります。
  肝 心の「離婚劇」の実態ですが、世にも不思議な離婚理由(前述)を跳ね除けて「家出」をしたのがケッサクでした。後述する「拾い手」があったものの、まさか 亭主のヨシダが家を出て行くとは想像しなかたのが前妻さん。「帰ってきて!」と何度も自動車電話にかけてきましたが、無視しました(笑)。
  と、 小説の題材にもなり得るドキュメンタリー・ストーリーであり、その結果ですが、「これでヨシ!」がヨシダのホンネでした。ハイ、退職金は弁護士を立てての 交渉になりました。相手側の弁護士さんが当方の弁護士に言ったそうです。「こんな経営者はみたことない!」と(笑)。蛇足ですが、その姉弟は喧嘩別れで弟 は行方知れず。ヨシダが予言したとおりに、「姉弟の喧嘩別れ」になりました
 ・・・と、余計なことを記述しましたが、少なくないグループ企業資産を与えました。ヨシダが
現在にして到達した「他利の原点」です。

人生第三毛作終盤で実践した「他利」
  第二の興味ある出来事は、その時に運よく(?)ヨシダを「拾って」くれた女性がありました。二児の未亡人。子たち共々、快く「一緒に生活してもイイよ!」 と言ってくれたのです (笑)。16年間に及んだ「同棲生活」と言ったら何だか気恥ずかしいですが、その間、コンサルタント会社設立に要した1千万円の資本金を除いては、退職 金+年金等の殆どを自由にさせました。
 と、ある心境の変化(と、これまで言及すると本編が超長文になるので止しますが)を得てのフィリ ピンを引退後の永住の地と定めて現在に至るもの。住んだ住ませてもらった家を指してヨシダは意地悪く(?)言いました。「・・・この家の4,5軒相当額は お前さんにやったよな」と(笑)。一旦は「一緒にフィリピンに行かないか?」という言葉だけは伝えましたが首を振ったのは当然。
 話は前後しますが、英語を活用したいのが引退後の海外生活。当初はマレイシアが頭にありました。ほかでもありません、大手商社のクアランプール支店長 だった甥が言うに、「伯父さん、海外移住だったらマレイシアにいらっしゃいよ。ボクがすべてお膳立てしますよ・・」と。
 ところが、そこのふとした縁で知り合ったフィリピン女性。日本で働きたい一心での名目上(?)の日本人男性との結婚歴の女性との奇しき出会いと、フィリピンへの足がかり役。感謝の念もあって、応分のGIVE(他利)をやってのけたものでした。

人生第四毛作序盤で実践中の「他利」
  さて、と、今から考えると、そこまでの母国におけるわが人生78余年は概ね「GIVE」の人生。「他利」に通じます。でも、この考え方は当時のヨシダには 皆無でした。幾分かの「被害者意識」も皆無だったと言ったら、聖人君子?でも、不思議なことに被害者意識は皆無でした。現在にして想うことは、裏返せば その分、「他利」の生き方を実践していた、させられてきた、という解釈であり自負です。
 さて、フィリピン生活に転じてからのこと。恥を偲んで の 話ですが、単身生活を送っているヨシダの生活状況をみて心配して助言してくれたのが他でありません、地元バランガイ事務所職員のアーネルという人物。と、 その前にはこんなこと もありました。娘さんみたいな若いフィリピン女性と結婚している同胞(日本人男性)がヨシダに言いました。「ヨシダさん、もし、孤独死でもしたらどうす る!? 死臭が漂って近所の人が初めて気付いて・・・」と。障害者のお爺さんが一人住まい、ともなれば、他人事でなく心配してもらったことはありがたいことでは あったのですが・・・。
 意に介さなかったヨシダでしたが、くだんの人物が紹介してくれて、乗り気ではなかったものの、まるで「押しかけ女房」って感じで居候状態。困惑する中で、心に決めたのは運を天に任せての同棲生活。
  ある日、一緒にクルマで銀行に行く途中のこと、被害事故に遭遇し、その処理等で彼女が表に出て、手際よくフィリピン人加害のドライバーや警官を相手に処理 してくれたのはヨカッタとして、それが発端となった金銭的な処理が彼女の心に魔を生じせしめたのです。
  泣きながら低賃金で子ども二人を養っているので・・・と謝るドライバーを放免したのはイイとして、金銭処理を彼女に任せたことから・・・が災いのもと。ク ルマがなくなって、ヨシダ自身の動きができなくなったことが彼女の采配の自由を招来。と、善意に解釈するのもヨシダ流ではあったのです。 端折っての話、 彼女の故郷の大きな持ち家に引越し。それからが、問題でしたが、飛ばしての話です・・・。
 同女を紹介したアーネルが責任を感じてのこと。親戚同士の縁を切って、ヨシダを「救出」してくれたのです。ヨシダはパソコン1台だけを持ってアーネルと姉の助っ人で「脱出」したのです。ヨシダの持ち物の全てをそのままにして(捨てて)、でした。
 他愛もない、かつまた、「ヨシダさんはドジ踏んだ」という声を覚悟の告白ですが、現在にして思うことは、此処でもヨシダは結果論ですが、「他利」に生きた、自利どころか、自損を承知の上で、ということです(笑)。
 ・・・ と、その助っ人・アーネルがヨシダを連れ戻して、此処で我慢して・・・というのが、到底、辛抱できない環境。翌日からアクションを起こしたのは、中流でイ イから一戸建ての借家手配。無一文だった当時のヨシダにとっては、次の年金需給日が頼り。受給した年金等の全ては奪われたとしても、これから受け取る年給 は手付かずかつ、確実な収入ってところで、心配はなかったのですが、後始末に要した支出は少なくなく、中流の名の知れたビレジ(住宅団地)での生活には 「資金繰り」が大変。それらをすべて取り仕切って処理してくれたのがアーネルでした。もろん、それを可能にしたのは「ヨシダの確実年金収入」という財源の 担保でして、それを前面に出したアーネルの金策でした。
 ヨシダの決断は素早かったです。アーネル家族との共同生活への決断でした。なにせ、か れ は地方行政事務所(バランガイ)勤務だけに収入は多くありません。ヨシダのオファーを断る理由は皆無。そこで始まったのが、自称:「相互扶助精神に基づく 運命共同体生活」でした。かれらを「貧困から脱出さす」という条件と裏腹に、「ヨシダの終生介護」という相互扶助・相互信頼協約です。具体的には、ヨシダ 受給の年金全てをアーネルに託して・・・という図式。他人が聞いたらビックリ仰天間違いありません。ちょっとやそっとで真似できるシロモノではありませ ん。この辺りのドキュメントは(も)「自利より他利」に通じます。

「他利人生」の総括
 ・・・と、自身の「秘話的」なことを臆せず記述するのは「自分史」執筆の身であることもありますが、大事なことは「他利」に生きながら、実は「自利」(終生面倒見を受ける)という事実をわが人生なかんずく、失敗体験を通しても言えることに気付いたのです。
  かくしてヨシダが最近になってしみじみ感じることがヨシダ人生のあり方に他ありません。つまり、自利を追うのでなく、他利を優先すれば自然と自利となって 戻ってくるというシナリオです。「まずは、冒頭に提示した他利の格言あり」ではなく、自らの人生選択肢から得た教訓であり得るのです。
 現在のヨシダは今まで以上に「達観」した心境で、アーネル家族の幸せを最優先して悔いることは全くありません。今まで以上の感謝の心を強めてアーネル家族らとの共同生活に甘んじているのが実情です。
  数年間に及んだ危機からの脱出生活と、それを取り仕切ってくれたアーネルに対しては最大限の幸せ追求を第一義としています。数年間に及んだ生活建て直しの 実現を得て、ようやく手にしたのが自家用車。存分に活用して幸せを獲得してくれ、と。それを受けたかのように振舞うのがアーネル。クリスマスともなれば、 貧しい子達へのプレゼント等、分に応じた奉仕活動をかれ自身が果たしています。
 不思議なものでして、「自利より他利」に生きることの幸せ感は 何ものにも勝ります。食するもの、生活する環境等々すべてが感謝、かんしゃ、カンシャ!となるのです。人間って、リッチな人でも多少の不満はあるもの。欲 にはキリがありません。ところが、どんなことが生じても、あっても、不思議と不満にならないのです!その分、パートナーたちが喜んでくれる、というシナリ オです。
 と、そんな人生経歴を得た現在のヨシダの胸に去来することに、心の中に絶えず感謝の念が起き上がることです。ひとつひとつの行動の中 で 起こるのが感謝の心にほかありません。一日にその感謝の心を捧げるのは何百回、何千回にもなるでしょう。「感謝、かんしゃ、カンシャ!」とする所以です。 異例とも言えるようなこの個人的なウェブサイトのトップ面に証言する編集者のヨシダの心境を臆せず記述しました。

 
  
ヨシダのウェブサイトをご訪問くださってありがとうございました。またの機会までご機嫌よろしゅう!と言っても、毎日相当量のヨシダコメントを書きまくっています。「乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど」が決まり文句です。)                            

                    
2015年10月14日(水)
                           ”生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”
                    
                            吉田祐起
                             (満83歳11ヶ月) 

                 (フィリピン共和国ラグ―ナ州サンタローサ市在住)
                                yoshida@a-bombsurvivor.com