「ヨシダ・ウェブサイト」編集に大きな変化を考えた再編集をしました。(お知らせ)
事の始めは去る今年3月9日のこと。ウェブサイト編集ソフト(cPanel)の予告ナシのソフト変更のために、従来の同ソフトで可能だった「編集済みファイルの自動的リンク可能なファイル(その名称を知らない編集長)転換」ができなくなり、その都度の同ファイル処理作業が不可欠なったことからヨシダマインドは大混乱!母国ニッポンでは考えられないような突然の大変化。なにせ、近年主力の「インタネット情報&ヨシダブログ」だけでも2017年3月14日現在でNo.6776!到底、今後の編集記事の転換作業には手が届かない常態に至ったものでした。
 遂行錯誤の末にようやく問題解決して正常の復帰しつつありますが、この出来事を機に、今まで主力的なコラムであったと自負してきた
インタネット情報&ヨシダブログ」に一応、ピリオッドを打って、編集者のダイアリー・コーナーを主流にしたものへの大転換にシフトしました。と、そんなこともあってのことですが、年齢に相応しく、かつ、立場を考えてのこととして、通常の個人的ブログ的な内容にシフトすることを考えるに至りました。85歳爺ちゃんらしく、おとなしく、かつささやかな文字通りの「ヨシダブログ」的なウェブサイトつくりに徹することが賢明と考えるに至りました。編集者の立場で「独り言的なブログ」をすることに徹したほうが可愛げがある(?)って気分に到達しました。欲求不満(もともとそれが無いヨシダですが・・・)も有り得ないゾ~!って気分になることへの発想の転換って按配デス!(2017年3月27日記)

    「吉田祐起」の画像検索結果 http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg 
      吉田祐起(Yuuki Yoshida) 満85歳7か月 
  
"生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ" 

 左の写真は偶然にも2011年3月11日の東日本大災害の直前数時間前に写したもので、その直後に停電になりました。ちなみに、この写真はジャパンタイムズ紙(下記No.20)インタビュー記事のものです。写真右は2014年9月11日のパスポート更新で写したもの。エッ?最近のものは?近年は「ステテコ&半そで」ですので、近い将来に予定する「サンタローサ・ハイツ」近くの新家屋に移ったら、立派なオフィスを背にした正装(姿)で写す予定です(笑)。

                       コンテンツ(順不同)
 1.拙著・執筆実績(目次)
 2.
著書・掲載書籍・懸賞論文記録等
 3.専門業界誌(紙)寄稿論文記録
 4.
一般出版物寄稿エッセイ
 5.SAM NEWS誌寄稿エッセイ
 6.ロジタント・ウェブサイト・レポート(旧<株>ロジタント時代) 
 7.トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)  (単行本)

 8.週間メッセージ (2008.8.28.-2012.12.24.)
 9. 独り言(No.1-No.172)  (2998.4.10.-2012.8.1.)
10. 特ダネ情報(No.1-No.82)
11. フィリピン情報(No.1-No.44) (2008.4.9-2012.8.18)
12. 私が選んだ好きで真実を突いた言葉メモ
(2010.11.30-2013.10.6)
13.フィリピン共和国とその人たちを紹介する資料
14.「いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!」
15."A-bomb and Me"(原爆と私)
16.原爆生存者としての各種証言論文等
17. 「公開書簡 拝啓 オバマ米国大統領 閣下」 
18.ヨシダが朗誦を得意とする英語詩文スピーチなど5編(正味8分間)
19.比は絶望の国?-若者の自殺傾向」を巡るエピソード
20. Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'(ジャパン・タイムズ紙に大きく掲載されたヨシダの写真記事(日本語訳版)   
21.「貧しくとも心は豊かなこの国のひとたち その根源を探る(日英語)
22.フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News
23. 「秋葉忠利広島市長ご発言に対する関連小著」( 編)
24. グーグルから拾った「今日のできごと」
26. ウェブサイト末尾の特別情報お知らせコーナー
27.インタネット情報&ヨシダブログ
28.過去の日本語版トップサイト一覧表
(末尾27の「インタネット情報&ヨシダブログ」は、2012年3月9日~2017年3月15日の3年間で実にNo.6766編まで続けたコラムですが、編集ソフト(cPanel)のソフト変更でリンク用ファイル作成が従来の自動的から手作業に改悪されたことが動機で終止符を打ったものです。 「リンクリスト」 をクリックすると過去の膨大なコピーがご覧いただけます。なお、本コラムに替わるものとして「編集者のダイアリー・コーナー」に転じています。

                         English               
                  2017年5月29日(月)
       
              Since 10th March, 2001
ようこそ、本サイトへのご訪問をありがとうございます!
手 製のささやかなウェブサイトですが、ボリュームだけは人後に落ちません!「データーサイズ(編集容量)」 (1ページ当たりの編集容量)
にみる.主要企業を横目に、ヨシダサイトは量的にはトップ・クラスを自負しています。画像も含めてのボリュームですが、単行本に換算したら「ン拾冊相当のボリュームだそ~!」とヘンなところで自負しています(笑)。
             過去の日本語版トップサイト一覧表
        「
English top site records(End of the day)

 「吉田祐起」の画像検索結果  「吉田祐起」の画像検索結果   「吉田祐起」の画像検索結果       「吉田祐起」の画像検索結果 「吉田祐起」の画像検索結果
 上の写真はこのウェブサイトを立ち上げた2001年頃のものです。60歳を過ぎてスタートした自称「人生第三毛作」時代で、離日2009年1月直前まで の16年間の株式会社ロジタント(Logitant,Inc.)(Logistic & Logical Consultant)社長時代のものです。広島市中心地に本社事務所を構えたものの、当時のクルマは米車フォード・トーラスで燃費や片道30数キロでム ダが少なくなかったことから、当時、「同棲居候中(笑)」のカノジョの助言に従って、同自宅のSOHO(Small Office Home Office)に転じた頃のものです。
 このウェブサイトの立ち上げはその最中の時代でした。上掲の写真で特記したいことは、米国に本部を持つ「SAMの会」(The Society for Advancement Management)の広島支部長時代に国際賞を受賞してその授賞式晩餐会(ラスヴェガス)で9分間のスピーチを した時のもの。3百人(経営者・大学教授・大学院生各三分の一づつの構成)の参加者を前にしたもので、口笛付きやんやのスタンディング・オベーションを受 けたものです。ヴィデオがあったのですが、日本に置き去りしました。いろんな多くの写真も無しで、これらの写真はグーグルで「発見」したものです。
 人生第一毛作、第二毛作、第三毛作の経営者人生延べ60余年を後にした現在のヨシダは自称「人生第四毛作」を演出中!ってところです。
 80歳直前にこの 国フィリピンに永住して現在に至るものですが、ご覧のように経営者マインドそのままの人生第四毛作を演出中です。離日直前の16年間に及んだクライアント 会社は現在に至って、同社の「月例安全会議」に「ヨシダメッセージ」(A4板ビッシリ)をお届けしているクライアント関係にあることを誇りに思っていま す。
 ちなみに、肝心のこのヨシダウェブサイトですが、ウェブサイト編集既製ソフトを使わず、レイアウト等々は全て手製。お見苦しい点が多々あることを承知の 上の、「中身で勝負!」って気分で編集しています。でも、でもですが、その「編集実績容量」だけは天下一を誇ります!「データーサイズ(編集容量)」をクリックしていただくと、へ~!というお声が聞こえてきそうです。単行本に換算したら「ン拾冊相当分だぞ~!」が他愛もない自負です。まだまだ続く、これからが本番!といった感じのヨシダの自分史みたいなものだと位置づけているのがこの手作りウェブサイトです。
 言いたい放題、書きたい放題、まさにブログし放題・・・って感じですが、多少の過剰さは85歳のニッポン男児爺ちゃん・ヨシダの「ボケ防止」とご理解のうえ、ご寛容のほどお願いします。

 注: 以下、お気付きのように、本サイトにおける編集者のブログは「行換え&一字空け」の通常スタイルでなく、★or▼マークでそれらを代行しています。「縦長 式サイト」で字数が多いために、行換えによる過度のスペース取りを防ぐためです。多くの新聞コラムが採用されているスタイルを真似ましたので、ご理解くだ さい。
 なお、「縦長式トップサイト」の利点を手前ミソですが指摘するとしたら、通常のトップサイトにみられるような、左右に別のコラム群を掲載していて、目を左右に動かさないと見落とすのに対して、本サイトは縦方向だけに目を向けることから、ゼッタイに見落とししません。・・・とはこの道の素人のやせ我慢ですが、多くのウェブサイトをみても、そういった点を感じます。目をキョロキョロと左右に移動する常態です。85歳の爺ちゃんはなお更のこと、少々シンドイ感じで、本流上下だけで済ます場合がほとんどであることを否定しません。 
 

 お知らせ:「フィリピンのインタネット回線」の実態に鑑み、日付変更は前日夕刻にすることにしましたので、お知りおきください。なお、前日のサイトは「過去の日本語版トップサイト一覧表」をクリックするとご覧いただけます。
              ウィキペディアから拾った5月29日のできごと  
                      (過去のきょうのできごと一覧表)
                       (英語版きょうのできごと;May 29
  このコラムは2014年4月21日にi開設したのものですが、編集の在り方に色々と変化をしてきました。ウィキペディアにある「きょうのできごと」(日本語版)の 全てを一応そのまま転記し、折角ある多くのリンクでも「できごとの内容」が理解できないのが多いことと、加えて「絵物語」的な編集手法で編集者サイドの判 断で当該写真資料等を選択して表示することにしています★本コラム編集の最大の魅力は、編集過程で自然に「世界史の一端」を学ぶことができることです。過去のものは(「きょうのできごと」記録集)に収録しています。「英語版きょうのできごと」もありますのでクリックしてご覧ください。
   1「ctesiphon battle」の画像検索結果「363 Flavius Claudius Julianus logo」の画像検索結果「Flavius Claudius Julianus」の画像検索結果「Flavius Claudius Julianus」の画像検索結果「attack」の画像検索結果「Sāsāniyān」の画像検索結果「Ctesiphon」の画像検索結果
      関連画像 関連画像「in vain」の画像検索結果 「withdrew word」の画像検索結果「Ctesiphon」の画像検索結果「Ctesiphon」の画像検索結果
     2「526年 - 東ローマ帝国のアンティオキアで大地震」の画像検索結果 「アンティオキア」の画像検索結果 「アンティオキア」の画像検索結果  「アンティオキア」の画像検索結果 
          「アンティオキア」の画像検索結果   「アンティオキア」の画像検索結果  4「北条貞時 安達泰盛」の画像検索結果 「安達泰盛」の画像検索結果  「平禅門の乱」の画像検索結果
     5 「十字軍 画像」の画像検索結果「コンスタンティノポリス」の画像検索結果 「コンスタンティノポリス十字軍」の画像検索結果「東ローマ帝国滅亡」の画像検索結果「東ローマ帝国滅亡」の画像検索結果
     「東ローマ帝国滅亡」の画像検索結果        「the fall of the Roman Empire」の画像検索結果 6「秀吉備中高松城の戦い」の画像検索結果   「備中高松城の戦い」の画像検索結果 「備中高松城の戦い」の画像検索結果
  8「charles ii return to the throne」の画像検索結果「charles ii return to the throne」の画像検索結果「returned」の画像検索結果     「Charles II king」の画像検索結果 10「The Waxhaw Massacre」の画像検索結果「The Waxhaw Massacre」の画像検索結果
  「The Waxhaw Massacre」の画像検索結果     「The Waxhaw Massacre」の画像検索結果「The Waxhaw Massacre」の画像検索結果 15「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果
         「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果「john stith pemberton first coca cola commercials」の画像検索結果
   24「1953 Sir Edmund Percival Hillary, KG, ONZ, KBE」の画像検索結果関連画像 「1953 Sir Edmund Percival Hillary, KG, ONZ, KBE」の画像検索結果 「1953 Sir Edmund Percival Hillary, KG, ONZ, KBE」の画像検索結果「1953 Sir Edmund Percival Hillary, KG, ONZ, KBE」の画像検索結果
  30「1985 Heysel Stadium Disaster」の画像検索結果    「1985 Heysel Stadium Disaster」の画像検索結果   「1985 Heysel Stadium Disaster」の画像検索結果「1985 Heysel Stadium Disaster」の画像検索結果      「1985 Heysel Stadium Disaster」の画像検索結果
 35「第二次世界大戦記念碑」の画像検索結果「第二次世界大戦記念碑」の画像検索結果
(1)363年 - クテシフォンの戦い英語版: ローマ皇帝ユリアヌスサーサーン朝の首都クテシフォンの城壁まで進撃するが、クテシフォンの街は落とせず撤退。
(2)526年 - 東ローマ帝国アンティオキアで大地震が発生。推定死者数は約25万から30万人。(参考:地震の年表
(3)1176年 - レニャーノの戦い: ロンバルディア同盟軍が神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の軍を破る。
(4)1293年正応6年4月22日) - 平禅門の乱
(5)1453年 - コンスタンティノポリスが陥落し、東ローマ帝国滅亡。
(6)1582年天正10年5月8日) - 備中高松城の戦い: 豊臣秀吉が、水攻めのため備中高松城を包囲する堤防の建設を開始。12日間で完成。
(7)1605年慶長10年4月12日) - 豊臣秀頼右大臣に任ぜられる。
(8)1660年 - フランスに亡命していたチャールズ2世がロンドンに入城してイングランド王となり、王政復古がなる。
(9)1727年(ユリウス暦5月18日) - ピョートル2世がロシア皇帝に即位。
(10)1780年 - アメリカ独立戦争: ワックスホーの虐殺
(11)1790年 - ロードアイランド州アメリカ合衆国憲法を批准し、アメリカ合衆国13番目の州となる。
(12)1848年 - ウィスコンシン準州が州に昇格し、アメリカ合衆国30番目の州・ウィスコンシン州となる。
(13)1864年 - メキシコ皇帝マクシミリアンが初めてメキシコの地を踏む。
(14)1867年 - 「アウスグライヒ」として知られるオーストリアハンガリーの間の合意がなされる。これによりオーストリア=ハンガリー帝国が誕生する。
(15)1886年 - ジョン・ペンバートンが初めてコカ・コーラの広告を出す。
(16)1891年 - 青木周蔵外相が大津事件の無期懲役判決の責任をとって辞任。
(17)1912年 - ドビュッシーの管弦楽作品『牧神の午後への前奏曲』のバレエ版『牧神の午後』が初演。
(18)1913年 - ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』が初演。
(19)1919年 - アルベルト・アインシュタイン一般相対性理論の正しさが、プリンシペ島でのアーサー・エディントンの、およびブラジルでのアンドリュー・クロンメリン皆既日食の観測によって裏付けされる。
(20)1932年 - 赤松克麿日本国家社会党を結成。
(21)1943年 - 第二次世界大戦アリューシャン方面の戦い: アッツ島の日本軍守備隊が米上陸軍の攻撃で全滅し、アッツ島の戦いが終結。
(22)1945年 - 第二次世界大戦・日本本土空襲: 横浜大空襲
(23)1948年 - 国際連合休戦監視機構を創設。
(24)1953年 - エドモンド・ヒラリーがシェルパのテンジン・ノルゲイとともに、エベレストに世界初登頂。
(25)1954年 - 第1回ビルダーバーグ会議が開会。
(26)1966年 - 中国・清華大学附属中学校の学生が初の紅衛兵を結成。
(27)1973年 - 日本の増原惠吉防衛庁長官内奏時の昭和天皇の発言を漏らしたことが政治問題化し、辞任。(増原内奏問題
(28)1981年 - 京都初の地下鉄・京都市営地下鉄烏丸線が開業。
(29)1982年 - ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、ローマ教皇としては初めてイギリス国教会カンタベリー大聖堂を訪問。
(30)1985年 - ヘイゼルの悲劇。ブリュッセルのエゼル競技場で、サポーター同士が暴徒化し死者39名を出す大惨事に。
(31)1990年 - ボリス・エリツィンロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の初代最高議長に就任。
(32)1991年 - エリトリアエチオピアからの独立を宣言。1993年に承認される。
(33)1993年 - 元山北朝鮮によるミサイル発射実験
(34)1996年 - イスラエル初の首相公選でリクードベンヤミン・ネタニヤフ党首が当選。
(35)2004年 - ワシントンD.C.第二次世界大戦記念碑の除幕式。( 451.65KB:38KB/line)

                     編集者のダイアリー・コーナー  
(注)トップサイトの日付変更をフィリピンのインタネット接続状況不安定なことを考慮して、午後6時前後の時間帯で早めにすることにしています。ために、本欄「 編集者のダイアリー・コーナー のはじめの部分は前日夕刻から深夜に至る記事編集があるという二日間を跨る取材記事掲載という形を形成していますのでご承知ください。(2017年5月19日記)
                 2017年5月29日(月)
本日「5月29日のできごと」でヨシダが特に関心を強くするのは、「(15)1886年 - ジョン・ペンバートンが初めてコカ・コーラの広告を出す」です。でも、その理由はコカそのものでなく、そのライバルであるペプシ・コーラとの縁が背景です。コカさんには失礼を弁えずのブログですが、ヨシダの人生第二毛作はトラック運送事業経営者時代のこと。主力荷主のひとつがペプシ・ボトリング販売会社でした。その工場竣工式パーティーでのこと、ペプシ本社の副社長だったニクソンさん(当時副大統領)が出席されて握手して言葉を交わす機会を得たのです。「ヒロシマ・ヒバクシャですが・・・」のひと言にギクッとされた風情は現在にして鮮明です。米大統領がペプシ社の副大統領?とは・・・でその関係をグーグルして初めて知りました、曰く、「1959年には、かつて顧問弁護士であったリチャード・ニクソン副大統領の紹介でソビエト連邦ニキータ・フルシチョフ書記長にペプシコーラを試飲させることに成功。1970年代にニクソンが大統領に就任、ペプシコーラはソビエト連邦政府と20年間の独占契約をした(ウィキペディア)」です★

 

                  末尾の特別情報お知らせコーナー
 トップページ最終下段場所のこのコラムはわが長い人生なかんずく、去る2009年1月にフィリピンを「終の棲家」として移住して現在に至る身の中で執筆した特別に印象深くしている小文を時おり時機を変えて掲載することにしているものです。その舞台裏は上掲のタイトルをクリックするとご覧いただけますが特定のものを除いて再編集中です。(2017年3月28日記)

      毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?
  (本欄は月末まで継続掲載します。毎月の28日を重くかつ、意義深く受けとめているためです。)
 プライベートなことでかつ、単純で大人気ない(?)とも思えるようなことをヨシダは執拗に意識して現在に至ります。ほかでもありません、「28日」という日は吉田祐起の誕生日のそれに当たることから、この日を中心にわが人生の歩みが刻まれている、という自覚や認識です。
 つまり、年に12回の誕生日を意識して「満83歳○ヶ月」とウェブサイトにも掲載し、自身もそれを意識して送っているのです。あと、何日で28日・・・といった具合にです。これって、ちょっと、ユニークはモノの考え方だと自負します。
  時が経つことで、洋の東西を問わず、意味深長なのが「光陰矢の如し」という言葉。英語でも"Time flies like an arrow" と人々は口にします。矢の如く時が去った、と感じることは、その分、人生を短く送っていることを意味するのであって、まさか、時が早く去って歳をとったか ら ヨカッタとは誰も思わないハズです。
 強いてそれをポジティヴに解釈すれば、苦しい時もあったけど、あっと言う間に過ぎ去った、苦しいこと を 克服 してきた、開放された、といったくらいの解釈も成り立つでしょうが、それとて、味わうべき喜怒哀楽の人生がその分、短く去ったことを意味する結果でしかな い、というのがヨシダです。
 折角この世に生を受け、与えられた人生ならば、その喜びを文字通り、日々味わいつつ、感謝しつつ過ごす(消化する)という考え方のほうが、その逆の苦しい人生、早くに過ぎ去って欲しいもの・・・よりもずっと、ハッピーだと思うのです。
  さらに、こんなことも頭に描かれると思います・・・。例えば、何かを達成するとか、成し遂げるものを持っているとします。ヨシダ流の処し方は、優先順位の 見 極めです。沢山ある仕事の優先順位を頭にしっかりと入れて処す方法。ストレスもなくなります。計画的にというのは誰でも言いますが、その処し方の基本はな んと言ってもターゲットとする日の設定でして、ヨシダの場合は毎月の28日がそれになっているという感じです。
 その日(28日)が来たら、ウン、オレはあれもやった、これもやり遂げた、出来なかったことは次の月の28日をひと区切りに・・・といった按配です。これって単純なモーチベーションに過ぎませんが、案外と効果的です。
  結果的には、折角与えられた人生期間を感謝の念をもって着々と消化して事を成し遂げる、といった図式です。同じ1年サイクルで巡ってくる自身の誕生の 「日」をハッピー・バース・デイ!と心の中で呟きながら日々の経過を味わいつつ・・・といったシナリオです。こうした考え方がヨシダが永年、心に入れてい るキーワードに繋がるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」がそれです。
 ところで、これも他愛もないことですが、10月 28日はかのマイクロソフトのビル・ゲイツさんの誕生日(1955年)を早くに認識してきたものです。人間のスケールからすれば、ドダイ比較対象する何も のもないのですが、誕生日だけは同じ!と言える(思える)のがイイ味ってところです(笑)。ヨシダはビル・ゲイツさんと同じ誕生日って思うだけでも、思わ ないよりずっとマシって按配です。
 ふと、この記事を書きながら好奇心旺盛なヨシダは即座にヨシダの認識するその他の著名人を平素世話になるグーグルさんから拾い出しました。多くある人物の中からヨシダの好みに従って人物名と写真を列記して誕生日の味わい方を増幅さす次第です。

 1.ヘンリー3世(1012:イングランド王)、2. Maria Anna of Neuburg(1667:スペイン王カルロス2世の2度目の王妃 、3.John Laurens(1754:南北戦争時代米軍人・政治家)、4.徳川慶喜(1837:江戸幕府第15代将軍・最後の将軍)、5.嘉納治五郎(1860.教育家)、6.横河民輔(1864:横河電機創業者)、7.Ormer Locklear(1891.スタント飛行士・俳優)、8.エルザ・ランチェスター(1902:イギリス生まれの米女優)、9.Douglas Seale(1913.英国舞台映画俳優)、10.Pearl Hackney(1916.英女優・コメディアン・ Eric Barker妻)、11.Richard Laurence Millington Synge(1914.英人科学者:1952年ノーベル賞受賞) 、12.東富士欽壹(1973:大相撲第40代横綱)、13.ジェイコブ・D・コックス(南北戦争北軍将軍・共和党・第28代オハイオ州知事・第10代アメリカ合衆国内務長官)、14.ビル・ゲイツ(1955:マイクロソフト創立者)、15.吉田祐起(1931.本サイト編集者)
 ヨシダって好奇心旺盛 でしょう。こんなことに時間を使うから超多忙人間(?)。日々をかみ締めながら生きるから「光陰矢の如し」は無縁たる所以です(笑)。
    「Henry III」の画像検索結果「Maria Anna of Neuburg」の画像検索結果「John Laurens」の画像検索結果Kanō Jigorō c1937.jpgOrmer Locklear (1920).jpgエルザ・ランチェスターElsa Lanchester
      「Douglas Seale」の画像検索結果「Pearl Hackney」の画像検索結果 Richard Laurence Millington Synge.jpgAzumafuji 1950 Scan10025-2.JPGCox, Jacob D. M.C. Ohio (Secty of Interior in Grant Adm.).jpghttp://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
★なお、末尾にあしらった米漫画「スヌーピー君」のひとコマ。ワンちゃんを相手に言っている言葉にヨシダは深~い味わいを感じます。それは 「自然に到達したヨシダの「自利から他利の人生選択肢」のヨシダ人生観に通じるものがあるからです。マンが主人公スヌーピー君曰く、"What would you say if I told you I was going to devote the rest of my life to making you happy?"(ボクの余生はお前さんを幸せにするためだと言思うかい?)とは、なんとも微笑ましいひとコマでしょう!前記したヨシダ人生観に通じるし、数年来実践中の自称「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」によるフィリピン人家族との共同生活の精神にも通じることから、こったらどうの漫画コーナーは「常時掲載」することにしています。ヨシダ精一杯の(?)ユーモアです(笑)。  
   「余生」の画像検索結果 「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果「the peanuts」の画像検索結果  
                     では、またのお越しをお待ちしていま~す! ご機嫌よろしゅう!
                                                   (579.57KB)
                       2017年5月29日(月)   
                 “生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ”  
                          
吉田祐起
                        
 (満85歳7ヶ月)
             (フィリピン共和国ラグーナ州サンタ・ローサ市在住)
                E-mail:yoshida@a-bombsurvivor.com
        URL(日本語版):http://www.abombsurvivor.com/index_japanese.html
                        URL(英語版):http://www.abombsurvivor.com