独り言 第1部


       “讃嘆は毎日新しく焚きつけられる喜びである。”(『ロダンの言葉抄』)
 愛読週刊誌「週刊ポスト」の「賢者はかく語りき」(斎藤 孝・明治大学教授)に学ぶものが多くあります。「感動によるリセットの繰り返しが仕事の原動力」と教えられます。メンタルを強くしていくためには、「へぇ〜」から「おおっ!」への転換が必要だ、と。そういえば、テレビのショーなどに出てくる若い人たちの言葉は「へぇ〜!!」です。一方通行的な相づちですが、たしかにコミュニケーションの潤滑油ではあるでしょう。でも、「おおっ!!」のほうがそれを発した人にとっては、それまで凝り固まっていた自分の考えをリフレッシュさす原動力にはなるハズです。


 斎藤教授の弁は、「『おおっ!!』と讃嘆し、自身をリセットする。これが新しいものを生むのだ。そして、この繰り返しが、心の幹を太くする。感動による自己のリセットは、仕事への原動力となる。熟練は必要だが、心の『慣れ』が感性をにぶらせる。初めて出会った時の新鮮さを常にキープするのは熟達した技だ。新鮮力こそが感動力であり、仕事のモチベーションになるのだ。」と。



   “江戸中期の随筆集「翁草(おきなぐさ)」の超々超々ミニチャ版(?)を目指して!?”
 年齢の割には、前向きポジティヴな生き方をしていると自負する私ですが、江戸中期の随筆家神沢杜口(かんざわとこう)が書いた言葉「今日以降余の思うところは寸揮も憚り恐るることなくこれを筆にして後世史家の資料に供すべし」が妙に印象的です。


 この「独り言」の文章は下手くそでも、「思うことを大胆に臆せず書き遺す」という意味では同質と自負します。日々の生活の中で目に入る画像や文字、耳に入る情報等々に接して、「おおっ!!」と感じることがある毎に、このサイトに書きとめていこうと思う次第です。テーマによっては、更なる推敲を重ねて、「LogitantWebsite Reports」への掲載も考えています。遠慮なくyoshida.yuuki@a-bomsurvivor.com
へご意見をお寄せください。あなたと私との間で個人的な、「サイト論議」(これって「プログ」?)をさせてくだされば幸いです。
                                                (2008年8月21日記)


 
 なお、この「独り言」サイトは、テーマ別にリンクを貼って、次回リニューアルのトップページに列記することにします。従って、このサイトでは、「原稿用紙」みたいな役割を果たすことになりますので、お知りおきください。「テロップメッセージ記録」も似たような役割をもっています。
                                              
 (2008年10月17日記)


 此処、フィリピンに移住したのは2009年2月1日です。過去の呪縛から解放されて…と言ったら、何やら意味深長ですが、決してネガティヴなものではさらさらありません!!! 今まで以上に「独り言」が呟けそうです。書くネタが山ほど発生しつつあることを喜んでいます。「フィリピン情報」というボタンの設置(と言っても、今までのものの中からの新陳代謝ですが)も考えています。                        (2009年2月23日記)

このサイトの字数が大量になったために、編集サイトを開くのに数時間もかかる事態が発生しました。よって、「独り言 第2部」としてもう一つのサイトをもうけることにしました。引き続いてのご愛読をお願いします。(2009年5月10日記)



37.(続編)日本人の歩く姿勢(姿)とフィリピンの人たちのそれをみて感じること


 本項はbR3で同じタイトルの「独り言」を書きました。その続編を書きます。よりによって、「歩く姿」の云々で齢柄もない!といった批判も覚悟の上ですが、まあ、目くじらを立てずに読んでみてくだされば嬉しい限りです。

 
 フィリピンの女性(Filipina)の歩く姿に正直言って、ぞっこん惚れこんだ、といったらこれまた年甲斐もないと言われるのですが、前項33でも書きましたように、足の不自由な私にとっては、歩く姿に対するある種の「願望的」なものすらあるのです。つまり、足が不自由でなかったら、颯爽と堂々と歩きたい!!といった他愛もない願望です。それだけに、他人さまの歩く姿が気になるのです。それゆえの「歩き方文化論(?)」であるに過ぎないものと受けとめて読んでくだされば本望です。

 
 此処フィリピンに来て、というよりも、空港に降り立ってロビーを見まわして目についたのがフィリピナたちの歩く(立っている)姿。何となく美しさというか、むしろ堂々としたものを感じたのです。爾来、街に出た時の私の眼は彼女たちに何となく集中していることを否定できないのです。ヘンな話ですが、モール街を訪れる時とか、街をぺぺさんのモーターバイクでライドする時も、歩いているフィリピナたちへの視線(特に後ろ姿)が集中することを否定できないのです。「堂々と、美しく歩く」という表現ピッタリのヨシダ分析ですが、これまたヘンな話、容貌そのものは決して別嬪さんではなくとも、その歩く姿全体から感じるのは日本人には無い美しさと魅力があるのです。ようやくその原因を見出したのです!まあ、引き続いて読んでください。


 英語表現では「Hip up(お尻が大きくちょっと上向いた)」というのがそれです。日本人とは全く異なる「体型」がそれです。助兵衛オヤジと言われるのも覚悟の「証言」ではあるのですが、彼女たちのオシリは何とも言えない曲線を描いて大きくドッシリしているのです! しかも足が長いことからでしょう、身体全体が与える印象が実に均整のとれた曲線美豊かさを感じさせるのです。このサイトでも時おり登場していだく毛利カリーナさんの言によりますと、filipinas high up hips and cola shaped body(フィリピナの上向いた
お尻でコーラ瓶型の体型)という魅力的な体型です。ちなみに、彼女が広島市内のある会合(積極人間の集い)に出席してのことですが、かくいう私は(も)そこで講演した経験者で会員諸氏は私のことを知っているのです。先日の同会合で、毛利さんが言ったそうです。「吉田さんはフィリピナのそうした姿をみてご満悦で、若返っていますよ!」と。「出席者がびっくりするやら、仰天するやら、皆さんフィリピンへ行きたい!!、と言ってましたよ」と彼女が私にメールを寄こしてきました(大笑い)。


 随分と太ったレイディーもおられますが、出るべきところ(お尻)がちゃ〜んと出ていることから、全体的には均整がとれていて、結構、それなりに魅力的な体型を保っているのです。ま、そんなことからですが、結論としての弁。フィリピナたちの魅力的な歩く姿の根源は、どうやら「high up hips and cola shaped body」にあるということを発見したのです!今後のフィリピンでの生活に大きな楽しみになるでしょう。現地視察をしてみませんか!? が本稿でのお勧めのご紹介です。                            (2009年4月27日記)
36.カトリック教会のHolly Week & Easter 行事を観て感じること 
                          宗教心の有無が決定する自殺者動向?



 前回のテーマ(日本人批判論批判?)でも言及したことですが、インタネットで得た「自殺者の国際比較」(WHO資料)によりますと、101カ国中、日本は先進諸国ではトップの9位。フィリピンは85位です。ちなみに、韓国11位、中国本土27位、ドイツ34位、米国43位、英国63位、最低はヨルダン101位です。

 
 こうした統計資料をみていて、ふと気づくことがあります。トップ8のリトアニア、ベラルーシ、ロシア、カザフスタン、ハンガリー、ガイアナ、スロベニア、ラトビアはあまりリッチな国ではないようです。逆に自殺者の一番少ない方からみますと、ヨルダン、エジプト、セントクリストファーネビズ、ホンジェラス、ハイチ、アンティグア−ブーダ、シリア、ジャマイカ、イラン、バルバドスと、これもあまりリッチな国ではありません。北欧の極寒地帯の貧しい人たちと、暖かい地域の貧しい人たちとの極端な差異に気付きます。心理学者でもなんでもない私の分析を気にせずのことにして欲しいのですが、自殺者の低いフィリピンを例にとって、ふと気づくことがあるのです。概して言えることは、宗教心のある国民とそうでない国民との差です。旧ソビエット連邦では宗教は阿片って思想があったくらいですから、独立した諸国とて、格別に宗教観の強い人たちとは思えません。もっとも、ごく一部の深い信仰者の中には、神の御名によって自爆テロで自らの生命を断つことを潔しとするセクトがあることから、必ずしも自殺と宗教という関連性は言えないのかもしれませんが。


 さて、先週はカトリック教会の「Holly Week & Easter」(イエス・キリストの十字架での死と蘇りを祈りの中で過ごす一週間)行事の一端を肌で感じました。下宿先のぺぺさんの斜め前がキリスト教会(といっても、専属の牧師は不在ですが)であることから、私の部屋のバルコニーからもよく見えるのです。一昨日のクライマックスは私にとって生れて初めての体験でした。タガログ語の経典を手にした信者の人たちが祈りの合唱をするのです。メロディーは単調の繰り返しですが、言葉はその都度異なるのです。男女の極めて美しくハーモナイズされたトーンの合唱が延々と24時間以上続くのです。一部の信者はマイクをもっての合唱ですから、近所八軒まる聞こえって調子です。それがなんと、少しも耳触りでないのです!丁度その深夜と翌朝にかけて徹夜状態のデスク作業があったものですので、心地よい合唱音楽を聴きながらといった感じで、孤独感からも解放されました。


 日本だったら、近所の「音害」になるとしてゼッタイに出来ないでしょう。実に開放的な光景です。カトリック教徒ではない人たちにとっても、この時ばかりは全てが許容の歴史的行事として受けとめるのでしょう。「スペイン植民地時代からの文化が根付いている」と観るのはそのことです。外国の支配を受けなかった日本人ですが、そのために「ちょん髷時代の文化とか、明治時代の『ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする!』」とはしゃいだ時代をそのまま保ってきて、戦後に棚からぼた餅式に与えられた民主主義という殻の中で、旧態依然の文化が温存された、といったら言い過ぎでしょうか?外面の殻だけは近代化したが、中身は旧態依然であるための挫折感がそうした背景にあるのではないかとさえ思えてなりません。拙著「ラフカディオ・ハーンの日本人観に脱帽!」でもその一端を述べていますので、クリックしてみてください。


 翌朝に教会堂の中に足を踏み入れ、最後列に座って合唱を拝見(聴)しました。指揮者はまったく居ません。誰ともなく初めの音頭をとっての繰り返し合唱ですが、極めて強烈な印象を受けました。信者の皆さんの後姿は何とも穏やかで、真摯そのものでした。24時間昼夜連続のことなので、食事も後席で自由にとれる形です。親子がもたれ合うように座って合唱する姿は微笑ましい感じです。
此処でも深く根付いたかれらの宗教文化・文明・習慣が垣間見れました。


 肝心の自殺者と信仰の関連性ですが、キリスト教は自殺行為を許しません。かの戦国武将・細川忠興の妻で熱心なキリスト信者であった細川ガレーシャ夫人(明智 玉)が、関ヶ原の戦い直前の石田光成の人質戦略を拒否して死を決意。家老の小笠原秀清に隣の部屋の障子越しに槍で胸を突かせて壮絶な死を遂げたのがその最たる例です。キリスト教では自殺は大罪で、天国に行けません。キリスト教(プロテスタント)の洗礼を受けている私ですが、そういった信条の国民性がフィリピンに根付いているのかもしれません。自殺率最低のヨルダンはイスラム教が92%以上、キリスト教徒は6%。信仰の強い国民性が自殺率の最下位を物語ります。


 代わって日本の場合ですが、ことの善しあしは別として多信教的な日本人には、特定の信仰を頑なに信じる国民性が薄いとみます。家族の葬儀は仏教式、クリスマスになればプレゼント交換とパーティーを、結婚式はモダンなこれまたキリスト教会で、正月になれば神道神社で…といった多信教的ビヘイヴィアが定着しています。人類の宗教戦争が物語る信仰の主体性や頑な信条とは全く異質の、しかし、そうした方からみれば無節操な多信教的行為とも言われそうではあります。それだけに宗教と信仰が個人に与える自殺行為への罪悪感が乏しくなることは容易に想像されるでしょう。もっとも、学者筋の方々に言わせれば、一神教は災いの元。多信教のほうが世を救う、という説を唱える傾向があることも事実です。


 宗教観の有無と自殺率をこのように分析するのはド素人の私ですが、決して見逃せない一つの要因ではあると確信します。ペぺさんが隣のテーブルで、今月の収支決算をしている中で問いました。「あれだけの音響で24時間以上も合唱し続けることで、信者でない人たちからのクレームは無いの?」と問えば、こんな答えが返ってきました。「この家の裏には他宗派の人たちが結構楽器や合唱の音を立てている。お互いが相手の立場や宗派をレスペクト(尊重)しているから問題は全くないよ」と。南国の人たち固有の大らかさ、と簡単に片づけられないことではあるがな、とカンシンする次第です。


 これまた、宗教観のさせることかとも思いますが、貧富の差の大きいこの国の人たちは、服装一つをみても貧富の差をあまり感じさせません。年間通して半そで姿でイイことからでもあるのかな、スーツやネクタイで差をつけることもないからかな、と憶測は色々です。フィリピン人の運転するクルマに乗る度に気付くことがあります。ルームミラーにぶら下げているマスコット的なものがあるのですが、運転中に何度か右手で(右側通行)触れるのを確認し、その理由を尋ねました。小さな十字架がそのぶら下がっている飾りみたいなものの中に目立たないように、ひそかに入れられているのです。その十字架を右手で少し撫でるようにするのです。安全祈願をしているのです。出発する時から始めて要所要所で、とにかくも、その都度、自分の想いに応じて、目立たないようにさりげなく、というのがかれらの十字架に対する祈りなのです。


 さてさて、このような分析(?)をしながら思います。日本人の自殺者対策です。政府は色々とやってはいますが、肝心の宗教問題になると政府も地方自治体も後ずさりします。あくまで個人的な問題だからです。さりとて、それを推進する宗教文化そのものが大衆化していません。それを供する文化そのものが欠落しています。提供する側もその受け皿であるべき肝心のわれら日本人にそうした宗教観が薄いことも厄介な問題ではあるでしょう。                                           (2009年4月10日記)

 
(追記:4月13日記)

 今朝日曜日の午前4時に、ぺぺさんに連れられて、くだんの「Holly Week & Easter」の最終行事に参加しました。イエスキリストと聖母マリアさまの人形(と称して良いのか自信がありませんが)を載せた手押しの車が大きな教会を中心に左右(東西)から行列をなして教会前で合流し、暫しの間、両側の二階に位置する子供たちの合唱に迎えられ、やがて教会堂に入場してミサを行うのです。数百人の参加者ですが、キャンドルを手に、静しずと群れをなして従っていく様は、まずは日本では観られない光景のように感じました。数百人も集まれば、私語の一つや子供の声が聞こえても不思議でないと思うのですが、どうでしょう!まさに荘厳な雰囲気で固唾を飲む、といった雰囲気を感じました。子供が声を立てると、周囲の人の視線がその子の方に向い、その子の親が窘めてオシマイです。この辺りにも、フィリピンの人たちの文化が西欧のそれと少しも引けをとらないものだと感じました。宗教観に満ちた生活環境の中では、ヒンシュクをかうような生活態度は見られる筈がないと感じました。自殺者行為に至っては、尚更のこととして、くだんの「自殺者の国際比較」ではありませんが、101カ国中、85位に位置することも頷ける、と痛感するひと時でした。


35.日本人として、日本人批判はおかしいのではないか?というご意見を頂戴して…(反省の弁)


 
国粋主義者に近い、と私が受けとめているある人物から、物騒な忠告を受けました。本サイトのNo.33「日本人の歩く姿(姿勢)とフィリピンの人たちのそれを見て感じること」など、私が此処フィリピンへ移住してから書き始めた私の「フィリピン(人)観」が偏っている、との指摘です。う〜ん、さもあるだろうなと反省しつつも、この論調を変えるには意地が無さ過ぎる、と自分自身に言い聞かせているところです。トップページからしてフィリピンの話題を貫いていますので、頭にカチ〜んときておられる方もあるだろうなと正直反省はしております。


 くだんの批判ご人物は武道家でして、日本の伝統文化には群を抜いた誇りと自信を持つ人物です。米国滞在も7,8年というベテランです。その人物が言うには、彼の周りの者全員からヒンシュクをかっていると。「1名を除く」とあるのをみて、ホッとしている始末です。一人でも理解者があればヨシ!です(笑い)。ドダイ、現状否定したり、言いにくいことを主張したりするには勇気が要ります。名前が「ユウキ」ですから、勇気を持ってではありませんが、前職時代に6万社のトラック運送業界に対して、欧米物流先進諸国では「主流」となっている規制緩和の最たるものとも言える「個人トラック(Owner-Operator System)は是か非か!?」から、「個人トラック制度導入への提言」さらに、「米国取材体験記」などを経て、業界紙(誌)に大量の論文寄稿をしながら15年間も大論争を展開した「実績」がありますので、少々のことではへこたれません。ま、誰かが言いにくいことを言ってのけることにも進歩が期待出来るのではないでしょうか?


 かいう私は日本人でありながら、率直に反省すべきは反省する姿勢を保ち続けてきました。上掲の論文の中で「米国取材体験記」がありますが、1ヶ月間の米国・ハワイ単身取材で得たことを日誌風にまとめたものです。その最終版は19943年5月17日号の「あとがき」の「見出し」だけを拾い出して記します。「取材で学んだ精神的背景」、「経営の原理原則に大きな差」、「日本人の傲慢さを反省」がそれです。同紙編集部が選んだものでして、私の原稿見出しではありませんでした。下段一列の広告欄を除いて、1ページ全面ぶち抜きの最終号になったものです。読みにくいですから、外観だけをご覧くだされば本望です。15.米国の個人トラック制度取材体験記[15] (物流ニッポン 1994.5.17)



 そもそも、われら日本人は論争・論議をあまり好みません。物事はすべて穏便に、ですから、論議は苦手です。英語でnon asertive(非自己主張型)から asertive(自己主張型)へ、更に aggressive(侵略型) とエスカレートするのが欧米流の自己主張力のタイプです。脱線して恐縮ですが、随分と昔のこと。あるセミナーでこの三つのタイプの人間像を学ぶ機会がありました。講師先生が「自己主張型」を「自己表現型」と説明されたことに異議を申し立てました。自己表現力にはsef expressionというれっきとした言葉があるにも関わらずのことでした。ことほど左様に、日本人は言葉の持つ真の意味を勝手に和らげて使うほど戦闘的な表現を避けます。海外から入ってきた「規制緩和(deregulation)」は、本来ならば、「規制撤廃」であるべきですが、それも和らげて「緩和」にしたに過ぎません。本来の趣旨が曲げられているのが日本人国民性にマッチした解釈流儀ではあると感じます。ま、そのことの是非論議は別問題ではありますが。


 ところで、近年のわが国とその国民の状態をどう受けとめるべきでしょうか?これでヨシ!と断言できるでしょうか?例えばの話、自殺者の現状は嘆かわしいのが実態です。11年連続して3万人を突破しています。恥を恐れる日本人古来のDNAと分析すれば身も蓋もありません。手前ミソで恐縮ですが、2004年に出版した拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」(文芸社刊 364頁)ではその状態をグラフで示しました。当時で5年連続。その原稿には「3万人突破が恒久的に続くだろう」と物騒な予言的なことを書いていたのですが、編集部からストップがかかって不承不承に削除した経緯があるのです。もし、そのまま記載していたら、「著者は先見の明があった」とヘンなところで評価されたかもしれません。ちなみに、インタネットで検索してみると、2007年7月現在のグラフを見る限り、日本は旧ソ連邦諸国についで、先進諸国ではトップの9位。フィリピンは、と目を負うと、上から85番目、下から17番目です。日本人の現状資質を分析する上で、考えさせられる問題ではあります。


 失業者が増大しているにも関わらず、3K(キケン・キタナイ・キツイ)職業は敬遠する、ではドイツの二の舞になる、と随分前から忠告してきています。「日本人はこれでヨシ!」と言えるでしょうか?誰かがキビシイことを言わねば誰が言う!というのが、この私をして苦言を呈し続けさすものと思ってくだされば嬉しい限りです。近年の若者が就職先の選択で、海外勤務を敬遠する傾向があるとか。お先真っ暗!って状態になるのではないでしょうかね?これって、「憂国の志士」って気持ちですが、ご理解くだされば嬉しい限りです。


 ところで、晩年を迎えた満77歳過ぎのお爺ちゃんの私ですが、少なからず影響を与えつつあります。移民局でのパスポート延長申請の折に、馴染みの主任オフィサーから、今後政府関連のことで相談に乗ってほしいとの話しも飛び出しています。初回の折に、在比の目的を問われた時、サラサラと3,4件の目的を述べました。なんとその主任オフィサーがその会話中に、何度もThank you!という言葉を口にしてくださったのです。同伴してくれていた、くだんのぺぺさんがびっくりしたものです。これって、立場が逆ではないの!?と。


 日本の伝統文化や芸術への造詣は深いとは全く言えない私です。何せ、14歳から働きづめを余儀なくされたものですから、そうしたものを味わう余裕がありませんでした。講演旅行で各地を訪れる時に、各地の美術館巡りをするくらいが関の山でした。でも、この年齢で本来ならば悠々自適の「引退生活」を外国で、というのが私の立場であってもおかしくないとは思いますが、未だにある目的をもって、英語力を駆使しつつ生活している姿を観てもらうことにも少なからぬ意義があると自負しています。ヘンな日本文化芸術家気取りでなくって、日本男児此処に在り!というところです。どうか、イイ面をみていただき、引き続いてご愛顧を賜りますようお願いします。今後ともご批判はジャンジャンお寄せください。感謝! 
                                                  
 (2009年4月9日記)


34.これって、77歳過ぎたお爺ちゃんのすること!? 
               反省しながら一方では、満足・感謝・一層の自助努力を


 
一昨日家主のぺぺさんとある目的をもって一緒にドライブしました。「ドライブ」といっても彼のモーターサイクルの後ろに跨った「ライド」です。ある目的とはくだんの「毛利カリーナさん」(彼の妹)からメールで頼まれたことからです。彼女は英語塾の生徒さん(といっても家庭の主婦が主体のグループ)20名を引率してニューヨークの親戚家庭を合宿所にした「海外語学研修旅行」に同行しているのです。彼女から届いた彼女の願いを実行することでした。私自身も今まで行ったことのあるカトリック教徒の「霊所」とも言える「TIERRA MARIA」にお参りして、ローソクを捧げ、その足で彼女の両親のお墓参りをして欲しい、と。


 ちょっと道に迷ったのですが、4,5時間のバイク旅になりました。無線機をバイクにまで備えているぺぺさんですので、同中に何人かの友人のところへ立ち寄ったりで、お付き合いも大変でした。さてさて、「77歳過ぎたお爺ちゃんのすること!?」と仰々しく書いているのは、ほかでもありません。正確には77歳5か月の私は、世間で言うお爺ちゃんの部類です。その年配者がバイクの後ろに跨って、長時間のライドをするなんて、無茶だよ!!!という声を意識するのです。事実、その翌朝には、例によって体操中の私の部屋に入ってきて会話する中でも彼に反省の意味をこめて言いました。無論英語ですが、「ドダイ、この年齢の俺さまを乗っけてドライブするなんて、ちょっと大胆すぎると思わないか!?」と。乗っかる方もだが、乗せる方にも非常識だとみられないのではないかな…」と(笑い)。キョトンとしたペぺさんでしたが、私の説明を聴いてあらためて認識しながらも、Yuuki's high spirit makes me forget that!(ユウキさんの元気そうな姿が年齢を忘れさすんですよね)」と。結局のところ、またの機会にドライブを楽しもう!と相成った次第です。
 

 

 当日写した写真の一部ですが、ヘルメットをかぶっていれば分からないものの、ご覧のような後ろ姿ではイヤハヤ年齢は隠せません。でもでも、ですが、帰宅したのが午後5時、その直後からデスクに向いました。ウェブサイトのリニューアルが待ち構えているからです。とうとう、深夜作業になりました。ということは、あまり疲れを感じていないこと? そうなんです!割合に元気なんです! 満46歳の時にあるヒントを得て始め、今日に至る30年間以上継続してきている「自己流ストレッチング体操」のおかげなんです。ちなみに、毎朝の私の長時間にわたる体操自己管理の姿に接したぺぺさんは、毎朝2時間近い体操習慣を身につけました。体重は減る、身体は軽くなった!と大喜び。たった2か月間の共同生活の結果です。此処フィリピンの地に来ても影響力をこんなところで発揮しているんですよ!!と、これは自画自賛(笑い)。ところで、右側の写真の背後に見えるのは通称「トライサイクル(三輪)タクシー」です。ぺぺさんの家の前で出発前に写したものです。中央はぺぺさん、カリーナさんたちのご両親のお墓。左はフィリピーナたちに挟まった感じの私の後姿。頭の毛が気になるところ(?)

 ところで、多くの写真を撮った中で、ちょっと不思議な光景に見える写真がありますので、クリックしてみてください。巨大な聖母マリヤの足元で写したものですが、
後から気付いた構図で、説明文(英語)を付しています。マリア像につけられている「ハートを中心にした丸いもの」が丁度私の頭の上背後にピッタリと納まった格好で、あたかも後光(?)が射しているみたいで、「偶然?奇跡か?」と。偶然にしてはピッタリといった光景です。
                                                   
 (2009年4月7日記)


33.日本人の歩く姿勢(姿)とフィリピンの人たちのそれをみて感じること


 此処フィリピンに来て見て感じることのひとつに、フィリピンの人たちの歩く姿と、日本人のそれを比較して、何んとなく気になることがあります。時折、近所のショッピング・モールに行きます。街を歩いているフィリピンの人たちの歩く姿をみても感じることがあるのです。くだんのショッピング・モールは日本のそれと比較して一歩も引けをとらない豪華そのものです。商品バラエティーもさることながら、価格は日本の同じものの何分の一かです。
アンベリーバブル!!という言葉が思わず出てきます。


 くだんのショッピング客の歩く姿ですが、若いカップルは颯爽と腕を組んで、胸を張ってカッコよく歩いているのです。とりわけスマートでチャーミングなフィリピーナたちが、背筋をのばして颯爽と歩く姿は美しいと感じます。歩く姿勢を幼少の頃から教わって育ってきているのかな?と思わず感じるのです。これってホントです!日本人と違って、ヒップが大きく、足が長いことがそうした印象を与えるのかもしれません。どんなに太っちょの女性でも、そんなことから結構均整がとれていて、不格好な印象を与えません。こんなことを書いたり話したりすると、吉田はよほどフィリピンに嵌ったのかな?と思われることを覚悟の「証言」ではあるのです。まずはその論者の弁を読んでくだされば何かの参考になると思います。


 「歩く姿勢」と言えば、一番気になるのが、両足の不自由な、ステッキを持った私自身の歩く姿です。両足に装備した補装具の右足は、膝を曲がらないようにロックしています。それだけで不格好な歩き姿になるのはどうしょうもないのです。とりわけ、左足を前に伸ばして地面に足を据える時に、路面より低いところへその足が伸びたとすると大ごとです。膝を固定した状態の右足ですから、ちょっとでも左足が路面より低いところへ移ったら重心を支えきれなくなって、前のめりにスッテンころりん!って調子です。そんなことから、路面を気にしながら、どうしても下向きな姿勢で歩きがちになるのです。それを意識する私は、貧乏じみた歩き方になってはいけない!とばかり、せめて胸を張った状態を保ちながら眼だけは注意深く下の路面を観察しながら、それでいて、可能な限り正面を見つめて歩く姿勢を心掛けているのです。でも、モールなどの室内は完全平坦、それでも場所によっては「段差」は不可避。そんなことを意識してか、歩く姿を気にしているのです。颯爽と歩く人には惜しみなく賛辞を送ります。反対に健常者でありながら、背中を丸めてコソコソ歩く人をみると、ジレッたさすら感じます。歩くときだけでなく、何かを待って立っている時の姿勢も同じように気になるのです。


 そこでですが、日本で働いた経験者や現在でも働いているフィリピンの方々を周辺に多く持つ私だけに、ちょっと気になって話すことがあるのです。われら日本人の姿勢が気になることからそのことを言いますと、こんな反応があるのです。私に遠慮しての発言だと受けとめるのですが、読者の方はどう思われるでしょうか。「日本人は礼節を重んじ謙虚。お辞儀する習慣はその最たるもの。握手する時にペコペコ頭を下げることはその習慣の裏返し。胸を張ってということ自体が傲慢に思われるから、伏し目がちにしたほうがイイと思う日本人特有の気配りもあってか、必然的に歩く姿も背筋が前かがみになるのでは…」と、友好的分析です。もっとも、皮肉的な分析ではあるでしょう。事実、離日を前にした私の耳に入った言葉の一つは、「フィリピンへ行ったら、かっこイイフィリピーナ達がウヨウヨいるわよ」でした。来比して僅か2か月余の私ですが、フィリピンの人たちをウォッチングするだけでも結構楽しめるのです(笑い)。


 過日、多くの人たちのいる観光地で、明らかに日本人女性と見受けるお二人の方が、なんだか背筋を曲げて、コソコソといった感じで話しながら歩いているのを見かけました。そのことをフィリピンの人たちに話しましたら、こんな返事が返っていました。「日本人はお辞儀をすることから、自然にうつ向き気味になるのでは…。謙虚さゆえのことでは?」と、随分と友好的な分析を頂戴しました。ちょっとしたことでも謙虚な姿勢とも思える前屈みになることが姿勢を悪くするのかな…と、反省しないでもありません。


 笑い話では決してないのですが、フィリピンのある方が、そうした日本人の姿の話から、こんな笑い話をしました。ある公共の場所で日本人のグループが大声をあげて日本語で会話しながらその場を独占している姿をみて、それをたしなめるノウハウを実行したとか。その中に割り込んで、大きな声で英語で話し掛けることをやったとか。途端にその日本人集団はコソコソと飛散したとかでした。笑い話みたいで恐縮ですが、これってホントにあることです。このことの裏返しは、日本人の語学力欠如というある種のコンプレックスです。日本人同士で群れをなしている時は、ことのほか大胆になるのが日本人。ところが、英語が周辺に飛び交うと、途端に尻尾を巻いて飛散するって光景です。別にフィリピンの人たちに肩を持つわけではありませんが、かれらは自国語のタガログ語のほかに、英語やスペイン語を操る人種です。少なくとも、語学力においては日本人のコンプレックスとは正反対の度胸を持っているのです。そんな自負心が胸を張って歩かせるのでは…と、感じるのですがどうでしょうか?かたや日本人の場合は、語学力不足のために、突然話しかけられたらどうしょうといったコンプレックスが背中を丸めて下向きの歩く姿を演出しているのかな、とも。


 大衆レストランで食事する時にもさりげなく人間ウォッチングする私ですが、日本人と違って、フォークとスプーン(スプーンは日本人の使うそれとは異なり、薄くてナイフの役目を充分に果たします)をカッコよく使って食事する姿は日本人にはちょっと真似の出来ない仕草さではあります。その時のかれらの姿勢は(も)ご立派です。「あれご覧、あの青年の方は日本人よ」と言ってくれたのでそ〜と観ましたら、明らかに日本人。食べている料理も日本人の好みそうなもの。背なかを丸めてコソコソって感じでした。ああ、情けない!と思わず呟きました。そうだ、2004年にSAM国際大会で国際賞を受賞のためにラスヴェガスに行った折のことを思い出します。日本料理のお店のカウンターで独灼中に、近くに座っている美人女性一人客と目が合いました。Why don't you join me(ご一緒しませんか?)と声を掛けたら、そそくさと隣に来てくれました。気分を良くした私は、即座にThe treat is on me!(僕がおごるよ)と。その後の光景はご想像に任せます(笑い)。ふと後ろのテーブルに一人でポツンと座って食事をしている日本人青年。肩を丸めてといった姿。もし英語で話しかけられたらどうしよう!? と思うのは下衆の勘繰り? 当の私の場合は誰か話相手はいないかな興味津津の結果がそれでした。その彼女と別れた後は、これまた近くに座った若い新婚旅行中のカップルと大話。語学力の有無が決する人物のちょっとした仕草ではあるでしょう。自我自賛になってシツレイしました。日本人の奥ゆかしさゆえの歩く姿勢の慎ましさ、と評する一方で、グローバリゼーゼーション時代における日本人の仕草にも変化があってもイイんだがなあ、と感じないでもありません。足の不自由な私が足もとを気にすることから、自身の歩く姿に少しでもプラスになることを心掛けるこの私に免じて辛口の弁をお許しください。日本人として、反省することを感じる海外生活の一端ではあります。                                           (2009年4月6日記)


32.「フィリピンに“移住”して想うこと “フィリピン情報”の設置を考えています。」(校正前)


 この「独り言」に書くのは、実に昨年の大晦日から2009年元旦にかけて書いた「独り言bR1」以来の初のことです。53日ぶりの執筆になります。と言っても、このウエブサイトではトップページ やテロップメッセージのリニューアルは何とかこなしてきました。この53日は私にとって生涯忘れることのできない日々となるでしょう。2月1日に関空から飛び立って以来の53日ですが、飛び立つまでが(も)大変でした。満77歳を過ぎた身で、よくも身体が保つもの、と自分でも不思議な感じを何度もしました!さらに此方へ来てからも、です。神さまのお導きを体感する今日この頃です。

 
 フィリピンに移住して初の本サイトはトップページにも書いていますが、それはそれは、実に素敵な人生体験をしています!その最たるものは間借りしたこの二階の部屋(5.2M×4.2M=21.84u)の居住性です。大きなマンゴーの枝葉が窓いっぱいに広がり、夜も部屋の外に灯された電灯の光に反映した緑が眼に沁みます。気にしていた日本から持ち寄せたパソコンやインタネットへのセットアップ等々は、家主のぺぺさんの手であっという間の離れ業で乗り切りました。このぺぺさん(Mr. Jose C. Sosa, 566 Olympia Subd. Ph-3 Sta. Rosa Laguna Philippines 4026)は、元はと言えば、マニラ交響楽団で27年間の長期にわたってコントラバス演奏者歴を持つ人物です。自称“I am Jack of all trade, but master of none. Ha ha”(俺は何でも屋の器用貧乏さ、ハハ)”と平然と言ってのけるでっかい人物です。64歳の彼はその一方で、パソコンの名手でもあります。私が日本から持ち込んだパソコン関連部材で欠落したものは、地下倉庫に山ほど蓄積した埋蔵部材から持ち出して、あっという間の接続を可能にしてくれました。私のパソコンデスクも彼の自作品で、デスクトップはエグゼクティヴ並みの貫録のあるシロモノです。パソコン入力用の「書類立て」もあっという間にかっこイイものを作ってくれました。
 
 その彼が、先ほど私のパソコンにセットしてくれたのが、一連の音楽ソフト。その中で、彼自身が大好きで、その曲に合わせてギターやバスを使ってベースの合い演奏。昼食後に演じてくれました。その曲を流しながら、この文章づくりのキーボドを叩いています。その曲目は「遠くへ行きたい」(作詞作曲:Sachio Fujimoto)です。繰り返しの演奏中。その曲の題名を巡って、今日の昼食後に語り合いました。無論、英語で!です。偶然か、この私は、「遠くへ行きたい」をなんだか地で往っている!って感じがします。もっとも私の場合は、ポジティヴな動機があってのことですが、何んとなくこの曲とオーバーラップさして聴いています。

 ところで、ぺぺさん夫婦が心配してくれることは、私が部屋に長時間閉じこもっていても平然としているとです。時には息抜きもしたいでしょうに、と心配してくれます。そんな折に思うことがあります。日本での生活もそうでしたが、現在にしてしみじみと感じることがあるのです。それは私が肢体不自由者であることからのこと。余ほどの用事がない限り、ぶらりと外出して気晴らしするという気に身体が馴染まないのです。デスクに噛り付いていても仕事をしたい、と感じるのです。そのことが、私に気晴らし外出を求めないということです。商業柄実によくできたのが私の身体状況ってな受け止め方です。タバコも飲酒もしないこの私ですが、デスクワークでひと息入れるとしたら、フロアに敷いているマットの上に横たわってCNN英語テレビを観ながら聴きながらのストレッチング体操です。なんとまあ、経済的かつ身体・精神的に有効な手立てがあるもの!とマジで感謝しているのです。


 …と、書けばキリのないほどのネタが目白押しです。そんなことから、このウェブサイトの「ボタン」でいらなくなったものを利用して「フィリピン情報」を設置しようかと考えています。情報発信で強調したいものは何といっても、フィリピンという国の人々のことです。貧富の差は日本以上ですが、心の文化ははるかに日本人以上と観ます!それらが何であるかは、ボツボツ書くことになるでしょう。日本人よ、奢るなかれ!とだけ此処では書いておきましょう。「海外から観た日本と日本人」は今後の恰好の題材足り得るでしょう。乞う、ご期待デス!
                                          
       (2009年2月23日記) 


31.「100年に一度の世界的大不況を前にして想うこと
        政治・経済活動の対処法でなく、生活者の対処法を何故、語らぬ!?」


 
2008年から2009年に転じる大晦日と元旦を挟んで、駄弁を呈します。1929年に米国で発生した「世界大恐慌」がありました。その2年後に私は生れました。経済学とか政治学とかいった面での当時のそうした経済大変動の原因を肌で知るには、当時の年代で30歳前後の人たちです。現在生存されていたら108歳。ということは、当時の世界大恐慌の原因を肌で感じた生存者は皆無です。後年に学問上でのその原因等を学んでも、生きた経済社会活動には「死語」に等しいもの。従って、同じエラーを起こすのが人間の性です。かのグリーンスバン前FRB議長ではありませんが、「人間が経済活動をする以上、バブルの発生も防げないし、その崩壊も防げない…」と。ことほど人間は小懲りも無い生き者です。


 経済学のケの字も学ばないながらも、半世紀以上も経営者人生を歩んできた私は、理屈はどうであれ、世の中の道理だけは弁えて生きてきたと自負します。偉そうなことを言う気持は毛頭ありませんが、前回の世界大恐慌の時は世界が「クローズド(閉鎖)経済」つまり、どちらかと言えば、自国優先主義で経済活動をしていたようなもの。それでも世界中に広がりました。
 ところが、現在のそれはと言えば、「オープン(解放)経済」つまり、「グローバリゼーション経済」における大不況ですから、あっという間に世界に広がりました。同じ世界的大不況でも、厄介なのはその違いです。今回の(も)世界大不況の発祥を米国に持ち、あっという間に世界に広がったのもそうしたグローバリゼーションの「落とし子」。グローバリゼーションの生みの親であるブッシュ前大統領も苦笑いってところです。高給取りのアメリカ人IT技能者がインドや中国の同業者に仕事を奪われて失業するって現象にも苦笑いでしょう。


 さて、新聞・テレビ報道を観て想うのですが、政治家や学者や企業人もこぞって声高に言っていることは、小手先の対処法としか思えません。具体性のある対処法ならまだしも、絵に描いたモチみたいなもの。ある大臣さんではありませんが、派遣社員をはじめとする失業者への対策で「…このような方々が一人も出ないように…」と、実に白々しい発言です。ひとりでも私みたいな考えを勇気をもって披瀝する人物は出てこないものか、と正直思っています。


 自画自賛する気は毛頭ありませんが、事実として私の経営コンサルタントとして貫いてきた指導方針の一端を語ります。15年間も継続した地元東広島市のクライアント運送会社での「吉田レクチャー」があります。初期の段階から社員研修で語り続けてきたことの一つに、「これからの世の中は決してバラ色ではない! 心して生活していこう! 物質的な欲望から、心の豊かさを求める生活態度で生きてきこう!」でした。その根底には、「地球人口は暴発中(具体的には、毎年、日本人口に匹敵する人口増大)。その一方で、世界の完全失業者数は(も)日本人口並み! 食糧どころか、飲む水さえ不安がある! 加えて地球環境の悪化等々!」Etcです。つまり、「モノの豊かさから、ココロの豊かさへのシフトこそ大事だ!」と説き続けたものです。拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」にもそのことを強調しました。先日も同社の忘年会でそのことに触れましたが、異句同音に「まったく!」と。


 ちなみに、フィリピンへの移住を前に想うことかがあります。かの国は日本に比べると非常に貧しい国です。賃金も安く、失業者も溢れている状態です。にも関わらず、人々の顔はおだやかです。この写真をクリックしてみてください!なんとあどけない、無邪気で幸せそうな表情であることでしょう!昔のわれら日本人もそうだったのだが…、としみじみ思いました。貧しければ貧しいなりの心構えと生活態度で処していた、ということです。社会主義社会でも実現不可能だったのが平等社会つまり、貧乏人も大金持ちもない中産階級意識が当たり前になった途端の「格差社会」。本当はこれが当たり前の世の中ですが、どうやら、本末転倒している感じです。


 さ、そこでですが、政治家は票田を気にせずに、学者はヘンな理屈を並べずに 、「モノの豊かさからココロの豊さへのシフト」こそが急務であるということに勇気を持って発言すべきです。この点、経営者はそのことを声を大にして言えるでしょう。その延長線上にあるのが、賃金は上がらない上げられないけど…、という魂胆も見え隠れするのではありますが(笑い)。
                                     
 (2008年12月31日〜2009年1月1日記)

 
30.「日米学生会議(JASC)in広島  新たな潮流へ〜60回を通しての再考と創出〜」に
    参加して感じたこと」
   
基調講演(水本和実・広島平和研究所准教授):
     
若者たちのヒロシマへの多様な視点〜世界からヒロシマ・ヒロシマから世界へ〜


 去る12月23日に標題の「日米学生会議in広島」に参加しました。「日米学生会議(Japan-America Student Conference:JASC)」という組織の存在を知りませんでした。この組織は、何んと設立されて75年になるのです!詳細は「日米学生会議とは」や、「日米学生会議の歴史」をぜひともクリックしてみてください。下手な紹介は避けたほうが良さそうです。


 ただ一つだけ、その発祥は当時満州事変以降失われつつあった日米相互の信頼回復を目指した日本人たちによって創設されたことです。「世界の平和は太平洋の平和にあり、太平洋の平和は日米間の平和にある。その一翼を担うべきである」という創立以来の理念だということです。


 リーマン・ブラザーズに端を発して世界大恐慌の様相を呈していることから、米国批判など、日米間に何やら深い傷が生じつつある感じの昨今ですが、グローバリゼーション時代の現代にあってこそ、大事とすべき日米相互間の信頼回復 努力です。まさに現代にこそ重要な組織であると考えます。


 その原爆に関する基調講演やパネリストの発言を聴くにつけて感じたことがあるのです。この種の会合に勉強のために積極的に出席することにしている私ですが、一つの「共通点」を見出します。一言で言えば、原爆投下や被爆体験という事実に対する発言が「灰色」に聴こえることです。「堂々巡り」といった印象を強くします。その背景には、被爆体験者の思いきった主観表現が無く、第三的立場にある方たちの弁が主流であるために生じる、「オブラードに包んだ感じの発言」です。それらが何であるかは、此処では書きません。大きな自信を得たことは、近い将来に米国マスメディアに発表するヨシダ・オリジナルの「被爆生存者の証言」の価値が高まる!ということです。Voiceless voice(声なき声)と私が称する、マジョリティーの被爆者の想いを代弁すると自負する証言ですが、今回の会議の模様を肌で感じて得たそれは私の確たる感触であり自信です。 
                                              
(2008年12月23日記)


29.「ひろしまルソン友好協会の活動に接して想うこと」


 今までの被爆証言者には聴かれない独自の内容の被爆証言活動を開始する前に、フィリピンという海外居住の形で、まずは米国のマスメディアに関連論文(英文)を発表する計画を持っている矢先、フィリピンのことで中国新聞の写真記事に目がとまりました。普通だったら見逃すところですが、フィリピンに関心を強めていることから、思わず眼を皿のようにして読みました。尾道市開催予定のある展示集会に出席しました。広島県呉市の呉大学看護学科や市内各所で英語塾を経営している毛利カリーナさんというフィリピン女性をお連れして参加しました。その時のスナップ写真・新聞記事も見てください。


 詳しいことは「ひろしまルソン友好協会」の素晴らしいウェブサイトをぜひとも覗いてみてください。貧しいフィリピンの子供たちのために、小学校生徒たちから使い古しの運動靴や衣類を集めて彼の地に送っているボランティア組織です。同協会の代表・常任理事・事務局長さんは小西和子・啓文ご夫妻。フィリピン駐在理事は大場 薫さんという方々です。すでに接触を強くして今後に備えています。
                                             (2008年10月13日記)


28.「生きるために働く必要がなくなった時
              人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる」



 トラックドライバー教育を得意とする私ですが、how to doよりhow to beのほうがもっと大事だ、ということを口癖にしています。how to do⇒how to drive well(運転を上手にする)よりも、 how to be⇒howto be a good driver(善良な運転者になる)ほうがもっと大事だ、という言葉を引き合いに出します。この一節はかの21世紀最大の経済学者ジョン・メイナード・ケインズ著の一節にある言葉です。It is much more important how to be rather than how to do.がそれです。


 そのケインズが書いたとされる一節が「生きるために働く必要がなくなった時、人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる」です。実に味わい深い言葉ですが、そのことに言及する前にひと言。近年におけるトラックドライバーの収入が労働時間からして決して充分とは言えないというドライバー自身の考え方に一つの警鐘を鳴らす意味で使っている言葉です。つまり、まあまあの水準にあるドライバーの給料であるかもしれないが…、ということをベースにした吉田流儀の説得手法ではあるのです。


 「勝者・敗者」という、とんでもない言葉が横行する昨今ですが、ハイリスク・ハイリターンの高級サラリーマンがある日突然に失業する、という時代です。グローバリゼーション時代にはかれらこそが世界のライバルを相手にせねばなりません。その点、トラックドライバーは当面はそうした面での競争はありません。いわゆる、「まあまあの収入」でイイじゃあないか!というのが私の助言です。そこに出くわしたのが、ケインズのこの言葉。説得力を持つと言いたいのです。つまり、どんなに高収入で蓄えをもっても、競争社会である以上、心の休まる間は無いと心得なければならないでしょう。たとえ、定年後人生を経済的に恵まれて、遊んで生きていれるにしても…、と、ここで問題になってくるのがこの言葉です。


 金銭的に恵まれた人は、定年後人生を気楽に遊んで暮らしたい、と思うでしょう。そうしたいから、現役時代にがむしゃらに働くのではあるでしょう。「老後のために」と。さて、そうなると、ケインズ流に考えて、「蓄えができたから、生きるために働く必要がなくなった時」が問題です。ところが、ふと気づけば、「真剣に自身の人生の目的を考えなければならなくなる」となれば問題は深刻です。毎日毎日を楽で楽しんで生活しているようでも、それが5,6年そこそこでしたら、「余生を楽しんで、ハイさようなら」とばかりに死んでいくならまだしも、高齢社会で定年後の人生が10年、20年以上もあるのです。誰だって、エッ!? こんなにまだ長く生きるの?その間をどうして過ごせばイイの!!  といった心境にならないとは言えないでしょう。


 ま、お金持ちの人たちにくだらん説教は無用ですが、トラックドライバーを相手の教訓の一つに、まあまあの収入だが、その代わり、精神的なストレスからは解放されている(と受けとめる)などのことから、「食っていくため、もうちょっと貯金をするため」といった「人生の目的」をしっかりと持てば、「俺は何の目的で人生を生きているんだ?」といったくだらん考えなんて出てくる筈が無い、と。貧乏であることを感謝しろ!とでも言いたげなのがレクチャーをする私の言い分ではあるのです。生活のために何時までも働くことをボヤくのでなく、「人生の目的を何時までも明確にして生きるために、働くのだ!」と解釈したらイイ!、とホンキで思うのです。「ハイリスク・ハイリターン」に対して「ローリスク・ローリターン」という言葉がありますが、「マイナーリスク・マイナーリターン」は何十年前から言い続けてきているヨシダ・オリジナルの表現です。21世紀の人類生き方処方箋と心得るのですが、ビジターの皆さんはどう思われるでしょうか?ご意見をお寄せください。  
                                                  
(2008年9月29日記)



27.「『第22回 心のフォーラム 金美齢さんの講演』に参加して感じたこと」


 さる9月8日(日)に標記のフォーラムに89歳の長姉を伴って参加しました。経営者団体である「広島モラロジー経済同友会さんの主催。「取り戻そう!日本の誇り よみがえれ! 日本の美徳」と題して金 美齢さんが熱っぽく、歯に衣着せぬ口調で語られました。それに先立って、NHK広島児童合唱団のコーラスを楽しみました。女性指揮者(お名前を確認していませんが)の素晴らしい、見事な指揮ぶりには終始見惚れました。私の甥山下一史がオーケストラ管弦楽団の指揮者をしていることからでもあるのですが、音楽でも経営でも、すべての分野における「リーダーの在り方」に職業柄、関心を強くするのです。


 金 美齢先生は1934年生まれ。来月喜寿を迎える私とは3歳年下。その彼女のご経歴などはリンクしたフォーラム資料にお任せするとして、同じ「後期高齢者」の立場にあって、「共感」した幾つかのものがあったことは嬉しい限りであり、私の今後の講演活動にも取り入れたい心境です。金先生の素晴らしいご講演内容の一部を下手に再現するよりは、私が日頃思っていることと並べて感じたことを率直に記したほうが適切と考えます。


 その一つは、「高齢者ゆえに許される直言」(と、これは私の解釈表現ですが)と前置きされて、是々非々の直言居士を自任される金先生に好感を抱きました。かくいう私も「直言居士」の一人です。経営者やプロドライバー相手の講演・レクチャーなどで、私が冒頭に言及するのがこの「歳の甲に免じて」と前置きして「直言」するのですが、全く同じようなことを金先生は仰いました。「これでヨシ!」と自身のプレゼンのスタイルに自負するものを感じました。
 

 政治家も学者もマスコミも「無いものばかりの追及」をしている、と指摘されました。たとえばの話。「格差社会」や「勝ち組・負け組」といったネガティヴな面ばかりを云々している、と。吉田流に言えば、格差社会はあって当たり前、勝ち組や負け組は第三者的見方であって、ケシカラン!です。「ボクん家は貧乏だから、贅沢はしないし出来っこない。これで我慢する、そのうちに頑張ってお金持ちになってみせる!」でイイんです。こうした吉田論を示す格好のエッセイがありますので、クリックしてみてください。


 「人間としての心」を大事にして、「感謝の心」を持つことが大事、と金先生は強調されました。かくいう私はトラックドライバー研修や安全運転を指導する方々(経営者や「安全運転管理者」)を前に強調することに符合します。つまり、「人間性の向上」です。運転技術(skill)よりも、心掛け(will)が大事。運転上手になる(how to drive well)よりも、善良な運転者になる(how to be a good driver)のほうがもっと大事だ、と常日頃から協調しています。 「感謝の心」に関していえば、「天下の公道を職場とし、ハンドル一本で生活できることへの感謝の心を忘れるな!」が吉田流の提唱です。よく引き合いに出すのが、かのメイジャー・リーグで活躍している松井稼頭男クン。高校時代から彼の座右の銘は「感謝」。それゆえに、練習用バットに「感謝」の文字を刻印した、と。さらに曰く、「野球をやらせてもらっている。グランドに立たせてもらっている。有り難いことだ」と。何とも奥ゆかしい人間性の彼でしょう!!


 「母校(早稲田大学)に対する恩返し」が彼女が理事長を務めておられる「JET日本語学校」の経営だ、と。かくいう私は32年間務めあげたトラック運送企業経営人生への「恩返しの心」で、現在の「総合物流・経営コンサルタント」と自負しているのです。ここでも共感を覚えました。


 金先生が強調されたことに、政治家も学者もマスコミも大衆に阿る傾向が余りにも強く、悪いのは「有権者」そのものだ、と。先生の言葉にはありませんでしたが、このことを私は「大衆迎合主義」と臆せず批判しています。政治家の悪事(失礼!)は所詮、選挙民が悪いのだ、というのが拙論です。「日本の民主主義なんて、所詮は付け焼き刃。ホンモノになるには100年かかる!」と毒舌ぶりを躊躇しません。金先生の講演を聴いて、あらためて自信を深めました(笑い)。


 「社会を支える側に立ちたい」と語られた金先生に、ことのほか共感しました。前職トラック運送事業経営を引退直後に現在の会社を設立して来月で満15年。「業界への恩返しの心」で現在に至る私はいろんな意味で、社会を支える側にあっても、社会に迷惑をかける立場には断じてありません!これからもそうで在り続けます。


 最後に金先生が強調されたこと。それは、「日本人のDNAの活性化」でした。8日にリニューアルしたテロップ・メッセージに書いていますが、この問題に関しては私は悲観的です。戦後半世紀以上のタイムトンネルを抜けた日本人のDNAは異変を生じたと危惧します。外国人の移民は増大するでしょう。折角の日本人古来固有の優秀な国民性とて、国際化とともに、失せていくことは否定できません。たとえその「回復努力(活性化)」に精出すとしても、失った年月の何十倍もの年月を要するでしょうし、まず、それは不可能に近いとすら断言して憚りません。残念至極ではありますが…。


 「後期高齢者」という、金 美齢先生と共通点を持つ私ですが、学者である金先生とは立場を異にすることは否定できません。でも、今回の同女史の講演で共感した面を以上のように展開し得たことは、今後の講師活動を展開する上で、大変に大きな力になるものと心より満足しています。蛇足の弁ですが、あれだけのインパクトの強い金先生の「歯に衣着せぬ」日本人への助言だけに、もう一歩突っ込んでダメ押してほしかったひと言があります。それは、「今まで私が話してきたこと(日本の誇りや美徳)」を、どうか家庭で食卓を囲ったときの話題にしてください。子々孫々に伝えて維持するために、です…」と。かくいう私はクライアントの社員研修ではそのひと言を口にしているのです。金 美齢先生のご健勝とご活躍を念願して、感謝の意を表するものです。        
                                           
(2008年9月22日一部修正


26.「漁業者に745億円支援! 
        全国漁民大会に100名以上の国会議員が駆けつける!」



 愛読誌「週刊ポスト」(2008.9.5)の「ビジネス新大陸の歩き方」で大前研一さんが何時ものことながら、歯に衣着せぬことを主張しておられます。燃料価格高騰に苦しむ漁業者に対して、総額745億円の支援策を農林水産省が実施すると発表した、と。


 以下は、吉田の言葉も混ぜて感想の一端を。わがトラック運送事業者はそれ以上の苦しい立場にありながら、びた一文の支援金を獲得していないことから、些か、奇異に感じました。初めて知ったことですが(お粗末千万!)漁船の燃料のA重油や軽油は、もともと免税扱いで、すでに優遇されているのです。トラックの軽油は税金(32.1円)がかかったているのだから、このうえ、更に漁業者だけ燃料費を補填(支援金)するのは、どう考えても不公平デス!!!


 ビックリすることは漁業者約3600人が日比谷公園で「全国漁民大会」を開いて窮状を訴えたまでイイとして、そこに100名を超える国会議員が駆けつけたというから、オドロキです。漁業者の政治力(?)をまざまざと見せつけられました。「たかりの論理」が平気で罷り通り、しかも、多額の税金を投じた効果が全く検証されないのは日本の常である、とこれは大前先生の言葉。754億円の支援によって漁業生産性がどのくらい上がったのか、魚介類の値段がどのくらい抑えられたのか、という検証責任を農水省は負うべきだ、とも。全く!!です!


 知って(知らされて)ビックリすることは、「燃料価格高騰に苦しむ日本の漁業者」が「出漁」して獲ってくる魚介類は、国内消費の半分以下、約4割にすぎないのだ、そうです。イヤハヤです。さらにビックリすることは、日本の漁業者の中で、「本当の漁業」を営んでいる人の割合は、想像以上に低いというのが事実だそうです。つまり、「外国の漁業者にアウトソースしている」というのが実態です。ロシヤや北朝の漁船と「洋上取引」をするそうです。


 漁業者のそうした政治力に引き換え、トラック運送事業者のアウトソーシングの相手は、国内の零細事業者をはじめ、規模の対象を問わない「(日本人企業労使の)同業者」です。その業界が(も)初の全国統一的なアピール活動を実施しました。8月26日の都内の決起大会は合計2万人規模。関東1都7県のトラック協会などから約1000人が集まりました。漁業者大会の3600人動員に比べるとささやかですが、動く大型トラックのデモの迫力は充分ではあったでしょう。しかし、獲得した実質的な成果には大きな疑問符です。このことは「独り言bP4」にも書いています。 
 
                                                (2008年9月9日記)


25.「老人ホームで84歳孤老の女性と交わした会話のエピソード」


 2週間前のこと。私の3人姉の一人がお世話になっている、あるホームでのこと。ロビーで7,8人のお年寄りの方々がヘルパーさんの音頭で歌の合唱をしていらっしゃいました。私も仲間入りして歌いました。その時、熱心に歌詞をメモしようとしておられた車椅子の女性が、私の大きな声に引きずられてか、声をかけてこられました。「元気をもらいました!!」と。天涯孤独の身、話相手が欲しい、といった感じでした。本目の姉はウトウト気味であることから、その女性とお話相手を務める羽目になりました。何時かまた来ますから、その時に…、といって別れました。


 本日、姉を見舞うのを利用して、そのご人物にお声をかけました。彼女は大喜び、約束を守ってくださって!と。ロビーで、しばらくの間、お話し相手を務めました。84歳とは思えない、シッカリとした話しぶりで、高いインテリジェンスを垣間見ました。身の上話をされ始めました。聴き役に徹するだけで、ご本人は満足げ。かいつまんでの話、彼女の人生は波瀾万丈。原爆の時は何処に?から始めました。彼女曰く、「私はボンクラ少女。当時は非国民扱いにみられたパーマをかけるのに炭火でコテを焼いてすることから、炭を求めて歩いている時にピカドンだったのよ…」と。お父さんは鉄工所経営だったが女癖が悪く、妾さんを家に連れ込んで同居させながら、お母さん(本妻)は黙々と同居生活に甘んじて何も不平不満を洩らさなかった。が、病に倒れて早世した。朝起きてみたら、手を胸に組んで安らかな死顔だった。一方のお父さんはその後を追うように苦しんで死んだ。「罰が当たったのよ」と彼女は苦笑い。その彼女は幼くして両親とお妾さんの狭間でどちらに敵味方しても苦しい立場。乙女心に苦しい時代を過ごしたと。そのお妾さんも若くして死んだけど、最後まで彼女が看取ってあげたとかでした。


 そんな昔話を聴いたあとで、私は彼女に言ってあげました。「○○さん、あなたがそんな心優しい生き方をしてこられたから、現在の安らかな晩年人生が過ごせるのではないですかね? 人間の一生って、幸せと不幸の割合は決まっていると思うのですよ。不幸の持ち分を若い時に体験したら、その分、幸せの量が多く残るってことじゃあないですかね? 私たちの時代には『若い時には苦労は買ってでもせい!』って言ったもんですよネ」と。彼女ははしゃいだ様に満足な表情を見せました。「そうでした!そうでしたね〜!」と。私が現役サラリーマンや経営者に対する講演・レクチャー活動をしていることを知った彼女は、「やっぱり、あなたは何か違うものを持っておられる人物だと思ってました。あなたの目と表情がタダものじゃあないと思ってましたよ!」と、持ち上げられました。(笑い)


 その彼女がふと、漏らした不満の心。それはホーム内生活における何がしかの不満。そこで私は彼女に語ってあげました。「○○さん、ボクやあなたたちが働いていた時分とはドエライ違いが現役の人たちにあるんですよ。自殺者が毎年3万人突破しているのが10年間連続しているんですよ!若い現役の人たちが職場で悩んだ結果の悲惨な出来事なんですよ。私らが現役時代の終身雇用制や年功序列給は無くなり、実績成果主義賃金それに、外国人労働者という競争相手までが出現して、大変なんですよ!」と言ってあげました。「知らんかった、新聞を読んでいないから…」と口ごもる彼女でしたが、言いました。「…ああ、きょうはホントにイイ話を聴かせてくださいました。こんなことって、初めての体験です。これからは考え方を改めて過ごします。「ホントに有り難うございました…」と。別れ際に、もうひとつだけ彼女に言ってあげました。「○○さん、来月喜寿を迎えるボクですけど、毎日まいにちを、感謝、カンシャの心で過ごしているんですよ。お互いにこの歳まで生かされてきているんですから、神仏に感謝しながら生きていきましょうね…」と。さらに彼女に約束しました。「○○さんとの会話のことを文章に綴って、私のホームページに掲載しますからね…」と。目に涙を浮かべるような表情をみせて喜ばれ、手を振ってサヨナラしてくださった彼女でした。


 ところで、前出の「生かされている」という表現のことでエピソードがあります。この同じホームでずいぶん以前のことですが、ロビーで食事中の姉を見舞う折、輪になっていたお年寄りの皆さんと言葉を交わしたことがあります。身寄りの少ない方々でもあることからか、弟の私が姉を見舞う姿を羨ましそうにみられた女性の方が「イイですね〜。弟さんが来てくれて…」と、羨ましそうに呟かれました。彼女も孤老の人と観ました。その女性とひと言ふた言交わすなかで、私が言いました。「ボクは76歳ですが、お陰さまで何とか元気で、こうしてクルマを運転して姉を見舞うことができます。有り難いことだと感謝しています。ボクは生きているのではなく、生かされているんだと思ってるんですよ…」と。その女性がオウム返しに言われました!「…エッ!生きているんではなく、生かされているんですか〜? ああ、イイ言葉ですね〜、そんな考え方があるんですね〜」と頷きながら、目に涙を浮かべて感じ入ってくださったのです。


 こうしたお年寄り(と言っても、かくいう私もその一人ではあるのですが…)との接点を持って感じることは、ちょっとした気配りや言葉の与える大きな影響です。「健康・生きがいづくりアドバイザー」という資格を持つ私ですが、奇しくも私の姉が世話になっているホームで、その同居者の方々に僅かでもその役割の一端が果たせることを嬉しく感じているところです。もっと書きたいことがあるのですが、今回はこのくらいにしておきます。                  
                                 (2008年9月2日記)


24.「日本消滅』と言われる前に
            対外発言力の強化は急務」(日本経済新聞「中外時評」)


 日本経済新聞9月31日号「中外時評」に論説副委員長・小池洋次さんによる標題の論説を読んで、平素私が思っていることに符合するものがあり、あえてこのサイトに書き留めます。日本についての表現に「バッシング・ミッシング」、つまり、「日本たたき」「日本行方不明」という意味。日本人は自己主張できないのか、自己主張すべき中身がないのか。一言で表現すれば、対外的発言力の弱体化だ、と。いろんな国際会議の場における日本人の英語によるコミュニケーション力不足を指摘されています。


 同論説副委員長はさらに、グローバルに活動する際の最低限の条件は、スタンダード、すなわち英語による主張と説得力である。それはグローバル時代のゲームのルールだ、と。英語力とプレゼンテーション能力の向上は待ったなしだ。国も民間もよほど思い切ったことをやらなければならない。「ジャパン・バ二ッシング(消滅)」と言われないためにも、と結んでおられます。


 こんな日本人の「英語力増強ニーズ」を唱えると、決まって出てくる言葉はやっかみに似た発言です。日本人は日本語でやればイイ、と。日本がかつてのように経済力において、世界をリードしていける時代ならばまだしも、日本の存在感すら薄くなりつつある現代にあって、そんな悠長なことを言ってる場合じゃあないでしょう! 


 先週末に福井市に出張しました。新幹線における女性アナウンサーによる英語発音のことを本サイト2122.で書きましたが、気のせいか、すこしばかり修正されているみたいデス。関係者宛にメールで「苦情」を申し入れた結果かな?と。でも日本人女性であることには断じて変わりない!と観ます。


 「特ダネ情報16」で書いていることですが、先月31日に「平和と軍縮シンポジュウム〜被爆地広島から『核のない社会』への提言」を聴講しました。パネリストの一人であるナスリーン・アジミ女史(イラン出身・スイス国籍)の英語は完全にネイティヴ並み。彼女を二人の日本人女性通訳が囲んでの見事な同時通訳ぶりを目の当たりにして「脱帽!!」でした。英語力と速記力を備えたそれは、ザ・プロフェショナルズの離れ業、と観ました。この世界でも日本人は女性専用の職場と感じました。日本人男性はシャイです。ひるがえって、米国人のパネリストであるスティーブ・リーパーさんの何と上手な日本語!! と感じ入りました。日本人の英語(外国語)苦手、外人の外国語上手は歴然です。島国民族性のせいであることは紛れもないでしょう。でも、グローバリゼーション時代にあって、これでは様になりません。                           
 (2008年9月1日記)



23.「終戦記念日に想うこと 東条英機元首相手記の記事をみて…」


 8月15日は被爆者の私にとって、ひと際、考えさせられるものがあります。何時か、その時期が到来したら、原爆語り部役」を海外で演じたいという願望、というよりある種の使命観を抱き続けている私であるだけに、です。私の常日頃からの主張は、もし、「東京大空襲」(1944年11月〜45年3月10日=106回)という悲惨な戦禍を機(45年3月10日)に、日本政府が敗戦を宣していたとしたら、沖縄の無残な犠牲(1945年3月26日〜6月23日)は発生していなかっただろう、ということ。もし、沖縄戦の事実上の敗戦で日本が手を挙げていたとしたら、広島の原爆はゼッタイに無かったことは確かです。百歩譲ってもし、広島の原爆で日本が降参していたら、長崎の被爆は無かったことも確実です。「歴史にIFは無い」とは言いますが、こうしたIFは事実としての仮定足り得ます。もうひとつ、長崎原爆投下で、もし日本がまだ戦争継続を主張していたとしたら、小倉が新潟が第3次、第4次の原爆投下の洗礼を受けたであろう…と。誰がそんな無謀なことを推し進めていったのか!!!???? と自問自答することが大事と心得ます。


 そんな折、日本経済新聞が8月15日終戦63周年記念日に発表した東条英機元首相による「終戦直前の手記がみつかる」と大きく報道しました。見出し記事は「軍人の論理に固執」「狭い視野・甘い認識露呈」と痛烈です。手記が書かれた時期は沖縄戦に敗北後、原爆投下、ソ連の参戦が続く絶望的な状況だった、と。同紙記事から拾った文章を原文のまま下記に記します。
 1.手記では終戦に反発し、ポツダム宣言受諾に至る背景として「国政指導者及び国民の無気魂」を挙げるな   ど責任を転嫁、軍人の論理に固執する考えが見られた。
 2.手記には「屈辱和平、屈辱降参」「新爆弾に脅えソ連参戦に腰を抜かし」などと、当時の鈴木貫太郎首相ら   政府指導者を批判する言葉がつづられている。
 3.手記には「(日本は)持てる力を十二分に発揮していない」と、なお戦争継続が可能と信じている記述があ   る。
 

 同記事に「東条英機と天皇の時代」の著者・保坂正康氏のコメントが的確に歴史認識を代弁していると感じます。いわく、「…敗戦の理由を政治指導者や国民の『無気力』に押しつけているところは、軍人としての枠を一歩も踏みでていないといえるであろう。東条のこの強気によって戦争が継続したら米軍による徹底した破壊攻撃、ソ連軍の北海道上陸と続き、その惨禍は計り知れなかった…」と。


 われら「日本人は戦争をやりまくった」という歴史があります。「…外圧の危機を感じると、日本人のあいだにたちまち『日本対外敵』の図式ができあがる。そして日本人は庶民にいたるまで外国勢力を敵視して、外国との戦いから逃げようとする者を弾圧する。こういった日本人の特性は、元寇に対する鎌倉武士の対応から変わらないかたちで近年までつづいている。」とは、「日本人なら知っておきたい日本人と戦争」(KAWADA夢新書刊」(武光 誠・明治大学教授著)の語るものです。


 日本人同士の批判をせずに、やたらと相手国(民)を批判し続ける姿勢に転換期があって
当然だが…と思うのです。ましてや、グローバリゼーションの21世紀においては、デス!この延長線上にあるのがヨシダ論理ではあるのですが、それはもうちょっと先のことにしたほうが良さそうです。ご意見をお寄せください。   
                                               
 (2008年8月17日記)



22.「新幹線車内英語アナウンスで気になること… 
                     その続編はヨシダの英語発音講釈です(失礼!)」


 
「前項21」を読んだ方が情報を寄せてくださいました。拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」の「終章」に書いている奥 文則さんというご人物。当社のメインバンク(と言ったら大袈裟ですが、小規模額の「取引銀行」です)である広島信用金庫勤務の方。同氏が大の読書家であることから、初期原稿の段階で校正に手を貸していただいた方です。半世紀以上もの経営者人生を経てきている私ですが、太鼓判を押すに相応しい人物です。英語は話せませんが、と謙遜されながらの同氏の弁ですが、くだんの新幹線車内の英語アナウンス嬢のことに興味を持たれてインタネットで検索されたのです。その結果は、新幹線ではドナ・バーグという方が担当の様です、と。下記の二つのサイトを添付してくださいました。http://www.tps-inc.jp/link/3_1_english_b.html


 一方、山手線などJR東日本などでのアナウンス嬢はクリステル・チアリという方。下記のサイトには彼女の写真も見られます。http://www.aoni.co.jp/actress/ka/christelle-ciari.html これらのサイトを通して、気の早い私は、関係筋に「前項21」を添付して問い合わせをしています。まだ返事はもらっていません。せっかちの私は、その返事を待たずしてこの「続編」を書き込む始末です。


 さて、肝心の新幹線のほうである前者サイトにはバーグ嬢の音声も数種類ありましたので、何度も聴いてみました。「トェーキヨゥ」の発音は外国人特有の英語訛り発音ですが、新幹線で聴くその発音ニュアンスとは全く別人のように思えてなりません。特に「トェーミナル」の口を尖らした発音はネイティヴのものとは思えません、と書いたのは前項21でした。万々一にでも、それがネイティヴスピーカーのバーグ嬢だとしたら、殊更に日本人英語訛りを意識される必要なんてナンセンスですよ!とアドヴァイスしてあげたい心境です。何時か、機会をみつけて、外国人乗客に話しかけて、意見を聴いてみたいとまで思っています。凝り性もここまで徹底すれば大したもんでしょう!(笑い)


 生意気な英語発音講釈になりますが、かくいう私は、ひと言の英語挨拶を交わしただけで、よく言われることがあるのです。ひと昔前でしたら、Are you Nisei? と。これってホントの話です。終戦後は家庭の都合で大学へ行けなかった私の願望は、英語だけは学卒者に負けない実力を持ちたい、少なくとも、正確な発音やイントネーションによる生きた英語(real living English)を身につけよう、というものでした。戦後間もない時代に「広島県下高校生英語弁論大会」で優勝したのはその結果の一つでした。現代にあっては、かの「人民の、人民による、人民のための政治」で有名なリンカン米大統領の「ゲティスバーグ演説」を朗々と、かつネイティヴ顔負けの調子で暗唱することのできるのはそうしたハングリー精神の結果です。


 ついでの蛇足の弁で恐縮ですが、われら日本人の英語発音で感じることがあります。毎朝のストレッチング体操の傍らで観る(聴く)アメリカのCNNがあります。声だけ聴いて見(聴き)分けが出来るのは日本人の英語です。NHK衛星放送に登場する英語レポーターの英語でも同じことが窺われます。つまり、日本人の場合、成人してからの本場英米国における英語教育と言えども、英語のサウンドに関する限り、容易に見抜かれる、という点です。その点、インドや東南アジア諸国の人たちの英語は訛りはあっても、その流暢さというか、発音や言葉の流れそのものは違和感が全くありません。


 そうした事実や原因を私流に指摘してみましょう。ひと口に言ったら、日本人は単語と単語を一つ一つ区切ったように発音する、という習慣があるとみます。例えば、the next station is Hiroshimaをカタカナで言いますと「ザ・ネクスト・ステイション・イズ・ヒロシマ」です。このイズに過度のアクセントや強調をしているのが日本人アナウンサーの証拠だ、というのが私の持論ではあるのです。つまり、英語会話に慣れている人なら、ごく自然に「ステイショニズ」と二つの単語の語尾と頭語をくっつけるのです。かの山手線のアナウンサー嬢は、際立った調子でそのように(ニズと)発音しているのです! 英語の滑らかさはかくして構成されるのです。例えば、Do you think(…思いますか)で始まる質問の場合、日本人は「ドゥ・ユー・シンク」と、三つの単語を別々に発音、ことさらに「ユー」にアクセントをおきます。このアクセント一つで日本人と見抜けるのです。流暢で自然体の発音は、ドゥ・ユーをくっつけて、「ドュ」と発音します。もっとも、色んな意見が出ている場面で、「他の方は別にして、あなたはどう思いますか?」と、相手自身の意見を求める場合は、What do you think? とyouを強調します。


 友人が主管するメルマガで最近更生法申請した「アーバンコーポーレーション」という会社のことがいました。読者から正確な社名は「アーバンコーポレイションズ」との指摘を受けたとか。登記上のカタカナ表示からの指摘とみます。さ、そこでですが、ついでの便を拝借して、ヨシダ英語発音講釈をもうひとつしておきます。日本人に苦手な発音は案外と身近にあるのです。R、L、V、F、thに代表される発音と同様に大事なもの、それは「二重母音」ってヤツです。「コーポレーション」の「レーション」の正確な発音は「レイション」です。「コーものも、正確には「コウポ」です。「コウポレイションズ」が言語発音に至近距離と言えるのです。ご参考のために…。


 ちなみに、エイ、アウ、オウといった類の二重母音はどうしたことか、日本人は避けて通ります。その最たるものが、今話題の米国の野球リーガー名称です。「メジャー」は「メイジャー(majors)」であるべきです。メジャーでは「measure(測量・計量器具等)」になってしまいます!英語の達者な人(日本人アナウンサー)までもが、「メジャー」で「統一」されているみたいです。このことを何度か公の場で発言したかったことでしょう!!! 欲求不満やストレス解消が此処でもできました!!! このサイトの効果バツグンです!!!(笑い)


 「ベース(base)」も正確には「ベイス」です!ベースボールは「ベイスボール」です。「映画(エイガ)」が「エーガ」、「携帯(ケイタイ)」が「ケータイ」と日本人の二重母音回避習慣はキリがありません。同じ二重母音でも「アイ・アオ」だけは正確に発音できるのが日本人。「愛(アイ)する・青(アオ)空」はその例です。ついでにもうひとつ。「インターネット」は「インタネット」と発音したほうが、正確です。「イナネットゥ」が米語発音です。
                                               (2008年8月14日記)


21.「新幹線車内の英語アナウンスで気になること…
           対して山手線・中央線の何と、歯切れのイイ英語発音であること!



 日々受信するメルマガの中に、ある英語の達人が新幹線車内の英語アナウンス嬢のアクセントを批判されているのをみました。「The train will soon make a brief stop at Hiroshima」(間もなく列車は広島駅に停まります)のatにやたらとアクセントをつけて、強く発音しているのが気になる…」と。かくいう私は同感!と思う一方で、アナウンサー嬢の別の発音が気になって仕方ないものを感じていたのです。


 東京新橋のクライアント関連の出向業務が10年以上も続いていることもあって、新幹線利用は何百回と数えきれません。そうした中で現在に至って気になり、何んとかならないものか、とJR東西新幹線関係者に「助言」したいもの!と胸に秘めていることがあるのです。ほかでもありません、英語アナウンサーは紛れもない日本人女性です。彼女たちの「発音・イントネーション」から容易に分かることです。私が最も嫌な印象を受けるのは、彼女(たち)の(例えば)「トェーケォー・テーミナル」(Tokyo terminal)という発音。口を尖がらせて、ことさらにエイゴ発音です、と言わんばかりの気障な真似英語発音です。日本語固有名詞らしく、「トーキョー」とやればイイものを、あたかもネイティヴ英語を気取ったかのような発音には正直言ってウンザリです。Terminalの「ター」は舌全体を少し奥に入れるような形で発する発音であって、口先を尖らせて「テー」といったものでは決してありません。


 なぜ、こんなあげ足を取るような発言をするかということですが、それには確たる裏付けがあるのです。同じJRでも、例えば山手線や中央線の車内英語アナウンスです。それはそれは惚れぼれするような、生粋の米人女性によるネイティヴ米語発音であるからです。stop at は「ストッパトゥ」といった調子。新幹線女性アナウンサーのatをことさら強く発音するのとは正反対です。next station is 「ネクスト・ステイショニズ」といった二つの単語の末尾文字と頭文字をくっ付けた発音です。これらは、われら日本人のもっとも苦手とする話し・読み発音です。R・L・V・thといった苦手発音より、むしろ大事な点でして、これが出来ると出来ないとで、どえらい流暢さとギコチなさに通じるのです。


 新幹線などの公共輸送機関内における社内英語アナウンスは外国人利用者向けのもの。とすれば、この際、ネイティヴ英語の人材を起用することが大事と考えます。民鉄と国営との違いならばいざ知らず、同じJRであって、新幹線と山手線や中央線との差が放置されてイイものではないと考えます。


 …と、こんな他愛もない(?)ことを書いたり喋ったりで恐縮ですが、でも、こうして日頃の想いを明文化することで、何んとなく腹の虫がおさまった感じ。その分、ストレスや欲求不満が解消した!ってところです。(ワッハハの大笑い)                                          
 (2008年8月11日記)



20.「日本は戦争をやりまくった……」


 「日本は戦争をやりまくった…」とは物騒な言葉です。週刊誌に見つけた、かの著名な猪瀬直樹先生(作家・東京都副知事)が、ある対談で口にされた一言です。平素から似たような日本近代歴史観を持っている私ですので、「あ、やっぱり!!」と感じました。折しも、被爆63周年を迎えて、ふと、かつての日本(人)の姿を思い出しました。「やりまくった…」ということは、こちら(日本)から「仕掛けた戦争」、ということです。こうした歴史的事実を裏付けする書物に接しました。


 私が目下、何度も読み直ししている小さい本で「日本人なら知っておきたい 日本人と戦争」(KAWADA夢新書刊」(武光 誠・明治大学教授著)があります。「歴史に刻まれた対外戦争の『なぜ?』を見つめ直す本」がサブタイトル。当該個所を此処に再現(原文のまま)してビジターのみなさんにお伝えしましょう。ヒバクシャの一人としてのそれは懺悔でもあります。
 

(P.23)「細かい戦いを除けば、日本はこれまでに8回の対外侵略を行い、2回の侵略を受けていた。さまざまな数え方が可能であるが、私はつぎのようにみている。
  
@白村江の戦い、A文禄・慶長の役、B日清戦争、C日露戦争、D第一次世界大戦、Eシベリア出兵、F日中戦争(満州事変をふくむ)、G太平洋戦争。これらは、日本がしかけた戦いである。これに対して、『元寇』と『大平洋後のアメリカの(日本)占領戦争』の二つは、外国の軍隊が日本に入り込んだ戦いである」(P.63)「…外圧の危機を感じると、日本人のあいだにたちまち『日本対外敵』の図式ができあがる。そして日本人は庶民にいたるまで外国勢力を敵視して、外国との戦いから逃げようとする者を弾圧する。こういった日本人の特性は、元寇に対する鎌倉武士の対応から変わらないかたちで近年までつづいている。


 本「独り言」サイトのbP6「日本人は堕落した!? 今にして想うこと」でも書きましたが、ここにきて、大変に皮肉な見方をするのが私です。つまり、日本人のそうした戦争好きな国民性に危機感を感じたアメリカ占領軍(マッカーサー元帥によるGHQ)は、日本人をして二度と戦争を起こさすことのないように、世界一の「平和愛好国民」にさすこと。裏返せば、日本人の根性を骨抜きにしてしまうことにあったのではないかとさえ思うのです。どちらかと言えば、プロ・アメリカのこの吉田ですが、あえてそう言わしめるのには説得力があると苦笑いしています。


 日本人が堕落した、根性の無い民族に半世紀以上の歳月をかけてそのDNAに異変を生じせしめた、と言いたいのです。それはそれとして、ただ一つだけ、グローバルな視点で確実に断言できることがあります。それは、過去の歴史が証明するような「戦争を仕掛ける」ほどの勇気のある民族にだけはならなくなったことです。その意味では、世界諸国なかんずく、先進国の一国として「戦争仕掛け国」が一国だけは「消滅」した、その分、平和になった、と言えるでしょう。ただし、その裏返しは「属国」になっても、日本民族間での争いは、あるいは「独立運動」的な国民運動も生じないことを意味します。それがイイか悪いかは別問題ではありますが…。


 それにしても、日本人は日本人同士の間で争わない特殊な民族性ですね。米国ではイラク戦争への批判が高まる中で、共和党VS民主党の政策論議はさすが、民主主義国です。63年前の日本の政治家が民主主義に目覚めていたら、ひょっとして戦争を仕掛けるようなバカなことはしなかったのでは…、と悔やまれます。それにしてもそれにしてもですが、現代にあって、日本の過去の政治家を大きな声で批判する人たちの何と少ないことでしょう。でも、誰をも恨めません。国民自身も勇気が無かったのですから…。


 もし、東京大空襲で日本政府が「敗戦」を受け入れていたら、私の生まれ故郷の広島市は原爆被害に見舞われなかったことは確実です! もし、ヒロシマへの原爆投下で日本政府が、国民が大合唱で「戦争は負けた!ギヴアップだ!」と宣言していたら、ナガサキの原爆投下は無かったでしょう!!! ……と、この延長線上には今後の私の勇気ある発言が待ち構えています。それが何であるかは、もっと後のことにします。 
  
                                                 (2008年8月6日記) 


19.「原爆63周年を迎えて想うこと」


 1945年8月6日午前8時15分、「学徒動員」で(と言っても若い方々には分からないかな?)」、広島電鉄株式会社本社(広島市千田町)に勤務していたボクは、担任先生の朝礼訓示を受けて廊下伝いに職場である同社電気課事務所に向けて歩いていました。他の学友たちは電車やバスの修理工場に、ボクひとりが事務所勤務だったのです。足が不自由であるために事務系に回されたのでした。
 

 と、瞬間、ピカっと光りました。次の瞬間、廊下の壁に人のシルエットが映し出されました。あの時の光景は現在でも鮮明です。ボクはドアのついたトイレ横の薄暗い廊下を歩いていたから、薄暗い壁面をスクリーンにしたようなシルエットでした。鮮明に覚えているその時のボクの頭に浮かんだ思いは、電車車庫構内を走っている電車のビューゲル(現代では「パンダグラフ」と呼ばれるもの)がトロリー線から外れて再接触する際に発するスパーク閃光だ、と思ったことです。
 その次の瞬間、ど〜ん!!! といった大音響と共に建物が倒壊したのです!今で言う「ピカドン」の体験者です。モルタル木造づくりでしたので、建材の瓦礫。ボクはその下敷きになったのです。身動きできない状態で、真っ暗になりました。物凄い埃の匂いがする中で、ボクは絶対絶命だ、と心の中で覚悟しました。思わず手を合わせて「ナンマンダブツ(南無阿弥陀仏)と心の中で唱えました。

 
 …しばらくすると、頭の上のほうから仄明るい光の穴みたいなものが目に入りました。瞬間それを目がけて、瓦礫の隙間をぬいながら「よじ登り」ました。これまた鮮明な記憶は、這出た瓦礫のテッペンから下を見下ろした感じは随分と高いところでした。その時、初めて気付いたことは顔面から鮮血が溢れ出していることでした。思わず泣き出したのも鮮明な記憶です。「母ちゃ〜ん!! 血が出てるよう〜!!」と。3人の姉を上に、ボクの下には二人の弟を持つ長男でしたが、甘えっ子だったんです。その次のボクの不安は、足代わりだった自転車(幼い当時は自転車が唯一の移動手段でした)が見つからなかったこと。それどころでは無かったものの、当時の行動範囲の狭かった身体のボクにとっては死活問題の自転車の行方でした。

 
 「日赤病院へ行け!!」といった声が耳に入りました。足もとの瓦礫から木片を「ステッキ代わり」にして日赤病院を目がけて歩き始めました。ちなみに、日赤病院は大手町の自宅と職場の電鉄本社との中間地。その日赤病院長の「重藤先生」は吉田家の遠い親戚でした。忘れもしません、その道中で溢れ出る鮮血を何度も立ち止まっては腰のベルトにひっかけていたタオル(当時の国民全員がそんなスタイルでした)で拭いながら日赤を目指しました。忘れ難いのは血に染まったタオルを絞る時のヌルヌルした感触。血糊で絞り切れない感触は生涯忘れることのできないものになりました。


 コンクリートビルの日赤病院は、さすがに倒壊せずに、でも、中は廃墟そのもの。溢れるような被害者・負傷者で一杯でした。手当を受けるために長蛇の列に並びました。前の人も後ろの人も、垂れ下った火傷の皮膚で地獄の様相でした。と、赤十字腕章をつけた兵隊さんが、つとボクの手を取って、「ボク、こっちへお出で…」と引っ張って、お医者さんのところへ連れていってくれました。出血で顔面が真赤になってはいるものの、火傷が全く無いことから、この子は助かる!と思ってくれたのでしょう。でも、治療と言えば、顔面の深い3か所裂傷を縫うなんてことでなく、赤チン(当時はそう呼んでいました)を塗りたくって、包帯を顔面にグルグルと巻きつけた程度でした。


 修羅場みたいな病院のフロアで軍人看護婦さんたちに囲まれて介護されていた相当に身分の高い軍人さんが、軍刀を抜くようしながら大きな声で叫んでいました。「俺を死なせてくれ!!!」と自決の形相でした。看護婦さんたちがそれを押し止めている光景が目に焼きついています。


 ふと、気がついたら、ボクは日赤病院玄関の大柱に背を凭れながら、ぼんやりと対面のビルや建物が燃えているのを眺めていました。「ボクん家はダイジョウブ! 誰かが迎えに来てくれる! それまで待っておこう…」と。今からすると、随分と状況判断が幼稚だったものです。足の不自由な僕にとって、限られた行動範囲ゆえの、それは限られた判断能力であったと思います。何せ、例えば、数十メートル先の目的地に歩いて行こうとすれば、ボクの視点と傾注努力はまっしぐらにその目的地・目的物だったのです。周囲に目を転じながら…といった余裕なんて全く持てなかったのですから。


 家族の誰も来ないことから、ようやくにして事の重大さが理解できるようになりました。例の木片を杖代わりにして大手町は市役所前にわが家に向って歩き始めました。その中間点の「鷹野橋」という電車の交差点に差し掛かった時に、3人の姉の真ん中の富美子が目ざとくボクを見つけて、「祐起!!」と駆け寄ってきました。「姉ちゃ〜ん!」とベソをかいて道路にへたり込んだものです。ボクにとって、そうした姿勢が一番安定していたのです。抱き合って再会を喜ぶ間もなく、父と合流して3人で数十キロ離れた叔母の家に「疎開」したのです。広島市内のど真ん中を通って、でなく、掻い潜って市中から逃れたのです。その凄惨さは到底此処で語れるものでは断じてありません。ここでは、これ以上のことを書くことは避けます。


 ただ一つ、一番末の小学校一年生だった弟(祐策)と一番下の姉(博子)は手をとりあって広島市内を彷徨い、一週間行方不明でした。助け出された一週間後に、弟は全くの無傷でありながら、血反吐を吐いて死にました。典型的な原爆症です。博子姉は足に大怪我をしながら生き伸びて現在に至ります。原爆資料館には彼女の「脱毛の塊」が其処に展示されています。後年、彼女がわが生命を賭けて生んだ一人息子はカラヤンの最期の弟子となり、現在指揮者として活躍しています。その辺りのドキュメントは彼女が書き遺している「被爆体験手記1.2.3.4.5.6.7.(全49頁)・関連新聞記事」)に生々しく記述しています。かくいうボクは、「いきいき ハツラツ わが人生は三毛作」にも書いています。


 さて、ちょっと長々と被爆当時のことを書きましたが、63年を経た現在の私は、10年以上も前から密かに胸に抱き続けてきていることは、「原爆語り部役」を英語で演じることです。このサイトではその多くを記すことは避けます。ただひとつ、その想いを英語に託した「MyDreams!」がありますので、ご興味のある方はクリックしてみてください。意味深長な表現や空白があるのですが、それを語るのはもう少し先のこだし、外国での第一声になることを心に秘めている次第です。


 蛇足ですが、勤務先の広島電鉄で、当時、同社の「会社マーク」の募集がありました。ボクの上司であった電気課の課長さんが二位を受賞されて、賞金のお裾分けを頂戴したことがあります。一位受賞作品が現在に至って使われているものです。レールの断面図と稲妻をあしらったマークです。当時の塗装工の方が受賞者でした。なお、同社本社の玄関口に倒壊した当時の本社建物の写真モニュメントが提示されています。爆心地から約2キロの地点です。現在の核爆弾の威力だったら、一瞬の火だるまになったでしょう。恐るべきは核兵器。その恐ろしさの語り部役からさらに突っ込んだ提言を発していくことを心に誓っています。 
                                             
 (2008年8月1日記)


18.「少子高齢社会を憂うなかれ! 外国人移民政策への転換を恐れるな!」


 外国人移民にハンタイを唱える人にとっては、このテーマはカチン!とくるに違いありません。外国人を受け入れると治安が悪くなる、というのが主たる反対理由とみます。何時かこのことをエッセイに書いて発表したいものと願っていたのですが、今日(31日)の日本経済新聞「大機小機」のテーマ「人口政策不在の亡国」を読んで、わが意を得たり!!! と小躍りして即座にこのサイトに書くことを決意しました。同記事の内容をあまり引用しますと、著作権に抵触することもあって、憚りますので、自説を簡単に述べてみます。


 その前にひと言。随分と前のことですが、NHKさんが「少子高齢社会における労働人口減少問題」を取り上げて延々と論議されたことがあります。「外国人労働者の移民」ということには、どうしたことか、全く触れず仕舞でした!観ていて正直ウンザリしたものです。少子化に加えて高齢化で労働力が足らなくなる、どうすべきか!!?? で堂々めぐりのお粗末さ!意見をファクスで、ということでしたが、阿呆らしくなって、それもすることなく、でも、内容のお粗末さを確認するために、最後まで観ました。おかげで欲求不満やら、ストレスが溜まった感じでした。でも、今回のこのサイトでの自説発表には恰好のネタになったことでストレスが吹っ飛びました。


 クライアントの社員研修では、「外国人労働者の本格的移民受け入れ時代の到来が必至だ、それへの備えや覚悟が大事だ」と、口が酸っぱくなるまで語り伝えるのが常の経営コンサルタントとしての私です。つい最近も、自民党の国家戦略本部の外国人労働者問題プロジェクトチーム(PT・長勢甚遠座長)が20日、原則としてすべての業種で外国人労働者を受け入れる「外国人労働者短期就労制度」の創設を提言する方針を固めた、と報道されました。


 地球人口は毎年8千万人前後の膨張を続けています。かたや世界の完全失業者数は1億9千5百万人です。もう一つの地球が必要とされる時代です。先進諸国くらいが少子化で我慢するしか手段が無いのが実態だ、という自説を掲げています。しかも先進諸国の中で、外国人移民の対人口比率は日本が最低です。国際貢献どころか、諸外国から顰蹙を受けるのがオチってところです。


 私立大学が軒並み、定員不足で悲鳴をあげています。教育者である大学教授集団組織でありながら、そんなことって、分かり切っている将来象じゃあなかったのですか?と言いたいデス!この際、外国人労働者をジャンジャン受け入れて、かれらに必要な日本語教育の場と衣替えすることも必要なのではないですか?と言いたいです。補助金も惜しまず、ということも説明責任の果たせる条件になるでしょう。……書けばキリが無いほど自説を蓄えていますが、このサイトでは当面、このくらいにしておきます。余裕ができたら、後日筆を入れます。


 末尾ですが、くだんの日経「大機小機:人口政策不在の亡国」の末尾の一節を書き添えます。「…人口政策が定まらなければ将来を見据えた社会保障や成長戦略の絵も描けない。一億人の老大国を覚悟するか。ここでの選択が日本の将来を左右する。」と。日経「大機小機」バンザ〜イ!! です。
 

 日付が8月1日に変わっては、リアルタイムの速報価値が失せるので大急ぎで書きました。乱文乱筆ならぬ、ミスプリはご容赦のほど。後日、訪問者には気づかれないない内に、修正することにします。
                                              (2008年7月31日記)


17.「オドロキ&ガッテン!!
      ITビジネスでも、90パーセントは人間性、10パーセントが知識!!」



 去る27日のNHKスペシャルを偶然目にして、釘付けになりました。
かつて活路を求めインドを飛び出したインド人・印僑の活躍ぶりです。その印僑がインドに続々と帰国し始めているのです。世界130カ国に暮らす印僑の数は合わせて2,500万人、各地でその存在感を高めています。最も多い250万人が暮らすアメリカでは、印僑の9人に1人が年収1億円以上、人口は0.5%ながら、全米の億万長者の10
%を占めます。数学や金融に強い特質ともに、彼らの力の源泉となっているのが、世界に張り巡らされた印僑のネットワーク。成功者が若い印僑に、国際ビジネスや起業のノウハウを伝授、成功の連鎖が起きているのです。今、本国インドが急成長を遂げる中、アメリカの頭脳となってきた印僑たちが、相次いでインドに帰国し、新しい産業の担い手となりつつある。優秀な起業家を生み出し続ける印僑ネットワークや、印僑のスーパー人材を狙ったヘッドハンティングの動きを追い、世界を揺るがす印僑パワーを取材しているのです。


 さ、その中で、思わずメモしたのは、ITビジネスで大成功して、後輩の指導を組織的にしている人物カンワル・レキ氏の言葉です。いわく、「90パーセントは人間性、10パーセントが知識だ」と。ITビジネスという典型的な知識頭脳集約企業集団にあって!!です。かのエジソンの超有名言葉とも符号します。「天才は99パーセントのアスピレーション(aspiration:汗・努力)、1パーセントのインスピレーション(inspiration:ひらめき)だ」と。「スピレーション」の語呂合わせも絶妙です。これら二つの類似格言は、今後のドライバー教育に活用することなるでしょう。


 かくいう私は、トラックドライバー教育の専門家を自負します。2004年4月に出版した拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ」(文芸社刊)では、安全運転の原点を「skill(技術)よりもwill(心掛け)が大事、と主張しています。出版後に同書を読んでくれた友人経営者が同書を評して言ってくれました。「吉田さんの著書で貫かれている理念は、かの20世紀最大の経済学者ケインズが書いている一節に符合しますね、と。It is much more important how to be rather than how to do.(如何に成すべきかということよりも如何にあるべきかということのほうがより大事だ)がそれです。拙著エッセイ「ケインズ著書の一節にみる拙著理念・哲学との整合性」にもそのことを書いています。関連したもう一つの拙著「オーケストラをDriveするな、 Carryしろ!」もついでにクリックしてみてください。
                                             (2008年7月28日記)



16.「日本(人)は堕落した!?  今にして想うこと」


 昨今のわれら日本人の犯罪や目に余る言動等々を観るにつけ、とりわけ後期高齢者の中から聞こえてくるのは、「今どきの人たちは…」というため息です。戦後60数年間で、あたかも日本人のDNAに突然異変が生じた、といった感じもします。私流に言えば、戦後のアメリカ占領政策で、まんまと日本人が骨抜きになった(された)ということです。教育政策はその最たるものでしょうが、第一次大戦でドイツが敗北したものの、過酷な賠償責任が「臥薪嘗胆」(?)となってか、第二次大戦へと暴走したことへの米国の日本に対する警戒心の成せることだったかも…。
 

 こんなことを考えると、全地球規模の見地からすれば、これでヨカッタ!日本が軍国主義に逆戻りする危惧は皆無になった!その分、戦争の恐れが一つだけでも無くなった!と自他共に(?)誇れる(?)ことに繋がるかも…。


 生粋の日本人でありながら不穏当な発言、といった誹りを覚悟の上ですが、そんな折、愛読誌「週刊ポスト」(2008.7.25)の「賢者はかく語りき」(斎藤 孝・明治大学教授)に見つけた言葉が強烈でした。いわく、「戦後、アメリカ占領軍は真っ先に剣道を禁止したという。その後、竹刀競技として復活した後も、懸け声を禁じたそうだ。(懸け声禁止の)この着眼は卓抜したものである。あれはただの懸け声ではなく、日本人の魂の叫びだったからである。彼ら(占領軍)はこれを恐れ、その叫びの伝播と、その叫びの触発するものを恐れた。アメリカは「日本の形」を除き去ることで、日本人を従順させようとしたのだ。この言葉の延長線上にあったのが、かの三島由紀夫著「変革の思想」です。


 文学を嗜む余裕の無かった不肖の私ですが、三島さんの「憂国」に出てくる言葉とかです。あのような壮絶な死に方を選んだ三島さんの心は、占領後の日本(人)の弱体化に対する絶望と警告だったということを今にして実感するのです。つまり、このままでいったら、日本(人)はダメな骨抜き民族になれ下がってしまう!!! という危機感があったと思うのです。


 最近、東京駅の図書館でふと、目にとまって買った本があります。題して「日本人なら知っておきたい 日本人と戦争」(武光 誠・明治大学教授著・KAWADE夢新書刊)がそれです。原爆語り部役を英語で演じることを人生四毛作に位置付けていることから、原爆投下批判をする前に、日本軍国主義の歴史を(も)学んでおく必要を常日頃から感じていたからです。ヘンな話で恐縮ですが、三島由紀夫さんが危惧していた日本民族の堕落があったからこそ、過去に軍国主義日本が犯した戦争犯罪には二度と、手を着けなくなったことだけは確実だ!!! ということです。大反論を覚悟の上のかかる発言ですが、ま、このことは置いといて、次に進みます。


 戦後の日本(人)は「欧米後追い」に明け暮れしました。ちなみに、「欧米(物流先進諸国)後追い」という言葉をよく使う私です。トラック運送業界の規制緩和に関連した発言です。この「欧米後追い」の図を戦後の経済発展と日本人の生活水準向上に結び付けるのです。つまり、贅沢になったばかりに、日本人国民性の本来の良さが失われてしまった、という現実です。そのことを予言したのが、かの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)です。今を去る2003年冬に書いた拙著「ラフカディオ・ハーンの日本人観に脱帽!」がそれです。クリックして読んでくださればと願うのですが、ここではその一端を再現します。


 当時(明治時代)に彼が日本人大学生向けに書いたとされる著書「Japan and the Japanese」と題するものの一節に、こんなものがあるのです。「…日本に関して危険なことは、古来のもの、簡素なもの健全で自然な生活方式を捨て去る恐れがあることだ。さらに考えるに、日本はその簡素さを保持する限り強固であり続けよう。反対に日本が西欧輸入の華美の思想にかぶれれば、脆弱となろう。」と。ハーンの日本人観に脱帽!」とするのは、このことです。                                 
 (2008年7月27日記)



15.「格差ケシカラン論議はあっても 格差社会の生き方処方箋論議は無し 何故なぜ??」


 毎日の新聞をみて感じるのは、「格差ケシカラン論議」の無い日は無いほどだ、ということです。諸悪(?)の根源は小泉政権時代の行革だ、自由主義経済の行き過ぎだ、成果主義賃金へのシフトだ、非正規社員制度の蔓延だ、規制緩和の行き過ぎだ、グローバリゼーションが犯人だEtc.、といった主張ばかりです。果たしてそうなのだろうか?と自問自答するのは私だけではないと思います。一番良くご存じの方々は、それ(格差社会)を止むを得ない結果と受けとめている政治家ではないかとさえ思うのですが、どうでしょう?
 

 今から言わんとすることを政治家が言ってしまったら、袋叩きに遭うし、票も集まらないから、何んとかせねば、何んとかするべきだ、と恰好いい言葉がひとり歩きして(さして)いるみたいに思えてなりません。学識経験者も含めてのことではあるのですが、格差社会の実態批判はあっても、その具体的な処方撰は全く見当たりません。まず第一に、その根本的な原因である「所得格差」を生んでいる雇用側、つまり経営者側からは(も)、決定的な打開策は出てきていません。マスコミがオーバーに書き立てる、いわゆる、「非正規社員の正社員化」に対する経営政策の転換実態、それも、ごく限られた大手企業の動向であるに過ぎません。なぜならば、企業は「グローバルな経営視点で経営の舵取りを余儀なくされている」からです。経営者は倒産しないように、必至で取り組んでいるのです! 非正社員制への選択肢はその一つの手段であるに過ぎないのです。


 地球人口は毎年8千万人くらいの規模で拡大しています。一方、世界の「完全失業者数」は何と、1億9千万人、日本の全人口以上の失業者で溢れているのです。地球環境の悪化も考えれば、もうひとつの「地球」が必要とされつつあるのです。「グローバルの視点」の一つがこれなのです。その中での経済活動であるがゆえに、日本(人)だけの目線と領域で考えては、まったくもって何にもならないと思うのです。……と、こんなことを書くとキリがありません。ここらで端折って、本論の「格差社会の生き方処方撰」へのズバリ発言をします。


 所得格差が招来する「格差社会」は避けて通れない「人類の経済活動の結果」だ、と考えます。とすると、その結果を批判する前に、それを解消もしくは、和らげる施策の提言が求められます。さらに、そうした経済活動の根源である企業経営活動が(も)無事に推進できる手法提案も同時進行であらねえばなりません。でも、それは不可能です。とすれば、生活者側による「自己防衛型の生き方処方撰」への模索が求められます。為政者はそれを示すべきです。


 私のファースト・ネームが「ゆうき(祐起)」ですから、ここは一番「勇気」を持って提言します。「分相応」の生き方あるのみだ、ということです。かくいう私も分相応の生活を善しとし、それで幸せを得てきました。現在の私はトラックドライバー教育を本業とする立場にあって、今から書くことは「空論」では断じてありません。多くのドライバーを前にして熱っぽく語る内容であって、共感を得ていることなのです!
 ご存じのように、トラック業界「労使」は燃料費の暴騰で悩んでいます! 漁業者のように、ストライキ
に訴えて補助金を獲得することなんて、全く出来っこ自助努力あるのみです。そんな業界で働いている
ドライバーを相手に堂々と語って「共感」を得ているのです。


 ご存知のように、私は米国に本部を持つ世界最古の経営者団体と自負するSAM:Society for Advancement of Management 日本チャプターに属しています。その名誉ある団体の機関誌「SAM NEWS」(毎年2回発行)に毎回寄稿しているのですが、ここに書いてきたことの裏付けとして下記に関連拙著前後篇2著をコメント付きにしたものをリンクしますので、ぜひとも読んでみてください。本著は経営者向けのものでありながら、あえてトラックドライバー研修にも資料の一つとして提供しているのです。「格差社会問題に関する拙著2編(コメント付)SAM NEWS誌 Winter, 2006 Spring, 2007」

 ちなみに、いま気づいたことですが、このSAMという組織の恰好のPR資料がありますので、クリックしてみてください。かの米大統領ジョンF.ケネディが1963年9月のSAM米国本部創立80周年に寄せたメッセージをあしらったものがあります。「SAM入会のご案内」の裏表紙をご覧ください。


 と、脱線してゴメンなさい。その後編末尾に書いていることは、「『勝ち組・負け組』といった好ましくない表現が横行する背景には、過去半世紀に及んで定着してきた『一億総中流化意識』が崩壊した結果とみます…」(中略)「格差社会を嘆く前に、『分相応』の生活に甘んじて自分らしく生きる選択肢があって…」(中略)「モノ中心からココロ重視へのシフトが求められています…」と。「僕ん家は貧乏だから…と割り切ることも必要だ、普通車のマイカーから軽自動車へ、さらにはバイクへ自転車へ、健康のためには歩け歩けもイイだろう…」等々、歯に衣着せぬことを書いています。
 

以上、大胆な発言をしましたが、反論ある方はどうかメールを寄こしてください。でも、その前に、上掲の拙著は必ず読んだ上のことにしてください!!!                         
(2008年7月23日記)


14.「漁業者のストライキをみて思うこと 
           トラック運送業者にはそんなことができない理由」



 今から15,6年前の前職トラック運送事業経営者時代のことでした。全日本トラック協会で、運賃値上げのストライキをやったら!?  といった声が飛び出たことがあります。地方のトラック協会でもある素朴な心情ではあるかもしれません。トラック運賃は荷主企業の立場にあって、トラックしか選択肢の無い物流手段を前にした、止むなき「運賃交渉の発生」です。ために、トコトン話し合いが生じます。採算が合わないからと手を引けば、別の業者でより競争力のある運賃コストを持つ業者に敗北します。ストなんて手段は従って、全く機能しません。
 

 一方、タクシーの場合は、「移動手段」は歩く・自転車・バス・電車・タクシー・自家用車等々と様々です。ために、タクシー利用者はその利便性を買う形でそれを選ぶのです。利用者にとっては、運賃も従って、納得の上、双方が問答無用の利用選択です。ストを打ってまで運賃を確保する必要は全く無いのです。地域全体の全車両がストをすると「仮定」しても、別の移動手段があることから、全くもってストの価値はありません。ですから、タクシー業界は(も)、そんなバカな真似はしません。


 さて、漁業者のストライキをみて感じることがあるのです。日本ではトラック運送業者がストライキする光景は全く見られません。ところが、同じトラック運送業者でも外国では珍しく無いのです!!! 毎朝のストレッチング体操中に観ることにしているCNNテレビが一時期、よく放映していました。スペインや英国でのトラック業者のストライキです。高速道路などで長蛇の列を作って抗議する風景です。かの、燃料暴騰の煽りを受けて経営が成り立たなくなった業者のアピールです。


 レポーターが英語で報じるのが、「Independent truckers」(独立運送業者)です。別名はOwner Operators(個人トラック業者)、Independent contractors(独立請負契約業者)です。かれらの存在が日本と大きく変わる現象です。「個人事業者」であるということが、漁業者と共通するのです! 漁業者は文字通り「一匹オオカミ的漁船個人事業者」であるからです。


 わが国トラック運送業界にも「欧米物流先進諸国」の後追いをして、「個人トラック業者」を認めよ!と声高に提唱するのがかくいうヨシダです。折しも、業界は燃料費の暴騰で深刻な局面に立たされています。6万2千社に及ぶこの業界にあって、人件費や一般管理費を含む「運送コスト」は千差万別です。だから、最低ラインの運賃と称せられる基準が見出せないのが実態です。
 ちなみに、スペンにおけるトラック運送事業者の「1社当たり保有台数規模」は、なんと1.5台。オリンピック発祥の国・ギリシャは1.0台、つまり、全トラックが個人事業者である、という事実です。エッ!? 日本は? という声が聞こえてきそうです。私が前職時代の15年前は20数台、現在では13台程度に零細化しています。それでも、一社当たり保有台数規模は世界一デス! ついでのことですが、米国は5.7台です。大事なことは、欧米物流先進諸国では個人トラック業者が主流ですので、彼(女)らが拒否する運賃は市場に通じません。そこが日本との大きな差異です!


 個トラ(「個人事業者」の業界用語)を提唱する私の「名言」を披露します。「個トラが断(コト)わることで、運賃底入れを招来する」と。これって、案外と業者は自覚していないのですよ! 個トラ制度で自社に都合の悪いことばかりに気を取られて、その利点に気付いていないのです。イヤハヤです。駄洒落の弁で失礼しました。
                                              (2008年7月22日記)


 
13.「人間が経済活動を行う以上、バブル発生・崩壊は不可避で、
               中央銀行はこれを阻止できず、今後も繰り返されるだろう」



 前々項bP1の続きです。標記の言葉はグリーンスバン前米連邦準備理事会(FRB)議長や、イングランド銀行のキング総裁が述懐した言葉だそうです。日本経済新聞の記事で見たものです。極めて痛烈かつ、生々しい発言だと思いませんか!? かの米国の「サブプライム問題」が発生したときに、私は自分自身の勉強不足を恥ました。つまり、当時の米国の異常なまでの「住宅ブーム」とそれによる景気拡大の内情把握不足でした。これまた勉強不足を承知の上の発言ですが、当時のマスコミはその実態(サブプライム・ローンの実態)をほとんど報じていませんでした。そのことを知らなかったのは、私だけ!!?? 今にして私は思いました。あのグリーンスバン議長をして、何故手が打てなかったのか!? という素朴な疑問でした。


 この日経に見つけた言葉で合点!というのが私の気持ちです。考えてみたら、同じことが人間生活習慣についても言えるでしょう。「そんなに大酒を飲んだり、大タバコを吸ったりしたら健康を害しますよ」と忠告されても、実際に健康を害して、ドクター・ストップが掛って初めて「断念」するのが人間の性です。中途半端な助言で止めたとし、健康に何ら障害が発生しなかったら、「あん畜生、こんなことなら酒・たばこを止めるんじゃあなかったのに、惜しいことした!」と、恨まれるのがオチです。(笑い)


 人間(人類)って、全ての面で行きつくところまで行かないと、ストップが効かない動物だなあ…、としみじみ思います。被爆者の立場でこんなことを言ったら不見識かも知れませんが、核拡散問題ひとつを取り上げても、半世紀以上も前に起こったヒロシマ・ナガサキの悲劇は風化して、その核爆発の脅威に不感症になっている感じです。


 恐ろしい架空の話ですが、インド・パキスタンの核戦争が発生して、その汚染が地球上に及んで初めて人類は核廃絶に本気になるのではないだろうか!? とまで思うことがあるのです。極めて不見識な発言は承知の上の架空の話です。念のため!!


 広島大学履修生として英語を学ぶ過程で、ある日本人教授の弁に共感しました。同教授は「地球規模の環境大汚染こそが人類をして、本気に核戦争を回避し、世界平和への道を模索することにつながるだろう…」といった趣旨のことを話されています。人間って、トコトンぶち当たって、ニッチもサッチもならなくなって初めて気付き、方向転換するものだな、と痛感します。もっとも、その時は、莫大な犠牲を払って…、ということは必至ではありますが…。でも、考えさせられる人間の性ではあります。
                                         (2008年7月21日記)



12.「格差はつくられた」(ポール・クルーマン著 原題:The Conscience of a Liberal)  

                                
 おりしも、7月20日付のSunday Nikkei 紙面に標題書籍が紹介されているのに目がとまりました。同紙編集委員の実 哲也さんのコメントから抜粋して私見を述べてみます。本書を購入して読むほどの時間も関心も持ち合わせないことから、この場を借りて…。


 「世の通説に幾度も異を唱えてきた著者がまたも刺激的な書物を世に出した」とあることから、筆者は余ほどの少数意見者かもしれません。「技術革新やグローバル化の波が、高い技術力を持った人とそうでない人の間の所得格差を広げている」という見方が主流であることを著者は否定しているそうです。


 米国における著しい格差の原因を労働組合の弱体化や政治の「右シフト」に根本原因がある、と説く筆者だそうですが、格差拡大の犯人と見る「保守派ムーブメント」への憤りを隠さない著者とも。著者は米国の草の根民主党員の間では高い人気を誇ることから、民主党の大統領候補であるオバマ氏に対するメッセージとも取れる面が否定できない等々、と編集委員の弁。


 さて、世界的にみてもっとも格差の高いのが米国だとすればですが、その原因を私は、ど素人の分際ですが、米国は世界一の移民受け入れ国であることから、「グローバリゼーション」という名の「平均化・フラット化」をどの国よりも多く、強く「内蔵」していると思うのです。つまり、超低賃金の外国人移民を拒否する何処やらの国(ニッポンです!)とはドダイ、開放的なお国柄です。それだけに、国の内外に及ぶグローバリゼーションの矢表に立たされていると言えるでしょう。逆に言えば、日本がこれから乗り越えて行かねばならないバリアを、米国は早々と体験して免疫性を確保しているという分析も可能です。どちらが将来のグローバル化に適切に対応できるかは、容易に想像できるのではないか、というのが私の分析ではあるのです。ちなみに、原題を直訳すると「自由主義の咎め」or「自由主義の困惑」??
                                               
(2008年7月20日記)


11.「格差社会ケシカラン論議」で思うこと 
         国際間では格差は縮小し、国(民)単位では格差は拡大する!」


 寄ると触ると「格差社会ケシカラン論議」が盛んです。
不毛の論議だと言えば、袋叩きに逢いそうですが、どだい、グローバリゼーションという厄介な地球地下のマグマみたいな巨大なエネルギーの動きに対してはどうしょうも無いのが現状だと観ます。関連する拙著2編がありますので、ぜひともクリックして読んでみてくださいませんか? 批評も喜んでお受けします。長文のタイトルで恐縮ですが、題して、
  「『(所得)格差社会』は『想定内』 政治は『さもしい論議を』をやめるべき?」と
  「グローバリゼーションは国家間に『平均化・フラット化』を誘発し、国単位では『格差拡大』を生む」
がそれです。経済学を学んだ上のヨシダ経済論ではさらさらありません! 半世紀以上の経営者人生を歩んできた者が「感触・直観・直感」で到達した経済理論です(笑い)。
 これら2編の拙著をセットにして、その下部に、短いメッセージを配したものがありますので、ぜひともクリックしてみてくださいませんか!? 「格差社会問題に関する拙論2編セット&コメント」がそれです。


 ところで、ヨシダ流儀の弁で恐縮ですが、政治家も学者も経営者も国民も、どうしょうもないのがこの「格差解消」だとすれば…のことになります。酷な言い草ですが、「行き着くまで、行き着くところまで行かねばその解消は出来ない!」というです。環境問題も然り! 核問題も然り!デス。折しも、符合する言葉に遭遇しました。日本経済新聞の記事に見つけた数行の文字です。それは
このサイトの次項bP2に書きます。  
                                                       
(2008年7月20日記)


10.「大前研一大先生吠える! “いい加減な教育再生懇談会は、
           このまま審議を続けても何の意味もない。さっさと解散すべきである!”」


 私にとって、ドキッとする大前研一先生のこの言葉です。週刊ポスト誌(2008.7.11号)の「ビジネス大陸の歩き方」に書かれた同先生のエッセーは題して「教育再生懇談会の提言『小中学生の携帯電話規制』は教育者の責任放棄」です。


 「教育再生懇談会」と言えば、本サイトbWで紹介している「小学校英語教育導入提言」の懇談会です。メンバーの方々のご芳名も記しています。まさか、(私にとって)肝心の小学校英語教育問題も反対か!? と、目を皿のようにして2ページの活字を読み(見)ました。ホッとしたのです! 携帯電話問題だけでした! やれやれ、って感じです。同先生の英語力は無論のこと、ネイティヴ以上の御大です。その大先生が「小学校英語教育反対論」を書かれたらどうしょう!というのが私のホンネでした。


 ヨシダ流の解釈ですが、同先生の次なる言葉をくだんの英語教育問題に当てはめたいのです。曰く、「今や携帯電話は『いつでも、どこでも、誰とでも』ネットワークでつながるユビキタス社会の必須ツールであり、日常生活やビジネスに不可欠なライフラインなのである。空気や水のように、というのがサイバー社会のユビキタス的特長とすれば、子供の頃から“筋トレ”をやっておくにこしたことはない。(中略)有害な面があるから小中学生には持たせないというのは言語道断、大人のエゴ以外の何物でもないと思う。」です!!! さて、このサイトの訪問者は小中学生の携帯電話問題と小学生英語教育問題をどのようにお考えでしょうか? ご意見をお寄せくだされば幸いです。
                                               (2008年7月4日記)



9.「小学校英語教育導入是非論議」 続々編 bR


 昨日付言した広島大学の米人教授からこの問題に関するメールを頂戴しました。懇切丁寧な長文のメールで喜んでいます。英語を教える米人教授からみた日本人大学生の英語に対する気持ちを箇条書きで簡単に(翻訳して)書いてみます。重ねてのことですが、課題は「小学校英語教育の是非論」です。
1.端的な答えはイエス、すなわち、私(吉田)が属するクラス(Intermidiate Conversation)の学生たち大多数  は賛成である。彼(女)らは英語を好んで専攻しているからだ。しかし、それが広大学生の大多数の英語に   対する姿勢とは限らない。
2.工学部の一学年学生では英語学習(Communication IA)を全く好まない傾向もあり、むろん、小学校にお   ける英語教育には関心すら示さない者がいる。
3.よって、言えることは、多くの学生は賛成し、多くの学生は反対し、多くの学生は分からないというのが想像  できる。
4.世界的かつ、言語学的見地から言えば、早くから(ゼロ歳から12歳)に複数言語を学んだ子供は、複数外   国語の学習をする能力を有する。この年代で二ヶ国語を学ぶことで自国語に悪い影響を及ぼす心配は無い  と言える。この傾向はヨーロッパは申すに及ばずマレーシャやフィリピンなどアジア諸国でも見られる。
5.しかし、日本におけるこの問題は英語漬けとかキャジュァル(普段着的)の英語でなく、「形式的」な内容にあ  る。早い時期におけるこうした形式的英語学習が問題。むしろ、ゲーム、映画、物語本など子供英語を話す   機会がもっとも大事。
6.等々だが、自信を持って言えることは、日本の小学校に英語教育を導入することには確実に利益があっても  、日本語そのものへの弊害は無いということ。
7.神経学上、肉体的かつ、感情的に子供はセコンド言語を学ぶことに充分備えている。しかし、頭脳の成熟期  である12歳頃になると、適応性とか柔軟性が劇的に減少し、結果として、簡単にセコンド言語を習得するこ  とができなくなる。しかも、不幸なことは、日本における英語教育がこの年代にあたる中学生から始まること  であって、加えて不幸なことは、その教育方法が興味に欠けた、形式的な内容で行われていること。そのこ  とが結果として、英語学習を長くて難しい、しかも台無しのものにしてしまっている。


 この貴重なコメントをくださった米人教授にはお礼のメールを差し上げることに先立って、このサイトへの書き込みを優先しました。同教授へはこのサイトを添えて返礼メールが出来るものと考えています。


 さて、7番目のコメントは決定的な回答と私は受けとめています。反対論者の弁を聴きたいものです。ところで、「工学部学生の英語アレルギー」が指摘されています。何とも、嘆かわしい!!! が私の存念です。かくいう私は家庭の都合で大学進学を断念して「職人人生」を選択しました。せざるを得なかった、のが実態でした。その私は英語だけは学卒者に負けないゾ〜!といった心境で独学しました。しかも、英語を駆使して米国から新技術を導入して、ひと儲けもしましたし、それを駆使して自営業化に成功し、二十歳代で全国を講演・実演行脚した青春時代を持ったのです!この辺りのことは「私のプロフィール」にも書いています。とりわけ、英語を駆使してモノにした新技術は操業百年以上のキャリアを持つ米国のArmstrong Manufacuring Companyhttp://www.armstrongblue.com/Default.htm(米国オレゴン州ポートランド市)との接点もあったのです。工学部の学生が英語嫌いでどうする!!! が「体験者」としての私の忠告です。  
                                              (2008年6月21日記)



8.本サイト「4.“日本の文化や歴史を学ばずして英語を習う必要はない”!!?? 
             とんでもない!」の続編デス!


 去る5月28日付で書いた「小学校英語教育反対論者に対する私の意見」の続編です。近日中に「Logitant Web Site」で発表する、と書きながら、その時間がないまま現在に至りつつも、このところ、手もとに入るメルマガに、やたらと次から次に「反対論者の弁」が書かれていて、気になって仕方がありません。ちなみに、反対論者の全ては私みたいな後期高齢者の方々です。


 たまたまのことですが、今日は広島大学履修生として英語のクラスを受講しました。殆どが女学生さんのクラスに交ってのあるテーマに対する討論でしたが、手当たり次第に学生さんたちに(英語で)尋ねました。「小学校からの英語教育に賛成ですか、反対ですか?」と。即座にI am for it!(賛成です)と跳ね返ってきたのです!「ここに居る学生さんたちもマジョリティーがそうだと思いますか?」の質問に、これまた、躊躇なく、イエス!と。そこで、思いついて、担当の米人教授にメールで問い合わせしました。まだ返事を受けていませんが、逸る心を抑えながらこの文章を書いているのです。


 反対論者の弁をファイルにコピーしているのが私ですが、それへの反論を用意するためです。しかし、ここにきて、ホンキで反対への反論をすることがあほらしくなってきた感じです。なぜならば、反対論者の多くは若者でなく、お年寄り連中である、という事実があるからです。つまり、英語を「敵国語」として教えられてきた時代の人たちが多くあるからです。もっと皮肉な見方をすれば、「古き良き時代」、つまり、日本民族に対する深い思い入れや格別の高い自尊心を抱く世代やセクトの方々と見受けるのです。「自信を持って日本語でやればイイ!」といった印象を受けるコメントが見受けられるのです。


 ここにきて、もう少し、若い人たちの意見を収集することが肝要だ、と言いたいです。ちなみに、前回書いた「政府の教育再生懇談会」のメンバーをインタネットで確認しましたので、下記に記しましょう。

                     教育再生懇談会 名簿(敬称略)
               赤田 英博  社団法人日本PTA全国協議会会長
               安西祐一郎  慶応義塾長(教育再生懇談会座長)
               池田 守男  株式会社資生堂相談役
               小川 正人  東京大学大学院教育学研究科教授
               木場 弘子  キャスター、千葉大学特命教授
               篠原 文也  ジャーナリスト
               田村 哲夫  学校法人渋谷教育学園理事長
               野依 良治  独立法人理化学研究所理事長
               若月 秀夫  東京都品川区教育委員会教育長
 

 論議の被対象者であるべき小学生たちとその親を代表するPTAのトップをはじめ、教育の専門家や経営者さらにはジャーナリスト等々といった各界各層のご人物が慎重協議の結果出されたものです。官僚主導では決してありません。民主導です。とすれば…、と言いたいのですが、止めておきましょう。ただ一つだけ、グローバリゼーション時代のおける日本(人)としてもっと相応しい「世界観」をもって、この問題に取り組むことが肝要ではないかと思います。と、生意気な発言を臆せずしますが、ファースト・ネームが「ゆうき」ですので、勇気を持って発言します。遠慮なくご意見をお寄せください。


 そうだ、ひとつだけ付記しておきましょう。「英語の小学生教育反対論者」は、それを提言した上掲の懇談会座長宛に「抗議文」を提出されるべきです。もっともその場合、私が今まで手にした反対理由では、百に一つもの説得力は期待でき得ないとさえ言って憚りません。


 かくいう私はトラック運送業界の規制緩和問題で、実に多くの組織・団体・関係者宛に「直訴状」を提出したものです。その結果は、「私のプロフィール」で書いている「トラック運送事業における規制緩和提言活動」に記した下記の組織団体が私の提言を踏まえ(同調して)政府に提出したのです。もっとも、私の場合は、「自説を訴えた結果(各カッコ内は各機関が政府に提出した年月日)」でして、今回の小学生英語教育問題は「抗議文」ということになるでしょう。……と、大変に生意気な発言で失礼しました!

★行政改革推進本部・作業部会( 6年 5月)
★公正取引委員会「政府規制等と競争政策研究会」( 6年 8月)
★経済企画庁「楽市楽座研究会」( 6年10月)
★経済同友会( 6年11月)
★行革委規制緩和小委員会( 7年 7月〜12月)
★財団法人大阪工業会( 8年 5月)
★経済審議会( 8年12月)
★政府「景気対策要綱(素案)」( 9年10月)
★経済審議会経済主体役割部会/経済構造改革W.G.( 9年11月)
                                              (2008年6月20日記)



7.俺って、案外と「先見の明」あり!? デフレ終焉は未だ! スタグフレーションの再来!


 人をを学問として学んだことのない私ですが、60余年に及ぶ経営者人生を歩んできている立場にあって、案外と「動物的な洞察力」を持っているな、と自画自賛(?)することがあるのです。

 
 ほかでもありません。「デフレ脱却宣言」がとやかくマスコミで書かれていた時分は、そうですね、ここ2,3年前からのこと。かくいう私は、早々と反論をしました。その最たるものが「デフレは終焉するのか!?」です。2006年7月の執筆です。端的に言って、今回のデフレが「南北平均化現象」、「グローバリゼーション」に起因することから、日本国内でちょっと消費者物価が上がっているからといって安易にデフレ脱却宣言なんてとんでもない!という趣旨でした。見事に(!?)的中しました。

 
 一方、「スタグフレーションの再来か!?」という警告を発したのは、私が支部長を務めるSAM日本チャプター広島支部の「2008年4月定例会案内状」の巻頭文です。「…スタグフレーションの再来と言ったら思い過ごしでしょうか。…」がそれです。1970年代に日本を襲ったこのスタグフレーションですが、忘れ去られた経済言葉を他の経済人に先駆けて使ったことにある種の自負を抱きます。折しも、昨日6月8日号の日本経済新聞がトップ記事で報じています。「日米中印韓 原油高に強い懸念」がそれ。いわく、「原油・食料高が進み、世界経済は物価上昇と景気停滞が同時に進むスタグフレーションへの懸念が強まっている」と。スタグフレーションとは、景気停滞で失業が高水準に達する状態を示す「スタグネーション」と、物価高騰を表す「インフレーション」の合成語です。


 経済新聞の王たる日本経済新聞がそれを報じたことに深い意味があると思います。ちなみに、同紙の「大機小機」がかなり以前のことですが、書いていました。「実感無き景気回復とデフレ継続は、コインの裏表」と。言い当てて妙なるものと、当時から自分のモノとして引用してきています。

 
 目先の技術革新とか新商品の開発だとかで、有頂天になることは悪いことではありませんが、一方でグローバリゼーション時代における「地下のマグマの如き巨大なうねり」がスタグフレーションを誘発することは容易に想像できる、という心構えが大事だ、と私は主張します。心して処したいものです。
                                                (2008年6月9日記)



6.わかった! トラックドライバー教育が充分に出来ない理由が!


 この一文は(も)何時かは「Logitant Website Reports」でオープンすることを考えているものですが、思い立ったらじっとしておれない性格。思いつくままに書いてみます。遠慮なくご意見をお寄せください。


 トラックドライバー教育は最重要課題であるにも関わらず、案外と出来ていないのが実態です。優秀なドライバーを擁しておれば、荷主信用もバツグンで、保険料も「最高優良割引(75%レス!)」という大きな成果がありながら、意外や、充分に実践されているとは思えないのが「ドライバー教育」です。


 ドライバー教育には一家言も二家言も自負している私です。直近の拙著資料で「47年間で到達した私の『安全運転(教育)哲学』 3つの類似キーワード」というのがあります。このことは置いといて、の話ですが、最近、あることに出くわしました。各地のクライアント営業所における私のドライバーを対象にしたレクチャーが「休憩抜きの正味2時間」に及ぶということを聞かれたある大会社の社長さんが言われました。「吉田センセイ、2時間も!といって、それってどんな話をされるのですか?そんなに沢山のネタがあるのですか? それって、何ですか!?」と。実は、同じ質問をある雑誌記者が取材に来られた時に尋ねられました。このお二人の異句同音の「ドライバー教育観」とは、「道路交通法の勉強こそが唯一の教育では?」とした考えです! つまり、ドライバー教育といったら、道路交通法の勉強だけ、それしか無いのでは? という概念です。そうした言葉を耳にした私は、思わず「アッ!! これだ! こんなことだから、本物のドライバー教育が実践されていないのだ!」ということでした。


 つまり、ドライバー教育が「道路交通法」だけだとしたら、このくらい単純で変化の無いものはない、ということです。変わり映えのない道交法の条文をクドクド教えることは、教える側も、聴かされるドライバー側も、このくらい退屈なものは無いだろう、という概念です。こうした企業労使共通の考え方があることから、ドライバー教育の場をあえて設けない、設け難い、設けても変わり映えが全く無いとする考え方がある、と観るのですが…。ドライバー教育は道交法学習にある、とすれば、国家試験を通ったドライバーである以上、放っておいても、そのくらいは守ってくれるだろう、事故が起きたら運が悪かった、と諦めるしか無い、といったヘンな信頼感と言ったら皮肉でしょうか? さて、このサイトのビジターはどう思われるでしょうか?


 ドライバー研修で私が発する第一声は、「この吉田は、プロの皆さんを前にして、偉そうに道路交通法や運転技術そのものを教える気は毛頭ない! たかが自家用車の運転体験しかない者が総重量20トンの大型トラックの運転ノウハウを語る資格は無い。しかし、安全運転に大事なことは、運転技術(how to drive well ⇒skill)よりも善良なドライバーになること(how to be a good driver⇒will)のほうがもっと大事だ。すなわち、それは人間性向上であり、社会人としての自己研修だ、そのお手伝い役割を果たすのが満76歳の豊かな人生体験を得てきている私の役割だ!」と明言しているのです。それがためには、無限の教育材料がある、というのが私の持論です。日々の新聞やテレビ報道からも教育ネタが得られるのです。広島県が云々でなく、日本の云々から世界すなわち、グローバルな視点に立った語りこそがドライバー教育に求められている!と確信するのです。と、こんなことを話しましたら、前出のお二人がこれまた異句同音に「目からウロコが落ちる想いです!」と。これって、ホントの話デス!


 と、このように考えてくると、さすがにそうした視点に立った教育手法がとれるには、ある程度の年齢すなわち、人生体験が求められます。エリートと言われる人物といえども、年配者を相手にしたそのような話題や手法には限界があるでしょう。喜寿を直前にしたそれは私みたいな年配者であり、人生体験を豊富にした者のみに期待されることかもしれません。と、なんだか自画自賛の弁になりましたが、事故が防止できない現実を前にした、それは厳然たるドライバー教育の「盲点」であるかもしれません。このテーマで本格的なものを書いてみます。                                             (2008年6月4日記)



5.タクシー業界とトラック運送業界を比べて思うこと…


 ちょっと勇気のいることを書いてみます。ファースト・ネームが“ユウキ(ゆうき)”だから、ここは一番、ユウキを持って!です。タクシー業界は「最低車両数規制の緩和・増車の自由化」といった規制緩和を受けて、われ先にと「増車」に走りました。経営者側の「総売上増期待」のほか、何ものもありません!その結果は、ご存知のとおり、「1台当たりの売上減少」です。 と、この時点では、経営者側のホンネといえば、ドライバーの手取り賃金はさて置いて、「総売上増」を狙ってのことだと喝破します。歩合給が定着しているこの業界では、稼働タクシー台数が増えれば、「運転手一人当たりの収入減」は分かり切ったことです。そこで、経営者側は主張し始めました。“ドライバーの賃金が減収になり、(モラルの低下?)で安全運転が保障できないから、運賃値上げを!”です。事実、運賃値上げをこの業界は「勝ち取り」ました。イヤハヤ!!!…というのがトラック運送業界で育った私の率直な感想です。


 そんな折、日本経済新聞の記事「タクシー離れ、全国に拡大 景気足踏み感、値上げで敬遠(5月31日)」が目にとまりました。タクシーの客離れが全国に広がり始めたのです。運賃引き上げに最近の節約志向が重なり、タクシー利用を敬遠する傾向が強まっているのです。当然、トウゼンです!蛇足の弁ですが、昨今の燃料費の暴騰を受けて、マイカー族の生活防衛の姿勢も明らかです。日本経済新聞がトップで報じています。「郵便事業会社 全車両を電気自動車に 2万1千台を順次 原油高に対応」と。さらに、「郵便局に充電所 一般の利用も検討」とも。
 

 さて、こうしたタクシー業界の動向に比べて、トラック運送業界では…、と書き進む前に、タクシー業界のことでちょっと触れておくことが大事と心得ます。それはドライバーの皆さんの「職業観」についてです。東京にしょっちゅう出張する機会を持っている私は、都内のタクシーに乗る度に「取材」をすることにしています。タクシードライバーの皆さんの職業観をウォッチングしているのです。結論を言いますと、多くのドライバーさんたちは、今回のこうした経営者側の姿勢に批判的です。
 まず第一に、多くのタクシードライバーさんたちは、子供の教育費やマイホームの借入返済という大きな経済負担を背負っていないセクトの人たちと見受けます。つまり、夫婦共稼ぎとか、定年後の恰好の小遣い稼ぎとしての職業である…、といった按配です。私が取材して彼(女)らと語って共感を得ることは、タクシードライバーは「ゼッタイに失業しない職業だ!」ということです。ほどほどの収入で満足する気なら、結構悪く・1[に乗る度に「取材」をすることにしています。タクシードライバーの皆さんの職業観をウォッチングしているのです。結論を言いますと、多くのドライバーさんたちは、今回のこうした経営者側の姿勢に批判的です。
 まず第一に、多くのタクシードライバーさんたちは、子供の教育費やマイホームの借入返済という大きな経済負担を背負っていないセクトの人たちと見受けます。つまり、夫婦共稼ぎとか、定年後の恰好の小遣い稼ぎとしての職業である…、といった按配です。私が取材して彼(女)らと語って共感を得ることは、タクシードライバーは「ゼッタイに失業しない職業だ!」ということです。ほどほどの収入で満足する気なら、結構悪く・1[に乗る度に「取材」をすることにしています。タクシードライバーの皆さんの職業観をウォッチングしているのです。結論を言いますと、多くのドライバーさんたちは、今回のこうした経営者側の姿勢に批判的です。
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