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YUUKI YOSHIDA;A-bomb Survivor Testimony Speaker-Writer & Healthy-Sound Life Adviser

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Greeting(ごあいさつ)
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  2011年12日26日撮影 
      満80歳2か月

謹啓
時下ますますご清祥のことと存じ、お喜び申し上げます。ご多忙の中、私のウェブサイトをご訪問いただき有り難うございます。此処フィリピンからこのウェブサイトを通して、謹んでご挨拶を申し上げます。

さて、この手づくりウェブサイトを開設したのは2001年3月6日、私の第3人生「株式会社ロジタント代表取締役(総合物流・経営コンサルタント)」が始まった1993年10月から8年経った時のことでした。今から17年前の同社設立時代はインタネットやEメールはありませんでした。ほかでもありません、同社設立直後は1993年10月に1か月間の単身米国トラック業界視察取材旅行に行ったのですが、取材中に出合って交換し持ち帰った名刺は150枚(人)。EメールアドレスやURLを名刺に書きこんだ人は皆無でした。

日本でもでしたが、当時の名刺のステータス的な表示は通信手段最先端のファクシミリ番号の記載でした。インタネットやEメールが普及し始めたのはその直後か、数年後のことで、名刺へのその記載は時代の先端をゆく経営者のシンボル的表示でした。

14年間の人生第一毛作を職人自営業でスタートし、縁あってトラック運送事業経営に転身した人生第二毛作では32年間を過ごし、その後の人生第三毛作を単身の経営コンサルタントとして生きてきた当時の私でした。設立時にはカッコよさに拘り、広島市内中央部に本社を構えました。東広島市の自宅から30キロをガソリンを燃やしての長い通勤時間というロスを承知のうえでした。

当時より、業界紙(誌)に大量の寄稿論文を執筆していたことから、当時最先端のワープロをいち早く導入して執筆し、フロッピーを編集部に郵送したものでした。多くの執筆者の中で、私が唯一のフロッピー寄稿者で重宝がられたものでした。

間もなく、当時としては早くからパソコンを導入、というよりも購入して備えました。ホームページという重宝な宣伝手段が一世を風靡する気配があった時代です。しばらくの間はほこりをかぶっていました。当時のワープロはオアシスでして、パソコンにも同じオアシスをインプットして備えていました。

ある日、そのワープロが故障しました。修理に数日間を要することから、意を決してパソコンに切り替えたのです。もし、パソコンを備えていなかったら、ワープロを修理して使っていたでしょう。その分、パソコンへのシフトが遅れていただろうとは、現在にして痛切に感じます。

実にタイムリーなパソコンへ導入への転機にしました。ホームページという便利なものが世に広がり始めたのはその当時からです。時を同じくして、電子メールが普及し始めました。くだんの寄稿論文の投稿がフロッピー郵送から電子メールにシフトしたのは当然でした。原稿締め切り日が他の執筆者より10日間の遅れがあってもOKという恩恵に浴したものでした。

一世を風靡し始めたインタネット&電子メール時代を目の当たりにして決心したのが、くだんのSOHO(Small Office Home Office:小さいオフィス・家庭オフィス)ってヤツでした。家賃も高く通勤費や時間もかかる30キロ行程の広島市内オフィスから自宅オフィスへの切り替えをやってのけました。

インタネット&電子メール時代にあって、ましてや当時の私みたいに経営コンサルタントという立場でクライアント企業へ出向する立場であれば、事務所は何処でもイイし、情報発信は何処からでもできる、という新時代への認識でした。当然のこととして発想したことはホームページという便利な自己宣伝と情報発信手段でした。

友人の手助けを得ながらIBMのホームページ・ビルダーを購入してヨチヨチ歩きの手づくりウェブサイトの作成を開始してURLを立ち上げたのが2003年3月6日でした。当時のトップページも「トップページ記録」に収録していますので、イイ記録になっています。

ウェブサイトへの掲載情報や資料は当時から無限にありました。新聞・雑誌等への寄稿論文の原稿やスキャナーの掲載です。数百件もある膨大な量の拙著資料の掲載は現在にいたって継続しています。単行本に収録したら、かれこれ10冊相当になるでしょう。考えてみると、私みたいな者こそがもっともウェブサイトを重宝がると言えるでしょう。

此処フィリピンで始めたわが人生第四毛作に入ってからは、今までとは全く新しく変わった視点からの執筆活動をしています。数年前に自分史として一旦は書き終えていた「いきいき ハツラツ わが人生は三毛作~人生四毛作への助走が始まった~」と題する200数十ページものの原稿があるのですが、此処フィリピンに移住して間もなく、ある米国人の進言で同原稿の英訳と引き続きつつあるわが人生四毛作を加筆しながら書き進んでいます。改題して「A-bomb and Me(原爆と私)」がそれです。すでに英訳は200ページを突破しています。

と、まあ、ご挨拶にしては型破りなものになりましたが、満78歳半の身にあって、このウェブサイトは文字通り「自分史」的な存在です。どうか、時折の本サイトへのご訪問をお願いしてやみません。私のプロフィール詳細に関しては「Profile(プロフィール)」(日英語)に詳細に記載しています。

なお、此処フィリピンに移住して16か月間が経った現在ですが、日々、この国と人たちに対する予想以上の熱い想いに駆り立てられつつある自分を意識しています。通算333年間に及んだスペインとアメリカ植民地体験を得て構築したと考えられるフィリピンという国とその人たちの欧米文化導入が実にモダンで明るい雰囲気を醸していることに不思議さを感じます。カトリック教徒が総人口の85パーセント、英語が第二国語となっていることからか、日本人に比べて、現代感覚やモダンさは一歩もひけをとりません。かれらの「経済的には貧しくとも、心豊かな生き様」は人類全体に対するモデル足り得るとも思えます。

ご挨拶の末尾にこんなことに言及することをあえて辞さぬ私ですが、フィリピンのひとたちの国民性の良さを表わす二つの国際比較率をお知らせしてご挨拶にかえます。ひとつは、「自殺率の国際比較」です。103カ国集計でフィリピンの自殺率は第87位。対する日本は第6位(先進諸国で第1位)。ふたつは、「交通事故死亡率(人口10万人当たりの交通事故死者数)」です。44カ国集計でフィリピンは最低の第44位。対する日本は29位。「事故率(自動車一億台キロメートル当たりの事故件数)」に至っては、27カ国集計でフィリピンは集計外。対する日本は5位です。こうした数字が何を物語るかはご想像にお任せします。

今後とも、このウェブサイトを通してフィリピンという国とその人たちの紹介をしていく所存です。どうか、時折のご訪問を期待してやみません。なお、本サイトでは、「週刊メッセージ(旧称はscrolling messageとして流れる文字でしたが、編集上の都合で現在の固定型にしました)」を毎週月曜日に日英語で掲載しています。また、毎月6日(原爆8月6日に因んだもの)に「フィリピン発メルマガ」を発信しています。特別号を含めて、現在に至り第33信を記録しています。受信ご希望の方はご一報ください。                         
                                                         敬白
(注)
各サイトの上下段に記載している「ボタン」の表示が英語になっており、かつ、一部のボタン名称が実際サイトと異なるものがあります。去る2009年2月以降のフィリピン移住を期して本サイトの国際化に踏み切った関係による英語表示としました。ウェブサイト編集技術が未熟なこともあって、カーソルを置くと日英語表示が出るように出来ません。加えて、一旦、ボタン名を決めてリンク貼りをした時点で、その名称変更がリンク全体に影響して作業が混乱することから、やむなく現状のままにしています。ご寛容のほどお願いします。(執筆編集長)  

                         2010年7月5日

                            吉田祐起
               (原爆生存証言執筆者/健康。生きがいづくりアドバイザー)
                               
yoshida.yuuki@a-bombsurvivor.com

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