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                             吉田祐起の最新プロフィール
                        http://www.a-bombsurvivor.com/yoshidaphoto.jpg
ちょっと、
型破りな「プロフィール」を思い立ちました。ほかでもありません、満84歳を過ぎた身で、なかんずく、自称「人生第一毛作」からスタートして「第二、第三毛作」の通算60余年間に及ぶ経営人生を終えての上に、フィリピンを終の棲家と定めて2009年2月に移住し、厚かましくも「人生第四毛作」と称して生きてきている身です。ひと口に「プロフィール」と言っても些か戸惑うほどの中身と自負します。

いろいろと考えた末に、こんなことを考え付きました。折角執筆してきている「自分史」があることから、前述第一、第二、第三毛作の中身をお伝えする格好の資料足り得るものとして、執筆済み&予定項目を列記することで、格好のスペースをあまりとらない「吉田祐起のプロフィール」を考え付きました。

以下の「自分史目次」をもって既発表の「吉田祐起のプロフィール」として掲載することにし、フィリピンに移住してからのプロフィールはその都度、書き増しすることで異例とも言える長文のプロフィールを簡潔に、とすることを思いつきました。ご多忙の方は、項目だけを、または、ご興味のある箇所だけでもクリックして中身を・・・とでもしてくだされば望外の幸せです。
                   2015年11月15日
                         吉田祐起

                    いきいき ハツラツ わが人生は四毛作!                                       (目 次)
まえがき 

1章 逆境をバネにした生い立ち
  ①生後十カ月で病魔(ポリオ)に襲われる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ②母の背中で教わったこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ③学徒動員勤務先の広島電鉄本社で被爆、九死に一生を得る・・・・・・・・・・・・・・
  ④棒切れを杖にわが家を目指す廃墟の中 姉に遭遇抱き合って喜び合う・・・・・・
  ⑤母は疎開中の弟を迎えに広島を離れて難を逃れる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑥行方不明の姉と末弟発見!終戦勅語・末弟の放射線被曝死・・・・・・・・・・・・・・

2章 人生第一毛作は技術屋自営業人生 発明・新技術導入で脱サラ・個人事業経営
 ①  疎開先から広島市内へ戻り新生活が始まる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ②義兄経営の製材所で手伝い中の父が労災死・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ③製材所の「目立師」として職人サラリーマンのスタート点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
  ④定時制高校の思い出・「英語弁論大会」で優勝・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑤英語学習が招いた良き青春時代・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑥英語力を駆使して米国から二つの新技術導入に成功・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 ⑦脱サラ・個人事業開始 実用新案取得商品化・新技術指導・商品販売で全国講習行脚
  ⑧米国の業界誌に紹介・逆輸入されて北海道大学教授が見学に・・・・・・・・・・・・・・
 ⑨米人ポリオ女性との文通・地元新聞が取り持つ縁・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑩十数年間続いた英語の家庭教師活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑪「人生第一毛作」を振り返って思うこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ⑫結婚 それが招来した人生転換・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑬妻の養父死去で家業身売り話・請われて事業継承を決断 ・・・・・・・・・・・・・・・・

3章  人生第二毛作はトラック運送事業経営者人生
 ①トラック運送業(個人)の事業継承への決断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ②二度の労組つぶし体験・三度目の労組で「近代的な労使関係」へ脱皮・・・・・・・
 ③優良申告法人連続4期・通算二十年間記録達成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ④分社化・M&Aで多角化経営戦略/グループ七社の「総合物流商社」体制確立
 ⑤手掛けた事業の思い出 失敗談あれこれ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑥ライオンズクラブにおける奉仕活動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑦ディスロージャー(会社内容の開示)が生んだ功罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ⑧倍額増資への配慮が招来した生臭いドキュメント・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
 ⑨旧・創業者一族関係者の「同族支配・私物化意識」の台頭
   わが人生で最大の出来事 熟年離婚・・・・・・・・・・・・・・
 ⑩『得るは捨つるにあり』 すべてを捨てて歩けるようになった!良き伴侶も得・・・・     
 ⑪三十二年間で育て上げた企業グループへの決別ドキュメント・・・・・・・・・・・・・・・・

4章 人生第三毛作の演出(前編)「総合物流・経営コンサルント」 
 ①新会社設立までのドキュメント(二話) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    (一話)新会社設立趣意書は小論文・社名は合成英語名・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (二話)新会社事務所は無理しても市内中央へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ②新会社の処女作活動は『個人トラック制度導入への提言』論文執筆前職時代の
   「個人トラック制度は是か非か」の肯定版・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ③退社挨拶状 新会社設立案内状 一週間の間を置いて延べ五千通発送・・・・・
  ④示談交渉妥結・会社設立登記完了!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑤渡米を前にした幾つかの準備 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑥米国三十三日間・オーナー・オペレター・ システム(個人トラック制度) 単身取材旅行体験記(十八話)
    (一話)渡米直後の情報収集はタクシー・オペレーター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   (二話)自動車メッカ・デトロイト市で得た最初の貴重な書籍・・・・・・・・・・・・・・・・
     (三話)五年前の訪米機中で知り合った米人と感激の再会・・・・・・・・・・・・・・・・
  (四話)ATAのシェーファーさんと再会・一人旅のスタート・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (五話)第一週のウィークエンドを効率よく過ごす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (六話)満六十二歳の誕生日をニューヨーク市で迎える・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (七話)『一九九三年ATA経営セミナー&展示会』(ATA年次大会)に参加
       二千人の人達との出会い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (八話)豊富な各種セミナー&講演会は情報の宝庫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  (九話)宴たけなわの晩餐会で学んだこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   (十話)最終日はコリン・パワウエル将軍の講演&ランチオンで探し求めて
       いた人物との出会い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    (十一話)ヴァージニアのSC&R協会でアン・アダム夫人死去の報に接す
    (十二話)チームスターズ・ユニオン本部へ乗り込む・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   (十三話)テネシー州のトラック・ストップで終日取材・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    (十四話)ダラス市でベンチャー経営者親子との出会い
         ケネディー大統領暗殺現場で始めて転んだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   (十五話)アリゾナ州フェニックスで従姉妹と三十年ぶりの再会・・・・・・・・・・・・
   (十六話)最終訪問地・ロサンゼルスを中心にカルフォルニア州南北縦断・・・
   (十八話)取材を兼ねたハワイ一週間家族バカンス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑦執筆活動開始・ワープロへ六十一歳からの挑戦 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑧パソコン導入で最先端・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑨あっという間に使い果たした資本金の一千万円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑩市内中心のサテライト・オフィスからSOHOへの転換・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑪個人トラック制度導入論文が巻き起こした「世論」の高まり!
     十数年間に及ぶ是非論議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ⑫満百二歳の天寿を全うした母・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ⑬初の単行本出版
  「トラックドライバー帝王学のすすめ~ザ・プロフェショナルズ〟への教科書~」・・
  ⑭経営顧問契約締結クライアントのこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     ⑮青春時代のエピソード:文芸社刊「初恋、初カレ、初カノジョ」の入選作品
    「人生の恩人 プラトニックラヴした永遠のカノジョ

5章 人生第三毛作の演出(後編) 広がってきた講演ジャンル 新たな役割
  ①社団法人広島県安全運転管理協議会「法定講習」の専任講師活動・・・・・・・・
  ②広島労働局主催「就職促進セミナー」講師活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ③SAM国際大会受賞晩餐会で英語のスピーチ九分間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ④十二年ぶり、三回目の訪米で抜け目なく「取材」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑤「雇用・能力開発機構広島センター」でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑥現代の若者たちに欠けているもの それは「人生の師」を演じる先輩・・・・
    ⑦「健康・生きがいづくりアドバイザー」としての役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑧私の健康法~小さな動機、大きな結実のドキュメント・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

6章 人生第四毛作への挑戦   
  ①「非計画的人生」を余儀なくした私が描く初めての
          「計画的人生:百歳以上を生きる」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     ②現役引退決意・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
     ③フィリピン移住への選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     
     ④自作自編集のウェブサイトを活用した執筆活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
    ⑤新コラム「私が選んだインタネット情報&ヨシダブログ」の活発化でウェブサイト
            執筆体系の大変化と生活パターンの大変化・・・・・・・・・・・・・・・・・       ⑥「自分史(日英語)のウェブサイト掲載・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑦単身自立生活を味わう(?)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ⑧ジャパン・タイムズ紙にでっかい記事が掲載!(2012.8.4.)
    "Atomic bomb survivor credits desire to learn for living 'four lives'
      「原爆生存者が目指す<人生四毛作>への強い学び人生」    
         同記事に日本語訳文(翻訳は被取材者ヨシダという異例さデス)
      ⑧フィリピン英字新聞「Calabarzon Breaking News の常設執筆者拝命
    初刊号に長文の拙著掲載(但し、初刊号で廃刊)
   ⑨一旦は選択肢としたフィリピン女性との結婚生活と破綻と
      奇しくもそのことが招来した次なるベストな最終人生選択肢・・・・・・・・・・・・・・・
     ⑩最終的に選択した「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」・・・・・・・・・・・・・・・        ⑪・・・・・まだまだ続くのがヨシダ自分史は人生第四毛作の物語です・・・
   ⑬    
   ⑭
   ⑮
あとがき

 ・・・と、以上が「吉田祐起のプロフィール」と相成ることになるでしょう。前述したように、実に型破りのプロフィール足り得ると自負します。