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               編集者のひと言ダイアリー・コナー
  ヨシダは「日誌」なるものは書く習慣を持っていませんでしたが、パソコンで気軽に書けることから、刻々とウェブサイト・トップ面に書き込むことを2015 年正月元旦から思い付きました。くだんの 「コラム:インタネット情報&ヨシダブログ」の冒頭に設けたのがその日、時々の数行のコメント。ひと目でその執筆時間帯が分かるように色分けまでする念の 入 れよう。何時もは記事検索で追 われることからそんな余裕は無かったのですが、新聞休刊日を契機にこんなことを思いついたものです。「ヨシダの数行ダイアリー」って按配のコーナーです。 幸いに、トップページは毎日コピーを記録していることから、2015年1月元旦からの実施とする次第です。もっとも、初期の段階では「ひと言」的に考えて いましたが、日々のコラム編集記事のリンクを貼ることから長文になっています・・・。日々、何をした・・・と自身が知るためです。
                    2015年1月1日

                

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2015.5.31.(日)
 ヨシダって凝り性でしょう!ご覧ください、「No.5485:円急落、ファンド主導 通貨当局に警戒感 」 を!!!! 本記事編集に要した時間は2時間!!! その理由は記事に登場される多くの人物の中からお二人の写真がどうしてもヒットしないからでした。意図的に出ないようになさっているのかな!? はプライ バシー云々に無頓着なブロガーの気持ちにほかありません。執念(?)って感じで要した「公平を期するための努力」にほかありません。でも、そのこと自体が 格好の話題(ブログ)足り得るものとニンマリです。ハイ、ヨシダ持ち前の前向き思考のなせるものとして至極満足してます。(10:35)
 直前号の記事と対する感じの記事。むろん、ヨシダ歓迎のもの、と言えばコミカルでしょうが、これってホンネです(笑)。「No.5486:日本株は、むごいことになる恐れがある 無理やり上昇した後、高まる「急落リスク」」がそれですが、果たして・・・。(11:30)
 足の不自由なヨシダの出来ないこと。それは健常者が楽しむウォーキング。第一次オイル ショックの時に、従業員に対する「省エネ」を問いかけた時のこと。自身はトランクの中に折りたたみ式自転車を忍ばせて、いたるところでそれを使ってデモン ストレーションしたものです。お陰で平素は観ることのできないものや事象を味わいました。熊の道鑑賞はグーグルで関連写真を追いながら楽しみました。生活 の知恵ってヤツですよね。「No.5487:「鹿ケ瀬峠の石畳」」にその辺りの想い出をもってブログしています。(13:05)
 最近になって感じることの一つに、部屋の温度のこと。クーラーを使って好みの27℃を保つのは過去のこと。現在では食事や洗濯、掃除等々、全てをお手伝 いさん任せ。ヨシダのすることは執筆活動一本ってことからですが、多少の汗をかくことの大事さを味わっています。クーラーオフで、ただ今32℃。後ろの水 冷風式ファンを回してですが、額に時おり汗ばむ程度。傍らに常時置いている濡れタオルで顔面を拭くときの心地よさ・・・といった変革です。新陳代謝をよく することにもなるし、とばかり、このような環境を意識的に味わい維持し、自らをそういった環境におくことの大事さを体感しつつあります。試行錯誤は進歩の 母・・・とカッコいいことを内心に秘めながら、きょうもヨシダは往くって感じです。何ごとも発想の転換が大事だと痛感する次第です。おっと、蛇足をひと つ。日中、ひと休みのひと時でも、ぼや~としては過ごしません。必ず両肩のストレッチングをしています。じっとしてテレビを見るよりはるかに健康的。本格 的なストレッチングは仕事を終えてからのこと。その時は27℃に保つことに意義を感じます。(13:25) 
 日付変更した後にヒットした記事をみてビックリ仰天!といった感じです。「No.5488:インテルも注目する自動運転車 文京区から世界へ」がそれですが、グーグルや自動車メーカーを横目に資本金5億年余の会社が既存自動車を改造して到達している自動運転自動車です。タクシーに2020年には導入するとは二重のオドロキです。(21:45)

2015.5.30.(土)
 フィリピンに来て内心思うことのひとつに、フィリピン人の貧富の差は日本人のそれとはまったく比較にならない、いう点です。「貧」に関して言えば、日本 の戦後間もない頃の庶民の生活ぶりと並べますが、悲壮感が無いのが不思議なほど、かれらは明るい雰囲気をもっています。他方、「富」の面では、日比の格差 は桁違いといった感じでフィリピン裕福層族が上って感じです。そういった社会構造差は戦後に日本がとった平等主義思想。対するフィリピンは自由主義思想の 継続・・・と複雑です。そんな折にヒットしたのが「No.5482:フィリピン財閥アヤラ、ASEAN市場狙う 」 です。ヨシダの口癖の一つに、スペインとアメリカの殖民地体験を通してしぶとく得たのがフィリピン人の現在の諸文化。対する日本は植民地化の経験はなかっ たけど、敗戦後のアメリカ文化への憧れ的姿勢が良いものを失い、そうでないものを吸収した結果?とみるは皮肉に過ぎるでしょうか?(12:50)
 「芸術と自然災害」と、ヘンな想像をするのはこの記事をみてのこと。「No.5483:ムンクの名画「叫び」で、両耳をふさぎ、口を大きく開けた人物の背後に広がるのは、…」 で両方の一端を学びました。それにしても、数日前に噴火した口永良部島の噴火。連続噴火は停止したものの、不気味ですね。此処フィリピンでもヨシダの住む ラグーナ州にある死火山(という名称はどうやら過去のものになりそうですが)を中心に地震予告が出ています。来比して6年余ですが、地震を感じたことが一 度もないだけに心配は否定できません。補そう具を着けていない日々故に、万一の時は背後のベッドの下に潜り込むしかできないと覚悟してしています。 (13:50)
 ヨシダがニューヨークの旧・ワールドセンターを訪れたのは同ビルの第一回地下爆破事件 (1993年2月26日)の後の1993年10月でした。写真に見る建て替えビルの「ワン・ワールド・トレード・センター」で当時と似た光景で想い出すの は広大な食堂風景です。「No.5484:米同時テロ跡のビル、展望台が開業 摩天楼見下ろす 」でご覧ください。(15:24)
 どうやら、本日の本コラム編集は終了・・・って感じです。と、今まで何をしていた?言えばですが、ハイ、チャッカリと「きょうのできごと」の先取りで、「6月2日のできごと」を編集しました。考えてみるに、この年齢になっても、閑を持て余すってことは皆無です。無限にすることが待ち構えているって感じです。本日も感謝、かんしゃ、カンシャを心の中で繰り返しつつ、です。日付変更に入ります。(19:05)

2015.5.29.(金)
 昨夜遅くにヒットした記事は円安問題。海外生活者にとってはマイナス要因ですが、円高から円安に向かう転換期のヨシダの生き方選択肢を赤裸々にブログし ました。ネギャティヴからポジティヴへの発想の転換を見事にやってのけつつある一幕です。こんなことって滅多に口にしないこと、できないことと思いながら ヨシダ流にブログしたことを悔いることはありません。さあ、今日も元気でのびのびと与えられた生を全うします。(7:50)
 戦場で平気で殺し合う光景を観て感じることは、「人間って、こんなに簡単に殺し合えるのだ ろうか・・・?」という疑問。実際には表面化していない戦場体験者の心理状態と悲惨な自殺行為等々です。本記事が紹介する当該書籍等がその明確な回答と受 けとめます。イラク派遣の自衛隊員のうち、54人が帰国後に自ら命を絶った・・・がそれを証明します。「No.5478:自衛隊員の「派遣の後」」のヨシダブログは長文になることを余儀なくします・・・。(9:40)
 「No.5479:しゃがめない子どもたち」って?・・・って、どういいうこと?身体が柔軟でないこと。つまり、運動不足のほか、なにものもありません。運動不足は分かっていながらできないの人間の性。ちょっとした「発想の転換」が大事ですが、それが出来ないのが「凡人」(?)。その凡人に安住していたらイイことはないですよね・・・。ヨシダ独特の健康管理法の極意(?)をブログ中にリンクしています。サービス精神旺盛でしょう!私の健康維持ノウハウの実際」(2011.1.12.)がそれです。エッ?何処からの声。めんどくさい、時間がない・・・と。「常識は成功の源泉なり」はヨシダ永年のヨシダイズムです。(10:50)
 昔とった杵柄って感じで編集した記事です。「No.5481:経営者にとって大事なのは将来を見通す洞察力(J.フロント リテイリング相談役・奥田務×松江英夫対談(後編)」がそれですが、「洞察力」でピ~んとくるものがあり、ひと昔は14年も前の拙著論文をブログに入れました。エッ?此処にも?という声を意識しますので、厚かましく掲載します。「「21世紀型リーダーの3条件~洞察力・説明責任・動機づけ」 (物流LOGISTICS誌2001年6月号)」。この拙著をサイトから探すのにちょっと時間を要しました。なにせ、大量の執筆物だけに、ですが、保存するってイイことだとつくづく思います。ヨシダ人生の1ページ足り得ると自負します。(13:05)


2015.5.28.(木)
 本日28日は午前9時から午後2時まで停電です。Laguna Bel Air Homeowners' Association, Inc.(ラグーナ・ベルエア・家屋所有者協会)からの連絡です。ヴィレジ内の野外配線のチェック工事。ちなみに、ヨシダファミリーはオーナーではありま せんが、家長・アーネルは人望をかわれて同協会の役員会の秘書役となっています★早朝にインタネットにざっと目を通して、5時間の停電期間は久しぶりに ゆっくりとくつろぎます。 先ほど勤務先から帰ってきたアーネルが言うには、定年退職の4,5人の日本人がこの地区に居住することでアーネルのオフィス(バランガイ行政管理事務所) を訪れて登録したそうです。定年後は母国でなく、物価の安いフィリピンを選んだとか。アーネルに曰く、「同胞の日本人には格別は配慮してくれよな」と。 (00:05)
 他愛もないことをひとつ。本日28日はヨシダが「満84歳7ヶ月」になった日。一年間に 12回、自身の誕生日を意識して過ごすのがヨシダ流。「光陰矢のごとし」といった過ごし方でなく、あれをやった、これもやった・・・と、日々をかみしめな がら、ベストを尽くして過ごす生き方の選択肢です。このブログはその最たる証足り得ます。それも間もなく「5500編」というひと区切りの良い編集数★こ のままスクロール・ダウンしていただくと「毎月の28日はヨシダにとって意義深くしているもの その理由(わけ)は!?」ってのが出てきます。ヨシダと同じ誕生日の大人物にマイクロソフトのビル・ゲイツさん。ポリオ撲滅で巨大な資金を提供していてくださいます。江戸幕府最期の第15代将軍・徳川 慶喜さんも同じタンジョウビ・・・と、他愛もないことでもカンドウするヨシダです。さあ、午前9時から午後2時までの停電に備えた生活に切り替えます。ふと、その前に、日本語の乱れ」(紀伊民報「水鉄砲」)が目にとまりました・・・。食後の30分間で編集に間に合うかな・・・と、欲張っています。(7:50)
 送電予定時間午後2時を15分早く送電になりました。ヨシダのウェブサイト(日本語版)を真っ先に開いたら、途中から下が消滅!原因不明ですが、すぐさ ま修正にとりかかり、あっと言う間に仕上げました。翌日末時点のトップページは必ずコピーして保存しているお陰です★今朝の停電開始寸前までデスクに向か いました。懸案の「日本語の乱れ」 記事を編集するためで、リンク付きタイトルを付して「編集中」で掲載したものも、前述したように消滅していました。今から、編集にかかります★ところで、 停電中は極めて有効且つ有意義な過ごし方ができました。冷蔵庫の冷凍室の氷の塊の自然除去、野外で心地よい風に吹かれながら両膝の屈伸運動をたっぷり2百 回。膝の疲労より心臓のドキドキが先行して2百回で止め。それとて、在日中の記録を突破で嬉しいです★ベッドに横になって久々に取り出したハーモニカ。賛 美歌の幾つかを奏でました。肺活量運動にもなり、今後も時おりエンジョイするつもりです。(14:25)
 くだんの「日本語の乱れ」 は修正して掲載しました。便利なモノで、未完成のものをリンクしても、後刻後日に完成したら変更完成されたものがそのままでリンクが開けること。メールに 添付したファイルでも、地球の裏側に送った原稿(サイト)でも瞬時に修正された完成ファイルになるのがイイ按配です。さすがはインタネットですね。はるか 先に送ったファイルが瞬時に変更されるのですから・・・。(16:00)
 ヨシダのオッチョコチョイな面と言えば、出会った数字でもなんでもですが、直ぐに自分のものに置き換えて考える、という性格です。ハイ、本日の最初の記事の「No.5476:1万回」がそれです。ほかでもありません、同記事のタイトルをそのまま、このコラムのNo.10000編とオーバーラップするのがヨシダ。3年も経たないうちに達成するでしょうよ。また目標ができた!デス。(17:35)
 きょうの取材はおわり、と思っていた矢先にヒットしたのが「円安関連」記事。海外生活者の日本人は円安は実収入減で歓迎されません。ヨシダとて、そうではあったし、あるのではありますが、最近に至り「これでヨシ!」と、強く思える心境に至りましたので、そのことをブログしました。苦笑いのブログを承知の上で書きました。「No.5477:33年ぶりの衝撃 円安、124円30銭の真の意味」をクリックしてご覧ください。どんな場合でもポジティヴに受けとめるヨシだのブログです。(21:40)

2015.5.27.(水)
 ただ今、午前9時過ぎ。ひと通り40数件のインタネット情報に目を通しましたが、これといった記事に接しません。と言ったら生意気な発言ですが、ヨシダ の関心事にマッチしないだけのこととしてお許しください.。ま、たまにはこんなことがあってもイイでしょう★明日午前9時から午後2時までの間、ヴィレジ 内の電線工事のために停電通達が入りました。神経の敏感(?)なヨシダはこの時点で、明朝から午後の過ごし方をどうするか・・・と。苦笑いする始末★片方 のパソコン(XP)はメール受信体制のまま。時おり横目で見るなかで、永年お付き合いしている元・運輸高級官僚のご人物からメール。何時もご高説で学ばさ れる内容。現在に至ってお付き合いしている数多くない母国の同胞友人は大事にします★時間にゆとりが生じると直ぐに手をつけるのが「きょうのできごと」。目下、今月最終日の「5月31日のできごと」 を編集中。何時も言及することですが、同コラム編集はヨシダにとって心身両面で実にイイ効果を招来していることを心底喜んでいます。ときおり、「ダ ディー!」と用あって部屋に入るアーネルの目に映るのは「パソコンに向かう背筋をピ~んと伸ばしたカッコイイ(?)ダディーの姿」。彼の表情に、なにやら まぶしそうな表情を感じないでもありません。でも、これって、決して自画自賛的なものではないことを自負します★そう言えば想い出すのは現役社長時代のヨ シダフィロソフィー。当時の「田辺経営」というコンサルタント会社社長で莫大な量の著書を有した人物の口癖「経営者は千両役者たれ」の実践でした。裏返せ ば、「絶えず誰かが観ている、観られている」という意識。それを実践してきた経緯があります。まさか、その習性の延長線上に現在の爺ちゃんヨシダの日々の 営みがあるのかな・・・と、苦笑いです★例えば、健康維持に大切な「姿勢のあり方」がありますが、それとて、「誰かに観られている」という自意識の延長線 上に招来する「千両役者ぶり」ってな解釈もあるでしょう。大勢の人の集まりで、宴会式テーブルに座ってゲストの話を聴く時の姿勢は概して、背筋がまがりが ち。そんな中で背筋をピ~んと伸ばしている姿は稀有であり、目立つほどにカッコいいことを自他共に痛感したものでした。・・・と、半時間近くが経ちまし た。今朝のひとり言のスタートでした。(9:35)To be continued.....
 恥を忍んでのブログをしたのは「No.5471:李首相演説の大訂正 習主席との隠された確執 」。とんだところで、ヨシダのヒジョウシキ(?)をさらけ出した感じ。内心恥ながらブログしました。聴くは一時の恥、聴かぬは末代の恥、と戒めながらのブログです。(11:25)
 昭和のひと桁族ヨシダが読んで学んだ母国の昭和史の一端を記す記事。「No.5472新兵隊事件と松江山陰中央新報「明窓」2015.5.27.己」 がそれです。何時ものことながら、記事に登場する人物や事象等々をグーグルして学びます。本コラムの魅力を編集者の立場で味わっているところです。思想的 に右か左かの選択肢やその主義主張にはリスクを伴ったのが昭和時代。しかし、現代は選挙という公正かつ平和的な主義主張の場と結果が保障されています。ヨ シダが大きな声では言えないこと。それは渡比以来、身体的かつ、物理的な実状から棄権していること。日本(人)選挙投票率は民主主義国で最低部類であるこ とが気懸かりです。(13:35)
 何度か、本コラムでブログしていることに、今日の目ざましいGoogle社の発展振りを予 言した人物は元・マッキンゼー社長の大前研一さん。検索事業でスタートした同社が全く後発で無名時代のこと。確か1990年代後半のことと記憶します。念 のためにグーグルで確認するに、設立は1998年9月7日。ヨシダが執筆活動や講演活動を活発にしていた時代。当時はヤフー検索が主でしたが一気にグーグ ル社に一本化したものです。グーグル設立直後にしての大前さん予言の通りになりました。創業者らの人物評をもっての大前さんの先見だったのだな、と現在に して思います。「No.5473:自動運転車は「都市の端末」に グーグルの未来構想 」は日経Automobile 3月号の記事を元に再構成されたものですが、同誌表紙の言葉は「グーグルカーの破壊力」。「既存自動車業界の仕組を破壊するする」に通じるのかな・・・と、想像を逞しくしています。残念なことは、本記事の筆者・清水直茂さんの写真がヒットしないことです。(16:25)
 英語会話勉強でフィリピンを選ぶ人は少なくありません。しかし、その一方で、日本国内に居 住する外国人家庭にホームステイして学ぶほうが安上がりということもあることからの事例。ホームステイした先で日本人が居て、日本語を使った、契約違反 だ・・・とは・・・。「No.5474:法廷ものがたり  「国内留学」ステイ先に日本人 契約違反に問えるか 」をご覧ください。(18:00)

2015.5.26.(火)
(以下、あまり読まれていない本欄と認識してのヨシダひとり言爆弾発言です・・・)
5月29日のできごと」を編集中に実に深い意味合いのある事件に出会いました。「(26)1973年 - 日本の増原惠吉防衛庁長官内奏時の昭和天皇の発言を漏らしたことが政治問題化し、辞任。(増原内奏問題)」がそれ。編集者の立場で増原恵吉防衛庁長官(当時)の写真を追いましたが全くヒットしません。??と思って、「増原恵吉」で検索したら以下の言葉に接してチョッと思い当たる意フシがあるのです。「1973年5月26日増原惠吉防衛庁長官昭和天皇に「当面の防衛問題」について内奏したとき、昭和天皇は、「近隣諸国に比べ自衛力がそんなに大きいとは思えない。国会でなぜ問題になっているのか」と述べた。増原は、「おおせの通りです。わが国は専守防衛で野党に批判されるようなものではありません」と述べると、昭和天皇は、「防衛問題は難しいだろうが、国の守りは大事なので、旧軍の悪いことは真似せず、よいところは取り入れてしっかりやってほしい」と述べた[1]。増原はこの内奏を新聞記者に紹介した上で、「防衛関連法案の審議を前に勇気づけられた」と話した。しかし、現役閣僚が天皇の政治的言葉を紹介したことが5月28日に新聞記事に掲載され、「天皇の政治利用である」との批判をうけて政治問題化した[1]。問題が皇室に及ぶことを回避するため、5月29日に増原は防衛庁長官を辞任した[1]。(ウィキペディア)★ヨシダが直感的に思ったことは、本コラムでも何度が言及したことのある、ヨシダが雑誌の片隅に偶然に見つけた「最初で最後の出来事を口にしたある人物の言葉」です。沖縄基地問題に関する当時の天皇陛下(昭和天皇)のお言葉です。「それ(沖縄)でよい」の御一言。マスメディアに出た最初で最後の沖縄問題に関する天皇陛下の御言葉としてヨシダが受けとめ現在に至るものです。それを口にした人物は此処では明らかにしませんが、知らない人はいないほどの著名人。沖縄の大ファンであるヨシダですが、日本の防衛を考えた米軍基地のロケーションは「地政学的」にみても、沖縄がベストだということ。ヨシダの想像ですが、極めてショッキングな天皇陛下の御言葉であることをもって、「封印」されて今日に至るものと、現在に至ってヨシダの胸に仕舞込みつつ、さりとて、折に触れて本サイトで「証言」して現在に至る曰く因縁のある「事実」と認識しています★肝心なことは、このようは歴史的背景からすると、前述した今朝のヨシダのトライ(増岡恵吉元防衛庁長官と昭和天皇ご発言に関わる歴史的な出来事を背景にした増岡氏の写真にどうしてもヒットしない)という結果とみます。写真ともに同事件を葬り去る・・・という意図が見え隠れすると言ったら思い過ごしでしょうか?★蛇足の弁ですが、前述したように、日本列島の安全のための米軍基地のロケーションは「地政学的見地」からみてもベスト足り得ます。それだけに、沖縄問題は重大そのものであり続けるでしょう。・・・とすれば、残された日本政府の処すべき対応とは?・・・が問題です。(10:10)
 ・・・いや~!偶然にしては出来すぎる・・・といった感じの記事に接しました!「No.5470:翁長沖縄県知事が人々を熱狂させるワケ  安倍政権が"カリスマ"を生み出した」 がそれです。不思議な感じがしてなりません。ヨシダが発するブログは「天の声!?」って感じすらします。戦後間もない日本政府幹部が(昭和)天皇に上申し た沖縄の基地選定案に対する天皇のひと言「それでよい」は前述の如く、ある著名な人物が証言した言葉。しかし、後にも先にもマスメディアが報じない(封じ られた)玉音であり続けるでしょう。歴史って最大のドラマですよね~。(13:35)
 本日の取材記事「No.5470」1編のみで本日は大満足です。関連する記事「No.5370」 もあったりで沖縄大ファンのヨシダにとって本日は「沖縄デー」にします。先ほどシャワーを浴びて上半身は裸。室内はクーラーを入れずに33℃。多少の額に にじむ汗もわるくありません。なにせ、両足の補そう具からの開放感と素足でいることの幸せ感は健常者には理解できないでしょう。「自利から他利」の心を一層強くする現在のヨシダです。(18:00)

2015.5.25.(月)
 「きょうのできごと」 編集がはかどって先取りしています。このサイトをスクロールアップしていただくとご覧になれるのが、一連の写真群の末尾に追加している5人の英国人登山 家。グーグル日本語版では「・・・英国人登山家が・・・」としか記述されていません。日英語版の件数・ボリュームには相当な格差があることからの結果で す。凝り性のヨシダは度々英語版をチェックしています。ちなみに、一連の写真群の末尾にある英国人登山家5名の写真は英語版のみの掲載。各自の名前は本文 リンクをクリックすると出てきます。さて、本日の記事はどんなものが控えているかな・・・です。
  聴くとなし、観るとなしにかけっ放しのCNNが米国で2016年をめどに「女性兵士」を戦場に送り込むことを計画している・・・と。男女同権の本場アメリ カらしいことですが、ウ~んと考え込みます。世界各国で同姓結婚が認められる傾向が強まっています。人間の愛とは性別・年齢別に関係ないものですね。と、 肝心の同居するアーネルも同性結婚(アーネルが女性役)。しかも、貧しく子供の多い家庭から二人もの養子を籍に入れて育てています。貧者の援け合いの精神 そのものです。ヨシダが抱く感情は「違和感全くなし」そのものです。(9:30)
 胸をトキメキさせながら編集した今朝一番の記事!「No.5466:画家には長寿の人が多い。小倉遊亀(ゆき)さんは105歳で亡くなった。シャガール…」はこのコラム編集を思いついて以来の最大の興奮デス!「元気を貰う!」とは、このことだと痛感する瞬間です。「止められない、とめられない・・・」とかいった宣伝文句を地で行く感じです(笑)。(11:05)
 トルストイの「戦争と平和」ならぬ、「平和と戦争」を感じさす記事に接しました。「No.5467:安野光雅さんは淡い色調の水彩画が特徴で絵本作家としても知られる。90歳も…」がそれです。息の詰まるような感動を覚えながら鑑賞した絵画の主・宇野光雄さんと、戦時中の悲壮感漂う「千人針」を想起させてくれた本記事筆者に謝意を抱きます。(2:10)
 経営者時代のヨシダを想起しながらヒットした記事。アタリ!と感じて編集したのが「No.5468:「いい質問」ができる人は出世する」 です。ニヤニヤしながら編集しました。このヨシダの「特技(?)」とも言える話法ですが、フィリピン人家族と共同生活する中で、家長のアーネルとのさりげ ない会話の中に活かされています。出しゃばり発言でなく、相手にヒントを与えつつ、何時の間にか、こちらの意図を相手に伝える・・・という結果を招来して います。先ほども帰宅してインタネット契約会社のグローブ社が昨日取り付けた「モデム」の結果をチェックしました。百パーセント相互信頼で結ばれるそれは 言わば、「コントラクター&クライアント人間関係の在り方」です。(14:05)
 今日の取材はおわり、と決め込んでいたものの、ふと目にとまった記事。「No.5469:「イスラーム国」の拡散が止まらない理由」がそれですが、(編集中)として明朝に回します。ヨシダって随分と欲張りだなと苦笑いします。(19:50)

2015.5.24.(日)
 今朝一番の取材記事にニンマリするヨシダ。自慢話になるブログであることを承知の上の「直言居士」ぶりを発揮しました。所詮はこのサイトはヨシダの「ひとり言」。当たり障りは無いさ、って気分で書きまくりました。お陰でスッキリ気分。そのブログは「No.5463:「変人」宰相は米議会演説を辞退した 」です。・・・ふと思うに、編集者のヨシダがしばしば使う手。それはブログ中に「当該リンク」を貼ることです。グーグルの「できごと」がイイ例ですが、同じ字数の中でその何倍、何十倍もの情報をヴィジターに提供するノウハウだけに、貴重且つ価値ある手法と心得ます。(10:35)
 日本人でありながら、日本語優越論者に反発するヨシダ。日頃の想いをぶっつけることのできるような記事にヒットしてご満悦です。「No.5464:「ナンジニクルカ」。片仮名の電報も最近はお目にかからないが、「何時に来るか」と…」 がそれですが、ご意見なり、ご反論ある方はどうか遠慮なくメールをください。喜んで論議する用意があります!おっと、いま気付くに、「何時に来るか」でも 「なん時orいつ」という二つの意味を有するに日本語ですよね。日本語って、ホントにムツカシイですよね。(12:15)
 誕生日が同じのマイクロソフトのビル・ゲイツさんが、ヨシダが罹病したポリオ撲滅に大きな力になって居られることに何だかガッツ感を抱きます(笑)。エッヘン!って気分と言ったら笑われるのを承知の上のひとり言です。「No.5465:あと3年でポリオは世界から根絶できる!天然痘に続く人類2度目の挑戦の全貌」をぜひともクリックしてご覧ください。著名な米人政治家でポリオの人物は、かのルーズベルト第32代米国大統領(1882年1月30日 - 1945年4月12日)。ハワイ生まれのお袋の口癖は「ポリオに罹る人物はエライんだ」と。「お前もその一人になれ」って調子(笑)」(14:00)

2015.5.23.(土)
 他愛もないことを考えることがあります。80歳半を前にし、しかも、異国の地でフィリピン人家族と共同生活に身を置き、申し分ない生活環境の中での想い です。人間って老齢ともなれば一番気になるのが健康問題。健康維持には人一倍自助努力をして現在に至るだけに、「ベストを尽くして天命を待つ」って心境★ 何時ぞやは長崎原爆病院から暖かい言葉をいただいて感激しました。「万一、何かがあったら、帰国して遠慮なく本病院で養生してください・・・」と。そのこ とを家長アーネルに言ったら、ちょっと不機嫌そうに曰く、「ダディーはボクが終生面倒看する!」と★自身の健康問題に関してのこと。在日中から治療してい た右眼の「緑内障」があるのですが、医師からはいずれ失明することは避けられない、と引導を渡されていたいたこともあって、眼科通院は断念してきたもので すが、ほぼ、完全に失明状態になりました。ジタバタしません。健全な右眼を与えられていることへの神への感謝以外の何もものもない心境です★宿念の肩こり 解消も自助努力で99.99%達成といった状態でして、足かけ8年余の自助努力。自己開発(?)の「柄つきゴルフボール」が最終段階の小道具のひとつ。 「小さな凝り固まり」に追い込んだ局部に対する集中攻撃的な同小道具を使った集中攻撃努力の傍らで祈りに似たヨシダの想い。それはその局部に対しての労わ りの言葉です。??と思われるでしょうね。「・・・よくぞ、今までこのボクの身体を支えてきてくれました・・・これからは正常な状態で今まで通りに支えて ください・・・」と★こんなことを言った(書いた)ら、???と思われること必至ですが、これがヨシダのホンネの弁でして、そうした前向き姿勢が今日のヨ シダを支えてきてくれたと自負します。To be continued....
 日本人であるヨシダが日本語優越感を持つ同胞の発言にある種の反発を覚えるのですが、それを裏付ける感じの記事にヒットした感じ。「No.5461:認知症の人が歩き回ることを「徘徊(はいかい)」と呼ぶのはやめようではないか。…」がそれです。と、生意気な発言で恐縮ですが、外国語の一つでも知っていていてこその日本語評価と考えます。ある哲学者の弁「外国語を一つも知らぬ者は自国語をも知らない」と。ものごとは比較してこそ長所短所が分かるものですよね・・・。(11:00)
 「No.5462:良貨は悪貨に駆逐されない」を編集しながら想い出すのは、2003年に出版した拙著「トラックドライバー帝王学のすすめ(文芸社刊)」 の一節は5ページ強を要した部分での見出し「悪貨は良貨を駆逐する」から「悪貨(物)は良貨(物)を駆逐する」へ、としたことです。ドライバー教育の一環 にこんな例え話を折り込んだ著者の意図は、かれらにプライドを持たすためでもありました。ちなみに、フィリピン永住でお閑を頂戴した9年間に及んだ東京ク ライアントでは、新入社員学卒総合職全員に同書を読ませて感想文を著者に提出。それへの著者メッセージを送り返すことを現在にして継続しています。 (14:40)

2015.5.22.(金)
 CNNテレビを通して目にする世界の不幸な出来事の数々・・・。ネパールの大震災で瓦礫の中から救出される瞬間の場面を観て強く感じます!オーマイゴッ ド!でも良かったよかった!・・・と、絶句あるのみです。と、同時にヨシダの胸に去来するものは、ヨシダ持論とする「自利から他利」の生き方への再認識で す。「神さま、ヨシダは何にも欲しくありません、現在の健康だけて満足です。後の全ては共同生活するフィリピン人家族らの幸せや、縁を得たフィリピン人社 会に捧げます・・・」と。(8:10)
 ヒバクシャの立場でヒバクシャ関連記事に接する度毎に言及したいことの繰り返しは遠慮したい心境。換わって添付するのが過去の関連コラム記事の「添付」です。今朝一番の取材記事「No.5455:「被爆地訪問」復活せず NPT最終文書案  核禁止条約も削除」もその一つ。ブログ中に当該リンクを貼るのが常の編集者ヨシダ。これって、「グーグル式」ではあるな、と正直、効率的な編集方法として満足しています。(9:30)  
  ところで、ヘンなことに言及します。ヨシダのたった一つの悩みは「便秘気味」ということ。オナラは人一倍のスッキリして臭いのないのが自慢(?)のヨシダ でしたが、アーネルの助言で「開眼」した心境。つまり、「水分の補給が足りないのでは・・・」という点。ハタと自覚して即座に実行。豊富なブレンチの際に 飲み始めた大グラス4,5杯の水!午後3時のディナーもシカリ、と転じました★肘掛も背もたれもないフラットな椅子が長時間のデスクワークを可能としてき ていることに加えたのがケッサクです。膝を立てた胡坐めいた「体位」。それはあたかも、便器に座ったスタイルでもあることにヒントを得ました。弛まぬヨシ ダの「改善努力」でそれはあるでしょう。ハイ、何せ、60余年間の経営者人生を送ってきただけに、この種の改善努力は人一倍デス。ヨシダの好きな「語呂合 わせ」は、本コラムの件数「No.5455」と賭けて何と読む?答えは「イイよ、いい!」デス。(笑)(9:40)
 本日2編目記事「No.5456:石川県の能登地方に東京から移住してきた一家をめぐるNHK連続テレビ小説…」はヨシダの14年間に及んだ技術者人生を想起さすものがあります。(11:50)
  円相場に関して時限の低いブログでお恥かしいですが、海外生活者にとっては円安には肩をすくめます。そんな時に思うことはマニラの日本大使館勤務の同胞諸 氏の給料は「日本円」とか。近所に住む日本人女性で日本企業に勤務する人は「ペソ支払い」とか。ふと思うことはユーロ圏の人たちのこと。賃金物価など国情 に応じた経済背景のなかでの統一通貨・・・。どうも実感が得られません。「No.5458:2015年は、おそらく「最後の円安の年」になる 「円売り余力」が復活、年内はドル高円安方向」をみるに、「2015年は円安相場が実現する最後の都市になるのではないか・・・」に、なにやらホッとするものを感じると言ったら滑稽ではあるでし」ょう・・・。(14:30)
 「きょうのできごと」編集がこのところ、先取りです。クリックして「5月25日のできごと」をご覧いただくとお分かりになりますが、日本語版では出てこないものがよくあります。(22)がその一つでして、日本語版では「・・・英登山隊が初登頂」とありますが、英語版では".....by a British expedition led by Charles Evans. Joe Brown and George Band reached the summit on May 25, followed by Norman Hardie and Tony Streather the next day."と詳細に記されています。リンクの貼ってない人物は編集者ヨシダの手でわざわざ名前をインプットして入手するほどの熱の入れようです。日本版 グーグルの内幕は知る由もありませんが、本家英語版がベースになって省略する一面があるのかな・・・とはヨシダの勝手な想像です。それにしても、ようやる わ!でしょう!(笑)(17:00)

2015.5.21.(木)
 クラシック音楽の大好きなヨシダが今朝一番にヒットした記事。幼少の頃に母が広島市で随一と言われるクラシック音楽喫茶を経営していたことから馴染んだ もの。ベートーベン「月光」や「田園」はタクトを振る格好で諳んじたもの。それを叔父にもった甥がカラヤンの最期の愛弟子で知られる山下一史です。そんなことから、ワクワクする気持ちで編集しました。「No.5454:両手を高く上げ片足で立ったユーモラスな像がJR別府駅前にある。別府観光の父、…」がそれです。クリックしてご覧くださいませんか?欲張って、同ブログはTo be continued...としていますが、イイ加減にしとけよ・・・といった声が聞えてきそうですね・・・。(笑)(10:20)
  語呂合わせの好きなヨシダの念願の本コラム編集数「No.5454」が達成されました!「いいよ、イイよ!」がそれ。本コラムは開設いしてまだ3年余。こ の調子だと1万件になるのは直ぐです。ヨシダブログだけでも現段階で単行本に換算したらかれこれ10冊相当分。こんな他愛もないことにニンマリして、せっ せと励むヨシダって可愛いモンでしょう。正直な話、ウキウキって感じでして、ヨシダの朗誦英語詞「YOUTH(青春)」とオーバーラップしています。 (10:30)

2015.5.20.(水)
 今朝一番のヨシダの「ぼやき」。折角、イイ記事を編集して本日トップに掲載したまではヨカッタのですが、その後の微修正中で当該サイトが「消滅」してし まいました。編集作業中の一時的なインタネット断絶が原因と考えられますが、ま、落胆せずに復活作業だ、と。それにしてもですが、加筆するごとに「保存」 をクリックしいるのですが、その後にでも発生する消滅ハプニングと受けとめ今後に対応する必要を感じます。(11:00)
 再編集した「No.5453:車谷長吉さん逝く」 をみて感じること。消滅前のほうが味があったのでは・・・とは自画自賛の負け惜しみ?。ま、これって、逃した魚は大きかった式のボヤキではあるでしょう。 思うに文章作りはその時々の微妙な感情や心理。同じような瞬間的な要素の再現って難しいものですよね。でも、その分、新しく書くネタづくりの発想にもなる のではありますが・・・。(12:35)
 昨日、「No.5447:オバマ氏が広島を訪れる日は来るか日本経済新聞2015.5.17.編集委員・政治部次長 大石格 )」 のファイルを同著者さまに届けてほしい旨の要請を同紙「お問い合わせ」を通して広島の友人にしてもらったところ、「・・・メールアドレスや直通電話を知ら ない方は基本的に記者への連絡は郵送でお願いしております・・・」という返事があったそうです。昨深夜に当方からも同チャンネルを利用してトライしました が、同じ回答が入るものと思います。メールによる即時交流が普通になっている時代なかんずく、海外からのことだけに、その煩わしさで断念するかな・・・と 思わないでもありませんが、母国のマスメディアが報じていないオバマ大統領の発言(任期中にヒバク市表敬の栄に浴したい<2009年10 月>)ということだけに、「特ダネ」足り得るのではありますが、さて、どうしたもの・・・です★本日のインタネット情報収集は一件に留まりそうで す。ヨシダ流儀の「語呂合わせ」である「No.5454(イイよ、イイよ)」は明日までお預けって感じです。その分、「きょうのできごと」編集に精出して「先取り」を楽しみます。じじつ、先取りしている時は、気分のゆとりを大いに感じてご満悦です。ところで、そのグーグルの「きょうのできごと」ですが、英語版のほうが圧倒的に件数が多いことを痛感します。日本語版で出ない日本での出来事を英語版で見かけることがあります。時間差でなく、本番の欠落というものかどうかは分かりませんが、英語版が本番だけに、編集者は国内向け気味になっているのかな・・・と、感じないでもありおません。(16:20)

2015.5.19.(火)
 本日の「取材源」はひと通り目を通したなかで、ヒバクシャ同士である長崎新聞「水や空」が目にとまりました。「No.5452:中国の皆さん、まず被爆地訪問を長崎新聞「水や空」2015.5.19.信)」がそれですが、一昨日の「No.5447:オバマ氏が広島を訪れる日は来るか日本経済新聞2015.5.17.編集委員・政治部次長 大石格 )」 もあることから、間もなく訪れる「被爆70周年」を迎えるに相応しい記事と感じます。ところで、後者は日本経済新聞記事の筆者に何とかして届けてみたいの ですが、メールアドレスが不明なためにできません。何方か「転送」トライしてみてくだされば幸いです。(12:50)
  オバマ大 統領の被爆市訪問を「2015年ー70周年」というひと区切りの良い年次として提唱してきているヨシダ。「任期中に表敬の光栄を得たい・・・」という同大 統領の原質がベース。しかし、僅か3ヶ月しかない現在において同大統領の日程が表面化していないことからみると、実現しない感じがしないでもありません。 でも、その時に「恥」をかくのはヨシダでは断じてあらず、日本人流に言えば、「オバマ大統領の男が廃る」ということを意味するにほかありません。「・・・ 任期中には表敬の栄に浴したい・・・」と、NHK記者インタビュウーで明快に答えられているからです。2009年10月のことです。ヨシダはNHK  World テレビで生中継のシーンを観ての証言です。「ひと区切りの良い」と言えば、本コラムもあと2編でNo.5454を迎えます。その語呂合わせは「いいよ、イ イよ」です(笑)(16:50)

2015.5.18.(月)
 世の中には想像を絶するような才能と実行力を持つ人物があるもんだ・・・がヨシダの「ため息」。孫正義さんをはじめ、グーグル社の元最高幹部だったニケシュ・アローラさん・・・が(も)その代表例。ヨシダが「強調」してやまないのは大前研一さ ん!グーグル社が後発検索事業でスタートして無名時代のこと。大前研一さん(当時・マッケンジー日本社長(?)が言われた言葉が現在でも鮮明です。「グー グルは無名だが、遠からずナンバーワンに成長する」と。当時からヨシダの尊敬人物だっただけに、即座にグーグル社にシフトして現在に至ります▼先を見抜く こと、見抜かれる側はそれに期待するだけの成長を遂げる・・・という図式こそがドラマ足り得ると思うゆえに取材した今朝の記事「No.5448:正義が後継指名!ニケシュ・アローラ氏の実像に迫る」であり、その直前の「No.5445:だから孫正義はインド人COOを後継指名した 前参謀がトップ人事の真相を読む東洋経済ONLINE 2015.5.17.(16日付)嶋 聡 :ソフトバンク顧問、前社長室長)」ということです。本コラムを編集しながらガッツ感を抱く、抱くことができる・・・というのがブロガー・ヨシダが自負するところです。(10:15)
 久々に西日本新聞「春秋」さんにヒットして編集しました。「No.5449:英国の元首相チャーチルは卓越したユーモアのセンスで知られた。政治的な反目か…」。 編集した後でふと、気付くこと、思うことに、昔の人は物質的なものを精神面で補ったのに対して、現代人はその逆になっているのかな・・・という点。つま り、物質的過ぎて、その分、精神面が疎かになる・・・という図式です。なにせ、人間の物心両面総合能力って、限界があると思うからです。ゴメンなさい、間 違っていたら。(11:35)
 本コラム「第5450編」を突破!語呂合わせの好きなヨシダは「5451」を「イイよ、い い」と読んでニヤリってところ。「5454編」になったら「」いいよ、イイよ」と、際限なくってところ。言葉語呂合わせ遊びもワルくはありません。と、そ んな他愛も無いことを胸に編集したのが「No.5451:墓石にはあるシンボルマークが二つ刻まれている。本人は生前、マークを逆さに…」です。(14:30)
 先ほど広島市の友人から入ったメール。「No.5446」と「No.5447」をご覧になっての弁。「・・・原爆の痛みをわが身で受け止められた吉田さんと安易に核論議をするのは気が引けます。先ずは、核兵器廃絶をイデオロギーを離れて冷静に考え、且つ提言しようとする吉田さんのスタンスには120%賛同です・・・」と。(14:40)

2015.5.17.(日)
 本日最初の取材記事の筆者はモスクワ在住24年の国際関係アナリスト・北野幸伯氏。安倍首相 の「米国ヨイショ演説が日本の戦略的勝利だった・・・」と。プーチンさんが見たらどんな印象を持たれるだろう・・・とは、ヨシダの書かざるブログです (笑)。想像する以上に、ロシアには言論の自由があるんだな、と。ハイ、同氏のメールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル」は早速に申し込みました。読者数3万6000人の人気メルマです。同氏の自論は「No.5444:安倍総理の“米国ヨイショ演説”が日本の戦略的勝利だった理由」です。(9:40)
  ヒャ~!ドダイ、スケールの異なる内容の記事デス!孫正義社長の後継者のこと。「30年後、時価総額200兆円、世界トップ10の会社になる」という目標 を達成するために、逆算方式で考えぬかれた結果である・・・には、ホントに後に続く言葉が見出せません。こんなスケールの経営者ドリームを実現できる同胞 経営者は居ないだろう・・・とは海外から母国(人)を観るヨシダの呟きです・・・。その当該記事は「No.5445:だから孫正義はインド人COOを後継指名した 前参謀がトップ人事の真相を読む」です。とくと、ご覧(お読み)あそばせ・・・。(11:40)
  1987年に出版されたある書籍の筆者が口にした言葉をある雑誌の片隅に見たヨシダ。米軍基地問題を抱える沖縄に関しての昭和天皇のお言葉に「沖縄でよ い」というのがあったということを鮮明に記憶するのですが、なんだか永年の疑問が解けた感じを得る記事に接して喜んでいます。「No.5446:「グアム」化も「香港」化も避けた沖縄」がそれです。(12:50)
 「No.5447:オバマ氏が広島を訪れる日は来るか」(日本経済新聞2015.5.17.編集委員 大石格 )を日本経済新聞さんにメールで提供を希望していますが、アドレスが不明。どなたかご存知でしたら「転送」してくださいませんか?同紙担当記者の大石さんの手許に届けば大きな参考になると確信しています。(14:40)
 「No.5447:オバマ氏が広島を訪れる日は来るか」 を編集中に思いついたオバマ米大統領の言葉をこの際、トップページに再掲載することを思い付きました。被害者意識を強くするのがヒバクシャですが、 9.11で甚大な被害を受けたアメリカの大統領が発した言葉としては貴重な被害者姿勢であり、受け止めかたでもあると思考します。悲しみを希望に結び付け る、それは崇高な言葉と受けとめます。(16:15)

2015.5.16.(土)
 今朝一番の取材記事ブログで苦笑いするヨシダです。ほかでもありません、折角の「ジオパーク」のジオ(地球科学的)遺産を、なにやらキナ臭い政治用語「地政学(ジオロジー)」に結びつけているからです。「No.5441:「田辺ジオパーク研究会」」がそれですが、でもま、これがあるからブロガーにとってオモシロイのであって、止められない!って按配です。言いたい放題でゴメンなさい。(11:05)
 本日第二の記事、「No.5442:首相夫人の安倍昭恵さんの手記が「文藝春秋」6月号に載っている。「主人は国会…」はイイ歳したヨシダにとってニューなものを感じます。学びの場として自画自賛する心境です。(12:12)
  他愛もないことをひとつ。「12:12」はオフィスの壁に掲げているディジタル時計の数字。「1212」はヨシダが30歳で人生第二毛作のトラック運送業 経営者に転進して間もない頃の話。義父の死去に伴って希望に満ちた人生第一毛作を潔く捨てて転じた人生。当分の間はホンダのカブ号に頼っていたヨシダ。ち なみに、カブ号が市場に出た折に真っ先に買って乗り回したもの。道行く人たちの視線を感じたものでした。「社長がカブ号では・・・」という声を意識して乗 り始めたのが義父が運転手付きで使用していたブルーカラーのトヨペットクラウン。無免許運転で乗り回ものでしたが、暫くして転じたのが中古のニッサン・セ ドリック。更に転じたのが新車の三菱デボネアでした。その時のナンバーが「広・1212」だった・・・というのがオチ。他愛もないことですが、当時のヨシ ダは現在に至ってもですが、「語呂合わせ」が好き。西暦1212年は何の年?と自問自答の結果のこと。「仏教の日本伝来が西暦1212年」と、誰かが言っ たのを想い出します。念のためにと言った笑い話ですが、馴染みのグーグルさんによると、トンでもない思い違い。曰く、「538年(日本書紀によると552 年)、百済の聖明王の使いで訪れた使者が欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典、仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりといわれています。この頃から飛鳥 時代が始まります。西暦538年は、皇紀1212年にあたります。「仏様がイチニイチニとやってきた」と覚えた人もいるようですが・・・」と。大笑いって ところです。そう言えば、「イチニ、イチニ」の掛け声は、不自由な足を引きずって歩くヨシダが胸の内に入れていた自身向けの掛け声でした。現代でもワルく ない「進歩的な掛け声」足り得ます。(12:30)
 「No.5443:なぜアメリカは安倍首相の議会演説を許可したのか? その裏にある巧妙な罠」を編集しながら思ったことに、「日本首相の米議会演説は、なぜ54年間も行われなかったか」 ということ。そのままグーグルにインプットして出たものをリンクしました。何ごとの評価も当事者に対するシンパであるかないかで評価は異なるのが世の常。 ま、何ごとの評価も後年になってこそ分かることですよね。先ほど、気分転換に外気に触れるかなで、向かい側の家の娘さんが庭に水撒きをするのを横目でチラ リ。仕草が極めて女性的でカッコいいな、と年甲斐もなく、ニンマリ。大事ですぞ、そのトキメキの心を持つことが!ハイ、例により膝の屈伸運動を2百回しま した。これにて本日の締めにかかります。(18:20)


2015.5.15.(金)
 1972 年の今日、沖縄が日本へ返還された日です。その直前は数ヶ月前に業界視察(という名目で)観光に訪れました。左ハンドル・右通行が印象的でした。現在の此 処フィリピンと同じ。当時のヨシダは左手のステッキが唯一の頼り。不便でも、ハンドバッグ程度の限定した手持ち品に限定余儀なくしたのを想い出します。そ の後は2000年9月に取材(業界紙・誌寄稿)のため、その数年後には業界講演講師で計3度の訪沖経験者です。当時、ヨシダの心の片隅にあったことは、引 退後は沖縄みたいな常夏の国がイイがな、でしたが、まさか、フィリピンになろうとは・・・です★沖縄は基地問題で揺れるところ。薩摩藩の侵略植民地化で始 まっただけに、基地問題も含め大きな問題を遺しています。米軍基地提供に関する歴史的事実で、案外と日本人の口やマスメディアに出てこない「事実」をヨシ ダは記憶しています。ある著名な作家が出版記念の雑誌取材会談での言葉をページの片隅に発見したのが現在に至って鮮明です。「基地は沖縄でよい」という言 葉。それは昭和天皇のお言葉。爾来、封印されたのか、現在に至って表に出てこない戦後史の秘話足り得るでしょう。日本占領軍総司令官が日本人に「地政学禁 止令」を発したものですが、昭和天皇のご発言(もし、同新聞記事が事実とすれば)は、「天皇の地政学見地」のものであっただろうと、現在にして深く想いま す★先ほど昼食前に、例によって野外に出て、車椅子のアームレストに両手を添えて両足の屈伸運動をしました。健常者のそれとは比較にならない小さな動き。 なにせ、左足膝の力が健常の数分の一程度で右膝はゼロ。在日中の「自己記録」は100回でしたが、近年は肩こり解消に全精力を挙げてきたことから、その運 動は棚上げ状態。回復してあっと言う間に回復し、今では200回が可能です。お陰でフロアから立ち上がる時の仕草が比較的楽になりました。(8:50)
 ・・・ と。直前の「ヨシダひとり言ダイアリー」を読んだ人(日本人で時おりのメール交換者同士の関係)から、「・・・ヨシダさん、あれって、本当のホント!?」 と。ビックリ仰天されてのこと。くだんの発言ご人物のもう一つの言葉を本サイトを通してお知らせしましょう。問題発言者のその時の別の弁は、「・・・日本 は戦争をしまくってきた・・・」でした。そのご人物の名を明かせば、ビックリ仰天、でも、さもありなむ・・・と思われるかもしれませんネ・・・。 (9:30)
 ヒロシマ・ヒバクシャの一人として、かつ例の無いとも 自負する「証言者の論」を開示する機会を与えられたと受けとめることのできる記事にヒットしました。被曝証言者が多くある中で(と言っても、年々その生存 者減りつつあるのが現実)、ヨシダ証言はユニークです。ご関心のある方は、ぜひともクリックしてご覧ください。ご意見も大歓迎です。「No.5439:削除された「」被爆地訪問」」がそれですが、本記事のタイトルをみてギクッとしたのは、その当該ご人物がオバマ米大統領(!?)という点でした。でも、別人でホッとしています。その理由は(?)ですが、まあ、同記事をお読みください。(10:40)
  日本人が自慢することのひとつに、「日本語は敬語がある、漢字・ひらがな・カタカナを使い分ける・・・」というのがあります。ヨシダの皮肉は、「敬語の裏 返しにあるのが、蔑視語・謙り語・優越語、加えて、折角のカタカナ表示が下手くそ.」です。かくいう皮肉屋ヨシダの弁は「No.5440:ダイバーシティってなんだ?」でとくとご覧くださいませんか?(12:40)
  ボツボツ家長・アーネルのご帰宅時間。それに合わせたかのように外に出てくだんの膝の屈伸運動。ハイ、きょうも200回をキープしました。膝の疲労感の前 に心臓のドキドキを感じます。風が吹いて爽やかな時にはそれが比較的ありません。微妙はもんですね、人間の身体って。アーネルご帰宅を迎えて、「さあ、今 からは週末の楽しみだね」と言えば、「やあ・・・」と手を互いに合わせてガッツ(笑)。車いすに座って何時ものように人やクルマをウォッチング。イイもん です。さあ、今から日付変更編集に入ります。(18:30)


2015.5.14.(木)
  インタネット断絶5日間は何かにつけてイイ勉強になりました、しましたと言ったほうがイイでしょう。R社契約からG社にシフトしての感じは文句なしにベ ターです。それにしても、家長・アーネルは親身になってダディーの世話をしてくれます。「ダディーにとってインタネットはミニマムであると同時にマキシマ ムだ」の心をよく理解してくれます。考えようでは、このくらい容易いヨシダ面倒見はないでしょう。何処かへ連れて行ってくれ、とか、日本レストランに連れ ていってくれ・・・といった「自利」は一切なし。ひたすらにアーネル家族の幸せを願っているのですから、実にイイ顧客です(笑)★渡比以来、選挙権を放棄 しているヨシダにとって、政治なかんずく、選挙制度等の云々に言及する資格はないことを承知の上の発言ですが、世界の状況をテレビで観るにつけ、インタ ネットで垣間見る中で感じることのひとつにあるのが、「民衆(選挙民)の政治に対する情熱の差異」が否定できません。投票率の低さはむろんのこと、街頭デ モの大小・強弱・有無はそのひとつ・・・と、複雑です★英国の総選挙が与える示唆は(も)そのひとつ。「No.5436:財政再建できない日本政治に、英国の総選挙が与える示唆」 がそれですが、形式や格式に拘る日本の国会議員討論を横目に、時おりテレビで観る英国議会のそれは実に民主的かつ、議員は自身の言葉で語っている感じ。対 する日本のそれは格式に拘る議会運営なかんずく、官僚主導の答弁が否定できません。この辺りにも「日本民主主義の幼稚さ」が気になります。(9:00)
  久々に活況を感じる本日の本コラム。インタネット接続状態が以前よりはるかに良くなったことから、キーボードを叩くのに元気が出ます!「No.5437:中国、1~3月7.0%成長に減速 6年ぶり低い伸びに 」、「No.5438:「米国型経営がソニーを狂わせた」OB苦言、現経営陣は答えず…目先の利益・株価優先が「自由闊達な理想工場」を変質させた」がそれですが、此
処では更なるブログはやめて先に進みます。(11:20)

2015.5.13.(水)
  インタネット断絶で本サイト編集作業が不可能に陥りましたが、「ダイアリー」だけは「ワード文書に仮記載して備えていましたので、一括掲載しました。悩ん だ5日間でしたが、思うままのことを書きなぐった感じです。校正もしないままの「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」のヨシダの気持ちをこめて掲載し ています。
 ひとまず本日「5月13日のできごと」に追いついて掲載しました。ボツボツ、本日のインタネット情報を追っていきますが、インタネット断絶中の過去の記事は全て見送り、前に進みます。(10:20)

2015.5.12.(火)
  インタネット断絶で本サイト編集作業が不可能に陥りましたが、「ダイアリー」だけは「ワード文書に仮記載して備えていましたので、一括掲載しました。悩ん だ5日間でしたが、思うままのことを書きなぐった感じです。校正もしないままの「乱文乱筆ならぬミスプリはご容赦のほど」のヨシダの気持ちをこめて掲載し ています。

2015.5.11.(月)

2015年5月12日(火)
 8日午後からのインタネット断絶で4日目。長い感じは否めません。でも天地がひっくり返るわけでもなし、ヨシダの人生が大きく変わるわけでもなし、さりとて、気分転換に外出して云々という気も毛頭ないことから、ひたすらに現状の打開の半歩にでもなればとあれこれとやりながら苦笑い。XPのほうが開けなくなり昨夜も深夜に起きてまで。でも、ダメ。新しいの取り替えては、ですが、馴染み深いアウトルック電子メールはXPと運命を共にすることから、放すに放せない、捨てることもできない・・・って気分。でも、全ての試行錯誤はヨシダのパソコン知識向上のためと、前向きではあることに変わりありません。
 ・・・ふと、XPを「ダメもと」と思いながらONしてみたら、どうです!? サイトが開いたではありませんか!キセキって感じ。あれだけあれこれやってきたのに、なにもしないスイッチオンでOKとは。もっともそれが正常ですが、このXPクンに限っては異端児です(笑)。ふと横目に見るに、メインスイッチの下にあるもう一つの黄色ランプがついていることから、パソコン内部で何かが作動中。通常なら、余り時間をかけない行程がこのXPクンに限ってはスローが正常(?)。短気を起こして次のステップへのクリックはこの際、自重して横目にみながら、このダイアリーを続けます。
 おっと、「SMASRT Broに接続しました」のサイン!シメタ!と思いきや、肝心の新しいマウスが未だ手に入っていない状態。日本人的な感覚では「アーネルはまだ買ってきてくれていない」ですが、なにせ彼は勤め先の大事な役割の傍らの一連の業者らとの交渉過程。ま、ゆっくりと、と自身を戒めます。
 この新しいパソコンのほうに移して書いているこのダイアリーですが、再々度、XPに接続してトライしてみるかとも思うのですが、両方のパソコンをリンクしていることから、片方を活かせば、他方が機能しないことになり、ま、今しばらくは様子見、と決め込みます。新規調達のマウスの到来待ちにします。イライラするな、ボツボツやれ・・・と自身に言い聞かせている始末です。

久々に米画テレビをはじめから終わりまで観ました。時間つぶしってことは滅多にない最近のヨシダですが、イイなあ、という実感がどうしたことかありません。現実問題に取り組んでいる時の自身のほうが余ほどかイキイキしている感じ。ドラマは「アメリカ版座頭一」って感じのもの。ドラマの中に身を置いて現世から離れるって感じのひと時ですが、後味は良いとは思わない、思えない・・・といった感じがしないでもありません。と、これはヨシダの言い分にすぎません。現実問題に取り組んでいるのが常のヨシダだけに、架空の世界に身を置くことに満足できないのでしょうか?現実問題に処してこそ生きているという実感があるというもの。ま、クソ真面目人間ヨシダのひとり言に過ぎませんが・・・。
 新しいマウスを手にしました。早速にXPに接続。胸をときめきさせながら接続。XPのOutlook Xpressは受信できたものが、ブロードバンドの有効率(事務所の場所が適さないのか今一歩といった感じ。どうやら、グローブ社との契約後のケーブルインタネット復元にしか期待できない感じ。
 久方ぶりにわがウェブサイトを観て感じることに、トラブル発生直後はまだ辛うじてウェブ編集機能が残っていたことから、日本語版サイトには2行の「お詫びメッセージ(インタネット接続不能で当分の間編集できない旨)」を3箇所に朱文字であしらっているのが目立ち、ま、これなら編集側の気持ちがアピールできると感じた次第。
 

2015年5月11日(月)
 昨日末の記述で「肩こり解消努力」のこと。僅かに残っているピンポイントの固まりを目がけた涙ぐましい努力の繰り返しのこと。足掛け7年目の自助努力。「これでもか、これでもか・・・」って感じの責め努力。しかし、その一方でヨシダが自覚し、かつ感謝して自身の身体に言い聞かせたことは、「よくぞ、ここまでヨシダの身体を支えてくれました。ご苦労様でした、有り難うございました。おかげで、凝り固まった部分の自助努力で正常に戻りました、戻しました・・・カンシャ、かんしゃ、感謝です。これからも精一杯の自助努力を重ねて、与えられたわが身体、健康を守っていきます・・・そして「自利から他利の人生を貫きます」。どうか何時までも守ってください・・・」、といった心の持ち方です。
 今朝のこと、食事を終えてベッドに仰向けになり両肘を後ろに支えた格好で、左右にじわ~と体重を掛けるのが常のヨシダ手法。昨夜までに感じていた右肩のピンポイントの固まりが「クリッとかすかに移動する」(逃げる)」感じの感触が失せた感じ!つまり、その「不快感の源(みなもと)」が「解き解されて(ヨシダの徹底した自助努力で根負けした格好で)」が失せて正常になったというもの。そのせいか、今朝8時過ぎまでグッスリっといった感じ。つまり、当該部の痛みはなくても、ある種の不快感が災いした熟睡への支障が失せた感じ。
 不思議なもので、その不快感解消への無意識な肩への圧力をいろんな体位で解消する努力を無意識のうちにやってきていたのです。それがなくなったことからの熟睡とうけとめ感謝しているのです。この上は、更なる同じ自助努力を怠らず、ピンポイントの当該部位の固まりが周辺の筋肉に馴染みきって「同化」するまで根気よく継続する決意です。
 今朝のこのコメントは考えようによったらヨシダにとって、「歴史的は出来事」足り得るでしょう。なにせ、一念発起して肩こり解消自助努力を始めたのが7年目だけにです。ラッキーセヴンとはこのことだ、ヘンなところで関連付けて喜んでいるロマンチックなヨシダの心の一端です。
 ふと、XPのマウスが動かなくなりました。寿命とみる前に、電源のセットし直しをと思ってCPUの裏側をみるに、埃の固まりみたい。予想はしていたものの、ここは一番、大掃除とばかりに、粘着テームで先ずは埃を吸着して雑巾拭き。お陰で「年末積年の埃落とし」みたい。端子の付け替えをトライしてもマウスが動かないことをみると寿命(?)。それにしても、掃除関連の一切をお手伝いさんに任せて久しいヨシダの久々の活躍(?)。でもなんだか、サッパリした気分。ひと段落してからシャワーです。
 ・・・それにしても、思うこと。手持ち無沙汰ではないとしても、こんな具合にダイアリーを書くことってイイもんです。まるで話し相手みたいな感覚。欲求不満にならないハズって感じです。「書いて書いて書きまくれ。そうすれば文章は上手くなる」とはある文章家の弁。それを意識して書きまくることにしているのがヨシダ。文章上手とは更々思いませんが、自身の知的能力の範囲内での文章慣れは確実に痛感します。
 そうだ、文章と言っても、英語ですが、一時同居していた家長・アーネルの親戚の若者のこと。ちなみに、彼の名前は現在のローマ法王と同じ「フランシス」。勤務先の日本企業(コンピューター関係仕事)が交付した「身分証明」を紛失して再交付を受けるときのこと。「50字以内で」という日本人上司の命令。それをくだんの若者に頼まれて書いてやりました。
 4百字詰め原稿に最期の句読点でバッチリということをよくやってのけたヨシダ。遊び気分でそれをやって渡しました。と、帰宅した彼曰く、「この英語文章はお前が書いたものではないな」と。見抜いていたのです。とんだところで、ヨシダの存在感を内外に示した、って按配でした(笑)。
 パソコンの裏側の雑巾かけでひと仕事(?)したあとだけに、シャワーの醍醐味が格別です。単身時代には温水シャワーを着けていましたが、それは長年の朝風呂の醍醐味の片鱗を味わいたいことからのこと。住み慣れてくるに従って常夏の国フィリピンでは無用と感じるに至りました。深夜のシャワーでも冷たい!とも感じません。高齢になると暖かい処での生活が好まれることを身を持って体感ってところです。
 ところで、インタネット接続が途絶えたのが今月8日午後。本日この時間現在で3日間の脱インタネット生活。ふと、思うに、この年齢にしては度を過ごした感じすらするデスクワークの密度。正直な話、自身でもようやるわ!といった感じでしたが、時おり感じたことはそうは言っても度を過ごし気味だとも自覚していました。
 今にして思うに、今回の出来事は神さまが仕組んでくださったヨシダへのひと休憩への示唆と感じます。考えてみるに、この歳にしてはやり過ぎる感が否定できないほどの活動です。先はもっと長いんだから、少しトーンダウンしなさい・・・という示唆と受けとめます。84歳を前にして、先はもっと長いんだから・・・では呑気なもの。楽観主義者の極め付きってところ。
 先ほどアーネル帰宅して言うには、ロイヤル社解約後のグローブ社との新契約はOKの由。ただし、ロイヤル社との「契約解除」が先決。その後のグローブ社との新契約と相成る由。ま、ここまで来たんだから、あせらずに、のんびり構えてその日の到来を待つことにします。寿命の尽きたマウスは明日買ってきてくれる、と。

2015年5月10日(日)
 
使用(試用)し始めているブロードバンド(smart)はどうやら、役立ちそうにありません。部屋の条件が適さないのかもしれません。そういえば、一時期、転居した折に応急的にブロードバンドを使ったことがあり、技術者がいろんな位置に中継機器みたいなものを持ってきて仮り置きしながらトライした結果、断念してケーブル設置に結論付けたことがあります。人間の記憶って確かなようでそうでもないものだ、と苦笑いです。
 今朝ほど、アーネルとシンミリした心境で話し合いました。R社の邪な姿勢。ケーブルインタネット断絶で納得できない同社の回復作業姿勢に極めて強い疑義を感じたわれわれ。アーネルは友人弁護士にも相談の上のことですが、テレビケーブルはそのままにして、インタネットケーブルに限って他社(GLOBE)にシフトする交渉で間もなく出掛けます。諸対応のあり方を今朝方、しんみりと語り合いました。こんな微妙は話題を英語でするのですから、ヨシダは大したもんだ・・・とは自我自賛?)って気分。英語表現そのものはネイティヴ並みとは言えないかもしれませんが、相手にその心が通じ得るという意味では結構自負します。考えてみるに、日本人同士が日本語で微妙は表現で話し合う時とて、千差万別の話し方や使用言葉等々、人それぞれ。雛形を振りかざして、それができるのできないのを云々するのでなく、「自分の表現能力を精一杯に発揮して、自分流に相手にアピールすること」が肝要であって、使用英語の内容云々は別問題と心得ます。
 ・・・こうして本コラム(ワード文書)に書き込んでいるのは、新しいPCを使ってのこと。片方のXPはOutlook Express が辛うじて使えることから、時おりクリックしながら横目。多く入るメルマガも肝心のインタネット記事はクリックしても開けないのザンネンではありますが、全く成すすべがなく、こうしてワード文書にジャンジャン書き込めるのがせめてもの喜び。正常に復帰したら何時でもウェブサイトに掲載できることが喜びです。ヨシダの弛まなき「執筆欲&実績」の一端であり続けます。
 日経ニュースメール「オバマ氏 「遺産」づくり急ぐ キューバ・イラン・TPP」なる記事が目にとまります。この場合の「遺産」は英語で「LEGACY」でして、通常の遺産的とか財産的なものとは異なります。ヨシダがオバマ大統領に期待してやまないのは(が)、「歴代の米大統領で被爆市を正式表敬した初めての大統領」というのがそれです。
 この話には裏があります。ヨシダがフィリピンに来て間もない2009年、NHKL World テレビでの同大統領をインタビューする日本人記者との会話。シンガポールでのAPEAC会議出席の途中で東京へ立ち寄られたのを捉まえてインタビュウー内容。むろん、英語でした。記者の質問は、この際、被爆市訪問の意図ありや・・・というもの。

オッ!と敏感に感じて大統領の言葉に聴き入りました。再現します。「This time my schedules are so tight to make it. However, I would like to have an honor of visiting the cities someday in my Presidency…」(今回はスケジュール一杯でできないが、任期中には表敬の栄に浴したい)がそれ。思わず、シメタ!と声を出して手を叩いたもの。その後のことですが、どのマスメディアもこの電撃的な大統領の発言を一切、報道することなく現在にいたるのです!被爆市両市市長は頭を並べて米大使館通いでアピール。「そのことって、大統領はかくかくしかじか・・・」とそのことに言及したケースは皆無。無理もありません、うっかりそんなことを口にした大統領御大を「縛る」結果になるからです。それにしても、どのマスメディアも誰もこの電撃的大統領発言に言及しないこと・・・デス。
 ヨシダの想いはこうです。「再選されたからヨカッタものを、万一、大統領がその約束を違えたら、「『男・米大統領』の男が廃る」でして、逆にそれを任期中に成し遂げたら、歴代米大統領が成し得なかった被爆市表敬を実現したという「レガシー」足り得る!!!!!!」というのがヨシダ解釈です。任期満了も長くない現在の同大統領ですが、この辺りの「男の約束」をどのように位置づけておられるだろうか・・・が、ヨシダの見守る関心事です。
 日経ニュースメールで目にとまったもう一つの記事は「なぜ人は残虐な行為と知りながら従ってしまうのか」です。このところのヨシダは「きょうのできごと」編集で大わらわ。洋の東西、古今を問わず、人類は殺し合いの歴史の繰り返しです。主導権争いから身内同士の殺し合いも当たり前。平和、へいわ、と口にしながら人類は殺し合いの動物です。どうしょうもないものがあると痛感する昨今。この点に関する限り、ヨシダは悲観論者を余儀なくします。
 ふと、こうしてインタネット断絶中でウェブサイトへの書き込みができないなかでも、ワード文書でせっせとできて、何時でも一気にサイトに掲載できる仕組。お陰でストレスは皆無って按配です。不思議なものですよ、「書く」ってことは、「思うだけ」といはドエライ差異。思うだけではストレスは不可避。書く、書ける、書く場所や手段がある、ということはストレスなんてなくなります。そうですよね、人間って、夫婦間でも友人関係でも、思うことを何らかの手段で相手に伝えることが出来る人とそうでない人との心理状態の差異は否定できません。胸の内をさらけ出す、できるできないは当該者にストレスを与えるか開放感を与えるかの瀬戸際です。
 このところ、デスクを離れている時のイイ仕草を見つけました。「テレビ観賞・肩のストレッチング同時進行」、「一石二鳥の建設的仕草」ってヤツです。具体的には、仰向けにベッドに横になり、腕膝を立てて、肩に重心圧力を、しかもいろんな角度に変化させながら、コリの残っている肩の急所めがけて圧力をかけることで凝りの塊(すでに極小規模)を目がけて解きほぐすといった感じです。按摩の心地よさを味わいながら肩こり解消最終総仕上げって感じの仕草です。
 テレビの映画等の娯楽チャンネルだけでも20数あることから、その選択肢には苦労しません。英語シナリオの場合はそれに目を追い、そうでない時には画面の変化だけでも想像力たくましく観るのです。

 それにしても、肩こり解消努力は涙ぐましいものがあります。フィリピン移住を決めた2008年頃から集中的にやりだしたことに、約1時間の全身ストレッチング運動の中心に位置づけたのが肩こり解消への集中的努力。そのためには、已む無くその他の運動が留守になったものですが、それはそれで已む無いことだし、そのお陰で永年抱えていた肩こりからほぼ開放されたのです。足掛け7年といったところ。右肩に僅かに残る固まりを目がけて、ピンポイントの「攻撃」をかけている状態。半世紀以上も使った左手に持つステッキが逆の右肩に影響を与えたものだけに、僅かの固まりでも手を抜くと元の状態に戻ろうとするのが生体現象。どちらが根負けして負けた、と手をあげるかみたいな競争努力です。

2015年5月9日(土)
       インタネット断絶のまる一日間で想い出した「おかしな話」
 
昨日(5月8日)は昼過ぎから突然にインタネットが断絶。ままあることから、辛抱強く待っていました。ところが4時間も経って依然として不通。おりしもアーネルが勤めから帰宅。チェックさせました。ハイ、この辺りの技術知識はヨシダより彼がはるか上手。
 契約先のロイヤル・ケーブル社に電話。同社と相談しながらあれこれトライした結果は、幹線から家への引き込みのケーブルで異常があることが分かり、明9日午後1時に技術者が来る、ということで電話を切っての説明。カッとなって(と、これはヨシダの演出)、英語でまくし立てました。「アーネル!一体全体、ロイヤル社のCS精神は何処にある!我慢ならぬ!再交渉しろ!アーネル、憶えておいてくれ、分かっているだろう!インタネットはヨシダのミニマムであると同時にマキシマムでもあるんだ!これ以上の以下でもない!おれはカンペキに落胆し、失望し、怒りを覚える・・・!オーマイゴッド!」と。
 演出家(?)のヨシダがひと芝居打った感じ。頭を抱えてベッドに俯きながら、ノー・ノーと。と、これって計算ずく(笑)。と、アーネルが言いました。「ダディー、今からひとっ走りロイヤル社へ行ってアピールします・・・」と。「ショア、ゴーゴー!」と、追い出すような雰囲気で、と、これもヨシダ流演出(笑)。さすがのアーネルもダディー・ユウキの剣幕に対する反射的な行動に入った次第。   

(・・・と、この原稿はインタネット接続に無関係のワードを使っての作文。時間の有効活用はお手のもののヨシダ。)
 ところで、わが家には二つのケーブル契約があります。一つはヨシダのインタネット&固定電話&テレビのロイヤル社。もう一つはPDLT(フィリピン長距離電話会社)の固定電話。贅沢でなく、アーネルの顔でPDLTに請われてのもの。同社はこの住宅団地(ヴィレジ)に入りたくても入れないのです。なにやら「営業権」的なものが背景にあるとか・・・。その突破口的な同社電話のわが家への据付です。
 ちなみに、PDLTは単身時代に契約していた会社。ところが、このベルエア・ヴィレジ(住宅団地)にはPDLTは入れないことでロイヤル社にして現在にいたるもの。そうこうしていたら、顔の利くアーネルを頼って、逆にPDLT社がこのヴィレジに固定電話設置をモノにしたことがミソ。
 ・・・と、今回の出来事を通してイイ演出をしたのがヨシダとニンマリです。それはアーネルに対するある種のヨシダの意志の強さのアピール。「ヨシダを怒らすなよ」がヨシダの笑いの秘め心。夫婦の間でもこの種の「演出」は必要ですよね・・・。
 「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」に身を置くヨシダにとっても、共同生活するかれらにとっても今回の出来事はイイ薬足らしめることになればヨカッタ、というのが本メッセージです(笑)。
 ところで、滅多に観ないNHKワールドですが、どうしたことか、観られなくなって久しいまま。そのことをアーネルに問い質すさすのを忘れていましたが、単身時代のPDLTはNHKを2チャンネルもっていて、通常のNHKと同じ「NHKプレミアム」も観れたものですが、現在は特定のチャンネル会社のみで、前述のとおり、その会社はこのヴレジに入れない仕組。営業権云々の問題があるとかで厄介です。でもま、現在のヨシダはもっぱらCNNかBBCで満足って按配で無関心。 
 ところで、「笑い話」をひとつ。今までに時おり使っていたブロードバンドがあったのを思い出し、アーネルにその利用を相談。その傍らで、「ブロードバンド」のコンピューター用語を再勉強するべく、日本から持ち込んだ書籍「わかりやすいコンピューター用語辞典」(1996年・ナツメ社刊)・全704頁」を開いて「ブロードバンド(Broadband)」を日英語両方でみるに、ありません!???と何度も見直しました。
 ふと、気付いたことは、くだんのコンピューター用語辞典の発行年次。1996年で19年も前のモノ。道理で・・・のひと言。
 そこで想い出すことは、1993年に「米国一ヶ月間取材旅行」をやってのけた当時のこと。当時のヨシダは60歳にしては珍しいワープロ・ユーザー。事実、後年のエピソードで同機を売ったあるメーカーの女性営業ウーマンの弁があります。「ヨシダ社長さんに買ってはいただいたワープロだけど、果たして使いこなされるだろうか、心配したものです」だったとか(笑)。当時のそれは日本人の新しい事務機器に対する認識や実用の実態でした。
 これも余談ですが、そのワープロを駆使して新聞社や雑誌に投稿したものですが、10数名のレギュラー・ライターの中でヨシダが最初のワープロ寄稿者。おかげで、原稿締め切り日は通常より数週間も遅れてOKでした。故人の藤本義一さんはそのお一人で、プロのライターより先んじたヨシダでした。
 さらに愉快なことは、ワードプロセサーを使いこなしながら、その一方でコンピューターを購入して「ほこりを被らした」のがかれこれ半年。当時ワープロが富士通であったことから、そのパソコンに同ソフトを入れてのスタンドバイ。ワープロ故障の時に対する即時解決法。と、どうでしょう、事実その通りになりました。即座に切り替えが可能でした。

 さて、話は戻ってのこと、くだんの米国単身一ヶ月間取材旅行の折にベースキャンプにしてしたのが「American Trucking Association, Inc.(アメリカトラック協会:ヴァージニア)。同図書館に陣取って色んな雑誌や書物を片っ端から手にするなかで、アメリカ人女性職員が興味深そうに言いました。「ミスター・ヨシダは珍しいジャパニーズ!業界視察で訪れるニッポン人は通訳の説明に耳を傾けてざっと一巡してサヨナラってもの。ユウキさんは何日も居座って書籍に目を通すってのは今まで皆無・・・」と。
 さて、強調したいことは、当時の彼女のデスクを相対して話す中で知り得たこと。それは、当時はEメールという通信手段がまだ無かったということです!帰国後に知ったのが、その直後からのEメールとウェブサイトの普及でした。
 滞米中の一ヶ月間に手にした百数十枚のビジネスカードを見るに、ファクスナンバーはもとより、自社のURL記載のものは皆無!両者の通信機器がかのアメリカでも未だ普及していなかった・・・というレッキとした事実です。


近代的な通信機器の一つに「ファックス」がありますが、それとて、当時のそれは普及の初期段階。ちなみに、帰国して間もない当時の日本の経営者諸氏の名刺に変化の兆しがみえたのが、従来の「電話番号のみ」から「ファクス番号」記載という新規装備機器の表示がボツボツってところ。近代的な経営と言わんばかりの表示。その次に訪れたのが、自社のウェブサイト(URL)の表示でした。http://www.ってやつ。それがあるのと無いのとでは当該企業の近代化の有無・差異のバロメーター。ことほど左様に通信機器の導入は当該企業の近代化のバロメーター足り得たものでした。名刺のファックスやURLの有無が当該企業の近代化のバロメーター足り得たものでした。
 ・・・と、前段が長くなりましたが、くだんの「コンピューター用語辞典」に戻ります。前述したとおり、コンピューター時代の現代は「ブロードバンド」は子供でも知っているもの。おバカさんにも80歳超のヨシダのひとり言は、「この辞典にブロードバンドが無いとは!?」でしたが、前述の事実を想い出して大苦笑い。くだんの辞典はコンピューター初期時代のもの!当時はブロードバンドはこの世に誕生していなかったことに気付いた始末でした。その「ブロードバンド」とやらは、何時頃生まれたの?と自問しつつグーグルに手が向くと同時に、インタネット断絶だ~、と(笑)。
 想像することは、最新版の同類辞典でのページ数はちょっと想像ができないこと。コンピューター技術の目覚ましい発展をした現在であるからです。80歳超の、しかしコンピューター使用開始の年代では「稀有な60歳超人」の一人を自負するに足りるこれら一連のエピソードはヨシダのコラムの一つに加えるに相応しいものと自負します。
 転んでもタダでは起きないヨシダ?ハイ、60数年間の経営者人生を体験したヨシダ。それだけに、「生産性向上」は経営原則レッスン・ワン足り得ます。

(お詫び:インタネット断絶のために、このあたりの記載に乱れが生じていますが、このままにしておきます。)


2015年5月4日( )
 「きょうはみどりの日」という言葉に接して、??と、正直戸惑いました。日本を離れて6年ともなれば、忘れてしまうのが母国の祝日とその由来かなと自問しながら、お得意のグーグルさんで学び直しました。「1948 年(昭和23年)の祝日法施行以来、昭和天皇の誕生日である4月29日は、国民の祝日である「天皇誕生日」とされていた。 その後1989年(昭和64年)1月7日の今上天皇即位により、天皇誕生日は今上天皇の誕生日である12月23日に改められることとなったが、ゴールデン ウィークの一角を構成する祝日を廃止することによる国民生活への影響が懸念されたことから、4月29日を「みどりの日」と改めた上で祝日として存続させる こととなった。 その後、2005年(平成17年)の祝日法改正により、2007年(平成19年)以降は「みどりの日」を従来「国民の休日」であった5月4日に上書き的に 移動し、4月29日を「昭和の日」とすることとなった。
 このこと、皆さんはご存じでしたでしょうか?ま、国民にとっ ての関心事はどれだけ多くの休日を効果的に楽しめるかのほうが大事であって、そのルーツなんて、関係ナイ、という声もあるでしょう。「初心、忘れるべから ず」という言葉を忘れないでいきましょう!それを招来するものは「好奇心」です。「青春の詩」にある言葉のひとつ。ハイ、ヨシダは好奇心旺盛老人です。 (10:00)
 フィリピン・ボクシング界ヒーローのパッキャオさんは負けました が、ヨシダはこれでヨシ!って心境です。彼にはもっと大きな使命が託されていると信じるからです。地元フィリピンの日本語新聞「日刊まにら新聞」さんが格 好の記事を掲載されたことで真っ先に取り上げたのが、「No.5422:パッキャオ敗戦 比の英雄パッキャオがメイウェザーとのウェルター級王座統一戦で3対0の判定負け」てす。彼独特の笑顔がそれを裏付ける、とみるのがヨシダでもあります。(12:05)
 当該紙と筆者にはご無礼な発言になることを承知の上でブログした記事があります。「No.5423:新聞の記事(きじ)は「中学生が分かるように書(か)け」と指導(しどう)される。しかし…」がそれですが、どう考えても理解し難い記事(筆者)に接して頭を抱える心境です。(14:05)
 MANILLA BULLETINの記事接して、眼が潤むものを感じます。Still people’s champ Manny wins hearts of fans around the world」(by Ding Marcelo) (MANILA BULLETIN)」がそれです。くだんのコラムに追加ブログしました。パッキャオさんが帰国したら「勝利者として迎える!」と。彼が終始した積極姿勢に 対する評価であり、ライバルが地元アメリカ人であることへの審判員の贔屓目の審判姿勢への抵抗が窺えますが、その是非は別にして、パッキャオさんはフィリ ピンの英雄足り得る人物であり続けるでしょう。その延長線上にあるのが、パッキャオ・フィリピン大統領の姿でもあるでしょう。(14:55)

2015年5月3日( )
 ヨシダの古里広島市では「広島フラワーフェスティバル」が今日3日から5日までの3日間華やかに行なわれます。以前の写真を幾つか添付して偲びます。  
 「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果 「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果 「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果 「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果 「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果         「広島フラワーフェスティバル」の画像検索結果  
 ・・・偲びます・・・と書きましたが、これは別段、ホームシック的ムードではありません。このサイトをご訪問くださった方へのサービスです。現在のヨシダはわが人生で最良かつ、楽しく過ごしていることを限りなく感謝しています。「自利から他利」の想いが一層募る今日この頃でして、なんだかヨシダはそのために生を受けて現在がある・・・と感じるのです。「生かされ 活かされつつあることを 感謝しつつ」の想いを一層深くしています。(0:10)
 桜シーズンが過ぎた日本列島は「春のお祭」で満開ってところ。「No.5419:春の藤原まつりでにぎわう世界文化遺産の町平泉は、きょう3日が呼び物の源義経…」を郷土広島の「広島フラワーフェスティバル」と重ねて鑑賞しています。四季に恵まれた、と自負するニッポン人の面目躍如たるものがある感じです。(10:30)
  ボクシング世界ウェルター級王座統一戦を、9ラウンド目からテレビで観ました。フィリピンのパッキャオさん応援の立場ですが、早くから悲観的でした。相手 のメイウェザーのトレーニング模様をテレビで観てのこと。科学的な諸設備とトレーナーのもとでトレーニングをしている彼の姿をみて感じたものでした。試合 後のCNNが報じることに、「圧倒的な審判結果」と知り、さもありまむ、と感じました。パッキャオさん、お疲れ様でした!今後は政治家としての力量にシフ トしてください!がヨシダのエールです。(14:15)
 ボクシングを9ラウンドから観た背景にあるのが二つの記事編集に没頭していたこと。「No.5420:花祭りと現代仏教 」と「No.5421:識者5人が予想する「25年後の世界」がそれでした。それに、もう一つの仕事が飛び入りでした。「自利から他利」の内容に修正を加えたこと。トップサイトのそれに手をつけたことから、やりきった次第です。即決即断主義のヨシダのすることです(笑)(14:30)

2015年5月2日( )
 遅ればせながら安倍総理の米上下両委員合同会議における演説(日英語url)を下記に掲載します。(出所:日本国外務省) おって、本情報源提供者・泉 幸男さまのメルマガを編集して後刻の本コラムに掲載する所存です。英語「Toward an Alliance of Hope」  日本語「希望の同盟へ」★英語の好きなヨシダは英文テキストにざっと、目を通して思ったことに、この原文の執筆者は誰だろう!?でした。見事なものです!泉さんの言葉がそれを象徴します。「・・・To be continued......  
 前記した泉幸男さんのメルマガ編集を終えました。「No.5417:日米はともに戦勝国だ @ 安倍総理演説」 がそれです。や~!実にイイ勉強をさせていただけることを喜んでいます。ウキウキ、そわそわ、一心不乱・・・ってヨシダの心理状態です。若さを保つどころ か、取り返すって気分です。本コラム編集の醍醐味を再認識する気分です。さて、次はどんな記事にヒットするやら・・・。(11:20)
 「世界記憶遺産の登録」は正式には「ユネスコ記憶遺産(Memory of the World: MOW)、直訳すれば世界の記憶)は、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が主催する事業の一つ。危機に瀕した書物や文書などの歴史的記録遺産を最新の デジタル技術を駆使して保全し、研究者や一般人に広く公開することを目的とした事業である。俗に世界記憶遺産とも呼ばれる(ウィキペディア)」と学びまし た。「No.5418:山本作兵衛さんの炭坑記録画2点が秋田大学の鉱業博物館に展示されている。…」で楽しく多くの作品を鑑賞しました。絵画であれ文章であれ、業績であれ、「自己表現の記録」を遺す価値を痛感します。よっしゃ、ヨシダの場合は自己満足だけど、このウェブサイトなかんずく、このコラムが格好の成し得るヨシダの人生記録だ!・・・と(笑)。(14:00)


2015年5月1日( )
 直近の記事をブログしながら思います。「No.5415:日本の首相としては初となる米議会の上下両院合同会議での演説で、安倍首相は…」がそれです。ヨシダって、書きたい放題、言いたい放題の「直言居士」みたいなもの・・・と。そう言えば、ピッタリの拙著小文があります。題して「『直言居士』のひとり言」 がそれ。ヨシダの若かりし頃のエピソードとして提供します。・・・こんな具合で書きなぐりながらニンマリすることは、読んでくださる御仁があるないに拘わ らず、ブロガーの醍醐味はバツグンでして、若さを保ち、ボケ防止には絶好の趣味、と自身に言い聞かせる始末です。(13:10)
 昨日掲載した記事と似た内容の記事に接しました。「No.5416:新世代の米越 ベトナム戦争終結40年:下)枯れ葉剤、問い続ける元米兵」 がそれです。先の大戦でベトナムで米軍が使った枯れ葉剤弊害関連のものです。ふと思うに、スケールこそ異なれど、ヨシダがフィリピンを終の棲家と定め、縁 あって知り合ったフィリピン人家族との共同生活をしていることの価値とオーバーラップします。ヨシダ自称の「相互扶助精神に基づく運命共同体生活」がそ れ。かられを貧困から脱却さすことと裏腹に、ヨシダの終生ケアをしてもらうというコンセプトです。・・・おっと、これでは相殺になりかねません。この上 は、少しでも長生きして、かれらをより裕福になってもらうこと、でした。(17:05)
 



                      (2015年4月度